遠い世界、終わった世界。
そこで、少女は知った。
自分の傍に居た義妹、彼女の抱える事情を。
自分の想像を遥かに飛び越した、重すぎる曰くを。
並行世界の人間とはいえ、自分の想い人である青年が駆け抜けてきた過酷極まりない旅路を。
全てを知った魔術師に、聖杯は静かに微笑んだ。
――「どうするね」とでも言うように、運命の岐路を目の前に出現させて。
◆ ◆
「どうするもこうするもありませんわ。怪しすぎですわよ、こんなの」
金髪を縦ロールに纏めた、一目見ただけで高貴な身分であると分かる少女だった。
その顔は天工が魂を注ぎ込んだとしか思えない、常人には得難い美質を湛えているが、何処となく傲慢で激しく、優雅とは言い難い性根が滲んでいるのはご愛嬌である。
少女の名前は、
ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。彼女は偶然『鉄片』を手にして巻き込まれただけの素人マスターとは違い――とはいえ、彼女も偶然資格を得たという点だけ見れば同じなのだが――、聖杯戦争、ひいてはサーヴァントに対しても正当な知識を持つれっきとした魔術師だ。魔術行使の為に必要となる宝石も、元世界で持っていたものに加えて幾らか周到に買い足してある。
現実をきちんと理解しているからこそ、ルヴィアはすぐにこれから始まるであろう戦いに備えることが出来た。長いこと魔術師らしからぬ日常を送ってきたとはいえ、彼女とてれっきとした魔術の世界の人間なのだ。その時点で、他のマスターより数歩は進んだ優位を獲得出来ていると言っても過言ではなかった。
されど、それは聖杯戦争に乗り、聖杯を手に入れようとすることとイコールではない。寧ろ、その逆だ。ルヴィアは自分が招かれたこの聖杯戦争に、強い疑念を覚えていた。
「第一、殆ど無差別同然に呼び寄せてはい戦って下さい、って時点で信憑性も何もないって話ですわ。
確かにこれでも形振り構わない連中は動くでしょうけど、私に言わせれば正気の沙汰ではありませんね。もしそれが魔術師だったなら、指差して笑ってやるところでしてよ」
そも、聖杯戦争とは魔術師同士の戦いだ。
間違っても、『鉄片』などという媒体を使って事実上無差別に参加者を集め、バトルロワイアルよろしく殺し合わせる催しなどではない。端的に言って、この偽りの冬木市の聖杯戦争には、黒幕の存在が透けて見えていた。聖杯戦争を用いて美味い汁を啜ろうとする"誰か"が居る事が丸分かりなのであった。
とはいえ、これが支配者気取りの思い上がった三下の蛮行などでは断じてない事は、ルヴィアも勿論分かっている。並行世界中に『鉄片』をばら撒き、マスターを招集する混沌月、それを自在に操る何者か。脅威と言う他ないのは明らかであるし、だからこそ厄介な事をしてくれたものだとルヴィアは頭を抱えたい気分だった。
そう、問題は聖杯戦争がシロかクロか、ではない。
どうやって、此処から抜け出るべきか、という一点である。
都合よく外の世界への帰還口なんてものが空いているとは思えないし、マスターの資格を放棄すれば帰還出来るなんてセオリー通りの立ち回りが通用するとも思えない。つまり、必然的に出口は実質存在しないようなものだ。巻き込まれたが最期、優勝者が決まるまで聖杯戦争は永遠に続く。何処かで明言された訳でこそないが、ルヴィアを取り囲むあらゆる状況が、暗に逃げ道はないのだと告げていた。
本当に、溜息が出る。何故よりによって自分が、こんな厄ネタに放り込まれる羽目になってしまったのか。
何故、よりによって――今なのか。あの状況で、『鉄片』など見つけてしまったのか。それを拾い上げてしまったのか。今更悔やんだところでどうにもならないと分かっていても尚、後悔の念は尽きない。
「こういう役回りは私ではなく、あの雌狐がやるべきでしょうに。ああ、もう! 本当にままなりませんわね!!」
