覇龍 煌めく 刻(2)
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木原マサキとシュウ・シラカワの創りし魔神・グランゾン。
今マサキの前には五機の機動兵器が立ち塞がっていた。
グランゾンの真の力…開放すればこんなザコなど一瞬で葬り、なにやらたいそうな姿になったユーゼスに一撃を加えることもできるだろう。
だが今はその時ではないとマサキは確信する。
シュウはグランゾンの力を解放できるのは一度きりと言っていた。
今のユーゼスは…そう、まだ力の底を見せてはいない。有り体にいえば倒せる確証がないのだ。
もし凌がれれば消滅するのは自分だ。そんな結果、認めるわけにはいかない。
だからマサキは機を待った。ユーゼスが何をしようとしているか大体の見当はつく。
ここに来るはずの他のクズを待ち、やつらをぶつけることによってユーゼスの力を見極めるのだ。
今同じ場所で戦っているディス・アストラナガン、そしてあのフォルカ・アルバークという男。
クズの割には中々の力を持っている。やつらならユーゼスの罠に自ら飛び込み、その全貌を丸裸にしてくれることだろう。
利用し、踏みにじり、使い捨てる。マサキにとって他者とはその程度の存在だ。
「だからといってクズに付き合うのは業腹だが………」
この五機のヴァルク・ベンは、メインイベントが始まるまでのちょうどいい時間つぶしだ。
「俺を退屈させるなよ、負け犬どもッ!」
□
強い。
一撃でソウルゲインの巨体を浮かすこのパワー。
一瞬たりとも止まることなく走り続けるこのスピード。
変幻自在の足さばきによる分身歩法。
そして何よりも。
「ガァアアアアアアアアアアッ!」
「ク――――この拳はッ!」
何よりも、そう。虎龍王の繰り出す拳。
間違えるはずもない、これは紛れもなく機神拳。
拳、手刀、肘、膝、足刀、果ては撃ち出す闘気。すべてが必殺であり、無駄な流れが何一つ存在しない。
これほどの技、如何なる方法でも模倣など不可能だ。
己と抗し得る腕を持つ機神拳の使い手―――――そんな者はただ一人しかいない。
「フェルナンド………なのか…!?」
嘘だ。違う。そんなはずはない―――そんな思いは虎龍王の一手ごとに霧散していく。
理屈ではなく、体が。機神拳を修めた体が無意識に確信していく。
敵手はフェルナンド・アルバーク。
もはやフォルカの中でその認識は確固たるものだった。
『フォルカァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!』
声が聞こえる。マイから託された念動力を介し、フェルナンドの思念が伝わってきた。
憎悪、そうとしか表せないほどに強烈な思念。ラミア・ラヴレスが言ったことは本当だった。
フェルナンドはフォルカと和解する前の時間からここに来たということ。
だがフォルカは訝しむ。
たしかにフェルナンドは自分を憎んでいた。だがいくら違う時間から召喚されたとはいえ、ここまで憎しみに支配されてはいなかったはずだ。
傷つけられた「プライド」、フェルナンドはそれを癒すためにフォルカに勝利することを求めた。
しかしこの『フェルナンド』はまるで「殺すこと」しか頭にないようだ。
その証拠に、虎龍王は幾度も「武器」を振るっている。
雷光のごとき速度で振り回されるヌンチャク、拳ともに打ち出されるドリル、音すらも置き去りにして突きこまれる槍。
機神拳を練功する過程でこれらの武具を扱うことはあった。心得はフォルカにもある。
が、実際に使うかと言えばそれは絶対にない。
機神拳とはそれ単体で最強なのだ、武器など使えば拳は鈍る。
なのに今のフェルナンドは拳への誇りを失くしたかのように、ただフォルカを粉砕しようとするのみ。
「何故だ、フェルナンド…!」
フォルカは知らぬことだが、このゲームでのフェルナンドの乗機はズワウス。
乗り手のオーラ力を高めるオーラバトラーの一機であるズワウスは、復讐に燃えるフェルナンドのオーラ力…覇気を爆発的に増大させた。
………そして覇気だけでなく、その憎しみまでも燃え上がらせた。
フォルカではなくゼンガー・ゾンボルトに敗れたことにより、その憎しみは浄化されることはなく、怨霊となって今再びフォルカの前に立っている。
