マサキとシュウ


闇。
そう闇だ。
目を開けようと閉じようと、知覚できるのはただそれだけ。
そもそも自分の目は見えているのだろうか。
それすらも関係なく自分はすでに死んでいるのだろうか。
上下の感覚すら掴めぬ空間に、ただ一人。ほかに何も感じ取ることはできない。
これが死――ずいぶんとつまらないが、まあこんなものだ。

――眩しい。

突然、目の前に光が生まれた。
どうしてこう眩しいのだろう。
目をそらそうとして、それはできないとわかった。
その光をさえぎる方法は、今の自分には何もないらしい。
この光は何だろう。

「それは私の、あなたの命。魂と言ってもいい」

それまで真っ白だった、自分の周りに音が満ちる。
空気の流れる音、それは風だとわかった。
その風が自分の体を通り抜けていくのを感じた。

「あなたは何を以ってあなたなのか。あなたの名は――」

その言葉は問いかけだと理解した。
そして俺はその答えを知っている。

「俺は木原マサキ」

俺の名前。
その名によって、その法によって、俺は俺であると定められた。
そして再び響く声。誰の声なのか、どこかで聞いたことがあった。

「私が誰なのか。知りたければ、その扉をくぐりなさい」

その言葉の意味を考えて、すぐそばに扉があることに気がついた。
それは初めからあったのか。
それとも今の言葉の後に現れたのか。
その扉に近づくため、一歩踏み出した。
そうして自分に足があるのだとわかった。
その扉を開けるため、金属とも木製ともつかぬその扉に手をかけた。
そして自分に手があると理解した。
その向こうに見える風景は黒一色。
踏み出したその先に足をつく床があるのかさえわからない。

