ある敗者の話

あの世で俺は詫び続ける。
滅びた国、囚われた牢獄の中。
全てが終わった、荒涼とした風景。
犯した罪に怯えながら、永遠に懺悔し続ける。

俺こそは華々しき英雄の影。
ありふれた、勝利を約束された大団円に泥を塗った男。
伝説の勇者を、最悪の魔王にまで貶めた稀代の悪党。
その罪名を嫉妬。
光あるものを呪い、恨まずにはいられなかった、人間の弱さの象徴。
かの魔王の所業が不朽である限り、俺の汚名も消える日は来ない。

こんな筈じゃなかった。
ここまでする気はなかった。
こんな結果を迎えるなんて、思ってもみなかった
そんな言い訳の常套句を、いったい何遍繰り返したのか。

今更遅い。遅すぎる。何もかも、全てはとうに終わっている。
ここでどれだけ喚こうと、女々しい泣き言以外のなにものでもない。
けれど本当に、あの時俺は、こうなる事への覚悟なんて微塵も持っちゃいなかった。



あの山の頂で吐き出した、あいつへの怨恨の台詞は全て本物だ。
俺はずっと、あいつを羨んでいた。妬んでいた。
武術の腕。民からの称賛。勇者の名声。姫の寵愛。
俺が欲しがったものを、いつも目の前で掻っ攫っていくあいつが疎ましくてしょうがなかった。
殺してやりたいと願った数なぞ、両手の指では到底足りない。
可能な限りの努力をして、持ち得る力の全てを出し切ってもいつも僅差で届かぬ結果に、この世の神を呪った。

だからあの城で、隠し通路に俺一人だけが気付いた時は、生涯でかつてないほど舞い上がった。
囚われの姫を救い出す。夢にまで見て、永劫叶わなかったシチュエーションを堪能できた。
その後に仕掛けた知略にもあいつは面白いようにひっかかり、一転して逆賊に追い詰められた。
さらには姫も俺に同情を示し、寂しさを埋めてくれとその胸襟を開いてくれた。

絶頂だった。
あの瞬間に勝る快感は、どんなに言葉を尽くそうとしても伝え切れない。
これが勝者の陶酔。あいつがいつも味わってきた美酒の味。
たまらない。気持ちがよすぎる。脳がたちまち蕩けていく。知ってしまえばもう止まらない。何も考えられない。余計な事は考えたくない。
ただ、この気持ちよさのままに突き進みたい。
そんな野望ですらない、茹だった妄想が、俺を断崖にまで急き立てた。


絶望的な状況を乗り越えて再び山を登って来たあいつを見ても、負ける気はしなかった。
理由も分からず増大していた魔力が、とっくに外れていた自制心を粉々に破砕した。
熱に浮かれた病人のように。
言葉も分からぬ痴呆のように。
友であった記憶など黒焦げに焼き捨てた勇者に、あらん限りの激情をぶつけて杖の魔力を解放した。






当たり前のように敗死した後。
魂だけが縛り付けられたように留まった山から眺める王国で。
俺はあいつの絶望と、嘆きと、怒りの深さを知った。





俺だけだった。
俺だけが、あいつを憎んでいた。
あいつは、俺が直接姿を見せるまで、俺を疑ってすらいなかった。
だからあの時、死に別れてしまったと思っていた親友と再会して、笑顔すら浮かばせていた。
そんなあいつに、俺は何をしたんだ。
生きていてよかったと喜ぶ声を切り捨てて、何を言ってしまったのか。

負ける者の悲しみなど分からないと、姫はあいつに言った。
なら勝ち続ける者だったあいつの、何を俺は分かってやれたのだろうか?
あいつに苦悩などないと、勝利に酔いしれているだけの愚者だと、本気で思っていたのか?


