文才無いけどキーボード叩く
煙草の燃え殻
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お題:煙草の燃え殻
指先でグラスをつついてみると、古臭い歌謡曲に合わせるようにして、中の氷が小さく踊った。
こじんまりとした店内には、煙草の煙と酒の匂いがまだ漂っている。私の他に客はおらず、残っているのはさえない顔の店主と、ラストオーダーで頼んだ日本酒くらいだった。
少し椅子を引いただけで壁にぶつかる酒場だが、何故か多い常連客は情緒があるなんて口を揃える。私に言わせれば、貧乏臭いだけなのだけど。
グラスを傾けると、いつにも増して目つきの悪い自分の顔が映った。何度目かのため息をつくと、それらをまとめて一気に飲み干す。テーブルに置いたグラスが思いの他大きな音を立てたせいで、店主がびっくりした顔で私の方を向いた。
「どうしたのさ。アキちゃん、荒れてるねえ。……ああ、またフラれたのかい?」
「……私の方からフッてやったのよ」
その言葉を信じているのかいないのか、いつものように笑う彼の表情からそれは読み取れない。まあどうせ、後者なのだろうけれど。
「アキちゃんは理想が高すぎるからなあ」
「別に高くは無いわよ」
私の理想は高いというより特殊なのよ、そう続けようとした言葉を飲み込みながら、腐れ縁が続いている彼の横顔を眺める。大学時代に知り合い、共に時を過ごし、そしてただの友人に戻った男。付き合っていた頃は癇に障っていた性格や仕草が、振り返ってみれば何故だか好ましく感じるようになっていた。
そんな事をぼんやりと考えていたせいだろうか。不意に合った彼の視線から逃れるように慌てて話題を変える。
「そんな事よりさ、いい加減この趣味の悪い曲流すのやめてくれない?」
「何言ってんのさ。これがいいんじゃない」
「酒がまずくなるんだけど」
「あいにくそんな事で味が変わるほど、上等な酒は置いて無いさね」
これもまた、いつものやり取り。昔からコイツは私の言葉なんて聞き入れたためしが無い。だが、そんな事さえ好意的に捉えてしまう私は、どこか倒錯してしまっているのだろう。
「アキちゃんさあ、いつまでも変なこだわりなんか持ってると婚期逃しちゃうよ?」
「いいのよ、どうせ私のやる事なんかいつも遅いんだから」
「まあたそうやって自虐的になる。せっかくいい女なのに勿体無い」
「仕方ないじゃない。事実なんだから」
私はそう言いながら、カウンターのテーブルに額をつけて小さく呻く。何をするにしても、私はタイミングの遅い事が多かった。いかにコイツが好きだったのか、どれだけ相性が良かったかに気がついたのは、コイツの後に付き合った4人目の男と別れた時だったし、その頃にはコイツはもう結婚してしまっていた。
「……私の事心配するのもいいけどさ、アンタ奥さんとうまくいってんの? 最近店に手伝いに来ないじゃない」
「まあ、子育てとかもあるからねえ」
「昔からアンタ、女の気持ちなんて分かった試しが無いからね。心配だわ」
「あー……、いや、それを言われるとなあ。アキちゃん今日は手厳しいなあ」
そう言って彼は力無く笑う。だが、その表情に寂しさが混じっているのを私は知っていた。無理して笑うときに出来る左頬のえくぼ、それはきっと、彼自身ですら気づいていない微妙な癖。
「それならさ」
そんなことで同情したわけではなかった。きっと少し酔っているのだろう。そうでなければ、今更こんな言葉は出てこない。
「いっその事、また付き合わない? 私達」
下手糞なフォークソングが終わり、一瞬の静寂が店内を包む。口をついた言葉が、私自身信じられなかった。
それは何をするにも時期の遅い、間抜けな女の告白。
新しい曲がスピーカーから流れ出し、店内はまたいつもの辛気臭い空気へと戻っていく。彼は困ったように微笑むと、一言こう言った。
「その言葉に従ってさ、頷くような男でアキちゃんは満足するのかい?」
「……しないでしょうね」
あの頃よりいくらか年月を重ねた顔を付き合わせ、私達は大きな声で笑い合う。そう、私は女の言葉に簡単に従うような男は大嫌いなのだから。
「……ご馳走様。お勘定ここに置いておくわね」
「毎度あり。また今度なあ」
コートを羽織り、立て付けの悪い引き戸を開ける。夜の空気が頬に染み込み、思わず体を震わせた。
理想の男なんてものはなかなかいない。今のアイツだって、理想とは程遠い。
カウンターの中にあった灰皿には、今日も煙草の吸殻が無かった。昔あれだけ私が言ってもやめなかったヘビースモーカーの癖に、奥さんに言われてあっさりやめてしまったらしい。
