The Game Must Go on(3)
ガルドと別れて、イングラムが空間操作装置を見つけ出すべく辺りの捜索を開始してしばらく。
機体の反応を捉えた事を知らせるレーダーの音に、イングラムは機体を操作する手を止めた。
凄まじい速度でこちらへと接近する機影が一つ。
レーダーに映るその反応を確かめて、イングラムはその機体が接近してくる方角へと向き直った。
やがてビルとビルの隙間の空に、頭部に翼をはやした、神像のような機体が姿を見せる。
向こうも、こちらに気付いているようだ。
ある程度の距離を置いて止まり、じっとこちらを見下ろしてくる。
戦闘を仕掛けてくる様子が無い事を確認して、イングラムは通信機のスイッチを入れた。
「こちらに戦闘の意思はない。それよりも、情報を交換したい。通信を―――!?」
だが、通信を試みたイングラムへの返答は、突如としてその手から発せられた光の塊だった。
「く…!?」
咄嗟に機体を屈ませると同時、操縦桿のスイッチを押し込んで、肘のシリンダー、ストライク・パイルを跳ね上げる。
メガデウスの拳が地面に接した瞬間、
たった今跳ね上げたそれを大地に叩きつけ、その反動を利用してメガデウスは後方へと飛び退った。
すぐ目の前を掠めて地面に着弾した光の塊の眩しさにイングラムは眼前に手をかざし、
その向こう側に悠然と浮遊する、白い天使を睨み付ける。
「いい反応だ。流石はユーゼス様のコピー、といったところか」
勢いそのままに後方にあった肩ほどの高さの廃ビルへと突っ込み、
朽ちたコンクリートを薙ぎ倒していくメガデウスの姿を見下ろしながら、
天使を駆る死神―――ラミア・ラブレスは、ゆっくりとラーゼフォンを降下させる。
私の任務は、このゲームを進行させる事。
それは、このように直接的な行動で成すものではない。
与えられたこの機体で、参加者達の疑心暗鬼を煽り立て、この殺し合いを主の望む形へと盛り上げる事が私の任務。
だが、それもゲームが正常に進行していればの話。
もし、ユーゼス様の空間操作のからくりに最初に気付くとすれば、恐らくユーゼス様のコピーたるこの男だろう。
あるいは、既に薄々感付いている可能性もある。
彼という存在は、ただそれだけでこのゲームをシナリオ通り進める上で邪魔となるのだ。
尤も、その芽は未だ小さくか細い。彼女の主であれば、それさえも愉悦の一つとして敢えて見逃すことだろう。
だが、いかな小さく脆いしこりとは言え、イレギュラーはイレギュラー。
これ以上、彼を自由にさせておくわけにはいかない。
「…貴様」
身に纏う瓦礫に構いもせずにビルから歩み出たメガデウスから、低く歪んだ声が聞こえた。
「初めまして、イングラム・プリスケン。私はラミア・ラブレス。ユーゼス様に作られた、あの方の剣でございます」
その様子にくすり、と笑みを漏らし、ラミアは芝居がかった口調で自己紹介をする。
拳を握り、こちらを見上げるメガデウスへと向けて、ラミアはラーゼフォンの両手をかざした。
「では―――さようなら」
言い終えると同時、その両手に光が集まっていき、次の瞬間、それは無数の弾丸となってメガデウスを襲う。
「…ちぃッ!」
右腕でメガデウスの身体を庇うようにしながら、
イングラムは左方にあった一際大きなビルへと向けて腰部のモビーディック・アンカーを射出した。
壁面にアンカーが突き刺さったのを確認すると、すぐさまメガデウスは地を蹴って左へと飛ぶ。
高速で撒き戻されるアンカーの力に逆らうことなく、その鋼の腕で迫る光の弾丸を弾きながら、メガデウスの体が左へと流れる。
流れ行く景色の中、イングラムの視線は、それでも宙に佇む神像を見据えていた。
奴の事だ。
このように、自分の息のかかった者を用意しているとは思っていた。
ゲームも二日目を迎えた今になって、何故急に襲ってきたのかはわからないが、
目の前の相手がユーゼスの手駒だというのなら、倒すことに躊躇いはない。
空中でアンカーを切り離し、轟音を立てて巨体が大地へと落下した。
慣性のままに地面を削りながら、メガデウスの両腕が打ち鳴らされる。
間髪いれずメガデウスの頭部クリスタルから放たれた熱線は、
不安定な体制から発射されてなお正確にラーゼフォンへと突き進んだ。
その一撃を、ラーゼフォンは翼を羽ばたかせ、くるりと一回転してかわしてみせる。
流れるような動きで機体を水平にし、ラーゼフォンはメガデウス目掛けて再び翼をはためかせ加速した。
羽ばたくたびに羽根が舞い、熱線の後を追うように飛来する無数のミサイルを、
その巨体に掠らせもせずにラーゼフォンはメガデウスに肉薄する。
アーク・ラインによる牽制を続けながら、メガデウスの左肘が跳ね上がる。
直前で上昇したラーゼフォンが、メガデウスの頭上から放った蹴りを右腕で受け止め、
イングラムは弓を引くように左の操縦桿を引いた。
その動きをトレースし、メガデウスもまた握り締めた拳を限界まで引く。
「食らえ…ッ!」
狙うは胴体。眼前に晒されるそれを見据え、イングラムは叩きつけるように操縦桿を押し出した。
だが、裂帛の気合と共に放たれたその拳は、
突如として目の前から消え失せたラーゼフォンを穿つことなく、虚しく宙だけを打ち抜く。
(―――後ろ!?)
