律「おーっす、唯、来たぞー」
唯「いらっしゃい、りっちゃん。さ、上がって上がって」
律「お邪魔しまーす。今家にいるのは唯ひとりだけか?」
唯「ううん、憂もいるよ。ささ、汚い部屋ですがどうぞお入りくださいませ」
律「うむ、苦しゅうないぞ。それじゃ、失礼しまーす」
ガチャ
唯?「律さん、ようこそ私の部屋へ」
律「うわ、部屋の中にも唯が!……ってこの展開、身に覚えがあるぞ」
唯「そうだよー、りっちゃんをビックリさせようと思って憂に協力してもらったんだ」
憂「すいません、律さん」
律「別に謝ることはないけど、改めてよく見てもホント似てるよな。
あ、そうだ。いいこと思いついた!」
唯「何、りっちゃん?」
律「今までこの憂ちゃんの変装を一発で見破ったのってさわちゃんしかいないんだよ。
といっても軽音部のみんなとさわちゃんしかこの変装を見てないってのもあるんだけど。
そこで、だ。聡がこの完璧に近い憂ちゃんの変装を見破れるかどうかやってみようぜ。
あ、ちなみにさわちゃんは胸の大きさで見破ったって言ってたぞ。
『唯ちゃんよりオッパイ大きいじゃない!』って」
唯「最後の一言に私のガラスのハートは傷ついたけど……、面白そうだね、やってみよう!憂もいいよね?」
憂「え、うん、いいよ」(聡くんが来るんだ……)
律「そうと決まればさっそく呼ぶか。と、その前に作戦会議な」
唯「りっちゃん参謀長、いったいどういった作戦を?」
律「家にいるのは唯ひとりだけってことにして、憂ちゃんにはどこかに隠れていてもらう。
そうだな、憂ちゃんは友達のところにでも行ってるってことにしとくか。
で、聡をこの部屋に入れたところでミッションスタートだ。
飲み物を取りに行くって言って唯には部屋を出てもらう。そこで二人が入れ替わるんだ。
そうすれば飲み物を取りに行ったのは唯なのに、持ってくるのは唯に扮する憂ちゃんってワケだ。
そうそう、ちゃんと服は着替えてくれよ。そんなところで気付かれたくはないからな。
そこで聡が気付くかどうか。気付かなかったら、そのときはそのときだ。
その状況を楽しませてもらう。よし、決まり!この作戦でいくぞ。じゃあ聡呼ぶぞ」
聡の部屋
prrrrrr……
聡「ん、姉ちゃんからだ。もしもし姉ちゃん、何か用?」
律「なあ聡、今どこにいる?」
聡「え、家にいるけど」
律「じゃあ決定だな。今さ、唯の家にいるんだけど、ちょっと来てくれない?」
聡「唯って……、ああ、姉ちゃんの友達のあの人か。でも何で急に唯さんの家に俺が行かなきゃいけないのさ?」
律「細かいことはこっちに来たときに説明するよ。それじゃ、早く来いよ」
聡「え、ちょっと待って姉ちゃ」
プツッ、ツー、ツー、ツー……
聡「切られた……。もう、仕方ないな」(でも、唯さんの家ってことは憂さんもいるのかな?)
十数分後、……ピンポーン
唯「あ、来たみたい。それじゃ呼んでくるね」
律「よし、じゃあ各自、抜かりのないように!」
唯・憂「おー!」
ガチャ
唯「さ、どうぞ入って」
聡「お邪魔します」
律「遅いぞ、姉からの呼び出しがあったらもっと早く来るように!」
聡「何の用意もしてないところに突然の呼び出しじゃ、時間かかるに決まってるだろ。
これでも急いだほうだよ。で、なんで俺は呼ばれたの?」
律「いやー、唯のやつがどうしても聡と、っていうより聡で遊びたいって言うからさ」
聡「そのために俺は呼ばれたんだ……」
唯「ごめんね、聡くん」
聡「いえ、いいですよ。唯さんのことは嫌いじゃないですし。ところで今日はお一人ですか?」
唯「そうだよ。お父さんとお母さんは旅行だし、憂は友達の家に行っちゃってるんだ」
聡「そうですか」(憂さんいないのか……)
唯「じゃあ、飲み物持ってくるからちょっと待っててね」
聡「スミマセン。ありがとうございます」
律(いよいよ作戦開始か)
キッチン
唯「それじゃ、憂、頑張って」
憂「わかった、お姉ちゃん。いってくるね」(いろんな意味でドキドキするよ)
唯の部屋の前
憂(私はお姉ちゃん、私は平沢唯……、よし!)