俺はその扉をくぐった。

* *


視界いっぱいに景色が広がった。
無限に広がる空間、その四方を遮る硬質のカタチ。
――壁、だ。
そして自らの足が踏みしめる硬い感触。床だ。
見上げれば同じく、空間を遮るカタチ。天井という。
外に通じる隙間が何一つとしてない密室の真ん中に、椅子が二つ。
そのうちの一つに誰かが座ってこちらを見ていた。
光源もないのに、その姿ははっきりと認識できている。
「ようこそ。……私の名はシュウ・シラカワ」
背筋を伸ばし、足を組んで優雅な姿勢で椅子に腰かける、一人の男。
その腕を掲げてもうひとつの椅子を指し示し、座るように促した。
俺はそれに従い、その椅子に体を預け、やつに向き直る。
「思い出したぞ。確かにそんな声だったな……ならばここは地獄か?」
シュウ・シラカワ。
この俺がユーゼスの仕組んだゲームの中で、最初に出会い、そして最初に殺した人間だ。
そいつがここにいるということは――
「ククク、ご安心下さい。あなたはまだ生きていますよ。そしてここは地獄ではなく、あなたの魂の深部――潜在意識ともいうべき場所です」
「……ふん。それで貴様は幽霊にでもなって、俺の意識の中に恨み言でも言いにきたか」
「いえいえ……生あるものは、いつかは滅ぶ。今度は私の番であった……ただそれだけのことです」
薄ら笑いを浮かべて、こともなげに言う。
ならばさっさと消えてほしいものだ。俺はこんなところで亡霊相手に油を売っている暇はない。
そこまで考えて、あることに気付いた。その考えを見越したかのようにシュウが言葉を続ける。
「ところであなたはあの瞬間に何が起こったのか、どれだけ把握していますか?」
そうだ、あの時フォルカが呼び出したように見えた、数十体のマシンはいったい何だ?
あれは……ただのマシンではない。
何故なら通信でコンタクトしたわけでもないのに、それがこの殺し合いに召還された人間たちだと理解したのだから。
シュウ、イサム、アクセル、ルリ、ガルド、プレシア、ヤザン、フォッカー、イングラム、トウマ……。
「あれはいったい――」
「魂の具現化とでも言いましょうか。この殺し合いから脱落した者達の念がフォルカ・アルバーグの力を借りて、ユーゼスを倒すために蘇った……。
それぞれの分身とも言える機体の形をとってね」
「……それも魔力やら念動力のうちの一つということなのか」
「そのとおり。厳密には違いますが、解釈としては概ね正解です。流石ですね」
グランゾンのカバラシステムはもとよりユーゼスの首輪の技術などをとっても、そういったオカルティックな技術が使われているのを、マサキは今まで目にしてきた。
いわゆるオカルトとされる分野を、科学技術として実践の域にまで高めたものが存在することは認めざるを得ない。
「ですが私だけは事情が違った。何故ならそこにグランゾン……私が造り上げた、分身ともいうべき機体がそこに実在したのですから」
「貴様が造っただと!?」
「そうです。ですから私はフォルカ・アルバーグに召還された瞬間、その力を借りてユーゼスと戦うのではなく、グランゾンにこの魂を宿すという選択肢があったというわけです」
「そうか……あのときの異常はそのせいか。それで貴様は何が目的だ?」
グランゾンがマサキのコントロールを離れたのは、シュウの魂が干渉した影響であることに間違いはない。
ならば、何故そんなことをしたのか。
自分が殺し合いの場に連れてこられて、死んだことに対して特に恨み言はない――そう言った。
ならばユーゼスは憎むべき相手ではないということか。
他に果たすべき目的があるのか。
「……結果としてあの闘鬼転生は失敗でした。ユーゼスの野望を助ける結果にしかならなかった」
「野望?お前は奴の目的が何なのか知っているのか?」
「いえ、そういうわけではありませんがね。
 それを解く鍵となるのは、この殺し合いは何故こういうまわりくどい手間をかけて行われているのかという点です」
そうだ。これは殺し合い自体が目的ではない。その先にある何かがユーゼスにとって必要なのだ。
シュウの表情を伺うが、薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ているだけで、その先を話そうとしない。
気に食わない。
そのすべてを見透かしたような目で、自分を試すように覗き見ているのが気に食わない。
「……念動力を利用するシステムとは、いわゆる死者の無念……呪いといったもエネルギーにできるのか?」
「ええ。そして重要なのは量ではなく質。たった一人の素質ある者の念が星をも砕く……。
 そういったこともありえるのが念動力です」
やはりこいつは答えを知っている。
わざわざ聞いてもいないことまで教えてくれるとは、もはやそれが答えといっているも同然だ。
集められたのは膨大な有象無象ではなく六十数人という半端な数。
それはつまり量ではなく質を選んでユーゼスがここにつれてきたという事。
そしてこのような広大なフィールドや性能差のあるマシンの支給……戦いを長引かせて様々な感情を引き出すのが目的か。
「最初の部屋でいきなり拷問して絶望を引き出す方が手っ取り早いと思うがな。それでは駄目だという事か?」
「そういう手法では無理なのでしょうね。ユーゼスもここまでやるからには、最も効率的に念を集める方法について充分に研究しているでしょうから」
「そこまでして奴は一体何をする気だ。あの力があれば、すでに大抵のことは造作もあるまい」
「人を超えた存在となり、神になりたいとのことですよ。『宇宙の調停者となる』……本人はそう言っていましたね」
……神だと?宇宙の調停者だと?こんな大掛かりな仕掛けを打っておきながら、結局はその類か――俗物が。

「……何が神だ。くだらんな。神など知恵の足りんクズどもが、己の理解が及ばぬ力を奴等なりに定義しただけの存在に過ぎん。
 神だろうと何だろうと所詮、強大な力を持った者がクズどもをその力で支配する……何の変わりがある?
 何度も繰り返された歴史だ。何も変わらんさ――――このくだらん世界はな」

吐き捨てるように呟くマサキの言葉に、だがシュウは何もこたえない。
「……何か言いたいことがあるなら言ったらどうだ」
「いいえ。私には神について何も語る言葉はありません。ただ……聞きたいことが一つだけ。
 あなたはユーゼスに利用された不完全な存在である――としたら、どうします?」

――俺が?ユーゼスに?

