56年の毎日に入団時は一塁手も兼ねていたが、コーチだった
野口二郎に才能を見いだされ投手に専念する。2年目に26勝を挙げ、奪三振数は202、防御率は1.73と好成績を残す。5年連続与四球王になるなど制球に難があったものの、185cmの長身から繰り出される速球と大きなカーブを武器にエースに成長した。60年にはリリーフ主体に起用され、最多勝、最優秀防御率、最高勝率、最多完封勝利の4冠に輝き、チームのリーグ優勝に大きく貢献した。この年は258奪三振を記録。その後200奪三振を5度達成し、通算2244奪三振を記録した。
【参考資料】
- プロ野球60years「剛球&魔球」投手の怪物伝説
最終更新:2010年04月23日 02:06