文才無いけどキーボード叩く
少女と幽霊
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少女と幽霊
短いトンネルを幾つか抜けて、窓の外の景色はゆるやかに止まっていった。まどろみの中にあった思考が、懐かしい景色で目を覚ます。
小さな川がなだらかなカーブを描いて山へと続いている。背の低い建物ばかりの静かな町並み。川沿いの細い道を、白い軽トラックがのろのろと走っていく。
眠そうな車掌の声で、ローカル線の終着駅がアナウンスされる。読みかけの小説を鞄にしまい、早苗は財布から切符を取り出した。小さく伸びをして、人のまばらな車内を見渡す。
その時ふと、向かいに座った少女と目が合った。小学生くらいの三人組の一人で、退屈そうに足をぶらぶらとさせている。なんとはなしに早苗が微笑みかけると、少女は嬉しそうににっこりと笑った。
あんな風に笑ったのはいつの事だっただろうか。そんな寂しい考えが浮かび、こっそりとため息をつく。
鈍いブレーキ音をたてて、電車は小さな駅に身を寄せる。まだ薄ぼんやりとした頭の中で、三十年前の記憶とドアの向こうの景色が重なっていった。
陽光を受けた新緑の葉がアスファルトにまだらな影を落とし、初夏の風に揺れていた。バス停の時刻表を指でなぞり、随分と待ち時間の長い事に苦笑する。どこか遠くでは気の早い蝉の声がしていた。
早苗にとって今回の旅行は突発的なものだった。さあ何をしようかと予定を立てながら胸を躍らせる、結婚してからはついぞ得られなかった一日を得る為の。
幼少時代を過ごしたこの田舎町を選んだのは、ただの思い付きだった。帰省ならば、両親の眠る街が真っ先に浮かぶ。ここに住んでいたのは数年間だけだったし、引っ越して以来一度も訪れたことは無かったのだから。
ベンチに腰を下ろし、駅前の広場をぼうと眺める。中央にぽつんと立っている古ぼけた時計と、それを囲む手入れのされていない花壇。あたりに点在する商店は、ほとんどの入り口にシャッターが下ろされていた。
「おばちゃん」
突然背中にかけられた声に少し驚きながら、早苗はゆっくりと振り返る。電車で見た少女がじっとこちらを見つめていた。その小さな手には、使い捨てのカメラがぎゅっと握られている。
「写真撮って、おばちゃん」
ずい、と少女はカメラを持った両手を突き出す。微笑みながら早苗がそれを受け取ると、少女は駅舎に向けてとてとてと駆け出していった。
カメラを構え、少女に声をかける。ファインダーの向こうでは青空を背に、Vサインを掲げた少女が眩しいくらいに笑っていた。
「自由研究?」
バスに揺られながら、早苗は隣に座る少女にそう聞いた。
「うん。夏休みの宿題でね、町の写真を撮って回ってるの」
少女は難しい顔をしてノートと睨めっこをしていた。ふぅんと相槌を打ちながら、早苗はこっそりとそのノートを覗き込む。可愛らしい字がノートの中で躍っていて、思わず苦笑を漏らすと、少女は少し頬を膨らませる。
バスを待つ間のうちに、二人は意気投合していた。そのきっかけになったのは、お互いの名前だった。
少女がさなえと名乗ると、あら、おばちゃんも早苗って言うのよ、と答える。お揃いだね、そんな事を早苗が言って、笑いあった。それから同じバスに乗り、昔早苗がここで暮らしていた事を教えると、おそろいだね、と少女が言った。そしてまた、顔をつき合わせて笑いあった。
自由研究かあ、そう言えば自分も昔似たような事をしていたっけな。おぼろげに霞む記憶を手繰り寄せながら、どこか昔の自分に似た少女をそっと見つめる。
「ねえ、おばちゃんもその自由研究についていっていいかな?」
「いいけど、どうして?」
「私ね、この辺に住んでたのはずっと前だから、あまり道とか覚えてないの。案内してくれると嬉しいなあ」
頬に人差し指を当て、少女は小首を傾げる。少し考える素振りを見せた後、いいよ、と短く答えた。
