アーケード(仮)
 Author:ID:ra40vNaB(初代スレ>>62)


62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/02(火) 04:58:58 ID:ra40vNaB

いくつ目かの路地に辿り着くと、やっと目的の人影を見止めることが出来た。
駅前から一直線に突き抜ける、商店街のアーケード。立ち並ぶ商店やスーパーの隙間の路地裏にまで、木々が並んでいる。
この街は緑に覆われ過ぎだと、いつも思う。市内にある学校からビルの屋上、街路樹、果ては交差点の真ん中にまで。
これでもかと言わんばかりに植林されまくった、この街の名は高杜(たかもり)。

「休憩終わり。持ち場に戻れ」
 そんな樹木の一つに腰掛けて、心地よさそうに風に吹かれている人影に歩み寄っては言い放った。
よく見ると傍らには猫がいる。白地に黒と茶色のぶち模様。片方の耳は歪になっていて、何となく目つきが悪い。
人影はそれを片手で撫でながら、俺の方を振り向きもせずに言う。
「九月だっていうのに、暑いね」
「そうだな、だから平日でも客が多いんだ。早く交代しろ」
 右手の拳、親指だけ立てて、俺が来た道を示してやる。もちろん視界に俺を入れていないこいつには見えていないだろうが。
当人は変わらず座していたが、ふと猫を撫でていた手の動きが止まる。
ぶち猫はゆっくりと、俺から離れるようにのうのうと歩きだしていった。
白い首輪から下げられた鈴が、ちりん、と音を残して。

後姿を見送っては、ゆっくりと立ち上がる。ぐしゃぐしゃの髪の毛の上に、薄汚れた白いユニフォーム。
店のシンボルでもある、真っ赤なキャップをかぶれば、ため息まじりにやっと視線を合わせてきた。
「そんなに後輩いじめて楽しい?」
 開かれているのかも分からないくらいの細い瞼の内側から、のんびりと言い放つ。
もうこいつの扱いにも慣れてきた。あんまりにマイペース過ぎて、人とまともに会話を成立させようともしない。
だから俺も、こいつの台詞はすべて話一割程度にしか聞いていない。
「とっとと行け、夏休み終わっても忙しいことには変わりねえんだから」
 渋々、と言う心情を全身でアピールしながら、真っ赤なキャップは店に戻って行った。

蝉がうるさい。木々が多いからか、虫もよくわく。
まだ午前も早い時間帯だと言うのに、空模様は馬鹿みたいに快晴で、
太陽すら既に建物の隙間にあるこの空間すら暑苦しく照らしてくる。
あいつの座っていた場所に、入れ替わりで腰を下ろす。ポケットに入れていたたばこは、ケースごとやや変形していた。
折らないよう慎重に取り出してくわえる。安っぽい百円ライターで火をつければ、のぼっていく煙を見送るように空を仰ぐ。
不意に、大通りから黄色い声が聞こえた。
制服姿のスカート娘、三人ほどの行軍が、十匹の蝉よりも姦しく通り過ぎて行く。
たばこを吸い終わったら、すぐにでも店に戻らなければならない。
単調な毎日。夏休みなんてもう何年過ごしていないだろうか。

心底楽しそうに、くだらないお喋りをしていた彼女たちの姿が、目に焼き付いて離れなかった。





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最終更新:2008年09月04日 23:35