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交錯する覚悟(前編)


「教官?イングラム教官なんだろ!?」
目前の可憐な機体から、聞きなれた声が発せられる。
その声を、イングラムはただじっと聞いていた。
「…どうしたんだよ、教官なんだろ?なにか言ってくれよ!」
再び、慣れ親しんだ声がイングラムの耳を叩く。
「…お前も、連れてこられていたのか」
「やっぱり…イングラム教官!」
イングラムが喉の奥からようやく絞り出した声を聞き、リュウセイは嬉しそうに声をあげた。
機体のコクピットでリュウセイの浮かべているであろう笑顔が、イングラムの脳裏に浮かぶ。
その無邪気な反応が、イングラムにどのような感情をもたらすかも知らずに。
(わざわざ用意した人物―――そういう事か、ユーゼス…!)
堅く目を瞑り、イングラムは砕けよとばかりに強く操縦桿のレールに拳を振り下ろす。


リュウセイ・ダテ。
かつて自分が隊長を務めたSRXチームの一員であり、まだユーゼスの操り人形であった頃、
その念動力の才に目をつけ、自分自身がスカウトした人物。
言い換えれば、俺が彼をSRXチームに招かなければ、
この殺し合い―――ひいては、エアロゲイターとの戦いに参加することも無かったであろうという事。

―――それは、彼の人生を戦いの道へと向かわせたのが、この俺だという事に他ならない。

覚悟が、揺らぐ。
ユーゼスをこの手で殺す為ならば、いかなる犠牲を払おうとも構わない。
僅か数時間前に、そう決めたはずだった。

けして揺らぐことの無いと思っていた覚悟が、こんなにもあっさりと。
ただ、自分の所為でその人生を狂わせてしまった相手の声を聞くだけで、こんなにも簡単に。
こんなにも、容易く揺らいでしまった。

―――もしも。

もしも、この殺し合いで最後に残ったのが、俺達二人ならば。
その時、俺にこの男を討つことが出来るのか。
人生を狂わせただけで飽き足らず、あまつさえ、その命を身勝手な私怨の為に奪うことが出来るのか。
脳裏に、先程モニターに表示された言葉が浮かぶ。

―――YE NOT GUILTY.
“―――汝ら 罪なし。”


(全く…本当によく出来た皮肉だな、ユーゼス)
額に掌を押し当て、イングラムは声を殺し自嘲気味に笑った。
イングラムのそんな苦悩など知る由も無く、リュウセイは更に言葉を続ける。
その言葉一つ一つが、彼の覚悟を鈍らせ、削り取っていく事も構わずに。

「良かった…。生きててくれたんだな、教官」

やめろ。

「俺はてっきり、あの時死んじまったのかと思ってたぜ」

もういい、やめろ。

「それにしてもユーゼスの野郎。性懲りも無くこんな事はじめやがって…」

頼む、やめてくれ。

「許せねぇよな…こんな馬鹿げた戦い、絶対に止めなきゃならない」

何故だ?

「なぁ、教官も、そう思うだろ?」

何故、お前は。

「ちょうど仲間を集めようと思ってたんだ。最初に教官に会えるなんて、ラッキーだったな」

何故、お前をこんな事に巻き込んだ、俺を相手に。

「先ずはもっと仲間を増やして、それに、ゲームに乗った馬鹿野郎も止めないと」

何故、そんな言葉をかけられる?

「兎に角、教官と一緒なら心強いぜ!一緒にユーゼスの野郎をぶちのめしてやろうぜ!」

何故、そんな笑顔を向けられる!?


「…教官?どうしたんだよ、さっきから黙ったままで。もしかして、誰かに襲われて怪我でもしてるのか?」
無言のままのイングラムをいぶかしんだのか、怪訝そうにリュウセイはフェアリオンの腕をメガデウスへと伸ばした。
しかし、それまでまるで銅像のように不動で佇んでいたメガデウスが突如として動き、その腕を払い除ける。
「うわ!?っとと!い、いきなり何するんだよ!」
「―――お前と一緒には、行けない」
とっさに腕を引っ込めて怒鳴るリュウセイに、イングラムは静かに答えた。
「…え?」
その言葉に呆気に取られるリュウセイに構わず、イングラムは続ける。
「…奴は、俺が殺す。それが、俺の役目だ。お前は、どこか安全な所を見つけて隠れていろ」
「そんな…!待ってくれよ!一人なんて無茶だぜ、教官!ユーゼスを倒すにしても、仲間を見つけるにしても、協力したほうが…」
「必要ない」
それでも食い下がるリュウセイを、イングラムは冷たく突き放した。
彼を、これ以上無意味な争いに巻き込まない為に。
そして、自らの覚悟を貫くために。
「なんでだよ!一人で何が出来るって言うんだ!あいつの力は知ってるだろ!?俺たちも協力しないと―――!?」
そこで、言葉は途切れた。
フェアリオンの頭部に突き付けられたメガデウスの拳が、それ以上の言葉を許さなかったのだ。
そして動きを止めたフェアリオンに、イングラムは明確な拒絶を叩きつける。
「それ以上喋るな。奴を殺すのは、俺の役目。誰にも、邪魔はさせん…!」
メガデウスの肘に装着されたシリンダー ―――ストライク・パイルを上げることで、イングラムはその言葉が真実であることを示す。

