男 「……zzz」
クー「……ふふふっ」
男 「ん……うわっ!」
クー「悲鳴とはひどいわね」
男 「……一人で寝てたはずなのに、目が覚めたら人の顔が目の前にあったら驚かない?」
クー「それが男ならとりあえず口付けするわ」
男 「寝起きで識別できる?」
クー「当然よ」
男 「もし、僕じゃなかったら?」
クー「生まれてきた事を後悔するかもね」
男 (変装して驚かせようかと思ったけどやめておこう)
クー「……変装ぐらいなら見破れるわよ」
男 「え! ひょっとしてしゃべってた?」
クー「顔に出ていたわよ……私と違って表情が豊かなんですもの」
男 「うわ……恥ずかしい」
クー「そういう所も好きよ」
クー「男」
男 「クー何? ふぁ……」
クー「かわいいあくびだな」
男 「かわいい、だとほめられてる気にならないけどね」
クー「なら抱きしめて撫で回せばいいかな?」
男 「……」
クー「……」
男 「……二人きりの時ならね」
クー「そうか」
男 「だから、今やるのは勘弁して下さい」
教師「……」
生徒A「……迷ってるわね」
生徒B「当てた瞬間に即答されたら、躊躇もするようになるわよ」
教師「じゃあこの問いの答を……」
生徒C「貴方は好感が持てます、私とお付き合いしていただけませんか?」
教師「……」
生徒C「……当たりですか?」
教師「今は数学の時間なんだが」
「っ……!」
ぞくぞくと悪寒が走り、腹の辺りに圧迫感を感じた。
嫌な予感に怯えながら、俺はゆっくりと眼を開いていく。
薄暗い部屋。
俺が被った布団の上に――
幼い少女が座っていた。
少女は無言でこちらを見下ろす。
その顔も、表情も、まるで作り物のようだ。
「――!」
声が出ない。
少女の細く青白い手が――俺の頬にそえられる。
ひやりとした冷たさが伝わってくる。
そして、少女の顔がじりじりと迫る。
いくら懸命に足掻こうと試みても、指の先さえ動かない。
その間にも、迫り来る。
焦る、焦る。
じりり、じりり。
もはや少女は、俺に覆い被さるような体勢で。
少女の口元が視界を埋め尽くす。
薄く開かれたその暗闇から、深紅の舌が伸び――
俺の眼球の表面を、ざらりと撫で上げた。
人体の急所に不用意に踏み込まれる恐怖と、背徳的な快感。
相反する感覚が体内を駆け巡り、びくりと全身を震わせた。
「何すんだよ!」
流れるような動作で布団に潜り込んだ少女は、耳元に囁いた。
「お兄ちゃんがあまりにもかわいい寝顔してたから――」
クー「指摘された訳だが」
男 「何を?」
クー「中の(ryが、我々そっちのけで、生徒Cを活躍させているのではないかと」
男 「活躍というか……オチ担当?」
クー「……そう言われればそうだな」
生徒C「酷いですね」
男 「うわっ! 突然どこから出てきたの?」
生徒C「……それも酷いですね、最初から後ろに居ました」
クー「いきなり声を出せば普通は驚くと思うが」
生徒C「クーさんは平気みたいですね」
クー「……それは、私が普通ではないと言いたいのか?」
生徒C「……貴女は男君、私は先生。敵対する理由はありませんよ?」
クー「……そうだな、お互い少し似ているみたいだから仲良くしよう」
男・教師「……(少し?)」
ピンポーン
男 「誰だろ?」
クー「こんばんは」
男 「あれ? こんな夜中にどうしたの?」
クー「一緒に眠りたいのだが、いいだろうか?」
男 「どうして?」
クー「悪夢を見た」
男 「悪夢?」
クー「目が覚めたら、君が居ない世界になっていたんだ」
男 「居ない?」
クー「あちこち探し回っても見つからないんだ、夢だと判った時は心底ほっとした」
男 「それで家に?」
クー「そうだ、抱きしめて眠れば離ればなれにならないと思ってね」
男 「そうなんだ……」
クー「変な事を言っているのは重々承知している」
男 「いいよ……どうぞ」
クー「だから追い返されても文句は言わな……今なんて?」
男 「いいよ、クーに頼られるなんて滅多に無いし。上がって」
クー「そうかありがとう。明日の朝食は任せてくれ」
「マリオカートやらない?」
「マリオカート? なにそれ」
「ゲーム、ゲーム」
