野村証券利益供与事件

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140 - 参 - 予算委員会 - 20号 平成09年05月28日
委員長(大河原太一郎君) 
 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 予算の執行状況に関する調査のうち、金融及び証券問題等について、本日の委員会に、
野村証券株式会社元会長田淵節也君、同社元取締役社長酒巻英雄君、株式会社第一勧業銀行相談役宮崎邦次君及び同行代表取締役頭取近藤克彦君の出席を求めたいと存じますが、御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
田沢智治君 時間が限られておりますので、簡潔にお願いします。
 ところで、お二人は第一勧業銀行の宮崎相談役と奥田会長、近藤頭取との面識がありますか。あるとすれば、いつどのような関係で、現在どうなっているのか。簡単にあるかないか、まずはっきりしてください。
参考人(田淵節也君) 
 私は宮崎相談役とは面識がございます。宮崎さんの後の会長さん、頭取さんは、面識がないと言ったらうそになるかもしれませんが、いわゆるいろいろなことをお話ししたということはございません。
参考人(酒巻英雄君) 
 お三方とも手前どもの大変大事なお取引先でございますので、私は執行ラインのど真ん中におりましたので、濃淡はございますけれども存じ上げております。
荒木清寛君 
 平成会の荒木清寛でございます。
 野村証券にとりましては、平成三年に続きまして二度目の証券不祥事でございます。先ほど田淵参考人は世間をお騒がせして申しわけないとおっしゃいましたが、それで済む問題ではございません。本当に悪いことをしたという気持ちがあるのであれば、事実関係を明らかにし、そしてその原因を国民の前にきちんと明らかにする、それが本当の責任ではないかと私は思います。
 そこで、お二人におかれましては、前置きはもう結構でございますから、事実関係につきまして、お立場上、単刀直入にお話し願いたいと思います。
冒頭、酒巻参考人から大変重大なお話がありました。それは、平成四年に総会屋小池隆一と一回会ったことがあるというお話です。
しかし、衆参の委員会に二回お出ましになったときには、会ったことがあるとか面識があるとかそんなお話は全くなかったわけです。衆議院大蔵委員会では、この総会屋につきまして、「当社といつごろからおつき合いをされているかについては存じ上げておりません。」等とおっしゃっている。しかし、きょうの朝刊に出たら、ああ会ったことがありますという話でありまして、急に思い出したんですか。衆議院と参議院のさきの委員会で本当に真実をおっしゃっているんでしょうか。まず御説明願います。
参考人(酒巻英雄君) 
 先日は、小池隆一氏との面識があるかというお話が出ませんでしたので私は申し上げなかったというのが事実でございますけれども、社内では、大勢の者が知っておりますけれども、あした申し上げることになるかもしれないとこの辺は考えておりました。
 じゃ、なぜ言わなかったのかということでございますけれども、この辺は、私がきっちり申し上げるべきことを申し上げなかったということで、甘いというふうに自分で認識しております。申しわけございません。
荒木清寛君 
 甘いというよりも、本当のことをおっしゃっているのかという疑問を私は持たざるを得ません。
 株主様だからということで会ったとおっしゃいましたが、しかし衆議院大蔵委員会では、この株主様がそれだけの株式を持っているということはつい最近知った次第でございますなんておっしゃっていますよ。全然お話が違うじゃないですか。どうですか。
参考人(酒巻英雄君) 
 この株主様は四十五年に野村証券の株を千株お持ちになりまして、この弟さんが三十万株をお持ちになったということで、千株の方についてはきちっとした認識がございましたけれども、三十万株の方につきましては、自分で本当に鮮明な記憶があって、個人の株主さんでも何十万株をお持ちになっているという方は大勢いらっしゃいますので、そこのところはそういう認識でございましたので、前回そういうふうにお答えいたしました。
荒木清寛君 
 しかし、この三十万株の小甚ビルディングでの株式取得は、いわゆる総会屋小池隆一の借名口座といいますか、法人名義で三十万株を持っているということを知ってお会いになったんじゃないですか。千株といったら私だって買えるぐらいの株式ですよ。千株持っている株主さんが来たら全部社長はお会いになっておったんですか。そんなことはないでしょう。やはり三十万株の大株主だという説明を役員から受けてお会いになったんじゃないですか。いかがですか。
参考人(酒巻英雄君) 
 そこは、そういう報告があって、それでお会いしてほしいということではございませんで、長年の株主さんなので一回あいさつしてほしいということで、じゃ私があいさつしようかというのが実情でございます。
参考人(酒巻英雄君) 
 先生のおっしゃることが社会通念でいきますと、特に社長でございますから、社長が人に会うというときは大体そのバックグラウンドのペーパーが来るとか、こういう人だとかいうのが常識でございますし、また総会屋というのに社長が会うということは普通はございませんし、それから会わせてはいけないというのも社会通念のような気もいたしますけれども、私は、株主で長い間当社でおつき合いがあるというようなことで、じゃごあいさつぐらいはしようかということで会ったというのが本当の実情でございます。
荒木清寛君 
 その紹介を受けた役員はどなたでございますか。
参考人(酒巻英雄君) 
 管理担当の上席の役員であります、当時は手前どもの村住という専務が担当でございましたから、村住君が部屋へ来て、社長、一回あいさつしてもらえませんか、わかったと。村住君というのは私が一番信頼をしている、後事を託すに足るというぐらい信頼していた男でございますから、その役員が、社長短時間でもいいですから一回あいさつしてくださいということで、あいさつをしたというのが実情でございます。
荒木清寛君 
その村住さんは小池隆一が総会屋であるということは当然認識していたはずであります。
その信頼している村住役員でありますから、当然あなたもそのことについては説明を受けたんではないですか。つまり、総会屋といいますか、そういうことをしている人物であるという報告は受けて会っているんじゃないですか。そうじやなかったら話のしようがないでしょう。
参考人(酒巻英雄君) 
 村住君というのは、企画とか財務とか人事とか、広範なところを担当しておりますので、総務担当役員の常務取締役のところからそういう話が来て、村住君が私に言ったというのが実際のところだと思います。それでよろしゅうございますか。
荒木清寛君 
 だから、総会屋と聞いていませんか。総会屋だってことはお聞きになっていませんか。
参考人(酒巻英雄君) 
 長い間の株主さんなんでということでお会いしました。
 私も総会のリハーサルとかそういうのには出ておりますので、自分で社長になってからのことでございますから、それはそういう方だろうなと。会いたくはないなと。しかし、社長として、直属の役員が言えば、やっぱり私は逃げるわけにはいかぬ、お会いしますよと。株式をお持ちになっているということで会いたいという場合は社長は最後は会わなきゃいかぬと。それはもうディフェンスとしての仕事であるというのが私の認識でございますので、そういうことでお会いいたしました。
荒木清寛君 
 要するに、そういう人物であるということは認識していたというお話だと思います。
 どこでお会いになりましたか。そして、どういうお話をその面談のときにされましたでしょうか。御記憶の限りでお答えください。
参考人(酒巻英雄君) 
 ざっくばらんに申し上げまして、お目にかかる以上はこちらもどういう話をするかというのは当然考えます。
 会った場所は新宿の野村クラブ。新宿に私どもの五十階建てのビルがございまして、大体そこを、役職員でいろいろ食事をしたりお茶を飲んだり、使っておりますから、そこでもってお会いをいたしました。コーヒーとケーキが出て、それで終わりということでございまして、まあ短時間でございます。
 話した内容は二点ございまして、一点の方は、何を話すかということで、私は北鎌倉の小さな本屋の息子でございましたので、専ら中学、高校、大学、学校から帰れば本の配達。これは、小倉遊亀さんは今御存命ですけれども、前田青邨先生とか伊東深水先生とか鈴木大拙先生とか。そういう中で、キネマ旬報社長の上森さんという方もいらして、鎌倉カーニバルの実行委員長とか文化人として、三、四十年前の話ですけれども、本屋の息子でございまして、そのときに上森さんという方を私の父と母が存じ上げていたと。
 そこから三、四十年飛ぶ話ですけれども、この前、十年ぐらい前でしたかお亡くなりになって、その方と今度の小池さんとはいろいろお知り合いであるというようなことを周りで聞いておりましたので、上森さんという方はどういう方だったんですかと。それで、新聞配達で菊池寛さんのところへ伺って、菊池寛さんにかなりかわいがられたと、こういうようなお話が半分。
 それから、あとは日本経済はどうですかというような、上森さんの話だと五時間でも十時間でもできますけれどもと、日本経済はどんな感じですかと言うんで、日本経済はゼロ成長がずっと続いておりましたし、証券業界は業界挙げて四千億から五千億の赤字でございましたから、全く惨々たる状況でございましたので、そういう話をして終わりということ、事実その二点でございます。
荒木清寛君 
 余り差しさわりのないお話をされたのかもしれませんが、平成四年に会われたのは定時総会の前ですか後ですか、いずれですか。
参考人(酒巻英雄君) 
 正直言いまして、資料を全部持っていかれていますので、私の方で確認するすべが全くございませんので、いつごろかというのは定かでございません。全く手帳から秘書のスケジュールから、それを見ればすぐお答えできるというふうに思いますが、ただ社長になりましたその年だと思いますので、平成四年の春ぐらいだったというふうに今は思っております。
荒木清寛君 
 六月の総会の前ということですが、平成四年の六月の総会は混乱が予想されておりました。前年の損失補てん問題や電鉄株の株価操縦疑惑について経営陣の責任追及があるのではないかと言われておりまして、小池隆一からもこの総会に関して議案提出の予告文書が提出をされた、あるいはこの総会での質問状が、質問の予告状ですか、それが内容証明郵便で届いたということはあなたは御存じだったですか。
参考人(酒巻英雄君) お答え申し上げます。
 私も最初の総会でございましたので、総会のリハーサルというのは昨今は一回しかやっておりませんけれども、当時は二回やったという記憶がございます。
