決意/少年と騎士

揺れるカーテンの隙間から、茜色の夕日が差す。慣れ親しんだ思い出の場所、嘗ての教室にそっくりではあるのだが。
窓から見下ろす街の景色はまったく見知らぬものであるし、何よりも。自分は当に消滅したはずであった。
セレクターバトル―――――記憶を盾に戦いを共用される悪趣味な戦争。そこで自分は"彼女"を助けようとして、負けて、消えた。
青いジャージを纏うさわやかな風貌の少年、"白井翔平"は教室の柱にもたれて考える。記憶をたどっても、最も新しい記憶はあの時のものしかない。

何故自分が生きているのか。ここは何処だ。そもそも本当に自分は生きているのかだとか、疑問は耐えないけれど一番はまず。

「分かったかしら。
 とにかく、この聖杯戦争に勝てば何でも願いがかなうの。」

と、聖杯戦争とやらについて語っているこの少女は何者なのか。
胸元の大きく開いた、青い軽装のドレスを纏いその雰囲気は明らかに教室に合っていない。
ブロンドヘアーを風に揺らして凛と。まるで絵画のようによく出来た養子である。
余りの混乱に話がろくに頭に入っていない。確か、聖杯を勝ち取るための従者"サーヴァント"とでも言っていたような。
セレクターバトルにおけるルリグのようなものだろうか――――と、そこまで考えて。

「…………無い!?」

ポケット、鞄、どこを漁ってもない。有る筈のカード、居るはずの彼女が居ない。
ドーナ。セレクターバトルのパートナーであり、カードの中の少女。居るのが当たり前の存在だったからだろうか、居ないと分かると急に心細くなる。
一応当然ではあるのだろうか。自分はバトルの敗者であり、戦う資格を剥奪されたのだとすれば。
だが、それでも

「あいつ、こんな時に…………」

そう愚痴らずには居られなかった。

「言ったじゃない。
 何を探しているのか分からないけれど、ここは貴方が居た世界とは違う世界。
 きっと置いてきてしまったのね。」

「違う?
 どういうことだよ………えっと、」

「"セイバー"
 ちゃんと名乗ったのだけど。聞いてなかったのね。」

はぁ、とため息をついた彼女は改めて語りだす。



聖杯戦争のルール、英霊の存在。一通り語り終えた少女は一歩踏み出し、距離を詰めて。

「もう一度言うわ。
 この聖杯戦争に勝てば、なんだって願いが叶うの。」

次は決して逃がさない、そう言わんばかりに。二人の距離は零、少女はまっすぐに彼を見上げて。
呼吸の音すら、鼓動の音すら聞き逃せない距離。肌より漏れる熱すら感じるのだろう。

「欲しいものがあるでしょう?したいことがあるでしょう?」

項垂れた彼の耳に、唇を近づけて、囁く。

少年はただ黙って、囁かれる言葉を受け入れていた。

「勝たせてあげるわ――――だから、ね。
 私と、やろう?」

甘く、甘く、囁いて。



「俺は―――――――――――」








「――――――降りる。
 こんな戦い、やらない方がいい。」

返ってきた言葉の意味が彼女には、デオン・ド・ボーモンには心底分からなかった。
万能の願望器を前にして、戦いを降りるとはどういうことなのだろう。

「戦うのが怖い?それなら心配する必要は無いわ。
 戦うのは私、貴方はただ魔力を……」

「違う。」

「戦争といっても、必ずしも殺し合いじゃないの。ただ相手の英霊を戦闘不能にすれば…………」

「それも違うんだ。」

なら何だと言いかけた口は、酷く沈んだ少年の顔を見て閉じる。

「俺にはもう無いんだ。願い事も、守りたい物もさ。
 もう何も無いんだよ。」

彼が取り出した携帯電話、その画面に映されているのはとある少女の写真。
黒髪の、明るい雰囲気の少女。それを酷く暗い目で眺めていた。

「セレクターバトルって言うのがあってさ。
 俺は前の世界でも戦いに巻き込まれたんだ。
 その戦いには………好きな、女の子も巻き込まれてて。何とか守ってやろうと思ってたんだけど、駄目で。
 だからもう、俺には何も無いんだよ。」

