草は枯れ、花は散る(2)
* * * * * * * * * * *
「あの赤い機体で、間違いないのだな」
ヴィンデルの言葉に、ミオの乗るアストラナガンは頷き、肯定の意を示した。
青、紫、そしてそれらより3倍ほど大きな赤と、三つの色が並んでいるのが視認できる。
(あの赤の他にも2機……動いているのはあの青い方だけか。しかし、あの青は確か……)
レイズナーの姿を確認したヴィンデルの眉間に、しわが寄せられた。
「……よりにもよって、あの男が彼と接触していたとはな」
ヴィンデルの呟きに、知ってるの?とばかりにアストラナガンが首を傾けてくる。
(そういえば、話していなかったな。奴の危険性は、伝えなければなるまい)
ヴィンデルの脳裏に、マサキの手で絞め殺されるホシノ・ルリの姿が過ぎった。
その時のルリの姿にミオを一瞬重ね合わせてしまい――ヴィンデルは慌ててそれを振り払う。
「あの青い機体に乗っているのは、おそらく木原マサキという男……
表向きは気弱そうな少年を装っているが、奴の本性は幼女も躊躇いなく殺す危険人物だ」
(げ!?マジ!?)
「とにかく、まずは私が彼らと接触を図る。
木原マサキについては、私が引き受けるが……それまで、奴からは注意を逸らすな」
(が、合点承知!)
アストラナガンの首が縦にぶんぶんと振られるのを見て、マジンカイザーは一歩踏み出した。
ミオが迂闊に大声を出せない以上、ファーストコンタクトを取るのはヴィンデルの役目だ。
(ミオまで同じ運命を辿らせるわけにはいかん)
彼女を守る決意を一層固め、前進する。
赤と青の機体も、こちらの存在に気付いているようだ。
だがよく見ると、赤の手に銃が握られ、青に向けている。
その光景からきな臭さを感じ取り、ヴィンデルは警戒を強めた。
(追い詰められているのは、マサキの方か。奴め、尻尾を晒したか?)
もしかすると、接触のタイミングを誤ったのかもしれない。
しかし今さら引き返すわけにもいかなかった。ヴィンデルは通信回線を開いた。
「聞こえるか。我々は打倒ユーゼスのための仲間を集めている。こちらに敵対の意思はない」
小細工抜き、直球ど真ん中のストレートな言葉で呼びかける。
ただしマサキについては、現状を完全に把握するか、相手が話題を振ってくるまで、
あえて触れないことにした。もしマサキの本性が知られているとなれば、
下手にマサキの名を出すと、余計な疑いをかけられる可能性がある。
まずは、クォヴレーとの接触を最優先で行うことにした。
「私の名はヴィンデル・マウザー。クォヴレー・ゴードンという男はそちらにいるか」
* * * * * * * * * * *
新たに出現した二人組の片方から、通信が割り込んでくる。
それは、今のシロッコとクォヴレーを包み込む一触即発の空気に、水を差すこととなった。
シロッコは、クォヴレーの注意が僅かに二人組のほうに逸れたことを感じ、内心で胸を撫で下ろした。
(結果的に、命拾いをしたと見るべきか)
彼らが現れる直前、クォヴレーが向けてくるプレッシャーに鋭さが増したことを、シロッコは感じ取っていた。
彼は間違いなく自分を殺すつもりだった。
もし少しでも二人組の出現が遅れていれば、レイズナーは間違いなく撃ち抜かれていたことだろう。
「シロッコ……お前は喋らず、そこでじっとしていろ。少しでも妙な動きを見せれば……撃つ」
だが危機を脱したと見るには、まだ程遠いようだ。
物言いこそ幾分落ち着いた様子だが、クォヴレーからは殺意が衰える気配を見せない。
ブライガーの銃口はレイズナーを捉えたままであり、シロッコの命は未だクォヴレーの手の中にある。
(クォヴレーはあの2機とコンタクトを取るつもりか。下手なことを吹き込まねばいいが……
……いや。ここは好機と見るべきだろうな)
風向きが変わった。第三勢力の出現により、クォヴレーの注意は分散されるだろう。
現状ではまだ隙を作るまでには至っていない。だが今の彼の精神状態なら、隙が生まれるのは時間の問題だと踏んだ。
