文才無いけどキーボード叩く
お題:日本刀
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お題:日本刀 約物禁止
闇の中に銀の線が走る。風切音が頭の上を通過して、甲高い金属音が夜の街に響き渡った。
冷たい汗が頬をつたう。おそるおそる向けた視線の先では、壁にめり込んだ日本刀がじっとこちらを見つめていた。
声にならない悲鳴を上げながら、吉崎は走り出す。不規則な呼吸に混じって、脱げかけたサンダルが間抜けな音を出していた。
なんでこんな事に。見慣れない田舎の商店街をがむしゃらに走りながら、彼は胸中で繰り返す。転げまわったせいでスーツは穴だらけだった。せっかくクリーニングに出したのに、たった一日でただの布切れだ。
肩越しに振り返った先では、月光を受けた刀身が闇の中で揺れている。振るうのは一人の老人。少しでも風が吹けば飛ばされそうな細身であるのに、恐ろしく早い。
息を切らしながら、吉崎は山姥の話を思い出す。後ろから追いかけてくるのは男性だが、鬼気迫る表情は童話の中のそれに通じるものがある。
ぶつかった看板が、派手な音を立てながら転がっていた。住人はしかし出てくる気配が無い。携帯は置いてきた鞄の中だ。要するに、走り続けるしかない。
やはり決め台詞を外したのがまずかったのだろうか。混乱した頭の中で彼は悔いる。一晩かけて考えたのに、すこぶる反応が悪かった。駄洒落好きでユーモアのある人だと聞いていたのに。
再び何かに足を取られ、吉崎は大きく体勢を崩す。ゴミの詰まったポリバケツだった。生ゴミを撒き散らしながら、バケツが目の前を転がっていく。
元に戻さないと。気の小ささ故にそんな考えが彼の脳裏に浮かぶ。それがまずかった。悪寒を感じとっさに身をよじる。銀の一閃が頬を掠めていったのは、それとほぼ同時だった。
刀が突き刺さり、店先のシャッターが悲鳴を上げる。老人が舌打ちするのが聞こえた。やたらに早い鼓動のせいか、頬を流れる血がやけに熱い。
もつれた足を無理矢理前に出しながら、再び吉崎は走り出す。出鱈目なフォームだった。学生時代所属していた陸上部のコーチに見られれば、また叱責される事だろう。
思えばいつも肝心な所で外してばかりの人生だった。陸上の大会ではスタート直後に転倒するし、受験の時は眠れずに飲んだ酒のせいで酷い二日酔いだった。
今回もそうなのだろうか。ドジな所が好きなのよ、そう恋人の佐代子は言ってくれたが、別にいつも狙っているわけではない。最善と思って選んだ選択肢が、たまたま最悪な結果になると言うだけなのに。
今回だってそうだ。吉崎は数時間前の事を思い出す。彼と恋人、そしてその彼女の両親。居間でテーブルを囲む四人は皆笑顔だった。終始和やかなまま、つつがなく終わると思っていた。
それでですね、お父さん、お母さん、娘さんをいただきマンモス。
練りに練った一言で、その場は凍りついた。皆笑顔のまま固まっていた。
どれ位続いた沈黙の後だっただろうか。
吉崎君、私は少々居合いをやっていてね。笑みを顔に貼り付けたまま、お父さんはそう言った。いつの間にかその手の中には、飾ってあった高そうな刀が握られていた。
やはりマングースかマシーアスの方がよかったのだろうか。元々ろくな選択肢が無かった事には気がつかず、吉崎は頭を抱える。
語呂的にはベストだったはずなんだけどな。辿り着いた結論はそれだった。袖で頬の血を拭いながら時計を見る。丁度終電が出発する時刻だった。
絶望感で倒れそうになるのを堪えながら、彼は考えていた。この状況を覆し、尚且つお父さんの好感度を上げる台詞を。
ノリピー風に喜びを表現したんです。多分世代的に無理だろう。
祖父の遺言だったんです。悪くは無いけど、じいちゃん結婚式までに死んでくれるだろうか。
刀出されるなんて、こりゃ一本取られたなあ。一本ってのが指の数になりかねない。
切れ味の鈍さがうつりますよ。なんか即座に真っ二つになりそうだなあ。
考えれば考えるほど、彼の頭の中の身体は細切れになっていく。ぶんぶんと頭を振りながら、ひたすらに走り続ける。
だが、ようやく抜けた商店街の先にあったのは一面の田んぼだった。ゲエゲエとカエルが鳴いている。足元を照らすのは、か細い月の光だけだった。
尻込みしているうちに、背中に近づいていた足音が止まる。思わず吉崎は唾を飲み込んだ。ぎりぎりと、ぜんまい仕掛けの人形のようにゆっくりと振り返る。
逆光で老人の顔は見えない。振り上げられた刀だけが、ただ静かに光っていた。
