セクシャルコンプレックス
 Author:ID:TqPdKm5D(初代スレ>>441)



442 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/15(月) 00:00:23 ID:TqPdKm5D


 『私はとても臆病な人間でした』


風呂上りの湯煙の中で、私は脱衣所の鏡を通し、自らの顔を見つめていた。
すっかり熱を失い、冷たく濡れた髪は肩口から外にはね、目つきの悪い鋭く開いた両目を見開く、
手に持ったかみそりを眉に当て整えようとするけれど、剃った後が目立つから、つい剃るのをためらってしまう。
開いた掌で浅黒い顔の肌に浮かんだ、そばかすをなぞると、思わず無意識に口をついた言葉が出る。

「――ブサイク」

顔に浮き出た模様を指でなぞり、水滴で音を立てて肌を拭う、何度もひっかいてみる
むきになって掻いてみても、この汚れは落ちることはない。
業を煮やした私は手元に握ったかみそりの刃を顔につけた。

「これさえなければ」

刃を横に引いた顔から真っ赤な血がぽたぽたと流れ落ちると、洗面台の排水溝の中へと消えていく。
視界がぼんやりとゆがみ、顔を抑えると両目からも流れた。



次の日、高杜の街をバスの中から眺めながら学園へと向かう、中学から高校に進学する際に高杜を受けたのは私だけだった、
ともに登下校する友達はいなくて、もともと中学の頃から多いわけでもなかったけど。
ふと車内に目を移すと、仲のいい学生の男女が仲睦まじく手を繋いでいるのが見える。
羨ましい……私には下の名で呼び合う友達すらいないのに。

「姫木!」

「――はい」

「返事が小さいぞ、次……船川!」

出席を取り終わり1時限目の準備を始める、ノートを出し筆記用具をを出そうとした時、
ちらりとカッターナイフが目に入り、うっかりシャーペンを掴みそこね、床に取り落とした。
私は拾い上げようとその場に屈みこむと、遮るように誰かの腕がそのペンを拾い上げる。

「小金井君」

「大丈夫? 姫木さん」

「ごめん、ちょっと手がすべって」

「いや……それもあるけどその傷」

小金井君が自分の鼻先をちょいちょいと指をさすと、私はあわてて絆創膏を貼り付けた傷口を隠す。
恥ずかしさで顔が燃えるように熱くなり、つい、目線を外して無視してしまった。

「あ、ごめんね」

別に小金井君が悪いわけではないのだけれど、彼は頭を軽く下げるとそのまま机へと戻ってしまった、
きっと根暗だと思われた、今までがそうだったから。

昼休みの時間ともなるとあたりは騒がしく、各々が机を寄せ合いお弁当を食べ始める。
私は1人ランチボックスを持ち、美術室へと向かい、持っていたスペアキーで倉庫のドアを開けると
極彩色豊かな一枚の絵画が目に飛び込んでくる、ルノワールの描いたイレーヌ・カーン・ダンヴェールの肖像画、
当然イミテーションだけれども、私はこの絵が好きだった。

その場に座り込み、お弁当を口の中にかきこむと、手元の木炭を手に取り絵の続き描く。
選んだのは彫刻だったが、最近ではこうしてキャンバスに向かうことの方が多い、
無心になって真っ白なキャンバスを黒く塗り潰していく間は、余計なことを考えずにすむから……。

「――静か」

しばしの間、腕を休め換気のためについた窓へと目を向ける、抜けるように青い空にさわやかな翠の葉が生い茂る木々が重なり、
しばらくその光景に惚けて眺めていると、ふと、将来のことを考え始める、高杜に通い卒業した未来のことを。
私のような人間がまともな職に就けるものかと漠然とした不安を抱え。
その場で厚ぼったい思わず唇を噛んだ。

その瞬間、力を入れすぎたのか木炭が中ほどからポキリと割れ床へ落ちると、イレーヌの元へと転がっていく、
薄暗い倉庫の中で、誰も気にも止めない、あなたと私は似ている……でもあなたは綺麗だもの。
拾い上げた木炭をイレーヌの頬へと突きつける、自分の顔は切れるのに、私には彼女の肖像画を汚すことが出来なかった。



家に帰ると部屋に閉じこもり、携帯を開きネットへと繋ぐ、何通か返事のメールが来ていた、
出会い系サイトなら話を聞いてくれる人がいたから、すっかり私はその遊びにはまってしまっていた。
たまにいやらしいメールが来るけれど、メールをくれる人は、私の話をしっかりと聞いてくれるのでほんの少しうれしい。

