生きる理由 ◆i9ACoDztqc
バニングからの声に従って、ダイヤの乗るディスティニーが咄嗟に身を落とす。
直上を通りすぎていくワイヤーを横目に、前傾姿勢のままディスティニーはスラスターを吹かせ、フラッシュエッジを抜く。
そのままビームの刃が伸び、ワイヤーを回収する途中のノワールへ突っ込んでいくが、
「甘いな。突っ込みすぎは命にかかわるぞ」
牽制としてノワールからばら撒かれるイーゲンシュテルンがディスティニーを叩く。
無論、この程度ディスティニーの装甲を考えれば何の損傷にもならない。だが、ダイヤは咄嗟にかわそうか迷ってしまった。
そのほんの僅かな時間差が、そのまま結果に跳ねかえり、フラッシュエッジはバックステップを刻むノワールに届かず、空を切った。
ノワールは体勢を半ば崩してるディスティニーを前にしても追撃せず、後方へ大きく飛び距離を取った。
ディスティニーが武器を持ちかえビームライフルを抜くより早く、ノワールのビームライフルがディスティニーを捉えた。
攻撃の出掛りを潰されたディスティニーは、ビームシールドを展開しながら、辛くも距離をとる。
ノワールは攻撃の手を緩めた。
ディスティニーが一息に飛び込んで来れない位置ギリギリを維持し、武器をいつでも抜けるようにランダム機動で移動している。
ダイヤも、考えなしに突っ込むことはしない。対艦刀を持ち、バニングがやったように牽制でCIWSを使いながらじわじわと詰める。
バニングも、そこまで積極的に攻撃をしようとはしない。
散発的な攻撃の中放たれた飛ばしたワイヤーが、ディスティニーに届かず地面に突き刺さった。
決定的な隙とも言えるこれを、ダイヤも見逃すわけにはいかない。距離も、一気に加速して突っ込んでいける場所まで近づいている。
ディスティニーが突っ込んだ。これ以外ない、という選択肢に見えた。
「でやあああああ!」
「慣れないことをやると視界が狭まる。短絡的になる。分かってるだろうが、肝に銘じておくんだな」
ボゴン!と音を立て、ワイヤーが引き戻される。
音の正体は、ワイヤーの先端に付けられた岩が、地面から引っこ抜かれた音だった。
本来ならば、モビルスーツ一機丸ごと牽引できるワイヤーによって引き抜かれた巨岩は、当然ワイヤーにしたがってまきとられる。
「うわっ!?」
ちょうど、それはディスティニーの真正面に飛び出してた巨岩。
このまま待てば正面衝突は必至と悟ったダイヤは、ディスティニーの手に持った刀を岩に向かって思いきり振りきらせた。
赤熱化した断面を晒しながら、バターのようにあっさりと両断される大岩。
しかし、ゆっくりと割れていく岩の向こうから見えるのは――ストライクノワールの伸ばされた腕!
ビームライフルを持ち、まっすぐ腕を伸ばす最短最速コース。
割れる途中の岩を超えて、ディスティニーのコクピットをビームライフルの銃口が叩く。
同時に、ノワールの足は、振り下ろした対艦刀の背を踏みしめ、持ちあがらないようにしていた。
両腕を振り切った姿勢、つまり腕を下げた姿勢のまま武器を抑えられ、コクピットを絶対はずさない距離で押さえられた。
よって――
「悪いが、俺の勝ちだ。別の世界とはいえ、モビルスーツのとり回しには、一朝一夕の長があるんでな」
「これで十連敗か……バニングさん、つええ……ッ!」
勝負あり。
結果は、今回もノワールの勝ち。
「何が悪いんだ……全然届かないぜ」
そう言って頭をかくダイヤに、バニングは顎に手を当て、小さく唸った。
「それは、おいおい話すとしよう。……ドモンは?」
そう言ってまわりを見渡すと、周囲の警戒を行う小さなぬいぐるみが。
二機に向かって手を振っている。よく見ると、小さな鍋が前に置かれている。
「そろそろ腹も減ったろう。少し腹にものを入れながら話すか」
バニングは、ダイヤにそう声を駆け、ディスティニーを開放する。
機体に大きな損傷がないかチェックさせ、ないことを確認してから、二人は移動を始めた。
■
カチャカチャと、食器がぶつかり合う音だけが響く。
黙りこくったダイヤ。
