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御園生崇男

関西大から1936年、タイガースに入団。丸縁メガネの風貌から、「銀行員」とあだ名をつけられた。

コントロールがよく、粘りのあるピッチング。元祖カミソリシュートの持ち主でもあった。ムダ球を投げない省エネ投法で、いつも球数は90~100球。投手陣の柱として、タイガース第一期黄金時代を築いた。

37年秋のシーズンには、11勝0敗で勝率1位。翌年と合わせると18連勝を記録した。

御園生は47年にも13連勝を含む18勝5敗の成績で、タイガースの戦後初優勝に貢献。実働14年での勝ち星127勝は、タイガース歴代での十指に入る記録である。とりわけ巨人、阪急に強かった。

御園生は打撃もよく、登板のない日には一塁や外野を守った。通算打率は.290、打点も246を稼いだ。ピッチャーにしては珍しく足も速く、通算87盗塁。ホームスチールを6度も決めている。

タイガース一筋に投げ抜いたが、景浦将や松木謙治郎、若林忠志らの陰に隠れ、もうひとつ地味な存在。「貢献度が正当に評価されていない」とは、御園生の周囲の人たちの声である。

現役引退後は一軍コーチ、二軍監督を歴任。その後は執筆活動やテレビの野球教室などで野球にかかわり続けた。


【参考資料】
「プロ野球70年 GREAT RECORDS 不滅の金字塔大全集」

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最終更新:2010年04月19日 21:38
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