教えてよ、まだ知らないハナシ

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『…これはこれはみなさま、当サーカスに再びお越しいただきありがとうございます』

『こうして再び皆様の前でショウを演じられる事こそ、この道化至高の喜びで御座います故』

『さて、今宵紡がれる演目は役者変わらず、二つの暗黒の太陽が織りなす『感染』の物語』

『怪奇なる物語は感染し、この冬木の都市は狂気に浸食されて行くのでございます』

『では、開幕ベルと参りましょう…』



▼   ▼ ▼



才賀グループ。
家電、時計、コンピューターに加え、この世界では医療分野にまで事業を展開、牽引している、押しも押されもされぬ大企業。
その影響力は絶大で、工学界は勿論、医学や財界、政界にも強固な基盤を有する。
冬木で才賀グループに迫る企業があるとすれば、近年人材派遣コンサルタント企業として頭角を表してきた『KING』位のものである。
そして、その社長、才賀貞義。
元の世界で以前まで得ていた、表向きの肩書と変わることなく、
それこそが、この聖杯戦争で、白金/ディーン/フェイスレス指令に与えられた役割(ロール)なのであった。

「まぁ、大変ではございませんか?マスター、二足の草鞋を履く何て…」
「慣れてるからダイジョーブダイジョーブノープレブレムだよ~ん
社長って言っても、この邸宅からたまーに電話で指示を飛ばすくらいだし、
目下僕自身がやらなきゃいけない仕事はKINGの社長さんとの談合位だしねェ」

くるくると数十万は下らぬであろう回転式ルームチェアーに腰掛け、才賀貞義の顔でフェイスレスは己の従僕に答える。
彼の従僕であるランサーも子供用ルームチェアーに正座で座り、己のマスターに倣うようにくるくる回る。
その顔はコーヒーカップを楽しむ年相応の子供の様で、楽しそうだった。



「それよりも重要なのはさ、コイツだ」

ぴた、と回転していた椅子が静止する。
示し合わせていたかのようにランサーの椅子もほぼ同時に停止し、二人は向き合った。
ランサーの視界の先にいるフェイスレスの手で輝くのは、彼をこの街に連れてきた乙女座のカード。
そして今、そのカードは聖杯戦争の開幕と、討伐令の発令を告げている。

「ランサー、単刀直入に言ってさ、連中に勝てそうかい?」
「……私も当代最強を背負う妖ゆえ、簡単に遅れを取るつもりはありません、ただ死力を尽くしても単独では敗走は免れぬかと」
「素直でよろしい。
うーん、やっぱりアポリオンで見たバッターとライダーってのがアイツらなら、
まともにかち合うのは御免だよなァ、それに報酬がデカすぎるのも気になるし」

令呪十画、と言うのは通常、マスターに与えられる初期令呪三画を考えれば正に破格の報酬だ。
もし消費なしで報酬を得られればその総数は十三画、初期値の四倍以上である。
そうなれば優勝は確実…とまでは行かずとも、それにグッと近づくのは間違いない。
トランプで言えば、ジョーカーを複数枚手に入れられるのだから。
加えて、希望者は元の世界へ送還することも可能だという。
もしこの聖杯戦争に乗り気でない、巻き込まれただけの人間がいたとしても、帰還を目指してこの討伐令に乗ってもおかしくない。
運営に対する反逆者とは言え裁定者達は、余程この野球選手のユニフォームというとぼけた恰好をした男と、男のサーヴァントを排除したいらしい。

「まぁそりゃどうでもいいとして…問題はボク達がどー振る舞うかだよねぇ、まともに鉾を交えるのは避けたい。
でもただ報酬を見逃すのは惜しい―――となると、だ。やはり正義の人形破壊者フェイスレス司令の路線と行こうか」
「?」

主の言葉の真意を測りかね、頭上に疑問符を浮かべるランサー。
そんな彼女に「何、難しい事じゃない」と相変わらずの笑みでフェイスレスは続ける。

「つまりは同盟さ。できるだけ他のマスター君達に火中の栗は拾ってもらう、
その代わりボク達はアポリオンや才賀グループ、場合によっちゃあ君の力も使って全力で情報、資金、人払い何かのサポートをするって事だよん」
「成程…それならばマスターの選定は重要で御座いますね」
「それなんだよねェ~悩ましいところさ」