「う……私はゲーム苦手なんだけど……」
「大丈夫。簡単だから――このボタンを押すと前に進んで、その十字キーで方向を変える。
な、簡単だろ?」
「うぅ……よくわかない」
「やってれば馴れるって。ほら、始まるよ」
「えっ! あっ――!」
ヒュー。
ヒュー。
ヒュー。
「…………落ちゲーじゃないんだからさぁ」
女「時間は関係無い、私は君となら幸せになれると思った、それだというのに君は断るのか?」
男「いや!、君は綺麗だけど俺結婚なんてまだ全然考えてないし・・」
女「ところで白無垢とウェディングドレスどちらが良いと思う?」
男「結婚する気満々じゃん!、会話しようよ!、会話!」
女「これだけやれば子供ができるな、まさか責任を取らないとは言うまい?」
男「シクシク」
79 :
春の日に君を想う :2007/01/30(火) 02:45:46.23 ID:YJRQS4kj0
寒空は遠く。鮮やかに広がったオレンジとブルーの境目が、淡くラインを描いていた。
「今日は寒いですね」
「うん。昨日はあんなに暖かかったのに、また冬に戻ったみたいだ」
僅かに吹いている風が頬をかすめ、ひりひりと痛んだ。家までは後十分といったところか。
「春の訪れはもう少し先になりそうです」
「冬は嫌い?」
「いえ、季節に好き嫌いはありませんね。暖かいのも、暑いのも、涼しいのも、寒いのも、それぞれ情緒がありますし」
実に彼女らしい意見だった。
「廉くんは嫌いな季節があるのですか?」
「……別に嫌いって訳じゃないけど、そうだね、春はあまり好きになれない」
「何故です?」
「物心がつくかつかないか位の頃だったかな、中原中也の詩を読んだんだ。春日狂想っていうんだけどね。
凄く綺麗な、でも哀しい詩で、子供心に腹が立った。その詩のタイトルに春という文字があったからか、
人をそんな気持ちにさせる春にまで嫌悪感を抱いた……のかな。
何分幼い頃に思ったことだから、どうにも上手く言えないけどね」
「私、その詩、好きですよ」
彼女はそう言って、すぅっと息を吸い込み
「愛するものが死んだ時には、自殺しなけあなりません。
愛するものが死んだ時には、それより他に、方法がない」
凛とした声で、詩の始まりを諳んじた。
「……良く覚えてるな」
「幾度となく朗読しましたから」
80 :春の日に君を想う :2007/01/30(火) 02:46:53.61 ID:YJRQS4kj0
中原中也の生涯は波乱に満ちていた。
授かった長男を亡くし、精神を病み、それでも立ち直って「在りし日の歌」という詩集を書き上げた。
その中の一作が、今彼女が諳んじた「春日狂想」だった。
「読む度に思ったんです。ああきっとこの人は正しく狂ったんだな、って」
「変なこと言うね。狂うのに正しいとか間違ってるとかあるの?」
「私なりの考えですけどね。精神を病みながら、それでも彼はこんなにもやさしくて厳しい詩を残した。
彼の答えがそこに行き着いたのならば、それはとても哀しくて、けれども美しいことだと思ったんです。
……きっと、一度も狂わずに生を終える人なんて、いない。だからそれは正しかったと、
せめて誰かが肯定してあげるべきだって。所詮は私の自己満足に過ぎませんが」
言葉が出てこなかった。そんな俺に追い討ちをかけるように彼女はまた口ずさむ。
「愛するものは、死んだのですから、たしかにそれは、死んだのですから。
もはやどうにも、ならぬのですから、そのもののために、そのもののために、
奉仕の気持に、ならなけあならない。奉仕の気持に、ならなけあならない」
彼女の声はとても深くまで心に染み入る。だからだろうか、堪えがたい衝動が湧き上がってくる。
それは、とても気高く、人間臭い物語。
「……そこが、許せない」
「え?」
81 :春の日に君を想う :2007/01/30(火) 02:47:52.63 ID:YJRQS4kj0
ぴたりと立ち止まった俺に気づいて振り向いた彼女に言葉を浴びせる。半ば八つ当たりだ。でも止まらない。
「奉仕の気持にならなくたっていいじゃないか。哀しいのは当たり前だ。誰も、誰も悪くないだろう!
