草は枯れ、花は散る(3)



 * * * * * * * * * * *


――どうしてもっと早く気付かなかったんだろう。
ブライガーと対峙した時、ミオはクォヴレーの態度に、漠然とした違和感を感じ取った。
それと共に、彼から放出される思念が、ディス・レヴを通じて彼女の中に伝わってきた。
ミオはそれを知っていた。そして、すぐに気付くべきだった。
デビルガンダムのコアとなっている間、彼女はずっとその波動を一身に受けていたのだから。

「う……いったた……」
アストラナガンのコックピットを襲った衝撃に、ミオは軽く呻き声を上げる。
感じる痛みと眩暈が、自分がまだ生きていることを証明していた。
(今のって……嘘でしょ……)
以前読んだブライガーのマニュアルの記憶を掘り起こしながら、目を開く。
視界に最初に飛び込んできたのは、巨大なマジンカイザーの顔だった。
「ヴィンデルさん!?」
マジンカイザーはアストラナガンを押し倒し、覆い被さる体勢にあった。
ブライカノンの砲撃から身を挺して庇ってくれたのだろう。
「ヴィンデルさん!!ヴィンデルさん、大丈夫!?」
盗聴のことも忘れ、ミオは慌てて通信機で呼びかける。
しかし、通信機から聞こえるのは雑音だけ。
チャフの効果による電波障害が、マジンカイザーとの通信を妨げていた。
やむなく、ミオは外部スピーカーを使い、大声で呼びかけた。
「ヴィンデルさん、聞こえる!?返事して!」
いくら呼びかけてもマジンカイザーからヴィンデルの返事はなかった。
最悪の可能性を過ぎらせ、少女の顔色は見る間に青ざめていく。
「う……嘘でしょ!?ちょっと、そんな冗談笑えないってば!?ねぇ!?」


もし、クォヴレーが自分達を敵視する可能性を、少しでも事前に考えていれば……
ミオは後悔した。結果的にヴィンデルを危険へと導いた、自分の無警戒な行動に。
「ヴィンデルさん!!返事して、ねぇってば!!」
しかし、彼女を取り巻く状況は、彼女にゆっくり後悔や悲しみに浸らせる余裕すら与えない。
「ヴィンデルさ―――ッ!?」
背筋を寒気が走り抜け、ミオは思考を引き戻された。
ディス・レヴを通じて、再び思念が自分の中に流れ込んでくる。
「まだ……生きていたか……デビルガンダム」
憎悪の限りを込めたような低く冷たいその声に、ミオは視線を向けた。
思念を、声を発した人間――クォヴレー・ゴードンの乗る、ブライガーの方向に。


二人のいる場所から少し離れた所に、ロボットの残骸が散らばっている。
ブライガーと共にいた青い機体――レイズナーのものだった。
今のブライカノンの直撃を受け、完全に破壊されたようだ。
中に乗っていた木原マサキとかいう男も、恐らく生きてはいないだろう。
そしてそのさらに先には。
ブライカノンを撃ち終えたままの体勢で、ブライガーがミオ達を見据えていた。

クォヴレーが発する思念。それは紛れもなく『負の波動』だった。
憎悪を漂わせるブライガーの姿は、ミオが思い描いていたヒーローのものではなかった。

「クォヴレーさん!!待って、話を……」
「黙れ……!!」
呼びかけるミオの言葉を最後まで待たず、クォヴレーは一蹴する。
「結局、お前達も……奴と同じ、殺人鬼だったということか……!」
「違っ……話を聞いて!!あんた、このアストラナガンの操者なんでしょ!?」
「黙れと言った……!!」

