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128 :ひまじん ◆Q/9haBmLcc :2008/10/07(火) 20:23:05 ID:eRrfKBKG

 高杜市――高杜駅裏の繁華街。
 立ち並ぶ雑多な快楽の店先/鼻腔につく微香/備考:ドラッグの匂い。
 本名不明の十代/自称=サブナックという事象/忌々しげな瞳に、陶酔の光を表して/煙を吸い込む中毒者【ジャンキー】。
 ドラッグを精神では拒み肉体が求める/二律背反的存在。
「ハイにゃなれねぇ、質が悪い、混ざりもんの味だけだ」
 虚ろな呟き、移ろう人並みに紛れ――雑踏に踏みしだかれる。
 苛立ちまぎれの言葉は/紛れてもない怒り/歪む唇は、青ざめて、顔面蒼白/発言に撤回無し。
「欲しいりゃ金を出しな」
 売人は嘲笑う/胸にナイフが生える/サブナックが突き立てた/くたばる前に身ぐるみ剥がされ、怪死体。
 間抜けな死に顔に/「クソ食らえ」/浴びせる罵詈雑言。
 血溜まりの池は、安っぽい洗い晒したジーンズの裾と/履き潰した出来が良いの贋作のバッシュを汚した。
 しでかした事の大きさよりも気になるもの=ドラッグ/ハイになれるかなれないか=狂った十代の重大問題。
 その前に逃走/警察は兎も角、密売組織から/逃走>闘争。勝ち目のない闘争をする奴=馬鹿。
 平行四辺形の公式よりも簡単な方程式を組み立て逃げる/走り出した。
 敷かれたインターロックを蹴り/流れる人の群れを一文字に切り裂く様に駆ける。
 己の生命と未来的運命を賭けた/命懸けの駈け足。
 辿り着いても路地裏の闇/紛れて息を潜める/密かな息遣いは荒く、全ての細胞は/酸素を求める。
「ヤロウ、何処に行きやがった!」
 沢山の怒声は鳴り響く/土星まで。
 奴等が手にしているのは/トカレルフの模造品/9パラをバラ撒くだけの粗悪品。
 血染めの足跡を追跡して/さ迷う追跡者は、頭に血が上り/沸騰寸前。
「おい、此方だ、小僧」
 サブナックは手を牽かれ物陰から雑居ビルへ。その間、三十秒ほど。誰も気付かない/気付いた者を抜かせば/誰もいない。


「相変わらず無茶をするんだな、ええ!? ナップザック!」
 名前という識別記号を間違われ/サブナックは猛る。
「どうしても俺をカバンにしたいんだな、アムウェイ?」
 アムウェイと呼ばれた男/二十代半ばの人生に疲れはて絶望した男は苦笑する。
「ハサウェイだ。お前こそ俺をマルチ商法みたいに呼ぶな」
 ×アムウェイ/○ハサウェイは、気だるげにソファーに身を投げる。
「お前もそろそろ真っ当になれ。いつまでもこんな事やってると死ぬぞ?」
「棺桶に片足を突っ込んでる俺に向かって言う言葉じゃないな」
 手にした幻想を誘う葉っぱを器用に紙でくるみ、口にくわえて火を着ける。
 その異臭に眉をしかめて/跳ね起きたハサウェイは/窓を開けて強制換気。
 入り込む夜の寒気を無視した/サブナックに喚起する/極上の歓喜。
「俺が死んだって悲しむ奴なんかいねぇ」
 嘯くサブナックを襲う破裂音。ハサウェイが握り締めた拳を開いて/平手打ち。
 くわえていた非合法のタバコは/ハサウェイに踏みにじられ/安物のカーペットに焦げ痕を残す。
 化学繊維の焼け焦げた不快な臭いは/ドラッグの匂いよりも/鼻に付く/それでもハサウェイの物言いの方が鼻に付く。
「何しやがるんだ、テメエッ!」
 凄むサブナックは、ハサウェイの冷たい氷の視線に気圧され、押し黙った。
「お前に死なれたら俺が困る。俺はお前の姉さんと約束したんだよ」
「今更保護者面するんじゃねぇ! 姉貴だってお前と結婚したから殺されたんじゃねえかっ!」
 鎌首をもたげるサブナックの怒りは/ハサウェイの顔を歪めるのに充分な威力を秘めた弾丸だ。
 サブナックの姉=本名不明×ハサウェイ。
 ハサウェイ=サブナックの義兄。
 導き出された/単純明快な模範解答。
「アイツが死んだ事について、俺はお前に弁解は出来ない。だが、俺はアイツにお前を任された。それだけだ」
 自分を卑下したハサウェイの言葉に/反発/磁石みたいな/S極とN極。
「俺はお前の世話にゃならねえ!」
 激昂し、唾を飛ばし、例えるなら――怒りは煮えたぎる熔岩。