できる限り”しろがね”達のように使命に燃えており、御しやすいか、それでいてバッターの主従に抗しうるだけの主従が良い。
それを考慮すればアポリオンを跳ねのけた十騎余りのサーヴァントは除外だ。
実力は折り紙つきであろうが、彼らはまず間違いなく操り人形(マリオネット)の器では収まらないであろうから。
操り糸を断たれ、その曲者揃いの矛先を此方へ向けられれば間違いなく苦境へと立たされるだろう。
例え御しやすくとも、弱すぎる主従も除外だ。生半可な実力では返り討ちに会うのがオチだろうし、その返り討ちにされた主従から自分達の情報が洩れれば待ち受けるのはバッター達の粛清である。
あのアポリオンを一息で破壊して見せたライダーは勿論、そのマスターであるバッターもただの野球選手でない可能性が高い。
仮にただの野球選手でもライダーの圧倒的な力のせいでアポリオンが近づけないのだから、ゾナハ病での制圧も望めない。正しく難敵であった。


「とは言え、ボクもマスター全員を補足できてるワケじゃあない」

通常、多くのサーヴァントは戦闘時以外は霊体化している。
彼等の多くは歴史に名を刻んだ英傑達だ。ただでさえ存在感のある彼等が装いそのままに出歩けば間違いなく目立ちすぎてしまう。
そこで霊体化しておけば実体化時にかかる魔力の節約ができ、不可視の霊体であるため肉眼やカメラも気にする必要はない。
アポリオンはこの冬木全域を監視カメラの様に撮影、記録しているが、霊体化したサーヴァントまで捉えられるものではないのだ。
逆にアポリオンを処理してのけたサーヴァント達の大まかな位置は掴めるが、上述の通り今はフェイスレスの方から積極的に関わるつもりはない。
と来れば、後は地道にアポリオンから伝わる映像を吟味するほかなく。

『ハイッ、この吉岡、何としてもこの大口契約纏めて見せます!』
『プロデューサーさん!カワイイボクの次の仕事は何ですか?』
『ハー、ダる。この後のバイトバックれない?』『お姉ちゃんマジダウナー』
『もげ!もげ!チチを――』
『ヒャア!汚物は消毒だぁ~!』
『どぼぢでごんなごどずるのぉぉぉ!?』

画面に広がる光景は目まぐるしく切り替わっていく。
リアルタイム映像だけではなく、フェイスレスが社長業や自動人形作成のため外出していた昼の時間の映像もあった。しかし、目当てのサーヴァントの姿は確認できず。
本選開始に伴いどの主従も慎重になり、今は凪の時間とも言うべき時なのかもしれない。
これはサーヴァントを見つけるまで中々大変そうだ―――そう思った時、ランサーの脳裏に一つのひらめきが走る。

「マスター、画面を切り替える事はできますか、
出来るだけたくさん、人が映っていて一時停止した状態で。後、電話をお借しいただけるでしょうか」
「ん。いいけどさ、どうするの?」
「私が百鬼を統べる妖である、と言う証明を致しましょう―――正し、私流の百鬼ですけれど、ね」

黒の喪服じみた和装の少女はにこりと、静かに微笑み、切り替わったモニターを横目で見ると、
フェイスレスの差し出したスマートフォンを受け取って、
ひたすらに『0』のキーパッドを、打ち込めるだけ打ち込み、通話のボタンを押す。





――――――そして、その瞬間音が消えた。


ぷつりと、スイッチを切ったかのように、ブレーカーを落としたかのように、分厚いカーテンを閉めたかのように、だけれど何の前触れもなく。
称して、無音円錐域(コーン・オブ・サイレンス)。
UFOの接近、タイムスリップ、異界存在との遭遇時など幾つかの怪奇現象の発生時に起きると言われる異常現象。
そこでは、一切の音が消え失せる。雑音など存在すら許されない。
完全に無音となった空間で、少女の声だけが朗々と、響く。




「時に、こんな話を知っているでしょうか?マスター。
電話には今も、異界へと通じている番号がある―――――」

ランサーが博物館の学芸員(キュレーター)の様に語るのは、
電話が普及しだした時代から、現在に至るまで、語り継がれる不朽の、しかし取るに足らない子供騙しで信仰などとは縁遠い都市伝説(フォークロア)。
通常なら、繋がるまい。繋がるはずもない。
しかし、かけているのは人ではない。ランサーは、百鬼を統べる化生であり、そんな現代の取るに足らない噂話が生んだ英霊だ。
彼女の訪れとともに末路わぬ者共の時間は終わる、百鬼一体の例外もなく。
故にこそ、妖達の支配者。そして、そんな彼女が存在しない番号に電話をかければ、

