無題

彼を召喚した時、私が抱いた思いは三つある。
一つ目は、刀を下げた彼は間違いなくセイバーで、私は賭けに勝ったのだということ。
二つ目は英雄にしてはやけに若いな、ということ。
三つ目は――英雄って、こんなに禍々しいものだったかしら、ということ。
「サーヴァント、セイバー。主君の命に応じ推参しました」
彼は主君……マスターたる私に丁寧なお辞儀をした。
黒い学ランのような上着に身を包み、下には白い袴を履いている。
その両方共が彼の体にきちんと合っていないようで、すこし緊張したような声色と相まって初々しい雰囲気を醸し出している。人類史に名を残した英雄にしてはまあ、なんとも間抜けなものだ。
私が先程抱いた印象とは裏腹に、直立して返答を待つ彼の様子には禍々しさなんて欠片も感じられなかった。
「私は遠坂凛、あなたのマスターよ。よろしくね、セイバー」……まあいいや。きっと英霊特有の強烈な存在感に当てられてしまったのだろう。
遠坂家の当主として使い魔に圧倒されるなんて少し恥ずかしい気もするが、それだけ強大な英霊を引き当てられたってことでプラスマイナスゼロにしよう。
「……はい、よろしくお願いします」
主君、それも女である私の手を取るのは少し抵抗があったのだろう。少しの逡巡の後、セイバーは遠慮がちに手を差し出し、そして握り返した。
セイバーの手は私よりも一回り大きく、ごつごつと節くれ立っていた。全体的な外見は私の一つか二つ年下に見えるのだが、この両手だけは彼本来の年齢より十や二十は上の熟練の武芸者を思わせる逞しさで、私は改めて安堵した。
私とセイバーなら、この聖杯戦争、必ず勝ち抜けるはず……!




「……えーっと、今のは私の聞き間違いかしら。ごめんなさいセイバー、今言ったこと、もう一度だけ言ってくれる?」
「……私は、生前において実戦経験などほとんどありません。
一応身体能力と剣術技能はどうにかなっているようですが、それはあくまで与えられただけのもの。実際に敵と切り結んだ時にどうなるかは、恥ずかしながらなんとも言えません」
「今の言い方からするに、実際に人を斬ったこともないってわけ?」
「はい。なにせ未熟者ですから、絶対に敵とは正面から斬り合わず、できるだけ大人数で、この銃で奇襲を掛けるように、初陣では言いつけられておりました」
そう言って、セイバーは背負っていた銃を下ろし、座っている自分自身の膝の上に載せた。
古い銃だ。デザインを見るにおそらく火縄銃よりは幾分かマシな程度の、幕末あたりの粗悪品だろう。
「つまりあなたは、単独で戦況を変えられるほどの戦力ではなく」
「はい」
「ただ指示を受けて戦うだけの役柄で」
「はい」
「さりとてそれで特に突出していたわけでもない、集団の中のただの一人だった」
「はい」
「……今更だけど、あなたの真名を教えてくれるかしら?」
「はい。私は白虎士中二番隊隊士、飯沼貞吉です」
「白虎隊……ってあの会津藩の?」
私の問いにセイバー……飯沼貞吉という名の少年は目を輝かせ、ソファーから身を乗り出すようにして答えた。
「ええ、会津の白虎隊です。もしかして、僕達、いえ私達は、後世に名前を残すことができたのでしょうか?」
「名前は……確かに有名よ。故郷を守るために戦って、そして自害した悲劇の少年たち。
一人一人の名前まで知っている人は少ないだろうけど、義務教育を終わらせた人間なら白虎隊のお話自体は大体知ってるんじゃないかしら」
そこまで言って、私はふとあることに気付いた。
人道的に考えて聞いていいことでは無いと思うが、遠坂凛が魔術師で、聖杯戦争の優勝を目指すものであるからには、サーヴァントのことについてはなんでも知っておかなければならない。

