――これは、過去を引きずる男と、彼を良い人だと思う少女の話




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 仁奈、その時はとっても怖くて、心配で、泣きそうだったでごぜーます……。
なにからなにまで、そこは仁奈の知ってる、自分の家そのものでした。
お部屋の数も、何階建てなのかももちろん……、お部屋のどこになにがあるのか。全部全部、仁奈の知ってるお家。
普段はあまり食べ物が入ってない冷蔵庫の位置も、ママが書置きとお金をよく置いてくれてるテーブルも、家族揃って番組を見る事がそんなにないテレビも。
全部、仁奈は知っています。そう、ここは間違いなく、私、『市原仁奈』が住んでいる家でごぜーます。

 ……でも、違う。ここはただ、仁奈の知っているお家であるというだけ。
玄関から一歩外に出ると、そこはもう、仁奈の知らない世界。仁奈の知ってる世界は、仁奈のお家だけ。
ご近所さんが違う。住んでる町が違う。……住んでる世界が、違う。そう、この街は――この世界は、仁奈の知っている世界じゃない。冬木市なんて所、仁奈、聞いたこともない。

 だけどそれ以上に怖いのが、『せーはいせんそう』、という聞いたこともないイベントです。
まるで学校の授業の予習と復習を済ませた後みたいに、仁奈の頭の中に、その言葉と言葉の意味が、シッカリと刻み込まれていました。
せーはい、がなんなのかは仁奈にはわからないけど、『せんそう』がなにか分からないほど、仁奈は勉強が苦手な訳ではないでごぜーます。
仁奈は、仁奈は……その『せーはい』というものの為に、戦争をしなければならねーのです。見ず知らずの誰かを、傷つけなきゃいけねーのです。
そんなの、嫌。仁奈は、誰も傷つけたくないし、傷付けられたくもない!!

 パパ、ママと叫びながら、仁奈は家中を走り回った。
だけど、変な所で、仁奈の身の回りの事情も、この世界は再現していやがりました。パパもママも、相変わらず仕事で家を空けていました。
パパは海外、ママは仁奈より忙しい仕事。世界が違っても、仁奈の知るお家は、仁奈一人が住むには、とても広くて寂しい部屋。
結局、この世界でも仁奈の家には私一人だけしかいませんでした。途方に暮れて、仁奈は独りでメソメソ泣いていました。
誰かに相談したくても、誰に相談していいのか分からない。ううん、そもそも、こんなことを誰かに相談して、信じて貰えるの? 
誰かに相談して、相談した人が傷付けられたら、どうするの? この世界でも、仁奈はアイドルとしての仕事がある。
346プロの仲間が傷付けられて、死んじゃったりしたら……。そんなことを思うと、相談したくても出来る訳がありません。
ベッドに枕に顔を埋めて泣いていて、仁奈を助けてくれる人がいないかと思ってたそんなときに――あの人は、仁奈のところにやってきたのです。

「泣いてちゃだめだよ、マスター」


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「何を描いてるんでやがりますか?」

 仁奈は、『ともだち』が何かをクレヨンで描いているのが気になって、ともだちの所に近付きました。
ともだちが「貸してほしい」と頼んできたので、仁奈は、まだ買ったばかりの自由帳と、幼稚園を卒業した時から使っていなかったクレヨンを貸したのがついさっき。
仁奈よりもずっと背の大きい男の人が、何を描いているのか気になって気になって、しょうがねーのでごぜーます。

「『よげんのしょ』」

 顔を仁奈の方に向けて、ともだちは言いました。
仁奈のともだちは、とっても恥ずかしがり屋だって言ってました。だからいつも、覆面を被っているのです。
とっても不思議な覆面です。真っ白な布に、大きな目、そして、その目の真ん中に、人差し指を立てた手が指を上向きにして配置された、不思議なデザイン。
初めて見たときは、不思議というよりは不気味でごぜーましたが、仁奈の不安を感じ取ったともだちは、この覆面を、
『子どもの頃に通ってた小学校の生徒がデザインしたシンボルなんだ』といっていました。そういわれるとこの覆面に対するイメージが、
不気味なそれから、不思議で親しみやすいと思うようになったのです。それに、覆面を被ってると恥かしくなくなる、といったともだちに、
仁奈は、私と似たような物をおぼえたのでごぜーます。だってなんだか、着ぐるみを着てるとその着ぐるみのモデルと同じ気持ちになれる、仁奈みたいなんですもん。ともだち。