そんな男なんかより、よっぽどいい男を見つけてやろう。遠ざかっていく古い歌を背に、そんな事を思いながら空を見上げていた。
<了>
こじんまりとした店内には、煙草の煙と酒の匂いがまだ漂っている。私の他に客はおらず、残っているのはさえない顔の店主と、ラストオーダーで頼んだ日本酒くらいだった。
少し椅子を引いただけで壁にぶつかる酒場だが、何故か多い常連客は情緒があるなんて口を揃える。私に言わせれば、貧乏臭いだけなのだけど。
グラスを傾けると、いつにも増して目つきの悪い自分の顔が映った。何度目かのため息をつくと、それらをまとめて一気に飲み干す。テーブルに置いたグラスが思いの他大きな音を立てたせいで、店主がびっくりした顔で私の方を向いた。
「どうしたのさ。アキちゃん、荒れてるねえ。……ああ、またフラれたのかい?」
「……私の方からフッてやったのよ」
その言葉を信じているのかいないのか、いつものように笑う彼の表情からそれは読み取れない。まあどうせ、後者なのだろうけれど。
「アキちゃんは理想が高すぎるからなあ」
「別に高くは無いわよ」
私の理想は高いというより特殊なのよ、そう続けようとした言葉を飲み込みながら、腐れ縁が続いている彼の横顔を眺める。大学時代に知り合い、共に時を過ごし、そしてただの友人に戻った男。付き合っていた頃は癇に障っていた性格や仕草が、振り返ってみれば何故だか好ましく感じるようになっていた。
そんな事をぼんやりと考えていたせいだろうか。不意に合った彼の視線から逃れるように慌てて話題を変える。
「そんな事よりさ、いい加減この趣味の悪い曲流すのやめてくれない?」
「何言ってんのさ。これがいいんじゃない」
「酒がまずくなるんだけど」
「あいにくそんな事で味が変わるほど、上等な酒は置いて無いさね」
これもまた、いつものやり取り。昔からコイツは私の言葉なんて聞き入れたためしが無い。だが、そんな事さえ好意的に捉えてしまう私は、どこか倒錯してしまっているのだろう。
「アキちゃんさあ、いつまでも変なこだわりなんか持ってると婚期逃しちゃうよ?」
「いいのよ、どうせ私のやる事なんかいつも遅いんだから」
「まあたそうやって自虐的になる。せっかくいい女なのに勿体無い」
「仕方ないじゃない。事実なんだから」
私はそう言いながら、カウンターのテーブルに額をつけて小さく呻く。何をするにしても、私はタイミングの遅い事が多かった。いかにコイツが好きだったのか、どれだけ相性が良かったかに気がついたのは、コイツの後に付き合った4人目の男と別れた時だったし、その頃にはコイツはもう結婚してしまっていた。
「……私の事心配するのもいいけどさ、アンタ奥さんとうまくいってんの? 最近店に手伝いに来ないじゃない」
「まあ、子育てとかもあるからねえ」
「昔からアンタ、女の気持ちなんて分かった試しが無いからね。心配だわ」
「あー……、いや、それを言われるとなあ。アキちゃん今日は手厳しいなあ」
そう言って彼は力無く笑う。だが、その表情に寂しさが混じっているのを私は知っていた。無理して笑うときに出来る左頬のえくぼ、それはきっと、彼自身ですら気づいていない微妙な癖。
「それならさ」
そんなことで同情したわけではなかった。きっと少し酔っているのだろう。そうでなければ、今更こんな言葉は出てこない。
「いっその事、また付き合わない? 私達」
下手糞なフォークソングが終わり、一瞬の静寂が店内を包む。口をついた言葉が、私自身信じられなかった。
それは何をするにも時期の遅い、間抜けな女の告白。
新しい曲がスピーカーから流れ出し、店内はまたいつもの辛気臭い空気へと戻っていく。彼は困ったように微笑むと、一言こう言った。
「その言葉に従ってさ、頷くような男でアキちゃんは満足するのかい?」
「……しないでしょうね」
あの頃よりいくらか年月を重ねた顔を付き合わせ、私達は大きな声で笑い合う。そう、私は女の言葉に簡単に従うような男は大嫌いなのだから。
「……ご馳走様。お勘定ここに置いておくわね」
「毎度あり。また今度なあ」
コートを羽織り、立て付けの悪い引き戸を開ける。夜の空気が頬に染み込み、思わず体を震わせた。
理想の男なんてものはなかなかいない。今のアイツだって、理想とは程遠い。
カウンターの中にあった灰皿には、今日も煙草の吸殻が無かった。昔あれだけ私が言ってもやめなかったヘビースモーカーの癖に、奥さんに言われてあっさりやめてしまったらしい。
そんな男なんかより、よっぽどいい男を見つけてやろう。遠ざかっていく古い歌を背に、そんな事を思いながら空を見上げていた。
<了>