聞く耳持たずとはこのことか。だが、ミオは諦めず呼びかける。
「思い出して!!この機体……ディス・アストラナガンは元々あんたが乗ってた機体なんだよ!!
 これに乗ったら全部わかるから!!そしたら、この殺し合いを止められるかもしれない!!」
ミオとて何の確信なしに言っているわけでもない。
自分がアストラナガンのシートに座ることで、アストラナガンの意思が脳内に伝わってくるように、
クォヴレーが同じようにシートに座れば、彼の記憶も蘇るはずだ。
しかし、彼の誤解が記憶喪失によるものだけなら、どれほどよかったことか。
「……そう言って、俺もDG細胞とやらに取り込むつもりか」
「そんなんじゃないってば!クォヴレーさん、あたし達は……」
「そうやって油断させて!!リュウセイやジョシュア達を殺したのか!!お前達は!!」
スピーカーを壊しかねないほどの大声で、彼は内に秘めた怒りをぶち撒けた。
ディス・レヴが伝える殺意が、急激に鋭さを増していく。
全身に鳥肌が立ち、寒気が走った。
ミオは愕然とする。人は、これほどまでの憎しみを抱くことができるというのか――?
「クォヴレーさ……!?」
ブライカノンの二門の砲身に、光が収縮していくのが見えた。
二発目が放たれようとしているのだ。
「お前達を……絶対に許すものか」
地獄の底から響くかのような声で、完全なる敵対宣告が行われる。
ディス・レヴが伝える殺意はさらに鋭さを増していた。
もう、止められない。
「後悔しろ……お前達のしてきたことを……!」
打つ手はなかった。
マジンカイザーに覆い被さられている今の自機の状態では……
いや、そうでなくとも満身創痍の今のアストラナガンでは、砲撃は避けられない。
あまりにも彼女は無力だった――


「……諦めるな」

突然横手から聞こえた声に、ミオは振り返る。
それと同時に、彼女が振り返った先から、ブライガーへ向けて光線が走った。
光はブライガーの手前の地面へと撃ち込まれ、爆発する。
「ぐぅぅっ!?」
爆発と爆風、それらに伴い巻き上がった土砂により、ブライガーはのけぞり、態勢を崩す。
同時にクォヴレーは視界を阻まれ、ひいてはブライカノンの発射を妨げることにもなった。
「ヴィンデルさん!?」
アストラナガンに覆い被さっていた魔神はいつの間にか立ち上がり、ブライガーに向き直っていた。
「……翼を持っていかれただけですんだ。私は大丈夫だ」
返ってきたヴィンデルの声に、ミオは僅かに安堵する。
見れば、マジンカイザーからは背中のカイザースクランダーが丸々失われていた。
ブライカノンの砲撃で吹き飛ばされたのだろう。
だが、状況は彼の生存を喜べるだけの余裕を与えない。
「……これで誤魔化せるのは、さっきのチャフの効果が持続している今だけだ。
 そして……奴を振り切るチャンスも、今しかない」
そう言いながら、魔神は赤き修羅を睨み付ける。
「……逃げろ」
「え!?」
「さっきお前が目覚めた場所まで、一旦退却していろ。その時間は、私が稼ぐ」
彼の言葉と行動が何を意味しているか、わからないミオではない。
「ちょ……ちょっと、ヴィンデルさん!?」
「後は私が残って、説得を続けよう。そして、お前のもとまで連れて行ってやる」
「せ、説得って……待って、今のあの人は……」
「奴はアストラナガンを目の仇にしている。
 奴の怒りを鎮め、説得するためにも……お前は一旦奴の前から姿を消したほうがいい」
それはミオを納得させるための方便であることは明白だった。