窓の外には小さな川が流れ、その両脇には不釣合いなほど大きな土手が広がっている。早苗がそちらに視線を向けると、少女も思い出したようにカメラのレンズをそちらへ向けた。
陽光を受けて川面はきらきらと輝いている。魚が小さく跳ねているのが見えた。
「綺麗ね」
「うん。でも春だったらもっと良かったのになあ」
カメラを覗きながら、そう少女はぽつりと呟く。枯れ草が折り重なる土手の情景は、これはこれで風情があるかもしれない。だけど、と早苗は付け加える。たしか春には菜の花が咲いていたはずだ。そんな記憶がよみがえる。
一面の黄色の中を静かに流れる小川。そんな中を、昔走り回っていたような気がする。あの頃は花の名前も知らなかったはずなのに、セピア色だった思い出の中で、そこだけが鮮やかな色を取り戻していた。
田舎は都会よりも時間が流れるスピードが緩やかだ。だけど、変わらないわけはない。潰れた店先、見慣れない建物、そして見覚えのある風景は、三十年分の埃をかぶっていた。
少女と共に町を回りながら、やはりここも違うのだと嘆息する。逃避という理由が発端の旅では、それも当然なのだろうか。だけど、と、冷え切った家庭を思い出しながら、早苗は呟く。どこかにはあるはずなのだと。
「ねえ、おばちゃん。疲れたの?」
気がつくと、少女が心配そうに早苗の顔を覗き込んでいた。慌てて笑みを浮かべながら、そんな事無いよと答える。
「もうちょっとで終わるから」
そう言って、少女は小さく跳ねるようにしながら階段を下りる。所々に苔が生えた石階段は、先ほど写真を撮った神社へと続く参道だった。組みかけのテントや屋台が転がっていて、厳かさとは程遠いものだったが、のんびりとした祭りの準備の様子には、少女はそれなりに満足しているようだった。
これで回ったのは幾つだっただろうか。早苗は今日回った所を思い出す。町役場の側のスポーツセンター、真新しいデパート、火の消えた工場、なんだか良く分からない石碑に、古ぼけた木製の橋……。
「やっぱりオバケ工場が一番かなあ?」
数歩先を進みながら、少女はそう言った。何の事だろうと思っていると、同意を求める視線と目が合った。
「オバケ工場って、さっき行った工場?」
「そうだよ。誰もいないのに機械が動いてたり、夜になったら人の話し声がしたりするんだって」
工場、会社名は覚えていないが、子供の頃はそれなりに賑わっていた場所だ。いつもトラックがひっきりなしに出入りしていたし、そこで働いていた人も近所に多く住んでいた。
だけど、三十年ぶりに見たそこは閑散としたただの跡地だった。ひび割れたガラス窓に、うち捨てられた車。幽霊になるほど時間は経っていないようにも見えたが、それでも何か惹きつけられるような残滓を感じた。
「おばちゃんは、幽霊っていると思う?」
「どうかしらねえ。いてもおかしくはないと思うけど」
煮え切らない返答に少女は不満顔を見せる。苦笑を返すと、少女はその場でくるりと回ってみせた。
「私ね、幽霊と友達になりたいの」
「あら、素敵ね」
「本当にそう思う?」
ええ、と早苗は微笑みを返す。本当に素敵だと、そう思ったからだ。
「なら最後はとっておきのスポットにしようかな」
少女はカメラを取り出して、レンズを早苗へと向ける。どこか遠くから、祭囃子の音が聞こえていた。
幽霊の出る廃墟があると、少女は言った。腕を引っ張られながら、早苗はその小さな姿についていく。
夕暮れの住宅街。夕飯の香りが漂い、遠くからは豆腐屋の音が聞こえている。
地面に落ちた長い影を追いながら、早苗は既視感を抱いていた。古ぼけた壁も、誰もいない公園も、記憶の隅を刺激し続けている。
「そこの家にはね、女の子の幽霊が出るんだって」
嬉しそうに少女はそう言った。怖いもの見たさ、という感じはしない。まだ見ぬ友人を夢見ているのだろうか。
その純真さがあればきっと大丈夫だろうな、早苗はそんな風に思う。
