剃髪、と言う習慣がある。長い歴史のある行為だ。
この頭髪を全て剃ると言う行為に人は、贖罪や悔悛、服喪、そして宗教や神学の世界に足を踏み入れる為の儀礼としての意味を込めて来た。
髪を全て剃ったとは言え、髪とは剃っても伸びるもの。これを聖書者や僧は、人の裡から消し去れぬもの、消しても消しても現れるところの、『煩悩』と重ね合わせた。
髪とは、世俗への未練の象徴。そして、宗教神学の世界における、無精髭と同じ程に手入れをしていなければ見っともないもの。
そう考えた古の人間達は、定期的にこれを剃り、己の『まめ』さと、自分が属している世界にどれだけ真摯に打ち込んでいるかを対外的にアピールしていた。
剃髪、俗的な言い方をすれば頭を丸めている人種は誰か、と言う事をこの国の一般の人間に聞いた場合、高い確率で坊主、つまり仏僧であると答えよう。
破戒僧と呼ばれる人種を除けば、彼らの大抵は髪を剃っている。それに日本で仏教と言えば寺であり、寺と言えば禅や密教等の宗派から連想される様な、
春夏秋冬寸暇を惜しみ、厳しい修行に明け暮れる人物達をイメージする傾向に強い。つまりは、ストイックだ。髪を伸ばすなど言語道断、と連想するに相違ない。
――とは言え、そう言ったイメージは、所属している寺によりけり、だ。
寺によっては住職が髪を平気で伸ばしているようなところだって、現代では珍しくない。
現に、此処冬木の街の誰もが名刹と認める柳洞寺の住職――代理だが――ですら、髪を伸ばしているだけでなく、禁酒の戒律すら破っている程だ。
結局の所、彼らが定期的に髪を剃ったり、臭いの強い大蒜や韮、葱等の禁葷食、食肉や飲酒等を控えたりするのは、
外部からの『僧とはこうあるべし』と言うイメージに縛られているから、と言う側面も大きいのかも知れない。
それを気にする人間と、気にはしないがよしとは思わないので戒律を守る人間、そして戒律を破る事とは知ってるし体裁も悪くなるが戒を破る人間。
これらに大別されるのだろう。肝心な事は、戒律を守ったり破ったりしたうえで、どのようにして世故や世界と折り合いをつけ、自分なりの答え――悟りを得る事、なのであろう。
「……平和な国よ」
柳洞寺。
冬木市のほぼ真西に存在する山腹に建てられたその寺は、先述の通り名刹として知られている。
何処に出しても恥ずかしくない立派な寺もあるし、寺の外観が張子の虎にならないような、長い歴史もある。
往年の時に比べれば少ないが、今でも修行僧は大勢いるし、この寺で修行をしたいと申し出る若い僧が出る事も、珍しくない。
男は、この寺の若い僧侶達からは爪弾きにされていた。
単純な話だ。髪を伸ばしていると言う事もそうだが、その髪の色が、見事なまでの金色であるからである。
染めている訳ではない、地毛なのであるが、そうだとしたら尚の事体裁を気にして剃った方が良いに決まっている。地毛が金髪のアジア人の存在など、誰が信じようか。
おまけに、我が強い。剃れと言われても、男は髪を剃らない上に、基本的に大上段からの物言いが目立つ為、実直に修行をしている柳洞寺の僧からは、
鼻持ちのならない奴、と大層嫌われていた。通常この時点で破門か下山の命令が下されようが、その我の強さが今の住職に何故か気に入られ、
お情けで籍を残されているのだ。「何も悪い事をしていないのだから、良いじゃないか」と、空闊とした心で、住職代理の柳洞零観は、彼の存在を許していた。
髪の色が金で、少しわがままなだけで、男――この寺においてカイの名で通っているこの大男は、真面目に修行自体はこなしているのである。
厚手の袈裟の上からでも解る、屈強かつ練磨された、銅像の如くに引き締まった高密度の筋肉を搭載した大剽悍だった。
僧など目指さなくとも、この恵まれた身体つきである。警察、自衛隊、プロレスラー……。凡そ肉体を資本とするあらゆる職業で、男はその天稟を発揮していただろう。