これはいよいよ洒落にならないなあ。半笑いを浮かべながら、吉崎は迷っていた。切羽詰った頭の中に浮かぶのは、入刀には気が早いですよ、なんて台詞くらいだった。
<了>
冷たい汗が頬をつたう。おそるおそる向けた視線の先では、壁にめり込んだ日本刀がじっとこちらを見つめていた。
声にならない悲鳴を上げながら、吉崎は走り出す。不規則な呼吸に混じって、脱げかけたサンダルが間抜けな音を出していた。
なんでこんな事に。見慣れない田舎の商店街をがむしゃらに走りながら、彼は胸中で繰り返す。転げまわったせいでスーツは穴だらけだった。せっかくクリーニングに出したのに、たった一日でただの布切れだ。
肩越しに振り返った先では、月光を受けた刀身が闇の中で揺れている。振るうのは一人の老人。少しでも風が吹けば飛ばされそうな細身であるのに、恐ろしく早い。
息を切らしながら、吉崎は山姥の話を思い出す。後ろから追いかけてくるのは男性だが、鬼気迫る表情は童話の中のそれに通じるものがある。
ぶつかった看板が、派手な音を立てながら転がっていた。住人はしかし出てくる気配が無い。携帯は置いてきた鞄の中だ。要するに、走り続けるしかない。
やはり決め台詞を外したのがまずかったのだろうか。混乱した頭の中で彼は悔いる。一晩かけて考えたのに、すこぶる反応が悪かった。駄洒落好きでユーモアのある人だと聞いていたのに。
再び何かに足を取られ、吉崎は大きく体勢を崩す。ゴミの詰まったポリバケツだった。生ゴミを撒き散らしながら、バケツが目の前を転がっていく。
元に戻さないと。気の小ささ故にそんな考えが彼の脳裏に浮かぶ。それがまずかった。悪寒を感じとっさに身をよじる。銀の一閃が頬を掠めていったのは、それとほぼ同時だった。
刀が突き刺さり、店先のシャッターが悲鳴を上げる。老人が舌打ちするのが聞こえた。やたらに早い鼓動のせいか、頬を流れる血がやけに熱い。
もつれた足を無理矢理前に出しながら、再び吉崎は走り出す。出鱈目なフォームだった。学生時代所属していた陸上部のコーチに見られれば、また叱責される事だろう。
思えばいつも肝心な所で外してばかりの人生だった。陸上の大会ではスタート直後に転倒するし、受験の時は眠れずに飲んだ酒のせいで酷い二日酔いだった。
今回もそうなのだろうか。ドジな所が好きなのよ、そう恋人の佐代子は言ってくれたが、別にいつも狙っているわけではない。最善と思って選んだ選択肢が、たまたま最悪な結果になると言うだけなのに。
今回だってそうだ。吉崎は数時間前の事を思い出す。彼と恋人、そしてその彼女の両親。居間でテーブルを囲む四人は皆笑顔だった。終始和やかなまま、つつがなく終わると思っていた。
それでですね、お父さん、お母さん、娘さんをいただきマンモス。
練りに練った一言で、その場は凍りついた。皆笑顔のまま固まっていた。
どれ位続いた沈黙の後だっただろうか。
吉崎君、私は少々居合いをやっていてね。笑みを顔に貼り付けたまま、お父さんはそう言った。いつの間にかその手の中には、飾ってあった高そうな刀が握られていた。
やはりマングースかマシーアスの方がよかったのだろうか。元々ろくな選択肢が無かった事には気がつかず、吉崎は頭を抱える。
語呂的にはベストだったはずなんだけどな。辿り着いた結論はそれだった。袖で頬の血を拭いながら時計を見る。丁度終電が出発する時刻だった。
絶望感で倒れそうになるのを堪えながら、彼は考えていた。この状況を覆し、尚且つお父さんの好感度を上げる台詞を。
ノリピー風に喜びを表現したんです。多分世代的に無理だろう。
祖父の遺言だったんです。悪くは無いけど、じいちゃん結婚式までに死んでくれるだろうか。
刀出されるなんて、こりゃ一本取られたなあ。一本ってのが指の数になりかねない。
切れ味の鈍さがうつりますよ。なんか即座に真っ二つになりそうだなあ。
考えれば考えるほど、彼の頭の中の身体は細切れになっていく。ぶんぶんと頭を振りながら、ひたすらに走り続ける。
だが、ようやく抜けた商店街の先にあったのは一面の田んぼだった。ゲエゲエとカエルが鳴いている。足元を照らすのは、か細い月の光だけだった。
尻込みしているうちに、背中に近づいていた足音が止まる。思わず吉崎は唾を飲み込んだ。ぎりぎりと、ぜんまい仕掛けの人形のようにゆっくりと振り返る。
逆光で老人の顔は見えない。振り上げられた刀だけが、ただ静かに光っていた。
これはいよいよ洒落にならないなあ。半笑いを浮かべながら、吉崎は迷っていた。切羽詰った頭の中に浮かぶのは、入刀には気が早いですよ、なんて台詞くらいだった。
<了>