そこは心地よいまどろみの国。
夢は半ばとじた眼の前に揺れ、
きらめく楼閣は流れる雲間にうかび、
雲はたえず夏空に照り映えていた。




これから戦場に変わる街、冬木の郊外にぽつりと佇む廃ホテル。
元は人目に付かないラブホテルとして使われていたそこは、廃墟特有の静寂に包まれていた。
しかし無人というわけではない。我が物顔で持ち主の消えた情欲の城を走り回っていた鼠や虫たちは今、じっと息を潜めて新たな城の主を見つめている。

右腕に赤いタトゥーのある、整った顔立ちの青年だった。
繁華街を歩きでもすれば遊び盛りの女どもが引っ切りなしに寄ってくるような恵まれた外見を持っていながら、その両目は鋭く尖り、冷たい色合いを湛えている。
こんな場所を寝床にしている上に、普通に生きてきただけではまず身に付けられないだろうその眼光。
たとえ素人が見ても只者ではないと瞬時に悟る、ある種の凄味とでもいうべき気迫が彼にはあった。

彼は思う。此処は、嫌な街だ。
誰もが生きているようで、生きていない。
儀式の円滑な運営のためだけに用意された機械じかけの箱庭。

此処には粘ついた欲望も、爛れた闇の臭いもない。
正確には"それしかない"のだが、そうした嗅ぎ慣れた悪臭はむせ返りそうなほどのプラスチック臭さで隠されている。
こんな街には一秒だって長居したくないと、青年は心底そう思った。
気が滅入りそうだし、何よりこんな場所で油を売っている暇自体そもそもないのだ。

瀬木ひじりという青年には、守らなければならない存在がいる。
年下の子どもよりもずっと弱く、脆く、それでいて計り知れないほど深い闇を小さな体に秘めた少女。
――東雲あづま。彼にとって世界とは彼女で、彼女とは世界だ。
瀬木ひじりは世界を守るためだけに生きている。存在することを許されている。少なくとも彼は、そう思っていた。

「ヒトを憎んだおまえには分からん境地だろうがな、アヴェンジャー」

アヴェンジャー。それは、復讐者を意味する言葉だ。
正当な聖杯戦争のクラスには存在しない、エクストラクラス。
この世全ての悪であることを押し付けられた青年や、シャトー・ディフの巌窟王。
そうした復讐の英霊どもと同じクラスを冠するヒトならざる獣こそが、瀬木ひじりの呼び出したサーヴァントであった。

「……俺の願いはあいつの願いだ。俺は聖杯を手に入れるが、聖杯の力を受け取るのは俺じゃない。
 大きな光は、大きな闇のところにこそあるべきだろう。だから俺は――すべての奇跡をあいつに"返す"」

瀬木は本来、生きて此処にいられる存在ではない。
彼は一度、確かに死んだ。汚れた男の野蛮な手で絞め殺された。
それでも今、瀬木ひじりは確かに生きている。
心臓は脈打ち、呼吸も正常。肌を切り付けようものなら、サラサラの血液が流れてくるはずだ。

曰く、一度死んでよみがえったものはこの世の条理から外れ、神域の存在になるという。
しかし瀬木は、自分を神に等しい超存在だなどとは微塵も思わない。
彼はあくまで、少女が起こした奇跡に拾い上げられただけの獣。
ゆえに彼が神託を受けた預言者が如く、東雲あづまという救世主に尽くすのはある種当然の話だった。

「気に入らないか? 奇遇だな、俺もそう思ってる。
 お前みたいな傍迷惑な狂犬があいつのそばにいなくてよかったと、お前を見る度安堵してるよ」

それに対してアヴェンジャーと呼ばれた獣は、明らかな怒りと苛立ちの滲んだ唸り声で応えた。
昼間でも薄暗い廃ホテルの一室、その暗がりの中に二つの獰猛な輝きが浮かんでいる。
相互理解という観念を真っ向から否定する、殺意と敵意に満ち満ちた魔獣の眼光だった。
瀬木もこのサーヴァントの性質はよく理解していた。理解した上で、彼はこれと支え合う選択肢を放り投げたのだが。

"それ"は、妖しい銀色の毛並みを持つ巨狼であった。
獅子くらいなら前足の一振りで八つ裂きにしてしまうだろう、鋭く大きな爪と牙。
そしてそんな狼を駆る、首から上の存在しない騎士。
あらゆる命を刈り取る首狩り鎌を携えて、騎士は狼の背に跨って亡霊のような威容を示している。