 それで、今株主の提案権と質問の件でございますね、御質問は。過去、当社の株主総会で株主提案権というのが議案として取り上げられたかどうかというのは社内に命じて調べさせましたけれど
も、株主さんからの株主提案権の行使というのは全くなかったというふうに聞いております。
 それから、書面質問という方につきましては、これはもういろんな方から質問が参りますので、どの会社さんもそうだと思いますけれども、大体総会の事務局がございまして、その事務局が質問を整理整とんいたしまして、一、二、三、四、五とか分けまして、それで一括回答という形で総会の初めのころ懇切丁寧に御報告をする。何といっても年一回の株主様とのコミュニケーションの場でございますから、そういう整理をしてやってまいってきておるというのが実情でございます。
 書面質問が来たかどうかというのは、書面質問は参っております。私はそれは承知しております。手前どもの役員も上席役員はみんな知っていることだと思います。
 以上です。
荒木清寛君 
 田淵参考人にお尋ねいたしますが、参考人は、児玉誉士夫氏の側近で、先ほども質問にありました大物総会屋である元出版社社長、この方にお会いしたことありますか、あるいは面識ございますか。
参考人(田淵節也君) 
 お会いしたことも面識もございません。
荒木清寛君 
 小池隆一氏の実弟の名前で口座を持ったのは平成元年でございまして、当時、田淵参考人は会長でございました。そして、
小池隆一の担当者は秘書室担当の取締役であるということは前回も酒巻参考人がお認めになった
わけでありまして、当時の田淵会長の側近の取締役が小池隆一を担当していたわけでありまして、そういう小池隆一にかかわるもろもろの件というのは御報告があったのではないですか。
参考人(田淵節也君) 
 秘書室担当の取締役が小池氏を担当していたということは、ただいま初耳でございます。
荒木清寛君 これは私が言ったのではなくて、酒巻参考人も衆議院でお認めになっております。
 次に、VIP口座につきまして、酒巻参考人にお尋ねいたします。
 八千人から九千人、そういう扱いであるということですが、その中に政治家と官僚は何人ぐらい含まれていますか、御報告願います。
参考人(酒巻英雄君) 
 政治家の方と官僚の方が何人ぐらいいらっしゃるかというのは、私は存じておりません。
 先ほど申しましたように、
日本国国債をとにかくサウジアラビアまで出かけていって世界じゅうで売るというようなとき
に、国会議員の先生は全員買っていただこう、役所の皆さんにも全員買っていただこうというので大キャンペーンをやっておりましたから、そのころ、いろんな口座はできておると思いますので、政治家の方や公務員の方が入っているということは否めませんけれども、何人ぐらいとかいうことは存じておりません。
荒木清寛君 
 これは、さきの参考人質疑でも議題といいますか、問題になった件でありますし、今ある意味では国民が一番関心を抱いている事柄ですよ。どうしてそんなこともお調べにならずに、きょう、ここに臨まれたんでしょうか。
 私は、少なくとも、今言った官僚や政治家は何人その中に含まれているのか、そういう人数だけでも公表すべきであるし、国会にも報告すべきである。そのようなお約束を願えませんか。
参考人(酒巻英雄君) お答えいたします。
 先ほども御報告いたしましたように、これはもう営業店の各店でばらばらにつけている符号でございまして、なおかつこの三月末で廃止をいたしましたので、
個別個別の取引等の守秘義務とか、そういうようなこと、これは金融機関にとつては商人道のようなもので、お客様のことを何でも出してしまう証券会社というようなことではやっぱりいかぬというふうに思いますので、個別の取引等については差し控えさせていただきたい。
 とにかく、特別の利益供与を行うためにそういう符号をつけたということでないことだけは確信しておりますので、そのように御理解賜ればというふうに思っております。よろしくお願いします。
荒木清寛君 
 そういう特別扱いしていないというのであれば、何の問題もなかったというのであれば、なおさらのこと報告すべきじゃないですか。プライバシー、守秘義務とおっしゃいますが、名前は結構です、人数だけでも報告してください。
荒木清寛君 次に、田淵参考人にお尋ねをいたします。
 野村証券は早くからアジア展開を進めてこられた。両田淵相談役が取締役に復帰されたのも、両氏のアジアでの人脈を生かすためだという先ほどの酒巻参考人のお話でありました。
 そこで、野村証券グループがベトナム北部に造成してきました野村ハイフォン工業団地、今年一月末に開所式を終えたということでございますが、このプロジェクトの実現と受注に向けて田淵参考人は相当尽力をなさいましたでしょうか。そして、その過程におきまして政治家や外務官僚を初めとする官僚の力をかりた、そういうことはございましたか。
参考人(田淵節也君) 
 ベトナムのハイフォン地区における開発問題は、これは私の後の社長の田淵義久君が全部責任を持ってやっておられまして、私は実はベトナムに行ったことは一回もございません。以上です。
照屋寛徳君 
 小池嘉矩が代表取締役をしております小甚ビルディング、一九八七年の十二月に設立をされて、当時資本金がわずか五百万円であります。ところが、二年後の一九八九年の二月にはもう野村証券の株三十万株を取得しておるんですね。
 そして、これまでいろいろマスコミ等で報道されました事実関係を総合いたしますと、野村証券は既に一九九〇年から小甚ビルディングとの間に一任取引勘定をやっておって、そして一九九二年一月に証券取引法が改正をされて一任取引が禁止された後も証取法違反の一任取引勘定を続けておった、こういう事実はお認めになりますか。
参考人(酒巻英雄君) 
 先ほど御報告いたしましたが、証券取引法が改正されましたのは、平成四年の一月一日でございまして、そのときはもう私は業界の東証の理事とか日本証券業協会の理事とかやっておりましたから、証取法改正のど真ん中におりましたので、その一任勘定が禁止行為というようなことはよくよく承知しておりました。したがいまして、一任勘定をやっているというのを私が聞きましたら、もうその場でストップというふうに命ずる、それが社長としてのジャッジでございます。
 したがいまして、その一任勘定的取引が延々と行われていたとかということは私は存じませんで、いろいろ相当後になってから知ったということでございます。
 やってはいけないことをやっているというようなことが後で何を意味するか。これは、行政処分どか免許の取り消しとか営業停止とか、会社にとってはもう危急存亡のときを迎えるというぐらい大事なことでございますから、そこのところはきちっと認識しているつもりでございます。
本岡昭次君 
 それならば、VIP口座七千人とか八千人とかいうのを野村の責任で公開してください。でなければ、私たちに着せられたぬれぎぬのようなものをどうして晴らすことができるんですか。だから、あなた方の責任で公開してください。どうですか。
参考人(酒巻英雄君) 
 ほとんどの方が全く問題はございませんので、そういう中で仮に今回行われたようなイレギュラーな取引があれば、それは私どもは自主的に御報告をいたしますけれども、大半の方がVIPという名前になっているとかいうのは全く御本人も知らないことでございますので、問題が起きれば、問題が起きたものにつきましては即時御報告し、ディスクローズもするというつもりでおります。
 それが世界の証券市場での一つのルールだろう。アメリカでいえばSECにファイルしてウォールストリートに出す、そういうことではないかなと。
 先生がおっしゃっています週刊誌か何かに出ておりましたのは、私の記事も出ておりましたけれども、何か酒巻は長いつき合いだみたいなことを書いていましたけれども、その方とは二十年来会ったことはございません。昔の私の部下のお客様ということでございます。
本岡昭次君 
 だから、これはテレビで放映されているようですが、何か本岡は格好よく質問しているけれども、あれもやっているんじゃないかというふうな、そんな不信感に包まれたんじゃ、この場でだれがやってもだめですよ。そうでしょう。だから、あなた方はきちっと、VIPとか何か知らぬけれども、そういうものを公開して、そうではないんだと、せめて政治と国民との間の信頼を回復することぐらいに力をかしてくれたらどうですか。
 これは、委員長、後で理事会で取り扱ってください、私が今要請していること。VIPの口座の問題、いけませんか、証人喚問の問題と。
有働正治君 日本共産党の有働でございます。
 酒巻参考人にお尋ねします。
 今ほかの総会屋に何人かお会いしたと。これは複数以上か二けたぐらいか、どれぐらいの総会屋でございますか。おおよそで結構でございます。
参考人(酒巻英雄君) 
 一人か二人でございます。
有働正治君 
 同じく酒巻参考人、小池容疑者と会う際、総会屋であることを知らないはずはないと、この間の答弁からいっても明白だと思うんです。しかし、そのことをまだ明確に明言されていないと思うんです。反省するというのであれば、今の時点で中途半端でなく小池容疑者というのは総会屋であるということを知っていたということを明言すべきだと思うわけでありますが、いかがでございますか。
参考人(酒巻英雄君) 
 そのような方だろうなとは思っていました。したがいまして、こちらも構えておりました。
有働正治君 
同じく酒巻参考人、この間、利益供与をめぐりましては、藤倉氏あるいは松木氏らごく限られた役員等のいわば個人ぐるみと言ってこられたわけであります。
本日は、村住さんですか、担当役員の御紹介、そしてまた酒巻社長御自身もお会いになっていた、こういうことになりますと、個人ぐるみということにはならないというのが国民の皆さんの常識だと思うんです。そういう点では組織ぐるみと、会社自身も強制捜査を受けていることからも明白だと思いますが、これについても明言していただきたいと思うのであります。
参考人(酒巻英雄君) お答えいたします。
 村住君は会っていないと思います。村住君が会っていれば私が会っておりませんし、彼が会っていないから私が会ったと、そういうトレードオフみたいな関係にあると思いますので、彼は会っていないというふうに思っています。私がお会いいたしました。
 そして、その下におる総務担当の常務が全部取り仕切っておりますので、野村証券の組織はそういうふうになっていると御理解賜りたいというふうに思っております。
有働正治君 
 それから、VIP口座のかかわりでお尋ねします。ともかくVIP口座に政界あるいは官界人が入っていたことはお認めになりました。
