ピピピピピピッ~♪
大輔 「……ッ……うるさい……あと5分」
ピッピッピッピッピ~♪
大輔 「あぁ~もう!今日は土曜だろ!!誰だ、アラームなんかかけたやつ……って俺……か……ぐぅ」
………
……
…
ピピルピルピルピピルピ~ピピルピルピルピピルピ~♪
??? 「起床ノ形跡ナシ、物理攻撃ヲ開始シマス」
ガゴンッ!!
大輔 「ってええええええぇぇぇえええぇぇぇぇえええええええ!!?」
な……なんだなんだッ!?
襲撃か!?宇宙人襲来か!!?U.N.オーエンは彼女なの――――
大輔 「……って、あぁ……朝か……」
窓の外を見ると、すでに日が顔を出している。
ったく、何でこんな起こされ方をされなくちゃいけないんだ……
??? 「起床の形跡ナシ、再ビ物理攻撃ヲ―――」
大輔 「待て待て待てぃ!!?」
ピッ
急いで、机の上に載っている『目覚しい時計』のスイッチを切る。
大輔 「これ、やっぱり買い換えようかな……」
『驚くほど素晴らしく目が覚める!?』『天使があなたを優しく起こしてくれる!!?』
そんなキャッチフレーズに釣られて買ったはいいが、どこらへんが優しくなのか問い詰めたい。
いや、驚くほど素晴らしく目は覚めるけどさ……
大輔 「それにしたって、殴るのはいくらなんでもやりすぎだろ……」
時計 「で~もそれって~僕の愛なの~♪」
大輔 「うるせぇ!!?」
……いかんいかん……
時計相手にマジになってどうする……
あぁ~……なんか最低な気分だけど起きるか……
【布団からでるSE】
大輔 「んあ~…………っと」
そういえば、今日3人で遊園地だっけか。
バカ時計のせいで、忘れるところだった。
時計を見ると、9時40分。
目覚まし時計のおかげで、早い時間に起きることができた。
これなら、朝食を食べてからでも着替える時間はあるだろう。
トースターにパンをセットして、着替えは……まぁ、食べてから考えればい――――
…………ん?
何かがひっかかって、もう一度時計を見る。
うん、9時40分、間違いない。
大輔 「あは……あはは…………」
大輔 『ん、じゃあ10時に駅前集合で。そこからみんなで行こう』
大輔 『10時に駅前集合で――』
大輔 『10時に――――』
大輔 「やっっっべええぇぇえええええぇぇぇぇ!!?ギリギリじゃねぇかぁぁぁあああああぁぁ!?」
【バタバタSE】
トースターの電源を切り、タンスから慌てて服を引っ張り出す。
………
……
…
大輔 「くそッ!これでいいか……あぁ、時間がない!!」
9時50分。
今から、走ればギリギリなんとか……なるか?
大輔 「なんで、もっと早く起こさなかったんだよあの時計は!!もしかしてワザとやって楽しんでんじゃ――――」
時計 「だからそれって~僕の愛なの~♪」
大輔 「お前絶対自我があるだろッ!?」
【場面転換】
大輔 「ハァ……ハァ……な……なんとか間に合った……」
駅前広場の時計が指している時間は、ちょうど10時。
自分から誘っておいて遅刻するという不名誉な行為は、なんとか避けられたようだ。
大輔 「あいつらはもう来てるかな」
辺りを見回す。
お、あれがそうかな。
時計の横にあるベンチでキョロキョロと。
大輔 「ゴメン、待たせたみたいだな」
小春 「あ、柳君おはよう。うぅん、私も今来たところだから大丈夫だよ」
大輔 「ならよかった。んで、誠司は来て……ないみたいだな」
小春 「うん、まだみたいだね。でも、すぐに来るんじゃないかな?」
大輔 「ん、そうだな。待つとするか」
………
……
…
大輔 「遅ぇ!!!」
俺がここに到着してから30分。
誠司が現れる様子は未だになかった。
小春 「ま……まぁまぁ、落ち着いて。柳君もココに座ってゆっくり待とう?」
大輔 「あ、悪い」
ドスッと、小春の横に腰をおろす。
……っていうか、今日くらいは、時間通りに来いよバカ誠司……
せっかく誠司のために計画を立てたのだから、せめてそのくらいはして――――
小春 「あ」
大輔 「ん?どうしッ!!?」
振り返って思わず、息を飲む。
俺のすぐそばに小春の顔が……って、近い近い!!
