白馬の王子様伝説

 ――『白い騎士』がやって来る。
冬木の街に、こんな伝承(フォークロア)が語られるようになったのは、果たして何時の事であったろう。
一年前どころか、インターネットが普及する以前、それこそ、世の人々がまだテレビやラジオを主な情報源としていた時代。
いやそれどころか、千年・二千年もの昔から、古文書・口伝と言った方法で細々と伝えられてきたかの如き、時の重みすら、この伝承からは感じられた。

 ――『白い騎士』がやって来る。
噂の担い手たる人間達の年齢に、纏まりはなかった。
多くの老若男女がその噂を認識していた。無論、手放しに皆が信じている訳ではない。
馬鹿げた話だと切り捨てる者もいる。頭から全て信じ込んでいる者もいる。話の何割かが嘘ではあるが、残りの部分に真実が隠されていると推理する者もいる。
何れにせよ、言える事は一つである。多くの者達がこの伝承を、形はどうあれ、耳にしていると言う事。これだけは、揺るぎのない真実だった。

 ――『白い騎士』がやって来る。
多くの者達がこの噂を認識しているにも拘らず、その形式(フォーマット)は余りにも各人でバラバラ過ぎた。
噂とは一種の伝言ゲームであり、話し手や聞き手の人間性や知性次第で、幾らでも尾鰭が付くもの。
我が国においては、口裂け女、と言う都市伝説こそがまさに、人の話す内容とは上から下に下るにつれて変化して行く、と言う事の一例とも言えようか。

 ――『白い騎士』。
それこそが、噂の核、骨子である。伝承を語る人物が誰であろうと、この部分だけは絶対に変わらない。これを変えてしまえば、全く別の伝承になる。
問題は、この白い騎士の各人の捉え方、解釈の仕方であった。『白い騎士』を、『正義の担い手』であると信じる宗教者もいる。
『白い騎士』を、『白馬の王子様』と呼ぶ夢見がちもいる。『白い騎士』を、『諸悪を裁く審判者』だと確信する者もいる。
『白い騎士』が現れるその時こそ、『世界の終末である』と認識する破滅主義者もいる。『白い騎士』は、『勝利の上に更に勝利を重ねる者』だと恐れる宗教者もいる。
『白い騎士』が果たして誰で、何の為にこの世界に現れ、そして現れれば何を行うのか。それを正確に理解出来ている者は、一人たりともこの街にはいるまい。
そして、各人のどんな白騎士論が、真実のそれであるのか、と言う事も勿論、誰も理解していまい。
真実に到達しようがするまいが、どうしようもなく、人々を取り巻く事情は刻一刻と変化して行き、水車が回る様に時間も廻り、星も自転し、月も秤動する。
つまり、『白い騎士』の伝説など、人々がどう認識しようが、所詮は伝説。伝説とは、歴史と化した嘘である。
遥かな古に、何をルーツに興ったか解らない伝説など、現代(いま)の激動を生きる人間には、慰みにしかならない。
「ああ、そんな話があるのか」、そうと認識しながら、人々は、今日を生きるしかないのである。結局は、この白い騎士の伝説も、人々の知識に彩りを与える程度の小話に過ぎなかった。

 ――『白い騎士』が、やって来る。
空を自在に飛ぶ『白馬』に跨り、宇宙の真理が完全に保たれた『黄金の時代』を再び築き上げるべく。
『白い騎士』が、やって来る。その手で勝利を得、そして築いた勝利の上に、更に勝利を築く為に。

 『白い騎士』が、やって来る。


「……この世界には雑音が多すぎる」

 抑揚のない、淡々とした男の声に対し、ピ、ピ、と言う機械音が相槌のように奏でられた。
彼らは皆、自分達の足元に堆積した、紫色の砂、或いは塵の様な物の堆積を、無感動そうに眺めていた。
シャドウサーヴァント、と呼ばれる亡霊を葬った際に、彼らが残す残滓のような物であるらしいが、つくづく邪魔で仕方がない。
死してなおゴミを残すなど、何とも醜い死に様だ。何も残さないだけ亡霊共の方がまだマシだと、この男は思っていた。

「往くぞ、■■■■。此処には用はない」

 そう男が告げると、彼の背後にいた何者かは、彼の意思を肯定。
直に前に向かって歩き出した男に追随する様に、彼の後を追う。――その瞬間だった。頭上から何者かが、落下の勢いを借りて勢いよく飛び降りて来たのは。

 男の背後にいた者は、バッと手を上げた。右手だった。
刹那。その右手から、太陽が地上にまで降りて来たと錯覚せんばかりの、眩い白光が煌めき始めたではないか。
時刻は、深夜の三時。丑三つ時の深更が、一瞬で、真昼の正午に変わったと思わせる程の白に染め上げられた。
これと同時に、頭上から勢いよく落下し、剣を振り下ろそうとした何者かが、一瞬で、紫色の塵となったばかりか、白色の光で即座に、その塵ごと今度は消滅してしまう。

 眩いフラッシュが、止む。
その瞬間に、男の背後にいた者の正体が、露になる。それなるは、白い馬に跨った、一人の――。

「……この世界には、浄化が必要なようだ」 

 ピ、ピ、と言う機械音が、相槌のように奏でられた。
果たしてそれが相槌であったのか、そうでないのかは、この場には誰もいないので、知るべくもないのであった。

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最終更新:2017年06月07日 00:31