 そこで、酒巻参考人にお尋ねします。一般投資家と違いまして、なぜ政界、官界人がVIP口座に入るのか、この点について。
参考人(酒巻英雄君) 
 私どもで、株式で損した得した、いろいろございまして、お客様が激高していろいろ御叱正を賜る、そういうお客様も含め、このVIP口座というのは入っておりますので、いろんな方が入っている。その中に政治家の方もお役所の方も地方の皆さんも入っているだろうと。
 とにかく、昼休みなんかに電話がかかって、ぽんとパソコンを押しますと、VIPと出れば応接をきちっとやらなきゃいかぬなということで対応をしてきているのが実情でございますので、何とぞ御理解いただきたいと思います。
有働正治君 
関連しまして、武富士と野村証券の関係についてもVIP口座をめぐって疑惑が持ち上がっているのでお尋ねします。
一つは、平成八年八月三十日の武富士の株式公開に当たって、野村は幹事証券会社としてでもありますし、協力し、さまざまな相談にあずかっていると承知しています。
例えば、徳田博美元大蔵省銀行局長、徳田氏は野村の顧問でありますし、武富士の監査役につかれた当時は野村総研の最高顧問であったと私は承知しています。
この大蔵省の銀行局長を務められた野村証券の方を武富士の監査役につかせておられると思いますけれども、この点、間違いないかどうか。
 田淵参考人に、その徳田氏を大蔵省から野村に入社させたのは田淵氏だと指摘されていますが、この点についていかがでありますか。
 そして、あわせて酒巻参考人に、武富士の未公開株が平成八年八月三十日店頭公開と同時に、額面五十円が一万二百円の値がついています。額面五十円です、それが一万二百円です。
 未公開株保有者にとりましては一夜にして膨大な利益が転がり込むことになるわけでありますが、その武富士の未公開株が、野村側もいろいろ相談に乗りながら、野村のVIPリストの中にある政界、官界人に渡っているとの指摘がありますが、そういう未公開株が政界、官界人に絶対渡っていないと断言できるかどうか、この点、あわせお尋ねいたします。
参考人(田淵節也君) 
 徳田博美氏が武富士の監査役になっていたということ自体は後で新聞で見て知ったわけでございます。
 ただ、徳田博美氏に野村総研の理事となっていただいたときには、彼は銀行局長もやって、それから非常に金融界に明るいというふうに私も思うし、それから世間の評判でもありましたので、徳田さんにお願いをして来ていただいた、こういうことでございます。
参考人(酒巻英雄君) 
 公開というのは、何年かかかりまして準備をして公開ができるかどうか、この辺は、東京証券取引所や日本証券業協会やそういうところの審査も経て公開をされるということになるわけでございますけれども、私は、私の社長のときにあらゆる審査、ここのところはかなりきちっとやってきたという自負がございます。したがって、法にのっとって公開が行われたということでございます。
 今、先生がおっしゃられました五十円が一万というところにつきましては、五十円は向こうの社長さんの話で、実際に投資家がお買いになったのは九千何百円とかいうことだと思いますし、今値下がりして大変申しわけなく思っているようなところでございます。
有働正治君 
 政界、官界について。
参考人(酒巻英雄君) 
 公開株とか転換社債、こういうものにつきましては日本証券業協会の配分ルールというのが決まっておりまして、全国でそのルールを守って配分をするということが行われておるというところまでは承知しておりますけれども、具体論はどの銘柄に対しても社長は全く報告も受けておりませんし、知りません。
有働正治君 
 納得できない答弁で、私どももリストを要求していますけれども、証人喚問を要求いたします。

片山虎之助君 
 そこで、今回の問題は長い経緯があると報ぜられております。
そこへいつも出てくるのが大物総会屋さんで某出版社社長の、名前も名字だけならいいんでしょう、木島さんと言われる方なんですね。
 そこで、この前、二十三日に皆さんおそろいで記者会見された。いろんなことを言われている。昔のトップが仲がよかったとか合併のときにお世話になったんだとか、なかなか勢力のある方だとか、いろんなことがあります。国民の常識から見て何でそんなに力があるのかな、亡くなられてもその呪縛が解けないというんだから。第一勧業銀行は一万八千人おるのに、私はその辺が理解できない。
 宮崎参考人、どういう経緯なのか、これまた簡潔にお話をいただきたい。
参考人(宮崎邦次君) 
 先日の会長、頭取の記者会見で呪縛ということを申し上げましたけれども、そのときに過去歴代のトップもつき合いをさせていただいたと、これは事実でございますし、私もつき合いをさせていただきました。
 ただ、非常に大物というか、この窓口になっております総務の人たちというのを、その元出版社社長というのは礼儀に非常に厳しい方で、ちょっとでも礼に失するようなことがある場合には非常に大変厳しく叱正されるというようなことを、もうその辺のところから非常に呪縛といえば呪縛ですけれども、そういうような形があったんではないかというふうに推測いたしております。
片山虎之助君 
 今、宮崎参考人いみじくも言われた、ずっとそれまでもつき合いをさせていただいたし、私もつき合いをさせていただいたと。特に宮崎参考人は親密だと、こういうことになっています。
あなたは年に何回も京橋の彼の事務所にあいさつに行かれる。御長男の結婚式はちゃんと頭取で出られる。亡くなられたときはもちろん、これまた今の礼儀なんでしょう、すぐ弔問に行かれる。
結構ですよ。あなた自身、木島さんについてどういう評価、認識をお持ちだったんですか。
参考人(宮崎邦次君) お答えします。
 元出版社社長は私どもの営業店の大変大口の預金のお取引先でもありますし、また歴代トップもつき合いをさせていただいたという点では、引き継ぐといえば別でございますけれども、私も頭取になりましたときには会長と一緒に見えたときに会ったというのが経緯でございます。
 それから今御指摘のように、相当行ったと言われますけれども、それは私どもが一回行っても何回行ったというようなうわさがすぐ流れます。この辺のところは若干勘案いたしましても、結婚式に出たことも事実でございます。この結婚式というのは、その元出版社社長の御子息が私どもの親密な取引先の会社に勤めておられる方で、そういう関係もあるし喜んで出たということでございます。
 それから、元出版社社長というのは、昔いわゆる総会屋活動的なことをやったというふうにも聞いておりましたけれども、私どもがつき合ったときには、昭和四十年代にはもうそういうものから足を洗ったというふうに聞いていますし、私がお会いしても、また歴代トップに聞きましても、依頼されたり依頼したというようなことは一切なかったというふうに聞いておりますから、私もオープンにつき合っていたという次第でございます。
片山虎之助君 
 参考人、あなた足を洗ったと言われるけれども、足を洗ったかもしれません、御本人は。
だが小池兄弟と大変仲がよくて、結果として木島さんの力であなたの方の大量の巨額の融資が小池兄弟の方に行くことになったんですよ。
あなたは、そうするとその元出版社社長、大事な人だ、大切にしなきゃいかぬ人だ、会社としても粗略にできない、そういう御認識だったですか。
参考人(宮崎邦次君) 
 それは、私どもの支店の大変優良な取引先という点ではそうでございますけれども、融資する際につきましては紹介を受けて始まったということは事実でございます。
 それから、その当時はやはりバブルの始まりのときでございましたし、尋常にいった時代かと思います。
片山虎之助君 
 そこで、その小池兄弟とは今の木島さんが接点になって第一勧銀とのいろんな取引が始まる。ところが最初に口座をつくったときはどうということはないんです。わずかな金の融資だった。それが大量になるのは、実は宮崎参考人が頭取になられた後なんです、御承知のように。
一九八九年からなんです。平成元年からです。二月、十二月。
そこで、その前の年に実は麹町支店がスキャンダルというんでしょうか不正支出の問題を起こして副頭取と審議役はやめられて、会長、頭取の交代があったんです。
そのときそれは二月、三月、六月まで引っ張るんです。六月に逮捕されるんです。六月二十九日の株主総会は大混乱になるだろう、もめるだろうと。ところがこれがすっといったというんです。一時間十三分。そこでその亡くなられた出版社の社長も、小池ブラザーズのお兄さんの方も大変それを取り仕切って貢献があったんだということは、まさにその総会で宮崎参考人は頭取になられたわけだから。そこで、なられた後のすぐ次の年の、年が明けたら大量の三十一億だとか、二月と十二月を足せば二十億の融資が始まるんです。これは因果関係があるんでしょうか、ないんでしょうか。いかがでございましょうか。
参考人(宮崎邦次君) 
 因果関係は全くないというふうに思って確信いたしております。
片山虎之助君 
 そこで、宮崎参考人は、木島社長の紹介された小池兄弟、小池兄弟のお兄さん、弟さん、ともに会われましたか、どうですか。
参考人(宮崎邦次君) 
 面識はございません。
 ただ、結婚式に出たときに、最近この事件が起きましてから、結婚式に小池氏兄弟も出ていたということを聞きましたけれども、全く会った記憶もございませんし、お二人に会ったこともありません。
片山虎之助君 
 名前は知っていましたか。
参考人(宮崎邦次君) 
 名前は元出版社社長から聞いたことはありません。
 それから……
 それから、亡くなられたときに、某役員から親しかった小池という人がいるということを聞きました。
 それから、小池嘉矩氏につきましては、思い出すとそれは、新潟から出てきて税理士でということは思い出した形で……
片山虎之助君 
 はい、結構です。
 そこで、その弟さんの方は知っておったと、名前を。この隆一さんは嘉矩さんの兄貴だということは御存じですね。
参考人(宮崎邦次君) 
 いや、それはそのときに、某役員から聞いたときに初めて知りました。
片山虎之助君 
 そこで、この前の記者会見聞きまして、私が大変けげんに思うことが二つあるんです。
 一つは、小甚ビルディングなり小池嘉矩氏に貸したので、お兄さんは関係ないとこう言われる。これは一体なんですよ。表と裏なんですよ。小池嘉矩氏に貸すことによって、小甚ビルに貸すことによって小池隆一氏が取り仕切って三十万株を、四社ですよ、三十一億で買ったんですよ。だから、私はなかなかそれは通らないと思う。いろんな小細工もやっている、複雑な操作の仕組みもやっています。あと同僚が質問しますけれどもね。私はそれはなかなか通らないというのが一つ。それは近藤参考人、答えてください。あなたが、お兄さんの方じゃないんだ、弟の方だ、会社なんだと盛んに強弁されている。私はこれはなかなか通らないと思う。
