百々軌程の祈り

 最近、祈ることを覚えた。
 時間が余ると適当な場所を見つけて陣取って、腕を組んで物思いに沈む。

 卒業していった樹シュウ先輩の為に祈ることが多い。あと、いずれ学園を卒業してゆく自分や級友たちの為に。
 最近僕は情緒不安定で、怖くてちょっとしたことで良く錯乱して、いつの間にか祈って精神を落ちつける事を覚えていた。。僕を含め学園生の殆どは神を信じてなどいないようだったが、人は祈ると少し楽になるのだ。恥ずかしくて人にはあまり勧められない対処法ではあったけれど。


 休み時間にベンチや校庭の隅で膝を抱えていると、傍目には考え事をしているように見えるらしい。
 もう一歩進んで目も閉じると日向ぼっこしながら居眠りしているように見えるようだ。
 たまに、声をかけてくる人がいる。


「軌程ミチノリ」
 以前、ベンチで目を閉じて黙祷していた僕に、不安げに声を掛けた者がいた。
 僕は目を見開き、其処に立つのが誰であるかを確認した。
「釈セオリちゃん」
「すっごい物憂げ。どうしたの?」
 立町タチマチ釈。彼女は樹先輩に卒業されて髪を切った。噂は立ったが、間も無く止んだ。彼女がお喋りにも先輩への『想い』をあちこち吐露して回ったからだ。憶測する意味は無かった。火の有るところに煙は立たない。
「ちょっと、考え事を…… 大したことじゃないよ、ちょっと、学園祭の、企画を考えてて」
「なんだか遠い人って感じがするよ」
「ごめんね」
 そして沈黙。ちょっと、居辛かった。
 最近、一人でいたいけど誰かと一緒に居たい、そんな解決不能な欲求に苛まれている自分がいる。
「私、邪魔かな」
「え? そんなこと…」
「企画、考え付いたら教えてね」
 そう言い残すと、彼女は立ち去って行った。
 彼女は随分、落ち着いてしまった。
 彼女は、僕より先に卒業してゆくはずだ。彼女は何を思い僕に見送られるのだろう。


また別のときには、級友の江寺エデラ大良タイラが、校庭脇の芝生で引っ繰り返っていた僕の上に屈みこんできた。
「百々、何してるの?」
「日向ぼっこ」
「若者のする事じゃないぜ」

 僕は笑ってしまった。視て来たような事を。

「最近の百々、ちょっと心配だよ。もっと明るく行こうよ」江寺はちょっと無理した感じで笑った。「みんなで旧広島市のほうに行くんだ、自転車借りてさ。百々も来いよ」
「はは、僕はいいよ」
「勿体ない」
 僕の何が?と言う感じの視線に、彼は答えた。
「人生は短いんだから」
 ああ、そう言う意味か。彼は気取った感じで手を振って去って行った。


 彼らがあれやこれやと声を掛けてくるのは、僕の事が心配なのだと分ってる。
 放っておいて欲しい僕は薄情なのだろうか。
 だが、今考えておかないと、きっと永遠に分らない、そんな引っかかりが自分の中に有るのを感じて、つい友人たちを遠ざけてしまう。
 でも、どうせ、理解されない。そんな諦観と言うか、弱さゆえの諦め、逃げのようなものは確かに有ったと思う。
 僕は、自分が思っていた以上に、弱っていたのかも知れない。


そしてそんな僕に声を掛ける人がまた訪れる。

「誰に、祈っているの?」
 僕は目を見開く。
 休み時間にベンチや校庭の隅で膝を抱えていれば、誰かがやってきて自分の恐怖心を理解し、一言でいい当ててくれるのではないか。そんな運命的で非論理的な期待がどこかに有った。僕は視線を上げる。
 美しい人だった。
 僕はその人を知っていた。掲示板の催事告知で、ポスターに乗っていた気がする。演劇部の人。
 日枝御華士織ヒノエギョカシオリ。

 何かが始まる音がした。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年03月01日 20:19
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。