『Open the door/扉を開けて』
Author:ひまじん ◆Q/9haBmLcc
84 :ひまじん ◆Q/9haBmLcc :2008/10/03(金) 17:06:18 ID:CXJLQYiW
『Open the door/扉を開けて』
よく夢を見る。
窓の向こうで思いっきり走り回りたい。ただそれだけの夢だ。
生まれつき体が弱く、喘息がちな俺は同じくらいの歳の子供達が泥んこだらけになって暗くなるまで遊んでいるのが羨ましかった。
俺は外の世界を知らない。
本やテレビで知識だけは知っているけどそれだけだ。
夏の日差しの熱さ、紅葉に染まる秋の山、冬の手がかじかむ寒さ、春の草花の萌える様な匂い。
すべて聞きかじっただけの、上っ面な知識だ。
狭い暗がりの部屋の中、友達が一人もいない俺は外の世界を羨むだけだ。
悲しいけれど、悲しみたくない。
俺が悲しめば家族が悲しむ。
恨みたいけれど恨みたくない。
誰を恨めばいいのか解らないし、恨むだけ自分が惨めになる。
だから夢見る。夢を見る事は出来る。
友達と遊んで、喧嘩して、誰かを好きになって、仲間と奪い合ったりフラレたり。
普通の日常。なんて贅沢なんだろう。
いつかきっと誰かが扉を開けて、外の世界に連れ出してくれる。
だけど現実は違う。
扉を開けるのは先生。
手術の為に俺を連れ出すだけ。
扉を開けるのは家族。
俺を見舞ってくれるだけ。
日に日に細くなるばかりの俺の手は本を読む事ですらきつい。
厚いハードカバーの本ならまだしも、薄っぺらい文庫本ですら重く感じる。
多分、そろそろ、もうじき、そのうち。
夢を見る事も出来なくなるだろう。
家族や医者の先生は明るい事を言うけれど、俺の体の事は俺が一番わかる。
お迎えがくるのは決して遠くない。もう、すぐそこまで来てる筈だ。
――トントン。
誰かが扉をノックする。
「――邪魔をするぞ」
声がする。幼い女の子の声にしては物言いが古めかしい。
どうぞ、と答えようとしても声がでない。ヒュウヒュウと息が漏れるだけだ。
ギィ、と軋む音をたてて扉が開く。
半分ばかり開いたドアの向こうは光輝いていて、小さなシルエットが俺を手招きしている。
「迎えに来た、とは言えぬ」
「迎えに来てくれって言ったつもりはない」
「面白いな。皮肉だと思うのだが、そなたの言葉だと面白い」
「そうさ。せっかく扉が開いたんだから面白くなきゃ駄目だ」
空気が漏れるだけの筈だっだのに声が出る。それになんだか身体が軽い。
ひょっとしたら扉の向こうに行けるかもしれない。
俺の足で、俺の足で、俺の足で。
「儂は外で待つ。もし、そなたにその気があれば来るが良い」
「連れてってくれる訳じゃないんだな」
「ああ。外に出るのはそなたの意思でなければな」
「そうか。――すぐ行く。外でドアを閉めて待ってろ」
扉が締まり、部屋は暗くなる。
荷物なんていらない。格好なんて気にしない。
向こうに行けるなら、行けるのなら。
自分の足で歩いて、自分の手で扉を開けて。
まずは何をしよう。そうだ、海が見たい。
窓から見えた入り江に行って、海沿いを走るんだ
「タラッタ、タラッタ、タラッタ」
海だ、海だ、海だ。異国の昔の言葉を三回呟いて扉を開けると、光が、海が、外の世界が見える。
「悲しいな、とは言わぬ。そなたは今まで頑張った。見ず知らずのそなたではあるが捨て置けぬ。せめて、夢見た外の世界で旅立つが良い」
声が聞こえる。手招きしている。
――光が、広がっている。
七不思議の一つ。夜中に宙を走る少年。
真っ直ぐに宙を駆け抜ける少女は飛べないけれど、背中には真っ白な羽がある。
高杜学園小等部に入学し、一度も登校出来なかった少年の話。
最終更新:2008年10月04日 22:18