密入国在日朝鮮人の組織民団は韓国政府と連動したテロ組織

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新潟日赤センター爆破未遂事件

中国地方各地における韓国工作員による密出入国と1959年12月4日に企てられた新潟県での暗殺・爆破テロ未遂事件。

背景

 朝鮮戦争が膠着状態となり、1951年7月から休戦会談が開始されると、
韓国大統領・李承晩は1952年1月18日に李承晩ラインを宣言し、
竹島を占拠するとともに対馬は韓国領であるとして日本に「返還」を要求するとともに
日本の漁民数千人を抑留し、
第一大邦丸事件のような日本人殺害事件も引き起こした。
後述の事件当時も日本人は韓国に抑留されている状態であった。
 韓国では休戦後も国土が荒廃したままで、経済活動は衰退し、世界最貧国となっていた。
また、韓国政府は朝鮮戦争中には共産主義者との関係を疑われた韓国民を裁判なしで数十万人虐殺していた(保導連盟事件、居昌事件など)。
 一方、北朝鮮は、1955年に在日朝鮮人が極左急進主義を弱めて設立した在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)と緊密な連携をとるようになった
(朝鮮総連の前身の在日本朝鮮人連盟は日本国内にておこなっていた大規模な武装闘争(日本の裁判所や検察庁へ襲撃などなどで解散させられている)。
 また、北朝鮮は共産圏諸国の支援を受けることによって復興を遂げつつあり、在日朝鮮人にも在日朝鮮学校への支援などの資金援助をおこなった。
 韓国政府は北朝鮮に対し教育費の援助を止めるよう抗議を行ったが、
 韓国政府自身は支援を行わず、在日本大韓民国居留民団(現:在日本大韓民国民団)からの抗議を受けて支援を行ったものの、その額は北朝鮮の10分の1にとどまった。
 1945年9月2日 - 1952年4月28日、
連合国最高司令官の指令により多くの密入国者や犯罪者の在日朝鮮人が韓国に強制送還される(大村収容所だけでも3633人)。
自ら帰還を希望した在日朝鮮人140万人は日本政府の手配で帰還する。
 1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約発効のより日本国主権回復。以後、

韓国政府は日韓政府協定が結ばれていないとして在日朝鮮人の引き取りを拒否。

 1956年、北朝鮮の金日成国家主席は朝鮮労働党第三次大会で在日朝鮮人学生を衣食住・学費の全てを無償で北朝鮮へ受け入れると発表し、在日朝鮮人の帰国を呼びかけた。声明を受けて、日本国内では朝鮮総連は帰国促進運動を繰り広げた
 1959年2月13日、石橋内閣は「在日朝鮮人の北朝鮮帰還問題は基本的人権に基づく居住地選択の自由という国際通念に基づいて処理する」とした閣議了解を行った。
 1959年8月、韓国の李承晩大統領は「日本は人道主義の名の下に北朝鮮傀儡政権の共産主義建設を助けようとしている」と非難し、予定されていた日韓会談の中止を指示した。
 1959年8月、カルカッタで日朝赤十字社間で帰還協定が締結。
在日本大韓民国居留民団は韓国政府の意向で北送反対闘争委員会を結成。
1959年8月25日、在日本大韓民国居留民団員たちが日本赤十字本社に乱入。
 1959年12月14日、北朝鮮への帰国船の第一陣が出発する。
北朝鮮へ帰国した朝鮮人には、韓国政府による済州島4・3事件や麗水・順天事件などの虐殺を逃れて日本に密入国した韓国人などがいた。

北韓送還阻止工作員の結成

 危機感を募らせた韓国政府は日本に大量の工作員を送り込むことを決定した。1959年9月、韓国政府は日本に戻ることなく韓国に帰還したままであった在日義勇兵(在日朝鮮人の韓国軍への志願者)たちに、
在日朝鮮人の北朝鮮への帰還事業を阻止するために日本に潜入して妨害工作活動を行う工作員となるよう要請した。
韓国政府は在日義勇兵41人・韓国軍予備役将校・韓国警察試験合格者24名からなる北韓送還阻止工作員を結成した。
また、韓国政府が日本国内で組織した工作員も妨害活動を行うことになる。
 1959年9月末、ソウル江北区牛耳洞の訓練所で「破壊班」「説得班」「要人拉致班」に分かれて訓練が行われた。1959年12月初旬、潜入アジトを設けるために先発隊が慶尚北道慶州市甘浦港から船員に偽装して貿易船に乗り込み、
ボートに乗り換えて小倉と関東で活動する部隊ごとに海岸から上陸した]。
工作事件の舞台となる新潟県に隣接する富山県にはテロ部隊の本部がおかれた。

韓国工作員のテロ計画

在日朝鮮人帰国事業担当の日本側要員の暗殺。
日本赤十字社の破壊。
新潟港に通じる鉄道線路を破壊。
韓国民団にKCIAの工作員を偽装入会させ、日本側の警戒を受けずに政財界へ浸透する。

新潟日赤センター爆破計画発覚

 1959年12月4日、警視庁外事課は新潟県新発田市内のバーで密談を行っていた工作員2名に任意同行を求め、新発田警察署で取り調べを行った。工作員の鞄の中からは雷管を装てんした4本組のダイナマイト3束の計12本が発見され、爆発物取締罰則現行犯で逮捕された。さらに、新潟駅では工作員が駅に預けたガソリン1ℓ缶4本を隠したウィスキー箱が発見され、工作員たちは新潟日赤センターを爆破しようとしていたことが判明した。 また、
この工作事件は韓国代表部(領事館)の金永煥三等書記官と来日中の韓国特務機関の幹部が指揮をとっていたことも明らかにされた。
この時逮捕された工作員は、日本国籍を取得した在日韓国人と在日義勇兵として朝鮮戦争に参加した韓国治安局所属の在日朝鮮人である。
日本国籍を取得している在日韓国人は事件前には、新聞記者と称して日本赤十字社本部の周辺に入り浸っており、日本赤十字社からは出入り禁止とされていた。
 事件発覚後、警察は次々と韓国の工作員を摘発した。この爆破未遂事件は日本社会に衝撃を与え、韓国政府や在日大韓民国居留民団に対しての日本世論が硬化した。
 1959年12月7日には釜山港から神戸港に上陸しようとしていた工作員を載せた大栄号が関門海峡で海上保安官に臨検されて強制停泊させられた後に、韓国に引き返している。
1959年12月12日には巨済島を出発した韓国工作員を載せた明星号が下関近海で暴風に遭い沈没し12名が死亡。
1959年12月13日、12月12日に明星号と同じく巨済島を出航した工作船が広島県呉港から工作員を潜入させる。
1959年12月下旬には在日義勇兵として朝鮮戦争に参加した後、再び日本に渡航して大阪府に住んでいた男性のもとに、韓国に帰還したままであった在日義勇兵の友人が8人の男を引き連れて現れると、そのまま居候するようになり、夜にはラジオで韓国から送られてくる暗号を受信するなどして工作活動を開始した。追って、工作資金2000ドルも送付されてきた。
1960年4月19日に四月革命が起こり、李承晩大統領が失脚すると工作活動は下火となった。
1960年5月3日、山口県下関彦島江ノ浦桟橋から鮮魚運搬船で韓国に密出国しようとしていた韓国工作員24名が逮捕された。
工作員たちは先に神戸、長崎、下関付近から密入国していた。
1960年5月10日、警視庁外事課が韓国工作員を出入国管理法違反で逮捕。工作員は李承晩大統領直属の景武台機関出身で
在日同胞の北朝鮮帰国阻止決死隊の隊員だった。
工作員は日赤センターや船や列車を破壊する任務を与えられていた