その顔つきは、彫が深く濃い顔立ちながらも、激しい意思と言うものを水で溶かして刷毛で塗りたくったような、男前のそれ。
加えて、顔に刻まれたバツ印状の古傷はどうだ。常ならば見苦しさすら感じいるだろうその傷が、男の顔つきであると、一種の勲章のようにすら受け取られる。
僧である、と言う事実自体が信じられない程、凄まじい存在感と個性を醸し出す男。世が世なら、武力に任せて国すら興せそうな程の説得力を、
彼は全身から発散させている。そんな男が、修行僧の誰もが眠りに落ちている時間に、一人で起き、此処柳洞寺に続く長い石段の一番上から、遥か彼方の冬木の新都を腕を組んで眺めていた。
時刻は夜の十二時。起床の時刻が午前の『三時』の寺すらある程の、典型的な早寝早起きを旨とする僧堂。勿論、今の時間全ての僧は寝入っている。
そんな時間を、男は見計らって起きていた。一人でゆっくり、この冬木の街を観察する時間が、欲しかったからである。
音もなく、草鞋を穿いた状態で、柳洞寺へと続く長い長い石段を下って行く。
誰も、彼が此処を去り散歩に出かけた事に気付いていない。夜だから、ではない。
恐らく真昼の明るい時間ですら、男がその気になれば修行の為の禅室から、誰に気付かれる事もなく抜け出せる事であろう。
その程度の業、造作もない。何せ男がこの冬木にやって来る前に学んでいたものとは、『暗殺拳』。
気配の遮断など基本中の基本であり、ぬるま湯につかり切った俗世の人間に気付かれないよう行動するなど、男にとっては赤子の手を捻るような物であった。
――『カイオウ』。
それが、男の名前であった。地球規模の核戦争によって世界中のあらゆる国家体制、秩序と呼ばれる全てのものが焼き尽くされた、
世紀末世界に生きる魔拳の雄。そんな世界で覇権を勝ち取り、悪の魔王として君臨しようとしていた男にとって、今の世界。
もっと言えば、核戦争前の世界はどう映るのか。毒にも薬にもならない、退屈な世界としか見えていなかった。
明日、水も飲めず、食べる物もなく、ある日突然餓死する世界。それどころか、今日この瞬間にでも、荒野を闊歩する荒くれ者共に殺されかねない世界。
それこそが、カイオウの生きていた世界であり、時代であった。誰もが、こんな時代が終わり、元の世界に戻る事を期待していた。成程、その心境は解らないではない。
だが、彼の様な余りにも激しい性情を抱いている人物にとっては、あの世界こそが天上楽土だった。
暴力で、全てが支配出来る。力こそが、世界を統べるに最も相応しい、シンプルかつ説得力のある理であった。己の力次第で、国をも興せる。
己の力と組織力次第では、人を殺す事も、女を犯す事も、限りある財産を略奪する事も許される。平和を希う民がいる一方で、今の世界が続いた方が良かった。
そんな者達がいた事もまた、事実なのである。勿論、カイオウはその側に属する人間である。
この世界で、力が全て、我こそ魔王と口にした所で、狂人の烙印が押されるだけである。要するに、説得力の欠片もないのだ。これでは、毒気を抜かれるのも当然の事だった。
……尤も、仮にこの世界が、嘗てカイオウの生きた世紀末だったとして、果たして彼が魔王として君臨しようとしていただろうか。
それは、否だった。何故ならば、カイオウを縛る魔王の影、カイオウの心に翳を落していた悪の光は、既に北斗の星を背負う救世主によって、祓われていたからだ。
男の憑き物は既に落ち、悪の覇王として君臨せんとしていた男の姿は既になく。嘗て魔界を知っていた拳法家・カイオウとしての姿が、其処に在るだけだった。
「天も、味な地獄を用意する」
カイオウは、自分が天に還る事が出来ようとは微塵も思っていなかった。
自分は昇天するのではない。堕ちるのだ。八大地獄の最下層、無間地獄の深みにて、永劫の罰を受け続ける。それが、自身の宿命だとすら思っていた。