「よげんのしょ……? なんでごぜーますか、それ?」

「僕が子供の頃はね、僕達が大人になれば、きっと凄い世界が来ると子供の誰もが思ってたのさ。丁度、仁奈ちゃんと同じぐらいの年齢の頃だ」

「どんな世界だったんですか?」

「車が空を飛んだり、当たり前のように宇宙に旅行出来たり……あと、巨大ロボットなんかも実用されるんだ、と思ってたよ。まぁ、何一つとして叶ってなかったけどね」

「仁奈が大人になる頃には、そうなってるといいなぁ」

「僕達も、そう思いながらよげんのしょを昔描いたのさ。いつか世界はこうなるんだ、こんな事が起こるんだ。そう思いながらね」

「どんなことを描いてるんですか?」

「見たい?」

「はい!!」

「なら、見せてあげよう。本当は、僕の大事な仲間にしか見せちゃいけないんだけど、仁奈ちゃんは特別だ」

 特別、って言われると、なんだか仁奈も嬉しくなってきます。一気に仲良くなれたような……友達に、なれたような。
ともだちが持っている自由帳に目を向ける。黒いクレヨンで、文字が描かれていました。絵の方は、描いてなかったです。
仁奈にも読みやすいようにと思ってかどうかは分からないけど、全部ひらがなで書かれていました。だけど……結構崩した文字で、読みにくい。

「『きゅうせいしゅがあらわれて、まよい……さま……よえる? おおくのひとをみちびくだろう?』」

 いじわるで、汚く書かれているのかは分からないけど、全部読むのも一苦労……。

「おっと、ここまでだよ」

 そう言ってパタン、と、ともだちは自由帳を閉じてしまった。

「えー!! 仁奈、なにが書いてあるのかもっと見たいでごぜーます!! みせやがれー!!」

「これは大事な大事な『よげんのしょ』なんだ。いつでも見れる様な事にしちゃ、面白くないだろう?」

「む~!! ……でも、そのよげんのしょ、本当に当たるんでごぜーますか? 未来の事なんて、誰にも分かりやがりませんよ?」

「よげんの内容を実現させられるよう、努力する事が重要なんだよ。仁奈ちゃん」

 そう口にするともだちの言葉は、とても優しかったです。何年も前、まだママの仕事が今みたいに忙しくなかった頃、ママが仁奈にいって聞かせたときのような声。

 三日前、初めてともだちの姿を見たとき、怖くなかったといえば、嘘になります。
仁奈がどうすればいいのか分からなくて、メソメソと泣いていたそんな時に、ともだちは現れました。
今みたいに優しい声で、仁奈を慰めようとしてくれたのだ、ということは仁奈にも分かりましたが、初めてともだちを見たときは今よりずっと警戒していました。
今だったらともだちは優しいってことは分かりますが、初めて会ったときはそうもいきません。いきなり現れた覆面の大人の人。驚いて、距離を取ろうとするのは、当たり前じゃないですか。

 「あなたは誰?」、「なんでここにいるの?」
仁奈よりも子供、それこそ園児がするような、なんでなんでの質問を何度も投げ掛けても、ともだちは嫌がることもせず答えてくれました。
そして、ともだちとお話する内に、仁奈も理解しました。ああ、この人が、『せーはいせんそう』に巻き込まれた仁奈と一緒に戦う、サーヴァントって存在なんだと。
また泣きそうになった仁奈の肩に、ともだちは優しく手を乗せて、あのときこういいました。