「あなたも、その……自害したうちの一人なの?」
「いえ、私は……」セイバーは言い淀み、自分の喉に手を当てた。よく見てみると彼の喉の真ん中にはナイフを突き刺したような傷跡が残っている。
セイバーは幾度かその傷を撫でた後、私の目をまっすぐに見て言った。
「白虎士中二番隊は会津を守るために戦い、そして敵に辱めを受けぬように自刃した。それは確かです。
あれから百余年経った今でも私達の……いえ、彼らの誇り高い最期が伝わっているというのは、本当に嬉しいことです」
「彼ら、ってことは」私の声に、セイバーはふと自嘲的な笑みを浮かべた。
「ご推察のとおりです。
――僕は、死ねなかった。喉を切り損ね、惨めにも農民に介錯を乞うて無視され、無様にも長州に拾われおちおちと生き延びた。
私は、僕は、俺は、自分がわからない。かつてヒトであった僕がなぜのうのうと生きていたのか。
記録としては知っていても、私の記憶からはなにも読み取れない。俺の心には何もありません。ただ……ひたすらに無念です」
その言葉はあまりにも儚く、こどもが浮かべてはいけないほどに孤高で、殴りたくなるくらいにからっぽだった。
乾いた布から無理やり水を絞り出すように紡がれるセイバーの静かな叫びを聞いて、私は、遠坂凛はこう言った。
「聖杯戦争、勝ちましょうね」そしてそれに答える声も、また簡素なものだった。
「もちろんです。我が主よ」
あるいは、私も、彼も、こう言う他になにもできなかったのだと思う。
彼の言葉には――語弊を恐れずに表現するなら、何もなかった。
彼は自身の胸中に無念を抱いていると述べたが、私にはそれすらも感じられず、与えられた役割を演じているだけのように見えて――。

「……これも心の贅肉ね。次は絶対にないんだから」

だからこそ私は彼に同情か、あるいはそれに等しいなにかを抱いてしまった。
要するに、私はこのからっぽの少年を、救いたいと思ってしまったのだ。






ひとつ、年長者の言うことに背いてはなりませぬ

ひとつ、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ

ひとつ、うそを言うことはなりませぬ

ひとつ、卑怯な振舞をしてはなりませぬ

ひとつ、弱い者をいじめてはなりませぬ

ひとつ、戸外で物を食べてはなりませぬ

ひとつ、戸外でおんなと言葉を交えてはなりませぬ


たとえ、どのような理由があろうとも――




――――――ならぬことはならぬものです



【マスター】遠坂凛
【マスターとしての願い】聖杯戦争で優勝する。
【weapon】魔術と体術をそこそこ。
【能力・技能】
宝石魔術:自身の魔力を籠めた宝石を用いて様々な物理的現象を引き起こす。
効果は強力だが、宝石はそれ自体が希少で高価なうえ、魔力を込めるには数ヶ月単位での時間がかかるため、凛は基本的にこの魔術を使用したがらない。
現在の彼女は、(強力な対魔力を持たない)サーヴァント相手にも一定の影響を与えられるレベルの魔力が籠められた宝石を十個所持している。

【人物背景】魔術の名門、遠坂家の一人娘。通常魔術師は一つか、多くて二つの属性の魔術しか扱うことが出来ないが、凛はアベレージ・ワンと呼ばれる五大元素全てを操れる稀有な才能の持ち主である。
かといって才能にあぐらをかいて努力を怠るような性分ではなく、「遠坂は常に余裕を持って優雅たれ」という家訓に背くことが無いよう、人前では常に完璧超人としての振る舞いを見せている。
ただし性根はあかいあくま、なおかつ、どうしても魔術師として非情になりきれないお人好しのうっかり屋。

【方針】
ひとまず情報収集。
戦闘経験の少なさから搦め手に弱く、単純な戦闘能力で勝てない相手にはどうにも対処できないセイバーが聖杯戦争を勝ち抜くにあたって、邪魔になりそうなサーヴァント同士が潰し合うように仕向けたい。



【CLASS】セイバー
【真名】飯沼貞吉
【出典】史実
【性別】男
【身長・体重】175cm 65kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力:B 耐久:A 敏捷:A 魔力:E 幸運:E(EX) 宝具:C(EX)
【クラス別スキル】
対魔力:E 神秘が薄い時代に誕生した英霊のため、対魔力は殆ど無い。
騎乗:E 乗馬に関する経験、逸話が無いため、騎乗スキルは殆ど無い。
【固有スキル】
うたかたの夢:EX すぎし世は夢か現か白雲の空にうかべる心地こそすれ
ヒトの願望、幻想から生み出された生命体。願望から生まれたが故に強い力を保有するが、同時に一つの生命体としては永遠に認められない。
セイバーの場合、「英霊 飯沼貞吉」の存在がこのスキルによって作成されており、彼のサーヴァントとしてのステータスはこのスキルと日本での「白虎隊」としての知名度の高さによってのみ成立している。
このスキルの存在を知覚するには聖杯に劣らぬほどの魔力、あるいはサーヴァントとしての霊格が必要となる。

