無題(2)

「ミューズ?」ベッドの中で女が言った。
「ああ、ミューズだ」女を腕に抱く男が返した。男の目はどこか遠くを見ている。
女は、自分の肩を触る男の指の、薬物中毒者のような震えから目を逸らして言った。
「ミューズって、なんなの?」男の指に、不意に万力のような力が籠められ、女は苦痛に顔をしかめた。男は、女の肩に付けた青黒いキスマークを優しく撫で、答えた。
「まさにこれだ。なあ、今君はどんな気持ちだ?」男はいつの間にか黒いニンジャ装束を身に纏い、女を撫でる逆の手で鎖鎌を握り、女の腹を引き裂いていた。
「きゃああああああ!」女が腹の傷を抑え、はみ出た内蔵を拾い集めようとする毎にベッドに赤黒いシミが広がり、女はより一層苦悶の声を大きくした。
男はその地獄めいた光景を見ても眉一つ動かさず、先程と全く変わらない声音で女に尋ねた。
「君、変わった悲鳴を上げるんだな。なあ、どんな気持ちだ? 教えてくれ。分からないんだ。とても困っている」男は、女の腹からはみ出た腸を握り、傷跡に抉りこむように押し付けた。
「痛い、いたい、いたい、いたい! やめて、いたいの、ごめんなさい、ごめんなさい、痛い、やめて」
「痛いってことくらい、流石に俺でも分かっているよ。俺が聞きたいのは、君を守っていた……いや、君はマイコだったのかな? とにかく君の連れの男は死んで、君自身も命の危機に瀕している。それについての感想を聞きたいんだ」
男は至って真剣な表情で、うわ言のように呟き続けている。女の内蔵を引きずり出し、そして腹に戻しながら。
「ミューズがな、どこかへ行ってしまったんだ。これだけやってもまだ帰ってこない。彼女が来てくれないと、俺は小説が書けないんだ。
『竹林に潜むジャックザリッパー』を書いていた頃は、こんなことをしなくても、ただ君みたいな女の子を殺すだけで来てくれたんだが。なあ、今どんな気持ちだ? 俺に教えてくれ」


女は一度、老婆のような乾ききった叫びを上げ、それからは何も言わなくなった。
ピクピクと震えている以上、生きてはいるのだろうが、喋れないのでは意味がない。
「イヤーッ!」男は掛け声とともに鎖鎌を振るい、女の首を切り落とした。
それから男はベッドに腰掛け、頭を掻き毟った。
装束のフードがちぎれ落ち、彼自身の頭髪が血に染まっていく。
彼は唸り声を上げながらベッドの上にのたうち回った。
「まるで獣だな。……いや、獣でももう少し綺麗に飯を食らうか」
突如、男の背後から声がした。振り向くと、彼の背後には体長3mをゆうに超えるであろう、巨大な虎が佇んでいた。
虎の体毛は月光に照らされて銀色に輝いている。白虎だ。
「ドーモ。バーサーカー=サン。ブラッククレインです」
男……ブラッククレインと名乗ったニンジャ……は流麗な動作でお辞儀をし、顔を上げて笑った。
「いや、中々に皮肉の効いたジョークだ。獣に食事の作法を咎められるとはな」
「フン、己(おれ)が言いたいのはだな、マスター。無為な殺戮はよせということだ。今はまだ良かろうが、もう少しすれば監視役も……」
突然、バーサーカーの眉間に鎖鎌が飛来した。
バーサーカーはそれを造作もなく躱したが、ブラッククレインは恐るべき速度で彼の目前に詰め寄り、両耳を掴んだ後、鼻と鼻が触れ合わんばかりに顔を近づけて言った。
「無為! お前、今無為と言ったか! 俺の思索を! 創作を! ミューズを! 俺の行為を無為と!
李徴=サン、貴様には分かるまい! 俺の苦悩が! 化物と成り果ててなお、詩歌を吟ずる事のできる貴様には!」
それは、ほとんど慟哭に近い怒りの叫びだった。バーサーカー、李徴は、常軌を逸した音量の叫びに動じること無く、ただブラッククレインを直視していた。
「……いや、すまない。確かにそうだ。これは無為な行為だ。もはやモータルをいくら殺めようとミューズは満足してくれんのだろう。
聖杯戦争だったか。それに支障が出るくらいなら、これももうやめよう」
しかし、勢いを失っていく述懐とは裏腹に、ブラッククレインはその顔に浮かべる狂気的な笑みを、より一層深くした。


