『DASH!!』
Author:◆GudqKUm.ok(◆k2D6xwjBKg, 初代スレ>>102)
207 :『DASH!!』 ◆GudqKUm.ok :2008/10/14(火) 00:29:55 ID:uSiYoIbS
天気予報は見事に外れ、見事に秋晴れとなった日曜日、高杜第一小学校では賑やかに運動会が開催された。
祖父母のチームを相手に、甲高い歓声を上げながら一年生達が玉入れに興じるなか、会場である運動場の寂しい片隅で、
栗原奈津はたった一人
声援に沸くグラウンドを眺めている。
去年の今頃、奈津はバトンを握りしめ、このトラックを疾走していた。
『…楽しかったな… あの日は…』
あの日、劇的な逆転優勝に抱き合ったクラスメイトの何人かとは、今でも
高杜学園の中等部で同じクラスにいる。
でも今では、みんな他校から中等部で一緒になった新しい友達に夢中で、ずっと奈津とは疎遠だ。
玉入れの終わった会場が、恒例の目玉競技である騎馬戦の準備にざわつく。
今年の注目は、『杉登りの童子』も務めた高少悪童軍団の大将格、二組の坂田剛率いる青グループだろう。
腕を組み傲然と敵騎を睨む後輩の姿に、奈津は、同級生のガキ大将だった時田仁を思い出す。
『…仁ちゃんは浜中へ行ったっけ。相変わらず、暴れてるのかな…』
「奈津じゃね!?」
その仁の懐かしい声が、出し抜けに後ろから響き、奈津は飛び上がった。
「わ!! 仁ちゃん!!」
振り返って見た仁は少し背が伸び、髪を明るく染めていたが、人懐っこい笑顔はそのままだった。
「…弟が四年生でさ…」
弁解するように言う仁に、兄弟もいないのに小学校の運動会に一人来ている自分が恥ずかしくなって奈津は俯いた。
「おまえ附属だろ!? 洋とか里奈とか元気か?」
洋はバスケ部期待の星だ。里奈は…
どちらとも、長く話していない。
「…うん、元気。」
曖昧に答えた奈津は、仁の手足に走る無数の傷や青痣に気付いた。
「仁ちゃん、まだ喧嘩ばっかり?」
「ん。ボロボロに連敗中。」
彼の入学した浜中学校は近年市内でも有名な不良校として悪名高い。
二小の腕白小僧との抗争で名を馳せた彼も、更に大きいフィールドでは苦戦中のようだ。
「おっ!! 剛のヤロー、警告食らったぜ!! 」
例年通り乱暴な騎馬戦を楽しげに鑑賞しつつ、仁は呟く。
「…とっとと俺が一年生シメなきゃ、後から来るアイツら片身狭いからな…」
仁がヒョイと、笑える位低い鉄棒に腰掛けた。
かつてこの鉄棒で、クラスのみんなに励まされ、逆上がりの特訓をしたことを奈津は懐かしく思い出す。
「で、おまえはどうよ?」
仁の質問に奈津はまた曖昧に微笑んだ。
「うん… まあまあ、かな。」
しかし彼女は、六年間荒っぽくクラスメートを統率してきた仁の観察力を過小評価し過ぎていることに気付いていない。
「嘘こけ!! 相変わらず退屈そうに、離れてみんなを見てるんだろ。 今だってそうだった。」
退屈そうに…
仁の言葉に奈津は驚く。退屈そうに。
人には、戸惑いに立ちすくんだ自分の姿はそう映るのだ。
レベルの高い高杜学園のブラスバンド部に経験もなく飛び込んだ志織。
いきなり美貌の三年生に一目惚れして、今も無駄なアタックを繰り返しているらしい純也。
この半年、彼らの後ろで、自分はただ『退屈そうに』立ちすくんでいたのだろうか?
「…去年もそーだろ? 俺がおまえのベストタイム知って引っ張り出さなきゃ、アンカー走る気なんかなかっただろ!?」
そうだ。鉄棒もそうだった。
『出来るまで帰さねーぞ。』
仁の言葉で彼らのクラスが学年で一番に『全員逆上がり』を達成した。
「…ま、それぞれだけどな。俺も今かなりヤベぇ。二年に睨まれたら正直ツラくてさ…」
しかし彼の目は生き生きと、後輩達の大乱戦を見つめている。
騎馬たちは必死の形相で、仲間すら顧みる余裕を失っていた。
奈津は気付く。
卒業、そして入学。
それぞれの道を歩んだ同級生たちもまた、未だ拳を握りしめ、目を見開いてがむしゃらに突進を続けているのだ。
その恐ろしい突進の瞬間に後ろを振り返り、
立ちすくんだ者に握りしめた拳を開いて差し伸べてきた者こそ、今隣りで鉄棒に凭れる仁だったと気付いて、奈津は仁と懐かしいこの小学校の六年間の日々に深い感謝と、そして別れを告げた。
今、奈津は高く青い空の下、あの山の麓にある自分の戦場を心でしっかりと見つめる。
「…綱引きに出てくださぁい!! 父兄の方、お兄ちゃん、お姉ちゃん、どなたでも結構でぇす!!」
放送係の割れた声が古びたスピーカーから響いた。
「行くか!?」
悪戯っぽく笑って仁が言う。
「うん!!」
奈津は大きく答え、二人は入場門に向けて思いっきり駆け出した。
END
最終更新:2008年10月17日 01:54