ガチャ
唯(憂)「おまたせー、二人とも紅茶で良かった?」
律 (おお、わかっててもやっぱり見分けつかないな)「ああ、ありがと」
聡 「ありがとうございます」
律 (今のところ気付く気配ゼロだな)「聡、何か変わったことないか?」
聡 「別に変わったことなんかないよ。強いて言うならここに呼ばれたことかな」
律 「それはそこにいる唯に文句言ってくれ」
唯(憂)「ごめんねー」
聡 「いえ、そんな謝らないでください」
律 「ところで、唯。今日は聡にどんな辱めを受けさせるんだ?」
唯(憂)「そんなひどいことはしないよー」
聡 「お手柔らかにお願いしますよ」
唯(憂)「こちらこそよろしくお願いします」
律 「で、何するんだ?」
唯(憂)「えと、そうだね。それじゃ聡くん、ちょっとこっち来てくれるかな?」
聡 「はい、いいですけど」
律 (憂ちゃん、何する気だ?)
ギュッ
律 (おお!いきなり抱きつくなんて、憂ちゃんって意外と大胆!?)
聡 「え?え?何です?」(あ、いい香り……。それに……、ム、ム、ムネが!)
唯(憂)「えへへ、聡くんと憂で抱きつき具合がどんな風に違うのか比べてみようかなあ、と思って」
(こんなことお姉ちゃんの格好してなきゃできないし。せっかくの機会だから、いいよね?)
律 (なるほど、唯ならやりかねないな、そういうこと。それにしても迫真の演技だな)
「で、何か違いはあるか?」
唯(憂)「そうだねー、やっぱり聡くんのほうが男の子、って感じがするよ」
律 「そりゃ当たり前だろ。私は聡って名前の妹を持った覚えはないぞ。それじゃ次は何するんだ?」
唯(憂)「それじゃ次はねー」
ナデナデ
唯(憂)「聡くん、良い子良い子」
聡 「ゆ、唯さん。恥ずかしいです……」
律 (憂ちゃん、結構やるな)「それにはどんな意味が?」
唯(憂)「歳の離れた弟か妹がいたら一度やってみたいなあ、って思ってたの」
律 「フーン、そんなもんなんだ」
聡 「あ、あの、唯さん。もういいですか?」
唯(憂)「あ、ゴメンゴメン。ありがとう、聡くん」
聡 「いえ。ただやっぱり少し恥ずかしかったです」
唯(憂)「そうだ、聡くん。ありがとうの意味も込めて、お菓子持ってくるね」
聡 「そんな、お気遣いなく」
唯(憂)「私のわがままに付き合ってくれたお礼だから、ね」
聡 「それじゃお言葉に甘えさせてもらいます」
唯(憂)「じゃあまた少し待っててね」
律 (最後まで気付かなかったか。まあ、無理もないか、憂ちゃん完璧に近いもんな)
再びキッチン
憂「お姉ちゃんおまたせ。じゃあまた入れ替わろうか」
唯「お疲れー、どうだった?」
憂「聡くん、全然気付いてないみたいだよ」
唯「さすが憂、アカデミー賞ものの演技だったんだね!」
憂「そんなことないよ。あ、お菓子持っていってあげてね」
唯「オッケー、じゃあいってくるね」
憂「いってらっしゃい。……ふう、疲れたな」
(全然バレなかったな。やっぱりそんなに似てるんだ、私とお姉ちゃんって。
それにしてもお姉ちゃんのフリをするためとはいえ、かなり大胆なことしちゃってたな、私。
聡くんはお姉ちゃんにされたと思ってるのがちょっと残念な気もするけど)
ガチャ
唯「おっまたせー、お菓子持って来たよー」
聡「ありがとうございます」
律(これは唯か?それとも憂ちゃんなのか?確かめてみるか)
「なあ、唯。今度梓にボーカルやらせてみない?」
唯「そうだねー、あずにゃんがボーカルやったらどんな感じになるんだろうね?