「■■■■■■■……」
「……そんなにも人間が憎いか、アヴェンジャー」
「■■■■■■■――!!」

本来。このアヴェンジャーは、こうして聖杯戦争に召喚できる存在ではない。
Chaos.Cellという土壌、いくつもの並行世界が並列接続されたこの状況だからこそ召喚が成立した極めてイレギュラーなサーヴァント。
それが彼らだ。そして彼らを召喚することがもし出来たとしても、それを使役することがこれまた難題だ。
何故なら騎士に駆られる狼は、人間という生物全てを憎悪している。
たとえマスターだろうが構わず咬み殺してしまうほどに、その憎悪は深く重い。

「まあ、気持ちは分からなくもない。
 俺も奴らの醜さはよく知ってるよ。この目で嫌ってほど見たし、何ならこの身で味わった」

語る瀬木の瞳に、アヴェンジャーのそれと同種の憎悪が一瞬宿った。
紛れもない獣としての憎悪、人間が灯すことの出来ない種類の闇の感情。
そう――瀬木ひじりは人間ではない。
それこそが、彼が狼王と首なし騎士を従えられている唯一にして最大の理由である。

「それでも……俺にはそこに例外があった。お前には、なかった。俺たちの違いはきっとそれだけなんだ」

それでも、やはり相互理解は成り立たない。
復讐者はヒトを食らうことを望むが、信奉者はヒトを守ることを望む。
彼らは元を辿れば同じ獣だが、その一点において確実に交わらない。
救われなかったケダモノと、救われたケモノの違いだ。
どんな聖人でも、こればかりは覆せない。

「そうだ。俺とお前が分かり合うことはない」

瀬木は、いざという時には人間のように狼王に首輪を繋ぐだろう。
狩りに出る漁師のように、自分のためだけにその復讐心を利用するだろう。
場合によっては、彼を卑劣に切り捨てることだってあるかもしれない。

「なら、互いに精々利用し合おうじゃないか。
 俺はお前の牙が、爪が要る。お前は恨みのままに人間どもを食らい尽くしたい。
 利害は一致してるんだ。気に入らないからといって、わざわざ利益を殺しながら潰し合う必要もないだろ」

狼はそれに、一度唸り声を返すだけだった。
首なし騎士は何も語らず、ただ黙ってそこにいる。
瀬木もこれ以上の意思疎通は無意味と断じ、再び視線を窓の外へとやった。

狼と騎士。
二つは、全く別な存在だ。
融合して英霊化するなどありえない赤の他人同士。
いくらこれが何から何まで異常づくめの聖杯戦争とはいえ、"彼ら"が成立することがどれほどの低確率なのか瀬木には想像もつかない。

瀬木ひじりは、復讐に飢えた狼王が気に入らない。
それでも、何も思うところがないわけではなかった。
遂に救われることなく、無念のまま生涯を閉じた一匹の獣。
語らいたいことも、掛けたい言葉も、実のところはゼロじゃない。

にも関わらずそうしないのは、瀬木なりの狼王に対する敬意だった。
救われた自分が何を言ったところで、それは彼に対する侮辱にしかならない。
だからこそ理解を投げ捨て、嫌悪をぶつけて目を逸らす。
人間を愛した結果、最後に救われた幸せな獣の話など――狼王(かれ)は聞きたくもないだろうから。




「■■■■■■……」

彼は過去、ただの狼だった頃から魔物と恐れられていた。
自分の倍以上もある体重の牛を引きずり倒し、悪魔のようと称される高い知性をも持った灰色狼。
彼はあらゆる罠を看破し、何百頭もの家畜や猟犬を食い殺した。
数えきれない同胞を殺めてきた人間たちを嘲るように、彼は狼の王として君臨し続けた。

そして遂に万策尽きた人間たちは、あるひとりの博物学者に白羽の矢を立てる。
学者はとても聡明で、腕の立つハンターだった。
しかし彼はそんな博物学者の罠や策もことごとく打ち破り、依然変わりなく猛威を振るい続けた。
それでも彼の打倒に燃える人間は諦めなかった。ある時とうとう、その最大の策が狼王を襲った。

