月が高く昇り、街を光で照らす深夜。
辺り一面は焦土と化した地獄から体を引きずって、この場から離れようとする男。這々の体で逃げる様は無様というほかなかったが、そんなことは今の男にとってはどうでもいいことだった。
男は優秀だった。一流に迫るほどの魔術の才能を持ち、短時間で質の良い陣地を作る手際。
呼び出したサーヴァントは大技を持たないまでも小回りの効くランサー、関係もビジネスライクとしてそれなりに良好なものであった。
自分であれば必ず勝ち残り、聖杯を手に入れるのだと確信していた。決して単なる自惚れではなかったはずだった。
そんな彼にとって不幸なことだったのは二つ。
一つはこれが聖杯戦争であったこと、魔術師として優秀であっても、戦闘に関する経験がなかった。
もう一つは襲撃者が生粋の戦士であったこと。そして、それがとてつもない暴力の化身ということが彼を破滅に導いたのである。
◆ ◆ ◆
山小屋を中心に作られた陣地で二人のサーヴァントが槍を交える。
自身の宝具の効果により強化されていた男のサーヴァントである鎧武者のランサーは地力だけの襲撃者のサーヴァントに叩き潰された。
白髪のマスターはこちらの攻撃を全て躱し、動きに反応できない男は相手に翻弄され、深手を負った。
絶望的な状況であり、このままいれば確実に殺されると思った彼は這い蹲りながら彼らから少しでも離れようとする。
どこに逃げればいいかは分からない、ただ彼らから離れなければいけないという意思だけで動いていた。
だが――
「逃がすわけねえだろうが、クソが」
逃げようとした男の身体が相手のマスターに蹴り上げられる。蹴り上げられた男は叫び声をあげる体力すら無くなり、痛みをただ感じるぐらいしかできなくなっていた。
「無駄な手間かけさせんじゃねえよ。こちとらテメエみてえなカス、こんな状態じゃなきゃ喰いたかねえんだよ。とっととすませ「ま、待て」--あ?」
「わ、わざわざ私を殺す必要はないのではないか? 私はサーヴァントを失った、令呪もここで放棄しよう。
これ以上、この聖杯戦争には関わらない。そうすれば君が私を殺す理由は無くなるだろう? だ、だから命だけは「うるせえ」--ぎっ、ああああああああ!?」
「テメエを殺す理由? さっき言っただろうが、テメエを喰うためだ」
「ひっ――」
「そんな訳だ、これ以上の御託を聞く気はねえ。とっとと死ね」
「や、やめ――」
そう言って白髪鬼は何の躊躇いもなく、男の頭を無造作に踏み潰した。
最期の命乞いは徒労に終わり、栄光を掴むはずだった男の命はあっけなく終わったのである。
そして、そんな男の最期を見て、少しばかり鬱憤が晴れた白髪鬼――ヴィルヘルムは自身のサーヴァントであるバーサーカーの方を見た。
「終わったか?」
「ああ、ちょうどな。ただどうやら喰える魂ってのはマスターだけみてえだな、NPCつったか? ありゃ、単なるカスだ。腹の足しにもなりゃしねえ」
エイヴィヒカイト――カール・クラフトが開発した聖遺物と霊的に融合し、超人的な力を揮うことが可能となる魔術。
人を殺せば殺すほどに魂が聖遺物に回収され、その回収した魂の量に比例して術者は強化される。
その強化の度合いは凄まじいもので、百人殺して百の魂を得たものは常人の百倍に相当する生命力を有した異種生物になるのである。
しかし今のヴィルヘルムは完全に枯渇し、自前の魂しか残っていない。この状態で無理に使おうとすれば、自前を削り己が欠けてしまう。
そんな愚行を彼はこの聖杯戦争において、やるつもりはない。とはいえこのままの状態で戦い続ければ、途中で力尽きるのは目に見えている。
そうなることを避けるために、この戦争で彼に必要なことは燃料補給、つまり魂の回収である。
この冬木市においてはマスターの魂だけが燃料となり得る。NPCの魂は生きた人間の魂とは比較にならないほど質が悪く、エイヴィヒカイトの燃料にはならないため、街一帯の住民を皆殺しにしても意味がない。