拳の当たる直前、ラーゼフォンは再びその翼を羽ばたかせ、
自らの蹴りを受け止めたメガデウスの右腕を支点に、瞬時にその背後へと回っていた。
ふわり、と。
撫でるようにメガデウスの背に添えられたラーゼフォンの掌に、光が集まっていく。
「やらせるか…!」
呟いて歯を食いしばり、イングラムは虚空を穿ったその拳を敢えて振り抜いた。
そうすることでうまれる上半身の捻りを利用して、背後のラーゼフォンへと右肘を叩きつけるようとする。
だが、届かない。
優しく触れるようだった掌に力が篭り、それを包む光が輝きを増していく。
そして、光が放たれんとした、その刹那。
突如として身体を襲った衝撃に、ラーゼフォンはその身をくの時に捻らせた。
メガデウスの背から離れた手に集まった光が、ストライク・パイルを押し上げたメガデウスの右腕を掠めて廃墟に消える。
「これで…」
僅かに届かなかった距離をストライク・パイルを押し上げる事で埋め、イングラムはメガデウスの左足を引き、
ちょうど振りかぶる体制となった右腕を伴って、捻られたその身体を引き戻す。
体制の崩れたラーゼフォンに、その拳を回避する手段は無い。
「…終わりだ!!」
限界までの遠心力を乗せた鉄拳が、ラーゼフォンに突き刺さる。
咄嗟に腕を割り込ませたようだが、そんなものでこの拳は止まらない。
受け止めた腕諸共に、メガデウスの腕がラーゼフォンの胴体へと叩きつけられると同時、
せりあがったストライク・パイルが、轟音と共に打ち込まれた。
機体を貫く衝撃に、打ち込まれた拳から尾を引く煙を靡かせて、
ラーゼフォンは廃墟を飛び越えるようにして放物線を描き、1ブロックほど離れた廃墟の中へと突っ込んでいく。
もうもうと土煙が舞い上がり、辺りを飲み込んでいった。
その立ち込める煙の向こう。ラーゼフォンの突っ込んだ崩れた建物を、イングラムは注視する。
奴はユーゼスの送り込んだ刺客だ。ならば、この程度で倒れる道理は無い。
だが、手応えはあった。
仕留めるまでは至らずとも、それなりの損傷を負わせる事は―――。
からり、と。
見据える廃墟の瓦礫が、音を立てた。
すぐさま、メガデウスが腕を交差する。崩れ落ちた建物の中から、先程と同じ無数の光の弾丸が飛び出した。
全身を打ち据える光の弾丸を堪え切り、メガデウスは交差させた腕をそのまま順に掲げ、次いでその拳を打ち鳴らす。
再び放たれる、頭部からの熱線。
吸い込まれるようにしてラーゼフォンの埋まる廃墟へ命中したそれは、爆発を伴った更なる破壊を引きおこす。
衝撃に天高く舞い上がった瓦礫が雨のように降り注ぐのを見詰めながら、メガデウスはゆっくりと打ち合わせた拳を降ろした。
再び舞い上がった廃墟を包んでいた煙が、一瞬にして吹き飛ばされる。
切り裂かれた煙の向こう、その翼で煙を晴らした、
かすり傷一つなく佇む白き神像を視認し、イングラムは降ろした両腕を再び構えた。
その様子をラーゼフォンの中から見詰めながら、ラミアは素直に感嘆する。
強い。
出会い頭の一撃をかわした、地面に拳を叩きつけてのあの跳躍は、その本来の用途ではない。
それに、アンカーを撒き戻す事による高速移動や、背後に回った私を肘のシリンダーを用いて振りほどいた、あの機転。
このゲームが始まって、まだ一日と少し。
たったそれだけの時間で、目の前の男は見事に与えられた機体を使いこなしているのだ。
ラーゼフォンの右腕に視線を向けると、赤い鱗状の光を纏っているのが見えた。ラミアの見詰める中、その光はゆっくりと消えていく。
この光の盾が無ければ、危なかった。
やはりこの男は危険だ。ここで倒さねば、必ずやこのゲームの障害となるだろう。
目前の無骨な機体、その中に座す、主のコピーたる人物の孕む危険性を改めて認識し、
ラミアはラーゼフォンを飛翔させようとその翼をはためせようとして―――。