怨霊、そうとわかっていてもフォルカは呼びかけることを止められはしなかった。
フォルカの声に応えることもなく拳のラッシュを放つ虎龍王。
いくら再生能力を有するソウルゲインと言えど、再生するより早く砕かれれば一巻の終わり。
同じく拳の乱打にて迎撃を図るものの、拳に混じり時折閃くヴァリアブルドリルがソウルゲインの拳を抉る。
「ッ…このままでは………!」
フォルカがようやく覚悟を決める。
フェルナンドに呼びかけるにしても、まずは動きを止めてからだ。
そして手加減する余裕などありはしない…だから。
「行くぞ………ッ!」
振り下ろされる踵を横から殴りつけ、一歩後退し肘のブレードを展開。
再度踏み込んだその姿は何重にも分かれ、無数のソウルゲインが虎龍王目掛け殺到する。
「はあああああああああああッ!」
舞朱雀、ここにアクセル・アルマーがいればそう言ったことだろう。
修羅の本能は機体に最適な攻撃法を瞬時に選び出す。
全方位から迫り来る刃の嵐。だが虎龍王はむしろ悠然と構えている。
「もらったぞ、フェルナンド…!」
この瞬間、たしかにフォルカは勝利を確信したが、油断はしていなかった。
そして激突―――――膝をついたのは、ソウルゲインだった。
「が………っ!」
ソウルゲインのコクピットに血飛沫が飛散する。
激突の間際、虎龍王が手に取ったのはランダムスパイク。
振り回されるその射程はソウルゲインのブレードよりも長く、いわばフォルカは自ら暴風圏に飛び込んだ形。
だがそれだけならまだ疾走の勢いのあったソウルゲインに分があった。
明暗を分けたのは、操者。
フェルナンドがフォルカを殺すことを第一としていることに対し、フォルカは機体の中枢に当てることを避けた。
手加減してはいないが、フェルナンドを殺す…「もう一度」殺すことになっても意味がない、そんな判断の結果だった。
カウンターの要領でヌンチャクに滅多打ちにされ、ソウルゲインの装甲はほぼ全域が破損していた。
対して虎龍王はいくらかの刃に切り裂かれたものの、損傷と言えるほどのものはない。
フォルカにとどめを刺すべく虎龍王が歩み寄る。
ソニックジャベリンを掲げ、ソウルゲインの胸部目掛けて振り下ろす。
―――――だがその先端はソウルゲインを貫きはしなかった。
「フェル…ナンド………」
ソニックジャベリンが貫いたのはソウルゲインの左腕。間一髪のところでフォルカが腕を持ち上げたのだ。
「お前を………止める……………!」
意識は朦朧としている、だがやられるわけにはいかない。
ここで負ければフェルナンドが次に狙うのはミオ達だ。
親友が仲間を殺す―――――やらせはしない、絶対に!
虎龍王は攻めず、槍を捻り抜き大きく後ろに跳ぶ。ソウルゲインが立ち上がり、その際左腕が脱落した。
これが最後の勝負――――――お互いが無意識にそうと悟る。
「コード…、麒麟………ッ!」
ソウルゲインのリミッターを解除、フルドライブ。
「オオオオオオオオオオォォォォォッ!」
咆哮と共に可視できるほどの覇気が虎龍王を包む。
静寂は一瞬、同時に地を蹴る。
片腕のソウルゲインが青龍鱗を放つ。修羅の覇気を糧に放たれた光弾は蒼い奔流となって虎龍王を飲み込んでいく。
「ソウルゲイン…もう少しだけ、俺に付き合ってくれ………!」
光の中心、そこいる虎龍王目掛け拳を繰り出す。
手応え、だが虎龍王の体を捉えたものではない。同じタイミングで虎龍王も拳を放ったのだ。
ソウルゲインは片腕、虎龍王は両腕。
だがフォルカは、ソウルゲインは、己が全てをこの攻勢にかける。
「はああああああああっ!」
溢れる闘気。交わされる拳の速度は天井知らずに増していく。
「勝つのは…俺だッ! フェルナンドォォッ!」
ラッシュの応酬を制したのは片腕のソウルゲイン。
ソウルゲインの一撃に虎龍王の一撃は拮抗できず、両腕の手数でなんとか均衡していた状態。
そこから更に拳にエネルギーを集中させたソウルゲインが押し勝ったのだ。
「でやあっ!」
宙高く虎龍王が打ち上げられる。
「貫け、覇龍………!」
フォルカが残る力全てを龍と成し放つ。
天を駆け昇る覇龍が虎龍王を砕く…その瞬間。
「捉えたぞ、フェルナン―――――がぁッ!?」
――――――ソウルゲインの脇腹に、もう一つ「腕」が生えていた。
その「腕」は虎龍王が打ち上げられる最中に放ったタイガーナックル。