「ヴィンデル……貴様ぁぁっ!!!」
ブライガーから、クォヴレーの怒りの絶叫が発せられた。
その声に即座に反応し、ヴィンデルはさらに光子力ビームを連射する。
ビームはブライガー本体には命中することなく、その周囲の地面を削り続けた。
あくまでけん制、威力も十分に抑えて。
これはブライカノンの発射阻止と、クォヴレーの目眩ましに過ぎない。それ以上の意味はあってはならない。
「そういうことだ。逃げろ……これが今思いつく限りの、最善の手だ」
けん制の砲撃を続けながら、ヴィンデルは言う。
「何言ってんのよ!!今のあの人相手に、そんなの無理に決まってるじゃん!!」
ミオはそれを拒んだ。このままヴィンデルを残せば、彼は確実に殺される。
クォヴレーは頭に血を上らせている。ヴィンデルのけん制は、それをさらに促したことだろう。
そして……ヴィンデル自身もそれを覚悟していることを、ミオは察していた。
「絶対ダメ!!死んじゃったらおしまいでしょ!!考え直して、一緒に逃げ……」
「甘えるなッ!!」
響き渡った怒声に、ミオは押し黙る。
それは、ミオにとっては初めて聞く、ヴィンデルの声。
いや、このゲームが始まってから、初めて彼の口から発せられた声だった。
即ち、シャドウミラー隊長の――指導者としての、力に満ちた声。
「お前はまだやるべきことが残っているはずだ。戦いを終わらせるために、為すべきことが」
厳しく、諭すような口調でヴィンデルは続けた。
そう、彼女の使命はディス・アストラナガンを完全な状態にするだけではない。
空間維持装置の破壊という、もう一つの目的。そして打倒ユーゼスのために為すべきことは、まだ沢山ある。
それらの情報を握っているのは、ゲッター線に接触したミオだけなのだ。
「それ、は……」
「忘れるな。お前の命はもはやお前一人のものではない。
 お前がここで死ねば、アクセルやマシュマー達は、何のために命を賭けた!?」

「なんでよ……そんな、勝手なことばかり……」
死者の名を使う彼を、卑怯だと感じないわけではない。
だが、自分を助けようと死んでいった者達の想い、自分の無力さと八方塞な現状、
そしてヴィンデルの真意や覚悟を理解しているからこそ、ミオはそれ以上反論することはできなかった。
「W17……」
「え?」
ヴィンデルの突然の呟きに、ミオが聞き返す。
「いや、ラミア・ラヴレス……この殺し合いに参加させられている、私の部下だ。
 以前のままの奴ならば……私の名を出せば、お前の力になってくれるだろう」
「ヴィンデルさん?」
自分の持つ情報を、ヴィンデルは淡々と、そして口早にミオに告げてくる。
「だが今の奴には、何やら不審な動きが見受けられる。
 ……ユーゼスと通じている可能性すらもある。奴には十分に警戒を持って当たれ」
ヴィンデルは、託そうとしている。
アクセル、タシロ、副長、マシュマー……彼らから受け継いだ遺志を。

「……ヴィンデルさん」
「ふ……そんな顔をするな。私は死ぬつもりはない」
今のあたしは、どんな顔をしているというのだろう。
「言い忘れていたが……こう見えても私は、元の世界ではとある平和機構のリーダーでな。
 数多くの紛争を、話し合いで解決してきた。この程度の修羅場など、大したことはない」
嘘だ。あたしを納得させるために、嘘をついている。大体この人、どう考えてもそんな柄じゃない。
「だから……私を、信じろ」
そんな臭い台詞は、正直苦手だ。なんていうか、思いっきり死亡フラグだし、それ。
どうしてこの人は、死を覚悟して、そうやって笑えるんだろう。
「今回も、無事に説得して……お前の所に連れて行ってやる」
自分も、戦いの中でもバカばっかりやって……真意を押し殺してたっけ。
それと同じ?それとも……?


「おぉぉぉぉぉっ!!」
クォヴレーの絶叫と共に、爆煙の向こうからブライガーが駆けてくる。
肩のブライカノンを放り出し、その左手には剣が握られている。ブライソードだ。
ブライカノンの発射が難しいと判断して、接近戦でとどめを刺すつもりなのか。
もう、猶予はなかった。接近を許してしまえば、今度こそ逃げる術はなくなる。
ミオにもまた、覚悟を決める時が来た。
「最後に言っておく。これは私のミスだ。お前が責任を感じることはない」
ビームを撃ち続けながら、マジンカイザーは肩からカイザーブレードを抜く。
「それでも、自分を許せんというなら……
 最後まで、諦めるな。希望を捨てず、絶望に抗い続けろ」
ヴィンデルの言葉に、ミオはアストラナガンを頷かせた。
そして、彼女もまた叫び返す。
「わかった。……だから、ヴィンデルさんも!」
「……無論だ。約束は、守る」
ミオの続きを待たず、ヴィンデルは彼女が言おうとしていたであろうことを、自らの言葉に乗せ被せた。
迫り来るブライガー。そこに向けて、マジンカイザーは光子力ビームを地に走らせる。
光はブライガーの進行を妨げるように大地を切り裂いた。
「ちぃっ!!」
噴き上がった土砂が壁を作り、クォヴレーの視界は再び奪われ、ブライガーは足を止めた。
「今だ!行けッ!!」
ヴィンデルが叫んだと同時に、アストラナガンもまた飛び立った。
一直線に北へと向けて、戦場から離脱していく。
振り返ることは、しなかった。


