「レヴィ……レーヴィ! レヴァイン!」
心地よい午睡に、今まさに深々と落ちんとしていたレヴィは、耳に馴染んだ凛とした声音に、びく、と身体を揺らした。
目を開けなくても声の主は判っている。
美貌の主席どの、タッサーニアだ。
校内の有名人である彼女は、3日前に入学をしたような生徒からもテス、と親しげに呼ばれる。
それに対して爽やかで申し分のない――たぶんレヴィには一生作れない笑顔でハァイと手を振る。
彼女の人気の所以だ。
「寝煙草は危険よ」
片目をちらりと開けて、うるせぇな、と顔中で表現をしながら上体を起こす。
第一、指摘はそこじゃないだろう。仮にも学生長なら、校内での喫煙を咎めたらどうなのだ。
テスはその細く白い指を優雅にのばすと、ひょい、と煙の残る煙草を取り上げた。
指先だけで向きを変えると、無言でまたレヴィにそれを差し出す。
「早くして。臭いがうつるわ」
ち、と舌打ちをしながら、ポケットから携帯灰皿を取り出した。
口を開いて差し出すと、彼女は満足そうに微笑みながらぽい、とそれを放り込む。
「で? 用件は?」
「あら、用事がなければ会いに来ちゃいけない?」
「そんなに暇じゃねぇだろ、おれと違って」
「そうね、その通りだわ」
憎々しい不遜に満ちたその返事も、彼女にとっては全く事実と相違ない。
首席代表、学生長、風紀委員長、女子寮長、クラスリーダー、学内ニュースサイト発信責任者、
フェンシング部のエース、文芸書評ノーティス常連ライター。
ありとあらゆる肩書きを持っている彼女が、暇を持て余している姿など見たことがない。
天は二物を与えず、とは言うが、テスは他人の才能を奪い取って身につけたような女だ。
男女問わず釘付けになるその美貌。
恐ろしいほどの回転速度と容量をもった頭脳。
しなやかにほっそりとした、どんな訓練にもスポーツにも的確に順応する肉体。
決して穏和ではないが人当たりがよいその物腰と、絶対的なカリスマ性。
一般生徒の投票で選ばれる、スチューデント・オブ・ザ・イヤーとかいうわけの判らない称号を、3年連続受賞している。
3年連続、は贈賞が始まって以来の快挙だそうだ。
今年も彼女の受賞はほぼ確定。
このままいけば、在学中パーフェクト受賞なんて、前人未到の領域まで達成してしまうに違いない。
学園史上最高の才色兼備。
ミス・パーフェクト。
教官より優秀なトレーニー。
会話と食事を楽しむ高性能軍用アンドロイド。
難攻不落のヴァルキリー。
プレジデント・タッサーニア。
彼女の異名は数知れず、そしてそのすべてが真実だ。
テスのウィークポイントと言えば、家名の価値が少々低くて、父親が下品な成り上がりであるというその一点である。
テスは、何もかもがレヴィと正反対だ。
唯一の国営軍学校であるこの学園に在籍する、それ自体がステータスである。
自慢ではないがここに入るにはそれなりの金か頭脳が必要だ。
レヴィは前者を、テスは後者を最大限に駆使をして、ここに通っている。
レヴァインの特技は、父親の役職しかない。
テスはちら、と周囲を見渡して、誰の気配もないことを確認すると、レヴィのすぐ隣にその細い膝をついて、耳元で小さく囁いた。
「今日、来られる?」
吐息に耳をくすぐられて、ぞわりとする。
「三日前にやったろ」
「だから?」
さらりと言いのけて、さっとくちびるを重ねる。
とっさに目を閉じ、柔らかいテスのそれを受け入れた。
入り込んだ舌を絡めあう。
理性的な女はキスを楽しもうとしない。
それがレヴィの持論だ。
手っ取り早く相手を煽って、さっさとセックスに持ち込む。
特にテスはそうだ。
今のこのくちびるも、レヴィをその気にさせるためだけに重ねたんだろう。
その証拠に、瞳を潤ませたりなどは絶対にしない。