またマスターの魂を集めたとしても、数人程度では初期段階の活動位階までなら何とか使えるかもしれないが、その上にある形成と創造は聖杯で魂を補充するまでは使えない。
バーサーカーへの魔力供給に力を割いている状態でそれらを使えば、大した威力も出ずにすぐ魂が枯渇し、魔力供給に支障が出る。今の彼は身に宿す魔業は全てを実質封じられている。
ゆえに今、彼にあるのは持ち前の高い身体能力と膨大な実戦で培われた経験と勘である。
「本当ならこんなクズを喰う気はねえんだが、贅沢は言ってられねえ。こんな所で死ぬ気はねえんだからよ」
ルートヴィヒが最期に落とした『鉄片』はクラウディアが拾い、それをヴィルヘルムに渡した。本当ならあの男のものなどすぐに捨ててしまいたかったが、力を出し尽したせいで投げ捨てる力すら残っていなかった。そしてクラウディアの創造が発動し、彼女を喰らうことを強く願ったとき、彼はこの冬木市に呼び出された。
そのことに対し、ヴィルヘルムは苛立ちを募らせていた。殺し合いで願いを叶えるのは構わないが、極上の獲物を喰らう直前で自分を呼び出した存在にはかつてないほどの怒りが湧いていた。
あのままの状態で創造を発動すれば確かに自分は死んでいたかもしれない。聖遺物に魂を吸い尽くされるか、光に焼き殺されるかの違いだけで結果が変わらなかったかもしれない。
それでもあの場から連れ出されたのは我慢ならない。この状況こそがあの水銀に言い放たれた呪いを表しているとでも言うように、望んだ相手を取り逃がすのがお前の運命であると。
「クソが、どこの誰だか知らねえが舐めた真似しやがって。聖杯戦争なんて大層な名前つけてるみてえだが、どうせロクでもねえ代物だ。
殺し合いで貰える願望機ってのが真っ当なはずがねえし、そもそもそんな願望機を素直に渡すような奴がいるとは思えねえ。まあ、そんなもんでも腹の足しぐらいにはなるだろうよ」
ならば自分がやるべきことはこの戦争を勝ち抜き、あの腐れ魔術師の呪いから脱却するまで。
マスターの皆殺しを目的として戦い抜き、勝者となってあの場所に戻り、あの馬鹿女を喰らう。
そのためには少しでも多くの魂を喰っておく必要があり、その一環として早くからマスター狩りを行なっていた。
最も今の彼が狩れるのは人目のつかない場所で事前準備を始めているごく少数のマスターだけなのだが。
「本当ならマスターよりもサーヴァントの魂を喰った方が効率は良いんだろうが、生憎と今の俺は出し尽くした後でな、サーヴァントとやり合えるような状態じゃねえ。
だからサーヴァントのことはテメエに任せる。異論はねえな、バーサーカー?」
ヴィルヘルムが問いかけるのは、自身が呼び出したサーヴァント。
黒身がかった褐色の屈強な肉体、生気を宿さない虚ろで殺意に満ちた瞳、全身を彩る赤黒い魔術的な紋様の刺青、腕と下半身を覆う魔獣じみた甲冑、至る所から無数の棘を生やして変質した魔の朱槍。
平常時のヴィルヘルムであれば、正規のランサークラスとして呼び出されたであろうアイルランドの光の御子はマスターの精神に引き寄せされた影響なのか、それとも『闇』が残した残滓の影響か、伝承にある異形の狂戦士とも異なる反転した狂王がこの冬木市に現界した。
「元よりそのつもりだ。ただサーヴァントとして敵を殺し続けるだけ、それ以外に興味はない」
快男児と言い得た壮健な人格は、ただひたすら戦場を血に染める戦闘機械のように無感動になっている。
今の彼に愉悦はない。己の夢など何もなく、強者との戦いでさえ彼の心は奮わない。ただ淡々と敵を殺すのみ。ここにいるバーサーカーは戦争がもたらす“虚無”と“荒廃”の化身である。
「そうかい。ま、テメエとの関係はこの戦争の間だけで、別に馴れ馴れしくするつもりはねえ。まあそれとは別に俺個人としちゃ気に入ってるんだぜ。