小春 「あ、動かないで……よし、取れた」
大輔 「な……何かついてた?」
混乱する頭を、無理やり抑える。
小春 「あはは、頭にゴミがついてたから。でも、もう取ったから大丈夫だよ」
大輔 「あ……あぁ、ありがと」
よし、平常心だ俺。
たかが頭を触られたくらいで、何だっていうんだ。
まず、深呼吸して……次は、マウストゥマウスだっけ?
小春 「あ」
大輔 「今度はなんッッ!!!????」
振り返って思わず、息を飲む。
俺のすぐそばに誠司の顔が――――
大輔 「うわあああああああああぁぁぁあぁぁぁ!!?」
【殴るSE】
誠司 「ぐごふっ!」
…………あ、やべ。
あまりのキモさに、結構マジで殴ってしまった。
……正当防衛と遅刻した罰ってことで許してもらおう。
大輔 「お~い、さっさと起きろ。置いてくぞ?」
誠司 「……………………」
あ……あれ?
大輔 「もしかして……結構重症だったり?」
小春 「だ……大丈夫だよきっと。マンガの世界では当たり前のことだよ、うん」
大輔 「で……でも、なんか変な痙攣してるし……」
小春 「大丈夫大丈夫。日常茶飯事だって!!」
大輔 「こんな姿は今まで見たこと無いぞッ!?」
小春 「大丈夫大丈夫。こういうときのためのマンガやアニメだよ!!よし、軽く叩いて……とりゃ!」
バコッ
大輔 「か……軽くッ!?なぁ……今変な音が……」
小春 「……おかしいな~。こういうときは、殴ったらすぐに飛び起きるはずなんだけど……」
大輔 「い……いや、現実の世界では、そう うまく運ばないと思うぞ……だから、止め――――」
小春 「エイッ!」
メキッ
大輔 「も……もう、悪ふざけは止めたほうがいいんじゃないかな?そろそろ命に関わるような気が……」
小春 「大丈夫~。誠司君のパーツは、取れてもまた生えてくるから~」
大輔 「リアルにそんなのが存在したら、気持ち悪いわッ!?」
ガッシ
ボッカ
大輔 「泡吹いてるし……ホントにやめたほうが……」
ボキッ
グチャ
うわ、人の顔ってこんなに変わるものなのか……
誠司……いや、ドド○アさん……お前を救えない俺の力不足を許してくれ……
小春 「ヘーイヘーイ」
大輔 「こ……小春ッ!?」
ゴグキョッッ!!!!
大輔 「あ…………」
小春 「あ…………」
大輔 「………………」
小春 「………………」
大輔 「…………行こうか」
小春 「…………うん」
ぐったりとした誠司を担ぎ上げる。
オレハナニモミテイナイシ、ヤッテモイマセン。
オレハナニモミテイナイシ、ヤッテモイマセン。
…………よしOK。
そのまま、俺たちは無言で遊園地へと向かう電車に乗り込んだ。
………
……
…
小春 「うわ~、思ってたよりも大きいね」
大輔 「そうだな、もっと小さいかと思ってたけどなかなか」
目の前にあるアトラクションに圧倒されながら、先ほど貰ったパンフレットに目を通す。
『』
この地域にある最大の遊園地で、日本最凶のジェットコースターが有名。
えぇ~っと、なになに……『座席が回転する』『頼れるものは手すりだけ、握力と重力の一本勝負』
…………早く潰れないかなこの遊園地。
よくもまぁ、今まで死人を出さずに営業しているもんだ。
小春 「さぁ、早く行こう!!せっかく来たんだから全部制覇しちゃお~」
大輔 「……あぁ」
凄く帰りたくなったが、誘ったからには行かなくては。
勇気を出して頑張れ、俺。
小春 「ほ……ほら、誠司君もそんなところに座ってないで早くいこ?」
誠司 「…………馬鹿が……クズ野郎が……」
大輔 「………………」
小春 「あはは……」
あれから、誠司は俺の逆転の発想によって生き返ることに成功していた。
『死んでるのなら、水につけておけば生き返るんじゃね?』
……本当は冗談で言ったのだが、小春が真に受けてしまい、バケツで水をかけたり、水槽に沈めたり……。
挙句の果てには、川に放り投げ――――
止めようと努力はしたが、つい楽しくて……もとい、小春の真剣さに負けてしまった。
そして、残念なことに川に落としたショックで本当に蘇生してしまい、今の状態になっている。
誠司 「……呪ってやる……覚えてろよ……」