そんな重荷を背負ったって、いいことなんて何もない! それはもう死者に報いているんじゃない、
死者の持つ生者の面影に身を縛られているだけだ!」
言葉にした後はっとした。そうか、俺が許せなかったのは、俺がやりきれなかったのは、
哀しみに骨の髄まで犯されながら、それでも己の背に何かを背負う彼が、
余りに、
余りにも、
不憫だったことか。
「……廉くんは、本当に優しいんですね」
じっと俺の言葉に耳を傾けていた彼女は、はっきりとした意思をこめて、そんな言葉を紡いだ。
「んなっ……、な、何が?」
答えずそっと俺の目の周りをポケットから取り出したハンカチで拭う。
どうやら自分でも気づかないうちに泣いていたらしい。
何だか物凄く恥ずかしくなって、今言ったことは忘れてくれ、と言おうとした矢先に、彼女は訥々と語りだした。
「ええ、そうですね。彼は真実死者に縛られていたでしょう。死を受け入れ、同時に死を手放さなかった。
緩やかに溶けていくはずの哀しみを抱えて、そのまま生きようとした。
でも、彼が立ち直れたのは、そのおかげではありませんか?
きっと彼にとって、背負うものがあったほうが良かったんです。結果彼がその短い命を散らしたとしても、
己の生にたとえ悔いが残ったとしても、
背負ったものはいつまでも残り続ける。だから彼の生は決して不幸なだけのものではなかった。
……それが、哀しみで彩られていたとしても、決して」
82 :春の日に君を想う :2007/01/30(火) 02:48:47.12 ID:YJRQS4kj0
納得できたとは言いがたかった。哀しみを忘れない為に哀しみを背負うなんて、やっぱり許しがたい。
けれども彼女もそんなことはお見通しのようで、
「でも、廉くんはそのままでいいと思います。そんな廉くんだから好きで好きで仕方がないのです」
なんて、さも当たり前のように言うのだった。
思わず赤面しそうになるのを誤魔化すように慌てて取り繕った言葉は、
「……あー、でも、最後の一節を考えると、そう悪くなかったのかな、とは思う」
「はい。では私たちもそれに習うとしましょう」
差し伸べられた手は俺よりずっと小さい。ぎゅっと握ると彼女は僅かに笑みを浮かべ、
「習いはしますが同じだといつまで立っても帰れません。そうじゃなくて、こうです」
そう言って俺の手からするりと逃げ出し、反対の手で指を絡めて繋いだ。
「なるほど」
「ええ、そういうことです。では参りましょう」
83 :春の日に君を想う :2007/01/30(火) 02:49:57.48 ID:YJRQS4kj0
春の到来まであと少し。舞い散る桜吹雪の中でいつか狂う日が来たとしても、俺は正しくいられるだろうか。
ただ、願わくば、どうかその時俺の隣に、今と変わらず手を繋いで歩く彼女がいますように。
最後の一節を、もう一度だけ心の中で蘇らせる。
ではみなさん、
喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
テムポ正しく、握手をしませう。
つまり、我等に欠けてるものは、
実直なんぞと、心得まして。
ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に――
テムポ正しく、握手をしませう。
― 了 ―
エレベーター
二人はデパートに食事をしにきていた。
レストラン街はデパートの最上階、二人はエレベーターを待つ。
到着したエレベーターにはすでに大勢の人が乗っていた。
男についで女が入ろうとするとブザーが鳴った。
「満員ですね。私は階段で行きます」
そう言って女はエレベーターから降りる。それを見て慌てた様子で男も降りる。
「置いて行くなって」
振り向いた女は少し眉をひそめながら男に質問する。
「男さんは乗れたのに、何故降りたのですか? 私は歩いて行くといったじゃないですか」
「何故って、一人で先に行ってもしょうがないだろ」
しょうがない、その一言を聞き女は何事か考え出す。
「しょうがない……どうしようもない……男さんが降りた事には何か理由がある……」
「いや、そんなに考え込まなくても。ただ俺は御前と一緒に居たかっただけで」
男の言葉に、女は全てに合点がいったような表情を見せる。
「つまり、男さんの愛情表現だったという事ですね」
「いや、愛情表現とかそんな大袈裟なもんじゃないけど」
「気付きませんでした。という事は、今までも何度となく男さんからの愛情表現を見落としているのかもしれませんね。気をつけます」
「もういいから! 早く行こう!」
そういって男は女の手を繋ぎ、周りの視線から逃げるようにして歩き出す。
「これも、愛情表現ですか?」
「そうだよ! 全部そう!」
最終更新:2007年01月30日 11:14