「何っ!?」
―――突如として両脇のビルの壁を貫いたアンカーの鎖に絡み取られ、その身を封じられた。
サドン・インパクトを放った後、イングラムは予めモビーディック・アンカーを射出していたのだ。
「チェック・メイトだ」
鎖の呪縛に囚われた天使へ向け、メガデウスの右腕を突きつけると、イングラムは再び操縦桿を引きその手を離す。
イングラムの手から離れた操縦桿が埋まるように引っ込み、回転すると、その裏に存在する新たな操縦桿がその姿を現した。
その新たな操縦桿を再度握り締め、イングラムは操縦桿を再び前に突き出して引き金を引く。
バシュウ、と四つのリング状の煙を吐き出し、メガデウスの右腕が展開した。
その内部に仕込まれたガトリングビームガンが回転をはじめ、耳を劈くような轟音と共に赤く輝く無数のビームが発射される。
だが、自らの命を奪うべく飛来するそのビームを見てなお、ラミアは薄い笑いをその唇に張り付かせていた。
放たれたビームが神の像に着弾しようとした瞬間、それは見えない何かに弾かれる。
間髪いれずに次々と襲い掛かるビームもまた全て弾かれた。
「何だと!?」
通信機越しにイングラムの驚愕を聞き、ラミアは浮かべた笑みを強める。
音障壁。それは、波動をあやつり物質を共鳴させる能力を持つラーゼフォンの切り札の一つ。
「く…!」
腕からのビームを止めぬまま、メガデウスの下腹部が展開した。
鎖につながれたラーゼフォンに、こちらの攻撃を回避する手段はない。
全ての火力を集中すれば、いかなバリアとて破れるはずだ。
イングラムはそう考え、無数のミサイルと、そしてその数を一つ減らした瞳からのビーム、アーク・ラインを発射する。
それでも、ラミアの浮かべる表情に変化は無かった。
「ふふ…」
飛来するビームやミサイルが音の壁に弾かれる様を見ながら、ラミアは僅かに声を漏らした。
確かに、このままではやがて音障壁も破られるだろう。それは事実だ。
だが、イングラムは一つ勘違いをしている。
この程度の鎖で、ラーゼフォンの全てを縛る事など、出来はしないのだ。
ビームの着弾した光や、ミサイルの爆風の中、ラーゼフォンの紅の瞳が、静かに黄色いそれへと変化する。
そして、何処からともなく聞こえるかすかな響きを、延々と攻撃を繰り出し続けるイングラムは耳にした。
攻めの手を緩めぬまま、イングラムは確かに聞こえたその音の正体を探して辺りを見回した。
そうしている間にも、その音は段々と大きく、その存在を主張し始める。
「…歌?」
それは、歌声だった。
このような場所に全く似つかわしくない、神秘的な響きを孕んだその声は、
砲撃の雨に晒される、あの白い神像から発せられている。
一体、何を。
イングラムがいぶかしんだ、次の瞬間。その歌声は衝撃を伴って高らかに響きわたった。
「な―――」
なんだ、これは。
あの神像へと向かっていくビームが、ミサイルが。
その途中で、次々と弾け飛んでいく。
「ぐ…あああああああああああ!!」
そしてその衝撃は、イングラムの乗るメガデウスへと押し寄せた。
ぎしぎしと装甲が音を立てて軋み、頭頂部のクリスタルがひび割れ、砕け散る。
それに続き、コクピット部の装甲もまた砕け飛んだ。
やがて歌声が終わりを告げ、メガデウスはその重厚な体をゆっくりと下げ、崩れ落ちるように大地に膝をつく。
腕から発生させた光の剣で自らを戒める鎖を断ち切り、ラミアは大地にうずくまるメガデウスの姿をみて嘆息した。
相手の頑丈さは心得ているつもりだったが、
まさかラーゼフォンの声を受けて、なお五体満足に存在し続けるとは思わなかった。
ユーゼス様も、何を思って奴にこのような機体を支給したのか。
まぁいい。
機体は無事でも、パイロットはまともに動く事さえ出来ないだろう。後はゆっくりと止めを刺すだけだ。