それで、良いとすら思っていたのに。現実は、冬木の街で燻り続けると言う、ある意味痛みによる責苦よりもカイオウにとっては堪える現状。
あの時、抱いていたヒョウ諸共自身を呑み込んだ、高熱の溶岩。其処に混じっていた星座のカードとやらに触れていなければ、今頃カイオウは、地獄にいた筈なのだ。
彼は、今のこの身を、幸運であるが故に救われたとは思っていない。自分が大罪人であるからこそ、自分は、聖杯戦争。
自身の産まれた時代よりも過去の英霊を使役して勝ち残る、と言う修羅道もかくやと言う戦いに巻き込まれているのだと、認識していたのだった。
「――何故だ」
その声に、カイオウが立ち止まる。背後から、聞こえて来た声。
この世に、カイオウ程の男の後ろを取れる人物など、片手の指で数える程しか存在しない。
斯様な男の背後に回れる等、尋常の手練ではない。低く、威圧的なその声音。この声の主をカイオウは知っている。
その声の主こそが、彼の呼び出したアヴェンジャーのサーヴァントであるからだ。
カイオウが、背後を振り返る。
欠けた月を背負うように、アヴェンジャーは立っていた。筋骨隆々、と言う言葉では尚足りぬ、完全完璧な身体の持ち主である。
浅黒い肌に、贅肉など一かけらとして存在しない、全てが磨き上げられ、鍛え上げられた、銅像もかくやと言うべき肉体は、カイオウですらが唸る程だった。
一九〇cm程もある恵まれたその身体つきは、正に神より与えられた天性の肉体と言う他はなく。 青色のマントと、ブーメランパンツ一枚のその恰好が、神聖で、また、
見る者に不快感を与えず、寧ろ拝跪すらせねばならぬと思い起こさせるのは、この男の身体から発散される、カリスマの故であった。
そして何よりも――強い。
一目見ただけで、あのカイオウが、この男は強い、と素直に認める程の強敵。
断言出来る。もしも拳で互いを表現し合ったとして、軍配が上がるのは、間違いなく目の前のアヴェンジャーの方で。
地に膝を付き、血を吐き倒れているのはこの自分の方かも知れない、と言う自覚すら、カイオウにはあった。それ程までに、目の前の復讐者の実力は、次元が違うのである。
「何故貴様は、そこまで落ち着いていられる」
で、あると言うのに。目の前の復讐者には、余裕がなかった。
マスター、即ちサーヴァントと一蓮托生、運命共同体の身分である。そんなカイオウを見るアヴェンジャーの目は、まるで敵対者を射抜く様な、鋭いそれ。
到底、己の主に向けてよい目線ではなかった。返答次第では、殺しに向かいかねない程の圧すら、このサーヴァントは放っていた。
「言っている事の意味が、よく解らぬが」
「貴様に召喚されたその時から思っていた。貴様は、俺に限りなく近しい存在だと」
言ってアヴェンジャーが指をカイオウに突き指す。削った岩のように太くゴツゴツした指だった。
この指で秘孔を突けば、北斗神拳の伝承者に勝るとも劣らぬ効果を発揮させられるだろう、とカイオウはふと思った。
「一目見て解ったさ。貴様が己の国を手に入れられず、筆舌に尽くし難い敗北を喫し、切歯扼腕と言う言葉ですら足りぬ程の無念を抱いていた事をな。それなのに何故、貴様は聖杯に執着する素振りを見せぬ。何故貴様は、其処まで平然としていられるッ」
「……」
男の詰問に対し、カイオウは、夜の星を見上げる為、天を仰ぎ見ると言う動作で返した。
「無為だと、思ったからだ」
「無為な物か。過去の負債も帳消しになる、喫した屈辱も雪ぎ落せる!! だのに、何故貴様は聖杯を求めない!!」
「……」
星を見続けるカイオウ。
「アヴェンジャー。俺はな、嘗てはアレだったのだ」
星を見上げながら呟いた、カイオウの言葉を受け、アヴェンジャーは彼の目線の先。
即ち、遥か彼方で瞬いている星々が鏤められた、夜空と言う紺碧色のビロードに、自分も目線を送った。
「星、か」
「アヴェンジャー。お前には今の夜空、何の星がよく目立つ」
「北斗七星(セプテントリオーネ)よ」