カーフミサイルの照準の調整を行い、レイに指示を出す。
そして、深呼吸を一つ。シロッコは、再び機を伺い始めた。
* * * * * * * * * * *
「……クォヴレー・ゴードンは俺だ」
マジンカイザーのコックピットに、ブライガーからの通信が入ってきた。
(間違いない……ミオの言った通りか)
アストラナガンの本来の操縦者との接触は成功した。
クォヴレーの口ぶりから妙な刺々しさを感じ取ったが、ヴィンデルはそれを警戒によるものだろうと判断した。
「今も言ったが、我々は打倒主催のための仲間を探している」
「仲間……だと」
「そうだ。クォヴレー・ゴードン……こちらの機体を、お前は知っているな?」
そう言って、隣のディス・アストラナガンを指す。彼が本物の操縦者ならば、何らかの反応を示すはずだ。
その答えは、すぐに返ってきた。
「ああ……見覚えなら、ある」
(ん?見覚え……だと?)
クォヴレーの返答に、ヴィンデルは違和感を抱く。
「司馬博士達を襲撃していたそうだな。その前はセレーナにも」
会話が微妙に噛み合っていない。その上、話の流れも何かおかしい。
嫌な予感を胸に抱きつつ、ヴィンデルは問い返した。
「襲撃、だと?どういう……」
「とぼけるな」
ヴィンデルの言葉を、クォヴレーの静かな声が遮る。
「それに乗っている者が、殺し合いに乗っていることはわかっている」
「なっ……!?」
しまった――ヴィンデルはその言葉に、状況を瞬時に把握する。
それと共に自分達の行動の軽率さを悔やんだ。
(もしや、私と接触する以前のマシュマーに襲われたことがあるのか?いかん……!)
誤解を解くべく、ヴィンデルは事情を説明しようとする。
――だが、まだ何かがおかしい。それらを差し引いても、ヴィンデルは違和感を拭いきれなかった。
「待ってくれ!今これに乗っているのは……」
「いや……乗っている人間など問題ではない。その機体がどれだけ危険な存在であるかを考えれば」
ヴィンデルの言い分など聞くまでもないと言わんばかりに、クォヴレーは言い捨てる。
「な……何を言っている!?」
ヴィンデルは、自分達に向けられた敵意がただ事ではないことを察した。
「言葉通りだ。そしてそれと共に行動するお前も……剣鉄也と同じ存在か」
「剣鉄也……だと……?」
クォヴレーの口から出た名に、問い返す。
「……どういう意味だ。お前は何を言っている?
いやそれよりも、お前はこの機体を知っているのではないのか?」
クォヴレーの反応から、ヴィンデルは自分の抱く違和感の正体を突き止めた。
クォヴレーは、アストラナガンのことを知らない。しかも、何か別の物と勘違いしている節がある。
「ヴィンデルさん!なんだか様子が……」
「喋るな、黙っていろ」
ミオの言葉を制する。僅かに聞こえた彼女の声にも、動揺が見られた。
(どうなっている?この男は、アストラナガンの真の操縦者ではないのか!?)
今のミオの声色から、彼女の勘違いというわけではなさそうだった。
(一体何故……いや待て?このケース、以前にも……)
ヴィンデルは思い返す。この会話の噛み合わなさは、前にも経験したことがあった。
そう、最初にアクセルと接触した、あの時と同じなのだ。
「……クォヴレー・ゴードン、一つ聞かせてくれ。
もしやお前は……記憶喪失なのか!?」
「え……!?」
ヴィンデルの推測に驚くミオの声が聞こえた。流石にこれは、彼女にも予測できない事態だったようだ。
「!!……お前達には関係のない話だ……!」
「……ッ!」
クォヴレーからの返事は、それを肯定すると取れるものだった。
(やはりか……何かの事故で、記憶を失ったのか?いや、それとも……)
ヴィンデルは、彼が記憶を失った原因について、一つの可能性に思い当たる。
考えてもみれば、このバトル・ロワイアルそのものを破壊しかねないという存在を、
あのユーゼスが何の策もなく参加させるだろうか?