 それからもう一つ。首脳部が知らなかったと言われる、去年まで。こんなことがあるんですか。累積三百億に及ぶ、二百七十億に及ぶ大融資で、累積ですよ、しかも焦げつきが七十五億出ているでしょう。七十億、皆さんは有税償却されているんだよ。こんなもの、首脳部が全く知りません、あるいは総務部か何かがやったんですと、通りますか。近藤参考人、いかがですか。
参考人(近藤克彦君) 
 当行として、私、この件につきましては、このたびいろいろ新聞報道がされましたり話題になりましていろいろ調べ始めたわけでございますけれども、私の今まで報告を受けている限りでは、あくまでこの取引というのは小甚ビルディング並びに小池嘉矩という方に対する融資でございまして、ただ総務のラインではお兄さんが小池隆一さんであるということは、一部の者は知っていたというふうには聞いておりますけれども。
 それから、トップが知らないのはおかしいというお話でございますけれども、これは私も、歴代の頭取、会長経験者、みんな聞いてまいりました。私自身は全く知らないことでございますけれども、これ全員、今回の話題になりまして初めてそういうことがわかったということでございます。
片山虎之助君 
 まあしかし、なかなか信用できないけれども、もしそうなら大変おおらかな会社ですな、おおらかな銀行。トップは怠慢にして無能ですよ。いや、こんなことはなかなか通らない。それから形式論ですよ、弟と弟の法人に貸したんだから兄貴は一切関係ありませんと。実際やっていることは、兄貴と一緒に彼らは社会的ないろんなことをやっているんだから。それを知らないというのはなかなか通らない。
 再度御答弁いただきたい。
片山虎之助君 
 なかなか信じがたいけれども、時間がかかりますからちょっと置いておきますが、それじゃ皆さんは小池隆一氏及びそのグループが皆さんのところの株を二万六千株お持ちだということは知っておりますね。
参考人(近藤克彦君) 
 申しわけありません。このたびそういうことを知ったわけでございまして、総会に出た方とか、そういう名前自身を、申しわけないですけれども、歴代トップの人は全く知らないということでございます。
片山虎之助君 
 今株主である、大株主であるということは御存じなんだよね、二万六千株。
片山虎之助君 
 そこで、そのお金は大和信用から回っていませんか。大和信用から彼は何十億か借りたんですよ。そのうち担保不足が二十億あるものだから、皆さんの方が債務保証かなんかやったでしょう。いかがですか。
参考人(近藤克彦君) 
 大変申しわけないですが、大和信用のことも最近行内調査でわかったわけでございます。その大和信用からのお金でそれが買われているかどうかにつきましては、ちょっと私確認できませんのでお答えしかねます。
片山虎之助君 
 時間がだんだんなくなってきましたので、そこでさらに問題なのは、皆さんが大蔵省の検査をこけにしたことですよ。しかも、これは極めて意図的、悪質だと私は思う。
 二回やっているでしょう。一九九〇年、平成二年と一九九四年ですね。一回は山梨のゴルフ場に対する融資額を抑えて出さないようにしている。もう一回は、延滞の利子を延滞債権と思われると困るから六億一千六百万を特別に融資をして、手の込んだ融資をして、問題債権から落としている。
 だれがやったんですか。だれの指示ですか。
参考人(近藤克彦君) 
 大蔵検査を回避しているという御指摘でございます。
 目下調査中でございますけれども、平成二年、それから平成六年についてどうもその疑惑があるという心証を持っておりますので、なお今鋭意調査をいたしております。
斎藤文夫君 はい、わかりました。
 それでは、今度は各論に入りますけれども、この総会屋、小池兄弟にお貸しになった、言うならば取引の全貌について数字で簡単に教えてください。わかりますか。
参考人(近藤克彦君) それでは簡単に申し上げます。
 小池嘉矩氏に対する貸し出しが四十六億二百万円あります。それにつきましては償却をしておりまして、これは有税償却でございますけれども、四十四億三千九百万、これは平成九年の三月に間接償却をいたしております。
 それから、小甚ビルディング、これにつきましては二十九億百万残高がございまして、これにつきましても、有税の間接償却二十六億四千万ございます。以上でございます。
斎藤文夫君 
 同時に、小池兄の方に、大和信用に約十五億、融資を私どもあっせんしたと、こういうふうにとっておるわけでありますけれども、口ききをして、そして滞ったら、そのうちからしかるべきものを第一勧銀で補てんをしたと、こういう事実があるんですが、いかがでしょうか。
参考人(近藤克彦君) 
 大和信用さんというのは、手前どものある店のお客様でございまして、一時経営的にもちょっと大変だったというようなこともございますものですから、人を派遣したりいろいろ御商売のあっせんをして御支援をしたりというような、そういう間柄でございましたけれども、補てんをしたということは特に私、伺っておりません。
斎藤文夫君 
 それはよく調べてください。小池兄弟が焦げついて、それでその焦げついた分を補てんをしている。ただ、四億四千万、兄がビルを買った、それがまだそのまま残っているとかいろいろうわさがありますが、ぜひひとつ御調査をいただきたい。
 私どもが調べた限りでは、この兄弟で大変多額な借金をして、最高二百何十億ですか、あって、そして現在結局九十五億ですか、有税償却と、こういう形になったわけですけれども、そういうふうに認識していいですね。
参考人(近藤克彦君) 
 先ほど申しましたけれども、取り扱いの累計は二百七十五億でございます。それから与信のピークはこの小池嘉矩、小甚ビルディング両方で九十五億に至ったことがございます。現在残高としては、先ほど申しましたけれども七十五億残っておりまして、七十五億で償却は四十四億三千九百万と二十六億四千万ですから、ほんの少しまだ残っている。
 これは、ちょっと申し上げますけれども、決して、これは行内で分類されたり不健全だということで処理をしたわけでございますけれども、お客様に対しましてはあくまで債権放棄をしたわけではございませんで、引き続き回収に努力をいたします。
斎藤文夫君 
 私さっき九十五億と言いましたが、七十五億に訂正を願います。
 とはおっしゃいますけれども、とてもそうはいきませんよ。
 現実に、例えば宮崎参考人は昭和三十一年、第一銀行に御入行されて大阪支店、そして近藤参考人は昭和三十七年御入行、しかも第一銀行だ。お二人とも虎ノ門支店、そこで窓口業務をおやりになりましたね。その経験というのは、融資だ何だについてはもう十二分に熟知をしているお二人ですね。この融資についておかしいとお考えになりませんか。小池兄弟に対しての融資です
斎藤文夫君 
 なぜここまでとにかく小池、弟でもいいですよ、面倒を見なきゃいけなかったのか、庶民感覚では全くこんな銀行はないですよ。よほど弱みを握られたんじゃないですか。
 高杉さんの本じゃないが、「金融腐食列島」を地でいっているじゃないですか。いろんなことを書かれていますよ。いかがですか。イエス、ノーで言ってください。
参考人(近藤克彦君) 
 弱みというのは全く、歴代のトップにつきましてもあったということは聞いておりません。
斎藤文夫君 
 別口の総会屋で星次郎氏の未亡人の融資に絡んで訴訟が起きて、新聞報道によれば、おたくの銀行は問題にならなければ水面下でうまく処理しようと思っていたと言っているが、いかがですか。
参考人(近藤克彦君) 
 そのようなことは全く考えておりません。
都築譲君 
 ゴルフ場の開発というと恐らく何百億とかあるいは千億の単位のものがかかるときもあると思いますけれども、そういったときに、確かに三十億円というのは巨額かもしれませんけれども、どういう基準で巨額だというふうに判断されたんですか。何かいろんな審査とかそういったものを回避するためにあえて二つに分けたんですか。
参考人(近藤克彦君) 
 巨額といいますか、やはり小池嘉矩氏の名義で扱うわけでございますから、個人に対する貸し金と。これは小池嘉矩氏が借りた後、小甚ビルディングの方に転貸しをしているというふうに伺っております。
都築譲君 
 ただ、第一勧銀さんはたしか預金量が五十兆円ぐらいあって、そのうち三十数兆を貸し出すというふうな形でやっておられるんじゃないかと思いますけれども、そういったところと大和信用という、これは数百億円のファンドがあるというふうに聞いておりますけれども、それが持つ資金量と比べて十六億円というのは余りにも差があり過ぎるんじゃないですか。
 大和信用の方はなぜこういったものを第一勧銀さんから言われて受けたのか、まただれが大和信用に働きかけをやったのか、それを言っていただけますか。
都築譲君 
 では次は、これは週刊現代という雑誌の六月七日号、大分早いんですが、現役の総会屋さんの談話ということで、八七年から八八年ごろに出回ったなその巨額小切手の話が出ております。これについて、例えば二百億円の小切手が二枚、九百七十億円の小切手が一枚、そしてまた百億円の小切手が七枚、こういったものを回収するためにいろんな方の手づるを伝ってやったというふうな話が出ておるわけです。それがきっかけで総会屋に食い込まれた、こういうふうな話がありますが、それはいかがでしょうか。
参考人(宮崎邦次君) 
 それは事実と違うと思います。
偽造小切手が出ましたのは、当行の営業部で発行されたのが数字が偽造されまして、それが出回ったというのが事実
でございまして、それが出回りましてこちらの方へ請求が来たときに、それは偽造ということで返却し、またその分は丸の内警察署に届け出て告訴していると、告訴中というふうに聞いております。
都築譲君 
 銀行の方で丸の内警察署に届け出て告訴をしていると。
 それから、逆に、これはまたその記事の中で、財団法人の理事のS氏が第一勧銀をこの関係で有価証券偽造で告訴したと、こういうふうな話になっておりますが、それは事実ですか。
参考人(宮崎邦次君) 
 それは聞いておりません、申しわけございませんが。
都築譲君 
 それから、またもう一つ別の事件がありまして、これは北海道の大沼国定公園のリゾート開発の関係で、都内の総会屋グループの代表が企業の総務担当者を向島の料亭に集めてこのリゾート開発の会員権、リゾートの会員権四千万円を持ちかけたと。それで、持ちかけられた企業のうち七社が購入した、その中に第一勧銀が入っていると、こういうことですが、それは事実でしょうか。
参考人(宮崎邦次君) 
 私はそれは存じませんけれども、一般的に申しまして、リゾート開発の会員権を購入するのは行員福祉の観点からあろうかと思います。
都築譲君 