33 - 衆 - 法務委員会 - 6号 昭和34年12月08日

猪俣委員 
 昨今新聞に報道せられております朝鮮の帰還問題、
この今月の十四日に第一船が新潟港から出発する予定になっておりますが、これに対して韓国側の人たちが妨害をするという記事が出ております。
実は私もずっと前にこの帰還促進の団体の方々からいろいろの情報を訴えられておるのであります。しかし、そのときは何かこれは北鮮側の一つの宣伝ではなかろうかとも考えられましたので、あえて当法務委員会の問題にもせず日を過ごしたのでありますが、その情報の中には車進という人物が出ておったわけであります。そうしてこの人物が十一月中に新潟へ渡るという情報が入った。しかるに
この車進という人物が新潟県の新発田市でつかまってダイナマイトを携帯しておるという記事が出て参りました。
そこで前に私のところに来ました情報というものを軽視することができなくなった。その情報の一部分が実現しているのであります。そうなるとこれは容易ならざることであると存じまして、本日の国会の問題になったわけであります。
そこでかような帰還反対の不穏分子の具体的な実情について、一体どなたがよく御存じなのであるか。事実関係をよく御存じの事務官僚の方々から詳細に実は承り、最後に法務大臣並びに警察庁長官等から責任ある言葉をわずかでもいいが聞かしていただいて、そうしてこの不安に陥っております帰還君たちに安心を与えたい。これは十四日に迫っておりますので、早急を要するわけであります。そこで委員長にお願いいたしますが、今参議院の関係があるそうでありますけれども、わずか二、三分の時間でいいと思う。こういう決意を持っているということだけ一言当法務委員会で明らかにしていただいて、それが報道せられますならば、この帰還者たちが相当安心をするのじゃなかろうか、さように思われますので、人心安定の意味におきましても、責任者の当委員会の御出席を要請したいと存じます。しかしこれは適当な時間でよろしゅうございます。
 そこで、私のところに参ります情報に基きまして、そういう具体的の事実を取り締まり当局は御存じであるかどうか。御存じであった際に、いかなるそれに対する取り締まりをやっておられるか、さようなことについて承りたいと思うのですが、第一に在日韓国の代表部の中に金永煥という人物が存在しておることを御存じであるかどうか、それを一つ承りたい。
中川説明員 
金永煥氏は、三等書記官として韓国ミッションにおいででございます。
猪俣委員 
三等書記官として韓国代表部におる。それから先ほどの新潟県新発田で逮捕いたされました車進という者は、いかなる資格の者でありますか。
中村説明員 
ただいまお尋ねの車は、もともと韓国で生まれた韓国人でございますが、戦前昭和十八年ごろ日本に帰化いたしまして、日本籍を持っておる者でございます。どういう者かということにつきましては、職業その他現在取り調べ中でございまして、まだわからないというのが実情でございます。
猪俣委員 
 なお、これはどちらでも御存じの方から御説明願いたいのですが、
韓国の国防軍所属の安斗熙という人物、これは姜斗熙と変名しておる
そうでありますが、安斗熙もしくは姜斗熙と称せられる人物が日本に来ておるかおらぬか、取り締まり当局は御存じであるかどうか。
中村説明員 
警察といたしましては、そのような人物がこちらに入っておるというふうなことは知っておりません。
猪俣委員 
これを知らぬとすると、これは大変な問題ですよ。しからばいま一人、
朝鮮の国防軍である韓九という人物が、日本に来ていることを知っておりますか。
中村説明員 
韓九という人物につきましては、特に今回この問題について入国したというふうには存じていないのでございまして、
従来から日本におる朝鮮人の一人として名前は聞いたことがあるように記憶いたします。
猪俣委員 
韓九という人物は韓国の軍人なのかどうなのか。
猪俣委員 
そうすると、張斗権という人物、それから柳日熙という人物、それから李周浩という人物、こういう人物が、日本内地に入り込んでいるということを御存じであるかどうか。
中村説明員 
その三名につきましては、全然報告を受けておりませんし、私は知っておりません。
猪俣委員 
そうしますと、非常に危険な状態だと思うのであります。今私が名前をあげました
安斗熙、張斗権、韓九、柳日熙、李周浩、いずれも韓国の軍人である特務機関であります。
これがいずれも日本の内地へ入ってきておる。これをどうして警察がわからないかというところに問題があると思う。
安斗熙という人物は韓国の陸軍大尉である。しかもこれは、李承晩とその勢力を争った金九という韓国の有名な政治家を暗殺した人物たとされておる。そこで名前を変えて、姜斗熙として日本に入ってきておる。
いずれも今名前をあげたのはテロ団であります。
最も危険な分子、この分子に対して警察が何ら関知しないということになると、これははなはだ重大問題である。
そこで、どうしてこういう人物が日本に入ってきても警察がわからないのか、一体韓国の軍人が日本へ入る経路についてわれわれは疑いがある。その韓国の国防軍特務機関、そういう正規の軍人が日本へ入ってきまするには、一体どういう入国の手続があるでしょう。
近藤説明員 
 韓国から日本に入りまするにつきましては、軍人のみならず一般人も同様でございますが、仮入国の申請というものをやることになっております。それで韓国の代表部を通じ、外務省を通じまして、こちらの方に仮入国の申請をして参る。それによりましてわが方におきましては、これが適当であるかどうかを審査いたしまして、その上で入国を決定して入国の許可を出す。不許可の場合は、逆の方法で通知をするという方法になっております。
猪俣委員 
 そうするならば、韓国の軍人といえども、正規に入国したものならばこれは入管でわかっておるであろうし、政府はわかっておらなければならぬはずだと思いますが、それはどうなりますか。入管だけで、警察とは連絡がないわけですか。
近藤説明員 
 特に治安上の関係があるものにつきましては、治安当局の方に連絡をいたしますが、そうでない場合につきましては、連絡をせずに決定する場合もございます。
猪俣委員 
 そうすると、入管にお尋ねいたしますが、警察は知らないというのですが、今私が申しました姜斗熙と変名しておる安斗熙、張斗権、韓九、柳日熙、李周浩というような人物は、入管を通じて入ったものであるかどうか。今のあなたの説明だと、少なくとも入管ではわかっておるはずだと思う。こういう者について、これは正式に入国したものであるかどうか、あるいは入管には入国したことになっていないのかどうか、それを御答弁願います。
近藤説明員 
 ただいまの人たちにつきましては私は存じておりませんので、一応調査いたしましてお答えを申し上げたいと思います。
猪俣委員 
 私どものところに入りました情報によると、
韓国の国防軍はアメリカのパス・ポートか身分証明書か、そういうものを携えて、アメリカの飛行機で、羽田に来ないで立川へおりて日本の入管の手続をやらない。
そういう軍人テロ団が相当入っているということが帰還者の人たちに非常な不安を与えております。何か日本で事を起こしても、直ちにそういう飛行機で韓国へ帰られるのでは、物騒千万と申さなければならない。さような入管を通ぜざる韓国の軍人その他の人間の入国が一体あるのかないのか。アメリカの軍人については行政協定があるからわかりますが、韓国とはさような協定がないはずであるから、今のあなたの答弁のように必ず入管を通じなければならぬと存ずるのでありますが、一体入管を通ぜずして、アメリカの軍属とか、アメリカの何らかの証明書によって、飛行機で立川飛行場へ出入りしている者があるという情報を入管は聞いたことがありませんかどうか。
近藤説明員 
 立川ベースからの出入りの関係につきましては、アメリカ軍に属しておりましても、韓国人である限りにおきましては、ベースから外に出る場合につきましてはわが方に通知がございまして、わが方の許可を必要といたしておるわけであります。一応そちらの方に入るとするならばわが方に通知があるはずで、事実上わが方もその数字はつかんでおるわけでございます。ただいまの人間がそういう人たちの中にありますかどうかは私は今存じておりませんので、あとで調べて御返事をいたしたいと思います。
猪俣委員 
 私が今申しました人物、安斗熙というのが姜斗熙と変名して入っておる。これがテロ団の隊長格で、張斗権、韓九、柳日熙、李周浩、いずれも国防軍軍人で日本に入ってきておる、こういう情報があるわけです。相当確実な情報なんです。
 もしこの情報が入管にもないとするならば、巷間疑われておるように、やはりアメリカの飛行機に乗ってきて立川におりて、日本政府に連絡もせずしてこれが日本に滞在しておることが事実だと思われるので、至急お調べいただいて、法務委員会の事務局にでも直ちに御報告願っていただきたいと思うのです。事が差し迫っております。これは警察にも連絡していただきたい。何でも事を起こしてすぐ飛行機で逃げると揚言しておるそうですから、はなはだおそるべき存在だと思う。ことに警察がこれをキャッチしておらないとなると、ますますもって問題だと思います。
 そこで、なおお尋ねいたしますが、事が重大でありますから、私の得ました情報でお確かめしたいと思うのですが、
十二月四日午後二時半ごろ、京橋の清花園、これは朝鮮料理をやるところですが、この清花園で、さっき申しました
韓国代表部の三等書記官である金永煥が、彼自身の振り出し小切手八百万円――宛名は韓国銀行でありますが、この小切手をある者に渡した。
これは申撤先という人物でありますが、韓国代表部にこういう人間がおりますか。
おりましたらどういう地位でありますか。これを御説明願いたい。
猪俣委員 
 これは韓国代表部の漁民部長をしておりますから記憶しておらなければならぬはずだと思いますが、人の名前ですから至急これも調べてお知らせ願いたい。漁民部長と聞いておりますが、違っておるかもしれません。しかし
韓国代表部の職員であることは間違いありません。
この人間に、金永煥がただいま申しました八百万円の韓国銀行あての小切手をこの申撤先に渡し、この申撤先が、先ほど申しました十二月四日午後二時半、清花園で先ほどお尋ねいたしました姜斗熙こと安熙熙斗熙及び韓九、この両名に八百万円の金を渡しておる。さような事情をお知りであるかどうか。
猪俣委員 
 先ほど申しました金永煥は韓国代表部の職員である、三等書記官であるということを御答弁いただきましたが、
新潟県の新発田でダイナマイトを持っているということで逮捕せられた車進も金永煥の輩下である。
なおただいま申しました安斗熙あるいは韓九という国防軍の特務機関、この者に金永煥は金を渡しておる。こういう情報は私の方へ入っておるのであります。そこでこれは一体事務当局の答弁でいいかどうかわからないのですが、責任者がおいでにならない。どうもこういう韓国代表部関係の実情について、警視庁では、あるいは警察庁は、事実知らぬのか、調べていないのか。調べて知っておっても、外交問題だと思って発表しないのか、はなはだ疑問でありますが、私のところへ入ったこの情報は、この中にもうずっと前に車進の名前が出ておる。非常に確率の高いものじゃないかと思うのですが、それに対しまして、警察当局は知らないということでありまして、非常に危険な状態だと思うのであります。
すでにこの金の授受までが行なわれたことは、的確に、場所、時間、小切手の金額、そのあて名の銀行、受け取った人、渡した人まで明らかになっておる。
これは至急お調べ願わなければいかぬと思うのです。そこで韓国の代表部と称しましても、これは一体どういう国際法上の立場のものであるのかわからぬのですが、一体政府はこれをどうお考えになっておるのですか。韓国の代表部というものは何なのですか。外務省の方はどうなんです。韓国の代表部というものは、どういう国際的な地位を持っておるのですか。
中川説明員 
 領事館に与えると同様の待遇を与えるということになっております。
猪俣委員 
 領事館と同様の待遇を与える、それは日本政府と韓国政府の間にそういう申し合わせでもあるのですか。
中川説明員 
申し合わせと申しますか、
日本政府からそういう通告を出しております。
猪俣委員 
 きょうはそれは主眼でありませんから申しませんけれども、おかしな話なんだ。
条約も締結せられておらず、日本の代表部というのは京城にいない。
しかるに韓国の代表部なるものだけが日本におる。
しかしそれはきょうの問題ではありませんけれども、
この韓国の代表部なるものが、それを足場といたしまして、日本の治安を撹乱しておるということになると、許すことができないと思う。
これは国際法上もあいまいな存在です。領事館の待遇を考えるというような、はなはだどうも奇怪な存在なんです。日本政府がそういう待遇を与えておるということになるならば、それだけの責任は日本政府になければならぬ。そこでこの韓国の代表部の人たちが日本の治安を撹乱するような行動をやっておったとするならば、これは一体責任はどうなるのです。日本政府の責任あるいは韓国代表部の責任というものはどういうことになるのですか。
中川説明員 
 もし万一、韓国代表部の書記官が御指摘のありましたようなことに関係しておるという事実が確認できましたならば、
本国に送還の要求なり、その他適宜の手段をとる
ことになります。
猪俣委員 