でも、それならりっちゃんも一回やってみたら?」
律「いや、私はいいよ。ドラムで精一杯だ」
(あずにゃん、ってことは唯か。ホント、見分けられないな)
数十分後
律「それじゃ、唯、またな」
聡「お邪魔しました」
唯「それじゃね、りっちゃん、聡くん。また来てね」
田井中家への帰り道
律「なあ、何かおかしなところなかったか?」
聡「どうしたの、姉ちゃん。そんな質問してくる姉ちゃんがおかしいよ」
律「ホントに全く気付かなかったんだな」
聡「だから何のこと?」
律「もうネタばらしするけどさ、家には唯しかいないって言ってただろ。
実は憂ちゃんは家にいたんだ。ちょっと隠れてもらってたんだよ。
で、唯が飲み物取りに行っただろ。そこで唯と憂ちゃんが入れ替わったんだ。
紅茶を持ってきたのは実は唯じゃなくて憂ちゃんだったんだよ。
ちなみにあのあとお菓子を持ってきたときには唯に戻ってたからな」
聡「まっさかー、そんなウソ通用しないよ」
律「いや、これがホントなんだよ。ちょっと前に憂ちゃんが唯に変装して部活に来たことがあったんだ。
そのときは私たちを騙そうとかじゃなくて、唯が風邪ひいてしばらく練習出れないでいた時期だったから
私たちを安心させたくて変装してたみたいなんだけど、そのときも初めは誰も気付かなかったからな。
さすがに喋り方とかで薄々おかしいな、とは思ったけど見破るところまではいかなかったんだぞ」
聡「そんなことがあったんだ。でも今日のあの行動はどう考えても完璧に唯さんだったよ」
律「そこなんだよ、私もまさか憂ちゃんがあんな大胆な行動にでるとは思わなかったからな。
顔には出さないようにしてたけど、内心かなりビックリしてたんだぞ。
まあ、信じるか信じないかはあなた次第、だな。懐かしいな、このセリフ」
聡(もしかしてホントに憂さんだったのか?いや、まさかな。姉ちゃんのウソには引っ掛からないぞ。
でも、もし本当にあれが憂さんだったら……。
あのいい香りも、撫でてくれたあの手も、背中に当たってた、ム、ムネも……)
律「おい、聡。どうした?顔真っ赤だぞ」
聡「な、何でもないよ!」
平沢家リビング
唯「でさ、でさ、どんな感じだったの?」
憂「長い時間いたわけじゃないし、律さんの助けもあったから何事もなく過ごせたよ。
でも、聡くんには何か悪いことしちゃったね」
唯「うーん、でもこれぐらいのイタズラならきっと許してくれるよ。それで、憂はどんなことしたの?」
憂「え、そ、それは……、そう、バレないように必死だったからお話だけで終わっちゃったんだ」
唯「せっかくだから普段出来ないようなことやっちゃえば良かったのに、ほっぺにチューとか」
憂「そ、そんなことできないよ」
(それに、それは何の演技もしていない、純粋な『平沢憂』としてやってあげたいし……)
唯「そうだ!お詫びの意味も込めて今度聡くんに料理ご馳走してあげようよ」
憂「それはいい考えだね、お姉ちゃん」
唯「じゃあ、そのときの料理はまかせました。憂さん」
憂「まかせてお姉ちゃん。腕によりをかけておいしい料理を振る舞ってみせるよ」
(また聡くん呼べるんだ。今日みたいなのも良かったけど、そのときは普段の私として仲良くしたいな)
イタズラの翌日、学校
唯「ねえ、りっちゃん。今度聡くん連れてうちに来てくれない?」
律「別にいいけど、また聡で遊ぶのか?」
唯「違うよ。昨日聡くんにイタズラしちゃったでしょ。
それのお詫びの意味もこめて食事でもご馳走しようか、って憂と話したんだ」
律「ああ、なるほど。でも、あのあとちゃんとネタばらししたけど、どうやらまだ信じてないみたいだぜ」
唯「でもやっぱりウソをついたままでいるのは悪いから、ね」
律「そうだな。じゃあそのときにでも改めてちゃんと説明するか。
変装した憂ちゃんと唯を同時に見せりゃ、さすがに信じるしかないだろうし」
唯「じゃあ、りっちゃん頼んだよ。大丈夫な日はまた今度教えてね」
律「わかった、聡に聞いとくよ」
その日の夜、田井中家
律「なあ、聡。唯と憂ちゃんが食事ご馳走したいから今度家に来てくれないか、って言ってるんだけど」
聡「食事?それは嬉しいけど、なんでまた急に?」
律「聡とゆっくり話がしたいんだとさ。で、いつなら大丈夫だ?」
聡「俺はいつでも大丈夫だけど」
律「じゃあ、そう伝えとくよ」
聡「うん、伝えといて」(何だろ、話って?)