元々あまり口数が多いほうではなく、修行や何やらで孤食も多かったドモン。
何から話そうかと悩み、世間話のひとつもする余裕がないバニング。
そんな三人から、自然とそうなっていた。
「どうした? スプーンが動いてないぞ」
「あ、その……いや……」
明朗快活、という言葉が似合いそうな風貌の子供らしくない歯切れの悪い言葉。
バニングとしては何か話を切り出し、本題を告げる予定だったが、これが失敗だったと悟り後悔した。
つい先程、顔を会わせた人間が死に……さらに多くの人の死が告げられたばかりなのだ。
到底、食事などできるコンディションではないだろう。
「……多少無理にでも腹に詰めておけ。これは、体力勝負になる。食えるときに食っていたほうがいい」
バニングの言葉を受けて、もそもそとではあるが、ダイヤはスープを口に運びだした。
すまん、気が回らなかった。
そう一言言えればいいのに、口に出たのは、教官面した、素直に謝れない大人の言葉だった。
いつの間に、こんな大人になったのか、自分にも分からない。
ダイヤぐらいの年頃で、死なんて重いことを受け止め、割り切れるわけがない。当たり前の、本当に当たり前の話なのだ。
それが分からなくなったのは、いったいいつからだろうか。
自分たちがガキの時代も……いやいつの時代も、スペースノイドとアースノイドが対立していた。
そんな世間の影響だったのだろう。戦争ごっこが大はやりしていたのを覚えている。
おなじ年頃で部隊を作れば、全員小さいときは戦争ごっこに熱を入れて遊んでいた、なんてのも珍しくない。
バニングたち、不死身の第四小隊も例外ではなかった。
いつの間にか、戦争ごっこをやった連中が大人になり、
いつの間にか、本当に戦争をするようになり、
いつの間にか、それが当然になって………
いつの間にか、深く考えるのをやめていた。
本当に戦争が当然のものとして育った今の世代が大人になった時も、世界は相変わらず戦争をしているのだろう。
シーブックが、言っていた通りに。
ダイヤがスープをあらかた飲み終わったのを見て、バニングは単刀直入に切り出した。
「ダイヤ。ディスティニーから降りろ」
「えっ……?」
あまりにも短い言葉だったのもあるだろう。内容が受け入れがたかったのもあるだろう。
聞き返すダイヤをまっすぐ見て、バニングは語りかける。
「お前は、あまりにもモビルスーツに向いてない。このままなら、無意味に命を落とすぞ」
ドモンが、一度だけバニングを見た。
バニングが目を伏せ、一度だけ頷くと、ドモンも同じように頷いた。
「モビルスーツはな、兵器だ。お前の話してくれたガイキングのように、勇気や希望の力じゃない。
壊れやすいし、パイロットの願いなんて聞いてくれやしない。そして、よほどの適性がなければ簡単に乗りこなせるものじゃない」
言葉を区切りバニングは、ダイヤの言葉を待った。
どんな罵詈雑言を投げかけられることも覚悟の上だった。
ダイヤは、頑張っていた。テレサ・テスタロッサの仇を討ちたいと。もう、あんな思いはしたくないと。
そのために、何度も立ち上がり、戦闘中のバニングの指示や指南も忘れず実行しようとしてた。
その真摯さを、バニングは無駄と切って捨てたのだ。
だが、ダイヤからこぼれたのは、一言「どうして」という言葉だけだった。
「……ア・バオア・クーで、俺たち連邦と、ジオンの全面戦闘があった。
ジオンの秘密兵器で大幅に消耗し、さらに機体の性能もジオンに比べて連邦のものは酷く劣っていた。
だが、その戦いで俺たち連邦は勝った。何故だと思うか?」
しばらくダイヤは悩んだ様子だったが、ダイヤは応えた。
「それは……その連邦のみんなが、バニングさんみたいに強かったからか?」
「違う。逆だ」
「逆……?」
あの戦いは、泥沼で、そして後味悪いものだった。
戦力になるかも怪しいモビルスーツたちを打ち抜き、四方八方より降り注ぐ銃弾を抜け、友軍は丸ごと壊滅した。
それでもバニングたち連邦が勝てたのは、一重にこれが原因だろう。
「ジオンの兵隊は、学徒動員だった。この言葉を聞いたことがあるか?