記憶の中にある宿敵の高笑い顔を思い浮かべ、キー!とセットされた頭を掻き乱すルヴィア。
優秀な魔術師と言うにはあまりにもコミカルすぎる主の様子を傍らで見せられている彼女のサーヴァントは、然しその醜態を見ても笑みの一つも零さない。
能面じみた無表情のまま、じっと主を見つめている。やがてその口がゆっくりと開き……一つの問いが投げ掛けられた。
「――じゃあ」
一言、人間味のない表情をしたサーヴァントだった。
薄紫がかって見えるピンク色のロングヘアに、同じ色の瞳と睫毛。
蒼チェックの上着に、下の衣服に至っては長いバルーンスカート。身も蓋もない事を言えば、コスプレイヤーじみた服装である。その他にも奇抜な点は沢山あったが、何より目を引くのは彼女の周りに浮いている楕円状の物体――お面だろう。トリックも何もない物体浮遊現象。それが、彼女が人ならざる者である事を如実に物語っていた。
「マスターは、聖杯は要らないのか」
少女の紡いだその言葉に、ルヴィアの動きが止まる。
表情も、唇を噛み、痛いところを突かれた、とでも言うようなものに変わる。
その様子こそ、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトが儀式を信用しているかどうかは兎も角、聖杯自体を求めていない訳ではないという事の証明であった。
「なんだ、やっぱり要るのか?」
「う……」
「顔を白黒させて、どっちなんだマスター。ちなみに私はちょっと欲しいと思っている。実際に見たことはないけど、話に聞く限りじゃそれなりの良薬として使えそうだからな」
「…………ほ、――ほ!」
「ほ?」
「急かすんじゃありませんわ!」と自分のサーヴァントを一喝し、壁に体重を預けてもう一度嘆息するルヴィア。だが、今度の溜め息は先程のものとは意味が若干異なっていた。先程のものが、理不尽な現状に対する呆れであったのに対し、今零したのは"本当にこれでいいのか"という、深い迷いの籠もった物だ。言わずもがな、両者の意味合いは全く異なる。
やがてルヴィアは、ポツリと答えとなる言葉を呟いた。彼女らしからぬ、頼りない声で。
「………保留、ですわ。少なくとも現時点では、脱出を狙う方が利口だと思っています」
それは嘘偽りない、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの本心だ。
聖杯戦争は怪しすぎる。少なくとも、これに手放しで乗る気には全くなれない。
然しかと言って、聖杯という二文字の誘惑を知らぬ存ぜぬと跳ね除けられる程、今の彼女は平凡な状況にはなかった。
より正しく言うならば、平凡な状況にないのは彼女ではなく……"彼女の周りの人間"なのだが。
ルヴィアの生まれた世界は、多少の荒事こそあれど、概ね平和と呼んでいい世界だった。
されど壁一枚隔てた並行世界は、そうではなかった。
ひょんな事からその世界に飛び、紆余曲折を経て自分の義妹、そして自分の想い人が辿ってきた歴史を理解した時、ルヴィアの受けた衝撃は並大抵の物ではない。
何より――あの世界での一連の問題は、まだ解決していないのだ。
解決出来るか自体冷静に考えれば解らない、そのくらい、"あちら"の事情は根深く複雑に怪奇している。
――それこそ……"奇跡"の力に頼りでもしなければ、と思ってしまうくらいに。
勿論ルヴィアも、そうしたところで彼女達が喜ばない事などは承知している。
だから聖杯を手に入れて有耶無耶にしようなんて言う欲望は胸の底に沈め、見ないようにしているのだ。
幸いにも、この聖杯戦争は現状信用に値する要素が少ない。最安牌は脱出、"今は"ルヴィアの中ではそうなっている。
「そうか。まあ、手に入らないなら入らないでも構わないが」
一方のサーヴァント……クラス・ランサーの彼女は、ルヴィアの煮え切らない返答にも表情一つ変える事なく、仏頂面のままで応じてみせた。
