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572 :死霊の盆踊り:2008/09/20(土) 07:32:10 ID:Wrtq44/a

築十年という年月を感じさせるアパートの一室、雑然と投げ散らかされた衣類や下着、
台所には溜まった洗い物、店屋物(てんやもの)のどんぶりが玄関先に積み上げられている。
丸められたティッシュがゴミ箱に放られ、テーブルの上にはカップラーメンの食べあとが放置されるなか。
その一室の住人は暗闇の中で蠢くと荒い息を抑え、びくりと体をはねあげた。

「……ッ……!」

行為が終わり満足そうな顔を浮かべる住人は広げていた本を閉じ、傍らにある教員採用通知を眺める。
高杜学園――そこはめくるめく桃源郷、若く熟れ切っていない果実をもぎ取りしゃぶり尽くす、下卑た妄想を思い浮かべると、
引き攣るように口を歪ませ一人ほくそえんだ。

「クヒヒ! 中学生……高校生」

教員を志したのは誠実な理由からではない、教鞭をふるいながらも隙あれば美味しくいただく、
全てはこの不埒な欲望を叶えるこの時の為に邁進してきた。

「もうすぐ、もうすぐ手に入るぞッ!」

半裸の状態になり、うっとりとお気に入りの獲物たちを眺めていた、その時、
唐突に玄関のドアが開け放たれ、一人の少女が決死の形相で怒鳴り込んでくる。


「『お姉ちゃん』……あたしの漫画勝手に持ってったでしょ!」

久ノ木花子(26)妹に見られたらもうお嫁にいけないような状況を見られる。


「変態だーッ!!」

「な、なにやってんのよあんた、ノックくらいしなさいよッ!
このうら若い乙女を捕まえて変態だなんて失礼な! さては毎○新聞の手先ねッ!!」

「いや、わかってた、わかってたけどもね……」

「なんか悟られてるッ!」


――次の日――


朝早くにシャワーを浴び、学園へと向かう身支度を整える、ブレックファーストのパンと紅茶を口へ運び、
窓から入り込むそよ風を浴びて、私の爽やかな目覚めの朝――

「今更キャラ作っても遅いと思うよ、花子姉ちゃん……」

「いいから」

この可愛くない、へちゃむくれは『久ノ木麗子』完全に名前負けしている、私の妹、
高杜学園では女ターミネーターと呼ばれ、幼少にしてゴリラを素手で殴り殺すほどの怪力を誇る、恐ろしい女である。
なぜこの子が麗子で私が花子なのか、名付け親に小一時間ほど問い詰めたい。

「なんか捏造してるし……」

「う、うるさいわね、いちいち思考に絡んでこないでよ」

「ちなみに名前は私達が生まれたときの顔を見てつけたんだって」

「……それって喧嘩売ってるのよね?」

カールヘアを整え、後ろ髪をクリップで留めると薄く化粧をして、お気に入りの眼鏡をかける、
学園生活は第一印象が大事、ドジッ娘(26)でもツンデレ女性教諭(26)でもカバーできるスタイリングでバッチリ決めると、
若干、腹のお肉が乗っているスカートを無理矢理に締め上げ、初出勤の準備は全て完了した。

「クヒヒ、かーんぺき!」

「あ……お姉ちゃん、お財布落ちたよ」

「あらほんと、どっこいしょ」(ビリッ)



朝から不運な事故が相次ぎ、アンニュイな気分になった私だったが、バスで学園へと向かう途中に乗り込んでくる男子を逐一チェックすると
その杞憂も吹き飛んだ、教員になる前には見ることすら叶わなかった天然記念物級の大物が入れ食いである。
ビバ女教師! ビバ高杜学園!

「あ、あの子カッコイイッ、隣のカワイイ系の男の子もいいなぁ……」

「お姉ちゃん、恥ずかしいから私、他人のフリしていい?」

「はぁ、ウブなネンネにゃ付き合ってられないわね」

「……お姉ちゃんだって、彼氏いない癖に」

「私は常に前向きに生きてるのよ! 
ゴーイングマイウェイ、いけばわかるさ、光陰矢の如く学成り難し!!」

「最後のは自爆だね」

小生意気な妹の戯言を看破すると、目の前の餌を眺めながら妄想する、教員の立場を利用し彼らの個人情報を調べ上げ、
金持ちの御曹司とか、旧家の跡取り息子とか、大会社の社長の息子で玉の輿とか!?
笑いとよだれが止まりま――。

「花子姉ちゃん起きて、学校に着いたよ」

「ふがっ?」

惜しい所で現実に引き戻されるとよだれを拭い、二人で学園の玄関口へと向かう、麗子が靴を脱ぎ下駄箱に手をかけると、
バサバサと大量のブツが妹の下駄箱の中からなだれ落ちてくる、私はしばらく思考停止しその光景を見つめていたが、
ようやく我に返ると、麗子の袖口を掴み玄関脇へと引き寄せる。

「あ、あんた何ッ! 何なのッ!? ラブレターなんて
こんな漫画みたいな手の込んだことまでして、お姉ちゃんに嫌がらせしたいのッ!」

「いつもはいってるんだもん、嫌がらせじゃないもん!
断わるのだって大変なんだから……」

「いま、お姉ちゃんの心はマリアナ海溝より深く傷ついたッ!
でもまぁ、これはこれとして前向きに利用すべきね……お姉ちゃんが預かっておくわ
別に他意はないのよ、いや正味な話」

「――そんなのダメッ!」

突然手紙を抱えて、手を振り解き麗子が逃げ出すと、私は一人でその場に取り残される、
我が妹ながら、人を思いやる気持ちが欠けていると思います、姉としては彼女の将来が心配です。


職員室での自己紹介も終わり、朝礼集会の挨拶に檀上に上がり、
全校生徒の前での初顔合わせ、合コンより緊張するプレッシャーの中で、私よりも若い女の教育実習生が自己紹介を終えると
男子校生からやんややんやの喝采が巻き起こる、盛りのついた餓えた男達の前ならこういう反応も当然といった所だろう……。
そしてついに――

(クヒヒ……花子、高杜学園に立つ!!)

……ヒソ……ヒソ……ヒソヒソ……

(反応薄ッ!!)

「新任の久ノ木花子です、皆さん、これからの学園生活、共に頑張りましょう!
現在彼氏募集中です……なんちゃって!」

……プッ……クスクス……クス……

(言いたいことがあったら、ハッキリ言えッ!!)

「よ……よろしくねぇ」

こうして地獄の釜は開かれると、凄惨たる死霊の狂宴が、ここ高杜の地で繰り広げられようとしていた――






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最終更新:2008年09月28日 18:54