「PROJECT CODE-7 stage1」
--CODE-7 Main SYSTEM 「MELORA」よりあなたへ
「私の愛する全ての者のために
人類の英知を残す」
Hyunt Klarenz
--サンフランシスコ サイノス・ブラウンの自宅
蒸し暑い日だった。
俺のボロ屋に呼び鈴が鳴り響く。
閉めっぱなしのカーテンの隙間から光が差し込んでいた。
前日飲んだ安い酒のせいで頭がガンガンする。
黄ばんだシーツのベッドから天井を見る。
薄汚れた天井に穴だらけの戦闘機のポスターがある。
これは自分への戒めだ。
二度と空へ戻らないための戒めだ。
ピンポーン!ピンポンピンポンピンポン!
「やかましぃッ!」
俺は呼び鈴の連打に苛立ってベッドから飛び降りた。
グチュリ、と嫌な感触が足の裏に伝わる。
「うげ・・・」
ベッドサイドの床には昨日開けたコンビーフの缶詰がひっくり返っていた。
缶詰自体は近くに転がっている。
幸い缶詰の切り口で足を切ることは無かった。
「糞ッ・・・」
床に散らばっていた週刊誌で足の裏を拭いて、自宅のドアをあけた。
「訪問販売ならお断りだ。新聞も取るつもりはない」
「あら、折角とっておきの話を持ってきたのにツレナイのね」
俺のボロ屋に似合わない可愛らしい声が響く。
長い黒髪に青い瞳、軽く化粧をしているが童顔なのは隠せない。
大きめの瞳と小さい鼻で日系人の顔立ちをしている。
それなりに身長はあったが、凹凸の少ない体型も相まってとても若く見えた。
ラフな私服からして学生だろうか。
「金欲しさにデリバリーヘルスでも始めたのか?そんな口の聞き方じゃ取れる客も取れねえぜ」
俺は口元を吊り上げて挑発的に言った。
その言葉を聞いて彼女は顔をしかめた。
しかし、すぐに表情を元に戻す。
彼女はまっすぐに俺の目を見て口を開いた。
「相手が女だからって蔑む気?シニカル・サイノス」
シニカル・サイノス。
それは俺の昔のあだ名だ。
俺は昔、アメリカ空軍に所属する戦闘機のパイロットだった。
チームメイトが俺につけたコールサインはcynical(皮肉屋)。
普段の俺の言動からつけられた名前だ。
この女はただの娘じゃない。
俺の過去を知って尚且つここに来た事がそれを示している。
俺は目を細め、女を見た。
「俺は女の強さを知ってる。女だからって見下したりはしない」
「何よ、私がイエローだからって事?」
不機嫌そうに女が俺をにらめつけた。
俺はさらに目を細めて静かに女に言った。
「俺のフィアンセは日本人だった。肌の色で相手を見下したりもしない」
女は思い出した、という表情で俺を見てから少し目を伏せた。
口を少し尖らせて俺に言った。
「じゃあなんでよ・・・」
「そのピアスと化粧だよ。両親から貰った顔と身体を隠してまで背伸びがしたいのか?