韓国居留民団なりあるいは韓国代表部なりが、一体何がゆえに入道問題なりとして日本政府があっせんしておりまする北鮮帰還に対して反対するのであろうか。

その反対の根拠が私どもにはよくわからない。
一体外交関係筋としてはどう理解されておるか。何がゆえに韓国居留民団なり今申しましたような――これはあなた方はそうおっしゃっておるけれども、この
本拠は韓国代表部にあって、これは李承晩と連絡があるものだと思われる。
韓国政府の了解なりあと押しなりで帰還反対の行動をやっておると思われる。
何がゆえに一体、北鮮に帰りたいという朝鮮人をせっかく日本政府が北鮮に帰すというのに対して、彼らが反対するのであろうか。その理由を御存じであったら、情報的でもいいですから、私どもにお教え願いたい。
中川説明員 
 北鮮帰還の問題が人道的なものであるということは、日本政府の基本の方針でございまして、そのことは、

現在国際委員会がこの問題に直接関与して実施しているという事実をもっても明らか

なのでございますけれども、韓国側では在日朝鮮人六十万の方々がことごとく韓国の方々であるという考え方に立っておられるわけであります。従いまして、韓国の政府と相談もせずに一方的に帰りたいところに帰すということは、これは一種の強制送還であるというお考えに立っていらっしゃるわけであります。
猪俣委員 
 韓国代表部におりまする金永煥なる者が中心となりまして、その下に朴熙幹、金南栄、朴在浩、朴大根、車進、曹好善、こういう人物がおる。
この朴熙幹という人物は国防軍の特務機関である。それから金南栄という人物も韓国の特務機関、朴在浩もやはり国防軍の特務機関である。
車進は新聞記者と称しておる。
曹好善というのは韓国の治安局の工作員で、これはすでに新潟の方へ行っておる。
これらは全部金永煥の統率のもとにある。この金永煥は代表部の三等書記官である。
はなはだ不都合の話だと私は思う。こういう私があげたような名前について、取り締まり当局は一体御存じであるかどうか、それをお答え下さい。
猪俣委員 
 なおお尋ねいたしますが、
韓国の居留民団の崔成源、同じく金奉連、同じく金仁洙、こういう人物について警察では注意をしておられるかどうか。

居留民団の崔成源、これは広島の代表のようです。

金奉連は神戸の民団の代表のようです。

金仁洙というのは東京の民団の代表のようであります。

こういう者について警視庁では特に留意を払っておられるかどうか。
中村説明員 
 この問題も、個々の者について具体的にどうなっておるかということは、残念ながら私として今のところお答えできないのでございます。各地元もしくは東京警視庁で何かやっているのかどうか、その点調査いたしませんと、私としては今お答えできないわけでございます。
猪俣委員 
 なおこういう帰還反対の朝鮮の民団系の人たちと、日本の右翼の団体とが結びついておるやの情報がある。そこで公安調査庁についてお尋ねいたしますが、この韓国居留民団、帰還を反対するような団体と、日本の右翼団体の結びつきについて調査がありましたら御説明いただきたい。
関説明員 
 お答えいたします。実は
先般豊島公会堂で総連側の会議をいたしましたところ、そこへ民団側がなぐり込みをかけた。それに若干の右翼が参加いたした事実があったわけであります。
そこで何らかの関係があろうか、こう存じまして、今その右翼との関係がどうなっておるかということを調査中でありまして、現在まだここで責任を持って申し上げる段階にまで至っていないのであります。そのように御承知願います。
猪俣委員 
 どうも公安調査庁は、左翼系統の調査は実に徹底的にやっていらっしゃるが、右翼系統の調査は何かあまり熱心にやっておられないじゃないかと思われる。しかし公安調査庁は、左翼のみならず右翼の破壊団体についても調査なさらねばならぬことだと思うのですが、左翼を調査なさるように、もっと熱心に右翼関係を御調査願いたい。ことに、すでに、某右翼団体のごときは、帰還者の会合に対してなぐり込みをかけるというようなことをやっておる。あなたの方は十分調査ができていなければならぬと思うのです。そういうことに対して、もう帰還はこの十四日に迫っておりますが、まだ調査できませんか。もうすでに何百人かの右翼団体が新潟へ行くという情報が入っておる。われわれの耳に入るくらいで、公安調査庁の耳に入らぬ道理はない。どうです、もっと具体的な実情はどうなっておりますか。
関説明員 
 若干の右翼の者が新潟へ行っていることもよく承知しております。それで、その豊島公会堂の事件を契機といたしまして、また今の新潟の事実にも徴しまして、関係の部局を督励して調査を進めているのであります。それで、何がしかの関係がどうもあろうかと思うのでありますが、具体的に、さて、どういうことになっているかという点については、どうもまだここで私が責任を持ってお答え申し上げる調査の資料を、今日ここへ参る時刻までに正確な報告を下部から持ってこなかったのであります。その点御了承いただきたいと思います。
猪俣委員 
 警察の取り締まりの関係はどうですか。右翼団体と民団の関係といいますか、帰還反対の右翼団体は一体どういう団体があって、どういうふうな取り締まりをなさっておるか。
猪俣委員 
 今まで私どもに入った情報によりますと、今申しました