大輔 「あぁ、もう鬱陶しいッ!?せっかく蘇生させてやったんだから少しは感謝しろ!!」
誠司 「俺が楽しく川遊びするはめになったのは、お前のせいだろうがッ!!?誰が感謝するかっつーの!!」
いや、厳密に言うと俺のせいではないんだが。
小春の方を、チラリと確認する。
罰が悪そうに下を向いて、誠司の話を聞いていた。
……まぁ、その方が穏便に済む、か。
小春 「えっと…せい――」
大輔 「死んだ爺ちゃんに会えたんだろ?普通じゃ出来ない体験をさせてやったんだから、金とってもいいくらいだ」
えっ?っといった顔で日向さんがこちらを向いているのが見えるが、あえて気づかないフリをする。
誠司 「勝手に殺すな!まだピンピンしてるわッ!!…………まぁ、お前には会ったけど」
大輔 「水先案内人が俺かよッ!?」
誠司 「頭にロウソクなんて付けちゃって馬鹿みたいだったな~……ププッ、思い出したら……うひゃひゃひょ~~!!!」
大輔 「この―――――」
小春 「あぁ~!!」
大輔 「…………?」
誠司 「…………?」
いきなりの叫び声に、俺たちの言い争う声は止まった。
小春 「ほら、クレープ売ってるよ?私、ちょっと買ってくるね!!」
止める間もなく、疾風の如く走っていく小春。
それを、呆然と見送る俺と誠司。
誠司 「…………」
大輔 「…………」
誠司 「なんか……気を使わせちまったな」
大輔 「あぁ、そうだな」
誠司の手が、俺の方に伸びてくる。
誠司 「…………ほれ」
大輔 「?」
誠司 「握手だよ、握手。いつもは、こんなことしなくてもいいけど、今日は小春がいるからな」
大輔 「……形を見せとくってことか」
店主に向かって、嬉しそうに注文している小春に視線を移す。
誠司 「……ったく、これくらいのことなんて、いつもやってるのにな~」
大輔 「しょうがないだろ、小春の前では、やらないようにしてるし」
誠司 「まぁ、何でかはわからんがアイツは気を使いすぎるからな~……って、いつまで待たせるんだ?」
手をひらひらとさせてアピールをしている。
大輔 「……あぁ、悪ぃ」
やっぱりコイツは、いいやつかもしれない。
うん、さすがは俺の親友だ。
だから――
最大限の笑顔と、気持ちをもって答えよう。
大輔 「お前の手って、ベタベタしてるから繋ぐなんて無理」
誠司 「ふっざけんなああぁあぁぁああぁぁあああぁ!!?」
大輔 「アッハハッハハハハハ!!」
【場面転換 暗転】
誠司と二人で、人目も気にせずにじゃれあう。
ちょうどそこに戻ってきた小春の満面の笑みが、今でも深く印象に残っている。
一体、どこで間違っていたのだろうか。
…………いや、本当はどこで間違えたのかなんてわかっている。
でも、これは――――もうどうしようもないこと、というのも十分にわかっていた。
………
……
…
誠司 「おい、大輔」
大輔 「…………」
誠司 「…………生きてるか?」
大輔 「……あぁ、なんとか」
実際ほとんど、死んでるが。
ベンチに横たえた体を、無理やり起こして答える。
誠司を見ていると、隣のベンチで死んだ魚のような目をしながら空を見上げていた。
誠司 「いや……話に聞いてたけど……まさかあれほどとは」
大輔 「俺はパンフ見てから覚悟はしてたがな…………でもまぁ、お前の意見に同意するよ」
そう、まさかあれほどとは。
この遊園地の目玉商品。通称『デッドコースター』。
……うまく言ったものだと関心する。
普通、こういうものは誇張された名前がつくものだがこれは違った。
パンフレットに書かれていた物は、今ではとてつもなく常識の範囲内だったと思える。
誠司 「俺さ……初めて客を吹っ飛ばすジェットコースターに乗ったよ」
大輔 「安心しろ、俺もだ」
誠司 「いきなり急停止だからな~……さすがに、ひも無しバンジーするとは思わなかったわ……」
大輔 「……あれは、世界を先取りしすぎだったな」
誠司 「……今だから言うけどさ。俺、少しだけちびった」
大輔 「そうか、よかったな……それだけで済んだならまだましな方だ」
誠司 「お前……まさか……大きいほうを……。いや、悪ぃ、黙っててやるよ……」
