甲斐刹那&キャスター

追っているのか、追われているのかもわからなかった。


ただ、目的だけが在った――――――









冬木市新都、高層ビルの屋上。
地の光で闇を照らす街を一望にできる場所から、甲斐刹那は眼下を見つめていた。
その目に宿るのは郷愁の念。かつてあった平凡な日々。
今よりも弱々しく、力のなさを悔いてばかりだった頃。けれど欠けたもののない日常だった。

背丈の小ささで気付こうとも、大人でも備わらない肝の据わりよう。
見据えるその姿を、本来はまだ小学校に通っている年頃の少年であると誰が知ろうか。

「10年か。それだけ経てば色々変わるよな」

町並みは、自分が知るよりも随分進歩していた。
誰もが小さな細長い箱を眺めながら歩いていて、街の眩しさは目が眩むようだ。
元いた原宿でない土地とはいえ。自分が生きていた頃より10年以上経過した時代とはいえ。
住み慣れた国の街に戻ってこれたのは、懐かしい安心感があった。

「懐かしいのか、刹那?」
「ああ、ちょっとな。魔界に来てからそんなに経ってないはずなのにな―――」

そこまで言って、自分の故郷を忘れかけていた事実に、心臓が痛みで弾んだ。
脳を巡るのは、ひたすらに激走の記憶ばかりで、ほんの少し前にあった出来事は押し流されてしまっていた。

戦い、戦い、戦い、戦う。殺し、殺し、殺し、殺してきた。

守るため、救うため、再び会うめに生きてきた。そのために戦い続けた。
あれから、どれだけの時間を戦ってきたのか。
あれから、どれだけの敵を屠ってきたのか。
一年にも満たないかもしれない。巻き込んだ数でいえば1000人も越えているだろう。
小学生を超えていない年頃でありながら、少年は既に百戦錬磨の戦士だった。
乾き、汚れ、罅割れていく心を代償にして。

「クールは、自分の10年後ってどんなのか考えたことあるか?」
「あまりないな。今の戦いとこれからの戦いを考えるのに精一杯さ。
 ただ、そうだな。それまで生きていられたのなら俺も立派な大人のケルベロスだ。刹那を背に軽々乗せて走れるぐらいには成長してるさ」
「ハハッ、確かに今のお前だとちょっと小さいもんな。乗る時いつも途中でブッ倒れないか心配だぜ」
「小さい言うなッ!」

隣の相手と和やかに談笑する。しかし言葉を交わす者を他人が見れば、誰もが目を疑うだろう。
腰ほどの四肢の体躯。黒い毛並み。顎に並ばれた牙。それはどうみても犬だった。
しかし目に宿るのは紛れもない意志と理性。刹那と意志を疎通しているのも直の言葉を通じたもの。
当然それは―――否、彼は人界ならざる世界の住人だ。
悪魔(デビル)。弱肉強食を体現したような魔界を生きるケルベロス。クール。
刹那のパートナーとして戦ってきた、最初の相棒だ。
そしてデビルを伴う彼こそは選ばれた子供。デビルチルドレン。
人間界から呼び寄せられ、魔界を救うべく活動する救世主の一人である。


「それで、どうするんだ刹那。はっきり言ってこの事態はイレギュラーにも程があるぞ」
「ああ、わかってる」

クールの問いに頷く刹那。この状況での行動を如何なるものにするか、という問題への対処。
魔界の反乱軍領で休眠を取っていたと思ったら住み慣れた人間界のマンションで起きたのだ。完全に唐突な拉致である。

「大魔王や、天使の仕業ってわけじゃないんだろう?」
「ああ、そうだとしたらこんなやり口は面倒に過ぎる」
「じゃあとっとと帰るに限る。ここにはなにもない。ニセモノの街に帰ってきたって意味がないんだ」

久しぶりの穏やかな時間は、求めていた形とまったく違っていた。
ニセモノの街。ニセモノの役柄。どこにもいない、大切なもの。
疼く体。胸の内で大きくなっていくしこり。違和感は見過ごせず。安息なんてここにはなかった。
刹那の目的はひとつだ。一刻も早くこのくだらない儀式を終わらせて、魔界に帰ること。

「なら――――――」



「ならば、君は聖杯を前にしても何も望まないというのか?」



そう聞いてきた声は、クールのものではなかった。
聞く者の耳を離さない、重厚な声。若くはないが、かといって老人でもない。けれどその響きは秘境の奥地で座り込む仙人の如き老境に入っていた。