 * * * * * * * * * * *


(そうだ……それでいい、ミオ・サスガ)
アストラナガンの飛び去る姿を見届けて、ヴィンデルはすぐにブライガーへと向き直る。
(あとは、彼女の離脱する時間を稼ぐ……ッ!)
全身を走る痛みに顔を歪める。デビルガンダム戦で受けた傷が、疼いた。
ブライカノンの砲撃からアストラナガンを庇った際の衝撃で、全身の傷口が開き始めていた。
それを振り払うかのように、ヴィンデルは操縦桿を強く握り締める。
満身創痍のアストラナガンと翼を失ったマジンカイザーでは、ブライガーからは逃げ切れない。
だから、ヴィンデルは自分が盾となることを選んだ。ミオを確実に逃がすために。

あれだけ大音量で叫んでいては、既にユーゼスにもミオの生存がばれたと見ていいだろう。
もっとも、それを悠長に気にしていられる状況ではなかったのも事実だが。
しかしばれたことを差し引いても、彼女の重要性に変わりはない。
彼女はこのバトル・ロワイアル破壊のための『鍵』であり、打倒ユーゼスのための『希望』なのだ。
ならば、それを守るために命を賭けるだけだ。アクセルやマシュマー達が、そうしたように。
これは、命の取捨選択。闘争の渦中においては、さして珍しいことでもない。
その天秤に、自分自身がかけられただけの話。闘争の世界を望んだ時から、そんな覚悟くらいはできていた。
――はずだったのだが。
ふと、ヴィンデルの心が痛んだ。

最後に見えた、ミオの表情は――


爆煙の中から、赤い影が飛び出してきた。
影の進路上に、ヴィンデルはマジンカイザーを割り込ませる。
「貴様ぁぁ!」
ブライガーは躊躇なくブライソードで斬りかかった。
寸でのところで、それをカイザーブレードが受け止める。
二本の剣がぶつかり合い、火花が散る。その衝撃は、互いのコックピットにも直接伝わってきた。
「ぐっ……!」
ヴィンデルが呻く。
機体の体格差とブライガー自身の勢いが、マジンカイザーをじわじわと後ろに追い詰めていく。
「待て……戦うつもりはない、こちらの話を聞いてくれ!!」
「今さら何を!!命乞いなど聞いてたまるか!!」
力任せに薙ぎ払われるブライソードで、カイザーブレードが弾かれ、宙に舞う。
それと共に、マジンカイザーもバランスを崩した。
「ぐ……頼む、聞いてくれ!私達は、お前にアストラナガンを……」
「煩い!!デビルガンダムの手先が!!」
ブライソードが一閃する。次の瞬間には、魔神の右手は斬り落とされていた。
斬られた部分からオイルが血のように噴出し、地面に落ちた右手に降りかかった。
「殺人鬼の一味が!!ユーゼスの犬がっ!!」
再度一閃。それを避けるべく、マジンカイザーが後ろにステップを踏む。
だが完全にはかわしきれず、左胸の放熱板が斬り飛ばされた。
「リュウセイの!ジョシュアの!皆の……仇がぁぁっ!!」
狂ったように吠え散らしながら、クォヴレーはブライガーを攻め立てる。
(くっ、無理もないか。けん制とはいえ、あれだけ攻撃を加えた後ではな)
ミオを逃がすために取った行動は、クォヴレーの怒りをさらに煽ることとなっていた。
無論、ヴィンデル自身もそうなることも覚悟はしていた。
(当然の結果か。……だが、それを差し引いても……)
滅茶苦茶だ。クォヴレーの叫びを聞きながら、ヴィンデルはそう感じた。
クォヴレーの理屈は、支離滅裂を極めていた。いや、もはや理屈など意味を持たないのだろう。
目の前の人間が仲間を殺した。今の彼にとっては、それだけで十分なのだ。
(やはり……同じだ。あの時の私や、マシュマーと……!)

