短い逢瀬の間にできる事は限られている。
散歩、会話、食事、お酒を飲む、手をつなぐ、キス、セックス。
そんなところだ。
忙しい航は遠出が出来ない。百も承知だ。
普段からそっけないデートを繰り返している。
昼間だったら、公園で航がスケッチをしている隣で夏世が本を読む。
夜だったら、食事へ行って、時間とお互いの気持ちの都合が付けば航が夏世の部屋へ尋ねてくる。
そんなものだ。
退屈と思わなくもないが、特に不満もない。
今日は映画をレンタルして見よう、と言ったのはどっちの提案だったか。
そういう日だったのだ。
*
毎日のように顔を合わせてはいるものの、二人っきりになるのは久しぶりだった。
本当は映画よりキスがしたかったのだ。
言い出せなくて航の袖をぎゅっと握って上目遣いに見つめてみた。
「……なに、かな?」
「…………」
「う~ん」
困ったような航の声音が好きだ。
少なくともその瞬間は、自分のことだけを考えてくれている。
女性独特の歪んだ感覚だろう。
自覚はある。
でも、全部認めてくれると安心しきっているから、そういうこともするのだ。
その証拠に、航はたっぷりと悩んだ末、軽く夏世を抱き締めた。
「はい」
ぽんぽん、と背中をあやすように軽く叩かれ、航の身体が離れる。
それはそれでいいものだったが、違うのに、と頬を膨らませたのも事実だ。
「これ、見ないと」
DVDを軽く持ち上げて、航は微笑む。
多少迷った挙句、夏世は頷いた。
少し、欲求不満なのだ。
本当に少しだけだ。
*
映画は何てことない歴史ロマンものだった。
昔々のどこかの国で、男が戦いの中で女と出会って恋に落ちて、どうのこうのと言うものだ。
昔から歴史は苦手だった。特に世界史は。
カタカナの人名が覚えられないのだ。
あと外国人の顔も覚えられない。
それ以前に隣の航に触れたくて触れて欲しくて、そもそも映画どころではないのだ。
ストーリーがサッパリ判らなくなってきたところで、タイミング悪くラブシーンが始まる。
何とか顔が判る主役のイケメンが、ヒロインを熱っぽく見つめる。
思わず自分を重ね合わせた。
こんなにも熱っぽく航に見つめられた事があっただろうか。
過去にはあったかもしれないけど、最近はない。
これは確定。
ヒロインは射抜かれて身動きも取れず瞳を潤ませている。
確かこの女には意に沿わぬ婚約者がいたはずだ。
そこに嫁がないと戦争が起こるハズ。
いくら目の前の男がイケメンでも一緒に逃げるわけにはいかない悲恋なのだ。
だからこそ盛り上がるのだろう。
どちらかが「一夜の想い出」とか言い出して、ゆっくり、ゆっくりとくちびるを重ねる。
一度触れ合ってしまえば早かった。
情熱的に、見ているほうが恥ずかしくなるほど野性的に口づけを交わした。
一度くちびるを離して、再び見つめ合う。
その後にまた長い長い口付けが続いた。
最近、こんなエロいキスをしただろうか。
首をひねる。覚えがない。
これも確定。
「……いいなぁ」
思わず口走る。
我に返って声が漏れた事実に驚愕した。
胸のうちで呟いたはずだったのに、確かに声が漏れていた。
隣の航の顔が見れない。
欲求不満がばれてしまう。
なんでもない、と呟くより前に目の前が陰った。
航のくちびるが盗むようにふわりと触れた。
一瞬の出来事だった。
驚いて航を見れば、彼はもう知らん顔で画面を見入ってる。
もしかして、今のは自分の妄想だったのかもしれない。
そう思い直して、自分もラブシーンに向き直る。
ベッドに入って裸が映って、鳥が鳴いて場面が代わるのだろうとの予測は見事に裏切られた。
ヒロインの服をそっと脱がしてベッドに押し倒し、長い長い愛撫も丁寧に描写し、体位を代えて2度果てて。
またねっとりとしたキスを交わして、まだ足りないとばかりに上下を入れ替える。
歴史ロマンにこんな長いラブシーンが必要なのか。
見ていられない。
もう我慢が出来ない。
身体をずいと引きずって、テレビと航の間に割り込んだ。
珍しく航が驚いたような顔をしている。
その首に両腕を回して、くちびるを押し付けた。
ついばむようなキスを繰り返し、航の両手が腰に回されて安堵した。
何度目かにくちびるが離れて、じっと見つめ合う。
「……あとに、しません?」
精一杯の誘い文句だ。
穏やかに航が微笑んだ。
「後に、しますか」
同時に笑って、もう一度くちびるをぶつけ合う。
さっきの映画のような、情熱的で野性っぽいキス。
うっとりと思考が溶ける。
自分には決められた婚約者もいないし、悲恋でも禁断でもなくて平凡だけど、いつでも恋人と触れ合う事が出来る。
それはこの上ない幸福だ。
洋服の裾から航の手が差し込まれる。腰を、背中を優しく撫でる。