「心配しないで。君を戦いから遠ざける為に僕がいるんだから。戦う事は得意じゃないけど、仁奈ちゃんを戦いに巻き込ませない事だけは、僕も約束しよう」

 その言葉を聞いたとき仁奈は、とても頼もしい人だなぁ、と心から思った。
それに、言葉には頼もしさだけじゃなくて、仁奈を……人を安心させてくれるような、不思議な心地よさもありました。
まるでそれは、信頼できる『友達』と一緒にいるみたいな。とにかくそのときから仁奈は、ともだちの事を信じる事にしたのでごぜーます。

「……さて、仁奈ちゃん。僕は今日も仕事だけど……君も一緒に来てくれるかな?」

 と、ともだちが訊ねてきました。

「いいですよー」

「分かった。それじゃ、一緒に行こうか」

 其処でともだちはスッと立ち上がり、仁奈もそれを見て立ち上がった。
私の引き当てたサーヴァント――サーヴァントやクラス名で言われるとそがいかんがあるからダメらしいので、『ともだち』と呼ぶようにいわれています――である、
このともだちは、私にせーはいせんそうの影響を受けないように、色々な仕事をしているらしいのです。
その内の一つが、せーはいせんそうとは関係のない人たちに、平和の素晴らしさを教えてあげる、というものなのです。
ともだちは、あるときいってました。「皆と友達になりたいんだから、これ位するさ」って。仁奈はその言葉を聞いて、ああ、ともだちはとってもいい人なんだなと、思いました。


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――

「今日も素晴らしい講演だったわね、“ともだち”のアレ」

 カチャリ、と、食器と食器が静かに音を奏でた。
ティーカップとソーサーが、テーブルの上に置かれた事で生じた音であった。
カップには澄んだ琥珀色の紅茶が満たされており、格調高い香気でテーブル中を満たした。
ソーサーを運んできた女性は紅茶の茶葉には詳しくないが、これは、付き合う前から紅茶に凝っていた彼女の夫が購入して来たグレードの高いものらしい。
彼女がたまに飲む、市販品の、ペットボトルに入っている紅茶に比べて、香りの良さと言うものが明白に違う。夫の淹れてくれた紅茶の方が、香りが柔らかで、クッキリとしていた。

「ああ、最初はよくある胡散臭い新興宗教の類かと思ったが……とんでもない。聞いているだけで、心が安らぐ。その上あの親近感だ。ただものではないよ」

 まるで自分の事を褒められたかのように、男は饒舌に語り始めた。言葉の端々から感じ取れる、“ともだち”と名乗る人物への信頼感。

 “ともだち”が何時頃、この冬木の街に現れ始めたのか、転居を伴う転勤で東京から此処に越して来たこの夫婦にはよく解らない。
ひょっとしたら昔から冬木の街で活動をしていた人物なのかも知れないと、初めの内は同じ講演に姿を見せていた、自分達より古くからこの街に住んでいた住民に、
“ともだち”の事を聞いてみたが、彼がこの街に現れたのは本当につい最近である事は間違いないとの事。
つまりその男は、一週間にも満たない本当に短い期間の間に、此処までの勢力を広める事が出来たのだ。どれ程高いカリスマ性を持った新興宗教の開祖でも、“ともだち”が友達を作る早さには、勝てるべくもないだろう。

 俗世と社会の煩わしい慣習、負荷されるストレス・苦しみ。
これらから人々を解放させてくれる謎の人物が存在すると、冬木の街の住民が噂をし始めるようになったのは何時の頃だろうか。
人の一番苦しい時、辛い時、悩んでいる時。心に生じた僅かな捻じれ、亀裂、間隙から、その人物の中へと入り込み、手練手管でその道に誘い込むのは、
新興宗教に限らず洋の東西のあらゆる宗教に共通するテクニックだ。“ともだち”もマクロ的に見れば、そのような方法を用いて人に近付く。
違うのは、ミクロ的に見た場合だ。“ともだち”が“ともだち”と呼ばれる所以は、其処からの付き合い方にある。
彼は、非常に深い見識の持ち主の上、人の心に精通している。人の抱える悩みがなんなのか、それを“ともだち”は、掌の上のボールを矯めつ眇めつするかの如く、
解析してしまうのだ。そして“ともだち”は、その悩みを抱える人間に近付き、その人物にも出来そうな第一歩を教えてくれるのだ。