B-3でのマシュマーとの戦いの記憶を――その時の自分達の感情を思い返す。
自分もマシュマーも、完全に怒りと憎しみに取り込まれ、ただ互いを殺すことだけを考えていた。
今のクォヴレーは、その時の自分達と同じなのだ。
自分自身の憎悪に振り回され、周りが見えなくなってしまっている。
このままでは遅かれ早かれ、クォヴレーは取り返しのつかない過ちを犯すだろう。
自分達と同じように。だが、それだけはあってはならない。
ここで彼の過ちを許すことは、希望が完全に絶たれることを意味するのだ。
先程取り落としたカイザーブレードを、左手で拾い上げる。
だがその際に生じた隙を、ブライガーは見逃さない。
耳元から発射されたブラスターが、マジンカイザーの装甲を掠めていく。
「ぐぅぅっ!」
「リュウセイを、ジョシュアを……セレーナを、エルマを、リョウトを……
 そしてトウマを、ガルドを……あいつらを殺しておきながら……」
声が震えている。怒りか、それとも……泣いているのか。
「今さら、ただですむと思うなぁぁぁっ!!!」
乱射する。感情に任せて、ブラスターを撃ちまくる。
それが直撃こそしなかったが、その攻撃はマジンカイザーの逃げ場を確実に潰していた。
標的から外れた光線は周囲の草木を焼き尽くし、瞬く間に炎が包みこむ。
「誤解だ!私もあの子も、お前の仲間を殺してはいない」
「信用できないと言ったはずだ!!」
間合いを詰められ、再度接近戦に移行するのに時間はかからなかった。
ブライソードが振るわれる。闇雲に、力任せに、滅茶苦茶に。
それをカイザーブレードで捌きながら、ヴィンデルは防戦を続けるしかなかった。
「頼む、話だけでも聞いてくれ!これでは……ユーゼスの思う壺だッ!!」
「ユーゼスの手先の貴様が、言えたことか!!」
会話は交わることなく、ひたすら平行線を辿り続ける。


(どうする……?)
ヴィンデルは考えた。クォヴレーを止める方法を。
(どうすればいい……?)
だが、そもそも全くの初対面である彼の怒りを諌める術など、最初からありはしなかった。
(……平和機構のリーダーか。全く、出鱈目にも程がある)
ミオを納得させるためについた嘘に、苦笑が漏れる。
平和を否定してきた人間が、今さら何を言うのか。
「お前達のような人殺しに、貸す耳は持ち合わせていないッ!!」
(そうだな。確かに、私は人殺しだ。それも、最悪のな……だが)
振り下ろされたブライソードが宙を切り、そのまま地面に思い切り叩きつけられた。
その僅かな隙を縫って、マジンカイザーはバックステップで間合いを取る。
「……お前と争う気はない」
「ほざけ!!」
「ならば……それを証明できれば、話を聞いてくれるか」
ヴィンデルは何かを決意したように、クォヴレーに問いかけた。
もう、自分の言葉では彼には届かない。ならば――態度で示すまで。
どの道、これではやられるのは時間の問題だ。ならば、一か八かの賭けに出る。
……どこぞのベーオウルフとて、こんな馬鹿げた賭けにはまず乗るまいが。
「何が証明だ!!これ以上お前の戯言になど……」
ヴィンデルの言葉を無視してブライガーが飛び掛ろうとした、その時。