アヴェンジャーは即答する。彼の言葉の通りであった。
今現在、二名が佇む石段から見える星の中にあって、最も輝き、最も目立つ星は、北斗七星。その形状から度々、杓や匙に例えられてきた星である。
「俺はな、子供の頃、北斗の星の回りでささやかに輝き、あの星の輝きを際立たせる屑星だと常に言い聞かされて育って来た」
北斗の男の為に生き、北斗の男の為に尽くし、北斗の男の為に死ぬ。何故ならお前は、北斗の回りの屑星であるから。
それが、幼き頃より師父に相当する男から、折檻も交えてカイオウに言い聞かされて来た事であった。
誰しもが、それこそ、上の言葉を口にすると同時に想像を絶する体罰を交えてカイオウを叱り続けて来た師父でさえ、カイオウの拳才を認めざるを得なかった程に。
時代と、運命に恵まれていれば、間違いなく、カイオウと言う男は英雄になっていただろう。だが、現実は違った。この男は何処までも弱者であり、敗者なのだった。
何処までも上を目指そうとするその性格の故に、男は本来学んで然るべきだった北斗神拳への道を閉ざされた。
北斗の宗家の傍流の出であるが故に、常に宗家の顔を立て、常に宗家の影となるべく育てられ、その生来のプライドをズタズタにされた。
自分よりも遥かに弱く、そして気弱な性格であるくせ、宗家の出と言うだけで礼賛されて来た男との試合で、カイオウは、家族を人質に取られ、屈辱的な敗北を強いられた。
勝った、と言う実感がカイオウには無かった。常に男は敗者であり、弱者としての道しか目の前には見えていなかった。
だからこそ、悪に救いを求めた。目の前のレールに希望を持てなかったカイオウが、唯一救いの光明を得た道。それこそが、脇道の悪だった。
悪としての道を選び、悪としての治世を成し、悪の帝王として君臨していた時期は、充実していた風にカイオウには思えた。
――だがそれは所詮、まやかしの充実であり、真に自分が目指していた物とは違っていた事を、彼は、よりにもよって宗家の者によって教えられてしまった。
ケンシロウは、強かった。
宗家であるから、ではない。彼は、宗家の者であり、宗家であるが故に負わねばならぬ宿命を常に歩み続けていたが故に、強くなったのだ。
強者と戦い、人の哀しみに触れ、時に怒り、そして何よりも、哀しみと退廃が支配し人々を迷わせる世紀末に深く哀しみ、そんな世界に愛がある筈だと彷徨し。
負った業(カルマ)が、カイオウとは段違いであった。その業で、ケンシロウは拳を磨き続けていたのだ。
そして何よりも、北斗神拳の力の源とは、愛と、哀しみ。ケンシロウは、魔王であったカイオウの深い哀しみを理解し、彼をも愛そうとしたのだ。勝てる、筈がなかった。
修羅の国と言う地方でいつまでも燻り続け、悪の真似事を続けて来た男に、世紀末の救世主を倒せる筈がなかったのだ。師父・ジュウケイが嘗て言っていた、『屑星』と言う言の葉の呪い。自分はそうではないと思い続けて来た男は、自ら屑星になる道を選んでいたと言うのだ。これ以上の皮肉が、あるのだろうか。
「屑星……。貴様はそれ程の屈辱を受けて尚、聖杯を求めぬと言うのか」
「その通りだ」
「悔しく、ないのかッ!!」
「悔しかった」
カイオウの言葉は、過去形だった。
「悔しかったからこそ俺は、あらゆる手段を尽くして、俺を屑星に甘んじさせた元凶を葬ろうとした。貴様にこんな事を言ってはいるが……今でも、腑に落ちないし、全てに納得しているわけではない」
「なら――」
「だが」
カイオウが言葉を遮った。
「俺に、『英雄』として死ぬ事を、奴らは望んだのだ」
憎き北斗の宗家であるケンシロウは言っていた。
カイオウの弟であるラオウは、誰よりもカイオウを尊敬し、その哀しみを胸を痛ませていた、憧れの存在だったと。
憧れが、悪の帝王の道を歩んだ事に対して、他の誰よりも、ラオウが、そして恐らくはトキも。思っていたのである。