大輔 「違うわッ!!?………ほら、後ろの席に乗ってたカップルいただろ?」
誠司 「あの殴りたくなるやつらか。んで、それが?」
大輔 「あいつらな……お互いの顔に胃液をぶっかけてたぞ。あれは、世界が崩壊したときに見せる表情と同じだろうな……」
誠司 「…………うわぁ……ざまぁ」
大輔 「どうでもいいが心の声が漏れてるぞ。……まぁ、そういうこった」
誠司 「……俺たち、運がよかったんだな」
大輔 「あぁ。だが、ちびった奴が吐けるセリフじゃないとだけ言わせてもらうよ」
誠司 「…………ハハッ」
大輔 「………………」
誠司 「この遊園地おかしいだろッ!!?」
大輔 「今更か。気づくのが遅かったな」
俺は、3時間ほど前からわかっていた。
誠司 「なんだよここッ!?お化け屋敷には本物がご来訪してくるし、これなら大丈夫と思ったメリーゴーランドは……メリーゴーランドはッ……!!」
大輔 「泣くな、気持ち悪い」
まぁ、その気持ちは理解できるが。
あれは、人が乗るものじゃなかった。
というか、人に乗るとは思いもしなかった。
暴走特急メリーさん。
ガチムチお兄さんの背に乗り、無人の荒野をただ走る、ひたすら走る。
そしてケツを揉まれる、荒々しく揉まれる。
しかも、誠司はメリーさんに気に入られたらしく、何故か途中から抱っこに変わっていた。
南無、誠司。
誠司 「……まぁ、小春が喜んでたからいいけどさ」
大輔 「………………」
今日一番の謎を、誠司は口にする。
信じられないが、本当のことだった。
デッドコースター、お化け屋敷、挙句の果てにはメリーゴーランドでも恐ろしいくらいに喜んでいた。
それが、今回の嬉しい誤算と言えるだろう。
……なんていうか、アイツって実は感性がおかしいんじゃないだろうか。
誠司 「――っと、そういえばお前……普通に遊んでるけど、忘れてないか?」
大輔 「……なにがだ?」
誠司に呆れた顔でこっちを見られる。
そして、盛大にため息をつかれた。
誠司 「はぁ~……お前が発案した計画だろ……いつ二人っきりにしてくれるんだ?」
大輔 「あぁ~、そういえばそうだったな」
あまりにも遊園地が強烈すぎて、本来の目的をすっかり忘れてしまっていた。
いや、忘れようとしていたのかもしれない。
……また、少しだけ、胸が痛む。
誠司 「しっかりしてくれよ、相棒。もう夕方なんだからさ」
大輔 「あぁ、小春が戻ってきたら言うよ」
誠司 「ありがとよ、頼りにしてるぜ。……なんだかんだで俺は今回に賭けて――うひょう!!?」
大輔 「……何やってるんだ、お前ら」
誠司の首筋に、ジュースの缶を当てている小春に視線を移して、声をかける。
小春 「あっはは、びっくりした。そんなに驚くとは思わなかったよ~」
誠司 「いやいや、いきなり首筋に当てられたら普通は驚くよ」
小春 「ゴメンゴメン~、あっ、ハイこれどうぞ」
誠司 「……ゴメンな。わざわざ買ってきて貰っちゃって」
小春 「あ、気にしないで。二人ともダウンしてたんだからしょうがないしょうがない。ハイ、柳君も」
大輔 「ありがと」
小春から、ジュースの缶を受け取る。
冷えていた手にはちょうどいい暖かさだった。
小春 「あ、そうだ!次に乗るものって決まってる?」
大輔 「いや、決まってないよ」
というか、もう動きたくないのが本音。
だが、それは口が裂けても言ってはいけない言葉だろう。
小春 「よかった~。さっきジュース買いに行ったときにいいもの見つけたんだ」
小春 「次が決まってないならそこに行ってもいいかな?」
誠司 「お?どんな感じのところ?」
小春 「えへへ、行ってからのお楽しみだよっ!……柳君もそこで大丈夫だったかな?」
大輔 「あぁ~っと……」
上目遣いでこちらを窺ってくる視線から目を逸らしながら、誠司の顔をちらっと覗き見る。
必死にウインクを繰り返し、口パクで何かを伝えようとしていた。
なんていうか、ヤバイくらいキモイ。略してバイ。
非常に無視したい衝動に駆られるが、そういうわけにもいかないだろう。
誠司の口を必死に読み取る。
えっと――
おれに
(これに)
のりおわったら
(のりおわったら)
……なえるよ?