ガラン、と地面に激しい金属音が響いた。
皇帝の刃がその手から落ち、地面に転がった。

「な、に……?」
ヴィンデルの信じ難い、まず正気とは思えないその行動に、流石のクォヴレーも面食らう。
ブライガーの攻撃の手も、止まった。
「なんの……つもりだ」
「何ということはない。今の私には……こうすることでしか潔白を証明できなかった」
カイザーブレードを手放したマジンカイザーは、構えを解き、手を広げた。
無抵抗……のつもりだろうか。
「これが、敵意のない証明と……私の誠意の、つもりだ」
誠意――柄にもない己の言動に呆れつつも、ヴィンデルは続ける。
「……これから、機体からも降りる。
 だから、もう一度言う。我々は戦うつもりはない。
 今一度、我々と……あの子との話し合いの場を設けてほしい」
それは確かに、馬鹿げたほどに裏表のないストレートな、彼なりの誠意だった。
DC戦争を戦い抜いて、異星人との戦争を戦い抜いて、連邦軍を相手にクーデターを起こして。
そんな戦いしか知らぬような彼には、クォヴレーを鎮める手段は他に思いつかなかった。
「な、に、を……」
ブライガーの攻撃の手が止まる。迷っているのだろうか。
せめて、少しでも怒りが和らいでくれれば、ヴィンデルとしては御の字ではあった……のだが。
「ふ……ざけるなぁぁっ!!!」
クォヴレーの怒号が轟いた。
ヴィンデルの行動を受け入れるには、彼は憎悪に染まりすぎていた。
「お前にその気はなくとも、俺にはある!!
 リュウセイやジョシュア達を殺したお前達を、そんなことで許すと思っているのか!!!」
ヴィンデルの説得を振り切るかのように、クォヴレーはその誠意を斬って捨てる。
「ッ!!クォヴ――」
ヴィンデルが叫び返そうとした時には、ブライガーは動き出していた。


「がっ――!?」
パイルダー内部を激しい衝撃が襲う。
ブライソードが、マジンカイザーのボディを斬り裂いていた。
右肩から左腹部にかけて、大きな傷が刻み付けられる。
傷口からはオイルが激しく噴出し、返り血となってブライガーを濡らした。
(ぐっ――)
マジンカイザーに態勢を立て直す余地を与えることなく、即座に二撃目が加えられた。
横薙ぎに振るわれたブライソードが、マジンカイザーの腹を抉る。驚くほど呆気なく、超合金が砕けた。
「ぐ……ぅぅぅっ!!」
再度襲う衝撃。ヴィンデルは飛びかける意識をかろうじて保つものの、それだけが精一杯だった。
そして、三撃目が振るわれる。その動きに、一切の容赦はなかった。
それに対処できるような余力は、マジンカイザーにも、ヴィンデル自身にも残ってはいなかった。
「あの世で詫び続けろ!!お前達が殺した、全ての者達にな!!!」
怒り。憎しみ。悲しみ。嘆き。恨み。憤り。絶望。そして持ち得る殺意の全てを込めて。
人間の持つ全ての負の感情が凝縮されたかと思えるような一撃が、振り下ろされた。

ふと、思い返す。
B-3で、マシュマーと戦っていたあの時。
アクセルを殺し、ミオを殺そうとしていた(と思い込んでいた)マシュマーが、
今の自分と同じことをして……自分は、それを受け入れられただろうか?
……。
(見当違いの偽善、か。慣れぬ真似は、するものではない……な)

視界が反転し、赤く染まり、最後に黒一色になった。

全身から猛烈な勢いで血を噴出し、魔神皇帝は崩れ落ちた。
大量の返り血をその身に浴びながら、ブライガーはそれを見届けていた。





(ミオが逃げるだけの時間は……稼げたか)
電波障害は収まり、レーダーは正常に作動している。
その範囲内に、アストラナガンの反応はなかった。戦闘空域から離脱できたようだ。
ひとまずは安心する。ただ、レーダーを凝視する自分の目の焦点は、どうやっても合わなかった。