 通常、企業は、お金もうけを別に企業でなくてもするとき、百万円出して二百万円もうかるんだったら恐らく多分乗るでしょう。九百万円出してまた一千万もうかるというんだったらこれまた多分乗るかもしれませんね。逆に、今の状態から損をするようなときどうするかと、こういう話もあるんだろうと思うんです。例えば、百万円なくしてしまったと、ただ、それをだれか発見してくれた人がいたというときは発見してくれたお礼に幾らか出しますね。法律だと大体五%から二〇%、額が大きくなれば五%ぐらいになる、こういう話ですけれども、今回の七十五億円という規模が、これで償却をするということは実質損になるわけですね。そうすると、五%から一〇%といっても、七百五十億から約一千五百億ぐらいのものを、何か回収するためにそれだけのものを覚悟してやったと。ただ、今回もうここまで第一勧銀としてしゃぶられ続けたらたまらぬからということで表に出てきたのか、あるいは全く偶然に野村証券の方で出てきたのか、そんなことも考えられるわけです。
 この話はまた別にいたしまして、この七十五億円というお金で本当に皆さん方は何を守ったのか、それを私はお聞きしたいんです。宮崎参考人はいかがですか。
参考人(宮崎邦次君) 
 この融資の問題につきましては、公共性の高い、また信用と信頼を基盤とする銀行といたしまして、このような事態を招きましたことはまことに申しわけなく、責任を痛感しているところでございます。深くおわび申し上げる次第でございます。
照屋寛徳君 
 ところが、両参考人の決意とは裏腹に、今回の第一勧銀の不祥事、国民の目から見ると、株式会社小甚ビルディングあるいは小池嘉矩御本人、小池隆一、これはやはり総会屋というやみの世界の人脈と第一勧銀がもう何十年も深い関係を持っておった、その中で発生した不祥事というふうに思わざるを得ないわけです。
そこで、例の出版会社を経営しておられたという亡くなった大物総会屋、この人が出版しておった「現代の眼」には、野村証券同様、第一勧銀もずっと広告を出しておりまして
ここに持ってまいりましたけれども、第一勧銀の広告が「心のふれあいを大切にします」と、こう書いてある。ところが、この不祥事の結果から見ると、まるで総会屋との触れ合い、きずなを大切にしますと、こういうふうにしか思えない。なぜかというと、
この大物総会屋と言われる出版会社の社長、これは亡くなった児玉誉士夫につながる側近の四天王の一人なんです。
そういう立場を宮崎さんは承知しておったんじゃないか。しかも、あなた御自身がお認めになったように、出版会社の社長の御長男の結婚式には出席されたんですね。そして主賓席に着かれた。こういうことは、参考人御自身がその総会屋に対して一体どういう認識を持っておったのか、疑わざるを得ないんです。
 もう一度宮崎参考人に、その長男の結婚式への出席のことを含めて、そこら辺の御事情をお聞かせいただきたいと思います。
参考人(宮崎邦次君) 
 私はその結婚式には出席いたしましたし、先ほども申し上げましたように、その新郎の勤めている会社は私どもの大変親密な取引先でもありますし、それから某出版会社の社長はいわゆる総会屋活動というものから足を洗っているということと、私どものつき合いの中で頼むとか頼まれたりしたということが少なくともトップクラスに引き継いだ仲でないということ、また営業店の大口の預金取引先であるということで、その点では淡々とオープンにつき合っていたということでございます。
照屋寛徳君 
 宮崎参考人にお伺いいたしますが、参考人は、第一勧銀でいわゆる業界用語で言うMOFの担当をなされた時期がございましたか。
参考人(宮崎邦次君) 
 企画部におりましたときにあります。
本岡昭次君 
 いや、反省しているのは当たり前でありまして、悪いことをしたという認識をあなたが持っていないところに私は問題があると思っているんです。そうでしょう。小池という方が総会屋として野村証券との間であれだけの力を振るうという、その力はどこから来たか。第一勧銀が三十一億というお金を、延べ三百億円というお金を融資した。何でだ何でだということになっているわけです。それをあなた方がやらなければこんなことは起こっていない。また、百二十万株という株をあなたは担保で持っておって、その処理も手っ取り早くやっておれば、その株の力でもって野村証券とのかかわり合いもあそこまで起こらなかったのではないか。
 要するに、銀行としてやってはならないことを、バブルだとかそのほかのことに責任転嫁できないことをあなた方はやったのではないですか。監獄へ入るかどうかは検察が決めることですから、私はとやかく言いませんが、やはりあなた方が悪いことをしたという認識があるかないかが私は重要だと思う。
 もう一度だけお聞きします。
参考人(近藤克彦君) 
 これはあくまで行内の調査の結果のことでございますけれども、やはり融資の対象先としてはあくまで小甚ビル、小池嘉矩氏ということでございまして、小池隆一氏とは別だということで、これはどこでどう詰めてもそういうことでございますので、小池隆一氏に対する融資をやったわけではない。あるいは野村さんとの関係で、そういうことについて意識してこちらからそういう融資をしたということではないということは確信を持っております。
橋本敦君 
 大変重要なことをおっしゃっているんですが、第一勧銀が三百億円近く、二百六十億でもいいですよ、それだけの融資をされたのは小甚ビル相手だ、こういうことですね。その小甚ビルの社長が小池総会屋の弟である。つまり、小甚ビルに対する融資は、総会屋という認識はないとおっしゃるが、総会屋の親族企業であるという厳然たる事実は認識されていますね。
参考人(近藤克彦君) 
 本当に最近になって知ったことでございますけれども、小池隆一氏の弟さんだということは聞きました。
橋本敦君 
 あなたは最近とおっしゃるが、宮崎さんは、この小甚ビルの社長を紹介されたのはもとの児玉誉士夫氏の系統に属する大物総会屋であった出版社社長だと。その小甚ビル社長の嘉矩氏の兄が総会屋ということは知っていたと先ほどおっしゃいました。だから、小甚ビルに対する融資というのは、まさに総会屋の親族企業だということは宮崎さん、あなたもわかっていたでしょう。はっきり言ってください、簡単でいいですから。
参考人(宮崎邦次君) 
 それは知っておりません。その融資の時点で知っておりません。
橋本敦君 
 全く信用できません。この小甚ビルという会社は一体どういう会社か。資本金わずか四千五百万円の不動産会社、従業員たった一人、本社事務所はどこにあるかというと六本木のマンションの一室、所有者は兄の小池隆一、総会屋ですよ。こんなことを調査もしないで二百億円以上の融資をする、そんなことが第一勧銀としてあり得るんですか。絶対信用できませんよ。とんでもありません。
 今、検察庁は野村の関係者及び小池兄弟を逮捕して調べていますね。私は法務省からその逮捕状の被疑事実の要旨を受け取りましたが、そこでははっきりと被疑者小池隆一及び小甚ビルディングの代表取締役である小池嘉矩は、いいですか、お互いに相共謀して野村証券から不正な利益の供与を受けたという商法違反の犯罪で捜査され、関連してあなたの方の関係者も捜査を受けているんです。共謀なんですよ。犯罪の共謀と認定してやっているんですよ。そういうことをはっきり認識しないで、今どうして責任をはっきりさせることができますか。
 はっきり言って、総会屋親族企業を通して、総会屋が野村証券に対して三十万株を所有し、大株主の地位と総会屋の地位を利用して不正な利益を得たという、この黒い事件の資金的黒幕が結果として第一勧銀であったという事実は動かしがたいですよ。この事実だけは結果として認めますね。頭取、どうですか。結果として明らかでしょう。
参考人(近藤克彦君) 
 結果としてどうもそのようでございます。
橋本敦君 
 しかも、この問題について事実が明らかになってから、九〇年、九四年の大蔵省の検査に対して虚偽の事実をまさに申し向けるなどして大蔵省の検査をごまかした。重大な問題じゃありませんか。今あなたが結果として認められましたが、こういう総会屋親族企業を通して総会屋を暗躍させた資金は国民から第一勧銀が受け取ったお金、これら大事なお金、ここから出ておる金でしょう、どうですか。
参考人(近藤克彦君) 
 先ほど、共謀しというお言葉がございましたけれども、私どもは共謀ということについては認識を全くいたしておりません。
 これだけの巨額な金をなぜ貸したかという御質問でございますが、
やはり歴代のトップと交遊のあった元出版社社長の御紹介がその都度ございますので、ルール違反のない範囲で精いっぱいやったということだろうと思っております。
橋本敦君 
 すべて最近になってと言うけれども、あなたの会社は一体どうなっているんだと言いたくなりますよ。
宮崎さん、あなたの責任も重大だが、あなたは先ほど認められたように、この小池氏を紹介した元大物総会屋木島氏とは知り合いであったというお話、長男の結婚式にも出られたというお話。
その長男の結婚式には第一勧銀から、元総務部長の小宮氏、そして同じく元総務部長の木内氏、元総務部長の入山氏、また同じく総務部長をおやりになった塩谷氏、こういう方も同じように結婚式に出席していた事実は間違いありませんね。
参考人(宮崎邦次君) 
 相当前の話でございますからちょっと私も正確なところを覚えておりませんけれども、木内、入山というのは出たというふうに思っております。それからもう一人、沼田というのが出ていたかと思います。
橋本敦君 
 総務部というのは大体総会屋対策を扱うところだというのがみんな常識です。まさに歴代の総務部長をおやりになった方を含めてそういう癒着が木島氏とあって、そして木島氏の紹介ということで、大事なお客だということで二十年にわたってその呪縛が解けなかった、一体どうなっているんだと、こういうことですね。
 そして、なぜ呪縛が解けなかったかということは、まさに銀行がしゃんと毅然としていればいつでも解けたはずなのに、解けなかった。そこのところを徹底的にえぐらなくちゃだめですよ。それはまさに宮崎さん、あなたが選任された総会を与党総会屋として木内氏や小池氏が無事におさめてくれたとか、その他いろんな状況があるに違いない。この問題を徹底的に解明する、そのことをおやりになる決意がお二人にありますか、最後にそのことを伺って終わります。
参考人(宮崎邦次君) 
私どもも、オープンな総会、開かれた総会で恥部もすべて出して闘うところは闘うというもう当然な決意を持っております。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E9%82%A6%E6%AC%A1
1997年に第一勧業銀行と四大証券を取り巻く金融不祥事総会屋利益供与事件(総会屋小池隆一への損失補填による利益供与)が発覚。小池への融資が急増するのは宮崎頭取時代からであった。同年、東京地検から厳しい事情聴取を受けた後、「大変ご迷惑をかけ、申し訳なくお詫び申し上げます。」「逮捕された方々の今後の処遇、家族の面倒等よろしくお願い申し上げます。スッキリした形で出発すれば素晴らしい銀行になると期待し確信しております。」などと書かれた近藤克彦前頭取、奥田正司前会長、杉田力之会長兼頭取宛ての遺書を残し、三鷹市大沢の自宅で首吊り自殺。