民団関係、それから韓国の代表部、それと連絡をとるところの国防軍の特務機関、こういうものが何らか不穏な計画を立てている、

そうしてその計画はおよそ三つある、こういう情報が入っております。これに対して警察でもそれを確かめておられるのかどうか。

新潟の日赤センターを爆破するという計画がある。

これは未然に発覚しました。前から私は聞いておった、うそだろう、宣伝だろうとばかり思い込んでおったが、それが出てきた。

第二は輸送の汽車を爆破する。

第一は、前に私どもに入った情報がうそでなかったということが、もうすでに車進の逮捕によって明らかになっておる。第二は列車の爆破。それがいずれも失敗に終わったときにはテロ団の活動、その目標は、
朝鮮総連の幹部と今回輸送船団の引き取りの指揮をしてきた北朝鮮側の責任者、これに対してテロを行なう、
こういう報情が入っております。とにもかくにも帰還を何らかの形において妨害して、帰還業務を阻害しようというたくらみがあると聞いておって、帰還者及び北朝鮮関係の人たちは非常に不安にかられておるのです。こういう実情に対して、警察はどれだけの認識を持っておられるのか、そんなことはあり得ないとお考えになっておるか、あり得るとお考えになっておるのか。私は、最初宣伝だとばかり思っておりましたから、質問の当初申し上げましたように、相当前に聞いておったことでもそのまま放任しておいたのでありますが、この日赤センターの爆破、これがほんとうであったことは明らかになっている。そうすると、第二、第三の目的も、これは単なる韓国側の宣伝的なものじゃないという考えになってきた。これに対して取り締まり当局はどういうお考えを持っておりますか。
中村説明員 
 車の事件に関連いたしまして、お話のありましたような、その他の、現在情報にあるようなことについて、起こるかどうかという問題は、これは仮定の問題でもございまして、なかなかお答えがむずかしいと思いまするが、私どもも、お話のありましたように、もう
本年の夏ごろからいろいろ激しい情報が耳に入って参りまするので、初めのうちは、お話の通りに、どこかの単なる情報といいますか、作られた情報にすぎないというふうに考えておったのであります。ところが、だんだん切迫して参りますると、私どもかなり慎重に取り扱わなければならないという心境に現在なっております。
従いまして、必ずしもその他の情報にありますような事案が起こらないというふうには毛頭考えておりません。あるいは起こるであろう、また警察としましては、そういういわゆる最悪の事態といいますか、ある程度悪い方のことも考えて計画をしていかなければならない、準備もしなければならないという立場に元来おりまする関係上、一応慎重に情報を分析し、またできるだけの手を尽くして、

未然防止もしくは無事な帰還についての協力を行ない、またわれわれの仕事を果たしていきたい

という覚悟と態度でおるわけでございます。
猪俣委員 
 なお、私どもに入りました情報によれば、これらの
テロ団なり治安撹乱工作なりの本部を富山県に設置した
新潟は目についてしょうがないので、富山県にした。
富山県にある伏木港には、韓国の貿易船が出入りして、それにいわゆる入国官庁を通ぜざる韓国の治安当局の工作員が出入りしている
という情報が入っております。さようなことを警察当局は御存じであるかどうか、単なる情報であるかどうか、あるいは多少そういうにおいがするかどうか、それについての御意見を承りたい。
中村説明員 
 ただいまの件につきましては、
富山県についてもあったと思いますし、新潟県以外の近いところに何かしら工作の拠点
といいますか、そういうふうなものを置くのではないかというふうな、これは全くの未確認な情報でございまするが、そういうものを持っておりまするので、未確認ではありまするが、一応調査をいたしておるわけであります。御指摘のありましたような具体的な事案につきましては全然聞いておりません。
猪俣委員 
 なお、この帰還者に対して韓国側が妨害をする。ところがそういうことに対して相当日本の警察でも実情を知っておるのであるけれども、

今韓国に抑留せられておる日本の漁民の帰還問題と向こうがからませておるために、十分なる韓国代表部に対する交渉ができない

というふうにも承っておるが、さような実情があるかどうか、それを一つ御説明願いたい。
中川説明員 

韓国代表部に対しましては、釜山に抑留されておりますところの漁民の釈放の件につきまして交渉するとともに、北鮮帰還に無用の反対を行なわないようにということは絶えず申し入れて交渉しております。

猪俣委員 
 そこで事務当局に対しまする私の質問は大体終わるわけですが、ここでなお調査をお願いしたいことは、ただいまの質問の中でおわかりだと思いますが、まとめますると、第一に十二月四日午後二時半清花園という朝鮮料理屋において金永煥振り出しの八百万円の韓国銀行あての小切手が申撤先なるいわゆる代表部の漁民部長と聞いておりまする者の手から、安斗熙、韓九という人物に、いずれも韓国の国防部に渡された事実があるかないか。これは確実なる情報です。渡されたとするならば、何のための金であるか、それをお調べいただきたい。しかも今
新潟で逮捕された車進というのは、この申撤先なる韓国漁民部長の漁民部の嘱託という形になっておるそうです。
そうすると、これは全部韓国代表部の一連の関係がある。

いやしくも韓国領事館待遇を与えられておる代表部が、日本の治安撹乱の根拠地となる

というがごときことは許すべからざることだと思うのです。これを徹底的に追及してもらいたい。それと

取引に日本の漁民の帰還問題をからませるというがごときことは実に非人道ぎわまりなし

と私は考える。日本政府はもっと強腰でやってもらいたいのですが、大臣も長官もいませんのでおいでになってからなおやるつもりですが、それをお調べいただきたいこと、それからこれは入国監理局の次長近藤さんにお願いでありますが、今私が申しましたような五人の人物、お書き取りいただいたと思いますが、これが一体日本の内地にいるということだけは確実です。どういう経路で入ってきたか。入国管理庁の手続きを経てきたかどうか、これも至急お調べいただきたい。容易ならぬことです。
これがテロ団なんです。そしてこれに金が渡されておるのです。
至急これもお調べいただく。なお
東京の韓国居留民団と、さっき言いました金仁洙という人物に、東京にありまする各所の右翼団体が結びついておる。
相当この連中が新潟へ行って治安撹乱的なことをやるのではないかという疑いもありますので、これも警察ではお調べいただきたいと思うのであります。それから私が今、金永煥なる者の輩下として活動をやっておりますりる人の名前をあげました。こういう人間が日本にいるのかいないのか、代表部にいるのかいないのか。もう一ぺん言います。朴熙幹、それから金南栄、それから朴在浩、それから朴大根、その次は車進はわかりました。曹好善、こういう人物が金永煥のもとで一連の治安撹乱工作をやっておる。なお
情報と工作の相当のおもなる活動をしている人間に韓道奉というのがおる。
この人物はアメリカの諜報機関とも関係があって、アメリカに長らくいた人物らしい。アメリカ名をテビットという、のです。
これがアメリカの諜報機関と韓国の諜報機関を兼ねているのじゃないかと思われる。韓道奉という男です。これも御存じないと思うので、こういうのもお調べいただきたい。そうして災いを未然に防いでいただきたい。これを切にお願いしたいと思うのです。かような不祥事が発生いたしますることは日本の恥であるのみならず、世界人道の上からも許すべからざることであると思いますので、もっと熱を入れて、そうして帰還者たちが安心して帰られるように、
これが阻害せられますと第二次、第三次の帰還がやはり円滑にいきません。そこをまた彼ら反対者はねらっているのじゃないかと思われる。
 それからさっきの小切手の問題で、すでに出てきたのですから申し上げません、当然のことでありますが、申撤先という人物、この人物が韓国代表部の漁民部長という地位にあると私は聞いておるのであるが、さような人物が代表部にいるのかいないのか。この人物が金永煥から小切手を預かってきて安斗熙と韓九という人物に小切手を渡したという情報であります。かようなことにつきましていま少しく警察では徹底的にお調べいただいて、それぞれの警戒をしいていただきたい。これを強く要望しておきます。
 それでこの問題につきましてはあと大臣か長官が来ましたら、なお帰還者が安心できるような断固たる答弁をしていただきまして、私はこの問題についてはこれで終わりたいと存じます。
瀬戸山委員長 