人々に成果を期待されて。
人々に重荷を背負わされて。
人々の為に生きる事を、宿命づけられた。
"勇者"の称号以外で見られなかった男が、報いてきたその全てに裏切られた。
誰よりも信じてやらなければならなかった俺が、誰よりも先に裏切ってしまった。

俺の醜さこそが、魔王だった。
俺の弱さが、勇者を魔王に変えてしまった。
けれどあいつへの憎悪を俺は捨て切れる事もできず、あまりにも多くのものを道連れにしてしまった。


勇者の剣で血を流す民を見る度に、俺の体が裂かれる痛みが襲う。
人々が叫ぶ度に、俺の心が削られていく。

本当に、ここまでする気はなかった。
俺はただ、あいつに勝ちたかっただけなのに。
武術でも。富でも。名声でも。権力でも。愛でも。
何か一つ、あいつに勝るものを持っていれば、この怒りも鎮められたのかもしれないのに。


生きてる者は誰もいなくなった、荒廃した土地。
同じように縛り付けられた魂が、誰に向けてでもなくうわ言を呟く。
あいつへの憎しみ。我が身の不幸を。
俺に突き刺さってくる呪いの言葉を。


ああ誰か、誰か、誰でもいい。
俺に機会をくれ。償う機会を。
その為なら、どれだけの苦みが待っていても構わない。地獄の如き痛苦にも耐えて見せる。
愚かに過ぎた、俺の罪を糾す方法を教えて欲しい。
今も苦しみ、苦しみを増やそうとしている、あいつの傷を癒す奇跡をくれ。
黒々とした感情に飲まれて、いつの間にか見失い手元から消えていた。
そう。ただ一人の、あいつの友だった頃の男として向き合う為に。








「いいや、お前はお前を救いたいだけだ。
 お前の醜さを直視しないでいられる、都合のいい覆いが欲しいだけだ」





―――――――――――――――。





いや、


                                    /そうだ、


そんな事は、


                                   /俺はただ、


決して……!


                                   /許されたいだけ。






…………………。

…………。

……。







      ◇ ◆








悪夢から目が覚めても、気分は重く、暗いまま。
激しい運動をしてもいないのに疲労感がつのっている。寝ていた体を起こすのすら億劫になる。
かといって動かないままでいても苦しみしかない。
疲れは取れるどころか、更にのしかかってくるだけだろう。
呆然とする時間だけは、あそこでは無限にあったのだ。
身動きすらできない頃を思えば、無理にでも体を自由にした方が何十倍も気が楽だ。

「……まるで老人だな」

上半身を起こし、顔の半分が隠れるほどの長髪をかき上げる。
ベッドのスプリングが軋む音を聞く。
考えられないほど上質で柔らかな毛布は、己の安眠の役に立った試しはない。
最新の売り出しとやらの家電でこの懊悩が解けるとしたら、それこそお笑いだろう。
そうなればこの生きていた時代からは何百年も過ぎた異国の地で、好きなだけ惰眠を貪っていられたものを。

寝間着を脱ぎ、はじめから用意されていたロッカーを開ける。
シャツという、現代に応じた衣服をおぼつかない動作で着る。
必要な知識はいつの間にか一般常識として頭に入っていた。
今まで死んでいた身でおかしな話だが、頭蓋を開かれたみたいでいい気はしない。
ただかえって既存の知識とのギャップがあって、たびたび脳が混乱してしまう。

こんな所に来てまで、俺は周囲に取り残されていた。
何も手につかない。
長すぎる時間で、考えるという行為を脳が忘れてしまっている。
肉体は蘇った。何の因果があったのか、俺はこうして生きている。
だが心は体(ここ)にはない。
俺の心はまだ、あの王国の跡に残されたままなのだ。
これでは死人と変わりない。場所が変わったというだけで、以前の俺から何も変わっていない。

「いや……変わりたくないだけなのか、俺は」

とりあえず怪しく見られない程度に身なりを整える。
後は、常に低温のままでおける箱に詰めておいた食料を適当に出して腹を満たす。
外にも出ず、部屋の中で何もせずに、夜になるまで懊悩して、また眠る。
そんな腐った生き方が続いていく。裏切者の末路にしては上々だろう。

「…………」

腐ってはいるが、この生活は穏やかだ。
物資に困らず、命が懸かかるような荒事からは優先して遠ざけられる。
歴史の語る、平和な世の中とはこういうところをいうのだろう。
微睡みが体の内臓まで染み渡る。堕落するのはとても楽で安易だから、さっさと委ねてしまいたい。


「セイバー、来てくれ」


――――周りを占めていた甘い誘惑を振り切るように声を出した。
その言葉を出した瞬間、空気が変質する。
安寧も平穏もどこにもない。
覚えている。これは味わなくなって久しい、戦いの場での空気だ。