数日後、夕方、平沢家キッチン
唯「今日は何作ってるの?匂いでだいたいわかるけど」
憂「好き嫌いが分からないからカレーにしたよ。カレーが嫌いって人はほとんど見たことないからね。
それにカレーって誰が作っても同じように思うけど、結構違いが出るんだ。
だから、私オリジナルのカレーをご馳走するよ」
唯「それは楽しみだ」
憂「でも今日の本題はこれじゃないんだよね」
唯「大丈夫だよ。ちゃんと謝ったら聡くんなら許してくれるよ」
憂「そうだよね、お姉ちゃん」
ピンポーン
唯「あ、来たみたい。それじゃ呼んでくるね」
唯「いらっしゃい。じゃ、上がって、今日はゆっくりしていってね」
律「お邪魔しまーす」
聡「お邪魔します」
律「憂ちゃんは?」
唯「腕によりをかけて料理作ってるよ。今日は憂特製のカレーをご馳走するよ」
律「ほう、カレーか。ところで唯は手伝わないのか?」
唯「野菜ぐらいは洗ってあげたよ」
律「おいおい、小学生でももう少し何かするぞ」
唯「料理っていうのは一人でやったほうがうまくいくものなんだよ」
律「確かに下手に手伝われるよりはいいかもな。ましてや唯に手伝われたら余計に手間が増えそうだ」
唯「りっちゃんひどいよ、その言い方は。ういー、りっちゃんと聡くん来たよー」
憂「律さん、聡くん、こんばんは」
律「憂ちゃんこんばんは」
聡「こんばんは」
憂「今日はお忙しい中来ていただいてありがとうございます」
律「いや、食事をご馳走してくれるんだから、むしろこっちからお礼いわなきゃいけないよ」
聡「そうです、ありがとうございます」
憂「それじゃ、すぐに食事の準備しますね。少し待っててください」
リビング
律「ふう、美味すぎるぜ。食べすぎたよ」
聡「姉ちゃん、食べすぎだよ。もう少し遠慮ってものを覚えないと」
憂「いえ、そんなに美味しそうに食べてもらえると、作ったほうとしても嬉しいです」
律「ほら、憂ちゃんもこう言ってるんだし、いいんだよ」
唯「グリーンだよ!」
律「……久しぶりに喋ったと思ったらしょうもないな」
唯「スミマセン」
聡「アハハ。そういえば唯さん。姉ちゃんから何か話したいことがあるって聞いてるんですけど、何ですか?」
唯「あ、そのことなんだけどね。実は謝らなきゃいけないことがあったからお詫びの意味も込めて食事に誘ったんだ」
聡「俺何か謝られるようなことされましたっけ?全く身に覚えがないんですけど」
律「見ればわかるよ。それじゃ憂ちゃん、頼んだよ」
憂「ハイ、それじゃ少し待っててください」
聡「見ればわかる?それに憂さん出てっちゃったけどどうしたの?」
律「まあ、待ってろって。もうすぐお前の中でモヤモヤしてる疑問が解消されるから」
聡「疑問?何のこと?」
律「もうすぐわかるから」
憂「律さん、準備できました」
律「よし、じゃあ唯、入ってくれ」
聡「え、唯さんならここに……」
憂「こんばんは、平沢唯だよ」
聡「……」
律「おお、見事に固まってしまった。おい、聡、大丈夫か?」
聡「え、あ、うん、大丈夫。ただ、凄く驚いただけ……」
律「そうだろうな、ドッペルゲンガーとしか思えないくらい似てるもんな。
わかってると思うが、あそこに立ってるのは憂ちゃんだ。じゃあ、憂ちゃん。髪の毛直してくれ」
憂「ハイ。……んしょ、っと。これでいいですか?」
律「よし、元通りだ。な、憂ちゃんだろ?」
聡「……てことは、姉ちゃんのあの話はホントだったの!?」
律「だからそう言ってるじゃないか、信用しろよ」
唯「聡くん、ゴメン!」
憂「ごめんなさい、聡くん」
律「先に言っとくけど二人は悪くないからな。
あのイタズラをやろうって言い出したのは私だから、もし怒ってるんならその怒りは私だけにぶつけろよ」
聡「いや、そんな怒ることじゃないけどさ……、あれはホントに憂さんだったんだ」