もしも、先手を打たれていたのなら。
ユーゼスの手によって、クォヴレーの記憶が操作されていたのなら。
ようやく差し込み始めた光が、再び暗雲に呑まれ始めているのがわかった。
(くっ……なんということだ、これでは……)
愕然とするヴィンデル達に、さらなる追い討ちがかけられた。
「とにかく……その機体は破壊する。
お前達が殺し合いに乗っていないと証明したいなら……すぐにその機体から降りることだな」
「ま……待て!お前はこの機体のことを……」
「その機体なら知っている。ここに来るまで、情報は集めてある」
「情報、だと……?」
戸惑う二人をよそに、クォヴレーは話し始める。
彼がそれまでに得てきた断片的な情報から推測・判断した、アストラナガンの正体を。
「撃墜されても、短時間で戦闘復帰できるだけの自己再生能力を有する機体」
だが――
「いや、自己再生だけじゃない。自己進化、自己増殖も行える細胞を搭載しているそうだな。
その細胞は、中のパイロットをも蝕む可能性がある……そう聞いている」
パズルは、誤った形に組み上げられていた。
「その機体の名は『デビルガンダム』……違うか」
* * * * * * * * * * *
この誤解の始まりは、E-1の島での作戦会議まで遡ることになる。
E-1で仲間達と情報交換を行った際、クォヴレー達はダメージの自己修復を行う機体の存在を知った。
クォヴレー達が修復の瞬間を直接目にした、剣鉄也のガイキング。
セレーナが一度撃破し、その後謎の復活を遂げたという、『黒い悪魔』のような機体。
彼らはその二つの機体が同じ類の力を有していると推測した。
同時に、ガイキング修復の際に出現した謎のガンダム頭の化け物が、
それに何か関係しているのではないかとも考察した。
それからしばらくして、クォヴレー達はガルドと接触。
マサキが目を覚ますまでの間、情報を交換した。
そこで彼らは、デビルガンダムと呼ばれる怪物の情報を入手する。
自己再生・自己進化・自己増殖の三大理論を持つ細胞を有した、パイロットすらも取り込む、
とんでもない怪物がE-4にいる、と。
「俺自身、実際に見たわけではない。その怪物の詳細はわからんが……
マスターアジアが言うには、何としても叩かねばならない、極めて危険な存在であるとのことだ」
とは、ガルドの言葉。又聞きによる情報だったためか、その詳細まではわからなかった。
だがその情報は、クォヴレー達の持つ断片的な情報を結びつけるための接着剤として、大きな意味を持った。
デビルガンダムとガイキングらに共通する、自己再生能力。
ガイキングの前に出現したガンダム頭の化け物。
(デビルガンダム……あの剣鉄也の見せた再生能力は、奴の力によるものだと見るべきか)
バラバラだったパズルのピースは、少しずつ組み上がり、一つの形を成そうとしていた。
だが、ここで不純物が混じる。
(そしてセレーナが遭遇したという、この『黒い悪魔』のような機体も……)
E-1の島を発つ前にエルマから貰った写真を凝視しながら、クォヴレーは考察する。
彼は『黒い悪魔』――ディス・アストラナガンまでも、デビルガンダムと関係があると推測した。
(やはり気になる。この機体、どう考えても普通じゃない。機械とは思えない生々しさと、
この禍々しさ……見ようによっては、あのガンダム頭と通じる部分がないわけでもない)
失われた記憶の残り香が、『黒い悪魔』の持つ特異性に気付かせたのか。
ただ、その感覚は考察を誤った方向に向けることとなる。
(もしかすると……この『黒い悪魔』こそが『デビルガンダム』ではないのか……?)