「はぁ―――――――――」


どこか落胆したような、男の声。
いや、これは諦観だろうか。

「ああ、俺を呼んでしまったな」

現れた光の粒子の集積は結び合い、固まり、厚い人間を形作る。


曇天の空を思わせる、鈍色の鎧。
俺の生きた時代、この時代でいう中世の頃にあっては、むしろこの姿の方が目に馴染みがいい。
華美な装飾は見当たらず、王宮に仕える騎士としてはやや無骨過ぎるかもしれない。
ひたすら殺人の為に編まれ、血に煙る戦場を掻い潜って来たと分かる甲冑は、それ故に極まった機能美という華を備えていた。
その中で、装具の所々に痣のように浮かんでいる黒い紋だけは、人ならざる手が加わってるかのように妖しく映る。
そこから垣間見えるおぞましさに、ずっと忘れていた死の恐怖が蘇った。

それがこのサーヴァント・セイバーだった。
時代時代に名を馳せた英雄の現象。
俺のような半端者など及びもつかない、本物の勇者だ。
戦場で剣を持ち奮迅する光景は、悪魔すら恐れさせるだろう。想像するだけで背筋が凍る。

「おまえ、本当に俺が呼ぶまで、一度も出てこなかったな」
「どうせ俺みたいなクズが言葉を挟んだところで、破滅を引き寄せるだけだ。だったら黙ってどう動くか眺めてる方が建設的ってものだろ」

端正な顔に似合わぬ、重く低い声で紡ぐ。
全ての騎士にとって完成形のひとつにある男の、首から上の沈鬱な表情が俺を見据えた。

「それに、お前は暫くただ寝ているべきだった。正直、目を疑ったぞ。ここまで擦り切れたやつが俺以外にも存在したとはな。
 心の底に闇。俺と同じ地獄を見たか」

この騎士の全身からは、勇猛さとは程遠い薄気味の悪さばかりが付き纏っている。
相貌の両眼は、髪の房に隠れてもないのに影が差してるかのように暗かった。
瞳の色云々ではない、感情としての色が黒く塗り潰されている。
ふたつの窪み奥が暗黒の空に繋がってるのではないかと思うほどに、絶望に染まっていた。

俺も、他人にはこんな風に見られてるのかもしれないな。
セイバーが言った事と同様の気持ちを、俺は抱いていた。
どんな光景を見ればあそこまで光を失うのか。それを理解できてしまう。
命も信念も、自身が拘っていた心が崩れ、後悔と悲嘆を幾度となくも折り重ねていった果ての顔だ。

「このまま消え入りたいと考えたか?苦しみを抱かず永遠に眠りにきたいか?いいぜ、そうしたければさせてやる。
 この先、あの時死ねたらどんなに幸福だったかと思うだろうよ」
「俺が死を望んでも構わないのか?」
「その方がまだ救いがあるだけマシだ。
 大勢傷つけて死なせて、多くの人に嫌われ憎まれて……頬が削げるほど声をあげて苦しみ抜いてから死ぬよりはな」

ああそうだ。分かるとも。
あの時、落石によって死んでいた事にしていた方が、名誉ある死で悲しまれ終わっていたはずだ。
辿った最期はきっとどちらも同じだ、だからこその共感。
絶望を味わった者。どうやら、それが俺達を繋ぎ合わせた縁らしい。とんだ皮肉だ。

「それで?望みは決まったのか」

セイバーが直球に、本題を切り出した。
聖杯戦争という、願いの争奪戦の舞台。
俺はこのサーヴァントと共に戦い、最後の一人になるまで戦うのだという。
そして勝者にはあらゆる望みを叶える願望器が与えられる。
間違いなく、過去の俺なら目を血走らせて飛びついていた話だ。

「俺には、もう望むものなんてない」

そう。もうどうとも思えない。
後生大事に持っていた心の矜持は砕かれ、粉になって消えた。
囚われていた魂は摩耗して、俺という人間をきれいに漂白してしまった。
自分を最も大きく占めていた友への憎しみすら、いまやまったく残っていない。
心の大半がないのだ。死人となるのも当然といえよう。

そんな今の俺に、まだ望みがあるとすれば。
それは俺の為ではなく、俺が貶めた人々に対してのものでしかなく。

「けれど、願う事はある。
 俺のせいで狂ってしまったあいつを……恐るべき魔王と化してしまった友を、救ってやりたい。
 それが俺に出来る、唯一の贖罪だと思っている。これ以外の好機は、きっと期待できないだろう」