「■■■■■■……」

彼ではなく、彼の妻を使った卑劣な策。
妻を殺されて怒りに燃える彼は、罠を破る知性さえ忘れ去って突進した。
結果彼は怨敵の罠に捕らわれ、最期の一瞬まで餌も水も口にせず飢え死にしたと伝えられている。
その気高き野生を目の当たりにした博物学者は彼に敬服し、同時に自らの卑劣を恥じたという。

「■■■■■■……!」

彼は、ヒトの卑劣に散ったケモノの成れの果て。
海より深い、底の見えない憎悪で人類を食らうケダモノ。

「■■■■■■■――!!」

聖杯の恩寵、奇跡の実現、そんなことは眼中にない。
彼はただ、本能のままに人類に復讐の爪牙を振るうだけだ。
たとえ己を呼び出したモノが、ヒトを愛するケモノだったとしても。
彼は止まらない。彼が彼である限り、絶対に。


【クラス】
アヴェンジャー

【真名】
ヘシアン・ロボ@Fate/Grand Order

【ステータス】
筋力A+ 耐久B+ 敏捷A+ 魔力E 幸運D 宝具B+

【属性】
混沌・悪

【クラススキル】

復讐者:A
復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。
周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情はただちにアヴェンジャーの力へと変わる。

忘却補正:B
人は多くを忘れる生き物だが、虐げられし獣は決して忘れない。
忘却の彼方より襲い来るアヴェンジャーの攻撃は、あらゆる人類種の喉元へ襲いかかる。

自己回復(魔力):B
復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。魔力を微量ながら毎ターン回復する。

【保有スキル】

堕天の魔:A+
彼は堕ち、穢れ、復讐のみを求める魔獣である。
その猛烈な憎悪によって肉体の耐久力はアップし、高度の精神効果耐性も併せ持つ。

怪力:B
一時的に筋力を増幅させる。
魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性で、使用する事で筋力をワンランク向上させる。
持続時間は『怪力』のランクによる。

死を纏う者:A
憎悪に任せて人を喰らい、自らの行く手を阻むすべてを断罪する。
彼の攻撃は一定確率で即死効果を発生させ、相手が人間に近ければ近いほど発生率は高まっていく。

【宝具】

『遥かなる者への断罪(フリーレン・シャルフリヒター)』
ランク:C 種別:対人 レンジ:1~5 最大補足:1
二人の復讐心を形にした憤怒の断罪。
一撃で首を刈る、絶殺宝具。
因果を逆転するほどの力は持たないものの、宝具のレンジ内で微妙に世界への偏差を加える事によって『首を刈りやすくする』状況を形作る。

【weapon】
首狩り鎌

【人物背景】
3メートルを超す巨大な狼とそれに跨った首無しの騎士。
バーサーカーのように言語能力を失ったのではなく、最初から人語を話せない。乗り手が主ではなく、狼の方が主。
生前の出来事がきっかけで人間を憎んでおり、その憎悪は海より深く、人を喰らうのも空腹を満たすためではなく直接的な憎しみからである。

その真名は『スリーピー・ホロウ』の逸話で知られるドイツ軍人『ヘシアン』と、シートン動物記で有名な『狼王ロボ』の複合型サーヴァント。
しかし虚構である彼らに召喚が成立する理由はなく、本来英霊にも到れず、サーヴァントとして召喚されることはない。
そもそも生前全く縁のなかった者同士がパートナーとして結合することはありえないが、聖杯により『可能性の一つ』として抽出され、召喚が成立した。
状態としては『悪性隔絶魔境 新宿』で暴れ回っていた時とほぼ同じだが霊基は最初からアヴェンジャーとなっており、三人目の幻霊を繋いでいないため透明化はできない。

マスターの瀬木についてはその正体を感じ取っており、敵意を向けることこそしないが、快くは思っていない

【サーヴァントとしての願い】
■■■■■■■■■■■■■■■■


【マスター】
瀬木ひじり@世界鬼

【マスターとしての願い】
あづまのために聖杯を手に入れ、使う

【weapon】
主に銃

【能力・技能】
生命エネルギーを物質に変換し、武器や道具を作り出すことができる。
喉の奥から銃を出現させ、舌で引き金を引いて発砲するという芸当も可能。

【人物背景】

――彼はある少女のためだけに、奇跡のような運命のもとに生きている

【方針】
アヴェンジャーを『使い』、他の願いある主従を潰す

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最終更新:2017年04月06日 18:43