『今日会えませんか?』

何度かやり取りを終えると決まってそうメールが届いた、実際に会う勇気はなかったので断わっていたけれど、
その日はなんとなく受け入れて貰えるかもしれないという淡い期待があったのか、承諾してしまった。
制服を着て、ぎこちない動きで薄く化粧をすると、階段を降り、玄関へと向かうと母に言葉をかけた。

「ちょっと……外にいってくる」


母の返事はなかった。


男の人は既に待ち合わせの場所へと来ていた様子だった、私が彼の元へいき、消え入りそうな声をかけると
彼は失望した表情を見せたような気がしたが、私の手を取るとモールにある一軒の洋食屋へと招きいれた。
運ばれてきたメニューに目を通す、いつものファミレスの数倍近い値段の料理がずらずらと並んでいる。

食事を済ませ彼の車に揺られながらいろいろな場所へと連れてってもらった、
次第に楽しくなってきて、私の話を親身になって聞いてくれた気がした、男の人が私の頬に手を当てるとキスをしてきた。
私は目を閉じたままそれを受け入れる。

「……それじゃいこうか?」

車がホテルの中へと入り私はよろけながらもホテルの一室に入る、ベットに2人で腰を下ろすと彼の手が私の体に触れ、
惚けたように顔が熱くなり変な声が出てしまう、服ははだけたまま、私はぼんやりと天井を眺めていた。

「ッ!?」

その時、下腹部に違和感があり、とっさに立てた膝が彼の顔に当たってしまった、
わざとじゃなくて偶然だったから、私は言い訳をするように彼に言葉をかけようとすると、彼は突然怒り出した。

「痛ぇな! このクソアマッ!!」

「え、ぁ……ごめ、ごめんなさ……」

「なめてんのか、コラ! あぁーアゴ折れてんよコレ、どうすんのコレ!?」

「そんな……ち、ちょっと当たっただけで」

男は近くにあった瓶を壁に投げつけ、怒鳴りながら私を威圧すると、腕を引きずるように床の上に私の体を投げ出した。

「ちゃんと出すもん出して払わないとダメでしょー!?
ねぇお前、どこ高? その制服、高杜だよね? バレると不味いんじゃない、こういうの?」

「お、お金なんて、持ってな……」

「だったら、親から盗むなり、テメェの体なりで稼げや!!」

「う、うぅ……ひぐっ、ひ」

こんな筈じゃなかったのに、今まで優しかったのに、さっきまでは楽しかったのに、
声にならない嗚咽と共にボロボロと涙が流れてくる、公開と絶望が私の頭の中でぐるぐると混ざり始めると。
私は無意識の内にその場に落ちていた割れた瓶を片手で掴んでいた。

「今から仲間呼ぶから、大人しくしとけや、な?」

「うあぁぁぁぁッ!!」

「!?」

手に引き裂いた肉の感触が伝わってくる、私は茫然自失になりながら崩れ落ちた男をその場に置き去りにすると、
乱れた着衣をそのままに部屋の中から勢いよく飛び出し、裸足のままアスファルトを駆けた。


445 :セクシャルコンプレックス:2008/09/15(月) 00:03:19 ID:TqPdKm5D
気持ち悪い、吐き気を催すような不快な倦怠感、私は公園の水道の蛇口を捻ると、先ほどまであったことを思い起こす内に、
あの男にキスされたことを思い出し、何度も口をゆすいだ、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
その場でしゃがみこんでいると、通りかかった中年の男に声をかけられる。

「大丈夫かい、警察を呼ぼうか?」

「……」

声をかけてきた男性の声を無視して、私は裸足のまま公園を後にする、もう私はダメになってしまった、もう誰も信用できない、したくない。
みんな嘘ばかり、こんなことになるのならイレーヌのように誰の目にも触れられなければ、綺麗なままでいられたのに……
馬鹿だった、私は普通の女の子とは違うんだ、馬鹿で醜くて結局最後にはひとりぼっち。

非常口の階段を使い、ビルの屋上へと登っていく、赤く錆び付いた鉄の色が足に染込んで、
細かな砂利が私の足の裏に突き刺さった、きっとあの男は生きているだろう、私が高杜の生徒だと知って、仲間を集めて復讐される。
屋上の金網を越え、眼下に広がる光るネオンに照らされた高杜の街を見下ろす……綺麗なままでいたいから。


 『私はとても臆病な人間でした』


私はありったけの勇気を出し空に歩き出すとゆっくりと手を伸ばし自由を掴んだ








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最終更新:2008年09月16日 14:51