元々、彼の知るガンダムはジョシュアの乗っていた試作2号機のみ。
ガンダムヘッドも、頭部が試作2号機と少し似ていたという理由で、便宜的にガンダムと呼んでいたに過ぎない。
クォヴレーは知らないのだ。ガンダムを。それがどういった兵器を指すのかを。
そしてデビルガンダム自体もまた、通常のガンダムという名の兵器からかけ離れた怪物であるということが、
さらなる情報の混乱を促した。
並行世界による認識のズレが重なって、誤解が起きた。
クォヴレーの推測を後押ししたのは、他ならぬミオとヴィンデル自身であった。
当初から危険視していた『黒い悪魔』に乗って、
『デビルガンダムが居座っていた』というE-4の方角から現れた二人。
ただでさえ過剰な警戒心を抱き、他者に対し疑心暗鬼に陥りつつある今のクォヴレーには、
疑う要素が大きすぎた。
* * * * * * * * * * *
「デビルガンダムだと!?ちょっと待て、何を言っている!?」
「なら、デビルガンダムの力を持った機体……と言ったところか?
どちらにしても、危険な存在であることに変わりはない……!!」
驚くヴィンデルをよそに、警戒を強めるクォヴレー。
デビルガンダムと思しき『黒い悪魔』に対し、彼は焦りや苛立ちにも似た敵意を剥き出しにする。
DG細胞の危険性を考えれば、確かに早急な殲滅の判断は間違ってはいない。
だが、それでも彼の姿は異常だった。
まるで、一刻も早く目の前から『黒い悪魔』を消したがっているかのように。
いや……事実、彼はそうした衝動に駆られていた。
こうしている今も、クォヴレーの頭は謎の激痛に苛まれている。
その痛みを堪えるために、全身は汗だくになり、髪や服は水でも被ったかのような有様だった。
今にも叫びだしたくなるほどの痛みを無理に抑え込んでいるためか、正常な思考も失われつつあった。
イキマを助けに行くことも、シロッコへの注意も、マサキ達への憎しみも。
かけがえのない仲間達の記憶も。彼らの死により生まれた、憎しみまでも。
激痛に押し流され、全てが徐々に薄れ始めていた。
それと同時に、記憶の奥底で何かが蠢くような感覚が、彼の中に広がっていく。
自分が自分でなくなっていくかのような、得体の知れない感覚。
それはこのクォヴレーにとって、不安で、もどかしくて、不愉快だった。
このまま自分の全てが消えていってしまうのではないか、そんな恐怖が彼の無意識の中に生まれていた。
そして、ヴィンデル達と対峙している間に、彼は理解した。
この頭痛を引き起こしているのは、あの『黒い悪魔』なのだと。
あの『黒い悪魔』を消せば、この痛みが治まるように思えたのだ。
彼が少しでも冷静さを保っていれば、少しでも精神的余裕があれば、気付いていたかもしれない。
『黒い悪魔』……いやディス・アストラナガンは、彼の半身にして封印された記憶を呼び起こすための鍵であること。
今抱いているこの痛みは、自らの記憶の扉の開く音であるということに。
だが、皮肉にもこれらの要素は、今のクォヴレーにとっては、逆に敵意を煽ることとなってしまった。
「待て!これはデビルガンダムとは何の関係もない!!
わからないのか!!この機体の名は、ディス・アストラナガンだ!!」
「ディス……くっ!?」
その名を聞いた時、痛みはさらに強まった。
「だ……まれ……!」
これ以上、彼らの話に耳を傾けていては、自分が壊れてしまうような気がした。
彼は否定する。目の前の、得体の知れない存在を。
「お前は知っているはずだぞ!思い出せ、この機体は元はお前の……」
「黙れ、動くなっ!!」
ヴィンデルの声を遮って、クォヴレーのヒステリックな叫び声が響いた。
その勢いに任せて、ブライガーはレイズナーに向けていた身体を二人のほうへと向き直らせる。
そして、肩に背負った二門の大砲――ブライカノンの砲身を、二人に向けた。
この瞬間――
クォヴレーの注意は、完全にレイズナーから逸れた。
それは、シロッコに対し大きな隙を曝け出すこととなる。
(機は……熟した!)
