てくてく、てくてく。
黒いスーツを纏った男が、同じく黒い革靴を鳴らしながら、夕方の喧騒の中を歩く。
服装から年齢は分からない。ただ、兎に角若い。身長も顔つきもまだ成人しているとは思えない若々しさである。
後ろ手に結わえられた血の色の長髪と、頬に走る十字傷が、見るものを遠ざける独特の雰囲気を醸し出していた。
男が、街道を抜けた先の十字路で立ち止まる。
振り返り、街を行く人々の姿を見る。
それは会社から自宅へと戻るサラリーマンやOLであり、
学校から友と連れ立って帰る学生達であり、
母親に手を引かれ立ち並ぶ店を覗きながら歩く幼女の姿だった
皆、表情は同じ。
時折、不安や疲れ、苛立ちや憂いを覗かせても最後に浮かべるのは笑顔だった。
泣いている者など、どこにもいなかった。
否、この世界の何処かにも、きっと涙を流している人は大勢いるのだろう。
取るに足らない悩みで一喜一憂し、ほんのささやかなすれ違いに泣く。
されどそこに死に怯え、理不尽な暴虐に絶望するものはない。
人買いの骸を掘り続ける、小さな子供もいなかった。
あぁ、と息を吐く。
そして道の端で眩しいものを見るように、けれどずっと、その光景を眺めつづける。
噛みしめるように、目に焼き付けるように。魂に刻み付けるように。
彼の求めていた物はここに確かに存在し、けれどどこにもなかった。
それでも、それでも。
コンビニのネオンが輝きだしたのを頃合いとして、男は名残惜しそうに帰路につく。
その顔は、どこか安堵しているようだった。
◆
仮の逗留先として記憶していたホテルの部屋に戻り、まず男は部屋のある一点を目指した。
ドクン、と臓腑が鳴動する。
汗が一筋流れる。
横引のクローゼットの前に立つ。
全てを検めるために。
今この時が夢か現か確かなモノとするために。
一度瞑目し、一息に引きあけた。
中にあったのは、黒い和服に袴。そして――――
「やはり、そうなのか。『俺』は―――」
在ったのは、おとめ座のマークが刻まれた一枚の札と
一本の、業物と見受けられる”刀”だった。
何かを決した顔で、鞘の中の刀を引き抜く。
露わになったその鋭く輝く刀身は、血に濡れていた。
「気が付かれたか、マスター」
背後から自分を呼ぶ声を聴いた。
飄々とした、男というにはいささか高い声だった。
自分が気付かなかった事実に莫迦な、と驚愕しつつも、その反面どこか受け入れている自分を感じながら男は振り返る。
視線の先にいたのは痩躯の男性……否。少女であった。
「君は……」
男は目の前の女が”何”であるのか知っていた。
けれど問わずにはいられなかった。
彼女は、この場所には、この時代にはいるはずのない、
自分とよく似た、いやもっと深いところで近しい存在。
男の問いかけに、少女は朗らかにはにかみ答えた。
「聖杯の導きによりアサシンとして推参しました。河上彦斎と申すものです」
アサシン。
それが何の意味を持つのか、男には分からなかった。
だが、確かにわかることが一つ。
この人は――――――自分と同じ、『人斬り』だ。
同時に右肩に熱を帯びた鋭い痛みが走り、怒涛の記憶の奔流が流れ込んでくる。
聖杯戦争。
願いを賭け、血風を奔らせ命を奪い合う殺し合い。
「この時代を、見てきたのですね」
さしもの男も流れ込んでくる怒涛の情報量に混乱している中、
凛、とした声で少女が問うてくる。
余りにも威風堂々としたその声色は聞きようによっては男の様に聞こえても可笑しくなかった。
肩の痛みが引いていくのを感じながら、男は首を縦に振る。
ここがどんな世界かはっきりと理解したわけではない。
けれど、ここで交流した人々は、例え偽りでも確かにこの世界に息づいていた。
「いい時代であることは確かです……しかし」
「あぁ、分かっている」
少女の声を遮るようにして、男が言葉を紡いだ。
しかし、少女は特に気分を損ねる様子もなく、男に会話を任せる。
まるで、男が何を言うか分かっているかのように。
「この時代が、俺の居た場所につながるとは限らない」
セイバーと呼ばれたサーヴァントは無言で肯首した。
「マスター」
その上で、初めて男に問う。
思えば、貴方が自分の主(あるじ)か、とは尋ねなかった。
この男こそが、自分の主であることを確信していたから。
これも本当は必要のないことなのかもしれない。
だって、彼女には彼が何というのか、分かってしまっている。
哀しい程に、分かってしまっている。
だからこれは言うなれば、問いであり、答え合わせ。
「貴方の願いは、新時代の―――」
「その通りだ。俺の願いは、誰もが笑っていられる新時代の到来ただ一つ」
「そのために、屍山血河を築くとしても?」
「無論だ。俺は……刀を振るう以外の生き方を知らない
その代わりに、必ず時代を変えてみせる。俺が誰かの命を奪う代わりに
そして、新時代の到来とともに、人斬り抜刀斎は消えるだろう」
自嘲するように淡々と告げる男――少年に、少女はほんの少し悲しげな顔を浮かべ、
今一度問うた。
開国し、迎えた明治という名の新時代に順応できず、露と消えて行った者として。
彼には、同じ道を辿ってほしくは、なかったから。
「ならば―――その新時代で、貴方は笑えていますか?」
その問いは予想外だったのか、少年の肩が震えた。
その肩は、とても小さく思えた。
しばらく少年は考えると――首を横に振るう。
そして、分からないと告げた。
「だが、俺の笑顔など亡き妻が…巴が、得るはずだった幸福に比ぶれば些事だ」