 此処が、重要なポイントなのである。
“ともだち”は、あらゆる宗教の開祖の如く、己を神とも、超越的存在とも自称しない。あくまで、自分の事をただの“ともだち”としている。
此処に、皆は親しみやすさを憶える。その人物に事態を解決させる万能の特効薬を処方する訳でもなければ、啓示やお告げを告げる訳でもない。
ただ誰にでも出来る、しかし確実な第一歩を踏める方法を、穏やかかつ落ち着いた心持ちになって人物に、教えてくれる。
そう、何十年来の『親友』が、そうするかの如く。故に、彼が開いたセミナーや講演に集まった人物は皆、“ともだち”の事を『友達』と認識している。
そしてきっと“ともだち”も、皆の事を友達と思っているだろう。それは、間違いなく。

 “ともだち”の講演は通常一時間、長引いても二時間程度で終わる。
其処で話される事は、“ともだち”がどのように世界を、社会を認識しているのかと言う持論の説明。其処での人の付き合い方。
そして全てが終わり次第、個々人が抱える、どのように形振りを決めて良いのか分からない悩みや苦しみを、“ともだち”にぶつける、質問の時間。
この夫婦は、その質問の時間に救われた。彼らの抱えた悩みとは、大なり小なり多くの人物が抱えるそれと何ら逸脱していない。
大企業のエリートコースに男が乗った事による、全国の様々な営業所への転勤。そしてそれに伴い、住み慣れた場所を移動しなければならない彼の妻。
住み慣れた場所から住み慣れぬ場所に移動せざるを得ない事は、その人物にとってストレスの元になる。何度目かの転勤に、夫も妻も疲弊していた。
そんな時に、会社の同僚が“ともだち”を紹介してくれ、彼の講演に招待してくれた。
厄介なネットワークビジネス――今はマルチとかネズミ講と言わないらしい――にハマったんじゃないかと当初は彼らも思ったが、しかしそうではない。
だったら俺達の悩みを変えて見ろと思い、件の質問の時間に抱える悩みをぶつけた時、“ともだち”は焦る事も慌てる事もなく、自分の解決法を示した。
そして其処で、夫婦は思い知ったのだ。“ともだち”と名乗る男の深い見識、人の心への理解。
そして――友力と自称する力を持っていると言う、“ともだち”の底知れなさを。彼の言った通りの生き方をした瞬間、己の胸のつかえが、
ストンと降りたのを夫婦は感じた。息苦しさがなくなった。其処から後は、トントン拍子。ともだちのセミナーに毎日参加するようになった。
“ともだち”が新興宗教などと違うと語ったのは先述の通りだが、彼らのような胡散臭い所と違い信頼出来るのは、“ともだち”はお布施などの金をとらない。
「親友に金の無心をするのは、友達ではないだろう?」。“ともだち”は、そんな事を語っていた。彼は、無償の愛をモットーとする男であるらしかった。

 “ともだち”の講演を終えた夫婦は、冬木での住居である賃貸マンションへと戻り、彼の話で盛り上がった。
ここの所はずっとそうだ。夫婦の共通の話題は“ともだち”のそれであった。自分達の悩みを楽にしてくれた男に対する、尊崇の念。
二人の交わす言葉からは、“ともだち”へのリスペクトが溢れている。希代の傑物、と言う言葉があるが、大抵の場合それは肩透かしである事が多い。
だが間違いなく、あの男は本物であろう。そんじょそこらの山師とは次元が違う、住んでる所も見ているものも違う。彼は、正しく本物であった。