憂「ホントにごめんなさい、聡くん」
聡「いえ、そんな謝らないでください。なにか実害があったわけじゃないんですから。
むしろ……、いえ、なんでもないです。
でも、あのときのことをどんなに思い返してもあれは唯さんにしか思えないですけど」
憂「あれは、お姉ちゃんのフリをしようと必死だったから」
律「確かにあんなことされたら誰だって唯だと思うよな。全部知ってる私ですら疑ったからな」
唯「あれ?話をしてただけじゃないの?」
律「普段の憂ちゃんからは想像できないくらい大胆だったんだぜ。いきなり聡に抱きついたり、頭撫でたり」
唯「なんだ、憂も結構楽しんでたんだね。でも珍しいね、憂がそういうことするのって」
憂「そ、それは……、せっかくだから普段できないようなことをしようと思って」
律「ま、そういうことだ。これ見せられりゃ信じるしかないだろ?」
聡「そう、だね。ここまで似てると逆に信じられない気持ちもあるけど」
憂「ごめんね、聡くん。お姉ちゃんのフリとはいえ、あんなことしちゃって」
聡「いえ、唯さんの格好してたとはいえ、憂さんにあんなことされたのならむしろ本望ですよ。
それに、いつか憂さんとあんなことできる関係になりたいとずっと思ってましたから嬉しいです」
憂「えっ!?」
唯「おっ!?」
律「んっ!?おい、聡。それって……」
聡「あっ!?いや、そういうつもりじゃない、……こともない、というか……」
憂「……」
聡「えとっ……」
律(ああ、もう、何やってんだよ聡。……仕方ない)
「なあ、唯。部活のことで話したいことがあるから、唯の部屋で二人でちょっと話しないか?」
唯「え、……うん、そうだね」
律「じゃあ、お二人さん。私たちは部活のことについて話してくるから。
部活のことになるとどうしても熱く語り合うから少しばかり長くなっちゃうと思うからさ、
悪いけど二人でゆっくり話でもしててくれ。それじゃ。
あ、そうそう。聡、もしも女の子を泣かせてみろ。帰る家はなくなると思ってろよ。それじゃ!」
唯の部屋
律「成り行きとはいえまさかあんな展開になるとはな。
あそこまで言っちゃったら、さすがに聡も後には引かないだろ。
となると、あの場に私たちはお邪魔すぎるよな。
せっかく二人きりにしてやったんだ。何も発展させられなかったらぶん殴ってやる」
唯「りっちゃん落ち着いて。でもあれって、好きでしたって言ったようなものだよね」
律「そうだな。確かに聡も好きな人ができてもおかしくはない年頃だし、
好きな人が出来たのかな、って感じることもあったけど、それが憂ちゃんとはね」
唯「憂も聡くんのことは気になってたみたいだよ」
律「相思相愛ってことか。なら、うまくいきそうだな」
唯「たぶんだけど、うまくいくんだろうね」
律「そうか。まさか弟に先越されるとはね。ハハ、それを言ったら唯も一緒か」
唯「アハハ、そうだね……、グスッ」
律「おい、唯!どうした!?」
唯「あれ、何でだろ?グスッ、嬉しいことなのに、悲しいことなんかじゃないのに、グスッ、涙が、止まらないよ。
ごめん、りっちゃん。グスッ。憂が遠くに行っちゃう気がして、グスッ、何か、怖いんだ」
律(唯……、いつも憂ちゃんと一緒だったんだもんな。私の聡に対する気持ちとは違うものがあるんだろうな)
「唯、人はみんな成長してるんだ。それは私だって、聡だって、憂ちゃんだって、唯だってそうだ。
その中で人を好きになることだってもちろんあるさ。聡も憂ちゃんも、もちろん例外じゃない。
そして今、憂ちゃんも、聡も、私も、そして唯も、経験したことのないことが起きてるんだ。
不安に思うことはなんら不思議なことじゃない。ただ、それから逃げてちゃダメだ。
二人は今、勇気を振り絞って話をしてるんだ。唯がその現実から目を反らしてどうする!