「キャスター。なぜここに?」

刹那もクールも、風と共に現れた人物に驚きは見せない。彼が己のサーヴァント―――聖杯戦争を戦う新たなパートナーであることはとっくに了承済みだ。
ただ、ここに来た理由を尋ねるのみだ。

「主の様子を見に来てはいけないかね?」
「いつも陣地の奥で引っ込んでいるヤツが言うことかよ。いいから本題に進めてくれ」

心中の思いを憚ることなく吐き捨てる。
どうせ黙っても、この魔術師はそんな機微すら掴んでしまうだろう。
キャスターは特に機嫌を損なうこともない。

「性急だな。やはり君も感じているか。戦いの始まりを」

無言で通す刹那だが、台詞には同意だった。
根拠があるでもない、ただの直感。しかし感じている。戦いの気配。争いの予兆というものを。

「ではこちらも切り出すとしよう。受け取り給え」

キャスターは手を差し出した。
細い、刹那でも掴みかかれば折れてしまいそうな腕の掌には、数発の筒が転がっている。

「……もうできたのか」
「君の持つ魔銃の規格にある銃弾の加工には少々手間取ったがね。そこが終われば後は容易いものさ」

腰にかけていた銃―――デビライザーを手に取る刹那。
当然ながら銃刀法違反にあたるような形状と仕様の品だがその本質は別。弾に込めたデビルを召喚式を省略して打ち出す召喚器だ。
傍にいるクールも、弾丸状に収めた状態で銃から撃てば召喚される。その弾をキャスターが解析させるよう求めてきたのが一両日前だ。
そして現在、こうして新たな悪魔を補充した状態で魔弾を量産してみせた。
その気になれば向上的に生産することも可能だろう。英霊といわれるに値する手腕だ。

「タフムーラスの名に恥じぬよう厳選した悪魔(ダエーワ)だ。存分に使うといい」

それもこの英霊の来歴を知っていれば当然だ。この男こそは古代イランにて究極の悪神すら従えた王。
遍く悪を束ねることを以て善政を為した名をタフムーラス。
デビルを従えるという点では、刹那よりも遥か上をいく正真の召喚師(サマナー)だ。

「能力の詳細は後で伝えよう。使用可能かどうかの実験も必要だしね」
「なんか変なヤツ仕込んでねえだろうな」
「そんな不備は犯さないよ。むしろ君のことを伝えたら悦んでその麾下に加わりたいと申し出た輩もいたぐらいさ。
 伝説のデビルチルドレン、かの大魔王の血を継いた子の尖兵となれるとね」
「……俺はそんなんじゃない」

弾丸を受け取りながら、刹那はそう否定した。
そう。大したものじゃない。力の限界を彼は常に経験してきた。
デビルチルドレンと持て囃され、舞い上がっていた驕りなど雪崩の中に消えた。
救えなかった者。間に合わなかった者。助けるどころか自分の手で死なせた者。
一番助けたかった人にさえ、この手は届かなかった。
戦いばかりの日々で体は傷つき、心は擦り切れる。
腹に何か入れてもすぐに戻してしまうぐらい、追い詰められていた時期もあった。

頭上からキャスターの視線が突き刺さる。弾丸を取るため近づいたから逸らすこともできない。

「自らの非力を悔い、それでも使命を全うせんとする君が、本当に聖杯に託す望みはないと?」

やっぱり、嫌な目だ。こっちの考えてること、特に見透かされたくない箇所を暴き立ててくる深遠さ。
王故の上から目線というやつか。幾つもの国で王族と付き合ってきてる刹那には良い印象はない。何を聞かれても動じるものかと睨み返す。

「……何が言いたいんだよ」
「愛した者との再会を願うことは卑しき願いではない、という話だよ」
「ッ!!??」


盛大に吹き出した。
まったくの慮外からの不意打ちは歴戦の刹那をして見事に決まり、余裕を奪い取った。


「テ……テメ、何ッう、うるせェよ!?」
「刹那、彼はもう何も言ってないぞ」
「いや、これは私の失態だケルベロス。すまない、少し踏み込みが過ぎた。恋心というものは実に複雑怪奇で」
「うるせェッッての!!!」

慌てふためいて喚き散らす姿は、なるほど確かに伝説の救世主だとは思えまい。
肩で息をする姿はどこにでもいる、多感な少年そのものだ。

「ああそうだよ。会いたいよ。俺は未来と、もう一度会いたい。そのために戦ってきたんだ」

一分ほど経過しただろうか。落ち着きを取り戻した刹那は素直にそう答えた。
要未来―――もう一人のデビルチルドレン。そして幼馴染の少女。刹那が会いたいと願うひと。
何をしたいわけでもない。話したいことがあるわけでもない。
ただ、会いたかった。それだけだ。
他に何も考えられないぐらい、未来ともう一度会いたかった。