口付けが頬に落ちて、耳を舐る。
「……ん、ぅんっ……!」
声が漏れた。
信じられないほど身体が熱くなる。
こんなにも気持ちいい事を、どうして五年間も忘れていられたのだろう。
最近はそれが不思議でならない。
航の愛撫はまるで麻薬のように、甘く狡く夏世を支配する。
ふとつけっぱなしの電気やテレビが気になって、吐息混じりに航に尋ねた。
「あの、ベッドに……」
航は相変わらずの笑顔でテレビとプレイヤーの電源だけ落として、
「脱いでからね」
と耳元で囁き、すっかり慣れた手つきで下着のホックを外す。
どこで脱いだって同じだと思うのに、妙な迫力に押されて抵抗が出来なかった。
たまに航はこういう目をする。
そのたびに少しだけ身のすくむ思いをして、結局はいつも航の言う通りにしてしまうのだ。
丁寧に全裸に剥かれてからベッドに移動した。
何度も身体を重ねたのに、いつまでたっても裸を見られるのには慣れられない。
気恥ずかしさに、手繰り寄せたブランケットを上手に奪われて、ついでにくちびるも奪われた。
豊かな乳房を左右順繰りに揉みしだき、先端に吸い付かれてビクリと身体が震えた。
急にその様が愛しくなって、後頭部をゆっくり撫でる。
航が、くちびるを離さないままきょとんとした顔で夏世を見つめた。
ぎゅっと頭を掻き抱く。
「なんか、赤ちゃんみたい」
くすりとこぼした笑みに、航が表情を変えた。
「あっ、んん!! やっ!」
急にきつく吸われて、大きな声が漏れる。
ついでに下肢の敏感な部分を指の腹でぐいと押され、腰が引けた。
「……夏世」
熱っぽく名前を呼ばれ、潤んだ瞳を向ければまたくちびるを塞がれる。
キスは大好きだ。
触れ合って、追い詰められても、くちびるが触れると何もかもを投げ出していい気になる。
もっとしてほしくて、離れてしまった航のくちびるをそっと撫でる。
その指を、ぱくりと咥えられた。
人差し指を、ゆっくり、ねっとりと舐めあげられ、くすぐったいような奇妙な悪寒がぞわぞわと背を這い上がる。
「……んっ、な、に?」
航はこちらを一瞥して、その舌を中指に移す。
今度は第二関節辺りを甘く噛まれて、指の先に生暖かい航の舌が触れて、くちゅと湿った水音が響いて恥ずかしくなって、軽く瞼を伏せた航の顔が言いようもなく色っぽくて、泣きそうに切くなる。
「っも、やっ……!」
耐えられなくなって、強引に手を引き抜き庇うように胸に抱いて、身を捩って航から逃げるようなそぶりを見せた。
そのまま、肩を押されて顔を枕に埋める。
あらわになった背中に、航のくちびるが落ちる。
ちゅっと音を立てて肩甲骨の辺りを吸われ、背骨の上を舐め上げられてまた腰が甘くしびれた。
「んっ、んんっ」
枕に押し付けたくちびるから、絶えず声が漏れた。
恥ずかしい。
でも、身体が熱くて抑えられない。
航の暖かい両手が腰を掴んで持ち上げた。
突き出すような格好にまた身を捩って逃げようとしたところで、航の器用な手が、下肢に這ってそっと肉芽を摘んだ。
「あぁ!! ん、……ああんっ」
膝ががくがくと震えて、足を閉じたくても言う事を聞かない。
空いた方の手が、ベッドと胸の隙間に入り込んでごそごそと動き回る。
「待って、これ……!」
急に思い立って声を上げる。
なんか、デジャブを感じる。
こんな事が前にもあった気がするけど、体験するのは始めてのはず。
どこで覚えてきたんですか、と聞きたい衝動を抑えたところで、首を吸われた。
熱に浮いた頭で必死に記憶をたどる。
ついこの間、ごく最近のはず。
でも最後に航と身体を重ねたのは少し前のはず。
航が肩に吸い付いたところで、結論にたどり着いた。
さっきの映画だ。
耐え切れなくなった長い長いラブシーン。
そのヒロインと同じ格好を、現在している。
同じ場所を吸われている。
「あっ、いや、まっ……て、まって!」
「せっかく参考資料を見たんだから、活かさないと」
しれっと答えて、秘部に指を埋める。
「んん、ウソっこんなのなか……っ、んあぁ!」
器用に肉芽をきつく擦りあげられ、悲鳴をあげた。
「ああぁっ!」
身体がびくりとこわばって、すぐにぐったりと力が抜けて倒れこんだ。
たったこれだけの刺激で達してしまった。
欲求不満はかなり深刻だったようだ。
ふぅと長い息を一つ吐いて荒い呼吸を整えると、身体を仰向けにされて航に顔を覗き込まれた。
耳元で、小さく囁かれる。
「……もう、いい?」
目を伏せて、小さく頷く。
彼も嬉しそうに、頷いた。
航が後ろを向いて準備をしているスキに、ブランケットをたぐりよせて身体を隠した。
いつもながらこの待ち時間が手持ちぶさただ。
だからって勢いのままってのは絶対嫌だ。
そういえば昔の人は避妊はどうしていたんだろう?