ひとつの出来事で憂ちゃんとの絆はなくなるのか?これをきっかけに、より強固なものにすればいいじゃないか。
妹に何があっても、温かく見守り、包みこんであげる。それが姉である唯にできることだろ、強くなれ!」
唯「……そう、だよね。うん、私がしっかりしなきゃね。ありがとう、りっちゃん。なんかカッコ悪いところ見せちゃったね」
律「それだけ唯が憂ちゃんのことを思ってるってことだよ。カッコ悪くなんかないさ。
よし!お互いの弟と妹の素晴らしい未来を願って、今日は飲むぞ!っと言っても、もちろんジュースな。
さすがにあの場に戻るのは気が引けるな。唯、コンビニ行くぞ」
唯「うん、今日は奮発するよ!」
律「そうそう、今日はめでたい日だ。金に糸目をつけずにいこうぜ!」
律・唯のいなくなったリビング
聡「……行っちゃいましたね」
憂「うん、そうだね」
聡「……」
憂「……」
聡「……ハハ、俺はいくつになっても姉ちゃんに世話される弟のまま、か」
憂「でも、律さんって凄いよね。空気を感じる力っていうのかな」
聡「こういうところは近くから見てて本当に凄いと思います。前にガンガン行ってたかと思えば、引く時はサッと引きますし」
憂「本当、凄いよね」
聡「……」
憂「……」
聡「……」
憂「……」
聡(世間話で済まないことぐらい、いくら鈍感なやつでもさすがに気付くよな。こんな状況になれば。
この状況で引くのは男として、人間として最低だ。あんな形で言ってしまった時点で憂さんには失礼なのはわかってるけど
だからこそ、ちゃんと心からの気持ちを言わないと。ああ、でも、勇気が出ねえ、……一度気持ちを落ち着かせよう)
憂(聡くんが何を言おうとしてるかぐらいもうわかってる。だからこそ、聡くんの気持ちをちゃんと受け止めてあげないと。
そして、ちゃんと答えてあげないと。……ダメだ、私も緊張してきちゃった。……一度気持ち、落ち着かせよう)
聡・憂「あのっ……」
聡・憂「……」
聡「ハハ、妙なところで息合っちゃいましたね」
憂「フフ、そうだね」
聡「あの、俺から言っていいですか?」
憂「うん、いいよ。何?」
聡「さっきはあんな形になってしまってスミマセンでした。でも気持ちは嘘なんかじゃありません。
言い直すなんて失礼なことだというのはわかってます。だけどちゃんと心からの気持ちをしっかり伝えたいんです。
聞いてもらえますか?」
憂「……ハイ」
聡「気付いたらずっとあなたのことを考えてる自分がいました。
あなたと一緒の思い出を作りたいと思っている自分がいました。
そして、あなたとお付き合いしたいと思っている自分がいました。
憂さん、こんな俺でよかったら、お付き合いして、くれますか?」
憂「……ハイ。こんな私でよかったら、よろしくお願いします」
聡「あ、ありがとうございます!」フラッ、バタッ
憂「聡くん!?大丈夫!?」
聡「ハイ、大丈夫です。ただ、緊張の糸が、プッツリ切れました」
憂「聡くん、カッコよかったよ」
聡「ありがとうございます。でもこの状況はとてもカッコいいとはいえませんね」
憂「フフ、そうだね」
律「ほらー、唯ー、飲めー!」
唯「りっちゃん、もう飲めませーん!」
聡「……聞こえました?今の唯さんと姉ちゃんの声」
憂「うん、聞こえた。凄い声だったね」