自分を隠して俺には真実を話させるってのは、分が悪くないか」
俺は口元を吊り上げて言ってやった
その言葉にカチンと来たのかすぐに女は言い返した。
「化粧は礼儀作法のひとつよ。パジャマで外を出歩かないのと同じだわ」
どうやら外見が幼い事を気にしているようだ。
まあ俺には関係のないことだが。
「そうかい。それならいいさ。
で、腑抜けの退役軍人に何のようだ?また石版の動きでも話せばいいのか?」
俺が空軍のパイロットだったことを知っている奴が聞く事は二つ。
ひとつは「石版がどういった軌道で動くのか」
これは、俺が公式なデータ上で最初に石版を撃墜したからだ。
まだ情報も薄い中、ドッグファイトを行ったうえで石版を撃墜した。
ドッグファイトができるということは、石版の挙動を見抜いて動けるということだ。
その成果を大きく見ているからだろう。
女は一度目を閉じてから、俺を見据えていった。
「もう一度、石版と戦って」
ふたつめは「軍に戻ってくれないか」
俺は特殊な改造を施された副座のF15に乗っていた。
いまどき副座の戦闘機は少ない。
けれど開発段階だったそのレーダーを操作するために二人目のパイロットが必要だった。
俺の副座には俺のフィアンセがのっていた。
素早い指示と的確な判断、皮肉屋の俺の皮肉の上をやさしく撫でるような、そんな物言い。
パイロットとしても、人間としても最高のパートナーだった。
俺の最後の出撃の後、石版に副座にいたフィアンセを殺された。
石版に撃墜された俺は一人、漂う海の上で決めた。
もう、空は飛ばない。
答えは・・・ひとつだ。
「俺が何故軍を辞めたか知ってるだろう。帰ってくれ」
俺はそのままドアを閉めようとした。
女はか細い指をドアの隙間に入れ、ドアの隙間から俺に叫んだ。
「かたきを取りたくないの!?自分の大切な人を殺されて!」
「石版を落としたければストラテスに頼めば良い。ただの戦闘機乗りは時代遅れだ」
「私は、ストラテスに頼るなんて事できないの!」
女はかたきを睨むような目で俺を見た。
ストラテス、それは回収された石版から生み出された強力な戦闘機。
人間が作り出したどの戦闘機よりも早く飛び、旋回し、石版を撃ち落す。
俺達が必死に撃ち落した石版たちを軽々と撃ち落していく銀色の翼。
成層圏の守護女神と呼ぶ人間もいた。
俺にも軍から何度もお呼びがかかった。
石版を通常の戦闘機で落とせる人間がストラテスに乗れば一騎当千の活躍ができる、と。
俺はストラテスが憎かった。
石版で石版を討つ。
敵を討つのに敵の手を借りなければならない。
それでしか戦況を変えられない。
ストラテスでたくさんの人間が救われるだろう。
けれど、俺のフィアンセを殺したのは石版だ。
石版を積んだストラテスも石版だ。
石版は人類の手で殺すべきだ。
人類の手で。
そうでなければ俺が救われない。
ギィ、とドアがあいた。
俺がドアから手を離し、ドアに手をかけていた女が力を入れたからだ。
「なら、どうやって石版を落とす気だ」
女は胸のポケットから一枚の写真を取り出した。
写真には暗い格納庫の中にたたずむ一機の戦闘機が写っていた。
まだ完成していないのか、半分はシートに包まれていて塗装もされていない。
その戦闘機は俺の見たことのあるどの戦闘機にも似ていないシルエットを持っていた。
「ワンワン!ワン!」
俺が写真に見入っていると向かいの家のドアが開き、犬と住人が出てきた。
向かいの婆だ。
俺は近所の住人と仲が悪い。
近所付き合いを全くしないからだろう。
とりわけ向かいの婆とは何度も衝突した。
そしてそれを尾ひれに背ひれ、翼まで付けて近所に流す。
それが広まり更に近所の評判が悪くなる。
俺はこの小娘と玄関で喋っている姿を婆に見られたくなかった。
「もう少し話を聞いてやる。入れ」
俺がそう言うと女はむっとした表情した。
俺の言い方が気に入らないのだろう。
何よ、偉そうに・・・などとぶつくさ言いながら俺の家に入った。
女は俺の散らかし尽くした汚いリビングに顔をしかめながら、勝手にソファに座った。
俺も向かいのソファに座った。
ボサボサの金髪を後でまとめ、女の持っている写真を指差した。
「それは、なんだ?」
女は写真をテーブルに置いて口を開いた。
「一人の科学者がいたわ。
彼は航空力学、量子力学・・・様々な分野で天才的な論文を発表し続けた。
でも実験と理論だけでは飽き足りなかった。
彼は最前線で使われる、現実に直接触れるえる物を創造したかった。
最高の技術で最高の結果をもたらす物を」
女は長い黒髪に触れた。