「なぁ、お前」

 カチャリ、と、紅茶を飲み終えた男が、ソーサーにカップを音を立てて置いてみせた。

「なぁに?」

「“ともだち”が、ちっちゃい女の子と何か話しているのを、見たんだってな」

「“ともだち”が? ……あぁ、思い出した。セミナー会場に高い傘を忘れた事があって、その時に戻った事があったじゃない? 誰もいないセミナー会場で、見たのよ」

 其処で、蔑むような表情を彼女は浮かべた。

「言っちゃなんだけど、こ汚い娘だったわ。今日日まともな母親なら、あんなの着せないって位ダサい恰好。あの歳から服を、子どもの意思で選ばせないとやっぱダメよね」

「彼女は、“ともだち”の大事な友達らしいんだ」

 其処で男は、席から立ち上がった。

「実の娘?」

「娘は娘だろう。娘を友達とは言わないよ。兎に角、彼女は“ともだち”の友達だ」

 スタスタと歩く男。彼は、妻の後ろに回った。チク、と軽く何かがうなじに突き刺さる感触。
安物のセーターは駄目ね、と彼女は思った。肌に痒い程度ならまだしも、チクチクするのは駄目である。

「……友達の友達を他人扱いしてはいけない。友達の友達と仲良くしてこそ、幸せの第一歩。“ともだち”も言ってただろ?」

「それはまぁ、そうだけど」

 とは言え、それも難しいだろう。自分の友人は確かに友達だが、友人の友達は明白な他人なのだから。

「実は俺、頼まれごとをされててな。お前についてだ」

「私に?」

 何時、されたのだろうか。

「“ともだち”の大事な友達について、どう思ってるのか訊ねろってね。良い事を言っていたら、素晴らしい妻だと誇って良いと言われたよ」

「悪い事を言っていたら?」

 チク、と先程刺された所が妙に濡れている、其処に右手を彼女は当てた。

「――『絶交』だ、って」

 うなじに当てた手を、離し、自分の目の前に持って来る。ベッタリと、紅色の血で彼女の掌が濡れていた。
その瞬間、彼女は両目と鼻、口腔から、身体の中の全てのものを吐き出したかのように大量の血液が噴出、そのままテーブルの上に突っ伏すかのように倒れた。
感情の波を感じさせぬ瞳で、男は自分の妻の亡骸を見下ろしていた。縫い針のような物を指で挟んでいた男は、それを懐にしまい込みながら、こう言った。

「友達を悪く言うような人は妻じゃないよ」


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 世界大統領にもなった自分が講演を行うには、随分と小ぢんまりした所だと男は思った。
……いや、初めはそんなものじゃないかと男は思い直す。何時だって最初はこんなもの。自分達も最初の講演をする時は、収容人数が数十人のブースだった。
其処からどんどん、市民会館、武道館、そして、国会議事堂へとステップを踏襲していったではないか。
『人間にとっては小さな一歩だが人類にとっては偉大な一歩』、子供の頃に幾許の憧れを抱いていた、アポロ11号の船長、アームストロングも同じ事を言っていた事を、彼は思いだす。

 人でいっぱいになると、この市民会館の演説ホールも物足りない気持ちになるのだが、誰もいなくなると、途端に広く感じるのが不思議である。
誰も座っていない座席が、ステージに立つ男の視界に広がる。薄明りに照らされた微かな闇が、観客席の帳を落としている。
人もいない、日の光もない。この空間の時は、停止し、死んでいた。人もなく、光もない空間の脈動は止まり、死に至る。世の倣いだ。
今のこのホールは正しく、彼と、彼だった男の幼少期を象徴していた。友達付きあいの垣根もない小さい子供からも、必要とされなかったあの頃の自分に。

 目玉の前に人差し指を立てた手を持って来たシンボルマークがプリントされた覆面を被ったスーツの男は、
自分が先程まで『友達』に講演を行っていたその場所を無言で眺めていた。既に此処には友達は一人もいない。自分には、一人も友達はいない。