ちょっと速記をとめて。

〔速記中止〕
神近委員 
 今御答弁になっていた情報の中で、ちょっとお尋ねしてみたいことが一、二ございます。
この韓国代表部を日本に設置するということについては、いろいろ外交上の問題がたくさんあった
ということを私は記憶しております。
日本の代表部は今まだ韓国には設置されていないのですね。
それでこちら側で韓国代表部を設置することを認めたときに、人数の制限があると思うのですけれども、何人ぐらいに制限されているのですつか。
中川説明員 
今正確に記憶しておりませんですが、調べてお答え申し上げます。
神近委員 
 何だか人数の問題でこちら側が設置するというのと、それから韓国側を受け入れるというので、私の記憶では五十人とか四十七人とかいう線が出ていたと思うのです。それで、あなたがこういうように問題が紛糾してくるときに御存じないというのは遺憾ですけれども、たとえば四十七人あるいは五十人とか五十三人とかという制限をしますね、その場合にこれが増員される場合は、黙って見ているということなんですか、それとも向こうから通告を受けるという様式でも決定されているんですか。それはどうなんでしょう。
神近委員 
 もし合法的に入ってきていて人数がふえているというときにっは、外務省は抗議がおできになる、そう承っていいですね。
 それから今私猪俣委員の御質問を聞いておりまして、この帰還問題は急を要することなんですよ。もう十四日に差し迫っていて、それまでに事が起こらなければいいなということは、だれでも考えているところで、今非常に重大なところに差しかかっている。そういう人が入国して立川におりたということまでわかっていて、しかもこれが密入国でありまして、立川のアメリカ軍が、いやそういうことはありません、もう知らぬ、存ぜぬと言われればこれは別だと思うのですけれども、ともかく運んであすこにおりたということ、そしてその人たちの入国は密入国と同じような状態にいるということがわかれば、あなたの方でアメリカ軍に対して厳重な抗議がおできになりますか、どうなんです。
中川説明員 
 近藤次長から御説明がありましたように、事前の通知がなくて、その承認がなくて基地外に出ることはできないわけでありますので、十分日本側でも調査ができるはずなのであります。しかし、そういう手続を経ずに、韓国の特務工作員あるいは軍人というものを入国させた事実があれば、
明らかに行政協定違反でございまして、抗議ができるはずでございます。
神近委員 
それで、立川にはあなた方の入管の出先はちゃんといらっしゃるのですか。
近藤説明員 
 おります。
神近委員 
 そういう方は一体どんな任務を持ってそこへいらっしゃるのですか。私も入管にはいろいろなにしますが、庶民階級の人たち、難民のような人たちが入ったときにはあんなにむずかしい追及をなさる、そして高級というか、そういう人たちの手でちょっとやられると手もなくすくんでおしまいになる。そこのところが私たちはとても変な気がするのですけれども、一体その立川の出先の人たちは黙って見ている、たとえば韓国の人がおりたあるいは出入りしたときに、それを調査する権限は持たないのですか、それはどういうことですか。
近藤説明員 
 一般の人の取り扱いと、特に立川のベースから入ってきますその取り扱いとが異なるということはございません。ただアメリカ軍の中におる人でございますれば行政協定の関係もございましょうから、その取り扱いについてはその後の外交的な取り扱いがもし必要な場合には、そういう取り扱いができるということが若干あるということだけでございます。
猪俣委員 
 今のお考えだと、たとえば
アメリカ軍が軍属だとか嘱託だとか何らかの証明を出すとすると、結局これは行政協定によって、日本の入管は全くタッチできないということになるわけですか。私どもはそういう形で入ってきているように聞くのです。
それが問題だと思うのです。アメリカ軍の軍属であるのか、一時日本に入ってきたいために韓国でアメリカの人たちと話し合いの上で、さような軍属のように仕立てて立川に入って来る、おそらくアメリカの軍人だとか軍属だとかあるいは嘱託だとか、何かアメリカの軍隊の証明を持ってくるのではないかと思われる。そういうものは一切日本の入管は行政協定をたてにして何らの関与ができないことになっているのか、その実情を今神近委員がお聞きになったのだろうと思うのです。一体どういう実情なんですか。
近藤説明員 
 国籍が韓国籍である限りにおきましては、一応普通の取り扱いをするわけでございまして、入管がそれに対して退去の問題が起こる場合について普通の取り扱いと取り扱いを異にすることはございません。
猪俣委員 
 そうすると、国籍が韓国籍であるならば、たとえアメリカの軍部の証明書を持ってきても、普通の民間人の入国と同じように取り扱う、そういうことになりますと、立川基地ヘアメリカの軍用機か何かでおりた人たちは一々やはり日本の入管に届け出ることになっておるのですか。届け出ることになっておるとすれば、それは本人自身ですか、あるいは立川飛行場の管理をしている人ですか。どっちなんです。
近藤説明員 
 本人からの通知でございます。ただ部隊からの連絡がございますのが建前でございますが、あるいはそういうものがもしおるといたしますれば、そういうのは漏れておることになると思います。
猪俣委員 
 そうすると本人が日本の入管に届出しないとどうなるのです。アメリカの立川飛行場の管理者も別に届出しない。本人はもちろん、それが私が言うようにテロ団であるなら申告はしはしません。そうすると何ら申告する責任者がないということになると、一体どういうことになるのです。
近藤説明員 
 一応部隊からも通告する建前となっておりますので、責任者といたしますれば、部隊にも責任があるわけでございます。
猪俣委員 
 アメリカの部隊から、立川飛行場へおりた韓国人については通知をするということになっておるわけですが、そうすると、もし私がきょう読み上げたこの人たちがあなた方の名簿に載っておらぬとすれば、それは本人が通告せざるのみならず、アメリカの部隊も通告しないというふうに解釈するより仕方つがないと思うが、どうですか。
勝野説明員 
 入管令の建前としまして、行政協定該当者、あるいは一般の入国者につきましては一つの資格を与えることが法律上きまっておりますので、どういう入国の経路になりますか、あるいは密入国で入ったか、そういうことは調査いたしますればわかりますので、そういう根拠のないステータスのもとに滞留する者につきましては、入管令に適当するところの措置をとることが当然できることであります。先ほど御指摘になりました人数に、つきましては至急調査し、その入国の経路及び滞在の資格について調査いたしたいと思います。
猪俣委員 
 私がお尋ねしたのは、入管の名簿に載っていればそれでいいのですが、載っておらぬ場合は一体どういうことでなったのかということです。本人が申告しなかったか、アメリカの部隊が連絡しなかったかどっちかということになるわけですが、そういう場合において本人の責任は密入国だからもちろんであるが、アメリカの部隊はどういう責任を負うのです。何ら責任がないとすれば、申告しようがしまいが勝手だということになると、はなはだそこは不完全だと思う。北朝鮮の帰還者が非常にこわがるのはそれなんですよ。アメリカと連絡にやってきて何か事を起こして、また立川からぶっと帰ってしまう。そういうおそれが十分ある。それだから相当大胆なことをやるということに対する不安が重大なんです。アメリカは韓国から飛行機に乗せて立川へ韓国人を案内してきたときに、日本に対して一体いかな錢責任を負うのです。通告しなかった場合にどういう責任を負うのです。またそれに対して日本はどういう要求をアメリカにできるのです。
勝野説明員 
 ますわれわれが調査した結果、
正当の経路で入ってない場合には、密入国も考えられます。
同時にアメリカが行政協定により、行政協定該当者として何ら通告する必要のない者以外の者を乗せてきた場合に通告しなかった場合にはそれは行政協定違反になります。
しからばその国際法上の責任いかんという問題になると存じますが、その場合
アメリカが情を知って日本の治安を撹乱するような行為をする者を入れたような場合は、おそらく国際法の問題として解決さるべき問題であろうと思います。
瀬戸山委員長 
 委員長からちょっとお尋ねしますが、立川に限らず、アメリカの空軍基地で、韓国あるいはその他の第三国人を飛行機で連れてきて、そうして今お話しのように手続をしたりしなかったりした過去の事実があるのですか。
