408 :VIP足軽flash:2006/11/26(日) 00:09:44.61 ID:adMMIq590
シンヤが転入してからニ週間が経ち、一学期も終わり夏休みが始まった。
去年は台風で夏休みが潰れたせいか、ミカのはしゃぎようは少し度を越すほどで、
宿題もまだ終わっていない俺を観光地やら海やらに連れ回す始末だった。
正直俺は夏休みは映画を見て過ごしたかった。最近のではなく旧作のモノクロな
映画を一度に10本も借り、充血するまで見たかったのだ。
しかし俺はこれを夏の間の我慢だと諦めた気持ちで付き合った。
ミカのためじゃない、ミカの両親のためだ。そうたってミカの言うことを適当に聞けば、
彼らは勝手に俺の印象をよくしてくれる。
ミカはそういった俺の打算的な考えも知らず、笑う。
(本当に何も知らない世間知らずだよ、お前は)
頭はいいがこいつは何も考えちゃ居ない。俺と同じ、決められたレールの上をただ
走ってゆくだけのつまらない列車だ。
ソレは同属嫌悪にも似た感情。
いつの頃か俺は、ミカを見るたびに自分を見ている気持ちになっていた。
409 :VIP足軽flash:2006/11/26(日) 00:10:27.17 ID:adMMIq590
夏休みが半ばを過ぎた頃、俺は久しぶりにシンヤを見かけた。駅前の歩道でギターを
片手に、シンヤは既存の歌やオリジナルと思わしき歌を歌っていた。
「〜♪」
シンヤの歌は確かにプロを目指すだけあって美味く、荒削りながらも聴く人の心を
揺さぶってくる。気づけば俺は少し離れた所で立ち尽くし、歌に聞き入っていた。
歌が終わると僅かなギャラリーからの拍手が贈られ、ソレと同時に聞き入っていた
自分自身に俺は気づく。何故か恥ずかしくなって、俺は一人で顔を赤らめた。
俺はシンヤに気づかれぬうちにその場を去ろうとするが、遅かった。
「あっれー?滝原じゃん?」
背後からシンヤの俺の苗字を呼ぶ声が聞こえ,俺は観念する。
「やあシンヤくん。奇遇だね」とクラスメート用の外面のいい自分を演じようとするが、
ソレよりも先にシンヤは俺の手をとり、手を引いてギャラリーの中に放り込んだ。
「そこじゃあんまし聞こえないだろ?そこが特等席だから!」
俺というクラスメートの登場でシンヤはテンションが上がったのか、さっきよりも気合の
入った様子で歌い始めた。
ギャラリーからも「いえー!」とノリのいい声が上がる。
不思議な感覚だった。
今まで体験のしたことの無い感情に満たされていって、この短い時間の間、心に空いた
穴が埋められてゆく充実感があった。
410 :VIP足軽flash:2006/11/26(日) 00:11:15.61 ID:adMMIq590
充実感の中、俺はシンヤをさっきよりもずっと強く見つめ、そのまま魅了された。
ミカと居るときよりもドキドキする。
俺はこの感情の正体にまだ気づけなかったが、この時俺は確かにシンヤに「惚れた」
のだろう。
歌が終わるまでの間、俺は歌うシンヤの姿を目に焼き付けた。
この日から俺はミカと遊ぶ以外の日はシンヤの路上ライブに出かけ、俺とシンヤの仲も
深まっていった。
「ユウちゃん。最近帰りが遅いらしいね。それって不良だよ〜」
ある日ミカがふざけるように言った。
帰りが遅い日は大抵シンヤと遊んでいる日で、ミカがソレを知っているということは
両親がミカの両親に愚痴でも言ったのだろう。
両家は父親同士が親友で、親子がらみの交流も多い。
俺はミカの言葉で羽目を外しすぎていた自分自身に反省し、苦笑した。
「ねぇユウちゃん。そんな遅くまでどこに行ってるの?」
「まあ…友達とかとね」
「転校生さんと?」
突然の言葉にどきりとする。
411 :VIP足軽flash:2006/11/26(日) 00:12:57.71 ID:adMMIq590
「…何でそう思うの?」
「この前リエちゃんが一緒に居るのを駅前で見かけたって言ってた」
「またリエちゃんか…」
「ねぇ今度私も行っていい?路上ライブやってるんだよね?」
「ダメだ」
咄嗟に出た厳しい一言に、ミカよりも俺が驚いた。
「行ってもいい?」とミカが言った瞬間、俺は想像した。シンヤと俺が居て、ギャラリーが
居るその空間の中に、ミカという俺の日常が紛れ込むという光景を。
それは我慢できないと理性ではなく本能で思った。
「どうして?」
ミカにとっては当然の疑問の言葉に、俺は言葉を探す。
「だってミカが聞いてもつまらないだろ?」
「そんなこと無いよ。私、ユウちゃんの友達の音楽を聴いてみたい」
「大したもんじゃないって。それに、帰りが遅くなると怒られるぞ」
「大丈夫だよ。お父さんもお母さんもユウちゃんと一緒なら…」
「…ウザい」
「え?」
しつこいミカに、黒い感情がこみ上げる。
「お前しつこいよ。ダメなもんだダメだ。…絶対に来るなよ」
「ゆ、ユウちゃん?ねぇ怒ったの?ユウちゃん…」
最終更新:2006年11月27日 20:36