桜色の唇に人差し指をあて、ランサーは呪文のように囁く。

「信じようと、信じまいと――――」



―――――おぎゃあああ。




『空』が、鳴/亡いた。
かくして、子供たちの悪夢は泡と溢れ、子供達の悪夢(フォークロア)は現実のモノとなる。

「――アンサーくんですか?」

どうやら本当に、かかるはずのない番号は、何某か――否、ナニカにかかったらしい。
ランサーは一時停止し、画像の様になったモニターに映る大勢の人々に向かって指を突き出す。

「はい討伐令に……はい、…四段目の…右側……一番下と…その上も、はい、はい。
後…左……二段目……はい、はい……はい。分かりました。ありがとうございますね。アンサーくん」

少女が白磁のように細く白い指でモニターをなぞった後、通話は切られる。


「マスター、この中に四人、別のマスターいらっしゃった様です」

ランサーが通話を切るのとほとんど同時に、モニターが切り替わった。
勿論、フェイスレスは操作などしていない。
映っていたのは、少女の文言通り四人、男性が一名に女性が三名。
ラバーマスクを被ろうとしている成人男性。
額に脂汗を浮かべて何かから逃げ延び、安堵した様な顔の、左右に跳ねた紫がかった長髪が印象的な女性。
モヒカンの暴漢をぶちのめしている、お団子頭の意志の強そうな女性。
その女性にお礼を述べている様子の紫がかった髪色の眼鏡少女。

「こちらがマスターの案に協力して頂けるカモシレナイ…方々になります」

そりゃ、かもしれないなら可能性が1%でも99%でも同じだよなと思いつつフェイスレスは尋ねる。

「そりゃ、さっき電話してたヤツに聞いたのかい?」
「えぇ、アンサーくん…別の名前では『さとるくん』『怪人アンサー』とも呼ばれておりますね。
彼に電話をかければ一晩に一度、知りたいと思う事を教えてくれるのです
外れた事は、私の記憶ではございません」
「へぇ、そりゃ凄いや」

ふふんと鼻を鳴らしてランサーは得意げに平たい胸を張る。
表情豊かな少女であった。

「妖数多くとも、百鬼を統べる妖である私以上にこう言った事を得手とするのは、
夜だけではなく、日中でも力を振るえる本家本元のフォークロア/都市伝説(おとさま)位のものですよ」

とは言え、マスターの「あぽりおん」が無ければここまで簡単には行きませんでしたけれど、
そう言うランサーの顔は相変わらず微笑んでいて。
フェイスレスも胡散臭い笑みを返す。
ランサーの言う通り自分の用意したテクノロジーとランサーの能力を組み合わせることで全く労さずして四人のマスターの顔を割り出すことができたのだから。
フェイスレスは口を開き、賞賛の言葉の一つでも吐こうとする。
そして、気づく。静かすぎるのだ。先程よりも。


「マスター。頭を下げていただけますか?」

瞬間。


「――――ぉぎゃ唖ぁ唖嗚呼!!!」

叫声と共に、奇妙な侵入者が部屋へと押し入ってきた。
同時にランサーの手のひらに光が満ち、
紅い瞳と毛先、煌いて、


……
…………




「……これが先ほど話したアンサーくんに御座いますよ
彼はやんちゃで脳みそしかなく、質問に答えた相手の四肢を貰おうとするのです、困ったものですね」
「なーんだ。腕や足の一つや二つ、作ったげたんだけどなぁ」
「ふふ、マスターならそれもできたでしょうね」

脳だけの胎児の様な怪物のバラバラ遺骸。その前で主従は朗らかに語り合う。
一瞬、であった。
ランサーの放出した光の槍は、振るう事すらなく、フェイスレスですら呆気に取られる速さを以て、襲い来る異形をバラバラに解体したのだ。
速度を測れば、本当に光の速度に匹敵していたかもしれない。
「錬金術師のマスターにあやかって、○ン・ライト・○ートとでも改名しましょうか」と本人は頬に手を当てホホ、とふざけていたが、
現代最強の妖怪を自称するのは伊達ではないらしい、男は満足げに顎の髭を撫でようとして、今は貞義の顔であることを思い出した。