勝野説明員 
 われわれの知る限りでは、第三国人についてはないと思います。しかし行政協定に該当するかどうかという範囲の問題について議論があったことはございます。つまりこれは日本において駐留するアメリカ軍隊の構成員であるのか、あるいは国連軍のメンバーが日本に来る場合に、それが日本にある軍隊の構成員であると解釈するか、そういうような解釈の問題、成規のアメリカ軍人についての解釈の問題は、私が入管局長になりましてからは、そういう問題はあったと思いますが、第三国人は、飛行機に乗せてきて、しかも無通告で入れてしまったという例は承知いたしておりません。
瀬戸山委員長 
 いや、そういう第二国人を連れてきて通告をした例がありますか。
近藤説明員 
 今数字を持ってきておりましたが忘れておりましたので申し上げますが、立川べースからの出入り関係については、毎月連絡がございます。数字は今統計に上がっております。そういうわけで、出入り関係につきましては一応通知がございます。その数字もございます。ほとんど大部分の人たちは米国に行く通過客が多いのでございますが、そうでない人もあるかもしれません。韓国人も同様でございます。
猪俣委員 
 今私お尋ねするのは第三国人で、たとえば韓国人で成規に羽田に来ないで立川へおりる、そういう者は一体どういう種類の者でしょうか。
羽田へおりないで立川へおりるというのは、軍用機で来る人たちだろうと思う。
そうすると、アメリカの軍用機に韓国人が乗って立川へおりる、こういう第三国人がおりたという通告を日本の入管に今までしてあったかどうかということです。そういう実例があるのかないのか。
近藤説明員 
 過去における数字も相当あると思います。連絡はみなございます。そういうのが建前になっておりますし、事実上連絡数字もございます。
猪俣委員 
 そうすると、そういうアメリカの軍用飛行機で立川へ入ってくる韓国人というものは、それが密入国にならないという根拠はどこにあるのですか。
藤説明員 
 審査の手続をとって上げることになっております。
神近委員 
 ちょっとさっきお尋ねし残したのですけれども、今の猪俣委員の伝えられる情報がほんとうであるとすれば、ずいぶんこれは厄介な問題だと思うのです。ですから立川におりて潜入してくる人を極力捜索していただきたいということが一点。そしてもし届出がない密入国であるとすれば、これは当然密入国者として監禁できるのでしょうか、どうでしょうか、それをお聞きしたいと思います。これは法務省の方でけっこうでございます。
近藤説明員 
 もちろん普通の入国と同様の取り扱いになると思います。
猪俣委員 
 アメリカ局長がおいでになっておりますからお尋ねいたしますが、今私のところに入りました情報によれば、韓国の国防軍に属する人物が日本へ相当入ってきておる。これがはたして正規のルートで入管の調査の上で入ってきたものかどうかについて疑いがあるのです。何かアメリカの軍用飛行機で立川から入ったのではなかろうか。そうしますと、そういう場合には必ずアメリカの軍関係及び入ってくる本人から入管に申告があるはずであろから、黙って入るということはない、申告があれば入管で調べて、入国を許すことのできない者は入国させないというふうな御答弁があったわけです。
そこで私は今具体的に人名をあげて、この人間はどういう経路で入ってきたかお尋ねしたが、入管におきましては、直ちにその人名が入管に届けてあるかどうかはここでわからぬので、後日届けるということになっておる。
私どもの聞くところによれば、これはどうも密入国じゃないかと思われる節もあるわけですが、そうなると本人自身が入管に届け出しなかったか、アメリカの運んできた部隊が日本に通告しなかったか、どちらかだと思うのです。そこでもしこれが入管に名簿にないということになると、どちらかということになるが、入国者自身が届けてなかったことは、密入国として責任を問われるのですが、アメリカの運んできた人たちがさようなことを日本の入管に通告をしなかった場合には、国際法上の責任を外交交渉で追及することになるだろうという御答弁がありますが、一体その国際法上の責任というのはどういうことになるのであるか、具体的に一つ説明していただきたいと思う。
森政府委員 
 アメリカの軍用機がアメリカの施設内に入ります場合に、行政協定上の特権を受けない人、ただいまの
韓国の軍人が乗っておったとすれば、これは行政協定上の特権を受けない人でございますから、
そういう場合には行政協定第五条によりまして、日本国の当局に通告を与えなければならないことになっております。
従いまして、そういう通告がない場合には、これは行政協定上の手続要件を充足していないわけでございまして、強制措置を当然とるべきものだと考えております。
猪俣委員 
 それに基いて、行政協定違反としてアメリカに責任を追及するということになりますが、それはいかなる機関で、どういう責任の追及の仕方をするのであるか、それを具体的にお答え願いたいと思います。
森政府委員 
 まず事実関係といたしまして、そういうことがあったかどうか、私の方でもただいまのところはそういう事実を聞いておらないわけでございますが、もしそういうことが事実であるとしますれば、それはいろいろな米国側との折衝の方法はございます。たとえば合同委員会によることも一つの方法でございましょうし、普通の外交ルートによることも一つの方法だと考えております。
猪俣委員 
 そこで警察庁長官にお尋ねいたします。今詳細に私が質問もし、私の得ておる情報も申し上げました。それは、この十四日に第一次の朝鮮帰還部隊が新潟港から出発する。それに際しまして、これを妨害し、その治安を乱さんとする団体があるということは前から聞かせられたことでありますが、ことに車進という人物、これがダイナマイトを持っておるのが新潟県の新発田で――新発田というのは新潟のすぐ近くでありますが、ここで逮捕せられたという事実が明らかになって参りました。そこで帰還促進部隊、日朝協会その他の関係当局が非常に心配していることが杞憂じゃないのだということが明らかになって参りました。私はこの情報をずっと前に受けておったのですが、何らかの宣伝だろうくらいにほっておいたのが、そうじゃないことが明らかになったために、本日質問に移ったわけでありまして、こまかいことは事務当局に申してありますが、非常に帰還部隊が不安にかられておるわけであります。これに対しまして、責任の地位にある警察庁長官から、その不安を一掃するような断固たる決意を表明していただきたい。それは
この妨害部隊は、韓国代表部が拠点となりまして、そうして韓国国防軍のうちの特務機関みたいなのが乗り込んできていろいろの工作をやっておる。
第一には新潟における日赤のセンターを爆破するという計画、
第二には輸送の鉄道を爆破するという計画、
第三には朝鮮総連の幹部及び北朝鮮から引き取りに参りました責任者を暗殺するという計画
こういう計画があるやに聞いておりましたが、日赤センターの爆破は、事実として、これは警察の非常なお手柄でありますが、未然に捕えられた。しかしこれが事実として現われた以上は、第一、第三のこともただデマ情報だとは申されない状態になってきた。そこで詳細に申し上げたのですが、韓国の代表部が拠点になって、そうして韓国国防軍の特務機関がこれの行動隊になっておるという情報が詳細に入っております。
日本の政府が人道的見地から決定し、幾多の困難を排しまして、日本赤十字社が愛の船を出そうとしておりまするこの世界の人道上の一大民族移動に対しまして、
何の理由であるか知りませんが、これを妨害せんとするがごときことは、人道の名において許すべからざることだ、
しかもこれが韓国の代表部がその拠点になっているようなことは、これは断固として政府は徹底的に彼らの責任を追及しなければならぬ
と思うのであります。そこで、何はともあれ警察庁といたしましては、かような彼らの不逞の計画を未然に防ぐよう万全の御努力を願いたい。もう差し迫ってきております。力強い声明をいただきまするならば、北朝鮮の人たちも相当不安の心を押えることができるのではないかということで、きょう急速質問を展開したわけでありますが、どうぞかような不逞の計画に対しましての警察庁長官の責任あるお言葉をいただきまして、たくさんの朝鮮の方々に安心を与えたいと思うのであります。その御声明さえいただきまするならば、他にまだ御多忙のようでありますから、私はきょうはそれだけにとどめたいと思います。
柏村政府委員 