(……かえれよ?)
……とりあえず、頷いておくことにした。
誠司も満足そうに親指を立てているので、意思の疎通は成功したとみてよさそうだ。
いや、意味はわからんが。
大輔 「そうだな、行くか」
小春 「ありがとッ!それじゃあ早くいこ~。ほら、立って立って~!!」
ベンチに座っていた俺たちの手を掴み、立ち上がらせる。
大輔 「あ、おい!!」
またしても、いきなりの行動に動揺する。
そう、これだけのことで。
初めてでは無いというにも関わらず、手を握られただけだというのに。
歯車が、ゆっくりと、しっかりと、狂っていく。
………
……
…
大輔 「観覧車?」
小春 「そう、観覧車」
目の前の建造物を見上げ、小春は嬉しそうに答える。
小春 「これなら二人とも疲れないと思ったんだ~」
誠司 「おぉ~、確かによさそうだね。……普通っぽいし」
大輔 「……あぁ、恐ろしいくらい普通だな」
どこにでもある、普通の観覧車。
だが、この遊園地ではとんでもない異彩を放っていた。
……なんにもないよな……コレは。
今までなだけに、妙な警戒心を持ってしまう。
誠司 「あ、そうだ。大輔、今日ってカメラ持ってきた?」
大輔 「ん?使い捨てなら持ってるけど」
誠司 「まだ、フィルム残ってる?」
大輔 「残ってる。というか、一枚も撮ってない」
誠司 「おいおい…マジかよ。何のために持ってきたんだお前は……」
大輔 「風景写真を撮るために?」
誠司 「……お前の考えることがたまにわからなくなるよ」
大輔 「趣味だよ趣味」
誠司 「……まぁ、いいや。どうせだし、ここで写真撮っとこうぜ」
大輔 「……はい?」
誠司 「せっかく持ってきたのに、何も撮らないなんてもったいないだろ?何か残しとくべきだろ」
小春 「あ、それいいね!!うん、そうしようそうしよう!!」
誠司 「よっしゃ!!じゃあ、まず俺らからな」
誠司 「大輔、カメラマン頼むわ」
……どうするべき、なんだろう。
二人が立っている場所を、呆然と見つめる。
こうなった以上やってみるしかない……か。
カメラを取り出し構え――。
大輔 「………ッッッ!!」
鋭い痛みが、頭の中を駆け巡る。
やっぱり、無理だ……。
だって、俺は――
大輔 「あ~…………」
小春 「どうしたの?そんな難しい顔しちゃって」
誠司 「そんな間抜けヅラしてないでさっさと撮ってくれよ」
大輔 「いや、俺ってさ。人を撮るのは下手なんだよ」
あえて撮れないとは言わず、曖昧にしてごまかす。
そんなこと、二人には知られたく無かった。
誠司 「元写真部が何を言ってんだ。 それに、思い出作りなんだから腕なんて関係ないって」
大輔 「そう言われても、無理なもんは無理なんだよ。悪いな」
誠司 「……んだよ。そんなに、俺らの写真を撮るのが嫌なのか?」
大輔 「違うって!! 俺が人の写真を撮りたくないだけ。別に、お前らを撮りたくないってわけじゃない」
言葉を発してから、矛盾していることに気づく。
だが、その言葉を訂正するつもりはなかった。
だって、それが俺の本心そのものなのだから。
誠司 「わけわかんねぇよ、それ。要するに、俺たちも撮りたくないってことじゃねぇか」
大輔 「だから、違うって言ってんだろ? いい加減しつこいぞ」
誠司 「…………あ?」
大輔 「俺は撮りたくない、それでおしまい。ほら、さっさと行こう」
一人で、観覧車に向かう。
腹の底から、どす黒い何かが這い上がってこようとしていた。
どうしようもない苛立ちが募る。
知らなくていいことを無意識で引き出そうとしている誠司に対して。
…………違う。
これは、自分自身へのものだろう。
この二人ですら、もしかしたらあの親戚達と同じように見えてしまうかもしれないという恐れ。
そして――
誠司と小春の……二人っきりでいる写真など撮りたくないと、心のどこかから出てきている妬み。
そんなことを思ってしまう自分が、情けなくて腹立たしかった。