いちいち文句つけてくるような奴じゃねえし、殺すことに何の躊躇いもねえ。俺にとっちゃテメエは大当たりだ」
「世辞を言っている暇があるなら、さっさと次の獲物を探しに行け」
「おお、ワリィワリィ。英雄とやり合えることなんてよ、貴重な経験だからな。こんな時でもなけりゃ、思う存分楽しんでいたのによ。
今の俺がやれるのは全部喰らって前に進む、それしかねえ」
ゆえに彼らが齎すものは死闘ではなく殺戮、一切の愉悦(あそび)を捨てて最後まで戦い抜く。
すべてを呑み込み、喰らって膨れ上がることこそが己が覇道。この戦争は自身の願いを叶えるための単なる通過点に過ぎない。
「待ってろよ、クラウディア」
我が初恋(はじまり)よ 枯れ落ちろ――。
ただそれだけ――彼女の全てを奪うために彼はこの戦争の全てを喰らう。
◆ ◆ ◆
大地は血を飽食し、空は炎に焦がされる。
人は皆、剣を持って滅ぼし尽くし、息ある者は一人たりとも残さない。
男を殺せ。女を殺せ。老婆を殺せ。赤子を殺せ。
犬を殺し、牛馬を殺し、驢馬を殺し、山羊を殺せ。
――大虐殺(ホロコースト)を。
目に映るもの諸々残さず、生贄の祭壇に捧げて火を放て。
この永劫に続くゲットーを。
超えるためなら、総て焼き尽くしても構わない。
【クラス】
バーサーカー
【真名】
クー・フーリン[オルタ]
【パラメーター】
筋力:A 耐久:B+ 敏捷:A+ 魔力:C 幸運:D 宝具:A
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
狂化:EX(C相当)
聖杯への願望によって誕生したバーサーカークラスのため、Cランク相当でありながら、論理的な会話は可能。しかし如何なる詭弁を弄しても効果がなく、目的に向かって邁進する以外の選択を行わないため、実質的に敵対者との会話は不可能であるといえる。
【保有スキル】
精霊の狂騒:A
クー・フーリンの唸り声は、地に眠る精霊たちを目覚めさせ、敵軍の兵士たちの精神を砕く、精神系の干渉。敵陣全員の筋力と敏捷のパラメーターが一時的にランクダウンする。
矢避けの加護:C
飛び道具に対する対応力。
魔術に依らない飛び道具は、目で見て回避する。
狂化されているため、通常より大幅にランクダウンしている。
ルーン魔術:B
北欧の魔術刻印ルーンの所持。
この状態で現界するにあたって、クー・フーリンは「対魔力」スキルに相当する魔術を自動発動させている。
戦闘続行:A
往生際がとことんまで悪い。獣の執念。戦闘を続行する能力。
決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の重傷を負っても戦闘が可能。
神性:C
神霊適性。太陽神ルーの子であるクー・フーリンは、高い神性適性を有する。
オルタ化しているため、神性が通常よりランクダウンしている。
【宝具】
『抉り穿つ鏖殺の槍|(ゲイ・ボルク)』
ランク:B++ 種別:対軍宝具 レンジ:5~50 最大捕捉:100人
ホーミング魔槍ミサイル。クー・フーリン本来の宝具。
自動追尾する魔槍の投擲により、範囲内の敵を掃討する。オルタの場合は自らの肉体の崩壊も辞さないほどの全力投擲であるため、通常の召喚時よりも威力と有効範囲が上昇している。敵陣全体に対する即死効果があり、即死にならない場合でも大ダメージを与える。
ルーン魔術によって「崩壊する肉体を再生させながら」投擲しているため、クー・フーリンがダメージを受けることはないが、途方もない苦痛は防げない。ただクー・フーリンは単純にその痛みを堪えることで受け流している。
『噛み砕く死牙の獣|(クリード・コインヘン)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:─ 最大捕捉:1人