北鮮への帰還問題、これはただいまお話もございましたように、全く人道的見地に立って行なわれるものでございます。

従いまして、政府におきましても、また各種不法事案を取り締まる立場にあります警察といたしましても、ぜひとも円滑にこの帰還業務が行なわれることを期待し、そのためにあらゆる努力を払っておる
ことをまず申し上げておきたいと思います。
 ただいまお話しのように、

各種の不穏な情報もわれわれの方でもキャッチをいたしております。

こういうものにつきましては、たといそういうことがほとんどなかろうと思われるようなことにつきましても、これを白となるまでは詳細に追及して、そうして万一に備えるという態勢をとっているつもりでございますが、さらにわれわれの情報網のみをもってして十分とは申し得ないので、いろいろの方の御協力を得て、こういう不穏な事態についての未然防止に努めている次第でございます。
 とにかく全国から帰還希望者が新潟に集まりまして、新潟から船で出るということでございますので、単に新潟だけの問題でなく、全国各地にいろいろな問題が起こり得ることだと思うのであります。大なり小なり問題をはらんでいるわけでございます。また帰還希望の側と帰還反対の側との感情上の対立等もあり得るわけでありまして、こういうことにつきましても、先般できるだけ刺激的なことのないように双方に対して御注意を申し上げた次第であります。なお新潟に対しましては、警備の態勢を特に強化いたしているわけでございますが、新潟におきます警察官のみの機動性発揮によっては十分でない事態も考えられまするので、事態によりましては、さらに数百名の増強を外部から行なって、そうして万全を期していきたい。また途中の沿道等についても、それぞれ警戒措置をとるように指示をいたして、ただいまお話しのように、帰還者が安心して帰れるというように努力を続けておる次第でございますので、今後ともこれは帰還完了まで継続的に万全を期して参る覚悟でございます。
猪俣委員 
 かたい決意をお聞きいたしまして安心いたしましたが、私は、私の手に集まりました情報につきましては、本日、課長その他の方に詳細に申し上げておきましたから、調査すべきものは即刻調査していただきたい。私は、金銭の授受まで明らかにしたのであります。テロ団に渡された金の授受まで具体的に明らかにしたのでありますから、徹底的に調査を開始していただきたいということを要望いたしまして、次に法務大臣にお尋ねいたします。
 私のところに集まりました情報によりますれば、韓国の国防軍の特務機関が日本に多数入り込んできている。しかもそれが何かどうも入管の正式の手続をせずに、アメリカの飛行機によって立川へ入ってくるという不法侵入の形で入ってきているやの情報があるのでありまして、これも今入管の当局の方々及び外務省の方々に詳しく質疑応答いたしましたので、これを繰り返しませんが、ただあなたも閣僚の一人として、私がお尋ねし、がつ要望したいことは、今日、韓国の代表部というものの国際的地位というものは、はなはだ私どもわからない。今外務省の方にお聞きしたところが、領事館待遇を与えているのだ――それは何か条約であるかどうかといえば、そういう通告を韓国にしているのだというようなことで、日本の領事館も何もない、ただ向うの領事館待遇されるものが代表部となって入ってきている。それだけでも異常な状態だと思う。それはしかしいろいろの便宜上、私どもそれを非難するわけではありませんが、その韓国の代表部が、相当この北鮮帰還に対する妨害工作の拠点をなしている事実があると思うのです。それも詳細に私は今日ここで明らかにしました。
韓国代表部の正式の職員が、この妨害工作の総指図を指揮している、
かようなことははなはだ不都合千万なことだと私は思うのであります。これは、私は、閣議の問題にしていただいて、韓国の代表部に対して、もし警察の調査が十分できました際には、徹底的に責任を追及していただきたい。そして、かような不逞の徒輩に対しましては、これに対しては適当な処置をとっていただきたい。私は、きょう外務大臣がお見えになりませんので、閣僚の一員として、しかも入管の最高の責任者として、また治安の最高の責任者としての大臣にそれを強く要望いたします。のみならず、今警察庁長官から治安確保のための最善の努力をする言明がありましたが、なお法務大臣としてのあなたの信念も承りたいと存じます。
井野国務大臣 
 北鮮帰還をめぐりまして、国内にいろいろの不穏の形勢のありますことは、情報は私どもも一々キャッチしております。そのつど関係方面に連絡して、その事態の起こらないように事前の策は講じておりますが、今お話しの、閣僚としての立場から申し上げますと、こういった事態が実際にだんだんと明らかになって参りますれば、これは重大な問題でございますから、事前にも関係閣僚とも話し合っておりますが、ほんとうの真相がわかりますれば、今お話しのような立場から、私としても断固としての処置をとって参りたい、こう考えております。