例えばさっきの映画の二人は?
これで子供が出来てたらどうなっちゃうんだろう?
その辺はファンタジーってことで解決なのかな?
――航さんにどう思うか聞いてみたいけど、今ってそういうシチュエーションじゃないよね?
悶々と思い悩む間に、準備は終わったらしい。
振り向いた航にそっと額を撫でられた。
「これは、何かな?」
ブランケットを指さして、にっこり笑う。
「えっと、恥ずかしいから……」
恥ずかしい、と言うといつも航は面白くなさそうに口を歪める。
今日もその口をしながらふぅんと気のない返事をして、乱暴にブランケットを奪われた。
夏世の白い足の膝裏をぐいと掴むと、先端を秘部にあてがう。
この瞬間、いつも最高にドキドキする。
恥ずかしさと期待が入り混じって、パニックと表現できそうなほどの緊張だ。
ぬるり、と彼自身が埋め込まれる。
「……あ、ぁんっ……」
堪えきれなくて漏れた声が、夏世をさらに羞恥に追い込む。
思わず口に当てた手を、航が優しくどけて口付ける。
自分ばっかり熱に浮かされて、妙に冷静に見える航が今は少しだけ憎らしい。
だけどそんなこと、すぐに快楽の向こうへ消えてしまった。
律動にあわせて、甘い声と淫靡な水音とがとめどなく漏れる。ついでにベッドの軋む音も。
興奮が増していく。
首にしがみついて、身体を密着させる。
角度が変わり、違う刺激に腰がくねった。
「……も、いい?」
上ずった航の声。少し甘い。
自分だけではない、とやっと安心する。
「……う、ん……っ、ああっ!」
息も絶え絶えの返事と同時に突き上げるスピードが上がる。
また甘い悲鳴を漏らして、このまま溶けて一つになれたらいいのに、なんて思った。
*
「あのね、さっき考えてたんですけど」
「うん?」
「昔の人って、その、ひ、避妊とかってどうしてたのかなぁ?
例えばさっきの映画ぐらいの時代だとどうなるんだろう?
ゴム自体が生まれてないですよね?」
「……まぁ、その、色々とあったんじゃないかな?」
「色々って?」
「あーえーと、豚の腸とか、木の粉とか、濡らした紙を……とか。
避妊自体を違法とする時代もあったみたいだし」
「へー……って、なんでそんなこと知ってるんですか?」
「時代考証って大事だからね。うちに資料ありますよ、読む?」
「でも少女漫画だからそこいらないですよね?」
「…………。……ところで、それ、いつ考えてたの?」
「えっ、えーと」
「察するに、僕がそれを取り出した頃だと思うんだけど、余裕だね?」
酷いな、と航が背を向ける。
慌てて腕を掴んで抱き込んだ。
「ち、違うんです! あの、なんていうか、あの妙な間? が恥ずかしくって、
よそ事考えてないと耐えられなくって……!」
「うーん、まぁ気持ちは判るけど……」
「全然、余裕とかじゃなくって、あの、えーっと、」
「じゃあ余裕なくなるまで頑張らせてもらおうかな」
「え!?」
「せっかくお誘いいただいてるし」
「は!?」
抱き込んだ航の手の先がふにふにと動く。
慌てて手放したけれど、時はすでに遅く。
くるりと身体を反転させた航に組み敷かれ、くちびるを奪われた。
敏感な先端を弾かれて、スイッチが入る。
「……ん、ぁ!」
「ほら、映画どおりにするんだったらあと2回だっけ?」
「む、無理! ほら、時間ないし!」
「あんな物欲しげな顔してた人が1回で満足するとは思えないけどな」
「……物欲しげな顔、してました?」
「よだれ垂れそうな位」
「嘘!?」
「ほんと。ちょっと大げさだけどね」
ぷぅとむくれた隙に、耳にくちびるが落ちてぺろりと舐められる。
観念した方が早いかも、と思うと同時に、奥から熱が沸いてきて少し切ない気分になった。
早くこれを満たして欲しくて、航の首に腕を回す。
聞きたいことはいくつかあった。
例えば、映画を真剣に見ていたはずの航が、どうして夏世が物欲しげだったと言うのか。
映画と同じにするなら、あのイケメンと同じぐらい歯の浮くような愛の言葉と褒め言葉を囁いてくれないと、とか。
誤魔化された「少女漫画に必要なさそうな知識」について、とか。
自分は航に触れたくてたまらなかったけど、じゃああなたはどうだったの、とか。
だけどこの熱の前ではどうでもいい。
とても幸せだと思う。
いつに抱き合う時も、こうして幸福な気持ちになれたらいい。
幸福な退屈に、願うのはそれだけだ。
++ずっとつづきますように++
070226
最終更新:2008年12月31日 15:34