昔自分もこうして誰かの手を引いていたのだろうか。あたりの風景が、ゆっくりと記憶の中の情景に溶け込んでいく。
「ここだよ」
少女の足が止まる。
ああ、やっぱりそうか。
おそるおそる見上げたそこには、幼少時代を過ごした家が長い年月をまとい、静かに佇んでいた。
背の高い雑草に覆われ、家の中は良く見えない。表札も外されていて、生活の臭いは全く感じられなかった。
「中には入れそうに無いねえ」
残念そうに少女が呟く。そんな言葉を背に、早苗はポストの裏をごそごそと探っていた。
指先に固い感触を感じ、早苗は思わずガッツポーズをしていた。古びたテープと共に、鍵が手の中に現れる。それを少女に見せながら、驚く顔に向かって小さくウィンクをした。
木造の床が大きな音を立てる。そこにあったはずの襖も畳も既に無い。ただ埃の積もった気張りの床があるだけだった。
柱を指でなぞりながら、過ぎ去った過去を思い出す。笑い合っていた食卓、柱に刻まれた傷、壁にある落書きの跡。夢と言うにはあまりにもささやかな、望んでいたのはそんな日常だった。
一方、少女は物珍しそうに台所をごそごそと探っていた。錆だらけの大きな給湯器にレンズを向けては、よくわからないという風に首を傾げる。
そんな少女の姿を背に、早苗は階段に足をかけていた。残滓を胸にしまいながら、壁に両手をついてゆっくりと上っていく。
夕食に呼ぶ母、くだらない父の冗談、耳の奥で、そんな声が木霊する。
階段を上りきり、左手の部屋へと入る。むき出しのガラス窓から、沈みかけの西日が眩しいくらいに差し込んでいた。
何も無い部屋の中心で、早苗はぺたりと座り込む。ああ、ここなんだ。誰に話し掛けるけるわけでもなく、そう一人ごちた。
床に頬を当てて、早苗はそっと目を閉じる。
幽霊が出ると、少女は言っていた。友達になりたいとも。その言葉を思い出し、笑みが浮かぶ。
オレンジ色の光の中、その姿がゆっくりと薄まっていく。
やがて夜の帳に包まれた部屋では、最初から何も無かったかのように、ただ静けさだけが残っていた。
どこか遠くから、甲高い少女の声が聞こえている。
<了>
小さな川がなだらかなカーブを描いて山へと続いている。背の低い建物ばかりの静かな町並み。川沿いの細い道を、白い軽トラックがのろのろと走っていく。
眠そうな車掌の声で、ローカル線の終着駅がアナウンスされる。読みかけの小説を鞄にしまい、早苗は財布から切符を取り出した。小さく伸びをして、人のまばらな車内を見渡す。
その時ふと、向かいに座った少女と目が合った。小学生くらいの三人組の一人で、退屈そうに足をぶらぶらとさせている。なんとはなしに早苗が微笑みかけると、少女は嬉しそうににっこりと笑った。
あんな風に笑ったのはいつの事だっただろうか。そんな寂しい考えが浮かび、こっそりとため息をつく。
鈍いブレーキ音をたてて、電車は小さな駅に身を寄せる。まだ薄ぼんやりとした頭の中で、三十年前の記憶とドアの向こうの景色が重なっていった。
陽光を受けた新緑の葉がアスファルトにまだらな影を落とし、初夏の風に揺れていた。バス停の時刻表を指でなぞり、随分と待ち時間の長い事に苦笑する。どこか遠くでは気の早い蝉の声がしていた。
早苗にとって今回の旅行は突発的なものだった。さあ何をしようかと予定を立てながら胸を躍らせる、結婚してからはついぞ得られなかった一日を得る為の。
幼少時代を過ごしたこの田舎町を選んだのは、ただの思い付きだった。帰省ならば、両親の眠る街が真っ先に浮かぶ。ここに住んでいたのは数年間だけだったし、引っ越して以来一度も訪れたことは無かったのだから。
ベンチに腰を下ろし、駅前の広場をぼうと眺める。中央にぽつんと立っている古ぼけた時計と、それを囲む手入れのされていない花壇。あたりに点在する商店は、ほとんどの入り口にシャッターが下ろされていた。
「おばちゃん」