それを聞いた少女の顔もまた沈む。まるで、少年と共に憂いて居るよう。
そのままゆっくりと、彼の首に手を回す。そのまま、抱きしめるように腕を寄せて―――――

「――――――――――――がっ…………」

少年から漏れる、文字通り声にならない声。首を絞められる鶏のような、そんな風に形容できるその声は

「お前、なん、で………………」

「ちゃんとついてるのかな、って思っちゃったのよ。」

股間を押さえてうずくまる少年を、膝を上げた体制のまま少女があざ笑う。

「アレだけしても反応ないし、女々しいし。
 そんなんじゃあどうせ童貞でしょう?そもそもついてても意味無かったかしら?」

嘗て聞き覚えの有る罵倒を食らっても何も言い返せない。その痛みは実質内臓を直接殴られたに等しいらしい。無理も無いだろう。
対して少女は口角を上げたまま、膝を曲げて少年と目線を合わせる。

「何にも無いのは私も同じなのよ。」

そうつぶやけば、いつの間にか笑みは剥がれていて。
真っ直ぐに、彼と視線を合わせる。

「私だって酷いものよ。
 仕えた主には弄ばれて、私に同情してくれた王妃はギロチンに送られた。
 それでも私は生きたわ。見世物にされたって私は生きた。
 だって、悔しかったから!」

自分でも驚くほどに、少女は感情的になっていた。
他人とは、手駒以外の何者でもなかったはずだ。少なくとも、スパイであったデオンはその通りに行動し、それで成功し続けた。
守るものが無くなったと語る少年に、嘗ての自分を重ねたのかもしれない。そして、諦めたような顔をする少年にも自分を重ねて。
言ってしまえば自己嫌悪だろうか。デオンはプライドが高い人物であり、だからこそ見ていられなかったのだろう。

「貴方は何時までそんな顔しているつもりなのかしら。
 何度でも言ってあげる。"願いが叶う"の。"取り戻せる"の。
 私には絶対に取り返したいものがある。貴方もそうでしょう?」

未だ蹲ったままの少年に手を差し伸べる。

「…………俺、だって!!!
 今度こそ森川を守ってやりたい!!」



そして少年は差し伸べられた手を握る。



「良いわ。これなら貴方をこう呼べる―――――"マスター"
 これより私、デオン・ド・ボーモンは貴方に仕えるシュヴァリエとなる。
 さぁ、存分に振るいなさい。」

679 名前:決意/少年と騎士[sage] 投稿日:2017/07/27(木) 00:32:28 ID:WHKUIR3Y0 [4/6]
【真名】シャルル・ジュヌヴィエーヴ・ルイ・オーギュスト・アンドレ・ティモテ・デオン・ド・ボーモン
【クラス】セイバー
【出展】史実
【性別】男性
【性質】秩序・中庸
【身体】157cm/45kg
【ステータス】筋力A 耐久B 敏捷B 魔力C 幸運C 宝具B
【スキル】
対魔力 C

騎乗 C

心眼(真) B
修行・鍛錬によって培った洞察力。窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。
他国でスパイとして活動し続けた経験から、デオンはこのスキルを有する。
今回の厳戒では騎士としての側面が強調されたデオンよりも、スパイとしての側面が強調されているため、スパイ活動中の様々な逸話に補強されランクが向上している。

麗しの風貌(B)
固有スキル。服装と相まって、性別を特定し難い美しさを(姿形ではなく)雰囲気で有している。
男性にも女性にも交渉時の判定にプラス補正。また、特定の性別を対象とした効果を無視する。
上記と同様に理由により、ワンランク向上している。
【宝具】

『絢爛纏えど騎士を討ち/ローズ・ベルタン』
ランク:B 種別:対自宝具 最大捕捉:1人
ドレスを纏ったまま、当時ロンドン最強の騎士を打ち破った逸話からなる、各部に薔薇の意匠が施されたドレスの宝具。
普段纏うドレスは青色に対し、このドレスは漆黒。常時展開されているものではなく、意図した展開が必要となる。
華が舞うとすら称された、卓越した剣技を振るえばドレスの薔薇より花びらが舞い、周囲に幻惑とステータスダウンを振舞う。
そして最強の騎士を貫いた剣はあらゆる鎧を、概念的なものであろうと"防御"を貫通する。
また、この逸話こそはデオンの武勲の、剣士としての勝利の最たるであろう。即ちこのドレスを着ている限り、彼女は"敗北"をしない。
迎える敗北の形が死であろうと、もしくは他人の死であろうと、彼女がドレスを纏う限りは起こりえない。

