むかしむかし、あるところに心優しい『浦島太郎』という若者がおりました。
☆
聖杯戦争の舞台・即ち戦場として用意された『冬木市』には、不釣り合いにも日常がある。
きゃいきゃいと子供は騒がしいし。
サラリーマンは汗水流して仕事やサービス残業。
主婦は家事をこなし、近所の仲間と立ち話。
平凡でありきたりだ。
魔術だとか、英霊とは何ら無縁だというのに……不可思議な光景を、一人のマスターが傍観している。
「あのガキ、忘れちゃいないぜ。昨日、俺のズボンにアイスクリームつけやがった奴だ」
穢れない表情で公園で駆けまわる子供に悪態つくマスターは、日本の『冬木市』には似合わない異国人だ。
―――ドナテロ・ヴェルサス。
本来はアメリカに居た彼は、マスターとして選ばれる際。
『星座のカード』を手にしたのが記憶に新しく、一瞬のことで直ぐに理解が追いつかなかったが。
確か、そう。
自分が手にしたカードは『うお座』の星座が刻まれていた気がする。
どこかの雑誌とか、何かで星座のマークくらい、何となく知識にあったのだ。
星座に意味はあるのか?
彼の場合は、召喚したサーヴァントが関係あったからこそ納得している。
真名を教えて貰ったのだ。
ついでに、自身のサーヴァントの逸話に関しても調べてみたのだが……否、調べる、なんて表現はおかしい。
「本当に大丈夫なのかよぉ。本当に『使える』か怪しいぜ、あのサーヴァントッ。
一体どんな野郎かと調べてみりゃ、『おとぎ話』の登場人物だって!? 冗談じゃないぜ!」
古典的なものじゃない。
少し歩いた場所にある小さな本屋にも置かれて違和感ない、子供向けの絵本の英霊だった。
既に駄目だ。
過去の英霊なら、『ジャンヌ・ダルク』とか『ギルガメッシュ』とか。
そういう戦える類の英霊じゃなければ、勝ち目すら薄いだろう!
めでたしめでたしで終わる物語にいるモノなの、程度が知れている。
ヴェルサスが早くも行く先に不穏を感じながら、冬木市の舞台において自宅と設定されてある場所へ目指す。
住宅街を歩むところ。
ある光景を目にしてヴェルサスは、咄嗟に止まった。
「くそ~~! あのババア、また水撒いてやがる! いい加減にしろよ!!」
家の前で、涼しくする為なのか。猫除けのつもりか。
あれでも掃除の一環で行っているかもしれない近所の老婆の水撒きに、ヴェルサスは苛立つ。
不運なヴェルサスは、彼女の水撒きに巻き込まれ、怒鳴った経緯があった。
一方で、老婆の方は反省する愚か「印象の悪い外国人」という余計な噂を近所で言い触らしたのだ。
「ますたぁ。どうなさいましたか、お帰りの途中でしょうか」
「ッ!」
音も無く背後にいた女性。
ヴェルサスのサーヴァントであるライダーの声に、流石にヴェルサスも飛び上がるように振り返った。
驚愕は続く。
ライダーの格好は晴れやかな着物。
現代の日本では、異常な格好で派手で目立つ。
しかも、買い物袋を手に微笑んでいる事か。コレで町を徘徊するという正気を疑う光景だった。
ヴェルサスは、どうにか声量を抑え、ライダーに問う。
「おまっ、お前! まさか『それ』でウロついたんじゃねぇだろうなっ!?」
「そう仰いましても……ますたぁ、昨日お話ししたではありませんか。
わたくしが食事を用意するので、買い出しに行きますと。ちゃんと伝えましたとも~」
「ちげぇよ! お前馬鹿か!? 俺の方が馬鹿な訳ねぇよな! 常識を考えろよ!!」
「はあ」
とぼける様子のライダーにヴェルサスは、いくら女でも容赦したくはない衝動に走りそうだった。
だが、視線を感じた。
ポカンと眺める老婆。
ヴェルサスは嫌々振り変える矢先。ライダーが「こんにちは」と老婆に挨拶すれば。
老婆は何故か笑顔で「こんにちは。まあ仲が良いのね」なんて世辞を投げて来るのだ。
なんでだ?
