「ねぇロボ。セックスしない?」
ジュース飲まない? とでも言ったかと思い違いをしそうになるほど、事も無げにニコが呟いた。
「はぁぁ? お前何言ってんだよー!」
一応大人である面子を立てなければと、ロボは精一杯平静を装ったが語尾が見事にひっくり返ってしまった。
ニコがそれを聞き逃すはずもなく、勝ち誇ったようににやっと笑う。
「ね、いいじゃん。しようよ」
「だめだだめだ。子供がしていいもんじゃないんだぞー!
あれは大人だけの神聖な儀式なのだ!!」
「儀式?」
「そう、愛の儀式! 『恋ってどんな感じ?』なんて言ってるヤツには資格はないっ」
小首をかしげて、大きな目をぱちくりとさせてニコは大人しくロボの高説を聞いていた。我ながらいい事を言った、と満足げにうなずいたロボを見て、ニコは再びにやりと笑った。
「愛だって。ロボってロマンチストだよね」
「男はみんなロマンチストさ」
「あっそ。でもさ、ぶっちゃけ、したくない?」
「したくないと言えば~嘘になる」
「じゃあいいじゃん。セックスしようよ、私と」
「こここ子供がセックスって言っちゃだめなんだぞーー!」
「そんな幼稚園児みたいなこと言わないでよ……あっ!!」
「な、なんだよ」
「ロボもしかして」
くふふと口の中で笑い、ニコはそっとロボの袖を引いた。
何故だかロボには次のセリフが判ってしまった。
ニコの小ばかにしたような表情が、口よりもモノを言っている。
「ど」
「どどど童貞じゃないかんな!!」
仁王立ちになってのロボの悲痛な大声に、ニコは顔をしかめた。
まだ何にも言ってないじゃん、と呟く。
ニコに振り回されている。
ほんの中学生でしかないニコに。
ふとその現実に気がついて、急に虚しくなって哀れっぽく目を閉じた。
おちつけー俺、子供にからかわれてる場合じゃないっ。
こんな有様ではマックスに笑われてしまう、と己に言い聞かせ、くわっと両目を開けたらそこにはニコのあどけない顔があった。
今までにないぐらいの至近距離で顔を合わせるハメに陥り、ロボは身を引くことも乗り出すこともかなわずに石のように固まった。
「ね、いいでしょ?」
よくない。絶対に、よくない。
早くニコから離れろと、頭の中でマックスが叫んでいる。
なのに身体はまるで借り物のように、ぴくりとも動かない。
「一回だけ……お願い…………」
ニコの両手が、ロボの胸をそっとつかむ。
ニコが目を閉じた。
ロボはあらためてまじまじと彼女の顔を覗き込む。
ニキビ一つないニコの綺麗な白い顔。
頬をほんのりピンクに染め、伏せた睫を震わせてロボのくちびるを健気に待っている。
ちくりと胸が痛んだ。
このままニコを拒否するのは、なんだかとても彼女に申し訳ない気がする。
据え膳くわぬは男の恥ってか?