 ――だが、今は、違う。

「僕にも友達が出来たんだ。仁奈ちゃん、って言ってね。僕達の子供の頃でも珍しかった、純粋で、いい子だ」

 誰もいない空間に、男は講演を始めた。この場にいないたった一人の、NPCとして呼ばれているかも分からない幻影に向って。

「君達の遊びには女の子が少なかったからなぁ。僕達は女の子と遊んでいると、恥ずかしいと思う生き物だったね。でもやっぱり、女の子とも一緒にいると、楽しいよ」

 其処で、一呼吸を置く。

「聖杯……あぁ、それじゃ伝わり難いね。キラキラした綺麗な缶々を手に入れたら、僕も君の所に、仁奈ちゃんと一緒に行くよ。次もまた、遊ぼうよ」

 闇は返事を返さない。男の――“ともだち”の言葉を跳ね返すだけ。

「ケーンヂくーん、あーそーびーまーしょ」

 男はのびのびとした声で言った。自分の事を無視した……或いは、自分の事を貶めた、或いは――自分に生きる希望を与えてくれた、憎い/遊びたかった男の名を。
嘗て『ともだち』の名で世界を支配して見せた男は、未練がましく、ケンヂと言う名の男の名前を口にし続けた。


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   ――これは、昔々、21世紀の未来を焼却しようとした、20世紀の亡霊が、恐怖の大王のように復活する話


   ――これは、『20th Century Boy(20世紀少年)』の復讐と、未練を描いた話





【クラス】

キャスター

【真名】

ともだち@20世紀少年

【ステータス】

筋力E 耐久E 敏捷E 魔力E 幸運A+ 宝具E

【属性】

混沌・悪

【クラススキル】

道具作成:D
魔術的な道具の一切が作成不可能だが、魔力を用いる事で生前自らの組織が産み出していた科学的な道具を作成する事が出来る。
空飛ぶ円盤や極めて破壊力の高い爆弾、そして致死性の出血熱のウィルス等を主として創造する。

陣地作成:EX(E-)
日本と言う一国を支配したどころか、世界全土を統べる世界大統領として君臨していたキャスター。
キャスターは最高条件が重なりに重なれば、『ともだち府』と呼ばれる帝国を作成する事が可能。
この陣地作成スキルのランクEXはAランクの上と言う意味のEXではなく、評価不能と言う意味でのEXである。彼の本来の陣地作成スキルのランクはカッコ内のそれでしかない。

【保有スキル】

扇動:A+
数多の大衆・市民を導く言葉や身振りの習得。特に個人に対して使用した場合には、ある種の精神攻撃として働く。
ランクA+は、一個人が習得する中では最高峰のそれ。歴史上の偉人が習得していた扇動能力と全くの差異はない。

無力の殻:A
キャスターはサーヴァントとして認識されない。ただし、道具作成スキルを発動している最中、そして、後述の宝具を発動した場合のみ、このスキルは意味を成さなくなる。

カリスマ:D+++++
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。カリスマは稀有な才能で、一軍のリーダーとしては破格の人望である。
キャスターのカリスマ性は己を大きく見せる演出を込みでの値であり、キャスター自身は、国のトップの器ではない。

【宝具】

『血の大みそか(ウィルス)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:-
生前にキャスターが2度、世界にバラ撒いたとされる致死性のウィルスが宝具となったもの。キャスターはこれを道具作成スキルで製作可能。
このウィルスには2つのタイプがあり、そのどちらもが、出血熱系の生物兵器である。
潜伏期間がなく、発症して間もなく全身から血を吐き出すタイプのものと、風によく似た初期症状の後全身から血を噴出させて死ぬタイプのものがある。
また感染させる方法も2つで、一つが直接埋め込むか、そしてもう一つが空気感染させるかである。治療法は、このウィルスの為に作られたワクチンか、極めて高度な魔術的医療技術が必要となり、事実上、これらがなければ罹患した瞬間死が確約する。

『果てありき夢への地図(しんよげんのしょ)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
生前キャスターが行動の指針としていた、幼稚な予言の落書きが宝具となったもの。
キャスターは聖杯戦争に呼び出されて間もなく、これを作成する事が出来、この宝具に書かれた事に沿って行動する事で、
幸運ステータスと行動の達成値に上方修正を掛ける事が出来る。この宝具を作成出来るのは最初の一回のみで、これ以降別の『よげんのしょ』を作成する事は無条件で不可。
よげんのしょを失ったとしても、キャスターがその内容を憶えており、その覚えた内容に従い行動しても、上記の補正効果は得る事が可能である。