「来るの、来ないの?」
「…………行けばいいんだろ」
「よかった。待ってるわ」
にこり、と鬼軍曹すら虜にする笑顔で、テスは微笑んだ。
この笑顔に屈しないのはおそらく学園中で自分だけだ。
この女の本性を、知っているのもおそらく自分だけ。
「ニコチンを抜いておいて。嫌いなの知ってるでしょう」
じゃあねまた夜に、と儀礼的に呟くと、個人専用端末を胸に抱えて立ち上がる。
短い制服のスカートからすらりと伸びた細い太ももが、ちょうど眼前に迫って目を奪われる。
小走りで立ち去っていくテスの、潔く高い位置にまとめた髪を見つめた。
その揺れる深い茶色は、温かい小春日和の陽ざしを受けていつもより明るく光っていた。
長くさらさらのあの髪に指をからめて幾度も撫でて、しまいにはぐちゃぐちゃに振り乱しながらレヴィを欲しがるであろう今夜に、多大な期待を抱く。
タッサーニアは知らないだろうけど、レヴァインは相当彼女に入れ込んでいる。
彼女のために、中毒の煙草を断とうかと思うほどには。
*
演出が過剰すぎる庭のグリーンのせいで、簡素な部屋着の裾が濡れた。
だれがこんな人工的な、野ばらに癒されるというのだ。
一年中その花びらを美しく彩られてはありがたみも何もない。
自分が子どもの頃にはもう少しマトモな盛栄衰退があったはずだが、コントロールが過ぎるここでは全くそれが感じられない。
花は、咲く間際が一番いいと、誰にも言ったことはないがレヴィはそう思っている。
こん、とテスの部屋の窓を叩く。
間髪入れずに、かちり、とロックの外れる音がして室内の明かりが漏れ、その出窓が外側に開いた。
「待ってたわ」
押し付けるようにランチタイムを告げる校内放送と同じトーンで、テスがレヴィを迎える。
白魚のような手でレヴィの手を求め、それを握るとぐっと引いて室内に誘いこむ。
鮮やかで慣れた手つきだ。
窓から身を乗り出して、テスが周囲を確認する。
もちろん、誰にも見られてはいない。
慎重に慎重を期して、毎度この部屋へ忍び込むのだ。
面倒ごとがごめんなのは、テスもレヴィも同じだ。
「来て。早く」
情緒もへったくれもなく、部屋の照明もデスクのライトもさっさと消して、テスがベッドに腰掛けて手を伸ばす。
嫌な女だ、とレヴィはいつもながらにそう思う。
だけど逆らわずにその手を握り、乱暴に細い身体を押し倒しながらくちづけた。
それ以外の方法を、レヴィは知らない。
「……んんっ、むぅ……んー……」
高く甘い声を洩らしながら、テスが隙間から舌を差し入れてくる。
ついでに、下くちびるを強く吸われて全身が熱くなる。
欲望に素直な女は可愛い。
だけど理知的に計算づくでそれを露にする女には、情を移さないと思っていた。
テスの恥辱はすべてが演技だ。
知っている。
彼女が触れて欲しそうに身を捩るが、あいにく応えてやるほど素直に出来ていない。
以前は衝動のままに身体を繋げたこともあるが、最近はそれをしない。
早く、と切望されればされるほど、焦らして、焦らして、気持ち悪いほど丁寧に愛撫をして、もういやだと懇願をするまで肉をぶつけたい欲求が沸いてくる。
「あ……や、レヴィ、レヴィ……」
途切れ途切れに呼びながら、自ら衣服を脱ぐべくボタンに手をかけたその手を攫ってシーツに縫いとめた。
ぎゅ、と柳眉をきつく中央に寄せ、テスが熱っぽく睨み返す。
素知らぬ顔でキスを落とした。
抗議のようにくちびるをかぷりと強く噛まれて、ますます加虐心が沸いてくる。
ちら、と片目で時計を確認する。あと10分。
キスは15分以上、と決めている。
勉強は鳥肌が立つほど嫌いなレヴィにも、時間配分は可能なのだ。
きちんと意識をとろけさせてからじゃないと、テスの達者な口から文句がぽんぽんと飛び出して、げんなりすることこの上ない。