荒れ狂うクー・フーリンの怒りが、魔槍ゲイ・ボルクの元となった紅海の怪物・海獣クリードの外骨格を一時的に具象化させ、鎧のようにして身に纏う。攻撃型骨アーマー。
着用することで耐久がランクアップし、筋力パラメーターはEXとなる。この宝具を発動している最中は『抉り穿つ鏖殺の槍』は使用できない。
【weapon】
宝具であるゲイ・ボルク
【人物背景】
ケルト・アルスター伝説の勇士。赤枝騎士団の一員にしてアルスター最強の戦士であり、異界「影の国」の盟主スカサハから授かった無敵の魔槍術を駆使して勇名を馳せた。
通常とは異なりバーサーカーとして現界している。何らかの要因によって全身の装備が変化し、性格も反転。北欧の魔術刻印であるルーン魔術は己の肉体の補強のみに使用している。
表情は冷酷、宝具である魔槍も黒混じりの赤となっており、禍々しい気配を湛えている。
【サーヴァントとしての願い】
興味なし、ただひたすら敵を殺すのみ。
【マスターとしての願い】
燃料となる魂を補給して、呼び出されたあの瞬間に戻る
【weapon】
『闇の賜物』
ヴィルヘルム・エーレンブルグがその身に宿す聖遺物。
エイヴィヒカイトを習得して人外の力を得た正真正銘の超人にして魔人なのだが、今回の聖杯戦争では燃料である魂が空になっていることとバーサーカーへの魔力供給に力を割いていることにより、身に宿す魔業は全てを実質封じられている。
マスターの魂を取り込むたびに魔力供給量の増加と身体能力の強化の恩恵が得られる。ある程度まで魂を取り込めば、肉体の損傷・欠損の再生と活動位階を発動することが可能となる。
活動位階を発動すると不可視の杭を飛ばすことができるようになる。不可視の杭はそれだけで常人には致命的だが、サーヴァントから見ればさほど威力はないものである。
NPCはエイヴィヒカイトの燃料となるほどの質を持っていないため、どれだけ殺しても一人分すら溜まらない。またサーヴァントの魂は今のヴィルヘルムの容量を超えているため、取り込むことはできない。
【能力・技能】
生身の身体と同然になっているとはいえ、エイヴィヒカイト習得前から持つ半ば人間をやめている身体能力は今も健在。
体術は完全な我流で、その暴力に彩られた出自故の類稀な戦闘センスと膨大な実戦のみをもって培われたもの。
実の父親と姉のヘルガ・エーレンブルグとの近親相姦で生まれたアルビノであるため、日光を始めとする光を嫌うが、夜になると感覚が研ぎ澄まされる特異体質でもある。
【人物背景】
聖槍十三騎士団・黒円卓第四位『串刺し公(カズィクル・ベイ)』。
かつては凶悪犯罪者上がりの軍人でかなり気性の荒い、殺人・戦闘狂の危険人物。日本人を「猿」と呼んで憚らない筋金入りの人種差別主義者だが、強者であれば人種や男女の区別なく、彼なりの敬意を払う。
同胞である騎士団員にも遠慮なく殺意を振りまく狂人であるが、同時に騎士団員達を「戦友であり、家族である」と称するなど彼なりの仲間意識を抱いている。
今回はクラウディアの創造が発動したところで呼び出されており、聖杯戦争をクラウディアを喰らうための燃料補給としか思っていない。そのため、戦闘を楽しむ気は一切なく、敵はただ殺すだけと考えている。
【ロール】
路地裏をうろつく根無し草のチンピラ
【方針】
願いを最優先、魂の補給のために目についたマスターは全員殺す。聖杯そのものに関しては補給を効率よく行う道具としか見なしていない。最悪、帰還と自分の魂喰いができれば聖杯がなくても構わないと考えている。
昼間は屋内に篭り、夜を主な活動時間としている。面倒事を避けるため、
ルールにはある程度従う。ただし必要であればNPCの魂喰いは躊躇いなくやるし、ルールを無視した行動もする。
最終更新:2017年03月18日 00:03