「それは違います」
少年の返答を、少女は否定した。
少女は、少年が自分の様になって欲しくは無かった。
「貴方を選んだ人は、貴方が笑えない世界で笑えるような人ではないはずでしょう
その上で問います。聖杯を獲った貴方は、微笑えるのですか?」
「……今の俺には、聖杯を獲った後、笑えているかどうかは分からない。
だが俺は俺の居た時代に帰りたい、必ず生きて帰る。それだけは確かなことだ」
「なれば守ります。私が貴方をいるべき場所に必ず帰して見せます。
貴方が築いて訪れた新時代で、他の誰でもない貴方自身が笑うことができるように
貴方の中に生きる、巴殿が微笑えるように」
―――済まない。そして、ありがとう。
窓の外で一筋の星が舞ったその時、少女が手を伸ばす。
『緋村剣心』は外の星を視界の端に捕えながら、苦笑を顔に浮かべ、その手を取った。
◆
その光景は一見すれば、ただの小さな少年と少女が織りなす物語の一ページ。
果たしてその物語は永き悲劇であるのか、それとも浪漫譚の始まりなのか。
答えを出せるものは存在せず。
今はまだ、名無しの物語のその始まりは、
推定150年の時空を飛び越えた偽りの冬木にて、人斬り抜刀斎の来訪から―――――
【クラス】アサシン
【真名】河上彦斎@史実(幕末~明治)
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力:B 耐久C 敏捷A+ 魔力E 幸運C 宝具-
【クラス別スキル】
気配遮断:A
サーヴァントとしての気配を絶つ。
完全に気配を絶てば、探知能力に優れたサーヴァントでも発見することは非常に難しい。
ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。
【固有スキル】
宗和の心得:B
同じ相手に同じ技を何度使用しても命中精度が下がらない特殊な技能。
攻撃が見切られなくなる。
心眼(偽):B
いわゆる「第六感」「虫の知らせ」と呼ばれる、天性の才能による危険予知。
視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。
直感:A
戦闘時に常に自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。
研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。
【宝具】
『新時代斬り拓く血風の剣』
種別:対人魔剣 最大捕捉:1
幕末の大思想家佐久間象山を白昼堂々、一太刀のもとに切り捨てた我流剣術。
片膝が地面に着くほど低い姿勢から放つ神速の逆袈裟斬り。
抜刀から敵に切り付けるまでの工程を歪め、発動した瞬間『対象は斬られた』という事象崩壊現象だけを残す魔剣。
事実上防御不能の瞬殺剣であり、対象には彦斎が刀の柄を握ったとしか感じられない。
【Weapon】
『孫六兼元』
河上彦斎が愛用した、佐久間象山暗殺にも用いた太刀。
『國光の短刀』
【特徴】
黒装束を纏い、黒の長髪をポニーテールの様に結えた色白で小柄、可憐な女性。
【解説】
尊皇攘夷派の日本の武士。幕末四大人斬りの一人。
「人斬り彦斎」などと呼ばれる。
性格は真面目で穏やかながらも怜悧冷徹。外見は柳のように華奢で、女性に見間違えられるほどの優男だったという。
元治元年7月11日、公武合体派で開国論者の重鎮、佐久間象山を斬る。
この象山暗殺以降、彦斎の人斬りの記録は不明。
しかし、勝海舟などの伝承からもっと多くの人間が彦斎の白刃に斃れたと思われる。
第二次長州征伐の時、長州軍に参戦、勝利をあげる。
慶応3年に帰藩するが、熊本藩は佐幕派が実権を握っていた為投獄される。
このため、大政奉還、王政復古、鳥羽伏見の戦いの時期は獄舎で過ごす。
慶応4年2月出獄。
佐幕派であった熊本藩は、彦斎を利用して維新の波にうまく乗ろうとするが彦斎は協力を断る。
維新後、開国政策へと走る新政府は、あくまでも攘夷を掲げる彦斎を恐れた。
二卿事件への関与の疑いをかけられ、続いて参議広沢真臣暗殺の疑いをかけられ明治4年12月斬首。
るろうに剣心の緋村剣心のモチーフとなった人物。
【サーヴァントとしての願い】
マスターに新時代を迎えさせる。
【マスター】
緋村剣心(緋村抜刀斎)@るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-
【能力・技能】
飛天御剣流
一対多を主戦場とする、弱者を助ける救世のための剣術。
大きな力に与することもなく、ただ孤高で在り続けた天秤の剣。
現在の彼は『緋村剣心』ではなく『人斬り抜刀斎』であるため奥義を放つことは不可能。
【weapon】
血に染まった無銘の業物。
【人物背景】
短身痩躯で赤髪の優男、左頬にある大きな十字傷が特徴である。
長州派維新志士で、幕末最強とまで謳われた伝説の剣客・人斬り抜刀斎その人である。
修羅さながらに殺人剣を振るい数多くの佐幕派の要人を殺害してきた。
明治時代に入ってからは未だに虐げられる弱き人々を救う為に日本各地を旅する。
新時代の為に大勢の人々を切り捨ててきた事に対して負い目を持っており、彼のその後の生き様である不殺を決定づけた。
【マスターとしての願い】
誰もが笑って暮らせる平和な新時代を築き上げる。
最終更新:2017年08月03日 21:19