「俺もお前なんかに義理立てはしない。死んだアイツに義理立てするんだ」
 絡み合う視線は複雑怪奇な軌跡を描く/それは奇跡と言うには程遠い輝きは/輝石のそれと瓜二つ。
「お前の仕出かした事は解決してやる」
「金の力でか?」
「そうだ。金で買えるものは金で買う。それが俺のやり方だ」
 突き付けられた言葉は/矛盾のない、極めて単純な真実。
「金の亡者が」
 吐き捨てた言葉は、カビ臭い共産主義者が喝采を贈る/拝金主義=資本主義の否定。
「……金で買える物は大した価値はない。例えば俺の妻、お前の姉。アイツは、そこら辺で金を出せば身体も心も切り売りする女には及びも付かない存在だ」
 “俺にはな”/付け加えられた言葉は/最愛の人を失い/人生に疲れ果て絶望したハサウェイの嘆き。
 サブナックが思い出した/姉の顔――笑顔ではない――姉の顔。
 何かを訴えるような泣き顔/何か=サブナックを案じてる心。
「お前は――姉貴の笑顔を思い出せるか?」
「今は無理だ。お前が普通にならないとアイツは笑わない」
 沸き上がる疑問=不可思議な問題。
「普通ってなんだ?」
 自分では答えを出せない問題の答えを聞く/カンニング。
「さあな、お前が自分で見つけろ。俺は普通と言うものを探し出すのに疲れた」
「使えねえな」
 響く嘲り/→サブナック。自重しない自嘲。


 心臓を掴んで放さないドラッグの誘惑/官能と陶酔/断ち切る苦行は――自殺を考える程辛い。
 ドラッグを欲しがる肉体VSドラッグから抜け出す精神/命懸けのデスマッチ。
 ドラッグに蝕まれた身体と心を取り戻す為の更生【レコンキスタ】に要した時間=約半年。
 虚無と良心が訣別し、疲労困憊を披露した/フィナーレ。
 健康には程遠いが回復した肉体は、心に馴染むが軋み、痛む。
 その痛み≠幻視痛【phantom pain】はサブナックを苛立たせる極上の起爆剤に他ならない。
 だが、それもまた良し/是非に非ず。


「さて、気分はどうだ、サブナック」
「朝っぱらからお前の顔を見るなんて――最悪だ」
 ソファーに身を預けたサブナックは緑の瞳を瞬きさせる/アクビを噛み殺す。
 ハサウェイは無造作にテーブルの上に書類を置いた。
「お前には学校に行って貰う。その中で普通と言うものを探せ。此所は普通を探すには物騒過ぎる」
 此所=非合法な商売人としてのハサウェイの基点。言葉通りに物騒でガンオイル/硝煙の匂いがキツい。
「ホントに今更だな。学校に行ってどうしろってんだ?」
「俺が知るか。もう子供じゃないんだから自分で考えて自分で行動しろ」
 ハサウェイは議論にする事なく言葉を切り捨てる/事務的に。
「便宜上、お前は俺の遠縁。名前は――ケイジになる。偽造した本物の戸籍も用意した。」
 告げられた名前=ケイジ・イツキ【樹木荊士】。
「サブナックなんて適当に取って付けた名前を捨てろ」
「名前なんてのはただの記号だ。どんなのでも構わないが――お前が俺の名付け親【god father】になるのだけは御免だ」
 当人の前である事を憚らず唾棄する。
「そう言うな。この名前は――お前の甥に付く筈の名前だったんだ。アイツが考えた、な」
 突き付けられた言葉は/あの日、売人に突き立てたナイフみたいに/×サブナック/○ケイジの心の穿つ。
「お前は知らないだろうがな、アイツは双子を子供を身籠っていた。――ケイジにイツキ。生まれなかった子供の名前だ」
「不満は無いだろう」/続けられたハサウェイの言葉は温かく/それでも苦い。
「姉貴の子供の名前――俺の名前」
 呟くケイジの瞳に湧き出る涙/拭うことをしないで/雫となってカーッペットを汚す。
「なんで俺にその名前を?」
「アイツが――ただ一つ遺した物だ。所有者は、俺とお前――お前の方が相応しい。」
 荷物を手渡したハサウェイの顔は/暗いが/明るい/抱え込んだジレンマ=矛盾。

「さて、難しい話は終りだ。全部の手続きは済ませてある、とっとと学校に――高杜学園に行け」
 しかし、ケイジは嗚咽するだけで動きはしない。
「細かい事はその書類に書いてある。さっさと行け! 俺は仕事があるんだ」
 苛立つハサウェイは声を荒げ/恫喝する。
「あ、ああ。すまねえ、最後に、アンタと――兄貴と、仲直りしてえ」
 ケイジは右手を差し出し求める/握手を。
 ハサウェイはそれに応じることはなく/スルー/落胆するケイジ。
 だがハサウェイは握手には応じないが/力強く、ケイジを抱き締めた。
 久し振りに感じる人の温かさ/痛いほど感じる腕の強い力。
「――俺を兄と呼ぶのか、ケイジ」
「ああ、姉貴だってそれを望んでるだろ」
 氷解した心/人としての再生/空っぽの殻を内側から破る/新たなる誕生/序曲。
 ケイジは旅立つ/普通の世界/ひび割れた思春期を繕う/青春時代。

 探し物=普通/足取りは軽い/鳥の羽根のように/風に身を任せて。



設定

《ケイジ・イツキ》…本名不明。偽名【樹木荊士】日本人。十代

《ハサウェイ》…本名不明。国籍不明。非合法の商売人。二十代


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最終更新:2008年10月17日 01:08