悪の王として、希代の天才であるカイオウがその命を終える事を、北斗の宗家三人……そして、最愛の人間をカイオウ自らが殺し、
本来ならば彼の事を憎んでいて当たり前であった、ヒョウですら。カイオウが、英雄として死ぬ事を望んでいた。
そして、カイオウは英雄として滅びた。悪の帝王として死ぬ事はなく。魔界に君臨していた魔王としての名もなく。
一人の人間、天才拳士だった男、カイオウとして、彼は死ねたのである。それは、世紀末の覇者として君臨していたラオウの夢の一つが、叶った瞬間でもあるのだ。
「屑星であった事は、未だに認めん。だが……屑ではあった事は、事実だし、俺は未だに、自分が英雄であった事に疑問を抱いている」
「ならばこそ、だ」
「俺は、俺に英雄として死ぬ事を望んだ男達の為に、此処で、英雄の真似事でもしようと思っている。それが、この地獄で俺がやらねばならぬ、贖罪なのだろう」
「下らん!! 貴様は、聖杯戦争でも解体しようと言うのか、ふざけるな!!」
グワッ、と、アヴェンジャーの身体から放出される殺意が圧を増した。当てられるだけで、気の弱い者なら泡を吹いて卒倒するどころか、気死しかねない程の、圧倒的な強者の気風だった。
「荒々しい性情を秘めた戦士は、その性情のままに動かねばならぬ。今の貴様など、俺の目には老いて死を待つだけの枯れた男にしか見えぬわ!!」
削った岩を連想させる裸腕を、天高く突き上げ、アヴェンジャーは言った。
「男(vir)として生まれたからには、男は、偉大なる事を成さねばならない。万軍を打ち倒す!! 竜を、虎を、素手で屠る!! そして――国を、興す!!」
その姿勢のままカイオウを睨みつけ、更に続ける。
「俺は、俺の夢を――レモラを築かんが為、聖杯を得るぞ!! 父神マルスに、今度こそ俺の方が正しかったと――」
「その願いは、強がりだろう」
カイオウの一言で、アヴェンジャーは言葉を紡ぐのを止めた。
「空虚な心を満たし、隠す為、虚勢を張っていた時間の方が長かったから、解る。復讐者を名乗るには、余りにも貴様の心には未練と悔悟が強すぎる。貴様の本当の願いとは――」
「それ以上言うのであれば――マスターであろうとも、『殺す』ぞ」
その言葉に、嘘はない。アヴェンジャーの声のトーンもそうである。
だがそれ以上に、その言葉を耳にし、認識した瞬間に身体に襲い掛かって来た、言葉の『圧』が違った。アヴェンジャーの言葉は、柔の要素の一切ない。鋼の如き『剛』であった。
「迷いある拳に、俺は断てぬ」
「試してみるかよ、人間」
「――面白い。西にあっては、軍神としての名を不動として来た男神の息子。その拳、存分に奮うが良い」
カイオウの言葉を受けた瞬間、アヴェンジャーが跳躍した。
踏込の影響で、アヴェンジャーが先程まで佇んでいた地点を中心とした、上下それぞれ十段づつの石段に亀裂が入り、其処から砕け落ちてゆく。
弾丸の如き勢いで、カイオウ目掛けて飛び掛かったアヴェンジャーが、彼の法衣目掛けて、弩(バリスタ)ですらかわいく見える程の右拳を突き出す。
それに合わせて、カイオウも左拳を突き出した。ただの一振りで、百軍を粉々にするだけの力を秘めた、恐るべき剛腕。
――神の拳と、人の拳が衝突。
およそ、人体と人体がぶつかった時に生じるとは思えぬ程の轟音が鳴り響く。
互いの拳の衝突点を中心に、衝撃波が荒れ狂い、石段の両脇に生えている幾つもの樹木の枝葉が揺れる。
まるで、一陣の突風が山間を駆け抜けたかのようであった。突然の不意の衝撃に驚いたか。木々に止まって眠っていた幾つもの鳥が、夜の空に吸い込まれるように羽ばたいて消えて行く。
腕に舞い込んだ痺れは、嘗てカイオウが経験すらした事がないそれだった。
ヒョウは勿論、ジュウケイ、ハン達と試合、ケンシロウと戦った時ですら、拳と拳がかち合って痺れなど感じた事はないと言うのに。
全力で、カイオウは殴った。それなのに、腕に痺れが残っている。生半な覚悟と力で殴っていれば、カイオウの腕の方が、圧し折れていただろう。