http://ameblo.jp/sataka/entry-10038118101.html
遺書
今回の不祥事について大変ご迷惑をかけ、申し訳なくお詫び申し上げます。
 真面目に働いておられる全役職員そして家族の方々、先輩のみなさまに最大の責任を感じ、且、当行の本当に良い仲間の人々が逮捕されたことは、断腸の想いで、六月十三日相談役退任の日に、身をもって責任を全うする決意をいたしました。
 逮捕された方々の今後の処遇、家族の面倒等よろしくお願い申し上げます。
 スッキリした形で出発すれば素晴らしい銀行になると期待し確信しております。
 永年のご交誼に感謝いたします。
1997/06/29 第一勧業銀行元会長 宮崎邦次
http://megalodon.jp/2013-0804-1939-39/ameblo.jp/sataka/entry-10038118101.html

第一勧業銀行 巨額 怪小切手事件
http://www.rondan.co.jp/html/news/dkb/dkb.html
第一勧銀が振り出したといわれる額面 2,500億円の自己当て小切手が西インド諸島に本拠を置く貿易会社に売却された。
売却代金は額面の 10% の 250億円。
 10月25日、このビジネスの仲介者から売却グループ側に届いた通知では、代金の決済日は 11月18日だという。関係者のひとりがつぎのように証言する。
「売却代金は 250億円ですが仲介者側と折半なので、こちらの取り分は 125億円。でもここにきて仲介者側が高飛車な態度になり、かなり減額されると思う」
この売却代金の決済方法は2段構造になっている。前出の関係者はいう。
「11月14日に代金の一部が売却側各メンバーに支払われ、残金は 18日、3ヶ所の銀行口座に分散して振り込まれることになっている」
私の情報が正確ならば、仲介者が売却側グループに送金のため使う銀行は米国・ロス市内の W・F銀行だ。
口座の名義人は同市サウスグランドアベニューに住所を持つ金融ブローカー 奥野正巳 です。
彼は売却グループに一部金を支払った後残金の送金作業に着手することになっている。
 この 250億円の小切手については後で説明するが、これと同種の額面 250億円の小切手が6月に発覚した DKB 事件の裏で大きな役割を果たしていたという噂が、金融関係者や一部ジャーナリストの間で真実味を持って語られている。DKB が総会屋 小池隆一 に不正融資した金は総額 300億円になることが、東京地検特捜部の調べで明らかになっている。
これまでの捜査で判明したところでは、92年9月、当時頭取、会長だった 奥田正司 と 宮崎邦次 (故人) は、総務担当常務の 田中賢二 から、小池隆一 への融資状況について詳しい報告を受けた。
小池の担保株は担保割れしていて融資は困難だった。しかし、総務部案件で引き継がれてきた “特別な事情” を考慮の末、奥田らは迂回融資を了承した。
9月4日に都内の料亭で小池の先生 木島力也 (故人、元出版社社長) と DKB 会談が開かれた。
木島は右翼の大物だった 児玉誉志夫 のブレーンです。
この直前まで審査担当役員だった 金沢彰 と 内田恒雄 は、田中たち総務部の要請に耳を貸さず、融資打ち切りを決めていた。
そのため田中は奥田らトップに直談判、ゴーサインを取り付けた。
 小池が、DKB 本店・斎藤芳邦 業務部長(当時) の名で振り出された額面 250億円の自己当て小切手を複数枚所有していた、と証言する金融ブローカーが何人かいる。額面は違うが同種のカラーコピーを私は持っている。額面 9億7000万円、斎藤芳邦 名で 91年11月1日に振り出されたもので、奥田正司 頭取(当時) 名と印章が押されている。小切手番号は A150864B3 となっている。
この小切手には社団法人・日本貿易振興公社が取り立てに回したときの裏書きがある。
この社団法人の理事長は 沢津奈志 で、この一連の巨額小切手の出所はこの人だといわれている。
今も沢と深い関係の金融ブローカー 滝口義男 は次のように証言する。
「私は、沢と興銀の貸し金庫に行った。金庫ナンバーは 0001。並の人物じゃないと思った。引き出しには 1,000ドル札束が 2~3束、それと DKB 小切手が1センチ程あった」
沢に融資したことのある不動産屋、安井承二郎 も似た光景を 93年頃目撃している。
小池は日本貿易振興公社の理事をしていた時期がある。
金融ブローカー 滝口義男 は証言する。
「沢が小池に 250億円の小切手を渡したことは間違いない。沢の口から直接聞いた。度重なる小切手の譲渡要求を沢が拒否すると、小池は沢を拉致した。その沢を助け出したのが武道家の 大文字三郎 です」
政財界に親交のある大文字に聞いてみると、「沢のピンチを救ったことはあるが、誰からかは言えない」と言葉を濁す。
 私は、カラーコピーも含めて振出日が 91年11月1日付の小切手を何枚も見ている、額面は 9億7000万円、100億円、200億円、250億円。これらのうち複数枚は 沢から小池に渡り、巨額融資事件に使われた可能性は多いと私は思う。
100億円小切手の真贋をめぐる攻防
 DKB が振り出したという一連の巨額小切手はミステリアスだ。ここで触れる 100億円小切手も例外ではない。
不動産屋、安井承二郎 が、融資の担保として 100億円の小切手(A150863A)を、日本貿易振興公社の理事、沢津奈志 から受け取ったのは 93年の秋だ。
同年 11月、安井は、この小切手を東京・虎ノ門のスイス銀行に持ち込んだ。
その時の模様を安井は次のように話す。
「スイス銀行支店長が DKB に真偽の確認をした。 DKB は “訳あり” と回答した。 結局、換金はできなかった」
この回答に不満な彼は、その後 DKB 本店業務部、大蔵省銀行局銀行課、日銀考査局と日参するが埒があかない。
翌年 94年1月末、安井は DKB に口座を開設、振込用紙に 100億円の数字を記入して小切手と一緒に窓口に提出した。
 この時の模様を安井本人が語る。
「業務部の次長と課長が来て、困る困るの一点張りで振込ができない。私は窓口の係員に、この小切手が偽造ものなら、はっきり偽造と書いてくださいと言うと、それはできないと言う」
こんな押し問答が同年5月まで続いた。安井は続ける。
「誰も偽造とは言ってない。でも振り込みも認めない。疲れて2ヶ月入院し、退院後、健康も考えて、この件は財団法人・東興協会にゆだねました」
同年 8月26日、東興協会は、この小切手を住友銀行青葉台支店から振り込んだところ、なんと同支店は受け付けた。 
同協会の預金通帳には 100億円が記入された。
 この措置について住友銀行は顧問弁護士 須藤英章 を通じて、文書で次のように回答している。
「平成6年8月26日に当銀行青葉台支店が、あなたの依頼に基づいて行った銀行振り出し小切手の取り立て手続き (入金および交換持ち出し手続き) には何ら瑕疵も認められません」
 つまり、問題の小切手の、振込依頼を受けたことと、手形交換所に回した作業に一切ミスはなかったと明言している。にも拘らず、3日後の 29日、問題の小切手は DKB によって “偽造” という裏判子を押され、東興協会に返却された。
DKB の判断に強い疑念を持った東興協会は、96年2月1日、DKB を相手に “書証真否確認請求訴訟” を東京地裁に起こした。 つまり 100億円小切手の真贋裁判だ。
 6月28日、東京地裁は、東興側の請求を棄却した。
「この小切手が正しく成立したと認める十分な証拠がない」ことを理由にあげている。
 DKB にコメントを聞くと、裁判所の判断を引き合いに出して、次のように答えた。
「安井、東興協会が所有していた小切手を本物で未使用の物と対照すると、
1.番号の構成が異なる
2.ハートマークを打つ位置が異なる
更に
1.色が黄色っぽい
2.印影が朱肉ではない
3.小切手番号末尾のAがゴム印で押したらしい
と丸の内署の指摘を考えて、偽造であることは明白です」
その上
「カラーコピーでしょう。金額の数字はチェックライターで打たれているが、当銀行のものとは違います。それに、裏面に支払証明書のようなものが書かれているが本物にはありません」
 これに対し東興協会はこう反発する。
「裁判所の判断は基本的なミスをしている。切手法の第7章は複本について規定している。私の持っている小切手は複本で、日常的に使われている正本とは違う。複本の真贋を確かめているのに、裁判所は、DKB の提出した正本と比較して、ここが違うあそこが異なるというのはおかしい」
 DKB を管内に持つため、この事件を捜査している丸の内署の山元副署長は言う。
「この小切手法はかなり古い時代にでき、現在では、どこの銀行も複本は出していない」
逮捕者が一人もでない不思議
この 100億円小切手は、裁判終了後、安井に返された。 
彼の DKB 通いが再開した。96年10月7日、DKB 本店営業カウンターで行員と言い争っている時、丸の内署に呼ばれた。安井の証言。
「同署5階で、顔見知りの警部補が、問題の小切手を科学捜査研究所で鑑定するから提出してくれと言った。鑑定後返すことを条件に渡した。鑑定結果の説明と同時に小切手は戻ると信じていた」
1ヶ月後結果が電話で伝えられ、安井は言う。
「鑑定は偽造でした。小切手の返却を頼んだが、聞いてくれなかった」
 この件について山元副署長は言う。
「偽造がはっきりしたので、捜査上返せない。捜査の進行状況は、安井から話を聞いている段階です。安井に小切手を渡した沢は居所がわからないので安井が連れてくるといいと思う。類似のものが出回ってないので、専従捜査員もいません」
 しかし、今回の取材で DKB は「この小切手はある人物に渡した額面 9,700円の小切手 10枚のうち1枚をカラーコピーし、数字を改ざんしてつくられたものだ」と明言している。
このある人物が 沢津奈志 であることは私の取材で裏付けが取れている。
沢は重要参考人なのに行方を追っている気配はない。この小切手の存在が明るみに出て3年以上たつのに逮捕者どころか、沢の居所も確認できない、その上 類似の小切手は他にも出回っている。
闇に封じ込められたスイス事件
 私は DKB のもう一つのミステリアスな巨額小切手の一件を追った。
1994年5月10日、同様に DKB から振り出されたといわれる 970億円と 200億円の小切手を、スイス・ユニオンバンクで換金しょうとした日本人とアメリカ人7人組がスイス警察特捜部に有価証券偽造、行使の容疑で逮捕された。