密入国在日朝鮮人は韓国政府と結託して日本漁民を人質に日本政府を脅迫。北朝鮮が嫌ならば韓国に帰国すればよいのにしなかった。

民団の北送反対運動

在日の生活権拡充を目的に結成した朝連を組織ごと乗っ取った在日共産主義者と日本共産党は、「共産主義革命が実現すれば幸せになれる」と在日を扇動して活動家に引き入れ、
日本を共産主義化する武装革命闘争に駆り出した。
 過去の日韓両国政府の政治から見捨てられ、見放された捨て子のような状況に追い込まれていた在日は、北軍政に拾われ共産主義思想政治の甘い夢物語の誘惑に騙された挙句に北送拉致され人質にされたのである。だが朝総連の勧誘した際の「北朝鮮で豊かな生活を約束する」という甘言は、すべて嘘であった。
 政治の情報隠し詐欺工作に激怒して民団が初めて決起したのが「北送反対闘争」であった。北朝鮮の悲劇を熟知していた北朝鮮が故郷の民団幹部が主導した「北送反対闘争」に集結した全国の民団幹部は北軍政が引き起こした南侵(朝鮮)戦争により父母や、身内、友人を失った者たちであった。北朝鮮軍が韓国に侵攻した時、いかに残忍に同じ民族を殺戮したかを知っていた。
その残酷さを知る北朝鮮生まれの在日は北軍政と朝総連の言葉を信用しなかった。また共産主義者の話を信用したらトンデモナイことになるという心が民団有志の民族心を呼び起こした。
この北送反対運動をリードした金致淳動員部長(元民団中央本部常任顧問)の日記から当時の行動を振り返ってみる。
1959年2月25日、民団本部「北送反対闘争委員会」を結成。
同日、東京日比谷公会堂において「北送反対集会」後、都内を街頭デモ行進。この日、全国45の地方都市でも街頭デモが行われる。5月15日から6月15日まで全国で「北送反対署名運動」を実施。6月17日、反対署名簿を国際赤十字委員会に提出。
 6月25日、日比谷公会堂で3千名の「北送反対集会」、その後街頭デモ行進。8月15日、神奈川・鎌倉にて5千名が「北送反対集会」を開催。8月23日、赤十字国際委員会ジュノー副委員長が来日、1500名が羽田で反対デモ。
 9月21日、日比谷音楽堂において3000名が反対集会、街頭デモ行進。同日から53名が芝公園にて「北送反対断食闘争」を開始。12月10日、品川駅からの帰還特別列車運行阻止行動実施。
 苦難の北送反対闘争に明け暮れた年月を複雑な心境で思い出される民団一世が多数おられると思うが反対運動に決起した者は生活の余裕など全く無かった。むしろ金成柱が言う「差別のない社会で豊かな生活」とは程遠い「差別のある社会で貧しい生活」を強いられていた。我が子の将来に不安を抱き、まともな仕事に就くことなど、殆ど不可能であった。陰に陽に受ける差別に耐え生きていた民団一世諸氏は北軍政や朝総連の甘言に騙されることはなかった。それどころか北軍政と朝総連の嘘を見ぬき「北送反対闘争」に決起したのである。北送反対闘争は約二年の長期戦であった。参加した民団有志の全員が苦しい生活を省みず最後まで頑張り通す事ができた理由はただ一つ、在日と日本人家族が不幸になり死ぬのを黙って見過ごすことはできないという人間の良心からであった。
 生き地獄の北朝鮮に行けば酷い目にあう殆どが死ぬ事になる。在日と日本人が不幸になるのを断じて阻止しなければならないという人間としての切なる思いが人々を決起させたのである。
 しかし残念ながら北送反対闘争は日本社会では孤立無援であった。民団の請願運動に日本のほとんどの政治家や官僚は面会も拒絶した。日本政府は帰還実施は既定の方針であり実施あるのみという態度であった。民団の声に耳をかすことはなかった。
 しかし日本の最後の右翼と言われた大日本愛国党の赤尾敏氏は民団が街頭デモを行うと古びた街宣車でどこからともなく現れ、北政権と朝鮮総連を糾弾し日本政府の失政を糾していた。日本国民の多くは彼を敬遠していたので民団幹部は困惑した。
 だが当時を思い出すと、あの光景が何故か脳裏に浮かぶと民団一世の諸先輩が回想されていた。北軍政と朝総連と当時の日本政府の冷酷な態度に悔し涙を流し、歯噛みしながら運動を展開した反対運動のメンバーは血気盛んな年代であり、命がけで「北送拉致」を阻止するために必死であった。そして事態が切羽詰る緊迫した状況を迎えたのである。誰云うと無く
最後の手段として特別列車の運行を阻止することを決意した。
そして帰還者を乗せた特別列車の運行阻止に挑んだ。早速2隊の決死隊を結成した。1隊は品川駅で列車の出発を阻止し、もう1隊は新潟で線路に座りこみ列車の進行を阻止するというものであった。
  全く無謀な作戦であったが、いよいよ「北送拉致」開始の日を迎えた。1959年12月10日は第一次船が出港する新潟に特別列車が品川駅を出発する日であった。この日、金致淳動員部長は600人の抗議デモ隊を率いて品川駅へ向かった。品川駅は日本の警察機動隊のバリケードと朝総連が動員した警備隊によって二重三重のガードが固められ物々しい厳戒体制が敷かれていた。金致淳動員部長ら何人かの仲間は改札口を駈けぬけた。だが、あっという間に警察機動隊に取り囲まれた。金属や警棒がぶつかり合う音と怒声や悲鳴に包まれ激しい小競り合いが起こった。
 どれぐらいの時間が経ったであろうか。民団有志はやっとのことで九番線に潜りこんだ。ホームは見送りの人で埋め尽くされていた。北朝鮮の小旗を振り、泣き叫ぶ声が周囲に溢れていた。やがて特別列車は「ポォーッ、ポォーッ」という無常な汽笛を夜空に響かせ、ゆっくりと動きだした。小さな赤い尾灯が暗闇に吸い込まれるように消え、列車の汽笛はまるで死出の旅路を告げるかのような悲しい響きであった。
 辛よ、さようなら、金よ、さようなら、君らは雨の降る品川駅から乗車する。李よ、さようなら、も一人の李よ、さようなら、君らは君らの父母の国へかえる。君らの国の河はさむい冬に凍る。君らの叛逆する心は一瞬に凍る。雨は夕ぐれのなかに海鳴りの声をたかめる。鳩は雨にぬれて車庫の屋根からまひおりる。
 これは中野重治の「雨の降る品川駅」という詩である。中野重治は日本のプロレタリアート文学を代表する共産党員の経歴を持つ詩人である。その彼でさえ北朝鮮へ向かう在日の未来に暗い影を感じ取っていたのであろう。
 金致淳先生は「今でも品川駅に立つとこの詩を思い出す、北送される同胞の悲劇を思うと溢れる涙を止めることができなかった、同時に希望と不安に顔を強張らせ特別列車に乗って行った人達の姿が瞼に浮かぶ」と辛い思いを堪えて耐えておられた。約十万人の人生を破滅させた「北送拉致」は、ついに開始されてしまったのである。新潟には関西から二百人を超える同志たちが駆けつけ総勢300人を超える決死隊が線路を枕に横たわった。新潟港の近くで線路を枕にして死ぬ覚悟で横たわったのだった。
 参加した有志の一人は「レールを枕に横たわっていると列車が近づく振動音が近くなり大きくなった時、ああ俺は機関車に轢かれて、死んでしまうのかと観念した」と述懐していた。列車に轢かれる事を覚悟した命がけの行動であった。
 だが列車は寸前で停車し、駆けつけた機動隊によって一人ずつゴボウ抜きに排除されてしまった。この最後の手段も圧倒的警官隊に排除されてしまった。この決死隊による抗議行動は約六時間、特別列車を現場に立ち往生させたが同志達は逮捕された。
 だが決死隊の気迫に圧倒されたのか誰ひとり列車往来妨害罪に問われることなく全員が無罪放免にされた。拉致加害者の金成柱(金日成)と韓徳銖が英雄になり、人間を救う者達が逮捕される本末転倒の時代であった。誰もが皆、悔し涙を流した。その無念さが今でも心に残っている。
李麟基氏と車進は残された最後の手段は帰還船を撃沈するしかないと新潟港へ向かった。
本気で自爆するつもりであった。新潟で大量のガソリンを買い込めば怪しまれると東京からガソリンを持って行こうとしたが上野駅で公安に追尾され新潟駅で下車した途端、逮捕されてしまった。二人は北送者を収容する新潟日赤センターの放火も考えていた。
 現在の民団幹部は民団の北送反対運動を知っているのであろうか。今の民団幹部は殆どが知らない。いやまったく知らないというのが現状のようだ。亡くなられた先輩勇者の嘆かれる声が聞こえてくる。
 1959年の在日総数は619,096人であったというが、実に在日の約六人に一人が「北送拉致」されたのである。この数字を眺めていると何と多くの在日が犠牲者になったのかと愕然とさせられる。多くの罪なき無垢の在日と日本人を犠牲にした国家と政治の愚行により、北送拉致が実行された事実を思うと心の底から怒りがこみあげる。
 近年は脱北難民の証言、北朝鮮潜入ビデオ等が報道され、北軍政による表面的な極一部分の人権侵害が世間に知られるようになった。だが在日と日本人が北送拉致された悲劇の真相は知らされていない。韓国でも在日と日本人が北送拉致された悲劇は一切報道もされていない。しかも未だに在日北送拉致犠牲者とは呼称していない。拉致の真相と経緯、その悲惨な境遇からして「拉致犠牲者」と云うべきである。在問研は在日の北送を「北送拉致犠牲者」または「拉致犠牲者」と呼称するのは北送拉致の真相を知らせるためである。
 北送拉致犠牲者は処刑、餓死、自殺に追い込まれる犠牲者になっていた。脱北して韓国にいる在日北送犠牲者の子や孫が悔しい思いを堪え、北軍政と朝総連は勿論、何処の国も誰も信用できないと語っていた。思想政治と団体と組織に騙され裏切られたと嘆いていた。それなのに北送拉致と呼称せず未だに「地上の楽園、北朝鮮への帰還者、帰郷者、帰国者」と呼称している。
 多くの在日は朝総連の報復に怯え硬く口を閉ざしていた。自分の子供や孫にも一切、何も言わないと語っていた。忘れたいという人もいた。だがその結果、在日は北軍政と朝総連に身代金と物資を搾取され、極悪非道な北軍政を延命させてきた大罪に気付いていない。だから在日を「洗脳犠牲者」と呼称している。
 韓徳銖に騙され共犯者にされたことに気づき深く後悔し苦しんだ末、在日北送拉致犠牲者を救うため北軍政と朝総連の犯罪を糾弾するため戦った広島県出身の故呉貴星氏、新潟の張明秀氏を始め多くの朝総連の元幹部がいた。この勇気ある決断と行動を称えたい。非道な北軍政と朝総連と決別し、北送拉致犠牲者の救済運動を展開された元朝総連幹部がいたのである。その苦闘は筆舌に尽くし難い。朝総連の想像を絶する激しい弾圧の嵐が屈服せず、意志を貫いた事実を想う時、胸が張り裂け涙を抑えることはできない。
 我が子を引き止められなかった父母が「アイゴー」と後悔の涙声を震わせ、そして他界された。姉や兄の無事を祈ることしかできず、涙する妹や弟達、そして人質となった北送拉致犠牲者の安否を気遣い朝総連の言いなり金と物資を渡さなければならない在日家族たち拉致犠牲者家族は洗脳犠牲者であった。だが子供たちを拉致された家族の心の痛みと怒りを抑えてよいのであろうか。これまでの北軍政と朝総連の大嘘が罷り通る時代は終わったのである。
「北送拉致」が開始された1959年当時、韓国の状況はどうであったのか、1960年4月26日、抗日独立運動闘士として輝かしい名声を誇った李承晩大統領もハワイに亡命し、韓国の国情は騒然となっていた。
政治的混迷の中で民主党の張勉政権の第二共和制が成立したのも束の間、
1961年5月16日、「軍事革命委員会」を率いてクーデターに成功した朴正熙政権が誕生した。
 朴正熙政権が「革命公約」の中で認めているように国民生活は貧しく南侵後の韓国は食糧難が深刻で「ポリコゲ」が街頭に溢れていた。では北朝鮮はどうであったのかプロパガンダの大嘘宣伝であったが1957年からの経済発展第一次五ヵ年計画をスタートさせた北朝鮮は農業の集団化と商工業の国営化を終え「千里馬運動」の国民総動員方式により、60年代初頭は年平均20.3%という驚異的な経済成長を成し遂げるのに成功したと発表していた。
実に「北送拉致」が開始された50年代末には、北朝鮮の経済は韓国を完全に凌駕していたという見方が世界の大勢となっていたのである。
韓国内で発表された論文(趙淳昇議員67年発表)では、1961年の南北の経済力の差は、北朝鮮の石炭産出量は韓国の2倍、発電量は5.7倍、製鉄量は16倍、肥料の生産量は10倍、セメント生産量は4.3倍と完全に水をあけられ、コメと麦の生産量でも農業国の韓国が北朝鮮に劣っていたと発表されていた。この時期の韓国は北朝鮮から「コメ支援」を受ける状況だという虚偽情報をプロパガンダが流していた。
日本人も韓国人も在日も、この北軍政の出鱈目な大嘘を信じて疑わなかった。
 当時の金成柱は「遠からず、わが人民は米の飯と肉入りのスープを食べ、絹の服を着てクジラの背中のような大きな瓦屋根の家で暮らすようになろう」と豪語していた。だが金成柱が豪語した経済発展は大嘘であった。現在の北朝鮮の悲劇の実情が証明している。
 しかし当時は違っていた。このように「北送拉致」が始まった時期は、デマであっても、政治的にも経済的にも圧倒的に北朝鮮が輝いて見えた時期であった。韓国の肩を持つ者はおかしな奴、物好きな奴と思われる時代であった。
 こんな状況下で民団の諸先輩は「北送拉致」反対に立ち上がったのである。民団の不思議な使命を感じると共に、北送反対運動に立ち上がった全員が民族の魂を守り、在日の歴史を創ってきた誇り高き精神の持ち主であった。
 日本の諺で己の微力を顧みず大敵に立ち向うことを蟷螂(とうろう)の斧(おの)と謂(い)う。民団こそが在日と日本人妻ら家族の北送拉致に反対し、必死で活動を展開した「蟷螂の斧」であったと云いたい。
民衆を虐げ殺戮してきた軍事独裁体制は必ず崩壊する。
いや消滅させねば人々は救われない。人々を虐待する北軍政が崩壊消滅する日は必ず訪れる。それは人類史が必ず証明する。
チョンヨンナム(鄭龍男)

密入国在日朝鮮人の皆さん。北でも南でも好きな方に帰れ。日本人は嘘つきや犯罪者とは付き合えない。