「……これが、マルスの子……ロムルスの弟『ロムス』の拳か……」
「奴は、兄ではない……敵だ。敵なのだ!!」
ロムルス――その名を聞いた瞬間、アヴェンジャーのサーヴァント、ロムスは呪詛のように吐き捨てた。
嘗てつまらぬ諍いの結果、己を殺すに至った、同じ父神から生まれた、偉大なる国家ローマの建国者となった男は、ロムスにとって不倶戴天の敵なのである。
「その拳、新たな国ではなく、英雄として振う方が余程らしいだろう。お前は――復讐者を名乗るには、余りにも中途半端過ぎる」
その言葉に、ロムスは沈黙で返してしまった。その言葉が、図星であるかのように。
聖杯戦争が始まる幾日か前。北斗の屑星であった男と、ローマの建国を彩る屑星としての役割すら果たせるか如何か疑問であったアヴェンジャーのやり取りの顛末が、これであった。
【クラス】アヴェンジャー
【真名】ロムス
【出典】史実?(BC771~BC753)、ローマ建国史
【性別】男性
【身長・体重】188cm、138kg
【属性】秩序・悪
【ステータス】筋力:B 耐久:A 敏捷:A 魔力:C 幸運:C 宝具:A++
【クラス別スキル】
復讐者:C
復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。
周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情はただちにアヴェンジャーの活動魔力へと変換される。
忘却補正:C
人は多くを忘れる生き物だが、復讐者は決して忘れない。忘却の彼方より襲い来るアヴェンジャーの攻撃はクリティカル効果を強化させる。
自己回復(魔力):B
復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。毎ターン微量ながら魔力を回復し続ける。
【固有スキル】
神性:A
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
オリンポス十二神の一柱であるアレスの側面である軍神・マルスの息子であるアヴェンジャーの神霊適性は最高クラス。
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
天性の肉体:C
生まれながらに生物として完全な肉体を持つ。
このスキルの所有者は、常に筋力がランクアップしているものとして扱われる。さらに、鍛えなくても筋肉ムキムキな上、どれだけカロリーを摂取しても体型が変わらない。
【宝具】
『すべては我が赫怒に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)』
ランク:A++ 種別:固有結界 レンジ:- 最大補足:-
アヴェンジャーが生前打ち立てようと夢見、遂に建国の叶わなかった幻の帝国・レモラ、その心象風景を展開させる宝具。
最大の特徴の一つは、固有結界の宝具とは思えない程の持続時間の長さ。これはローマの影響を受けた国家でこの宝具を発動した場合、
アヴェンジャーが抱くローマへの怒りの影響から、土地(ローマ)の魔力及び空間に満ちるマナやオドを強制的に吸い上げ、固有結界維持のリソースに当てるからである。
ローマの影響が全くない国家でこの宝具を発動した場合は、並の固有結界と同じ魔力消費になるが、今日ではローマの影響を受けていない国家の方が珍しく、
この日本においてもそれは同じ。西欧でこの宝具と発動させた時の魔力消費程、発動と維持コストは安くないが、それでも、固有結界にしては破格の魔力消費の少なさを誇る。
この固有結界を発現させている間は、アヴェンジャーはEXランク相当の皇帝特権を習得するだけでなく、ローマを起源にする英霊及び、