そんな気力をすべて吸い取ってしまうかのように、くちびるを甘く噛んで、舌を口蓋に這わせて、つるつるの歯列をなぞって、空いた手のひらで頭を撫でる。
くちびるを放すと、至近距離の顔の間で荒い吐息が混ざり合う。
うっすらと潤んだ大きな丸い瞳が、暗闇でも判るほどはっきりとレヴィを見上げる。
はやく、と眼だけで訴えられる。
私には時間がない。
早くして。
言葉にしない彼女の通念が胸をえぐり、眉根を寄せながら、首筋に乱暴に口づけた。
「あっ、ん! レーヴィ!」
他の誰も知らない、囁くような高い声。
ぺろりと舐めあげると、組み敷いた身体がびく、と震える。
耳朶からその穴の中まで丁寧に舐めまわす。
小刻みに身を震わす完璧な優等生のしなやかな肉体が、徐々にその力を抜いていく。
「レヴィ……んん、もっと、あ……」
素直すぎて気持ち悪い。とても本能から出た言葉とは思えない。
鉄の才女どのは、乱れる様すら演出をして見せる。
手を滑らせて、乱暴とも思える手つきで柔らかな胸を揉む。
薄い布地の上からでもそれと判るほど、ぴんと尖った先端を指先で引っ掻いた。
「あっ……」
一瞬だけそこをかすめて、すぐに下肢へと手を伸ばす。
すべすべと手馴染みのよい太ももを撫で上げて、顎を舐めながら眉根を寄せる。
薄っぺらいワンピースの下には、何も身につけていないようだ。
どうせ裸になるとはいえ、脱ぐのと最初からないのではまるで違うだろう。
合理的であればいい、という考え方は好きじゃない。
用があるのは確かにその中身だが、至る過程が存在するはずなのに。
「お前な」
「なあに?」
「たまには官能小説でも読んでみろ」
「そんな暇ないわ……大体、あんたが男のくせに女々しい触り方するからよ」
言いながらずるりとレヴィの下から上体を引きずり起こすと、ぷちん、と胸元のボタンをひとつ外した。
レヴィの視線に気がついたテスが、くちびるを歪める。
「着たままのほうがいいの?」
頭痛がする。
この女にロマンを理解させるには、どうしたらいいんだろう。
「……好きにしろよ」
くすくすと笑いながら、テスは優雅にその部屋着を脱ぎ捨てた。
薄闇に、白い裸体が浮かび上がる。
つんと形よく上を向き、上品な大きさの乳房。
細いだけではなくきちんと筋肉のついた二の腕。
きゅっとくびれたウエスト、完璧なラインのヒップと太もも。
よくもまあ、こんな絵にかいたような理想的な肉体が存在するものだと、レヴィは思う。
「レヴィ……」
膝を立ててレヴィににじり寄り、テスがキスをしながら彼の洋服の裾に手をかける。
キスに応えつつ、大人しくすべてを脱がされた。
「……焦らさないで」
とても、焦れているようには見えないと言いかけて、やめた。
テスはレヴィの首筋に軽く触れると、すぐに身を屈めて、固く張りつめたそれを躊躇いもなく口に含んだ。
「…………く」
不覚にも声が漏れて、くちびるを引き結んだ。
白いテスの背中に、さらさらの髪が広がっている。
こめかみからさらりとそれを撫でて、指通りを楽しんだ。
テスは口内にたっぷりと唾液を溜めて、先端をきゅっと吸い上げた。
こんなことまで、テスは優秀にこなしてみせる。
レヴィの反応を冷えた目で伺って、確実に快感を与える。
「ッ!」
掠れた息に、テスがちらりとこちらを見上げて、楽しげに眼を細めた。
根元を熱いくちびるでぎゅっと咥えられ、喉もとで先端を刺激されて意識が白く濁る。
柔らかなくちびるが厚い肉を忙しなく上下して、レヴィを支配する。
先端を、ぬるりとした舌が舐めまわす。
品行方正なテスが見せる、そのふしだらな様子に、レヴィの下らない自尊心が満たされる。
ぐ、と肩を抱いて、その身を起させる。
期待を込めた瞳で、テスがレヴィの顔を覗き込んでくちびるを重ねた。