『反陽子爆弾』
ランク:E 種別:対軍~対城宝具 レンジ:99 最大補足:1000
生前キャスターが作成していた……とされる、核爆弾よりも遥かに強力な、世界を一時に滅ぼす威力の反陽子爆弾が宝具となったもの。
但し、聖杯戦争の制限上そう言った、星を滅ぼし得る宝具は再現不可能であるし、そもそも生前この爆弾が炸裂した機会はなかった為、
本当にこれが地球上の文明全てを滅ぼせるのか、そもそも、これが本当に現代技術では再現不可能な反陽子爆弾であったのか不明である。
前述のようにこの宝具には地球を滅ぼす程の威力などない。この宝具は、原子爆弾にも等しい威力の爆発を発生させる、恐るべき爆弾であるに過ぎない。
宝具ランクこそEだが、この宝具ランクは神秘性の低さを表した値であり、この宝具を発動した場合、Eランクの宝具を発動させたとは思えない程の魔力消費が行われる。

『再誕せよ、神へと至る為(20th Century Boy)』
ランク:EX 種別:奇跡演出宝具 レンジ:- 最大補足:-
生前キャスターが行った中でも最も有名な逸話、数十万~数百、数千万、数億人もの人間が見守る中、劇的な演出で死体の状態から生き返り、
身を挺して凶弾からローマ法王を身を守った、と言うエピソードが宝具となったもの。キャスターは霊核にすら影響のある致命傷を負い、消滅しようとしていても、
極めて少ない魔力消費で幾度も復活する事が出来る。その際復活前に負っていたダメージは完全に回復、元の状態に戻ってしまう。

この宝具の本質は、本当に蘇生しているのではなく、『蘇生しているように見せかける』と思わせる事に本質がある。
キャスターは消滅しようとしているのではなく、その時『本当に消滅』しているのであり、復活したと思われているのは、キャスターが産み出した幻影である。
もしもこのキャスターが演出した幻影を見て、キャスターが復活したと誰かが思った場合、因果の逆転が発生。
生き返ったと思われている、キャスターが産み出したその幻影が、正真正銘の本物のキャスターとして再誕、行動が可能になるのである。
逆に言えばこの宝具は、誰かがキャスターの事を生き返ったと思いこむ事が条件なのであり、消滅時に誰も『キャスターが蘇生していない』と思った場合、
そもそも『蘇生したと思い込む人物がいない状況』で消滅した場合、他のサーヴァント同様キャスターは聖杯戦争の舞台から脱落する。
――だがこの宝具の最悪辣な点は、自分が生き返ったと思い込む人物はNPCだろうがサーヴァントだろうがマスターだろうが『誰でも良く』、
しかもその上『蘇生したと思い込む人物の数は一人でも良い』と言う点である。つまりこの宝具は、キャスターが『生き返った』と思い込むマスターがたった一人、
キャスターの消滅している現場に居合わせるだけで、事実上このサーヴァントはマスターの魔力が続く限り、無限に復活出来るのである。
友達の認識によって何度でも復活し、神の子を演出出来る、20世紀の亡霊に相応しい歪んだ醜い宝具。

【weapon】

【人物背景】

人類史上最も多くの国の、最も多くの人類を殺害した史上最悪の虐殺者。そして、それを隠し通したまま、世界の頂点に君臨していた男。
過ぎ去った20世紀が産んだ亡霊。世界から、社会から必要とされなかった少年が、自分の事を貶めたある少年に励まされ、生きる望みを抱き、成長してしまった姿。

【サーヴァントとしての願い】

もう一度、ケンヂくんと遊ぶ



【マスター】

市原仁奈@アイドルマスター シンデレラガールズ

【マスターとしての願い】

お家に帰りたい。今は、“ともだち”を頼る

【weapon】

【能力・技能】

アイドルとしての歌唱力

【人物背景】

346プロに所属するアイドルの卵。家庭環境に、やや難があるフシが見受けられる。

【方針】

“ともだち”に助けて貰う

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最終更新:2017年03月15日 15:40