聖杯の寵愛: A 呪いにも等しい、聖杯を媒介とした人類からの寵愛。
本スキルの存在によって、セイバーの幸運値は跳ね上げられている。特定の条件なくしては突破できない敵サーヴァントの能力さえ突破可能。
ただしこの幸運は、他者の幸福を無慈悲に奪う。
このスキルの存在を知覚するには聖杯に劣らぬほどの魔力、あるいはサーヴァントとしての霊格が必要となる。

自陣防御:E 味方、ないし味方の陣営を守護する際に発揮される力。防御限界値以上のダメージを軽減するが、自分は対象に含まれない。
セイバーは故郷を守るために戦いこそしたものの、守りきるどころか一時しのぎにすらならない程度の貢献しかしていないため、聖杯のバックアップを持ってしてもスキルランクが低くほとんど気休め程度の防御効果しか発生しない。
しかしセイバーは、自身がこのスキルを所持していることを誇りに思っている。

戦闘続行:A 名称通り戦闘を続行する為の能力。決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。セイバー自身はこのスキルを「潔く死ぬことも出来ぬ卑怯さ」と表現している。

【宝具】『白虎隊』ランク:C
『英霊 飯沼貞吉』本来の姿。飯盛山で自害した15人の白虎隊を英霊の影として使役できる。
召喚された白虎隊隊員は魔術師以外の人間からは不可視であり、さらにそれぞれDランク相当の気配遮断、単独行動スキルを付与されている。
ただし生物に直接触れることはできず、戦闘能力も十代の少年相当でしかない。
この宝具により召喚された白虎隊隊員は、彼らを視認できる者からは皆似たようなシルエットの黒い影として認識される。召喚者のセイバーにも隊員の区別は不可能であり、またコミュニケーションもセイバーからの一方的な命令のみが可能。
隊員は一人ずつ召喚することも、十五人同時に召喚して使役することも可能だが、隊員が一人消滅する毎にセイバーは精神に異常をきたし、十人が消滅した時点で精神汚染:Cをスキルとして獲得する。
このスキルを獲得したセイバーは主君の意向よりも、「会津藩士として相応しい行いかどうか」を指針として行動するようになる。
聖杯には英霊でもない白虎隊の隊員を記録する理由などどこにもない。この宝具により召喚される英霊の影はほかならぬセイバー自身の精神の分身であり、彼は現在のこの世界においてたった一人の白虎隊である。
そのことにセイバーは決して気付かない。ただもう一度仲間が消え行くことを悔い、嘆き、そして狂うのみである。

『什の掟(ならぬことはならぬものです)』ランク:EX
「若くして命を散らしていった白虎隊」「かわいそうなこども」その枠に入れなかった飯沼貞吉の生涯、あるいは運命を象徴する能力。
この宝具の存在を知覚するには聖杯に劣らぬほどの魔力、あるいはサーヴァントとしての霊格が必要となる。どちらにせよ、セイバーと遠坂凛だけでは認識不可能である。
「もし飯沼貞吉が英霊であれば、このような宝具を持っていたかもしれない」という可能性が人々の悲劇信仰により在り方を歪められたもの。宝具というよりも実質的には聖杯の呪いに近い。
彼の最も欲する願いは決して叶うことがなく、彼の最も欲する願いは彼以外が最も望ましく思う形で叶うことになる。
仲間とともに名誉の最期を遂げたかったのに一人だけ生き残ってしまった。
もう一度喉を突けば死ねたかもしれないのに、自刃するための脇差を農民に盜まれてしまった。
そのまま放置されていれば死ねたはずなのに、人に見つかってあろうことか会津の敵である長州藩士に保護されてしまった。
皆と同じ墓に入りたくて自刃したのに、皆から遠く離れた丘に埋葬されてしまった。
人々は白虎隊に「悲劇であれ」という願(のろ)いを託した。その澱みを受け入れる英雄(うつわ)があるかぎり、この呪いは消えることはないだろう。