前触れもなく、痛いほどに欲望を露にした先端が、テスの性器に触れて、ぞわりと身体が震えた。
イニシアティブを握られたままでは、どうにも釈然としない。
征服欲、というものが、何もかもを諦めたレヴィにも存在すると、テスは知らないらしい。
ぐ、とその細い肩を押して、身体をベッドに沈ませた。
「……っ!」
今度はテスが、掠れた悲鳴を上げた。
ぐ、とはしたなく張りつめた乳首を口に含んだ。
「あッ!」
余裕なく漏れた甘い声音が、耳に心地いい。
本能のまま手を伸ばして熱い下肢に触れる。
溝をなぞると、そこはすでにぐちゃぐちゃに湿り気を帯びて、レヴィを待ちわびている。
「…………レヴィ、んっ、あ、く……! もう、いい……早く、いれて……っ」
ねだるようにテスが腰を揺らす。
そんな彼女に、保とうとしていた理性をすべて放り出して指を敏感な尖りに擦りつける。
「あっ!」
もともと自制がきかない思惟が飛んだ。
機械的に、でも、確実にテスを追いつめるべく指を滑らす。
きっと、腕力以外でテスより優位に立てることはないのだろう。
そんな面白みのない予感に、ますます自虐を強くして、くちゃ、とわざと音を高く立てながらそこを捏ねる。
「あ、ああっ、う、ん……!」
テスが、我を忘れた自分を装って、レヴィの指を求める。
「は、あ…ふ……! ゆび、入れて……!」
猫のような声を洩らしながら、切羽詰って欲望を口にする。
要望のまま、指を突き立ててぐちゃぐちゃとかき回した。
テスの弱いところは知っている。
そこを幾度も指の腹でつつくと、簡単にテスは快感を露にしてみせる。
「あっ、いや、そこ……だめ!」
だめ、という言葉が、真実なのかどうかレヴィには判らない。
ただテスを快楽の淵に追いやりたくて、だめ、と声を高くするそこをこすり上げて、ふと、思いついて指を止めた。
「…………ん、」
眼尻に涙を浮かべたテスが、抗議混じりにレヴィを見上げる。
「……レヴィ……?」
高い声音は、愛されていると錯覚させるに十分だった。
「お願い……いかせて……」
卑猥な懇願に、レヴィは陥落をする。
手玉に取られている、と知っている。
だけど、テスを悦ばせることに、楽しみを覚えている自分も知っていた。
ぐちゃ、と指をかき乱しながら、親指で尖りを刺激した。
「あ、ああっ!」
高い悲鳴をあげて、テスが絶頂を迎える。
いつもながらに躊躇いもなく達するものだ、とレヴィは関心をする。
はあ、と深く息を吐いたテスの、形のいい鼻に自分のそれをぶつけながら、くちびるを塞いだ。
熱い吐息が心地いい。
くびに回る両腕の温度が、レヴィの意識をますます奪う。
本能のまま、乱暴にテスを突き上げた。
細い背を弓なりに反らせて、テスが快楽から逃げるように貪るように腰を揺らす。
上半身を捩って、シーツをぐっと握るその手がいい、とレヴィはどこかで思った。
「んっ! レヴィ、あぅ、……の、や!」
その身体を串刺しにするかのように、奥の奥まで何度も何度も突き立てた。
「んんー! ん、やあ……く! あ、だめ! やああッ!」
いっそう高い悲鳴を上げて、テスの身体がぴん、と硬直して、すぐにその中がびくびくと激しく収縮を繰り返す。
一旦動きを止めてその締め付けを楽しんで、だけどすぐに堪えられなくなって再び腰を揺らした。
「ん! レヴィ、まって……やあ、も、やだっ……ああっ!」
逃れようと身を捩じらす肩を押さえつけて、この細い身体を壊してしまいたくて、乱暴に激しく何度も叩きつける。
「もう……やっ、レヴィ、レ…ヴィっ! ああん! いやっ」
とうとうテスが、大粒の涙をぽろぽろとこぼしながらレヴィの首にすがりついた。
「……レヴィ、く、くち……ん、塞いで……ッ」
キスして、ぐらい言えばいいのに。