ついに兵が底をつき、まだ学生だった連中を、訓練もそこそこにモビルスーツに乗せ戦場に送りだしたんだ。
当然、練度で遥かに上をいき、何度も戦場を味わってきた連中が、いくら性能が劣るとはいえ負けるはずがなかった」
練度の低いパイロットを戦場に送りだし、本当に無為に散らすことが、どれだけむごいことかバニングは知っている。
地獄の中、延々と生き延びた不死身の第四小隊。それが、どれだけの命を屠って来たかも。
「思い出せ、ダイヤ。
ディスティニーは、ノワールより遥かに性能が上だと言うのに、もしあれが実戦ならお前は十回死んでいた。
モビルスーツを扱うのに、特別な資格は要らない。必要な訓練をしっかり行えば、向き不向きはあるが操れる。
だが、逆に必要な訓練を行わなかった時、モビルスーツはクズ鉄にも劣る。
いきなり乗って結果を出せるものは、歴史に名を残すような名パイロットばかりだ」
大概の新兵は、戦場に出ると委縮する。その結果、近付こうとせず、後ろから射撃を中心に戦おうとする。
だが、これが生存率を上げ、何度も戦場に出ているうちにほぐれてくる。
だが、ダイヤは違う。既に何度となく戦った経験と、ガイキングが接近戦メインだったためか、近付いて切ろうとする。
接近戦は、モビルスーツにとってもろ刃の剣。下手をすれば、一撃でコクピットを抜かれる恐れもあるというのに、だ。
そういう意味では、シーブックはかなり珍しい。
元々世界が同じで、ゲームか訓練か何かをしていたのかは知らないがある程度モビルスーツを動かす素養を持っていた。
「……まさか、ガンダムがそう言うものとは俺も思わなかった」
「いや、そういうガンダムも世界にはあるんだろう。気にはしないさ」
ドモンは、ドモンたちの世界のモビルファイターというタイプのマシンを基準に考えていたらしい。
そして、ガンダムならば当然自分の心の震えや身のこなしに答えてくれるものである、とも。
だから、ダイヤを見てディスティニーがいいだろう、と見繕ったと答えてくれた。
「いいか、ダイヤ。お前に戦う力がないとは言わん。だが、お前の力とディスティニーがかみ合ってない。
ミーティアをつけて後方火器に徹するのは、難しいだろう。だから、お前も探すんだ。お前が戦うための力を。
この多種多様な機体が集まる場所なら、お前が存分に力を振るえる機体が必ずある。それまで、その気持ちは取っておけ」
バニングは、そう言って口元を小さく緩めた。
「もし、お前が戦うための機体を手に入れた時……必ずまた俺が訓練してやる」
沈黙。沈黙。沈黙。
ただ、バニングもドモンもダイヤの言葉をを待つ。
そして――
「ありがとう―――ございました!」
開口一番。沈黙を裂いて、ダイヤの声が響く。
立ち上がると、バニングに頭をダイヤは下げた。
「俺……俺も、かならずバニングさんみたいになれるよう頑張ります! だから……『次も、お願いします!』」
自分の言葉を汲んでくれたくれたことを感じ、バニングは安堵の息を吐いた。
本当に、よくできた子供だ。自分の子供のころとは大違いの。
「そう言ってもらえるとありがたい。俺の、最後の教え子だからな」
「えっ……」
ダイヤの素っ頓狂な声に、思わずバニングは小さく噴きだしてしまった。
「別に変なことを言ってるわけじゃない。俺にはもう戦う理由もなくなってな。
ロートルはロートルらしく隠居するさ。幸い、再就職の口ききくらいはできる立場だからな」
「……せっかくの腕前が惜しいな」
「磨いた自分の腕も、磨いてやったひよっ子どもの腕も、なんのためにやるのか馬鹿馬鹿しくなってな」
意味が分からないからだろう。
顔を歪める二人を眺めたまま、バニングは言葉を続けた。
「長いこと会えてないが、俺にもお前さんくらいのガキがいる。よく考えたらろくに親らしいこともしてない。
