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マホーの使い道

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マホーの使い道
 仰向けのままマンションの天井をぼんやりと眺めていると、蛍光灯が切れかかっているのに気がついた。三つあるわっかの一番内側がちかちかと点滅している。一度目に入ると気になるもので、なんとなくその数を数えていく。
 視界の隅ではスーツ姿の男がもぞもぞと動いていた。スカートを脱がすのに手間取っているらしい。何やってるんだか、そう頭の中で呟きながら、軽く腰を浮かす。
 目が合った。非難するつもりではなかったが、男は気まずそうにネクタイを緩める。
「気にしなくていいよ」
 視線を天井に戻し、そう言った。
「私さ、人の心が読めるんだ」
 男がぽかんと口を開けるのが見える。この事を打ち明けると、大体は決まってこんな反応が返ってくる。
「面白いね、君」
 ようやく男が口を開いた。先ほどまでの緊張がいくらか和らいでいるように見える。そんなつもりで言ったんじゃないんだけど、そう言いかけて、やめた。男の顔が股の間に移動していたからだ。
 一回、二回、三回と、数を数える。決まりきったいつものやり取り。ふと、ベルトコンベアが頭に浮かんだ。逆向きに解体されていき、そしてまた梱包されるために戻されていく。だとすれば、今日の乗り心地は最悪なんだけど。
 暖房がききすぎているのか、男の汗が太ももに落ちた。ひょっとすると涎だったのかもしれない。げんなりして、また数を数える。
 数が百を越えた頃、痛がるふりをすると、男は喜んでいた。苦笑しながら、また数を数える。のろのろとした動きだったが、蛍光灯の方が長持ちしたので思わず吹き出しそうになった。

 昼間も私は数を数えている。次の休みまで何日か、欲しい物を買ったらあといくら財布の中身が残るのか、あいつの彼女はこれで何人目なのか。ただし、教科書の数字の羅列にはさっぱり興味が沸かないのだけど。
 学校は退屈だった。それで早まるわけでも無いのに、大人になるまでの時間を数えるだけの場所。日常の半分がそんなだなんて、私にとっては拷問に等しい。
 それは決まりだから、なんて友人は言う。ルールだから、決まりだから。そんな事は知っている。決まりすぎているからつまらないんだ。何を言えば何と返ってくるのかとか、男がどんな目的で近づいてくるのかとか、毎月律儀に出てくる赤いモノとか。数えても、数えても、終わることは無い。
 それは多分、退屈と呼ぶモノなんだろう。
 何人目のオキャク、そんな風に数えて終わるだけの男の顔を覚えていたのは、そのせいだったのかもしれない。

「あれ、蛍光灯のヒトじゃん」
 学校からの帰り道。電車に揺られながら、目の前で吊り革にぶら下がる疲れた男の顔。
 こちらを見るその目には力が無い。太ももからスカート、そして制服へとゆっくりと視線が上がってくる。それが私の唇の下のホクロにたどり着くと、ぎょっとしたように男の全身が固まった。
「……学生だったの?」
 ぎっしりと詰め込まれた周りの乗客を気にしながら、男は小声で話しかけてくる。
「何で言わなかったんだー、とか思ってるでしょ」
「い、いや、随分と大人っぽく見えるなあってさ」
 慌てて取り繕う男に、にっこりと微笑む。
「うん、ありがと」
 さらりと受け流して、その手をそっと握った。
「でさ、どうする?」
 男の喉がごくりと鳴った。一回、二回、その数を数える。

 いつもの天井に煙草の煙が広がっていった。面倒で取り替えていない蛍光灯は真っ黒なままだ。微妙な脱力感を感じながら、のそのそと制服の袖に手を通す。
「そういや君、心が読めるとか言ってたね」
 壁に寄りかかったまま、男はそんな言葉を投げかけてくる。
「うん。だって私、マホーが使えるし」
「はは、そりゃ羨ましいなあ」
 そう言って男は力無く笑う。
「本当にそう思う?」
「そりゃそうさ。仕事には役立ちそうだし、何よりナンパが楽になる」
 お金を払わなくてもね、そんな風に男は続けた。
「でもさあ、そいつが私を好きじゃないかとかも分かるんだよ?」
「それなら相手を変えればいい」
「……変えられなかったら?」
 そう呟いて、私はカーテンの向こうの街を見る。ぽとり。煙草の灰が落ちるのが聞こえた気がした。
「えーと、何、プロポーズ?」
「ああ、勘違いするのは分かってた」
 こんな時でも笑いはこみ上げてくる。
「違うよ。向かいに住んでる同級生の話」
「あー、そういう話ね」
 男のため息が聞こえる。
「そいつ女癖が悪くてさー。付き合ってはすぐにポイ。もう十人もだよ? ほんとサイテー」
 両足を投げ出して、床に寝転がる。ひんやりとした床の感触が、頬に冷たかった。
 つまらなそうに男は煙草をふかしている。煙は嫌いなんだけど、そう言いかけて、やめた。

 その日からまた何度か呼び出されて、蛍光灯の男と会った。数えるのはやめていない。冗談交じりに付き合おうかとも言われたが、笑ってごまかしてやった。
 男は深く聞いてくることはしなかった。ただわずらわしかっただけなのかもしれない。余計な言葉はそこには無くて、薄っぺらな紙切れだけがあった。ただ、その気安さだけは何故か心地よかった。
 だけど一方で、日常というものは相変わらずだった。教師は相変わらず台本の台詞を繰り返している。友達はまた新しいアイドルにご執心だったし、カレンダーの丸印通りに赤いモノは垂れてくる。それは本当に、いつも通りに。
 そんな帰り道、携帯が鳴った。蛍光灯の男だった。
 ディスプレイには“十人目”と書かれた文字が表示されてる。
 無機質な機械音が繰り返される。そのコール音を数えていく。
 二十回目で音はやんだ。
 家への帰り道を影法師が伸びている。足を止めて、側を流れる小さな川に体を向けた。
 柄にも無くごめんねと小さく呟いて、ゆっくりと振りかぶる。ぼちゃんと音を立てて、川面に小さな波紋が広がっていく。
「十回目」
 そう唱えて、背を向けた。

<了>


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