だが、その後に続く言葉は偽りであった。

「もし、邪魔をすると言うなら―――」
これ以上、お前を―――。

「―――たとえお前が相手だろうと、殺す」
―――無益な争いに、巻き込むわけにはいかない。

「そんな…教官…」
呆然と脱力したリュウセイの呟きを振り切って、イングラムはメガデウスの踵を返そうとする。
その瞬間、二人のコクピットに警告音が響いた。
(何ッ!?)
警告音に反応し、イングラムが左を向く。
モニターに、灰色と濃紺に彩られた小型の機体がこちらへと疾駆しながら腕を振りかぶっている姿が映し出される。
(迂闊な…これほど接近されるまで気付かないとは…ッ!)
突如出現した機体は、そのまま腕を振り、こちらへと何かを放り投げた。
コクピットの中で歯噛みし、イングラムはとっさにメガデウスの腕を交差させ防御の体勢を取った。
しかし、相手が放り投げた何かは、二人の位置まで届くことなくそのやや手前に落ちる。
爆炎が舞った。
炎が地面を抉り、煙が大気を焦がし、衝撃が音を震わせる。
「くそ、グレネードか!」
「ちぃ…!リュウセイ、下がれ!!」
「嫌だ!俺も戦うぜ、教官!」
イングラムの言葉を無視し、リュウセイが前に出ようとする。

その瞬間、イングラムは言い知れない不安に駆られた。

ダメだ。行くな。
お前を、これ以上戦わせるわけにはいかない。
―――お前は、これ以上戦う必要は無い!

「…下がれと、言っているッ!!」
その不安は、自らの言うことを聞こうとしないリュウセイへの怒りとなって発露した。
前に出ようとするフェアリオンに、イングラムは思わずメガデウスの腕を叩きつけそれを阻止する。
「うわッ!?」
「―――ッ!?」
予想だにしなかったメガデウスの腕を避けることが出来ず、まともに食らいフェアリオンは後方へと吹き飛んだ。
咄嗟にとってしまった自分の行動に驚きつつ、
イングラムは慌ててメガデウスの上半身をひねりフェアリオンの吹き飛んだ方向へ視線を向ける。
地面に倒れ伏したまま、フェアリオンは動かない。
一瞬まさか、とも思ったが、すぐにイングラムはその考えを否定する。
あの程度でくたばるようなやわな鍛え方は、していないつもりだ。
見た限りあの機体の装甲は大分頼りない。恐らく、気絶したのだろう。
それよりも、今は目の前の敵が先決だ。いきなり攻撃を仕掛けてきたということは、向こうはゲームに乗っている。
リュウセイを守るためにも、今は戦いに集中する。
無理やりに頭を切り替え、イングラムはメガデウスの上半身を正面に戻しざま、
腕を横薙ぎに払って残っていた砂塵を無理やりに晴らす。
そうやって晴らした砂塵の向こう。
二振りのカッターを逆手に構えた灰色の機体―――ARX-7・アーバレストが、メガデウスの目前へと迫ってきていた。