虎龍王に集中していたフォルカは、龍を迂回し接近する虎の爪に気付けなかったのだ。
覇龍が掻き消え、虎龍王が降り立つ。タイガーナックルが引き抜かれ、本体へと戻る。
虎龍王が迫る。だがフォルカにはもう指先一つ動かす気力も残されていない…
虎が咆哮した。
拳を受け、ソウルゲインが宙に浮く。
次に来たのはランダムスパイク。空中で乱撃を受け、叩き落された。
ソウルゲインが大地に激突する刹那、虎龍王がその下に滑り込む。
荒ぶる虎の四肢が暴風となってソウルゲインに喰らいつく。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!」
風に揺れる木の葉のように翻弄されるソウルゲイン。右腕と下半身が引き千切られ、離れる前に一瞬で細切れに砕かれた。
右腕を引き絞る虎龍王。雷光のスピードで突き出されたドリル。
それがソウルゲインに到達するより早く、フォルカの意識は闇に落ちた。
□
「三対三…か。数の上では互角だが………」
虎龍王と対峙するフォルカ。
一方でミオ・シロッコ・クォヴレーもまた強敵と向かい合っていた。
「ガンダムタイプが一機、ゴラー・ゴレムの量産機が二機。侮れる相手ではないぞ」
先ほどまで単騎で交戦していたクォヴレーは、敵手が油断ならない相手だということを知っている。
「特にあのガンダム。あれを操っているのは剣鉄也のネシャーマだ、手強いぞ」
「あー、あの人かぁ…。で、でも機体はあの鬼みたいな機体じゃないし!」
ミオは彼を知っている。デビルガンダムに取り込まれていたとき、鉄也がそこにいたからだ。
「剣鉄也だと…? キラとゼオラを殺した男か!」
シロッコは、というか彼が率いていた集団は鉄也によって壊滅させられた。
あのときは死んだふりをすることによってなんとかやり過ごせたが…さすがにこの状況ではそうもいかない。
「ゼオラ!?………そうか、やつがゼオラを………ッ!」
シロッコが何気なく漏らした言葉、それはクォヴレーの心に怒りの火を灯す。
全ての元凶はユーゼス…わかってはいる。
だが、掛け替えのなかった友の仇がそこにいるという事実は、彼に使命を一時忘れさせるほどの衝動を生んだ。
「…たしかに機体は違うが、腕が尋常じゃあない。油断はするな」
胸中の激情を押し隠しクォヴレーが告げる。今は感傷に浸る時間ではない。
機体や状況がどうであろうと、あの男は必ずこちらの予想を超える一手を放ってくる。
「ふむ…クォヴレー、君の機体の状態は芳しくないようだな?」
「やつに手酷くやられたからな。戦力としては半減したかそれ以下だ」
悔しげなクォヴレー、だがシロッコは彼の先ほどのZZガンダムへの対処を思い出す。
「フッ、あれだけできれば充分だ。さて、ミオ、クォヴレー。私の指示に従う気はあるかね?」
「シロッコさんの指示?」
「どういうことだ」
「数は同じ、腕も同等。なら集団戦で勝敗を分かつのは連携ということだ。
私はこれでも船団を率いたこともある男でね、指揮にはいささか自信がある」
一拍置いて、
「わかった! どうすればいい?」
と、ミオ。クォヴレーも、
「了解だ。どのみち今の俺では満足に戦えん。手並みを見せてもらおう」
と返す。
「よし、まずはミオ、君がアタッカーだ。君の機体は重装甲を生かした格闘戦が本領だ。突っ込んで駆け抜けろ」
「あいさー!」
「次にクォヴレー、君の機体はバリアを展開できるな。ならば君は最後尾、私の後ろについてくれ」
「了解だ」
「私がミオの後ろにつく。では行くぞ!」
ブラックサレナ、ジ・O、ディス・アストラナガンが隊列を組み前進する。
「いっけー!」
ミオの威勢のいい声とともに、ブラックサレナがディストーションフィールドを展開、左翼のヴァルク・ベンに向けて突進する。
ヴァルク・ベンはカティフ・キャノンで迎撃。
だがブラックサレナのフィールドと装甲を突破できず、フィ―ルドを展開する間もなく弾き飛ばされる。
「いいぞ、ミオ! そのまま進め!」
ブラックサレナが駆け抜け、二番手のジ・Oがグラビトンランチャーを放つ。
重力の塊は展開されたフィールドを圧迫し、ガラスのように砕け散らせる。
そこへ三番手、後方をフィールドでカバーしていたディス・アストラナガンがZOサイズを振りかぶる。
「もらったぞ………!」