勇者と呼ばれた男は、全ての時空の人類を憎む魔王と変成してしまった。
全ては俺の醜さのせい。隠せなかったあさましい感情の暴発。
許されなくともいい。また殺されたっていい。虫が良すぎるのも理解してる。
俺は生きていて、動く体がある。だったら這ってでも、あいつの前に立たないといけない。

「そこまで心を決めてるくせに、どうしていまだに悩んでる」

沈み行くセイバーの問いに心臓がビクリと跳ねる。
俺は声もなく、広げた両手の掌をじっと見下ろし、顔を覆った。

「……自信がないんだ。それが本当に俺の願いなのか」

自分のせいで世界を滅ぼそうとする友を止めてみせる。
今度こそ、怨敵ではなく友人の立場で向かい合いたい。

そんな、勇者が活躍する英雄譚の一節にあるような殊勝な宣言を、俺はするような男だったのか?
時間の経過が感じられない牢獄で、俺は自らの負の感情を延々と見せつけられた。
深く反省し、血に頭を擦り付けるほど懺悔したからといって、そんな簡単に心を入れ替えられるものなのか。

「俺はただ……許されたいだけなのかもしれない。
 あいつを救うなんて口当たりの良い言葉を方便に、慰めて欲しいだけなんじゃないか、迷ってしまう。
 それを知るのが……とても怖い」

何を救う側に立った気でいる。
貶めたのはそもそもお前だ。お前がこの悲劇の元凶だ。
今更勇者の仲間に戻れると思う事が、お前の醜悪さの証明だ。

誰とでもなく、顔も見えない民衆に糾弾されるようだ。
罪人は罪人らしく、魂が残る限り永遠に苦痛にあえぎながら彷徨うのが筋というものなのに。
そうしてこそ、死んだ民の鎮魂になるのではないか。



「……はっ、そういうことか。ようはいいことして死にたいわけか」

夢想を遮り、セイバーは言葉を放った。

「呪いが湧き出る底無しの湖。人が背負う事を放棄した"原罪"……それに連なる流れの具現を持ってしまった男が、俺だ。
 俺に原罪を背負えるだけの器なんぞない。だから溢れた呪いは漏れ出して……必ず運命を狂わせる」
「……」
「はじめに契約した時に言っていたのを憶えているか?
 『疑わしいと感じたなら躊躇いなく、俺を令呪で切って捨てろ』。
 俺に近づいた者はみな死ぬ。マスターとサーヴァントという契約の結びを経由して、お前も感染しているかもな」
「願いは叶わず、犠牲だけ増やして惨めに死ぬ、か?」
「ああ、死ぬな。誰も彼も死んで、殺す」

それは、なんていうお似合いの死に様だろう。
卑賤な裏切者に相応しい結末だと自嘲したくなる。
だがランサーの表情は皮肉など混ざってない真剣そのものだ。

「俺は最悪のサーヴァントだ。決して聖杯戦争には勝利する事が出来ないだろう。他の英霊と比べても、そこはそう言える自負がある。
 武芸の話じゃない。意志の固さも意味がない。
 強弱、善悪には関わらずに……全ての運命を凶運に捻じ曲げ、起こりうる最悪の結果を引き当ててしまう。
 本来であれば、ああ、俺がここにいるなど到底許されないだろう。無辜の民を思い、人理の固定を願うならさっさと死ぬべきだろう」

云って、そう笑う。自虐と自嘲を込めて。
これまでの苦悩の数だけ刻まれたと表明するような目元の皺の奥で。


「それでも……俺はここにいる」


宵闇の中に隠れていた月の如く、瞳が決意の光を放っている。

「聖杯戦争の舞台で、サーヴァントとして召喚されている。ならそれが真実だ。
 ……どれだけ否定していても、天に浮かぶ小さな塵星だとしても。馬鹿げた話だが、諦め切れるものではないらしいな。
 己が手で切り捨てた乙女の血を清め、三国を落とした槍を収め……今度こそ――――
 かの王に仕えるに足る"騎士"として生きるという、俺の求めた理想を」