「さて、いかがなさいましょうかマスター。お望みなら、今すぐにこの四人の元へと参れますが」
「今すぐにぃ?」
「えぇ、ただし夜明けまでの間でこの方々がベッドで寝ていなければ、ですけれど。
聞いたことがありませんか?『ベッドの下の殺人鬼』」

曰く、顔さえわかればその人物のベッドの下へ赴くことができるそうで。

「……く、くくあっははははは!そりゃあ面白い!!」

勿論、リスクもある。
アポリオンを退けた主従とはあべこべで、マスターの顔は分かれど、サーヴァントは未知数なのだから。
会いに行くとしても残念ながらこの身は一つだ―――今はまだ。
だから本当なら全員一遍に会いにいたいけれど、誰にコンタクトを取るか、選ばざるを得ない。
あえてコンタクトを取らず、アポリオンや今も製造を続けている自動人形たちに暗殺を命令するという手もある。

「あぁ―――それとマスター。こちらの方も準備は終わりました」

ランサーの手からスマートフォンが返される。
その画面は先ほどまでのキーパッドではなく、いわゆるSNSの画面であった。

『夜の冬木に表れる奇妙な人形達』
『真夜中のサーカス』
『喘息をともなった奇病』

SNSにはこの冬木に広まりつつある噂話が集約されていた。
マッチポンプ的に、ランサーやフェイスレスが雇った者達が急速に広めているのだ。

「こうやっていれば、すぐにマスターのお作りになられた人形も私の眷族として神秘が付与されていくでしょう」
「おーう。いいねぇ、仕事が早い。じゃあ僕も根回しが終わったら動くことにするよ~ん」

安っぽい噂話、同じ都市伝説でも真に伝説めいた『白い騎士』のものとは比べるのもおこがましい。
しかし、そんな安っぽい信仰、質の悪いフォークロアこそ、彼らの使い勝手のいいサブウェポンだ。
直ぐに自動人形たちの噂は広まるだろう、何せ、実際にいるのだから。
邪悪な笑みを浮かべて、フェイスレスはランサーと手を取り合った。
策謀の糸は垂らされ、噂は広がる。
狂気の錬金術師の聖杯戦争は、今ここに、真に幕を開けたのだ。



【D-6/フェイスレス邸/1日目 午前3時】

【フェイスレス司令@からくりサーカス】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[虚影の塵]無
[星座のカード]有
[装備]自動人形作成中
[道具]邸宅の地下を工房に改造している
[所持金]大富豪
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲得し、フランシーヌを手に入れる
1.補足したマスターと今すぐコンタクトを取るか思案中
2.同盟してもらえるかは余りアテにしていない、してもらえなければアポリオンや自動人形で暗殺方向に切り替える。
3.稼働できる自動人形を増やしたい
4.アポリオンを退けた主従とも頃合いを見て接触する。
[備考]
※冬木でのロールは『才賀グループ社長・才賀貞義』です。
※トゥワイス、隼鷹、徐倫、マシュの主従を捕捉しました。
※昼に『KING』との会合を予定していますが蹴るかもしれません。

【ランサー(空亡)@真珠庵百鬼夜行絵巻】
[状態]魔力消費(極小)
[装備]光槍
[道具]無
[所持金]同上
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに勝利を
1.頑張りましょうね、マスター
※ランサーのスキル『百鬼夜行』により、妖怪や都市伝説の怪異を眷族として召喚できます。
※人形や奇病の噂が広まれば人形達や『ゾナハ病』もランサーのスキルによって神秘を帯びるかもしれません。




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『…いかがでしたでしょうか現代が生んだ矛盾の妖と、地獄の機械が織りなす怪奇なる物語は』

『運命の歯車が回りだす、終わりと始まりのプロローグ―――しかし今宵は残念ながら閉幕の時間がやってきた様です』

『そしてこの名も無き道化の仕事もどうやら此処までのようで…蜘蛛の後身に任せ、ここから先は一観客として見守らせて頂くことになるでしょう』

『では、今宵満足いただけたお客さまも、満足いただけなかったお客さまも、次お会いした時に、蜘蛛の彼の手によってより満足頂けることを祈りつつ、一時閉幕となります…』

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最終更新:2018年02月12日 22:07