こうなりゃヤケだ。
がっとニコの両肩をつかんだ。
ニコの眉根が驚きにきつく中央に寄る。
ロボはタコのようにくちびるを付き出して、ゆっくり、ゆっくりとニコのそれに寄せていった。
あと2秒。
あと、
1センチ。
「やっぱり駄目だぁぁ! 俺はオタクだけど変態じゃないんだッ!」
とん、と軽くニコを突き飛ばして、その場にロボは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
*
「ロボのバカっ! いくじなしっ!!」
薄目で確認していた。
くちびるが触れるまで、あとほんの少しだったのに。
大人しく待っていないで、少しだけ背伸びをしてくちびるをぶつけてやればよかったと、ニコは心から後悔した。
ロボは判ってない。
ロボは全然判ってない。
どうしてニコがいきなりこんなことを言い出したのか、考えてもみてほしい。
好奇心や興味本意などではない。
ロボの言葉を借りるなら、セックスが愛の儀式だからだ。
ただセックスがしたいわけじゃない。
ロボとセックスがしたいのだ。
始めは、普通に想いを打ち明ける作戦も立ててはみた。
唯一の特技であるこの声を、最大限に生かそうと考えたところでハタと気がついた。
彼が望むなら、どんな声でも出す自信はある。
だけど、その肝心な、「ロボが望む声」がさっぱり判らないのだ。
一海の声ではダメだ。
それでは一海が愛を囁いている事になってしまう。
だから、言葉なんて不確かなものより、もっともっと深く強く分かり合うための方法を考えたのだ。
その結果なのだ。
そこの所を、彼は全然判ってない。
膝をついてロボの後ろ頭を間近に見下ろす。
腹立たしさに任せて、ぽかりとロボのツムジを殴った。
「いってぇ~」
「ロボのバカ」
「何だよ~お前のためだろ~!」
「あっ、私のせいにした! 自分のいくじなしを棚あげして~!」
顔を上げたロボの、ひょりとした胸をどんと叩いた。
その拍子にロボが情けなくしりもちをつく。
「だってさぁ~オマエ子供じゃん」
「子供扱いしないで!」
もう一度ぽかりと殴る。
勢いのままに、彼をぽかぽかと殴り続けた。
「いてっいててっ、ニコ落ち着け!」
「ロボのバカァ! 女の子に恥かかせて! 一生モテない呪いかけてやる~っ!」
ご勘弁を~と、ますます情けない声を上げるロボの腰に馬乗りになり、柔らかく殴っていたはずの拳にずいぶんと力がこもって来たと自覚する。
ロボが本当に痛そうに顔をしかめているのに、どうしても止めることが出来ない。
そのうちに鼻の奥がつーんと痛んで、ぼやりと視界が白けた。
もう一度高く振り上げた右手を、ロボの左手がすばやく掴む。
同じように左手も、意外な力で押さえ込まれた。
「ふっふっふ、これで身動きが取れまい……って何で泣いてんの!?」
やけに得意げな、でもアホみたいな台詞はすぐに驚きに変わった。
驚きすぎた余り、ロボの左手がおろそかになる。
その手を振り払ってチョッキをぎゅっと握って、ついでに思いっきり顔を埋めた。
「うわぁぁぁんっ。ロボのバカ! ロボの人でなしっ。ロボなんか大ッ嫌い!」
一気に怒鳴って、後は言葉にならない声を思う存分叫び続けた。
時折ロボがふえぇと情けない声を上げる。
聞こえないフリをして、小さい子みたいに思いっきり泣きじゃくった。
ロボの大きな左手が、すっと背中に回って、やっぱり小さい子をあやすようにぽん、と優しく叩く。
掴まれたままの左手から、ロボの右手の暖かさが伝わる。
詰まりかけた鼻に、ふわりとくすぐるロボの匂い。
「ニコはニコのまんまでいろよな~」
聞き逃してしまいそうなほど小さな声だったけど、ニコの耳にはちゃあんと届いた。
背中を叩いていた手が、すっと頭を撫でた。
なんだか急に気が抜けて、今日はこのぐらいで勘弁してやるか、とふと思う。
ようやく涙は止まったようだ。
身体を起こして、ロボの顔を覗き込む。
くちびるを複雑にゆがめて、ロボが困った顔をしていた。
思わずぷっと吹き出すと、困り顔は不機嫌顔へと変わっていった。
「今日は勘弁してあげる」
ロボが何か言う前に、彼のくちびるに自分のくちびるを重ねた。
ちゅっと軽い音がして、くちびる同士がすぐに離れる。
「ニッニッニッ」
目をこれ以上ないぐらいまん丸く見開いたロボが、何か言おうと口を金魚のようにパクパクとさせている。
ぷぷぷと口の中で笑えば、もうすっかりいつもの自分達だ。
だけどふと、下半身に違和感を感じる。
「ロボ、なんか当たってる?」
「うわぁぁーーーー!!!」
本日何度目かの絶叫を上げて、ロボが急に立ち上がったせいでニコはごろんごろんと畳の上に転がった。
++おくびょうなぼくら++
070509
最終更新:2008年12月31日 15:35