ラーゼフォンの左腕がゆっくりと持ち上げられる。
掲げられた腕から光が迸り、それは輝く弓を形作った。
逆の手から発生した光の矢を番え、引き絞る。それは、撃ち抜けぬ物はない、弓状の光。
「照準セット―――」
崩れ落ちた鉄の巨人へと狙いを定め、彼女はかつての乗機と同じ、その名を叫ぶ。
「―――イリュージョン・アロー!」
告げられた名と共に、光の矢が放たれた。
歪む視界の中、飛来する光の矢を睨み付け、イングラムは歯を食い縛る。
避けろ。
頭の中で、けたたましく警報が鳴り響く。
だが、体はぴくりとも動かない。
迫り来る光の矢が、ひどくゆっくりと見えた。
あれがこの身に突き刺されば、自分は死ぬ。それが解りながら、ただ歯を食い縛る事しか出来ない。
ふと感じた灼熱感に、動かぬ首に鞭打って自分の体を見下ろす。
腹部から、見慣れないものが生えていた。
違う、生えているのではない―――突き刺さっているのだ。先の声で砕けた、コクピットの装甲の欠片が。
それを認識した瞬間、焼け付くような痛みを覚える。
じわり、と。
赤黒い染みが、パイロットスーツに広がっていった。
これで、終わりだというのか。
流れ出る血を―――自らの命が失われていくのを目の当たりにし、頭の中をそんな思いが満たしていく。
だが、その思いは、後から沸いて出た激情に容易く塗りつぶされた。
ふざけるな。
俺はまだ、こんなところで死ぬわけにはいかない―――!!
「ぐ………ォォォォオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
猛る咆哮と共に、鉄の巨人が立ち上がった。
振り上げた拳が、迫る光の矢を弾く。
拳を天に突き上げて、降り注ぐ日差しを傷ついたその身に受けながら、巨人は雄々しく屹立する。
死ねる、ものか。
例えこの身が滅びようとも、奴を―――ユーゼスを、この手で倒すまで、死ぬわけにはいかない。
だが、そんな思いとは裏腹に、彼の体を少しづつ、そして確実に死が蝕んでいく。
荒い呼吸を繰り返す内にこみ上げて来たものが、堪える間もなく喉を通り過ぎた。
激しい水音を立てて、コクピットの床に赤い水溜りが広がっていく。
致命傷だ。助からない。
自らの体の発する叫びを押さえ込み、全身を駆ける激痛を堪えながらペダルを押し込む。
その想いを受けて、鉄の巨人が足を踏み出した。
終わらせるわけにはいかない。
例えここで燃え尽きようとも。せめて、貴様に一矢報いるまでは―――。
不意に背中を襲った痛みに、イングラムは目を見開いた。
いつのまにか座席の後方から伸びたコードが、彼の背中に突き刺さっている。
そして、そのコードを通してメガデウスの隠された武装の存在が彼の中に流れ込んでいく。
大いなる王。ビッグ・オーの、最期の武器が。
応えてくれるのか、ビッグオー。俺の、想いに。
自身に流れ込む力を感じながら、イングラムは自らの乗機へと問いかけた。
無論、答えなど返ってくるはずがない。
だが、鉄の巨人の発する声無き想いを、彼は自らに接続されたコードを介して確かに感じたのだ。
―――ありがとう。
その想いを声には出さず、イングラムは操縦桿からゆっくりと手を離す。
イングラムの手から離れた操縦桿は、すぐさまレールの半ばから折り畳まれ、
そして自らの主を囲むようにして新たなレールが展開する。
イングラムの前で一つとなったそれに、引き金のついた、一つのレバーが屹立していた。
そして、イングラムは顔を上げ、砕かれたコクピットから覗く景色の中に聳える、
白き天使と―――その向こう側でほくそ笑む、自らの宿敵を睨み付ける。
ラーゼフォンに光の矢を放たせた体制のまま。
ラミアは、その光景に戦慄していた。
満身創痍の巨人が必殺を期して放った光の矢を弾き飛ばし、あろうことかその足を踏み出したのだ。