突然背中にかけられた声に少し驚きながら、早苗はゆっくりと振り返る。電車で見た少女がじっとこちらを見つめていた。その小さな手には、使い捨てのカメラがぎゅっと握られている。
「写真撮って、おばちゃん」
ずい、と少女はカメラを持った両手を突き出す。微笑みながら早苗がそれを受け取ると、少女は駅舎に向けてとてとてと駆け出していった。
カメラを構え、少女に声をかける。ファインダーの向こうでは青空を背に、Vサインを掲げた少女が眩しいくらいに笑っていた。
「自由研究?」
バスに揺られながら、早苗は隣に座る少女にそう聞いた。
「うん。夏休みの宿題でね、町の写真を撮って回ってるの」
少女は難しい顔をしてノートと睨めっこをしていた。ふぅんと相槌を打ちながら、早苗はこっそりとそのノートを覗き込む。可愛らしい字がノートの中で躍っていて、思わず苦笑を漏らすと、少女は少し頬を膨らませる。
バスを待つ間のうちに、二人は意気投合していた。そのきっかけになったのは、お互いの名前だった。
少女がさなえと名乗ると、あら、おばちゃんも早苗って言うのよ、と答える。お揃いだね、そんな事を早苗が言って、笑いあった。それから同じバスに乗り、昔早苗がここで暮らしていた事を教えると、おそろいだね、と少女が言った。そしてまた、顔をつき合わせて笑いあった。
自由研究かあ、そう言えば自分も昔似たような事をしていたっけな。おぼろげに霞む記憶を手繰り寄せながら、どこか昔の自分に似た少女をそっと見つめる。
「ねえ、おばちゃんもその自由研究についていっていいかな?」
「いいけど、どうして?」
「私ね、この辺に住んでたのはずっと前だから、あまり道とか覚えてないの。案内してくれると嬉しいなあ」
頬に人差し指を当て、少女は小首を傾げる。少し考える素振りを見せた後、いいよ、と短く答えた。
窓の外には小さな川が流れ、その両脇には不釣合いなほど大きな土手が広がっている。早苗がそちらに視線を向けると、少女も思い出したようにカメラのレンズをそちらへ向けた。
陽光を受けて川面はきらきらと輝いている。魚が小さく跳ねているのが見えた。
「綺麗ね」
「うん。でも春だったらもっと良かったのになあ」
カメラを覗きながら、そう少女はぽつりと呟く。枯れ草が折り重なる土手の情景は、これはこれで風情があるかもしれない。だけど、と早苗は付け加える。たしか春には菜の花が咲いていたはずだ。そんな記憶がよみがえる。
一面の黄色の中を静かに流れる小川。そんな中を、昔走り回っていたような気がする。あの頃は花の名前も知らなかったはずなのに、セピア色だった思い出の中で、そこだけが鮮やかな色を取り戻していた。
田舎は都会よりも時間が流れるスピードが緩やかだ。だけど、変わらないわけはない。潰れた店先、見慣れない建物、そして見覚えのある風景は、三十年分の埃をかぶっていた。
少女と共に町を回りながら、やはりここも違うのだと嘆息する。逃避という理由が発端の旅では、それも当然なのだろうか。だけど、と、冷え切った家庭を思い出しながら、早苗は呟く。どこかにはあるはずなのだと。
「ねえ、おばちゃん。疲れたの?」
気がつくと、少女が心配そうに早苗の顔を覗き込んでいた。慌てて笑みを浮かべながら、そんな事無いよと答える。
「もうちょっとで終わるから」
そう言って、少女は小さく跳ねるようにしながら階段を下りる。所々に苔が生えた石階段は、先ほど写真を撮った神社へと続く参道だった。組みかけのテントや屋台が転がっていて、厳かさとは程遠いものだったが、のんびりとした祭りの準備の様子には、少女はそれなりに満足しているようだった。
これで回ったのは幾つだっただろうか。早苗は今日回った所を思い出す。町役場の側のスポーツセンター、真新しいデパート、火の消えた工場、なんだか良く分からない石碑に、古ぼけた木製の橋……。
「やっぱりオバケ工場が一番かなあ?」
数歩先を進みながら、少女はそう言った。何の事だろうと思っていると、同意を求める視線と目が合った。