「ああ、しかし――歴史に名を残す英雄というのは、死ぬときにどんなことを考えるのだろうなあ」



【マスター】ブラッククレイン
【マスターとしての願い】ミューズを得る
【weapon】鎖鎌の二刀流。スリケン。
【能力・技能】
人間をやすやすと素手で引きちぎり、拳銃よりも数段威力の高いスリケンを投擲し、
機関銃の雨の中を口笛でも吹きながら歩き抜ける者。彼はニンジャである。
どのようなクランのニンジャソウルをディセンションしたのかは本編では明らかになっていないが、
ニンジャスレイヤーと二合打ち合えるほどの実力は有していたため、装束・スリケン生成の能力がないゲニンのソウルを宿しながらもカラテはよく練られたものだったのだと推測できる。
ちなみに鎖鎌の使い方はだいぶ間違っている。
【人物背景】
元はホンガンジという名の冴えない物書き。
しかしニンジャと化して以降、ファックアンドサヨナラ(強姦の後殺すこと)を行い、
死の間際の感情に直に接することで、その心情を小説に反映させ多くのヒット作を生み出してきた。
ニンジャとなり、創造力を失った彼には、実際に経験した物事からしか物語を創ることができなくなっていたのである。
あと一作でもヒットさせればあとは一生遊んで暮らせるというところで同棲相手のマツモトにニンジャ装束とスリケンを目撃されてしまい、
邪悪なニンジャソウルの囁きに抗えず、己の意志に反して彼女すらもその手にかけようとしたところでニンジャスレイヤーと接敵。
あえなく死亡したかと思われたが、死の直前、たまたま傍らにあったカードに触れて冬木へと飛ばされてきた。
原典内ではもう少しダウナーな性格ではあったが、危うくマツモトを殺害しそうになったこと、そしてミューズを失い、ただニンジャとしての残虐性のみが残ったことにより、狂気的な側面が強く出ている。
【方針】手段を問わず、聖杯戦争を勝ち残る。

【CLASS】バーサーカー
【真名】李徴
【出典】山月記
【性別】男
【体長・体重】360cm 211kg
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力:B+ 耐久:B 敏捷:B 魔力:D 幸運:D 宝具:D
【クラス別スキル】
狂化:EX バーサーカーのクラス特性。理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿すスキル。
身体能力を強化するが、理性や技術・思考能力・言語機能を失う。また、現界のための魔力を大量に消費するようになる。
バーサーカーのそれは、狂化というよりも獣化と表現したほうが適切である。
彼の人としての理性は日々野生の本能に蝕まれており、日を追う毎に彼の「人でいられる時間」は短くなっていき、
「虎でいる時間」に比例してステータス上昇効果の恩恵も増加していく。
最終段階では全てのステータス、またスキルに+補正が追加されるが、もはや彼は空腹に身を任せて生物を襲うだけの虎へと変じ、
マスターですら令呪を消費しての命令でないと制御できなくなる。
聖杯戦争開始時点でおよそCランク狂化程度のステータス上昇を受けているが、人としての思考が行えるのは一日の内およそ16時間程度であり、
一ヶ月以内に彼は人間性と引き換えにA++相当の狂化スキルを持つことになる。
なお、完全な狂化が為されるまでは「虎になっている」間も聖杯戦争についての知識は保有しているようで、
マスターは見かけても喰らわない、マスターが死ねば自分も消えるので保護する程度の思考は持ち合わせている。

【固有スキル】
神性:D その体に神霊適性を持つかどうか、神性属性があるかないかの判定。
ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされる。より肉体的な忍耐力も強くなる。
バーサーカーの生きた時代の中国において虎は神聖な生物であり、当時の人々からは龍と同格の神獣として認識されていた。
ただし山月記での虎は百獣の王、人食いの化生としての側面が強く、また元は人間だったということもあり、スキルランクは低下している。

怪力:B(+) 魔物、魔獣のみが持つとされる攻撃特性で、一時的に筋力を増幅させる。
一定時間筋力のランクが一つ上がり、持続時間はランクによる。

畏怖の叫び:C(+) 生物としての本能的な畏怖を抱かせる咆哮。敵全体に恐怖、継続的な防御ダウン、瞬間的な防御ダウン大などを付与する。
それは勇ましく、ただ悲嘆を伝えるためにあった、孤独な男の慟哭である。

【宝具】『今日爪牙誰敢敵(誰が為に牙を剥く)』ランク:D
虎となった己に、誰が敢えて立ち向かおうとするだろうか?いや、誰も立ち向かうはずがない。
バーサーカーの生前詠んだ詩歌と、彼自身の人食い虎としての逸話が昇華された宝具。
バーサーカーと敵サーヴァントの、筋力と耐久それぞれの値で判定を行い、どちらかの判定でバーサーカーが勝利すれば相手の宝具・スキルの防御効果を無視して物理攻撃を行うことができる。
人であるならば必ず害する、恐るべき百獣の王の権能である。
ただしこの宝具は、あくまでも「人に畏怖される化生」としてのバーサーカーが持つ宝具であり、人を超越した神霊には効果がない。
従ってバーサーカー自身よりも神性のランクが高いサーヴァントには無意味な宝具である。

【weapon】牙と爪

【解説】
中島敦の著作『山月記』に登場する人食い虎。元は人間だったが、ある日突然虎へと変化してしまう。
彼自身は己が虎に変じた理由を己の「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」であると語るが、真実は定かではない。
「理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ」
との本人の言葉どおり、今の彼はただ虎としての己を受け入れ、サーヴァントとして在るだけである。
なお、『山月記』は中国古典の『人虎伝』を元にした創作だと言われているが、実際には人虎伝こそが実際に清朝で起きた李徴の物語に儒教的訓戒を盛り込んだ創作であり、
『山月記』はどこからか真の原典を手に入れた中島敦が、それを忠実に翻訳した作品であった。

【特徴】体長3mをゆうに超える規格外の大きさの虎。美しく月に映える銀色の毛並みを持つ白虎である。
性格は神経質で人嫌いではあるが、ブラッククレインの境遇に感じ入るところがあり、マスターとして認めている。

【聖杯に掛ける願い】人間に戻って、もう一度人生をやり直す。

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最終更新:2017年08月03日 20:48