誠司 「おい、待てよ」
誠司の手が肩に伸び、引き止められる。
誠司 「……んだ、その言い方は? 喧嘩でも売ってんのか?」
大輔 「…………」
誠司 「答えろよ。そういうことなのか?」
大輔 「……そうかもな」
捕まれた肩に、力が入るのがわかる。
あぁ、殴られるのか。
瞬時に理解したが、避けるつもりもない。
もとから、こうなることを期待して放った言葉だ。
……どうせなら思いっきり、ぶん殴って欲しかった。
誠司 「……この野――」
小春 「やめてッ!!」
誠司の拳が、俺に向けられようとしたそのとき。
小春の悲痛な声が、誠司の動きを止めた。
小春 「ふ……二人ともなにをしてるのさ……おかしいよ……」
大輔 「…………」
誠司 「…………ッ」
小春 「……写真なんかでッ……ヒッ……な……なんで……喧嘩になっちゃうのさ……」
大輔 「…………悪ぃ」
誠司 「……いや、俺の方こそ」
小春 「……っく……ひっく……」
大輔 「…………」
誠司 「…………」
長い沈黙。
小春の泣き声だけが、俺達の間に流れていった。
大輔 「……俺、帰るよ」
小春 「…………えッ?」
大輔 「今から用事があってさ、時間なんだ」
小春 「そ……そんな……」
大輔 「……変な空気にしちゃってゴメンな、それじゃあ」
小春 「あ…………」
二人に背を向けて、逃げ出す。
我ながら、苦しい言い訳だと思う。
だけど、自分で作ってしまったこの雰囲気に、耐えられそうになかった。
誠司と小春を二人きりにするという計画を作った自分を、このときだけは褒めてやりたい。
誠司 「……なぁ、一つだけ聞きたい」
大輔 「…………なんだ?」
誠司 「何か、隠してんじゃねぇか?」
大輔 「…………ッ!?」
誠司 「さっきは思わずカッとなったけどさ……意味も無く、あんなことを言う奴じゃねぇってことぐらいはわかる」
誠司 「お前との付き合いは、結構長いと思ってるしな」
小春 「……私も、そう思うな。 柳君……写真のことを言い出してから、おかしかったもん」
大輔 「…………」
誠司 「まぁ、なんだ。 言いたくなかったら、そのまま帰ってくれてもいい。 こっちの勘違いかもしれないし黙っとけ」
誠司 「でも、話したいと思ってるんだったら今言っとけ、それだけだ。 悪かったな、引き止めて」
誠司の目が、こちらを向く。
まっすぐな視線で見ていた。
隣に目を移す。
小春も、優しい顔でこちらを見ていた。
二人とも、どんな精神構造をしているのだろうかと疑う。
さっきまで、オドオドして泣いていたくせに。
誠司なんて、俺に殴りかかろうとしていたくせに。
そのことが、とても可笑しくて、とても信じられなくて、とても泣けてきた。
だって、その目があまりにも真剣だから。
その顔があまりにも優しく俺を受け止めていてくれたから。
……つい、こいつらなら、大丈夫かもしれないと思えてしまった。
誠司たちのことを、信用出来ていないとバラすようなものだけど。
もしかしたら、受け止めてくれるのかもしれない、と。
大輔 「…………長くなるけど、付き合ってくれるか?」
意を決して、言葉を吐き出す。
満面の笑みが、俺の目に映った。
それから、二人に今までのことを全部ぶちまけた。
両親のこと、親戚のこと、そのことが原因で人が撮れないこと。
――そして、人を信用できないこと。
怖かった。
恐ろしかった。
自分のことを人に話すのが、ここまで大変なこととは思っていなかった。
でも、勇気を振り絞って自分の傷を晒し続けた。
大輔 「……今まで黙ってて悪かった」
誠司 「…………」
小春 「…………」
大輔 「まぁ要するに、お前達のことも心の中では同類かもしれないって疑ってたってこと」
大輔 「親友だとか言っときながら、最悪の男ってわけ。ハハッ、ホントに救えないよな」
この場を何とかするため、出来るだけ明るい声を出す。
…………あぁ、やっぱりダメだったか。
そりゃ、そうだよな。