浮気癖を治して女房には頭下げて……子供に親らしいことをしてやるのも悪くないだろう」
少なからず、モビルスーツ乗りであることに誇りはあった。
お偉方の思惑とは別に、前線の一兵卒として戦ってきたことはバニングにとって勲章だ。
だが、それにも限度がある。戦うからには命がけなのだ。命を賭けることが馬鹿馬鹿しいような戦場に首を突っ込むつもりはない。
自分のやっていた試作二号機奪還も、コロニー落とし阻止も、全て揉み消される。
連邦にとって、核兵器を搭載した、連邦を象徴するMSの「ガンダム」は都合が悪かったのだろう。
そこらの政治的なやり取りは分かる。だが、分かるからと言って納得できるわけではない。
万丈、ショウたちと話した時から皆異世界から連れてこられたのは把握した。
その延長で、新しく合流したドモンたちからも、自然な流れとしてどんな世界から来たかを聞いた。
そして知ってしまった。シーブックが、自分たちの未来から来たことを。
自分たちの事件がどう扱われ、その後連邦とジオンがどうなっていくかも。
シーブックの一言は、今でも耳に残っている。
――「えっ? ガンダム試作シリーズ? そんなものありませんよ、こう見えても工科大のMS設計を学んでたんです。
歴代のガンダムは人気もありますし、一応特徴的なものは覚えてますよ」――
100m近い試作三号機、核兵器を搭載した試作二号機が特徴的でない、はずがない。
あの戦いに命を賭けたウラキ含めた者たちはなんだったのか。こんな場所で命を落としたウラキに、もし会った時何と言えばいいか。
全てなかったことになり、差別が激化し、挙句連邦同士で内紛。そんな馬鹿馬鹿しい未来の組織ために命を預けられるものではない。
それなら、素直に自分のために生きることにしよう。
そう考えた時、自然と頭に浮かんだのが女房と娘の姿だった。
ダイヤにMSの運用を説いているときに、一瞬娘にMSを教えているような気がして、全身から力が抜けるのが分かった。
だから、ここから生きて帰ったらウラキの遺族に頭を下げ、手を合わせ――家族と生きよう。
「戦争ごっこなんか金輪際やめて、ジジイになって、娘や、新しく作ったガキに看取られて逝く。
そんなのも悪くない気がしてな」
「そのほうが、きっと子供も喜ぶって! 俺だって。父さんと一緒にいたときは、嬉しかったし……」
少し小さくなったダイヤの声。
ドモンは、ダイヤに問いかける。
「父親で、どうにかしたのか?」
「いや。ちょっと行方不明になっててさ。けど、俺は信じてる。必ずまた会えるって」
「そうか。なら、お前の親父さんも必ず生きてるさ。父親ってのはな、子供に合わずに死ねるもんじゃないからな」
「ああ。必ず、父親に会える。会いたいと思う限り、必ずな」
子供にろくに会ってない親不孝ならぬ子不幸な父親。
父親が消え、それでも父親を探す息子。
冷凍刑になった父親をまた戻すため、世界中を回り戦って、そして救い出した男。
不思議と、三人とも父親と子供が離れてしまっていた。
そんな奇縁からか、バニングの語る父親の言葉は、ダイヤを、自然と元気づけていた。
「よし、それじゃあ一度戻るとするか。たしか、放送で新しく機体を設置したと言っていたな」
「それを取りに行くのか? 俺が乗る限りでは、キングゲイナーも悪い機体ではないが……
確かにふわふわ軽くて耐えるには少し不安があったな」
「それじゃあ、一度戻って万丈さんたちを連れてこようぜ!」
皆が、自分の機体に――とはいってもドモンは着ぐるみをきただけだが――に戻っていく。
だが、その時、
「うっ……!?」
急に起こった視界の赤転化。
強いGがかかった時だけやって来たはずの赤い世界が、何もしていないのにも関わらずやって来た。
本来、強化された人間が乗る前提のストライクノワールに、三八歳という高齢のバニングが乗った代償がこれだった。