常に鉄面皮、無表情であるにも関わらず、彼女の言動は少なくとも無愛想なそれではない。
まるで表情だけが完全に凍り付いた、人形か何かのようだとルヴィアは最初思った。
尤もそれは、彼女がどういうサーヴァントであるのかを理解するにつれて自然とどうでもよくなっていったのだが。
一言で言えば――ランサーは"付喪神"である。より正確に言うなら、六十六種の古能面の面霊気。本来なら付喪神など、余程高名でもない限りサーヴァントとして召喚する事は困難な筈だが……その辺の理屈は、ルヴィアにはよく解らない。並行世界まで巻き込んだイレギュラーな聖杯戦争なのだからそういうこともあるかもしれないと、適当に納得する事にしていた。決してヤケになった訳ではなく、考えても無駄だろうと早い段階で悟り、思考を切り上げた為だ。
「ただ、身の振り方は早めに決めておいた方がいいと思うぞ。中途半端が一番よくない」
「――っ、分かっていますわ! 貴女に言われるまでもない!!」
幻想郷。人成らざる者、妖の類から神霊までが集う、とある並行世界の異境。ランサーは、其処を出身地とする英霊だった。無論、正当な英霊などではない。こうしたイレギュラーな戦いでなければ、その世界における聖杯戦争ですら召喚される事はなかったろう。
何故よりによってピンポイントでそんな英霊を引いてしまうのかと、自分の幸運なのか不運なのか解らない引きにも若干頭を抱えながら、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは参加を望みもしなかった聖杯戦争……彼女の世界では既に過去のものとなっていた筈の魔術儀式に、身を投じていくのだった。
【クラス】
ランサー
【ステータス】
筋力B 耐久C 敏捷A 魔力B 幸運C 宝具B
【属性】
中立・中庸
【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
【保有スキル】
神性:D
ランサーは六十六枚の古い能面の面霊気、所謂付喪神である。
付喪神は神と呼ばれこそするが、神ではなく精霊や霊魂が長い年月を経た道具に宿っただけの場合もある為に位が低く、神性のランクは然程高くない。
六十六の面:A
ランサーが周囲に常に滞空させている面。これを操作して攻撃することも可能。
これらは彼女の感情を司り、被った面によってその性格は様々に変化する。が、ランサー自身の表情は変わらない。
全部で面は六十六種あるが、使われるのは主に喜怒哀楽に纏わる物が多い。
常に性格を変化させ続ける彼女はBランク相当の精神耐性と同ランクの真名秘匿効果を常に受け、特殊なスキルや宝具を使われでもしない限り容易には自身のスペックを読み取らせない。
但しランサーの真名が割れてしまった場合、このスキルはその対象には一切機能しなくなる。
弾幕操作:B
光球状の弾幕攻撃を自在に行うことが出来る。
ランサーが居た幻想郷ではこのスキルを持つ者はさして珍しくもなかったが、彼女の腕前はその中でも相当に高い方。
武術:A
弾幕攻撃のみならず、扇子や薙刀などの武器を駆使した戦闘にも長ける。
武器を用いた近接戦と弾幕や霊気の放出を用いた遠距離戦を高度に両立させ、敵を翻弄する戦闘スタイルの持ち主。
余談だが扇子と薙刀は霊力で作り出されたものである為、破壊されても少ない消費ですぐに復元できる。
【宝具】
『感情を操る程度の能力』
ランク:C 種別:対人・対軍宝具 レンジ:1~300 最大補足:1000
他人の感情へ干渉し、それを自在に操ることが出来る。
感情の波動を相手に浴びせかけ情緒不安定にしたり、逆に他人の感情を押さえ付けて混乱や動揺を最小限まで減退させたりと応用の幅は多岐に渡るが、この手の宝具の宿命として高い対魔力スキルを持つサーヴァントには効き目が弱い。