その時に思い知った。
この男はまだ折れてない。自分のように絶望に囚われていない。
夢見た理想を捨てず、あえぎながらも進もうとしている。

事情を知らぬ者から見れば、死してなお諦めぬ浅ましさと笑うかもしれない。
だが俺は違う。俺にはきっと、理解できる。
身も心も疲れ果て、何もかも失った。希望などないと諦めてなければおかしいというのに。
それでも手放したくないと思えるものがあるのなら……誰が何と言おうと、それこそがこいつの、唯一つの真実。

「お前は……王に仕えたかったのか」
「ああ。彼の王こそ我らが光。あらゆる暗雲を振り払う騎士の王。
 敗北を知らず、私情を排し、祖国の善き未来を確約する理想の体現。
 俺に幸運と呼べる事があったとすればそれは……間違いなくあの方に一時でも仕える栄を授かった機会に他ならない」

そう己の主の威光を語るセイバーには、今まで張り付いていた怨念じみた闇が薄れていた。
少なくとも、俺はそう感じた。
辛苦を感じさせない、満天を見上げる少年のように晴れやかな笑みを、見た気がした。

……俺にも、こんな風に笑えた頃があっただろうか。
過去の記憶と情景は、鮮明に思い出せはしない。
牢獄の中で削れる心と共に、輝いた記憶から先に擦り減ってしまった。

いまの幻のように、こいつのように笑えるなら。
偽らざる、信じた思いを腹の底から声に出せたら。
未来に希望を見て、前を進む事が出来るだろうか。


「どうした?笑えよ。往き迷う迷う罪人」
「……え?」

またも見透かされたような物言いに俺は戸惑う。

「どうせこの聖杯戦争は終了だ。俺みたいなろくでなしを召喚できる時点でとっくに汚染済みだろうよ。
 叶わぬ理想の夢に臨んだところで破滅は避けられない。手痛いしっペ返しを食らうだけだ。
 だが心配するな。そんなものは始めから予定航路でしかない。
 道はとっくに見えているんだ、恐れる必要はないぜ?」

何の意味もないようで、凄い事を言ってのけた。
これからの道が既に不運と不幸で舗装されていると知っていて、恐れずに進むと。
分かりきった未来は乗り越えるだけだと。
それを臆面もなく言えるこいつが、素直に凄いと思った。

俺の行い、犯した罪は許されない。
罰は必ず待っている。泣いて逃げても猟犬のようにしつこく追い回してくる。
だったら俺は……この戦いでそれに立ち向わなければならないのか。
ただ罰を受けるだけではない、俺なりの贖いの方法を見つけ。

「俺達は既に罪人。この双剣と聖槍が星の光を蝕もうとも、己の真を疑わず進め、ストレイボウ。
 サーヴァントである俺はどこまでも付き合おう。―――――地獄の住人の先達としてな」

俺の名を呼ぶ。
ストレイボウ。
ルキレチア王国の勇者オルステッドの親友でありながら、劣等感から友を裏切り魔王オディオを生み出してしまった愚かな男。
穢れ切った忌み名。断崖の奥底に落ちて、誰かに拾い上げられるなんて思いもしなかった俺を、呼んでくれた。

「……ありがとう、ベイリン。お前が俺のサーヴァントでよかった」

だから俺も、お前の名を呼ぶ。
ベイリン。
ブリテンの伝説の騎士王アーサーに仕えながら、折り重なる凶運の呪いに翻弄され続け、兄弟で殺し合った哀れな男。
聖槍(ロンギヌス)に相応しくない所有者、無様な敗者の烙印を押され、新の担い手が躍り出る踏み台にされた男の名を呼んだ。




【クラス】
セイバー

【真名】
ベイリン

【出展】
アーサー王伝説

【性別】
男性

【身長・体重】
188cm・80kg

【属性】
秩序・中庸

【ステータス】
筋力B 耐久A+ 敏捷B 魔力D 幸運E 宝具A

【クラス別スキル】
対魔力:EX
 宝具による祝福(呪い)によって、規格外の対魔力を保有している。
 魔術を無効化するのではなく、"自分の傍にいる人物"に自動的に逸れてしまう。

騎乗:B
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

【固有スキル】
心眼(偽):A
 視覚妨害による補正への耐性。
 第六感、虫の報せとも言われる、天性の才能による危険予知である。
 姿隠しの力を持つガーロンを、ベイリンは己の感覚だけで見つけ出し、討ち取った。

