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太陽みたいな子

 
※※

もうすぐ日が暮れる。
錆びたブランコに腰掛けて、澪は小さく溜め息をついた。
公園にはもう先ほどまで遊んでいた子供達の姿はない。
軽くブランコを漕いでみたり、靴底で足下の砂をもてあそんだり。
澪は何となく時間をやり過ごしていた。


「澪ねーちゃん?」


名前を呼ばれて「え?」と顔を上げる。

見ると公園の入口から少し入った所に、聡が立っていた。
制服の襟元をゆるめて肩には学生鞄と、部活帰りなのだろう――スポーツバックを背負っている。




聡「あー、やっぱりそうだ。何してんの?」
澪「え。いや、ちょっと…。――――聡は今帰りか?」
聡「うん、部活」
聡はこくりと頷くと、じゃりじゃりと砂をならしながら近付いてくる。

澪(確かサッカー部だっけ…)



聡「―――おお、何かこれ久しぶり」

聡は澪の隣りのブランコに足を掛けると、地面を軽く蹴った。
キィ、と金属が軋む音がする。
聡は立ったまま二、三度漕ぐと、しゃがみ込んで流れに身をまかせた。
楽しそうな横顔が夕日と重なるたびに、その短い髪がキラキラと光に透ける。

(―――何かいい写真が撮れそう)

澪は目で追いながらそんな事を考えた。


聡「澪ねーちゃん何か元気ないね」

揺れがおさまってくると聡は言った。

澪「え?そんなことない、けど」
聡「ほんとに?さっき下向いてたから俺一瞬泣いてるのかと思った」

「ええーっ」と澪は笑ってブランコを揺らす。
澪「ほんと、つまんない事だよ」
聡「うちの姉ちゃんなんてしょっちゅうどうでもいい事ばっか話してるよ」
澪「…、」
聡「俺聞くよ?」

うーんと唸りながら澪は横髪を耳にかけた。


年下の男の子に相談するってどうなんだろう。
そもそも、ほんとくだらない話なんだけどな。


澪「…―――髪きれいだねって褒められた。クラスの子達に」
聡「うん、」
澪「…そ、それだけ」
聡「え。それだけ?」

聡は明らかに拍子抜けした顔をしている。
澪はすぐに言った事を後悔した。

澪「だ、だからつまんない話だって言っただろっ」
聡「あ、もしかして嬉しかったって話?」
澪「嬉しくない。綺麗とか、美人とか、言われるのは苦手というか、ヘコむというか…」
聡「ええーーっ。褒められると嬉しいじゃん。なんでさ?」
澪「わ、分かんないけど。なんとなく、突き放されてるような気がするのかな…。
…いや、でも普通に嫌なだけかも。」
目立つの好きじゃないし、と付け足す。

聡「ふぅん…。――――――あ、でも澪ねーちゃんってファンクラブあるんだろ?」
澪「ひぃっっ!」
聡「あッ、ごめん。…………違うの?」
澪「やめてくれ考えたくない…」

両耳をふさいでガタガタと震えている。
その様子に聡はうーんと顎を掻いた。
そういえば姉も、澪の引込み思案な所をよく心配していた。



聡「――――でもさ、良かったじゃん」
澪「え?」

聞き返すと、聡は澪に向かってぐいと自分の鼻を指で押し上げてみせた。

聡「例えば澪ねーちゃんがこんな顔でさ、髪もばっさばさの天然パーマのボンでさ」
澪「…え、なに?」
聡「今澪ねーちゃんはキレイとか言われるの嫌かもしれないけど、
『お前ほんとにブサイクだな』ってこんななりで言われちゃうより、ずっとマシじゃん」