『華に生きれど穢わしき/デオン・ド・ボーモン』
ランク:EX 種別:対伝宝具 最大捕捉:際限なし
麗しき女装のスパイとして持て囃され、フランスに尽くしながらも晩年には醜悪な怪物と揶揄され、自慢の剣技すらも見世物とされた彼女の生涯。そこから"成ってしまった"宝具。
彼が死ぬ切欠を作った見世物の決闘場を投影する固有結界であり、その中ではどの英霊も彼のように、"醜いと嘲笑される"のだ。
固有結界内部に居る英霊はその史実に伝わる最も醜い姿に書き換えられ、信仰も嘲笑へと挿げ替えられる。
例えば、"アルトリア・ペンドラゴン"がこの固有結界内部に踏み入れば、妻の不貞を許し、部下に裏切られ殺された無能な王としての姿をとり、宝具を補強する信仰をそぎ落とされる。

【概要】
近世フランスにおける、麗しき女装のスパイ。
人理崩壊時に召還されたデオンとは異なり、スパイとしての側面が強調された別のデオン。
但し暗殺の逸話は持たず、クラス適正そのものは剣士が色濃い。そのため今回の現界においてもセイバーである。
スパイとしてのデオンは、はっきり言ってしまえば"性格が悪い"。
任務は必ず遂行し、間違いなく有能ではあったのだが、周囲の人間を利用するべきとして扱っており、友人と呼べる人間は一切居なかった。
またスパイ活動の後ロンドンへ外交官として派遣された時には、自身が持つ機密文書を盾に贅沢極まりない生活を送っており、国王ですら苦言を呈する程であったと言う。

だが、王がルイ16世へ変わってからの人生は悲惨の一言に尽きる。
フランスを離れていたうちに、デオンは男なのか女なのかという賭けが大流行することとなる。くだらない賭けは過熱し、利益を得るため強引にデオンの性別を確定させようとする輩すら存在した。
そして彼の性別は政治問題にまで発展し、結果。彼は"今後一切女性の服のみを着る"条件を無理やり飲まされ、フランスに帰ったのだ。
50を超えたデオンは最早麗しき女装騎士などではなく、当時の新聞では"ドレスを着たヘラクレス"など、様々な罵声を浴びせられた。
文書を抵当に多額の借金をしていたデオンは、返済の為にまたロンドンへ向かう。当然ながらスパイの任務はなく、収入のなかった彼は自信の剣技を見世物にする決闘をするしかなかった。当然、女装したままで。
そしてロンドンでの生活もなんとか起動に乗りかけた時、フランス革命が勃発し財産を没収されてしまう。
性格はどうあれど、彼がフランスを想う気持ちは本物だった。嘗てスパイに出るときは、その先で何があってもフランスは助けられないと言われた上で旅立ち、王がルイ16世になっても戦争へ志願するほどだった。
そんな彼は、最終的にフランスへ帰ることも出来ず、決闘で出来た傷によりその障害を閉じたのである。

【マスター】
白井翔平@Lostorage incited Wixoss

【能力・技能】
なし

【人物背景】
本編で消滅直後から参戦
セレクターバトルと呼ばれる、記憶をかけたバトルロワイアルに参加していた高校生。
作中でもイケメンと言われており、容姿自体は整っている。倫理観も一般的なものを持つ常人。
作中では惚れた少女をバトルから救い出すために奔走するが、自分も相手も負ければ存在が消滅するとなったとき、勝ちを譲り自分が消えてしまう。
このように非常に優しく、良くも悪くも真っ直ぐな性格。
今回の戦いでは今度こそ少女を助けるために戦うと決めたが、本編では人を傷つけてまでその願いを貫けなかった。
此度の聖杯戦争でも、いざ自分が誰かを傷つけなければならないとき、その決意は揺らいでしまうかもしれない。
童貞君らしい。


【マスターとしての願い】
元の世界に返り、今度こそ森川千夏を助ける

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最終更新:2017年08月03日 20:33