ほんとうに可愛げのない女だ。
だけどお望みのままにくちびるを重ねる。
絡んだ舌の隙間から、高い、けれど押さえた喘ぎが漏れる。
その声に、一瞬戻った意識がまた飛んだ。
レヴィは思考をすべて捨てて、ただこの行為に没頭をする。
またテスが、全身をがくがくと震わせて声にならない悲鳴を上げる。
ぎゅう、と締め付けられた。
一瞬だけ遅れて、レヴィもどくどくと滾る白濁液を、テスの熱い体内に吐き出した。
ぐったりと全身から力を抜いて、細い腕でテスが顔を覆い隠した。
汗のにじむ形のいい胸を上下させて、荒い呼吸を繰り返している。
ずる、と身体を引き離すと、テスの赤く染まったくちびるから、ん、と言葉にならない息が小さく漏れた。
ふと視界に飛び込んだ白い股の間から、どろりとした精液が溢れ出して太ももを汚す。
周到に用意された大判のタオルの上にも、それはとろとろと漏れた。
テスは生理痛が酷いとかホルモンの分泌量を調整したいとか、呆れるほど適当なことを言って、ピルを服薬している。
コンドームは信用できないと、薄く笑った彼女の顔を、今でもよく覚えている。
非完全なものは信用しない、完璧主義者なテス。
いつでも準備なく挿入を果たせる手軽さが、テスを淫らにしているに違いない。
「…………やりすぎよ……こんなの、頼んでないわ」
細い手をぶるぶると小刻みに震わせながら、涙に濡れた鋭い目でレヴィを睨む。
「知るか」
見えるところに痕さえつけなければ、何をしてもいいと宣言したのはそっちじゃないか。
勝手に感じすぎて文句を言われる筋合いなど、レヴィには全くない。
「……水、取って……」
ベッドサイドのミネラルウォータをひょいと手にする。
起こそうとしたテスの身体を押さえつけて、ぬるいそれを口に含む。
なに、と言いかけた赤いくちびるを塞いで、舌を伝わせて水分を流し込む。
重ねた口を震わせながら、ごく、とかすかな音をたててテスが従順に飲み込んだ。
「なに、謝罪のつもり?」
「そんなめんどくせぇこと、するかよ」
身体はすっきりと軽くなったが、未だ冷めない胸のなかがぎゅっと締め付けられる。
スキモノのくせに溺れたりしない、嫌味な優等生。
キスを楽しめ。
セックスはスポーツじゃない。
おれは、お前の駒じゃない。
おれは、おれは、お前が、
「もうひとくち、ちょうだい」
手を伸ばしてテスが求める。
彼女が求めるのはレヴィのキスではなく手の中の水。
乱暴にボトルをあおって、上体を屈ませた。
飲ませてやるついでに、必要以上に長く、長く、舌を絡ませあう。
「もっと。足りないわ」
テスは貪欲だ。
知識も信頼も羨望も権力も快楽も、欲しいままに手に入れる。
テスにだけは絶対に惹かれない、と深く誓ったはずのレヴィの心まで奪っていく。
この女なら、軍史上初のレディ・コマンダーにだって、なってしまうかもしれない。
*
テスが思っているほど、レヴィの眠りは深くないし寝起きも悪くない。
腕の中からするりと彼女が抜け出せば、それだけで目覚めは訪れる。
どれだけテスが慎重に上手くやっても、だ。失ったぬくもりは、彼女が考えるよりも大きい。
だけどあえて覚醒を伝えず、デスクで淡々と端末のキーを叩くその細い背中をじっと見つめるのが密かな楽しみなのだ。
焦げ茶色の髪は、薄闇の中で濡れたようにつややかに黒く光る。
先程までさらさらとレヴィの腕をくすぐっていたあの髪に、また触れたくなってすぐに諦めた。
朝の5時。
テスが腰を上げる。
レヴィは慌てて目を閉じて、深く深く寝入ったように見せかける。昔から狸寝入りは得意だった。
ぎ、とベッドを軽く沈ませて、ベッドに腰掛けた。
テスの気配が広がる。
柔らかい空気、薔薇の香り、微かな吐息。
細く白い指が伸びてきて、レヴィの額をそっと撫でた。