「その途中で色々戦う理由はついてきたけど、結局はそれが一番の理由なんだ」

右の拳を、強く握り締める。手の甲に突き刺さった傷は腕ごと消えている。
不出来な似姿(ドッペルゲンガー)によって奪われた箇所を接げ直した、真新しい義手は以前の機能と一切淀みなく、だからこそ違和感が拭えなかった。

「では、この地にて戦う覚悟を決めるのだね?」
「出来るだけの事はする。救える命は救いたい。けど帰る手段が本当にそれしかないとしたら、避ける気はない。戦って帰るだけだ」

戦わずに終わらせたいなどと、泣き言は言わない。
デビルだからと繕うつもりはない。敵であるのなら、回避できない戦いであれば、刹那は躊躇なく引き金を引ける。そうした強さを得てしまった。
そこは狂気の一歩手前だ。道を外せば容易く堕ちる危うい狭間。

「クール」
「言わなくてもいい。俺は刹那を信じるさ」

多くを語らない相棒の存在が有り難い。
決して自分の為すべきこと、やりたいことを見失わず一線を超える真似を堪えることができるのも、また刹那の強さだった。

「……善に在りながら悪を貫き、悪に堕ちることなく善を為す。
 宜しい。我がマスターに相応しい人間だ」

キャスターは深く頷く動作をする。英霊も理解していた。齢にして十五も超えぬ身の肩に運命の重さに屈せぬマスターの鍛え抜かれた強靭な精神を。

「未だ英雄(クルサースパ)は降臨せず、蛇王(ザッハーク)は山に縛られ邪悪を垂れ流している。
 世界が善(ウォフ)と悪(マカ)に分かたれているのは、それが最も安定した状態であるからだ。我が子ジャムシードはそこを誤った。
 善を極めすぎたが故に天秤の均衡を欠き、差を埋めるに足るだけの悪を招いてしまった」

召喚されたサーヴァントである限り、彼にも願うものはある。
完全な善も絶対の悪も存在し得ない。両面があってこそ世界は調律される。皮肉にも、自身の後代の犯した冒涜がそれを証明してしまった。
キャスターが目指すのはこの世全ての悪の根絶ではなく、悪の制御。悪を世界を構成する一片と認め、受け入れることが平和をもたらす。そう確信している。

「数多のゾロアスターの系譜から、私が君のサーヴァントに選ばれたのは天の命であるようだ。魔と天、そして人の調停を保つ者の使命を果たせと」
「悪いが天使にも悪魔にも従う気はねえよ。なにせどっちにもケンカ売ってる身だ」
「それでいい。偽りなき己が魂にこそ従うのが人間だ。それがいずれ、望む願い(みらい)に辿り着かせよう」


つまりは、この男はどこまでも、人間の性を信じる者なのだ。


「では――――――」
「ああ――――――」

夜が更ける。聖杯戦争の始まりを告げる刻が近づいてくる。
悪魔の血を引く少年と悪魔を従える王。因果の鎖が招く結末は遠く、未来は見えず、ただ刹那を走り続ける。
その信念を胸に、両者は契約の言葉を告げ合った。


「今後ともよろしく」








【クラス】
キャスター

【真名】
タフムーラス

【出典】
『王書』

【性別】

【身長・体重】
176cm・55kg

【属性】
秩序・善

【ステータス】筋力E 耐久D 敏捷E 魔力A 幸運D 宝具C

【クラス別スキル】
陣地作成:B+
 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
 “工房”の形成が可能。
 召喚した悪魔の協力で大幅な増強が可能となる。

道具作成:C
 魔力を帯びた器具を作成できる。
 召喚に特化してしまった為か、道具作成能力は並レベル。ただし召喚した悪魔に作らせれば話は別である。

【固有スキル】
千里眼(悪):D
 千里眼としてのランクは低く、遠くを見通せるものではない。ただし、目の前の人間の悪の欲望や真理を見抜き、暴き立てる。
 元々の眼力と、従えた悪魔から得た知識と合わさったスキル。

召喚術:A
 過去、あるいは未来から霊体を喚起する魔術。
 タフムーラスはゾロアスター教に連なる悪魔(悪心を司る神霊や精霊)を召喚する術、そしてそれを使役する呪術を極めている。