それでも聖杯戦争という舞台においてはマスター狙いで遠距離から感情を操作する、他主従との交渉の際に使用して此方の要求を通しやすくするなど、使い方次第で大きな効果を生むことが出来るだろう。
但し、感情の面を一つでも失うとランサー自身にも能力を制御できなくなり、結果能力が暴走してしまう。
暴走すると他者にまで失った面の影響が出てしまい、原作では彼女が『希望の面』を失ったことで人間の里の住人たちが希望を失ってしまうなど大きな被害を生み出した。
リーチに優れる為気配遮断のスキルを持たずとも、マスター狙いなら安全に感情操作を決めることが可能。勿論あまり多くの対象に同時に感情操作を発動すれば、マスターである昴への負担は甚大なものになる為、その辺りについてはよく考えて使用する必要がある。
『仮面喪心舞・暗黒能楽(かめんそうしんぶ・あんこくのうがく)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:10 最大補足:1
ラストワードと呼ばれる、ランサーにとっての最大攻撃。切り札と呼ぶに相応しい連撃、それが宝具に昇華されたモノ。
拍子木の活音と共に、舞い踊るように流麗な動作で敵に高速の連撃を打ち込んでいく。攻撃の種類に合わせて装備する面を切り替えていき、拍子木の勢いが最高潮に達した時、最大威力の一閃を加えて暗黒能楽は終幕となる。
また連撃の最初に相手へひょっとこの面を取り付けようと試みることが出来、この動作に成功した場合、相手はランサーの連撃に対して一切の抵抗動作を行うことが出来なくなる。
彼女の代名詞であるラストワードなだけあって威力は高く、特に最後の一閃はAランク宝具級の威力を持つ。
これを最初から最後まで全て命中させることが出来たなら、格上狩りとて夢ではないだろう。
【weapon】
霊力で創形した薙刀や扇子などの武器。
【人物背景】
ひょんなことから『希望の面』を失い、能力を暴走させ、一大騒動を起こしてしまった付喪神の少女。
騒動以降は様々な幻想郷の住人にサポートしてもらいながら、作って貰った新たな希望の面を使いこなし、自我を手に入れることを目指して奮闘の日々を送った。
【サーヴァントとしての願い】
マスターの方針には従うつもりだが、それはそれとして聖杯はちょっと欲しい。
ルヴィアに聖杯を使うつもりがないのなら、自分が確たる自我を手に入れる為の良薬として使うのも有りかもしれない。
【マスター】
ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ
【マスターとしての願い】
現時点では帰還優先。ただ、聖杯の信憑性によっては……
【weapon】
なし
【能力・技能】
卓越した戦闘経験と魔術の腕前を持つ。
宝石魔術を得意とするが、厳密に言えば原典の宝石魔術とは異なり"魔力そのものの流動に宝石という媒体を使った、特殊なルーン魔術"を用いて戦うのが特徴。
【人物背景】
フィンランドに居を構える宝石魔術の大家、エーデルフェルト家の現当主。
宝石翁の弟子になるための候補者争いの際、
遠坂凛とトラブルを引き起こして捕縛される。その際の処罰として、ゼルレッチの命により、凛と共にクラスカードの回収任務を帯びて日本に派遣された。その際、カレイドサファイアと呼ばれる、人工精霊が宿った魔術礼装を貸し与えられたが、またもトラブルを引き起こしてサファイアに見捨てられる。
その後はサファイアの新たな主、美遊・エーデルフェルトを保護。彼女をバックアップしながら、クラスカードをめぐる事件に関わっていく。
当企画の彼女は『ドライ』、美遊達の過去を知った以降からの参戦。
【方針】
現状、この聖杯戦争はきな臭い。よって脱出を狙う。
最終更新:2017年05月26日 22:14