ある日の高杜学園学長室
Author:◆ghfcFjWOoc
39 :ある日の高杜学園学長室 ◆ghfcFjWOoc :2008/09/29(月) 00:13:57 ID:U8j/GLEB
「失礼した」
一礼して学長室から出て来たのは着物姿で杖をついた男だった。
頭には白髪が目立ち始めているので相応に老齢の筈だが、真っ直ぐ伸びた背筋や鋭い眼光は老いを感じさせない。
軽く会釈をして入れ替わるように学長室に入る。
入室した直後に目に飛び込んでくるのは、年月を感じさせる大きな机。
そこに座るのは不釣り合いな体格の少女。
スーツを着ているが、それもアンバランスで何処か可笑しい。
何も知らない人間がこの光景を見たらどう思うだろうか?
少女がここに座る資格を持っていると一目で気付く人間は少ないのではないだろうか。
「先程の方は?」
「勇宗か? 私の茶飲み友達じゃが、そうか、お主は初対面か」
机の上には空の湯呑みと長方形の紙包みがあり、学園長はその紙包みを愛おしげに撫でている。
「茶飲み友達、ですか。そんな方がどんな用件で」
「生徒の防犯や来年度の予算、その他諸々について、つまらん話を小一時間な」
自宅の縁側ならまだしも、何故茶飲み友達が学長室でそんな話をするのか。
自分の抱いた疑問に気付いたのか、学園長は、
「あやつは、この学園の理事もやっておる」
「…………は?」
「何を呆けておる。高杜学園は私立の学園法人じゃから理事がおって当然であろう?」
「そ、そうですね」
額に嫌な汗が滲み出る。
一応会釈はしたものの、礼儀を十分に尽くしたかと問われると自信がない。
「そ、そういえば、生徒の防犯って、不審者でも出たんですか?」
「不審者と言えば、不審者かもしれんな」
学園長は眉根を寄せ、珍しく難しい顔だ。
「一部教員には深夜の見回りをしてもらうかもしれんから、よろしく」
どうやら、その一部に自分も含まれているらしい。
「何やら大変そうですね」
「うむ。あやつが来る時は大抵面倒事を持ち込むからのう」
深い溜息を吐きながら引き出しからドロップス缶を取り出す。
学園長にとっての精神安定剤みたいなものである。
「何でも、私を失脚させようと企む輩もおるらしいし、厄介極まりない」
……絶対口に出せない事だが、正直その人の気持ちも分からなくはない。
外見は小学生みたいだし、勤務時間中もサクマドロップを愛用していれば、それは不安に思うだろうし、付け入る隙もあると考える。
「どうした? 便秘が二週間目に突入したような顔をして」
「あ、いえ、その、あの、先程の方は大丈夫なのかなと思いまして。協力者のように振る舞って実は……という展開も」
苦し紛れで咄嗟に述べた危惧を学園長は飴を頬張りながら笑い飛ばした。
「あれは婿養子じゃから、妻には頭が上がらなくてのう。若い頃は完全に尻に敷かれておった。そして、私は妻とも懇意。つまりそういう事じゃ」
「はあ」
「それに、あれは切れ者でなおかつ小心者でな。私を陥れる等という危険な真似はせん」
学園長はからからと愉快そうに笑う。
何がどう危険なのか、気になるが世の中には知らない方が良いこともある。
「そうそう。羊羹を貰ったんじゃが、お主もどうだ?」
謎が一つ解けた。
あの長方形の正体は羊羹だったらしい。
「いえ。まだ勤務時間中ですから」
抱えていた書類を机の上に置いて学長室を後にする。
学園長は束になった書類を恨めしげに見ていた。
最終更新:2008年09月29日 00:36