前髪を優しく、別人のように優しく撫で上げて、弄ぶ。
盗むようにテスがくちびるをふわりと重ねて、しかしすぐにその身を離すとほう、と深く息を吐いた。
「レヴィ、時間よ。起きて」
ぱん、と軽く頬を叩かれ、眉根を寄せる。
不快を露に身を捩って、シーツにもぐりこむふりをする。
「レヴァイン! 起きなさい」
抑え目のトーンで、でもきつく名を呼びながら肩を揺すられる。
仕方なく、目を開ける。
盛大なあくびの真似ごとをしながら、上体を起こした。
テスに差し出された部屋着を受け取って、その白い頬をじっと見つめる。
まだ少女の面差しを残す、人形のように恐ろしく整ったその顔。
「……なに?」
「べつに」
「早く帰って」
言われなくてもそうする、と早口で伝えて、服を着る。
視界が塞がる一瞬前に、テスが少し儚げな顔をしていたように見えたが、おそらくレヴィの気のせいで、見苦しい自惚れだ。
その証拠に、服を身に付ける間にさっさとテスは立ち上がってレヴィに背を向ける。
「送っておいたわ。端末チェックして」
これはギブアンドテイク。
テスは、レヴィにスポーツとしてのセックスを要求する。
その後に、肌を絡めて眠ることを。
見返りとしてレヴィは、及第の確実なレポートやアビリティ・チェックの要点をまとめたファイルをテスから送られる。
時間が惜しい、タッサーニア。
眠らないテス。
眠れないテス。
メジャーな現代病であるそれに、簡単に睡眠剤のアンプルは処方されるが、彼女は神経科の受診履歴を残したくない。
不眠症のパイロットは欠陥品だし、たとえ医者にだって弱みを見せられない、自意識過剰な完璧主義者だ。
なぜこんなあほらしい取引を思いついたのか、レヴィには想像もつかない。
――賢いヤツの考えることは判んねぇ。
胸のうちで呟きながら、気まぐれにテスを後ろから抱きしめる。
細い身体が、大げさにびくりと揺れた。
形のいい顎を掴んでキスをする。
短いけれど、まるで愛のようなキスを。
だけどテスは、しなやかにその身を捩って、優雅にレヴィの腕から逃れた。
「……離して」
「テス、」
「早く、出て行ってちょうだい」
身を離してしまえばちらりとも彼を見ない。
ぬくもりが欲しいと、こちらから奪うだけ奪って、レヴィが求めればつめたく否定をする、
機械仕掛けのようなテス。
レヴィは知っている。アンドロイドに愛されるほど、自分は価値のある人間じゃない。
「じゃあな。淫乱な学生長」
「あら、難しい言葉を知っているのね」
馬鹿にしたようにテスがくちびるを歪めて、カーテンを握る。
完璧なコントロールの朝日が彼女を照らすまで、あと1時間。
できたらその中で、端正な顔を飽きるまで見たいと、らしくなく願った。
*
端末を開いてメッセージをチェックする。
パーフェクトすぎるそのレポートに、適度な誤字脱字を追加して終了だ。ありがたい。
常ならタイトルもテキストもなく、ただファイルのみのそっけないメッセージに、今日は珍しく本文が添えられていた。
『もう少し上手に吸って。落第も退学も許さない』
テスが望めば、どんな恋人も手に入るはずなのに、彼女は稀にレヴィに執着をしてみせる。
「次の抱き枕を探す手間をかけさせないで」
それだけで、こんな面倒な取引を頻繁にこなすのか。
レヴィはときどき、自分がもしかして特別な人間であるような錯覚に陥る。
有り得ないことだ。
出来る女の考えることは、ほんとうに判らない。
第一、許さない、などと言われなくても、レヴィにもその気はない。
タッサーニアは知らないだろうけど、レヴァインは相当彼女に入れ込んでいる。
彼女のために、中毒の煙草を、生涯断とうかと思うほどには。
2007/11/13
最終更新:2008年12月31日 16:19