態勢が崩れフィールドも突破されたヴァルクに成す術はなく、一気に両断された。
もう一機のヴァルクとZZガンダムが介入する間もない、それほどの早業だった。
「これぞかの有名なジェットス―――わぁっ!」
ミオの言葉を遮り、ZZガンダムのハイメガキャノンが駆け抜ける。
慌てて回避したミオ、牽制のメス・アッシャーを放ちつつクォヴレーが怒鳴る。
「油断するなと言っただろう!」
「ごめんなさーい…」
クォヴレーの叱責に微妙に凹みながら謝るミオ。
「でもさ、こういうときって掛け声とか欲しくない?」
「「要らん!」」
二人に同時に切り捨てられ、ミオのテンションがちょっと下がる。
「ジ・Oが黒かったら完璧なのに…」
「もう一度仕掛けるぞ! まずはバリアを持つ方からだ!」
ミオの声をスルーしたシロッコが下した号令とともに、三機はまた一列となって動き出す。
だが今度はZZガンダムが黙っていなかった。
ヴァルクに向かう三機、その横腹からビームライフル、ダブルキャノン、ミサイルランチャーとありったけの火器を撃ち放つ。
「くっ・・・小賢しい!」
ディス・アストラナガンのフィールドが隊列を覆っているため、深刻な損傷はない。
だが隊列は乱れ、ヴァルクにアプローチする機会を逸してしまった。
シロッコは憤るが、その頭脳はあくまでも冷静に状況を分析する。
―――連携攻撃を仕掛けている間は隙ができる。その隙はZZガンダムには格好のチャンス。ならばヴァルクに攻撃をかけつつZZガンダムにも仕掛ける―――
流れるように思考し結論を出す。
「クォヴレー、交代だ! 私が最後尾につく!」
「交代? それではフィールドがお前までカバーしきれないぞ」
「構わん、私に策がある!」
「…了解した」
ジ・Oとディス・アストラナガンが入れ替わる。
「ミオ、行け!」
「はいよー!」
ブラックサレナが駆け、ヴァルクがツインホイールバスターを構える。
猛回転するホイールはディストーションフィールドを切り裂き、ブラックサレナの装甲に火花を散らした。
ハンドカノンを放ち、なんとか離脱する。
「ごめん、後お願い!」
次に飛び込んだディス・アストラナガン。
高速で移動していてはメス・アッシャーが使えないので、ラアム・ショットガンを撃つ。
フィールドは散弾を受け止めたが、次いで振るわれたZOサイズによって切り裂かれる。
「シロッコ、任せた!」
同じ位置に留まっていてはZZガンダムに狙われる、だから一瞬たりとて動きは止められない。
そして退避したミオとクォヴレーはシロッコのジ・Oを見やり絶句した。
なんとジ・Oは『後ろ向きのままヴァルクに迫っていた』のだ、その両腕に構えたビームライフルでZZガンダムを牽制しつつ。
ZZガンダムから横槍が入らなかった理由がこれだった。だが、そのままでどうやってヴァルクを撃破するのか。
二人が隙を作ったとはいえ、ジ・Oが振り向くその一瞬で持ち直されるだろう。
そうなればジ・Oの前にはヴァルク、後ろにZZガンダム。結果は明らかだ。
間に合わないと確信しつつ、ミオとクォヴレーが再度仕掛けようとする。
だが、ジ・Oの、パプテマス・シロッコの動きは二人の予想を上回る。
ヴァルクに最接近したジ・Oはそのまま宙返りを行った。
ヴァルク・ベンを棒に見たてて、その頭上を走高跳のように背面跳びで抜けていく。
「これで二機目だ」
ジ・Oが着地し、シロッコが静かに呟く。そして爆散する最後のヴァルク・ベン。
ミオとクォヴレーはジ・Oの背面に二本のマニピュレーターが突き出ているのを見る。
その腕は力強くビームサーベルを保持している。
ジ・OはZZガンダムを牽制しつつ、宙返りの最中この隠し腕に持ったビームサーベルでヴァルク・ベンを切り裂いていったのだ。
凄まじい技量、研ぎ澄まされた感覚が成せる神業。神業、ではあったのだが。
「うわあ、キモい! すごいけどキモい! 何その腕!」
「それは…また微妙な格好だな」
両足の間から後ろに突き出た腕にビームサーベルを構えるジ・Oは、傍で見ていた二人からしても異様だったようだ。
「ええい、うるさいぞ! 勝てばよかろう、勝てば!」
隠し腕を格納しつつシロッコが叫ぶ。一応この機体を設計したのは彼なのだから、二人の言葉に少し傷ついたことは内緒だ。
実際、いかにシロッコといえあのような狂気じみた機動を準備なく行うのは難しい。