「エルマ、今どの辺?」
「あの高エネルギー体の解析に思ったより時間がかかりましたから、ええと…もうすぐ、G1エリアを出ます」
リオ・メイロンの駆るデスサイズとの戦闘の後、
セレーナは彼女から奪ったトロニウムエンジンをエルマに解析させ、移動を続けていた。
「…やっぱり、方針に変更は無しですか?セレーナさん」
「当たり前よ。ゲームに乗っている相手をあと二人殺す。今はそれだけを考えなさい」
「でも―――!?」
エルマの言葉が途切れた。セレーナがどうしたの?と声をかけるより早く、アルがその理由を口にする。
<二時方向に敵機を確認>
「数は二体です。戦って、はいないようですが…。セレーナさん、どうします?」
アルに続き、エルマが情報を補足する。その情報を受け、セレーナは僅かに目を細めて思考の海へダイブした。
遭遇していながら、戦っていない。
それはつまり、ゲームに乗っていない参加者、ということか?
いや、そう判断するのは早計だ。
互いがゲームに乗った上で手を組んだ参加者かも知れないし、
表面上は協力を装って、後ろから不意打ちするつもりの輩なのかも知れない。
どの道、これだけの情報ではそれを判断することは不可能。やはり、実際会ってこの目で確かめる必要がある。
相手が二人いるのなら、わざわざ姿を見せる必要は無いかもしれない。
もし会話をしているのなら、その内容を傍受すれば彼らがゲームに乗っているか否かは判断できる。
ともかく、まずは接近してみるしかないだろう。
手早く考えをまとめると、セレーナはエルマに声をかけた。
「行ってみましょ。ECSがあればこちらの存在はバレないだろうから、最初は様子見。
もしゲームに乗っていないようなら、そのまま見過ごしましょう」
「ラジャ」
<ラージャ>
二人の相棒の返事に頷き、セレーナは彼らが捕捉した二つの機影に接近するため進路を変えた。



そうしてしばらく進むと、地平線の彼方に二つの小さな影が見えた。
「アル、モニターの画像を拡大して」
セレーナの注文に、豆粒程度の大きさでしかなかった二つの影が拡大され、その風貌が明らかになる。
拡大されたモニターの中で、妖精のような可憐さを持った女性的なフォルムを持つ機体と、
それとは正反対の、装甲の至る所にボルトの撃たれた無骨な機体が対峙していた。
「また何というか…両極端な機体ね。美女と野獣ってヤツ?」
「…それは、ちょっと違うと思いますけど」
「いちいち突っ込まなくていいわよ。通信、傍受できる?」
「すいません、この距離ではまだ…。もう少し近づけば可能だと思います」
「OK、それじゃもう少し接近してみましょ、慎重にね」
アーバレストの速度を緩め、セレーナは警戒しながらメガデウスとフェアリオンへ近づいていった。
「…動きませんね。やっぱり、ゲームに乗ってない参加者なんでしょうか?」
「そうだといいんだけどね、とりあえず警戒するに越したことは無いわ。それより、まだ傍受できない?」
希望的観測に縋ろうとするエルマに釘を刺し、セレーナは先程の問いを繰り返す。
「もう少しです。…あっ!」
エルマがその問いに答えた時、メガデウスに動きがあった。
フェアリオンの頭部へ拳を突き付け、次いで肘の部分のシリンダーがせり上がる。
「可能範囲に入りました!通信、傍受します!」
エルマの叫びに続き、通信機から落ち着いた男の声が途切れ途切れに流れ出す。
『邪魔を…る…なら……え……殺す』
その声を聞き、セレーナは舌打ちをして、すぐさまアーバレストを加速させた。
戦闘をせずにいたのは、相手の機体を奪おうとでもしたのか、それともなにか脅しでもかけていたのか。
ともかく、機体の腕を突き付けてあんな物騒な台詞を吐いた以上は、あの無骨な機体のパイロットはこのゲームに乗っている。
確かな事はそれだけ。だが、戦う理由としてはそれだけで構わない。