傷ついてなお闘志を宿す巨人の目を見据え、ラミアは奥歯をかみ締める。
―――つくづく、危うい。
どこまで計り知れないというのだ、この男は。
今、ここで叩き潰さねばならない。私の持てる、全ての力を持って。
自らの心に生まれたかすかな恐怖に後押しされるように、ラミアは新たな矢を生成し、素早く番える。
そして改めてメガデウスへ狙いをつけようとして、それは起こった。
「な…に?」
突きつけた矢の切っ先の向こうで、メガデウスは射出したアンカーを地面へと打ち込んだ。
次いで、メガデウスの両腕と肩が展開する。
そして、その胸に輝く金色のエンブレムから、巨大な砲身が出現した。
驚愕に震えるラミアの見ている前で、砲身の先端が回転をはじめ、荒れ狂う紫電がそれを包む。
「…ッ!イングラム・プリスケェェェン!!!」
全身を貫く戦慄のままに鉄の巨人を操る男の名を叫び、ラミアは再び光の矢を放つ。
だが、先程以上の鋭さを持って放たれたその一矢は、メガデウスの前に渦巻くエネルギーの奔流の前に容易く弾かれた。
「―――ッ!」
彼女の中にあった恐怖が加速する。
それに命じられるまま、すぐに放たれるであろう砲撃をかわすべく、ラミアはラーゼフォンを天高く飛翔させた。
だが、メガデウスに動きは無い。
上空へと退避するこちらを追う素振りもなく、巨人は微動だにせずにただ前だけを見据えている。
奴が狙っているのは、私ではない。
だとすれば、一体何を―――。
そうして行き着いた答えに、ラミアははっとしてラーゼフォンを振り返らせた。
その視線の先。
振り向いたラミアの瞳には、彼女の主―――ユーゼス・ゴッツォの乗る、ヘルモーズが映し出されていた。
遥か空の向こう。
悠然と浮遊するその戦艦だけを見据え、イングラムはその中に存在する仮面の主催者への敵意を滾らせる。
俺は、ここで死ぬ。
だが、それは終わりではない。始まりだ。
確かに、あの木原マサキとかいう奴のような、貴様の思惑通りにこのゲームに乗った輩も存在する。
だが、それでも。
このゲームに憤りを感じ、俺のように貴様を倒すために動いている人間も、確かに存在するのだ。
セレーナが。
ガルドが。
クォヴレーが。
出会うことも無かった、見知らぬ参加者達が。
そして―――。
そこでふと顔をあげ、イングラムは空を仰ぐ。
―――お前は今も、共にユーゼスを倒す仲間を求めて、この空の下を歩んでいるのか?
きっと、そうだろう。お前は、言って聞くような奴じゃない。
ゆっくりと息を吐き、イングラムは脳裏に浮かんだかつての部下の―――そして、かけがえの無い戦友の笑顔を振り返る。
思えば、何一つ教官らしいことはしてやれなかった。
お前の意思を重んじることなく、ただ自分の我侭を押し付けてしまった。
もし、お前と共に歩む道を選んでいたら。
もし、お前と方を支えあい、力を合わせて奴を倒す道を歩んでいたら。
お前は、俺を許してくれたのか?
お前を争いへと引きずり込んだ、この俺を迎え入れてくれたのか?
それは、今際に見る儚い夢。
俺のしようとしていることは、お前をまた争いの中へ巻き込む行為でしかない。
―――結局、またお前に全てを託す事になるな。
自らの描いた夢を断ち切るように、イングラムは顔を降ろすと、金色に輝く操縦桿を両手で握り締める。
「ビッグ・オー、ファイナルステージ―――」
これは、狼煙だ。
貴様の野望を阻む、反撃の狼煙。
この会場に残る参加者達よ。
焼き付けろ、これから起こる光景を。
立ち上がれ、まだ見ぬ勇者達。
そして、集え―――この光の下に!!
「―――デッド・エンド!!シュートォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
最終更新:2007年08月26日 23:57