許されぬことはいつまでも許されぬもの。
ならぬことはならぬものです。

【weapon】日本刀と古い鉄砲。業物では決してなく特別な力も所以も無いが、英雄の武具として一定の強度、攻撃力は確保されている。


【特徴】勉学、武術ともに優秀であり、時代と年齢の割には体格も良い善良で真面目な美少年。
会津の男として厳しくしつけられており礼儀正しく主君には忠実。会津家家訓や什の掟に背くような振る舞いは決してしない。
……が、元々年齢を偽って無理に白虎隊に参加したという経緯もあり、ルールに縛られすぎることなく臨機応変に物事をこなすことができる、柔軟な思考の持ち主でもある。
なお、武術に優れると言ってもそれはあくまで会津の少年たちという狭い世界での話であり、本来なら正純のセイバーとはとても比べることはできない力量であるが、
知名度補正と聖杯のバックアップによりセイバーとしてはなんとか及第点に達する程度の剣術技能を得ている。

【解説】白虎隊は元々予備隊として15~18歳の少年で結成された、本来であれば前線に出ることは無いはずの部隊であった。
しかし1868年10月7日、若松城の東わずか数キロにある十六橋から会津の敗残兵が援軍を求めて拠点地へ帰還してきた。
敗残兵の要請を聞いた白虎隊は自ら戦場へ赴くことを志願し、そのうち飯沼貞吉の所属する市中二番隊が戸口ノ原の戦いに参戦する運びとなった。
やがて別部隊と合流し、協力して接敵した新政府軍を退けた白虎隊だったが、しかし彼らは隊長を失ってしまう。
ここに留まり敢死隊と協力して新政府軍の迎撃に務めるか、進軍を続け最前線の援護へ向かうか。残された隊員のみで議論を交わした後、後者の結論に至った彼らは最前線へと進軍を開始する。
やがて白虎隊は進軍する新政府軍を発見し、側面からの奇襲を仕掛けるが、新政府軍はこれに動じず反撃を行い白虎隊は敗走。
命からがら飯盛山へと逃げ延びた頃には、37人いた白虎隊は16人にまでその数を減らしていた。
そして、彼らは若松城に上がる火の手を目撃してしまった。
隊員の間では白虎隊の今後をめぐり様々な方策が打ち立てられたが、生きて虜囚となり敵の辱めを受け、会津藩士の名を汚すことにならぬようここで自刃するという結論に至り、白虎隊は見事に武士としての誇りを保ったまま、高潔にその生命を散らしていった。


以上が一般的に知られている白虎隊の物語である。
貞吉自身は飯盛山で自刃に失敗するも昏倒。しかし多くの幸運に助けられ生き延びた後、1931年にその生涯を終えている。
無論、一介の少年兵にすぎなかった貞吉に英雄としての能力、器など本来有りはせず、英霊の座に登録されているわけではない。
白虎隊を始めとする全世界の「かわいそうなこどもたち」に対する哀れみが一種の信仰に昇華(おせん)され、此度の聖杯戦争において、
聖杯がその信仰を宛がうに最適であると判断した人物こそが、会津藩白虎市中二番隊唯一の生き残り飯沼貞吉である。
聖杯が求めていたモノはただ溢れんばかりの信仰を捨てるための、いわば一種のゴミ箱だった。
それはただひたすらに不要なものであり、いわば世界の排泄物である。
世界が、ヒトが生きる限り信仰に限りはなく、悲劇はいつでもきれいなものとして崇められる。
英霊・飯沼貞吉は、聖杯戦争が続く限り果てることのない鎖のうちの一欠片に過ぎない。役目を終えた道具に与えられるものなど無く、聖杯戦争が終われば人の澱みに魂すらも汚染され朽ち果てる定めである。



【聖杯に掛ける願い】会津の男としての誇りにかけて主に最期まで仕え抜く。
そしてもしも聖杯戦争に優勝したならば、そのときはどうか、皆と同じ場所でずっと眠っていたい。

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最終更新:2017年07月14日 00:32