所持したままでは戦闘行動の阻害となるトロニウムエンジンを地面に捨て、セレーナはアルに叫んだ。
「アル!ECSを切って!グレネードを使うわ!」
<警告、距離が遠すぎます。目標へ命中させることは出来ません>
「当てなくていいわ、牽制よ!あのゴツいのの注意を、こっちに引き付ける!!」
<ラージャ>
不可視の衣、ECSを脱ぎ捨て、アーバレストがその姿を現した。
すばやくグレネードを手に取り、走りながらメガデウス目掛けて振りかぶる。
その動きに気付いたメガデウスがこちらを向いた。
構わず、アーバレストはグレネードを放り、そして素早く単分子カッターを抜く。
「エルマ、あのゴツいのの解析、よろしく!」
「ラジャ!」
手にした単分子カッターを逆手に持ち替え、アーバレストは着弾したグレネードの舞い上げた砂塵へ向かい更に加速する。
砂塵の向こうから、金属音が響く。
それに続いて、フェアリオンが派手に吹き飛ぶのが見えた。そのまま地面を転がり、フェアリオンは動かなくなる。
「ああっ!あの機体、やられちゃった!?」
「くそ、あいつ…ッ!」
間に合わなかった。
二度目の舌打ちと同時に、セレーナはアーバレストを跳躍させる。もはや遠慮はいらない。
腕を薙いで砂塵を払ったメガデウスへ、アーバレストは単分子カッターを振るう。
しかし、その一撃はメガデウスの腕の前に容易く弾かれた。与えた損傷は僅かな傷が一つ。見た目通り、否、それ以上の装甲だ。
すぐさま、反撃の拳が迫る。
「邪魔をするな!!」
空気を切り裂き迫り来るメガデウスの拳を次々とかいくぐり、すくい上げるように放たれたその内の一つにタイミングを合わせ、
蹴り飛ばすようにしてアーバレストは距離を取った。
空中で体勢を整えながら右手のカッターを仕舞い、ショットガンへと装備を換える。
反転する視界の中、セレーナはメガデウスが両腕を掲げ、次いでその拳を胸の前で打ち合わせるのを見た。
着地と同時、その隙を狙って、メガデウスの頭部にあるクリスタルのような部分から、光線が放たれる。
「…ッ!」
着地の硬直からの無理な回避行動に機体が悲鳴を上げるのも構わず、
セレーナは機体をひねって光線をかわし、ショットガンの引き金を引き絞る。
弾けるような銃声と共に火を噴いた散弾は、しかし、メガデウスの装甲を傷つける事はかなわなかった。
弾丸はカン、カン、と乾いた音を立て、重層な装甲の前に空しく散る。
「奴を殺すのは…俺の役目だ!邪魔は、させない…!!」
鬼気迫るような声色で言い放ち、メガデウスはアーバレストへと突っ込んできた。
同時に、エルマがメガデウスの解析を終える。
「解析、出ました!相手の機体は相当な重装甲です!武装は機体各所にミサイル、並びに胸にキャノン砲が二門!
腕にはガトリングビームガンが仕込まれ、それに頭部からもビームも発射できるみたいです!
反面、機動力は低く、こちらに分があります!」
「分かってるわよ。今、半分くらい自分で確認したから」
「うぅ…」
エルマからの報告に冷たく返し、セレーナは額に浮き出た汗を拭い、迫り来るメガデウスへ向けて身構えた。

「参ったな…見た目からそうじゃないかとは思ってたけど、典型的な特機に当たっちゃったか」
確かに、相手の挙動は遅い。機動力はこちらに分があるだろう。
だが、問題なのはその装甲だ。あれだけの厚い装甲が相手では、
手持ちの武装―――単分子カッターでも、ショットガンでも、致命傷を与える事は難しい。
それに加えグレネードは残り一発。咄嗟の事とはいえ、牽制に使ってしまったのが惜しまれる。
「ま、それはお互い様みたいだけど…ッ!!」
距離を詰めてきた無骨な機体の振るう拳を、アーバレストは悠々と避けた。
機動力の勝負ならばこちらが上。このサイズ差では、もしもあの拳が直撃すればただでは済まないだろうが、
アーバレストの運動性と、私の技量があれば、避け続ける事も出来るはずだ。

「どうにか隙を見付けて…その時にかけるしかないか」
結論を口に出して確認する。
しかし、その作戦が現実的ではない事をセレーナは気付いていた。
まだ僅かな時間しか戦っていないが、相手のパイロットが相当な熟練である事をセレーナは感じ取っていた。
そのような相手が、易々と隙を作るとは思えない。
そして、それ以上に。
それ以上に、この相手には覚悟がある。
先程の彼女―――リオ・メイロンが持ち得なかった、人を殺す覚悟が。

「―――上等じゃない」
「…セレーナさん?」
唐突に漏れたセレーナの呟きに、エルマが怪訝そうに声をかける。
顔を覗き込むように回り込むが、セレーナの視線はエルマを捉えてはいなかった。
その視線の先―――モニターに映る無骨な機体、メガデウス。
「覚悟なら、私にだってある。―――そうじゃなきゃ、復讐なんて生き方を選んだりはしないわ!!」
その中に座している名も知らぬ相手に目掛け、セレーナは叫んだ。
「セレーナ、さん…」
悲しみが色濃く滲み出たエルマの呟きを無視し、復讐者の駆るアーバレストはメガデウスへと踊りかかっていった。



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最終更新:2008年05月30日 04:36