自分の黒髪を見ながら指を通す。
「ノーベル賞を辞退した科学者だな」
「アメリカ空軍で彼はあるプロジェクトの責任者になった。
そのプロジェクトの名前は CODE-7 」
女は戦闘機の写った写真に指を立てた。
赤いマニキュアが白黒の写真に花を与える。
「その名前が何を指しているのかは分からなかったけれど、
その戦闘機は今までの航空技術では考えられないスペックを持っていたわ」
「それなら何故それを生産しない」
女は目を伏せて言った。
「・・・ストラテス」
「ストラテスがどうした」
「ストラテスが作られたから。CODE-7はいらなくなった」
女は言葉を続けた。
「CODE-7は高過ぎた。
石版の襲来、ストラテスの誕生。
生きたオーバーテクノロジーのストラテスはとても安かった。
確かに普通の戦闘機なんかよりは比べ物にならないコストだけれど・・・
CODE-7と比べたら費用対機能において圧倒的にストラテスが上だったわ。
そしてストラテスは石版を撃墜して新たなストラテスを人類に与えた」
「けれど彼は諦めなかった。
彼の脳は最強の翼を造る事ができたから。
最も優れた者だけが空を飛ぶ事が出来ると信じていたから。
自分の“息子”が空を飛ぶことを信じていたから・・・」
女は言葉をさらに続けようとして、やめた。
顔を上げてこちらを向く。
「まあ、彼の話はいいわ。
私はCODE-7で石版を滅ぼしたいだけ。
人類の手で最初に石版を撃墜した、あなたの手で」
彼の過去の話をしている女は悲しそうな声だったが
こちらを向いてからの声は覇気に満ちていた。
「お前は何者だ?」
女は青い瞳を伏せながら言った。
「私はヨーコ・クラーレンス。
ヒュント・クラーレンスの娘。
天才から生まれた凡人」
俺は女の名前を聞いて震え上がった。
ヨーコ・クラーレンス。
ロッキード社の先進開発計画部にわずか17歳で採用、次期主力戦闘機の設計主任になった人物だ。
最強の戦闘機と呼ばれたF-22を手玉に取る化け物を生み出した天才。
この小娘が、本当に・・・?
「何が凡人だ・・・お前が凡人なら人類は皆無能だ」
「私のX-55は石版には敵わなかった」
俺は女の瞳を見た。
「写真のそいつなら、落とせるのか」
ヨーコは言った。
「現段階でCODE-7に落とせない鳥は存在しえない」
「“天才”のお前が言うなら間違いなさそうだな」
「この子の中身を覗けば、誰もが凡人になるわ」
この女をここまで言わしめる戦闘機が存在するのか。
俺はただただ驚いた。
「どうして俺を選んだ。俺以外にも有能なパイロットはごまんと居る」
「石版の空中での軌道を予測して飛行できたのはあなただけよ」
「俺は僚機を使って石版を予測の範疇に追い込んだだけだ。
俺だけの腕じゃない」
ヨーコは口をつぐんだ。
少しの間があって、彼女は俺を見た。
「最初に空を飛んだストラテスはあなたが撃墜した石版から生まれたの」
「責任を、取れってことか」
「どういう風に取ろうが構わないわ。
あなたがCODE-7に乗るならね」
「乗らない、と言ったら?」
ヨーコは俺の瞳を見た。
「あなたは望んでいる。
人類の手で造り出された戦闘機で石版を討つ事を。
だから私はここに来た」
「・・・」
女の言葉は間違ってない。
俺は石版を討ちたい。
エリナの仇を討ちたい。
ストラテスじゃない人類の・・・俺の手で。
「それにね」
「それに・・・なんだ」
俺が聞き返すと、ヨーコは言った。
「X-55のお披露目の時、あなたは私に言ったでしょ。
分厚い眼鏡をやめてもっとお洒落したら、次は私の戦闘機に乗ってくれるって。
そっちの責任、とってよね」
そう言ってヨーコは笑った。
「あ・・・お前・・・!」
思い出した。
俺は彼女に会っている。
X-55の模擬戦の時、俺はF-15に乗り仮想敵の一機として参加した。
結果は惨敗。
僚機が墜ちても執拗に喰らいついたがタイマンじゃX-55には敵わなかった。
その後の祝賀会に呼ばれた俺は若い日系人の娘に話しかけられた。
何を話したかはもう忘れてしまったが、いつも通り適当に話をしていたに違いなかった。
俺はてっきりお偉いさんの娘か何かだと思っていたが、あの娘がヨーコだったらしい。
俺はひとしきり笑ってから彼女の顔を見た。
ヨーコの青い瞳に
ボサボサの金髪を後で括った無精ヒゲの俺が映っている。
「少し手伝ってやるよ。お前の野望をな」
「あなたの、でしょ?」
意地悪そうな目をした娘がこちらを見て言った。
--NEXT stage2
最終更新:2008年04月19日 16:08