機体がかろうじて大破にまで至らなかったのは、超合金ニューZαの為せる業か。
あるいは、クォヴレーの中で生じた僅かな迷いが――と考えるのは、些か楽観的だろうか。
だが、機体は大破を免れても、搭乗者へのダメージは深刻なものだった。
ヴィンデルの着ている服は、いつの間にか真っ赤に染まってしまっていた。
服だけではない。彼が座っているシートも、自らの血で赤く染め上げられている。
全身の傷口は、完全に開いていた。このまま放っておいても、失血死は免れない。
(やせ我慢も……ここまでのようだな……)
自らの限界を悟り、ヴィンデルは無念の表情を浮かべた。
(まったく……私は、何をしているのだ……)
いかに説得のためとはいえ、何故あのような行動に出てしまったのか。
無意識のうちに、つまらない奇跡などを期待してしまったのだろうか。
(クォヴレーのことは言えん……私も、狂っているのかもしれんな)
皮肉を含めたような、自嘲に満ちた笑みを浮かべる。
そう、この世界は狂っていた。いつの間にか、取り巻く環境の全てがおかしくなっていた。
死ぬべきではない人間が次々と命を落とし、勇者は闇へと堕ちていく。
目の前の、戦いを止めるための抑止力となりえる男は、憎悪に囚われ壊れた。
永遠の闘争を望み、理想としていたはずの男は、今は反吐が出るほど青臭い綺麗事を謳っている。
滑稽だ。実に滑稽だ。皮肉というには、あまりにタチが悪い。
(ふ、ふふ……どこで狂ったのか……何故、こんなことになったのだろう、な……?)
気付けば、視線は傍らに向いていた。
そこには、いくつもの丸い玩具ロボットが、機能を停止させ転がっている。
(そうだ……こいつらだ。こいつらのせいで、私はつまらぬ夢を見てしまった)
そう、この忌々しい玩具どもが起こしてきた奇跡が、自分を変えてしまった。
(最初にこいつらに出会ってから、全てがおかしくなり始めた……)


――「はぁ……はぁ……な、何故だ……何故私がこのような目に……」
  『ホ゛ウヤタ゛カラサ』『エコ゛タ゛ヨ、ソレハ!』『シュウセイシテヤルー!』
  「だぁっ! やかましいわっ、おのれらっ!」
  『ミエルッ!!』『ソコカァッ!!』『オチロッ!!』
  「ぐはぁっ!?」

――『ウルサイソ゛、ウ゛ィンテ゛ル!!』
  「あっ! す、すんません、すんません!
   静かにしてますから、どうか……どうか、修正だけはっ……!!」

――『アタマヲカカエテ、ト゛ウシタ?』
  「ああ…お前らみたいな変な奴らと一緒じゃ頭も抱えるよ…」
  『ナニカイッタカ、ウ゛ィンテ゛ル!』
  「あ…す、すいません!!許してください…ホント口がちょっと滑っただけで…」

(……)
これが死の間際の走馬灯現象という奴なら、もっとマシな光景を見たかった……などと思う。
最初にジャスティスのコックピットで出会って。
そこから先は、ろくな目に会わなかった。ひたすら虐げられては、涙を濡らす時間が続いた。
(本当に……ろくな目に会っていない)
ヴィンデルの顔に何故だか笑みが零れ、目から涙が流れ出た。
忌まわしい記憶だったはずのあの時間が、今となっては懐かしく思えた。
出会ってから、たった二日しか経っていないというのに。
ヴィンデルにはそれが何年も昔の出来事のように思えた。
(どこまでも……馬鹿げているな)
友情が芽生えて、デビルガンダムと戦って……この二日間の記憶が、脳裏を駆け巡る。
そんなことを回想するのは、自分の命が尽きようとしている証拠でもあった。


(ここまで、か……どうにもならないのか……)
身体が動かない。目の焦点も合わず、視界に霞がかかってくる。
死が間近まで迫っている現実を、ヴィンデルは否が応にも感じさせられていた。


視界が、意識が、真っ白になっていく。
階段を、一段、また一段と降りていく。その度に、全身の痛みが消え、楽になっていく。
その真っ白な世界の中に、今までに出会ってきた人々の姿が映し出された。
アクセル。レモン。自分の理想についてきてくれた部下達に、W17を初めとするWシリーズまで。
それから、この世界で出会った者達。
マシュマー。タシロ。副長。さらに、アキト、ルリ、イサム、マサキまでも。
ひとつひとつ、瞼の奥に映し出され――消えていった。

そして――
最後に、自分が守ろうとした、少女の顔が浮かんだ。

また、心が痛んだ。
結局、約束を一つも守れず、力尽きるのか――
今はそれが、心残りだった。

別れ際に、最後に見えたミオの表情が、もう一度浮かんだ。

ああ、そうか。
あの子は泣いていたのだ。こんな自分のために――




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最終更新:2008年06月02日 19:05