ローマの影響を極めて色濃く受けたサーヴァントのステータスをワンランクダウンさせ、更にあらゆる行動の判定に強いファンブルを掛ける事が可能。
この宝具の真なる効果は、『対固有結界』とも言うべきものであり、この宝具発動前に展開されていた固有結界の中で、この宝具を発動すると、
アヴェンジャー固有結界が先に放たれたそれを侵食、粉砕。アヴェンジャーの持つこの宝具(固有結界)で塗りつぶしてしまうのである。
これは、当宝具が生前狂おしい程にレモラを打ち立てたかったアヴェンジャーの強い狂信によって成り立つ宝具だからであり、その狂信で強く補強された心象風景であるこの固有結界は、生半な心象風景を一方的に粉砕する程の浸食力をもっているからに他ならない。
【weapon】
拳足:
ローマと言う国家の建国王であるロムルスの保有する、王権の象徴である槍を持たぬアヴェンジャーは、拳と足を用いた格闘戦を行う。
言ってしまえばFGOにおけるカリギュラと同じ戦い方をするが、流石にトップサーヴァントの一人であるロムルスの弟である。
その格闘の練度は、カリギュラの遥か上を行く程の強さを誇る。
【解説】
ロムスとは、ローマの建国神話に登場する、建国者ロムルスの双子の弟である。
アルバ・ロンガの王プロカは長男ヌミトルに王位を譲って死んだが、ヌミトルの弟アムリウスは兄の王位を簒奪した。
ヌミトルの息子は殺され、娘レア・シルウィアは処女を義務付けられたウェスタの巫女とさせられた。
だがある時シルウィアは掟を破って軍神であるマルスと交わり懐妊、シルウィアには監視がつけられたが10か月後双子を出産。
双子はアムリウスの命でティベリス川に流され、シルウィアは監禁された。この双子こそが、ロムルスとロムスだった。
狼に育てられ、狼の乳を吸って育った双子はやがてアムリウスの牧夫であるファウストゥルスに拾われ、牧夫として成長、
様々な数奇な運命を経て、嘗て自分達を捨てた憎き叔父であるアムリウスを抹殺、母シルウィアを救出する。
だがある時、二人は国家を建国しようと画策するも、其処で二人は首都の位置について諍いが起こり、これが元となり殺し合いが勃発。
戦いは見事ロムルスが勝利し、世界史史上まれにみる程の大国、ローマを建国するのであった。
ロムルスは今でもロムスの事について並々ならぬ後悔を抱いているが、実を言うとロムスについても同じ事だった。
共に狼の乳で育ち、共に牧夫としての生活を楽しみ、共に苦楽を分かち合い、共に復讐を果たし終えた喜びを共有した兄・ロムルスと、
余りにもつまらないいざこざで決闘してしまった、と言う事実を心の底ではロムスは深く悔やんでいる。
だが、兄ロムルスの築き上げたローマが余りにも偉大で、如何して自分は同じ国を築けず、如何して自分は歴史の影に追いやられたのか、
と言う怒りも強く、それがロムルス、そして、彼の築いたローマ帝国及びその代々の皇帝、そしてローマの影響を受けた数多の国家への復讐心に繋がっている。
だが、その怒りや復讐も、本当は正当な物ではないと頭では理解しており、それが、アヴェンジャーのクラススキルである復讐者が半端な点にも繋がっている。
兄ロムルスは言葉では敵だ何だと言っているが、本心では強く尊敬しており、実を言うと己が建国する筈だったレモラを馬鹿にされるよりも、
兄であるロムルスを小馬鹿にされる方が、この男にとっての逆鱗。自分が兄を貶すのは良いが、他人は許さないと言うスタンス。ツンデレ。
聖杯に掛ける願いは、今度こそレモラを築き上げる事。或いは――『双子の建国王』として、ロムルスと共に国家を築き上げる事。但し、復讐者の身の上となった今では、それが叶わぬ願いかと、諦めもしている。
【特徴】
FGOにおけるロムルスと瓜二つ。双子であるからこれは当然。
但し違いは、レムスの方は青色のマントと、ブーメランパンツ一枚と言う事と、何よりも兜を纏っていない点。