シロッコの目の奥が光った。唇の端が不敵につり上がった。
この窮地を打開するための、最大の好機。それを逃すほど、シロッコは甘くはない。
(この一撃で……流れは変わる――!)
躊躇うことなく、引き金を引く。
発射するミサイルは2発。ターゲットは――
「危ない!!」
レイズナーの不審な動きに真っ先に気付いたのは、レイズナーへの注意を逸らさなかったミオだった。
彼女の叫びがその場に響いたとほぼ同時に。
レイズナー両脚部の2発のカーフミサイルが、撃ち放たれた。
1発は、ヴィンデルとミオのいる方向へ。
(な……木原マサキかっ!?)
クォヴレーに気を取られていたとはいえ、レイズナーを警戒していたヴィンデルの反応は早かった。
アストラナガンを庇うように、マジンカイザーが前に飛び出す。
今の傷ついたアストラナガンには、ミサイルの直撃は耐えられないだろう。
(迎撃、間に合え!!)
マジンカイザーの二つの瞳から、光子力ビームが、ミサイルに向けて撃ち出された。
光はミサイルを貫く。そして――
もう1発は、すぐ傍のブライガーの、コックピット部に向けて。
「なっ!?」
レイズナーとの距離があまり離れていなかったせいもあり、クォヴレーがそれに気付いた時には、
既にミサイルは手遅れと呼べる位置まで接近していた。
(回避、いや間に合わない!やられる――!?)
ブライガーは、反射的にコックピットを庇うように右手を前に突き動かした。
それだけが、クォヴレーの精一杯の反応だった。
突き出した右手を、ミサイルが吹き飛ばす。そして――
2つのミサイルが爆発した。
それと同時に、周囲に強烈な光が放たれた。
その光は、その場にいる者達の瞼の中に飛び込み、彼らの視界を一時的に奪い取った。
「閃光弾か!?ち……っ!!」
突然牙を剥いたシロッコに、クォヴレーは眩んだ目を擦りながら舌を打った。
咄嗟に突き出した右手がミサイルを阻み、コックピットへの直撃を防いだようだ。
だが、危機は去っていない。閃光により視力を奪われ、今ブライガーは無防備な状態を晒している。
「シロッコ、貴様っ!!」
いつ追撃を受けても不思議ではないその緊張と恐怖が、クォヴレーの焦りを促した。
失われていた視界が徐々に戻ってくる。
すぐに、クォヴレーはレイズナーのいる方向を睨み付けた。
(!? ――しまった!!)
睨み付けた先に、レイズナーの機影はなかった。
出し抜かれた――それを理解するや否や、すぐに索敵を行う。
しかし、レーダーが正常に作動しない。閃光弾にはチャフの効果も含まれていたようだ。
「くそっ!どこだ、どこに消えたッ!?」
焦りをさらに加速させながら、クォヴレーは肉眼で探すべく周囲を見回した。
探し物はすぐに見つかった。脱兎のごとく自分の下から離脱していく、青い影が視界に入る。
「シロッコ!!待てっ!!」
首を振り、まだちらつきの残る視界をはっきりさせ、操縦桿に手をかける。
もう迷う必要などない。パプテマス・シロッコは、敵だ――
レイズナーを撃つべく、ブライガーは銃を握る右手をレイズナーに向け……
そこで、クォヴレーは初めて、ブライガーの右手首から先が失われていることに気付いた。
ミサイルによって、握っていた銃もろとも吹き飛ばされたのだ。
「待てシロッコ!!逃げるなぁぁぁっ!!」
暴走する焦りは、クォヴレーの人格にまで影響を及ぼし始めた。
このままでは逃げられる。仲間達を殺した憎い仇を、むざむざと取り逃がしてしまう。
あの時、確実にシロッコを殺しておけば――
(同じだ……マサキの時と!!俺は同じミスを!!)