捕まったのは金融ブローカー・滝口義男、富田博、金田ヨシユキ、武道家・大文字三郎 の日本人4人と 米国連邦判事・GEORGE、米国テネシー州弁護士・MORICE WITTMAN? の代理人・DUNLOP と スイス人通訳・GORDON。
滝口の証言によれば 大文字は沢の代理として同行したのだという。
大文字の略歴は、九州・長崎の出身。 空手と韓国の武道と沖縄の武道をとり入れた道場を東京と福岡に設立、日本と韓国に弟子が2万人。
自民党の山崎拓・民主党の鳩山や財界人がサポートしている。
 沢が大文字に宛てた手紙のコピーの一部を紹介する。
95年1月10日。
「先生との出会いは光明であり心から信じています。 指導してください」
 大文字は沢についてこう言う。
「90年2月私が経営する警備会社にガードを頼まれたのがきっかけです。滝口とスイスに行ったのは、彼のガードを沢さんに頼まれたためで、小切手の取り引きとは関係ありません。沢とは今も付き合ってます。家賃を払ったり、5月の北京行きも支払った」
 沢の代理人かは不明だが二人は親密である。
 滝口のスイス事件の証言。
「銀行の応接室に行き 10分後に警官7人が来た。あまりのすばやさに罠にはめられたと思った」
滝口はイタリア・ミラノ市の国境近くにある警察に連行され、大文字と富田はルガノ市にある警察、その他の人はルガノ本署で身柄拘束された。
首謀者と見られた滝口は5月18日まで連日 体罰と取り調べをうけた。
 彼は日本領事館員立ち会いのもとでの取り調べを求めた。5月24日何の前触れもなく通訳を同行した弁護士が滝口を訪ねてきた。
「大文字が所有している原券からカラーコピーしたことと、富田にビジネスをもちかけられてスイスに来たことだけを認めてくれ」
と弁護士が言い、滝口は了解した。
 罰金と国外退去処分で決着した。滝口と富田が 7万5000円 大文字が5万円である。16日目 5月26日、滝口ら日本人4人は、スイス国際空港の強制送還室で釈放された。香港経由キャセイ航空で帰国したのは5月29日である。
 帰国後、日本の警察から事情聴取された者は誰もいない。勿論新聞やテレビも報道していない。つまり、このスイス事件は闇に封じ込められたままなのである。
提供された工作資金 1,500万円
 冒頭で話した額面 2,500億円の小切手に話を戻すと、売り手側と、仲介者の間で売買交渉が初めて行われたのは 96年12月下旬です。
 このビジネスの関係者を挙げておく。
売却側は財団法人東興協会の理事・塩谷巌。
自民党 加藤幹事長の元秘書で日華交通システム社社長・大野泰弘 と 関東系広域組織暴力団の組長クラス3名。
 仲介者はUSレシビング・エージェント(米国デンバー在) の 菅野紀夫、ジェネラル・インベストメント・マネージメント社(バハマ在) の 奥野正巳、コンソーショントレーヂング・インターナショナル社(米国フロリダ在) の コンラッド・ハブナーら。
買い受け側は、アイランド・トレーダース・インターナショナル社(西インド諸島のアンチグア在) の ポール・バイアン。
この仲介3社は関連会社で、アイランド社とも人的繋がりがあると言われている。
 この日 96年12月下旬、東京新橋第一ホテルの2階に集まったのは売却側5人と仲介者の 奥野正巳 で、ポール・バイアンの代理人として秘書のジャック・ウェーバーが東京のインターコンチネンタルホテルに滞在、この交渉の経過を見守っていた。
 奥野が売却側に示した売り渡し価格は額面の 10% の 250億円で、この中には仲介料も含まれる。奥野はビジネスの条件としてその小切手に付帯する資料の提出が不可欠だと言った。それは、
1. DKB が発行した事を裏付ける関係役員か発行に拘った関係者の証言書。
2. この小切手の性質についての情報開示、等である。
 小切手と付帯資料の入手は 大野泰弘 が受け持った。 初商談後、彼らは中華で祝った。
翌年つまり 今年 97年、1月下旬、大野は、帝国ホテルで塩谷と会い、2,500億円の小切手を届けた。財団への寄付という形になっている。
2月6日塩谷は四ツ谷駅近くの会館内で付帯資料の一部を 奥野正巳 に手渡した。
 奥野正巳 と 菅野紀夫 がアイランド・トレーダース社との売却交渉締結のため渡米することになった。3月17日、初会合のときのメンバーが再び新橋第一ホテルに集まった。この席で売却側が奥野らに 1,500万円の工作資金を提供することが決まった。彼らは、この金でジャック・ウェーバーの3ヶ月のホテル代を精算した。総額 433万円である。
3月25日、奥野が渡米した。成田空港で彼を見送ったのは売却側のやくざ2人だった。
 菅野、奥野の会話の中に、“デンバーの本部” という言葉がしばしば出てくる。
このことから仲介3社のトップにあるのが菅野の所属する USレシービング・エージェントであることが推測される。
 97年8月23日、私は身分を偽ってコンラッド・ハブナーに2度電話をかけた。菅野紀夫 との関係を知りたかったからです。彼は、私の質問に対して、国際業務の担当者だと職責を明かし、「菅野とは所属する会社は違うが長い付き合いで、一緒に仕事をしたこともある」 とフランス語訛の強い英語で話す。
「我々の会社の本社は米国ではなく他の国にある。でも米国政府とは密接な関係にある」と言う。
私が、御社の会社概要が知りたいのでパンフレットがほしいと言うと、駐日米国大使館で聞けばすぐわかるはずだ、といなした。
 問題の小切手の買い受け会社のアイランド社と仲介3社は人的な繋がりがあると言われている。この情報とハブナーのコメントを重ね合わせてみると、この会社の実体がぼんやり見えてくる。
 もう一つ未確認情報がある。
アイランド社の役員であるポール・K・バイアンは、ヨーロピアン・グローバルバンクの代表でもあるというものである。
同行が、サウジアラビアの王家と密接な関係にあることは、金融関係者なら誰もが知っている事実である。 
「ポールは、サウジ王家の三男だ」 と噂する人もいる。
 アイランド社を英語表記すると、EYELAND となり、関係者の一人が、こんな推測をする。
「本来なら ISLAND と表記されるのに EYELAND となっているのがこの会社の性格を表わしている。 EYE には私立探偵の意味もある。その上ハブナーの言う “政府機関と関係がある” という言葉から考えて、この会社は米国情報機関の関連会社じゃないのか」
の推測を裏付けるような情報がある。警察関係者の話である。
「各国の警察、情報担当者を集めたパーテイーが、毎年1、2回東京で開かれる。その時アイランド社の人と名刺交換しました。 東京駅近くの Mビルにオフィスがあるはずです」
仲介者の 菅野紀夫 や 奥野正巳 の会話に、米国大使館という言葉がしばしば出てくることも、推測と符号する。
 アイランド社は、この小切手を買い取ってどのように利用しようと考えているのか。私が当事者から直接聞いたこの “ビジネス” の筋書きは、おおよそ次のようなものだ。ちなみに小切手の買い取り価格は額面の 10% の 250億円だ。
 96年12月下旬東京新橋第一ホテルで売却側は5人と奥野の会合の席上、奥野は言った、数年前に DKB から小切手帳3冊が紛失、これが回り巡ってアイランド社の手中にはいった。
 以前、私が売却側の 大野泰弘 から聞いたところでは、これは紛失したのではなく、退職した役員が持ち出したと言う触れ込みだったつまり、この件は大蔵省への届け出もなく、今日まで隠蔽されてきたもので、そこにアイランド社が付け入ろうというストーリーだ。この会合に出席した関係者によると、
同社は、この小切手帳を DKB に返却する代償として、2,500億円の小切手と同額の DKB の7年物社債との交換を要求、10年物を主張する同行との間で調整が続けられている最中だという。
 この筋書きのポイントとなっている “小切手” と “社債” との交換について DKB サイドは次のように否定している。
「7年物でも 10年物でも、当銀行には該当する社債自体が存在しないし、まして交換の話なんかどこからも来ていない。それに小切手が持ち出された事実もない。一連の偽造小切手は額面 9,700円の本物の小切手 10枚のうち1枚をカラーコピーして、数字などを改ざんしたものが出回った物だ」
 4月9日 米国ロスアンゼルスのサウス・グランド・アベニューに滞在する 奥野正巳 から売却側の 塩谷巌 に第一報が入った。奥野が発信した FAX の要約を紹介する。
「日本を出発して2週間、本部より連絡がありました DKB に対する大蔵省保証手続きが4月11日までに完了すると、大蔵省からテレックスが入ったとのことです。これで全てが完了することになり、4月22~24日には 日本でお金が受け取れるので安心してください。これから大事なことは、外部にこの件を漏らさないことです。 一番難しいことと思います。質問があればどうぞ。 私が移動するときは FAX します。
獄死した 岡田貞子 の極秘帰国
 4月15日 奥野正巳 から塩谷巌に第2信。その抜粋
「今、作業中です。本部よりバハマに4月18日に入るように指示があり、その後ジュネーブです。今の計画では、4月23~25日頃帰国できます。現地の打ち合わせ次第なので、随時連絡します。 暫くまってください。 署名」
 そして4月23日奥野から塩谷への第3信。
「急遽、デンバーの本部から4月21日出てこいと指示があり、打ち合わせに行ってきた。結論は、私が、直接銀行に入って送金作業をするのは4月28日からです。取り扱い銀行はユニオンバンク・スイス、ルクセンブルグ銀行の各バハマ支店です。両方とも日本に支店があります。 私たちの組織が言うにはパリ銀行も使用するかも。どうして日程が最終決定しなかったというのは、DKB が 10年債を発行するというのを、大蔵省が期間が長いと難色を示しているため。私は、毎日苛々して、一体いつになるのか不安でしたが最終手続きが終わり、ほっとしました。会長はじめ皆さん安心してください。4月22~25日までロスにいます。 26日にはマイアミ経由で現地に出発します、無論その前に連絡します。 署名」
 同じ日、奥野は、自分の身元保証人に次の FAX を送っている。
「4月21日 デンバーの本部へ呼び出ウれて最終スケジュールを指示された。4月28日 バハマに入る、4月29~30日、作業に入る、5月1日 日本へ送金準備、5月2日 帰国予定、遅くとも連休明けには受け取れるだろう。 署名」
本分中デンバーの本部とは、仲介者 菅野紀夫 が所属する USレシービング。 エージェントだろう。
奥野が待機するロスからデンバーまでは3時間の距離だ。
この頃、総会屋 小池隆一 に DKB の小切手を渡したとされる財団法人・日本貿易振興公社の元理事・沢津奈志 と親密な関係にあった 岡田貞子 がシンガポールの刑務所で獄死したという情報が 塩谷巌 ら売却側グループを駆け回った。