聡「なんか二人盛り上がってますね」
憂「見に行ってみようか、あんまり騒がれても近所迷惑だし」
聡「そうですね」
唯の部屋
憂「お姉ちゃん、入るよ」
ガチャ
唯「あ、憂。それに聡くんも」
律「お、二人の話は終わったのか?」
聡「うん。姉ちゃん、ありがと」
律「ありがと?何のことだ?私たちは感謝されるようなことはしてないぞ。
私たちは部活のことで話したかったから席を外したんだ。そうだよな、唯?」
唯「そうだよ、部活のことで熱く語り合ってたよ」
憂「お姉ちゃんもありがとう」
唯「そんな。感謝されることなんかしてないってば」
律「ところで、かなり大事な話をしたんだろ、聡」
聡「うん。ちゃんと二人にも報告するよ。俺は、憂さんに心からの気持ちを伝えて、付き合ってくださいと告白した」
憂「私はその告白を、受け入れました」
律「ほう、これで晴れて二人は恋人同士か。いやあ、若いっていいねえ。これぞ青春だね。甘酸っぱい、甘酸っぱい」
聡「姉ちゃん、俺たちは真面目なんだ。そんな冷やかすなよ」
律「もう『俺たち』だって。唯さん、この二人、どう思います?」
唯「憂と聡くんなら大丈夫だよ。聡くん、憂を頼んだよ」
聡「はい、わかりました。幸せにします」
憂「ありがと、聡くん」
律「まったく、幸せオーラが眩しくて見てられませんな」
唯「でも、将来的には田井中憂になっちゃうのかあ。なんか寂しいな、それは」
憂「お、お姉ちゃん、まだ気が早いよ」
律「さすがにそれは気が早すぎるな。まあ、そうなってくれりゃ誰も悲しまずに済むから一番だけどな。
さてと、おい、聡!さっきも言ったけど、もしも憂ちゃんを泣かせてみろ、その時は鉄拳制裁だからな」
聡「わかってるよ、姉ちゃん。憂さんを悲しませたりなんか、絶対しない」
律「よく言った!よし、今日はめでたい日だ。ほら、二人も飲め飲め!今日は私たちのオゴリだ」
憂「ありがとうございます」
聡「ありがとう、姉ちゃん」
数十分後
憂「もう、聡くんってば」
聡「そんな、憂さんだって……」
律「……なあ唯。聡と憂ちゃん、まるで私たちなんかいないかのように、たびたび二人の世界に入ってるよな」
唯「それだけ思う気持ちが強かったってことだよ、邪魔しないで見守ってあげよう」
律「そうだな。にしてもホント眩しすぎるよ、あの二人が」
唯「私たちも負けてられないね」
律「おっ、まさか唯からそんな言葉が聞けるとはな」
唯「私も成長しないとね」
律「まあ、無理せず行こうぜ。今は音楽が恋人さ」
唯「りっちゃん、カッコいいー!」
律「今こんなこと言っても、負け惜しみにしか聞こえないけどな」
唯「アハハ。でも、あんな二人を見てると、本当にこうなって良かったって思えるよ」
律「そうだな。さてと、聡!憂ちゃん!」
聡「何、姉ちゃん?」
憂「はい、何ですか、律さん?」
唯「ちょっとりっちゃん、ついさっき邪魔しないでって……」
律「まあまあ、唯。なあ、聡、憂ちゃん。最後にひとつ聞いていい?」
聡「え、いいけど何?」
憂「何ですか?」
律「今、幸せ?」
聡「え、そりゃあ、ね。憂さん」
憂「うん、聡くん」
律「ああ、ゴメン。こんな質問した私がバカだったわ。幸せじゃないわけないもんな。
ほら、そんなに見つめあわない!そういうのは二人きりのときにしなさい!