いきなり信用できないなんて言われたら、誰だってこうなる。
あっはは……バカみてぇ。
こんな風になるなら……あのまま帰っていれば……
大輔 「……んじゃ、今度こそ帰るわ。 それじゃあな」
そう、今度こそ……帰ろう。
そして、何もかも忘れて寝てしまおう。
……明日には、いつもの二人に戻っていてくれるように祈って。
話すために座っていたブロックから、腰を――
大輔 「…………なに、してんだ?」
あげられなかった。
立ち上がろうとした瞬間、横から抱きしめられていた。
小春 「……ツラかったよね、苦しかったよね。 ……話してくれてありがとう」
大輔 「…………ッ!!」
小春 「大丈夫、大丈夫だよ。 私達はここにいる、居なくなったりなんかしない」
ゆっくりと頭をなでられる。
すごく、暖かかった。
今まで、感じたこと無いほどに。
誠司 「ハァ~……ったく、どんな重要なことかと思えば……そんな、些細なこと気にしやがって」
大輔 「些細だって……?」
誠司 「いや、悪い。親御さんのことは些細じゃなかったな、そこは謝る」
誠司 「そこだけ、な。他は別だ」
大輔 「…………」
誠司 「人が信用できない? んなの、当たり前じゃねぇか。 俺は、心の底から信用し てるって言ってる奴の頭を覗いてみたいね」
誠司 「……人間ってのはな、そういう風に出来てんだよ。いくら信用しようと言い聞かせても、心のどこかでは疑ってる」
大輔 「……じゃあ、お前も俺と一緒だと?」
誠司 「それは、違う。 ……あぁ~もう、めんどくせぇ!! 今から質問するから、すぐに答えろッ!! いいなッ!?」
そう言ってビシッ、という効果音がでてきそうなほど勢いよく指を突きつけてきた。
誠司 「お前は今日、楽しかったか? 俺達と遊んで、どう思ったんだ?」
小春 「私からも聞きたいな、柳君、今日は楽しかった?」
誠司のあとに、小春が続く。
二人の言葉が、じっくりと、胸に染み渡ってきた。
――あぁ、そういうことか。
そういうことだったのか。
大輔 「……楽し、かった」
そう、信用とか信頼なんてことを全く気にせずに。
ただ笑って、はしゃいで、楽しんでいた。
誠司 「……いいか? 信用なんてそんなアホらしい言葉、今すぐ捨てちまえ」
誠司 「嬉しい、楽しい、って感情はな、お前を裏切らねぇよ。 俺が言いたいのは、それだけだ」
小春 「柳君は、物事を難しく考えすぎなんだと思うな。 ……私も、一言だけ」
小春 「楽しいって思えるなら、それでいいんだよ」
大輔 「…ック………アッハハッ!!」
思わず、笑いが口から飛び出す。
……やっぱり、コイツらは最高だ。
本当に、話してよかった。
誠司 「おわッ!!? お前、何で笑いながら泣いてんだよ!! きっもち悪いな~」
小春 「……はい、ハンカチ」
大輔 「……あぁ、悪ぃ」
誠司 「ったく、今更こんなこと言わせるなよな~、恥ずかしい」
誠司は顔を赤くしながら、そっぽを向いて、
小春は優しく微笑みながら、ハンカチを手渡してきた。
あぁ、そうだ。
こんな簡単なことだと気づかせてくれた二人に、お礼をしないと。
今の俺には、こんなことしか出来ないけれど、
一番の恩返しになるだろう。
大輔 「なぁ、誠司、小春」
小春 「ん?」
誠司 「なんだ?」
カシャッ
同時にこちらを見た二人に向けて、シャッターを切る。
二人とも、とても自然な表情をしていた。
……まったく飾られていない、とても自然な笑顔だった。
大輔 「感謝の気持ち、だ」
誠司 「おいッ!!今のは盗撮だろッ!?」
小春 「わわっ、私も今のはダメだと思うな~」
大輔 「アハハッ!!」
二人の罵声が、耳に心地よい。
だって、言葉と表情が全くかみ合っていなかったから。
身が凍るような寒い一日。
自分の意思とは関係なく、涙が溢れてきて、
周りの人から、変な目で見られていたけれど。
――俺の心は、初めて暖かくなったような気がした。
最終更新:2009年12月24日 03:04