その種はヘルモーズにてジ・Oを発見したとき、ついでとばかりにコクピットに放り込んでおいた強化パーツ・T-LINKセンサー。
ヘルモーズでの巨人との戦いでは設置する暇はなかったが、その後の情報交換の際取り付けておいた。
これにより拡大した感覚で敵機の位置を鮮明に認識していたからこそ、躊躇いなく打てた博打だった。
「とにかく、これで残るはあのガンダムだけだ! 一気に決めるぞ!」
誤魔化すように叫び、ZZガンダムに向き直るシロッコ。
と、そこにユーゼスの声が割り込む。
「いやぁ、いいものを見せてもらった。さすがは木星帰りのニュータイプ。見事な指揮、見事な曲芸だ」
いかにも観戦していた、という声。
「待っていろ。すぐにこのガンダムを始末して、お前をそこから引きずり降ろしてやる」
クォヴレーの声には鉄也への怒りとユーゼスへの苛立ちがあった。
「ほう…始末、ね。その二人の力を借りてかね?」
「………どういう意味だ」
「何、君は仲間に固執するあまり視野が狭くなっているのではないか、と思ってね」
ユーゼスはとても楽しそうに言葉を続ける。
「君は気付いていないようだが。ここには一人、足りない役者がいるだろう?」
一人足りない。考える、その言葉の意味を。
ここにいる者。自分、ミオ、シロッコ、フォルカ。そしてマサキ、ユーゼス。
ラミアはもういない。ならもう一人とは―――
「―――――――――――イキマ?」
そう、D-6に残してきたイキマ。別れ際、ミオ達に拾ってもらうと言っていた。
だがここにイキマはいない。ミオ達はいるのに。
「ミオ、シロッコ。イキマはどうしたんだ?」
悪寒を抑えられない。いや、彼は無事だ。きっとそうだ。どこかで休んでいるに違いない。
「イキマ、さんは………」
だが答えるミオの声は震えていた。彼女は最後まで言わず口ごもる。
「シロッコ!」
「…クォヴレー、彼は」
重々しく口を開くシロッコ。だが彼が真相を語る前に。
「君は先程から何度もジ・Oの背中を見ているはずだ。何故気づかない?」
ユーゼスが決定的な事実を告げる。
そこにあるのはブライソード。目に入りつつ、それがそうだとは認識しなかったもの。
この剣がここにある、ということはミオ達がイキマと接触したのは確実。
だがイキマはおらず、二人は口を開かない。
「嘘だ………」
「死んだのだよ、あの男は」
「嘘だ……嘘だ………!」
「ラミアの攻撃から君を庇ってな」
「嘘だッ! 信じるものか、イキマが死んだなんて!」
「…やれやれ。虚空の使者ともあろうものが情けない。これではやつはまさに犬死にだったようだな」
―――――頭の中で何かが切れる音がした。
「貴様ァァ―――――――――――――ッ!」
鉄也がゼオラを殺した。イキマが死んだ。俺を庇って死んだ。犬死に。
それらの事実がクォヴレーの中に降り積もり、爆発する。
真聖ラーゼフォン目掛け、ディス・アストラナガンが飛翔する。
その瞬間クォヴレーはミオ、シロッコの存在を完全に忘れ去り。
同時にZZガンダム、剣鉄也の存在も失念していた。
後方の警戒などまったくしないディス・アストラナガンに、ZZガンダムから放たれたビームの束が襲いかかる。
「――――――――――ッ!!」
光芒はディス・アストラナガンの翼を一瞬にして消し去り、悪魔を大地へ叩き落とした。
「クォヴレーさん!」
ミオの悲鳴。シロッコはZZガンダムの挙動に注意を払わなかった自分を悔やむ。
「行け、ミオ!」
だが今クォヴレーを死なせるわけにはいかない。もちろん、また暴走させるわけにも。
「このガンダムは私に任せろ。行って、クォヴレーと話すのだ!」
「えっ、話すって」
「今彼が暴走すれば全て終わりだ! それに君も言いたいことがあるのだろう!?」
常にない必死な声で叫ぶシロッコ。ここで舵を間違えれば本当に終わってしまう。
「………わかった! ここはお願い!」
ブラックサレナがディス・アストラナガンを追って飛ぶ。
ZZガンダムが狙い撃つ前に、ジ・Oが射線に割り込む。
「しばらく私に付き合ってもらおうか、剣鉄也…!」
時間稼ぎなどシロッコの好むところではない。だが、プライドにかけて「ガンダム」に敗れるつもりはない―――――
奇しくも同じ世界、だが違う時代に存在するはずの二機がぶつかり合った。
最終更新:2008年06月17日 07:06