「どうした?」
ドモンからの声。
咄嗟にバニング心配させまいと嘘をついた。
「なに、一気に立ち上がらせたからな。少し眩んだだけだ。しばらくしたら治る。先に行ってくれ」
「本当に、大丈夫なのか、バニングさん……?」
「もちろんだ。俺の腕は知っているだろう。どうせ、設置ポイントに行くのにまたここを通る。ここで待っておくさ」
「駄目だ。固まって移動しないと危ないって!」
子供にかっこ悪いところを見せたくない。
そんな、急に大人というか父親ぶった心がバニングに出てきたせいかもしれない。
「大丈夫だ、なんなら、機体も岩場の影にかくしておく」
操縦桿が、ほとんど見えない。下手に動かせば、転倒する。そうなれば、せっかく明るくなった空気を壊しかねない。
それに、数分もすれば、きっと自然にひくはずだ。
「分かった。けど……すぐ戻るからさ。絶対に、いなくなったりしないでくれよ!?」
「ああ。もちろんだ。俺は消えたりなんかしない」
ダイヤの必死な声が、耳に残る。
しばらくそれでもくずって待っていた二人を見送り、ようやくバニングはシートに背を預け、目頭を揉んだ。
手さぐりで見つけた計器をいじり、センサーの感度を最大まであげ、音声モードに切り替える。
これで、もし機体が近付けば自然と知らせてくれるはずだ。先制攻撃を受けることだけはこれで免れる。
もし、二人が残ったら、襲撃者次第で全滅もありうるだろう。
なにしろ、最大戦力である自分が動けず、的になる。やめておけばいいのに、あの二人のことだ。
必ず役に立たない自分を守ろうとするだろう。ドモンは強いが、弾を受け止め縦になるにはあまりにもパワードスーツでは不安。
最悪、ダイヤもまともに戦力にならずドモンがペナルティ二つを背負って戦うことにもなりかねない。
足を引っ張る人間がいる状況で戦うつらさはバニングも知っている。
だから、これでいい。
一分、二分と時間がたつが、赤みはほとんど取れなかった。
それでも、じっとバニングは待つしかない。そうして、十分ばかり経った時だったろうか。
「こんな場所につったったまま、ふん。どこぞの誰かが乗り捨てたか……目障りだな」
外から、声が聞こえた。
センサーには、何の反応もない。もしや、生身の人間なのか。
声をかけるかどうか一瞬迷ったが、その言葉尻の不穏さから、バニングは通信を開いた。
「悪いが、中に人がいる。センサーの反応がないところを見ると、機体を破壊されたようだが、これは一人乗りだ」
「不愉快だな。ワシにそんなものは必要ない。ワシの力が、こんなデク人形に劣ると?」
言葉の端々に感じる獰猛な笑い。攻撃される。
相手の姿をまともに見れずとも、長年培ってきたカンが告げた直感に従い、バニングは機体を立ち上げた。
ギリギリで、フェイズ・シフト装甲が間にあった。しかし、機体内部をミキサーにかえるが如き衝撃がノワールを襲う。
不意に機体を襲った衝撃で、計器に思いきりバニングは頭をぶつけた。
操縦桿を握ろうとして――見当違いのところを掴もうとし、空を切る。二度、三度とやってようやく握りこんだ。
「まだだ……まだ俺にはやるべきことがある」
こんなところで、死んでたまるか。死ねるものか。
ここから離脱すれば、ダイヤたちともしも合流してしまった場合、まずい。
先程の懸念がそのまま現実になる。ならば。―――見えないなら、弾数で押し抜く!
手を広げ、力いっぱい発射管制系のスイッチを叩く。これなら外しようがない。
それに合わせて、イーゲンシュテルンとビームライフルが放たれた。
どんな異能の力を持つとはいえ、モビルスーツの携行火器を受ければ、死亡するのは必然、のはずだ。
だが、次の瞬間襲いかかる右からの衝撃。
(右に回られた!? 後ろに数秒下がって、約五〇m弱……その距離から砲撃をかわして右に回り込んだだと!?)