それにそろそろ帰らないと。もうこんな時間だぞ」
聡「あ、ホントだ」
唯「じゃあ、玄関までだけど見送るよ」
平沢家玄関
聡「今日はありがとうございました」
唯「どういたしまして。二人とも、ご飯はお口に合ったかな?」
律「今更その話題をふるか、普通?まあ、美味かったよ。途中からそれどころじゃなかったけどな。
でも結果的に全部いい方向に転がったみたいだし、この機会を用意してくれた唯には感謝してもしきれないな」
唯「そんな、私は何もしてないよ。聡くんと憂が頑張った結果、こうなったんだよ。聡くん、改めて憂をよろしくね」
聡「はい、わかりました」
律「私からも言わせてくれ。憂ちゃん、聡を頼んだよ。何かあったら逐一報告してくれよな」
憂「はい」
律「よし、それじゃ帰るか。これ以上遅くなると怒られちゃうからな。それじゃ、唯、憂ちゃん、またな」
聡「お邪魔しました」
唯「それじゃあね、聡くんもまたいつでも来てね。あ、でもそのときは憂ひとりのほうがいいのかな?」
憂「ちょっと、お姉ちゃん!?」
律「ハハハ、さすがにそれはまだまずいんじゃないか。聡も立派な男だぞ」
聡「姉ちゃん、何言ってんだよ!ほら、帰るよ!唯さん、憂さん、お邪魔しました」
律「わかったから引っ張るなって。それじゃまたな」
唯「バイバーイ」
田井中家への帰り道
聡「もう、最後何言ってんだよ!」
律「悪かったって。でも私だって弟が軽率な行動に出ないか心配なんだぞ」
聡「大丈夫だよ。言っただろ、憂さんを悲しませたりはしないって」
律「とか言って、雰囲気に流されて、ひと夏の過ちを……、とかないようにしてくれよ」
聡「姉ちゃんはそんなに俺が信じられないの?」
律「まさか。言ってみただけだよ。私は聡を信じてる」
聡「姉ちゃん……」
律「あと、もうひとつ注意しとくけど、女の子ってのは男が思ってるよりも繊細なんだ。
大切にしないとすぐにどうしようもなくなっちゃうからな。気をつけろよ。
困ったときは相談に乗ってやるから、いつでも私を頼れよ」
聡「うん。ありがとう、姉ちゃん」
律「にしても、聡に先越されるとはね」
聡「姉ちゃんもいつかいい人見つかるって。姉ちゃんのドラム叩いてる姿に惚れる男なんてごまんといるよ」
律「何だ?勝者の余裕ってやつか?」
聡「そんなつもりじゃないよ」
律「いいんだいいんだ、私は今、音楽が恋人だからさ」
聡「へえ、なかなかカッコいいこと言うじゃない」
律「……ホントにあのとき二人の世界に入ってたんだな」
聡「え、何のこと?」
律「何でもないよ。あーあ、幸せそうで何よりだ」
聡「うん、ありがとう」
律「皮肉込めても祝福に聞こえますか、そうですか。ハア、やっぱ少し悔しいなあ」
聡「……なあ、姉ちゃん」
律「ん、どうした?」
聡「今日は本当にありがとう。姉ちゃんがいなかったら今日は悲惨な結果になってたと思う。
ホント俺って姉ちゃんがいないと何もできない……」
律「おっと、それ以上は言わなくていい。私は背中を軽く押しただけ。歩き続けることを選んだのは聡自身だ。
自分をそんな否定しちゃダメだ。自分が気付いてないだけで、みんな確実に成長してるんだから」
聡「……ありがとう」
律「こんなめでたい日に、何そんな辛気臭い顔してんだよ。ほら、笑え笑え、コチョコチョー」
聡「アハハハハ、何すんだよ姉ちゃん」
律「そうそう、聡には笑顔がよく似合うんだから笑えるときは笑っとけ」
聡「うん、ありがとう」(ホント、姉ちゃんは凄い。一生かけても敵いそうにないな)
平沢家リビング
唯「ふう、今日はいろいろありすぎたね」
憂「そうだね、お姉ちゃん。私はお姉ちゃんの最後の一言に一番驚いたけど」
唯「え、私そんなにおかしいこと言ったかな?やっぱり二人きりのほうがいいでしょ」
憂「それはそうだけどさ……」
唯「それにしても、今日は聡くんに謝ってめでたしめでたし、って終わるハズだったのにね」
憂「うん」
唯「でも、こうなって良かったと私は思うよ。二人、とてもお似合いだもん」
憂「ありがとう、お姉ちゃん」
唯「だけどこれで憂に先越されちゃったな」
憂「ゴメン、お姉ちゃん」
唯「謝られると逆に傷つくよ……。でもいいんだ。私には、ギー太っていうとっても素敵な恋人がいるから。
一緒に世界中の人たちをとりこにしてみせるって夢があるんだから、しばらくギー太とは離れられないよ」
憂「素敵な夢だね、きっと叶えられるよ。私の夢だって、ひとつ叶ったんだから」
最終更新:2009年10月03日 15:51