「そう、あなたは疑問には思いませんでしたか?何故あなたは『秋津マサト』でなく、『木原マサキ』なのか」

そうだ。
俺はあの時、秋津マサトの人格に取り込まれたはずだ。
では、どういうことだ?俺はいったい何故ここにいるんだ?
疑問を先送りにしてきたが、そもそも俺は――

「…………何故そんなことがわかる?」
「魂の形ですよ。あなたも闘鬼転生をその目で見た瞬間に感じたはずです。あれはこの殺し合いに呼ばれた者たちであると。
そして私は魂だけの存在となって、あなたの潜在意識を共有して、こうして会話している。
だからわかるのですよ、不自然な魂のカタチがね。あなたは『秋津マサト』を削られた不完全な存在――そういうことです」

馬鹿な。
そんなことが……。

「ユーゼスはこの殺し合いを円滑に進行させるために、様々な因子を仕込んでいました。
 あなたもその一人だった。他人の命を何とも思わぬあなたが、秋津マサトよりもこの殺し合いに『適任』だった――」

だから?
だから俺という人格を造ったというのか。
俺自身が冥王となるために、俺のクローンを造ったように?

「改竄した記憶を植え付け、そしてこの殺し合いに送り込む……。
 クローンでも造れない特別な力を持った者たちの魂と、負の念を刈り取るために」

かませ犬というわけか。
そのためだけに、俺もラミア・ラヴレスと同じ、人形だったというわけか。
そのためだけにユーゼスは、俺を造り上げていいように利用し、そして――

「……それでもあなたは先ほどと同じ言葉を言えますか?
 あなたという人格の造物主である、因果律をも支配し、神になろうとする、ユーゼス・ゴッツォに対して――」


「くくくくくくくくくくくくく…………。
 くはははははははははははははははははははははははは…………。
 あーっははははははははははははははははははははははははははははははは
 はははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははは
ははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!」


気付けばその笑い声はまるで他人のもののように、喉からあふれ出ていた。
部屋中に響くその声に、だがシュウの表情は仮面のように何の変化もなく、ただこちらを見つめていた。

「……俺は人形か。ユーゼスの手の上で踊っていただけか」



「――――ならばユーゼスを殺せば人形ではなくなるじゃあないか」



「やつが死ねば俺の意思は正真正銘、木原マサキの意思だ!何も変わらない!
何度でも言ってやるぞ、シュウ・シラカワ!!
何が神だ!神など知恵の足りんクズどもが、己の理解が及ばぬ力を奴等なりに定義しただけの存在に過ぎん!
 神だろうと何だろうと所詮、強大な力を持った者がクズどもをその力で支配する、そのことに何の変わりがある!?
 何度も繰り返された歴史だ、何も変わらんさ!このくだらん世界はなッ!!」

「わかりました……『何が神だ』、ですか……」
シュウは笑っていた。
さも楽しそうに、拍手を送らんばかりに、とても楽しそうな表情で。

「ではあなたに神をも殺せる力を差し上げましょう。
私は、私を利用しようとするものを、ユーゼス・ゴッツォを決して許さない……。
魔力も魔術の心得もないあなたでも、私の魂を魔力の代用に使うことで一度だけグランゾンの本当の力を解放することができます。
この力で――ネオグランゾンの力であの男を滅ぼしなさい」


【木原マサキ 搭乗機体:グランゾン(スーパーロボット大戦OG)
 機体状況:内部機器類、(レーダーやバリアなど)に加え通信機も異常。照準のズレ修正済み(精密射撃に僅かな支障)。
      右腕に損傷、左足の動きが悪い。EN半分ほど消費(徐々に回復中)。グラビトロンカノン残弾1/2
      シュウの魂とカバラシステムを併用することで一度だけネオグランゾンの力を使うことができます。
 パイロット状態:疲労、睡眠不足 、混乱、胸部と左腕打撲 、右腕出血(操縦には支障なし)
 現在位置:???
 第一行動方針: ???
 最終行動方針:ユーゼスを殺す
 備考:グランゾンのブラックボックスを解析(特異点についてはまだ把握していません)。
    首輪を取り外しました。
    首輪3つ保有。首輪100%解析済み。 クォヴレーの失われた記憶に興味を抱いています。
    機体と首輪のGPS機能が念動力によって作動していると知りました
    ユーゼスの目的を知りました。】

【三日目:???】





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最終更新:2008年06月02日 19:30