動物支配:A
 言葉を持たない動物を支配し、組織することが可能。
 単純な動物であれば、思念を送るだけで使い魔とする。

善神の加護:B
 善神スプンタ・マユの寵愛を授かっている。
 悪属性の敵に対する能力低下(デバフ)の成功率が上昇する。

【宝具】
『この世全てよ、善を見上げろ(ヴェンディダード・シーダースプ)』
ランク:C++ 種別:対悪宝具 レンジ:1~60 最大補足:600人
 あらゆる悪を縛る善聖の鎖。
 悪性、悪心、悪意、悪徳……悪の側に立つすべての概念に反応し抵抗判定を無視して絡み付く。
 条件に含まれれば、たとえ最高神であっても逃れられない対悪宝具。
 捕まったものはタフムーラスに支配の概念を刻まれ、意のままに操られる。
 反面、善なる者には見た目通りの鎖でしかななくなる。
 「悪とは滅ぼすものではなく善によって制御するもの」という、タフムーラスの理念の具現といえる。

『weapon』
召喚した魔神を戦わせるのが攻撃手段。
神獣に等しい霊格ですら呼び寄せられるが、完全な神霊となると条件は厳しくなる。

【解説】
ペルシアの叙事詩『シャー・ナーメ』に登場する、古代イランの第3代目の王として30年統治した。
彼の功業の殆どは、「悪魔を束縛し、使役した」という点に収束される。
なにせイラン神話での最高の悪神アンリマユ(アフリーマン)すら従え、倉の上に跨り世界を駆けたという逸話すらあるくらいだ。
そこからライダーの適性も持ち合わせている。
また悪魔だけでなく、獣を訓練し戦闘に使用したのもタフムーラスが初めてであるという。

これほど悪魔の使役に長けていたのも、彼の最も信頼のおける宰相シーダースプの存在が大きい。
実はアンリマユすら退かせるほど術に長けていたシーダースプこそ、善の最高神スプンタ・マユの化身であったからだ。
彼の教練を受けたタフムーラスは一流の魔を縛る呪術師となり、その能力を悪に用いることもなく悪を敷く善王になった。

善悪二元論。
預言者ゾロアスターが授けたアヴェスターに基づくイラン世界の基本論。
世界は善と悪に分けられ、このふたつは常に隣り合い、対立し、共に相克して存在する。
完全なる悪も善も、それのみでは単独で成立し得ない。
ゆえにタフムーラスは悪の根絶を求めない。人の悪心を認め、それを善心によって抑え、意のままにすることこそが在るべき世界であると。

タフムーラスの事業、功績は息子である聖王ジャムシードに完全な形で引き継がれることになる。
人と悪魔のみならず、天使すらも手に収めた完璧なる善を極めたジャムシードは、それゆえに傲岸となり神の寵愛を喪ってしまい
アンリマユの化身、最悪の蛇王ザッハークに取って代われ、古代イランは暗黒時代に突入していく。

【特徴】
色素の薄い頭髪に濃い色黒の肌をした、痩せぎすの男。さほど老いてはないが見識からくる仙人のような雰囲気が老人に見せる。
掴めば折れそうな細さだが、それを許さない深い眼光、威厳を感じさせる佇まいをしている。
服飾は白を基調とした、潔白な神官や祭祀といった印象。

【サーヴァントとしての願い】
この世全ての悪の支配。
悪心は人から消えて無くなるものではなく、善心で制御するものである。






【マスター】
甲斐刹那@真女神転生デビルチルドレン(漫画版)

【能力・技能】
小学生ながら修羅場をくぐり抜け下級のデビルなら素手で殴り倒し、自ら剣を取って前線で戦う。
右腕は天使との戦いで切断されており、精巧な義手をつけている。

【weapon】
銃型のデビル召喚器デビライザーを所持。現在の手持ちはパートナーデビルであるケルベロスのクール。
(本人にとっては忌むべきものだが)敵のゼロ距離で発射して使い捨ての弾丸にしたり、推進に応用している。
キャスターが召喚した悪魔を加工すれば、新たな仲魔にできるだろう。

【人物背景】
悪魔の血と力を宿すデビルチルドレン。
魔界の危機を救うべく人間界から呼び出され、当初はその使命に陶酔と憧れを持っていた。
しかし激しい戦い、呆気なく散っていく仲魔達、そしてライバル視しながらも大切に思っていた要未来との別離……
体は傷つき、心は擦り切れ、戦う姿は自暴自棄にも見えるが、再び未来と会うために生きて行くことを誓っている。

【マスターとしての願い】
未来との再会。聖杯に願うというよりは魔界への帰還が目的。
いざという時には戦う覚悟はある。

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最終更新:2017年08月04日 05:22