黒いベリーショートの髪型をしており、瞳の方もまた、ロムルス同様黒い強膜に赤い瞳になっている。
【聖杯にかける願い】
レモラの建国。――或いは、ロムルスと共に今度こそ、新しい国家を築き上げる事。
【マスター】
カイオウ@北斗の拳
【マスターとしての願い】
特にはない。ただ、英雄として振る舞いたい
【weapon】
【能力・技能】
北斗琉拳:
1800年前に、北斗宗家の者達が、北斗神拳の創始とほぼ同時期に創始したとされる暗殺拳。開祖はリュウオウとされる向きが強い。
北斗神拳では人体の気孔を秘孔と呼ぶのに対し、北斗琉拳は破孔と呼び、その秘孔と破孔の数が違うと言った細やかな差異はあれど、概ねの箇所は似通っている。
北斗神拳と戦い方は似通っているが、戦いに対するスタンスが違い、北斗琉拳の優れた使い手及び伝承者は、身体から放出される圧倒的な闘気を用いて空間を歪め、
相手との距離感や、空間の把握能力を狂わせ、其処を突く事を旨とする。
そして北斗神拳との最大の相違点は、北斗琉拳には所謂、『魔界』と呼ばれる技術の領域が存在し、これは、
拳の使い手が大きな怒りや憎悪を抱いた時に踏み入れる事が出来る境地とされ、北斗琉拳の究極の頂とされる。
魔界に足を踏み入れた者は元の人相の原型がない程邪悪なそれに代わり、その影は幻魔影霊と呼ばれる魔人の姿を地面に映す。
更に扱う闘気が『魔闘気』と呼ばれるそれに変貌。これを戦闘に利用すると、空間の把握能力が狂うのではなく、相手は一時的な無重力状態に陥ったような錯覚を覚え、
まともに立っている事すら叶わなくなる。非常に強力な拳の境地である事は確かだが、この状態に入った者は正気を失い、いたずらに殺戮を繰り広げる状態となる。
この『魔界』の存在のせいで、一時北斗琉拳は魔道の拳であり北斗神拳に及ばぬ屑星の拳とされた、と言う事実がある。
但し本来的には北斗の名を冠する通り非常に拳格の高い流派で、そもそも北斗琉拳の創始者が北斗神拳の創始者と兄弟だったと言う事実から、
古の昔より交流が深く、『北斗神拳に伝承者なき場合はこれを北斗琉拳より出す』という掟が存在するなど、非常に密接な関係にある。
カイオウはこの北斗琉拳の最強の使い手であり、魔界をも知り尽くしているが、今回の企画ではそれを意図的に奮う事は、ほぼないであろう。
【人物背景】
北斗琉拳伝承者にして、修羅の国の王。ラオウ、トキの兄である。
幼少期、母を失った哀しみから逃れるため、情愛を抹殺する悪に生きることを決意。またその母が北斗宗家を守って死んだ事、
宗家のために八百長で負けを強要された事などにより、北斗宗家への恨みを募らせた。その後、激しき性情故に北斗神拳伝承者候補には選ばれなかったが、
ジュウケイより北斗琉拳を学び体得。その際、いずれ己の敵となるであろう北斗宗家の秘拳を永久に封じるため、密かにケンシロウの兄であるヒョウの記憶を封じた。
核戦争後、拳で国を制圧。男達を戦わせ、強き者だけが修羅として生きることを許されるという修羅の国を建国。だがそのやり方に異を唱えるラオウと対面し、
いずれ拳を交える事を約束。その後自らの手でラオウ伝説を広め、ラオウへの情愛に決別した。
数年後、ケンシロウとリンが海を渡ってきた事を知り、リンを拉致。天帝の血をもって呪われた北斗琉拳の血を清める為、そして北斗宗家を抹殺する為、
ケンシロウと戦い、一度は完勝するも、仲間の善戦の甲斐もあって、ケンシロウに逃げられてしまう。
その後、ヒョウとケンシロウを相打たせ、北斗宗家の血を一掃しようと画策するも、これに失敗。
そしてケンシロウとの最後の戦いに臨むも、嘗て圧勝した相手は自分よりも互角以上の強さになっており、最終的に敗北。最期は己の過ちを悔いながら、訪れたヒョウと共に溶岩を被り、己の決めた死に様で旅立った。
【方針】
ロムスと共に戦う。今は、ロムスの心を落ち着かせる事が大事か。
最終更新:2017年07月09日 18:27