戦闘続行:B+
 元々の継戦能力に精霊の加護(呪い)が合わさって異様に"死ねなく"なっている。
 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、事切れる最後の瞬間まで苦しみ続ける。  

血の乙女の呪い:A+
 かつて斬り殺した湖の乙女から受けた契約。
 戦場で危機的な局面において優先的に幸運を呼び寄せる「精霊の加護」に近いが、
 その効果はより強力にして悪辣。所持者と周囲の人物の幸運を奪い、無理やりにでも生き残らせようとする。
 勝利にこそ導くが、その結末が本人の望む光景である保証はない。

【宝具】
『破滅に至る勝利の剣(ルイーナ・カレドヴルフ)』
ランク:B+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~200 最大補捉:100人
 湖の貴婦人が所有していた「最も優れた騎士にしか抜けない剣」。
 双剣の知名度と呪いの逸話により、元々所有していた剣と統合され、二振りの剣の宝具となった。

 上述の通り最も優れた騎士、すなわちいずれ聖杯を得る事になる騎士の為に造られた聖剣。
 だが貴婦人に仕えていたさる乙女が、騎士が剣を取る時期より前に剣を持ち出してしまい(一節では兄を殺された復讐の為だという)、
 当代で最も優れた騎士であるベイリンが鞘から引き抜いてしまう。
 これにより、"選ばれし騎士ではない"のに"剣を引き抜く資格を有した"という矛盾のバグが生じ、
 更に直後に貴婦人を斬り殺した事で、完全に魔剣へと変じてしまった。 

 精霊である乙女を殺害した事で、精霊・妖精に対しては追加ダメージが発生する。
 双剣を重ねた真名解放により、暗黒の斬撃を十字状に放つ。
 またこの剣でダメージを受けた相手は、行動のファンブル率が大幅に上がる「凶運」のバッドステータスが付く。

『悲嘆を告げる運命の槍(サヴァージュ・ロンギヌス)』
ランク:A++ 種別:対人、対国宝具 レンジ:0~99 最大補捉:1000人
 神の御子を刺した呪いの魔槍。御子の血を浴びた偉大なる聖槍。
 「手にしたものは世界を制する」とまでいわれた、聖杯に並ぶ最上の聖遺物。
 所持者の精神によって属性・性能が変化し、ベイリンが持てば呪いの波濤を十字状に放つ"原罪の具現"となる。

 聖槍は運命を決める力を秘めるとされ、魔槍であるロンギヌスの魔力を浴びたモノは、
 その身の運命を"破滅"に塗り替えられる。
 傷は癒えず、形は戻らない。有機無機に関わらない不治の呪いに汚染されてしまう。
 解呪するには同じく運命を覆す力、すなわち聖杯による奇蹟しかない。


【人物背景】
ブリテンで、まだ円卓の騎士が成立する以前にアーサー王に仕えていた騎士。
通称「双剣の騎士」。その恐るべき戦いぶりから「蛮人」ベイリンと渾名されもする。
弟のベイランも同じく優れた騎士であり、全ての円卓が集った後も上位に食い込む武練であると評され、
あるいは円卓においても無双を誇るランスロット卿とガウェイン郷にも届き得るのではないかとも噂されたが、その席に座る日は終ぞ来なかった。

アーサー王の元にさる乙女が「最も優れた騎士にしか抜けない剣」を携えて来た事が、ベイリンの運命の始まりだった。
誰もが挑戦し諦める中、ベイリンは容易くこれを引き抜くと、乙女は急に剣を返還するよう迫る。
そこに剣の所有者である湖の貴婦人が現れ、剣を持ってきた乙女か、あるいはその剣を抜いた騎士の命を要求した。
貴婦人は語る。その剣はいずれ来たる選ばれし騎士が抜く選定の証。いま地上に在ってはならぬものを、復讐の為に乙女が持ち出したのだと。
事情を知ったベイリンはしかし、返す剣で貴婦人の首を斬り落とした。
……ベイリンもまた貴婦人に母を奪われており、その報いを与える機会を待ち望んでいたのだ。
騎士王の城を女の血で穢した事。その女が王の持つ聖剣の持ち主でもある湖の精霊である事。
全てを承知し、極刑を覚悟でベイリンは本懐を遂げた。しかしアーサー王は、城からの追放という罰のみで彼を免じたのだ。