クォヴレーは再び自分の甘さを悔やみ、歯を軋ませた。
(くっ、こうなったら……ッ!?)
この時、クォヴレーは気付いた。レイズナーの行動に不可解な点が含まれていることに。
シロッコは、何故ブライガーから離れようとしているのか?
無論、クォヴレーから逃れるためだ。ひいては、自身の生存のためでもあるだろう。
だがそうだとすれば、レイズナーの取った動きは、明らかに得策ではない。
レイズナーが向かっている先、そこは喧騒の真っ只中なのだから。
ディス・アストラナガンと、ヴィンデルの乗るマジンカイザー。
レイズナーは、その二機のいる方向へと真っ直ぐに向かっていた。
クォヴレーの頭の中で思考が巡る。
どうしてシロッコは、ヴィンデル達の方へと向かったのか?
危険の真っ只中に飛び込むような自殺行為を、何故?
それとも、ヴィンデル達と接触すれば、助かるという見込みでもあるのか?
そう、例えば――
シロッコとあのヴィンデル達が、手を組んでいたとしたら?
ヴィンデルの意味不明な言動は、自分にシロッコの付け入る隙を作るためのものだとしたら?
あのディス・アストラナガンが引き起こす頭痛は、シロッコの付け入る隙を自分に作らせるためだとしたら?
思えば、この頭痛が始まったのは『ちょうどシロッコを殺そうとした』瞬間だった。
これは偶然か?全て彼らがシロッコを救うために、意図的に起こしているとしたら?
リュウセイ達の死に、シロッコ同様、彼らが関与しているとしたら――?
その可能性に辿り着いた時――
彼を繋いでいた糸が完全に切れた。
彼をクォヴレー・ゴードンたらしめていた、最後の糸が。
「うあああああああああああああああああああああああッ!!」
溜まりに溜まった負の感情が、ここに来てついに爆発を起こした。
彼の人格そのものをも破壊するかのような勢いで、一気に解き放たれた。
自制心など完全に振り切れた。シロッコの持つ解析装置のことも、もはや彼の頭にはない。
「逃がさん!!」
逃げるレイズナーを撃つべく、大砲の砲身を向ける。
電波障害で照準が定まらない。だがそんなものは、砲撃を止める理由にはならない。
肉眼で狙いをつける。ターゲットはレイズナー、そしてその射線の延長線上……
シロッコに組する、二人の殺人鬼――!!
「逃がすものかぁぁぁあああああああああ!!」
「くっ……ミオ、無事か!」
「う、うん!」
視力の回復と共にミオの無事を確認して、ヴィンデルは即座に身構える。
流れが変わった。それもどうやら、最悪に近い方向にだ。
舌を打つ。この状況で戦闘になれば、今の自分達の機体状態では生還は絶望的だ。
(木原マサキめ、このタイミングで……何!?)
ミサイルの放たれた方向から、何かが駆け寄ってくるのが目に付いた。
それは青いロボット――レイズナー。
今しがた自分達にミサイルを放った、張本人ではないか。
(マサキ!?奴め、どういう――!?)
しかしヴィンデルの考えが、その先に至るだけの時間はなかった。
一瞬、ブライガーが光ったのが見えた。
光った場所は、ちょうど両肩のあたりだ。
そう、ブライガーの背負う大砲の砲身のあたり――
「!! 伏せろぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
次の瞬間。
ブライガーの放った激しい光の濁流が、戦場を奔り抜けた。
ブライカノン。
ブライガーの持つ最大の武器の一撃。
しかしそれは、宇宙の始末屋達が悪党どもに見舞う正義の花道などでは決してなく、
ただ己の中の感情のままに振るわれた、憎しみの光だった。
最終更新:2008年06月02日 19:03