ヴェルサスも異常を覚えるが、老婆は嫌な様子なく家に引き返している。
ライダーは涼しい顔して先へ向かう。
恐る恐るヴェルサスがライダーに追いつき、尋ねた。
「お、お前。あのババアに何かしたか?」
「はいぃ?」
「何度も惚けるのはほどほどにしろよ! マスターの俺を差し置いて、あれこれ勝手にやるんじゃねぇ!!」
「ああ!」
ライダーがポンと手を打ってから、にこやかに告げる。
「もしかしたら『何か』したかもしれませんねぇ」
「…………………???」
憤慨よりもヴェルサスは困惑や焦りが募った。
想像以上に、予想外に、『話が通じない』。会話が成り立っていないし。
意志疎通が不完全で、ライダーの言葉も支離滅裂である。
何かしたなら、自分で分かる筈だろうに。彼女は自覚していない風に感じるのだ。
呑気にライダーは続けて語った。
「きっと、あの御方はますたぁに不幸なことをなさったのでしょう」
「あ、ああ」
「わたくしが『なかった』ことにしたんです。だからあの御方は、それを忘れております。
ご心配なさらずとも問題ありませんよ。ますたぁ」
「『なかった』……待て。一体どういうことだ」
そうこうしている内に到着した古びたアパートの一室。
ヴェルサスの部屋へ帰宅した二人。
ライダーは相変わらずマイペースで、部屋に置かれてあったある物を目にし、満足げだった。
「良かった! ますたぁ、見て下さい。これも『なかった』事になっていますよ」
「………………」
差し出されたのは昨日、子供にアイスクリームをぶつけられシミになったズボンだ。
奇跡のようにズボンはシミ一つ残っていない。
ヴェルサスは凝縮された情報に圧倒されながら、必死に思考を巡らす。
『なかった』ことにする!?
老婆がバラまいた悪評も、ズボンのシミも、そういうのを『なかった』ことにしてしまう。
だが、冷静になれ。
ライダーに、そんな能力はあったのだろうか!?
下らない絵本を流し読みした程度で、ヴェルサスは混乱していた。
ヴェルサスは、落ち着いて問う。
「おい、ライダー」
「はい。なんでしょう」
「何の目的でこんな事してんだ。何をするつもりなんだよ」
「まあ……ますたぁ。昨日、貴方様の事情を知り、わたくしは誓いました。
貴方様は不幸の星に恵まれてしまったのならば、少しでも幸福への助力を致しますと」
「これが助力だって?」
「不幸に慣れ過ぎてしまったのですね。幸福は日々の幸せの積み重ねです。
些細な幸福は、ますたぁのお望みではありませんか?」
ヴェルサスは僅かに動揺した。
自分がどんな『幸福』を望んでいるか。平凡な恵まれた日常か? 反論は思いつかない。
それでも、ヴェルサスは躊躇を振り払う。
「………ッ、おい! ライダー」
「はい! 次はなんでしょう」
「これはお前の能力……宝具か? どっちでもいい。くだらない事にしか使っちゃいないよな?」
「くだらない!? まあ、そんな! 貴方様の不幸が取り除かれることの何がご不満なのでしょう!!」
「兎に角ッ『俺の為』にしか宝具は使っちゃいないんだなッ!?」
「はい。勿論です」
質問一つでこれほど苦労をかけるのは何故だろうか。
質問を質問で返された方が、よっぽどマシに感じながら。
今なら間に合う。
闇雲に宝具を使われては他の主従に捕捉されるのは問題である。
しかし、ライダーの宝具は『使える』。間違いない。
前言撤回で、立ちまわれば有益な状況を生み出すものだ。聖杯の獲得も夢じゃない。
「ライダー、宝具は当分使うな」
「それでは意味がありません! 貴方様はそれでよろしいのですかっ」
「いいかッ。まだ聖杯戦争は始まってないんだッ! 正直……お前の宝具は使える。
だからバレたら不味い。最悪、真っ先に敵として狙われるかもな……だから控えるんだ。いざって時に使うんだよ」
「分かりました……」
どこか釈然としない様子でライダーが頷いたのにヴェルサスは、一息ついてから安堵した。
☆