握りっぱなしの操縦桿を傾け、右を向かせる。
しかし、それを嘲笑うかのように方向を変えて衝撃波が再びノワールに喰いかかる。
姿勢を落とし、フェイズシフト装甲を起動し、常に足を動かしているから致命傷にはならない。
だが、じりじりとフェイズシフト装甲とは言え削られていく。
「ぐ……ああああ!?」
吹き飛ばされるストライクノワール。
それでも、なお機体を素早く起こし、手さぐりのボタンを押しこみ、霞む眼のままモニターを睨む。
「せめて……せめて一分でいい! 眼さえ見えれば……!」
これまで培ってきた技術で、撤退する術も見つかると言うのに!
どんなに無様でもなんでもいい、生き延びることもできるのに!
それでも、バニングは諦めない。
賢明であることを捨てず、姿もまともに見えない謎の誰かと戦う。
「うおおおおおおおおおおおっっ!!」
男の咆哮が、その場に響く。
不死身と謳われ、どんな戦場も生き延びたチームの一人が、どれだけみっともなくとも生きようとしている。
だが、それでも現実はあまりにも無情すぎた。
何度となく攻撃を受けて、ついにフェイズシフトがダウンする。
予備電力か何かを起動できないかと、なお手を動かしている時――衝撃が襲った。
手が見当違いのところに伸び、とあるボタンを押しこんだ。
それは――コクピットの開放ボタン。
赤く暗い世界が、突然飛び込んだ光で赤白い世界へと塗り替えられた。
即座に閉めようとするが、そのボタンが分からない。
「ほう、眼を盲いていたか。それでよく頑張ったものだ」
開いたコクピットの足場の上に、いつの間にか男がいた。
詳細は分からない。だが、声からそれなりに年のいった男だと分かった。
懐から常に軍人として忍ばせていた銃を抜き、警告なしで発砲する。この至近距離なら、外しようがない一撃のはずだった。
だが、
「そんな豆鉄砲でワシを倒せると思うか?」
「ここでは死ねん……俺は、シルビアにも……娘にもまだ謝ってないんでな……!」
恐ろしい速さで首を掴まれ、コクピットから引きずり出された。
手首も思いきりねじられ、銃が自然とこぼれ落ちる。
だが、それでも眼だけは諦めず。真っ赤な瞳で相手をバニングは睨みつけた。
「諦めないのは褒めてやる。せめて苦しまないようにはしてやろう」
それでもバニングは諦めない。相手の眼をついて、ひるませてその隙に逃げる。
極限の状況でも生き延びる方法を講じようとして―――
彼の身体を、衝撃波が包んだ。
【サウス・バニング 死亡】
アルベルトは、知らない。バニングの想いも、バニングの約束も。
バニングは、アルベルトの名すら知らない。一太刀、一傷をアルベルトに負わせることもできない。
だが、それでも命は刈り取られる。
風は、吹くままに。
【ドモン・カッシュ 搭乗機体:ボン太くん(フルメタル・パニック? ふもっふ)
パイロット状況:健康
機体状況1(ボン太くん):良好、超強化改造済み、ガーベラ・ストレート装備
現在位置:B-4 荒野
第一行動方針:万丈たちと合流、バニングを拾って機体を取りに行く
第二行動方針:他の参加者と協力して主催者打倒の手段を探す
第三行動方針:シンを助けたい。補給システムからの情報に対しては疑念
第四行動方針:ダイヤとシーブックに期待。
最終行動方針:シャドウミラーを討つ】
【ツワブキ・ダイヤ 搭乗機体:デスティニーガンダム+ミーティア(機動戦士ガンダムSEED DESTINY)
パイロット状態:頭部に包帯。軽い貧血
機体状況:良好、ミーティア接続中
現在位置:B-4 荒野
第一行動指針:万丈たちと合流、バニングを拾って機体を取りに行く
第二行動方針:イルイをもっと強くなって護る。もう誰も失いたくない。
最終行動方針:皆で帰る】
【衝撃のアルベルト 搭乗機体:なし
パイロット状態:下着一枚しか着ていません。十傑集走り中。疲労(中)
現在地:B-4 荒野
第1行動方針:街へ向かう。服が欲しい。
第2行動方針:他の参加者及び静かなる中条の抹殺
最終行動方針:シャドウミラーの壊滅
備考:サニーとのテレパシーは途絶えています】
【一日目 17:00】
最終更新:2010年09月03日 11:20