 岡田は、昭和天皇のご落胤を自称する女で一部マスコミに知られている。
彼女の逮捕容疑の偽造小切手詐欺未遂事件について
96年2月15日、岡田貞子 は DKB 振り出しとされる預金小切手1枚持って、シンガポール市内の大手米国系銀行に行った。額面は 1兆2,700億円だ。
彼女は小切手を窓口に差し出し、口座を開設して入金したいと係員に伝えた。
銀行側は DKB に問い合わせた。その結果、偽造と判断された。
 その夏、岡田に懲役1年の判決が下り、服役した。でも、後で不思議な事が起こった。
 この判決の前、岡田貞子 は二人の男に付き添われて一時帰国、都心のホテルに二泊しているのだ。この事実は日本の警察当局も確認している。彼女が、自宅に保管している重要書類と引き換えに司法取引した噂もここに起因している。
その 岡田貞子 が出所二日前の 97年3月11日、刑務所内で突然死した。死因は肝硬変となっている。
 実は私は岡田が台湾経由でシンガポールに行く直前長時間インタビューをしている。 少なくとも私には岡田が肝硬変には見えなかった。
 私の手元に 沢津奈志 から 岡田貞子 に宛てた FAX のコピーが有る。日付は 89年6月17日
「6月16日 DKB 訪問(本社常務第一号室) 陶山同伴(秘書役で) 127の件どうする」
 書かれているこの数字は何を意味するのか。
陶山勝郎 は、沢の主宰する国際プロジェクト事業団の理事です。
陶山の証言から、
沢が訪ねた相手は DKB の常務・飯盛正大 (のち子会社の中央不動産社長に転身) だった。
 私の質問に、飯盛は次のように答えた。
「沢が、訪ねてきた用件は、皇室関係者の写真が載ったカレンダーを買って欲しいということ。 127の件? 全然記憶にない」
 飯盛は DKB の出身で、後に頭取になる 奥田正司より、この時は、出世していた。でも、この沢との会談後 奥田に遅れた。
 91年には専務と副頭取と地位が逆転。
 この年塩谷が真贋裁判にかけた小切手が振り出されている。
 92年6月飯盛は DKB を退職。
 沢と飯盛の会談の切っ掛けも不思議だ。 飯盛の説明はこうだ。
「私が支店を担当していたときのパーティーで会って、名刺交換したと思う。沢はその縁で面会に来た」
 この程度の出会いで大手銀行の常務が自分の執務室に入れるのも不可解な話だ。
 岡田貞子 の獄中での突然死は、売却側グループに強い衝撃を与えた。彼らは息を詰めて 奥野正巳 の行動を見つめた。
 6月1日、奥野から塩谷へ FAX が来た。
「日本を出て 67日が過ぎた。5月30日バハマに送金された。あとは私が菅野と合流してバハマに行くだけ。6月1日出発予定だったが、菅野が子供と遊んでて、目を怪我したので3日遅れる。パートナーのコニーは、私がバハマに入り次第 作業が出来るように事前手続きを取る、と言ってる。帰国についてはバハマから FAX します。私自身トラブルが起きないように十分注意している。 ここで失敗は許されない。皆さんによろしく。 Say hallow to everyone 署名」
 その2日後、売却側の一人が、奥野と電話で話している。
「ユニオンバンク東京支店への振込は 6月11~12日の予定、金額はまず 5%(125億円)残りの 5% はすこし月日がかかる」
 6月7日奥野が帰国した。
総会屋 小池隆一 に巨額の利益供与をした、いわゆる、“野村証券事件” が発覚したのは4月だ。
奥野が帰ってくる頃は、この事件の発端ともなった東京地検の捜査が DKB の上層部に及んだ時だ。それだけに売却側グループは、奥野の帰国に湧いた。
売却側の苛立ちと疑念
 工作資金を 1,500万円出資した売却側メンバーは、6月半ばを過ぎても金を手にできなかった。彼らから詰問される度に奥野は言う。 
「外為審査に手間取ってる」 とか 「大蔵省の認可が遅れているので」 と弁解。
 奥野を指示する立場にある 菅野紀夫 は、終始彼の背後に隠れていた。
 売却側の苛立ちは沸点に達した。そして菅野ら、仲介側への疑念に変わっていった。
「1ヶ月も前にウエーバーからユニオンバンクのバハマ支店に振り込まれているのに、日本に送金されて来ないのはおかしいと、皆仲介者に疑いの目を向け始めた」
 関係者の一人が言う。「ウエーバーとはブライアンの秘書だ、コンラッドと菅野が組んで米国市場で金を転がしてる」 という意見が有り。 二人が、売却代金を金や有価証券で運用し、利鞘稼ぎをしているというのである。
 6月25日 売却側5人と奥野がホテルニューオ-タニに集まった。 菅野は居なかった。
 奥野は、吊るし上げられた。
「奥野は、菅野の言うがままに動いて居るだけ。 奥野では正確な話が聞けないから、菅を出せと、俺はどなった」
と関係者の一人が言う。
 8月13日 売却側代表と菅野の会談が千葉・松戸で行われた。菅野は暴力団組長クラスの前でも卑屈な態度はしなかった。ある関係者が、菅野の話を再現する。
「あなた方と会う必要がないと思ったから会わなかった。 私はこのビジネスに 10億円を供託してる。感謝されても文句を言われる筋合いはない。私は、いつまでに仕上げるとか、何日に米国から送金があると、言った事は一度もない。送金が遅れ、迷惑は、認めるが、こちらの手落ちではない。日米高官の約束事項が、日本側の都合で遅れているだけ 」
 この後菅野は、コンラッドから送られた文書を近々、提示すると約束した。 送金期限を9月末日までと限定されていると言った。
 売却側は、一応満足を得て引き上げた。
 菅野のいう文書とは、ブライアンからコンラッドに宛てた書簡だ。日付は8月11日 内容は、
「コンラッド殿今迄の電話会談や数々の文書の他、私達があなた方にアドバイスできる事は、日本から公的な情報を8月8日に受け取った事だ。日本の大蔵大臣は契約2件に対する全額決済を 97年度第三期決算中に行う事を決定しました。従って、あなた方は少なくとも 97年9月30日を過ぎる事なく受け取れると期待できます」
 契約件数が2件と有るところから、2,500億円の小切手以外にもう一枚売却が行われていたことになる。 多分、仲介者の誰かが上乗せしたのだろう。
しかし、9月末日を過ぎても約束は実行されなかった。
 10月3日、菅野と奥野は電話で話し合っている。
「昨日、すべての作業が終わったと、本部から報告を受けている。既にこのビジネスは本部の手を離れている。 あとは銀行のシステムの問題だ。あなたの (奥野) の口座は向こうに知らしてある。こちらから銀行に入金の問い合わせなどしないこと。あなたは銀行からの入金報告を静かに待っていればよい」
 10月31日、仲介者側から売却側に決済の通知が届いた。 代金の支払は 11月18日だという。
 売却側関係者の証言。
「決済日の遅延に焦れて、こちら側から減額を申し入れましたので、契約時の 125億円から大幅に下回った金額になると思う」
 先の関係者が明かす。
「11月14日に前払い金という形で代金の一部が支払われる。残金は 11月18日に3ヶ所の銀行口座に分散して振り込まれることになっている」
 俄には信じ難い巨額小切手、日本、欧州、米国、アジアにまたがる舞台、「大蔵省」 「米国大使館」 「情報機関」 など公的機関の関与を臭わせる筋書き。
 前後2回にわたってレポートした一連の金融怪事件の本質をどうとらえるかは、読者の判断に任せよう。 ただ、日本版金融ビッグバンによって全面的な自由化が実現すれば、ビジネス機会の増大と表裏をなして、こうした国際的規模での事件や犯罪が激増する事は明らかだ。
 ちなみに、11月17日現在、件の前払い金は振り込まれていないという。
http://megalodon.jp/2013-0804-2004-27/www.rondan.co.jp/html/news/dkb/dkb.html

北島 財団法人東興協会はどういう経緯で設立されたんですか?
塩谷 皇室だよ、わかりやすく言えば。昭和天皇の従兄弟の東久邇宮 稔彦さん(終戦後初の首相)が創設されたんだ。初めは柔、剣道、女子にはお華、お茶など、武道と情操教育を奨励するのを目的として創られたんだよ
北島 いつ頃設立されたんですか?
塩谷 実際には終戦直後動いていたんだけど、許認可が出たのが昭和28年の講和条約の後の翌29年の12月8日。それまでは武道はGHQでやっちゃいけなかった、皆隠れてやっていたんだよね。GHQの管理下を離れると同時に許認可されたんだ
北島 塩谷先生は田中角栄元首相のボディガードをやられていんたんですよね?
塩谷 うん、依頼されてね。1982年の韓国に教えに行く前だね。4年くらいついてたかな…。当時、雪山会、越山会、栄山会と角さんを支援する3つの会があったんだよ。人気者だったからね
北島 越山会は知っていましたが
塩谷 雪山は、新潟出身の出世した人の集まり。越山は西山地区の長岡とかの選挙用。栄山は日本全国の有力者とか権力者の集まり。私はそこの越山会の、肩書きは幹事だけど実際には用心棒だよ。選挙とかどこかへ行く時は帯同し、また例えば大阪に行く予定があった場合は事前に大阪に飛んで、危なくないか下調べしたり。
北島 それは塩谷先生がお幾つくらいのことですか?
塩谷 29~30代前半の頃かな…4年間かな
http://megalodon.jp/2013-0804-2043-49/www5a.biglobe.ne.jp/~ryofudo/sousai0404.html

不動産会社を恐喝未遂容疑、総会屋ら3人逮捕 警視庁 2008年02月23日13時44分
http://tokumei10.blogspot.jp/2008/02/blog-post_25.html
 東証マザーズ上場の不動産賃貸会社(東京都港区)から金を脅し取ろうとしたとして、警視庁は23日、東京都杉並区西荻北3丁目、フリージャーナリスト松原雄二容疑者(59)、栃木県小山市横倉新田、総会屋蓑輪雅夫容疑者(61)
東京都新宿区坂町、NPO法人役員大野泰弘容疑者(51)
の3人を恐喝未遂容疑で逮捕した。いずれも容疑を否認している。
http://megalodon.jp/2013-0804-2056-51/tokumei10.blogspot.jp/2008/02/blog-post_25.html
深夜から14日の早朝にかけて、住友銀行の巨額協力預金により 5000万円の損失被害を受けた元会社社長・大野泰弘氏が、銀座路上におい て正体不明の男二人に拉致され、神保町3丁目の駐車場で暴行を受けるという事件が発生しました。被害者の大野氏は、肋骨6本を折るという重傷を負い、 現在日大駿河台病院に収容され、治療中です
http://www.casino.co.jp/
http://www.asyura2.com/kj006200.htm

最終更新:2013年08月04日 20:58