「湖の貴婦人を斬った行いは罪である。しかし母の仇を討ち、また乙女を救うべく自ら罪を被った行いは功である」

王の判決にベイリンは、これこそ私情を排した理想の王だと忠誠を誓い、いずれ必ず王の助けに馳せ参じると決意し城を去った。
貴婦人の血を吸い「愛するものを殺す」呪いを帯びた、魔剣を罰の証として手元に置いて。

ベイランと共に続けた贖罪の旅。
アーサー王と争うリエンス王の軍勢を蹴散らし生け捕りにする殊勲をはじめ数々の功により、
一時キャメロットに帰参する許しを得るも、未だ魔剣を解呪する術は見当たらない。
途中ベイランと別れ、不可視の力を持つ卑劣なる騎士ガーロンを討つべくある城に潜入する。
そこはガーロンの兄ペラム、即ち漁夫王(いさなとりのおう)の住むカーボネック城。
ガーロンを討つも弟を殺されたペラム王はベイリンに兵を向かわせる。
潜入の為丸腰で来ていたベイリンは咄嗟に壁にかけられていた槍を手に取り――――――――呪われし運命は花を開いた。

ベイリンに染み付いていた貴婦人の呪いにより暴走する槍、ロンギヌス。
その被害は城のみならず三つの隣国まで崩壊させ、ペラム王は癒えぬ傷を負う。
己は取り返しのつかない過ちを犯した。最早王の元に戻る資格はなしと、ベイリンは死に場所を求めて彷徨う。
運命の終着地。「全身を鎧で覆った騎士と戦い倒さなければ先へ進めぬ」という島で、ベイリンと騎士は互いに瀕死の重傷を負う。
末期の騎士に名を訊ねられベイリンは答えると、騎士は愕然とした様子で兜を脱ぎ――――
ベイリンは呪いにより島から離れられぬ身となった、弟ベイランの悲嘆と絶望の顔を見た。
ベイランが死してから半日もの間、ベイリンは己の行いを悔いながら絶命した。
二人の死体は遺言に従い、同じ墓に埋葬されたという。

不幸。
義理人情を重んじる、紛れもなく正義の人であったが、今ではすっかりやさぐれてる。
「どうせ俺なんて……」と項垂れて周囲に当たり散らす、まさに蛮人の伝聞通りにまで落ちぶれてしまった。
究極的に運が無く、善だと信じた行為が悉く裏目に出てしまう。
弟曰く、単独でいるといつの間にか事態が悪化してしまう、割とノリで動くタイプ。
セイバーのクラスだが、呪いで装備が外れないため槍も持ち込んでしまってる。
同時にランサーのクラスで呼ばれたとしても、やはり剣は除外されず装備した状態で召喚されてしまう。

【特徴】
白髪まじりの黒髪。鈍色の鎧には僅かに黒い痣のような模様がある。
端正な顔つきだが、度重なる絶望で表情は暗くやさぐれてる。超ネガティブ。目が死んでる。

【サーヴァントとしての願い】
呪いの解除。
ただ願いを叶える段階で呪いが発動し、最悪の結末を引き抜いてしまうだろうと諦観している。
そうしてやさぐれてる風を装っているが、それでも。僅かに残った一念だけはその可能性に懸けたかった。




【マスター】
ストレイボウ@LIVE A LIVE

【能力・技能】
魔法使い(魔術師)として数々の魔法(魔術)を習得。
一番に立てなかったというだけで、彼自身もまぎれもなく一流である。

【人物背景】
ルクレチア王国一の魔法使いであり、勇者オルステッドのよきライバル。
……であったのも、遥か昔。
常に自分の先を行くオルステッドに憎悪を募らせていき、やがて訪れたオルステッドを出し抜く機会に全てを賭けた。
全てが終わり、彼は後悔する。
こんなはずじゃなかった。ここまでする気じゃなかった。
感情に支配された男は犯した罪を嘆き続ける。
「俺の…せいなのか…あいつが…あんなになってしまったのは…」

【マスターとしての願い】
贖罪。
だがそれすらも我が身可愛さなのではないかと懊悩している。
確かなのは、今の彼は罪の重さと罰の贖い方に迷う一人の男である。

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最終更新:2017年08月03日 01:13