竜宮の乙姫は、浦島太郎に戻ってきて欲しい思いで、全てを『なかった』ことにしました。
彼が生きた痕跡、彼の家族、彼の知る者。彼の人生すらも。
それでも、浦島太郎は戻って来る事はありませんでした。
【クラス】ライダー
【真名】竜宮の乙姫@御伽草子
【ステータス】筋力:E 耐久:C 敏捷:E 魔力:B 幸運:A 宝具:A
【属性】混沌・善
【クラススキル】
対魔力:A
魔術に対する抵抗力。事実上、現代の魔術師では魔術で傷をつけることは出来ない。
騎乗:-
彼女自身が乗り物なので、スキルは皆無。
【保有スキル】
魔力放出(水):A
武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。
水のない場所でも、大した威力の水を出現させる。
変化:C
近代の童話には様々な改変が施され、または浦島太郎の物語にも諸説ある。
少なくとも、この彼女自身が彼の浦島太郎を竜宮へ導いた亀そのもの。
という解釈に基づかれている。
使い魔(海):C
様々な海洋生物を使い魔として出現させる。
ただし、彼らは水辺のある範囲のみでしか行動できない。
【宝具】
『蓬莱玉製開かずの箱』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
誰もが存じているであろう開けてはならぬ箱・玉手箱。
浦島太郎が竜宮に住み遊ぶ間。彼女は彼の全てを奪い去った。
この宝具にはデメリットとメリットが極端にある。
任意の対象に宝具を使用すると、対象に関する情報・歴史・記憶・痕跡。
全てが時間経過と共に抹消されていく。
無論、対象本人の記憶には一切影響はないが、それらが失われるのは
例えば――英霊であれば英霊に至る過程が抹消されたも同然なので、宝具やスキルが失われる。
玉手箱が破壊されたり、第三者によって開放された場合。
ライダーが玉手箱の使用を解除しない限り、対象は問答無用に消滅してしまう。
逆を返せば、玉手箱が破壊・開放されない限り、対象は消滅する事は無く。
殺害された痕跡や記録すら抹消される為、実質無敵状態になる。
『いざ大海原の楽園へ』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:100人
誰かが夢見た幻想の空間・竜宮城を再現する固有結界。
強制的に水中と化すが、別に呼吸は問題ない。
泳げないサーヴァントは身動きが不自由に、水が弱点の相手は確実に危機的状況へ陥る。
が、あくまで客人をもてなす為、対象を『閉じ込める』為に特化したもの。
結界内にいる使い魔の魚達も、よっぽどの事がなければ危害を加えない。
【人物背景】
貴方の過去と未来。全て奪いましょう。
御伽話に登場する竜宮の乙姫。ライダーが基づいた逸話は浦島が救った亀が乙姫だったもの。
彼の為に、彼に関する全てを『なかった』ことにしたにも関わらず。
彼は玉手箱を開けてしまう。
老いた彼はやがて鶴となり、亀の姫と夫婦になったとの一説もあるが、その結末も真実か定かではない。
【特徴】
どこかの絵本に描かれているような美女の姫君。
姫であるせいか、価値観が少しズレている。
【聖杯にかける願い】
マスターを幸福にする。
聖杯を得るまで、出来うる限りの努力をする。
【マスター】
ドナテロ・ヴェルサス@ジョジョの奇妙な冒険
【weapon】
『アンダー・ワールド』
地面が覚えている過去を掘り起こし、再現するスタンド。
スタンドはスタンド使いにしか視認不可能だが
少なくとも、サーヴァントにはスタンドを視認できるだろう。
【人物背景】
『悪』の救世主である男の息子の一人。
恐らく、スタンド能力の影響だろうが、理不尽な不幸続きの人生を送っていた。
故に『幸福』への願望が人並以上にある。
参戦時期は、自分のスタンド能力を理解した頃。
【聖杯にかける願い】
幸せになりたい。
最終更新:2017年05月20日 22:02