「オバケ工場って、さっき行った工場?」
「そうだよ。誰もいないのに機械が動いてたり、夜になったら人の話し声がしたりするんだって」
工場、会社名は覚えていないが、子供の頃はそれなりに賑わっていた場所だ。いつもトラックがひっきりなしに出入りしていたし、そこで働いていた人も近所に多く住んでいた。
だけど、三十年ぶりに見たそこは閑散としたただの跡地だった。ひび割れたガラス窓に、うち捨てられた車。幽霊になるほど時間は経っていないようにも見えたが、それでも何か惹きつけられるような残滓を感じた。
「おばちゃんは、幽霊っていると思う?」
「どうかしらねえ。いてもおかしくはないと思うけど」
煮え切らない返答に少女は不満顔を見せる。苦笑を返すと、少女はその場でくるりと回ってみせた。
「私ね、幽霊と友達になりたいの」
「あら、素敵ね」
「本当にそう思う?」
ええ、と早苗は微笑みを返す。本当に素敵だと、そう思ったからだ。
「なら最後はとっておきのスポットにしようかな」
少女はカメラを取り出して、レンズを早苗へと向ける。どこか遠くから、祭囃子の音が聞こえていた。
幽霊の出る廃墟があると、少女は言った。腕を引っ張られながら、早苗はその小さな姿についていく。
夕暮れの住宅街。夕飯の香りが漂い、遠くからは豆腐屋の音が聞こえている。
地面に落ちた長い影を追いながら、早苗は既視感を抱いていた。古ぼけた壁も、誰もいない公園も、記憶の隅を刺激し続けている。
「そこの家にはね、女の子の幽霊が出るんだって」
嬉しそうに少女はそう言った。怖いもの見たさ、という感じはしない。まだ見ぬ友人を夢見ているのだろうか。
その純真さがあればきっと大丈夫だろうな、早苗はそんな風に思う。
昔自分もこうして誰かの手を引いていたのだろうか。あたりの風景が、ゆっくりと記憶の中の情景に溶け込んでいく。
「ここだよ」
少女の足が止まる。
ああ、やっぱりそうか。
おそるおそる見上げたそこには、幼少時代を過ごした家が長い年月をまとい、静かに佇んでいた。
背の高い雑草に覆われ、家の中は良く見えない。表札も外されていて、生活の臭いは全く感じられなかった。
「中には入れそうに無いねえ」
残念そうに少女が呟く。そんな言葉を背に、早苗はポストの裏をごそごそと探っていた。
指先に固い感触を感じ、早苗は思わずガッツポーズをしていた。古びたテープと共に、鍵が手の中に現れる。それを少女に見せながら、驚く顔に向かって小さくウィンクをした。
木造の床が大きな音を立てる。そこにあったはずの襖も畳も既に無い。ただ埃の積もった気張りの床があるだけだった。
柱を指でなぞりながら、過ぎ去った過去を思い出す。笑い合っていた食卓、柱に刻まれた傷、壁にある落書きの跡。夢と言うにはあまりにもささやかな、望んでいたのはそんな日常だった。
一方、少女は物珍しそうに台所をごそごそと探っていた。錆だらけの大きな給湯器にレンズを向けては、よくわからないという風に首を傾げる。
そんな少女の姿を背に、早苗は階段に足をかけていた。残滓を胸にしまいながら、壁に両手をついてゆっくりと上っていく。
夕食に呼ぶ母、くだらない父の冗談、耳の奥で、そんな声が木霊する。
階段を上りきり、左手の部屋へと入る。むき出しのガラス窓から、沈みかけの西日が眩しいくらいに差し込んでいた。
何も無い部屋の中心で、早苗はぺたりと座り込む。ああ、ここなんだ。誰に話し掛けるけるわけでもなく、そう一人ごちた。
床に頬を当てて、早苗はそっと目を閉じる。
幽霊が出ると、少女は言っていた。友達になりたいとも。その言葉を思い出し、笑みが浮かぶ。
オレンジ色の光の中、その姿がゆっくりと薄まっていく。
やがて夜の帳に包まれた部屋では、最初から何も無かったかのように、ただ静けさだけが残っていた。
どこか遠くから、甲高い少女の声が聞こえている。
<了>