豚の鼻を作ったまま、きらきらした瞳で聡は言う。
しばらくそれを見つめていた澪だったが、「…そうかも」とぽつりと漏らした。

その反応に聡は嬉しそうにして立ち上がる。
誰も居ない公園に、また規則的なブランコの音が響きはじめた。

聡「ファンクラブも考え方次第だって」
澪「…例えば…?」
聡「だって、澪ねーちゃんが好きってことはさ、えーっと…、
…………姉ちゃん達のバンド名なんだっけ…」
澪「放課後ティータイム?」
聡「そう!…えーと、澪ねーちゃんが好きってことは放課後ティータイムも好きってことだろ?」
澪「そうなの?」
聡「そうだよ。澪ねーちゃんのファンは放課後ティータイムのファンも同じ…―――と、思う。
まあ、少なくとも嫌いって事はないでしょ」

聡はブランコに揺られながらうんうんと一人頷いている。

聡「つまり、放課後ティータイムにはもう既に固定ファンが付いてるって事なんだよな。
それってすごいじゃん。良い事じゃん?誰も聞いてくれる人がいないよりずっと良いよ」
澪「…」
聡「それに、姉ちゃんや他のメンバーの人にとっても嬉しい事だと思う、きっと。
…皆が嬉しいのは、澪ねーちゃんだって嬉しいでしょ?」

ブランコから片足を下ろした聡と目が合う。
返事も忘れ、澪は聡を見上げていた。



なんというか、やられたという感じだ。
律がいつか、聡を『太陽みたいな子』と言っていたことを思い出した。
納得だ。
聡は太陽みたいだ。
なんというか、オーラみたいなものがきらきらしている気がする。

澪から見れば、律だって太陽みたいな存在なのだが。

澪(やっぱり姉弟だな…)

ふいに二人の事が羨ましくなった。

聡「…色々ややこしい事言ったけどさ、澪ねーちゃんは胸をはってればいいと思うよ。
実際、綺麗なんだし」

澪「え…」

不意打ちの言葉に、心臓が跳ね上がった。
澪は慌てて、顔を背けた。

澪(な、ななな―――…)

どんどん熱くなっていく顔に焦りはじめた時だった。


「聡ー、澪ー!」


声がした。

聡「あ、姉ちゃん!」

澪が顔を上げると同時に、聡がブランコを蹴って駆け出した。
暗くて姿ははっきり見えないが、公園の入口で手を振っているのは律だ。
澪も遅れて立ち上がると、ひとつ深呼吸をして歩きだした。




※※

律「もう7時前だぞ。二人とも帰ってこないと母さん心配するだろ」
聡「姉ちゃんどっか寄ってたの?」

聡は律が胸に抱えている紙袋を指差した。

律「へっへー、ちょっと寄り道。ギャグ満足日和の最新刊買っといたぞ」
聡「なんだよ、人のこと言えないじゃんか」
律「まあまあ。…――っつーか、二人して何してたんだ?」
律は聡と澪を交互に見た。

澪「えっ、いや、普通に話してただけだぞ??」慌てて首を振る。

――しまった、逆に怪しくなってしまった。

律「む、ほんとかぁ?」
聡「姉ちゃんはなにを疑ってんのさ?」

怪訝な顔をしている聡はさておいて、律は疑惑の視線を澪に向けた。
そしてぐいっと聡を抱き寄せた。

律「こら澪っ、うちの聡を誘惑しちゃだめだかんなっ!」

め!と子供を叱りつけるような仕草をする。
ふざけているのだと分かりつつも、澪の顔は真っ赤になった。

澪「り、りつおおおまッ…」
口をぱくぱくさせる。

聡「もう、姉ちゃんッ!」
律「冗談だよ冗談ー」
律はもがく聡を開放してやると、ぺろりと舌を出した。

律「さ、もう帰ろうぜ。暗くなってきたし」

ちゃっかりと閉めに入る。
澪はほっと胸を撫でおろした。

澪「そうだな。…聡、時間とっちゃってごめんな。話聞いてくれてありがとう」
聡「うん」
聡は笑顔で頷いた。



律「さてっと、そんじゃ帰りますかぁ。っつーか澪一人で大丈夫か?」
澪「おいおい律、別に子供じゃないんだぞ」
律「子供じゃないから心配なんだろ?…うーん…――――――よし、聡!
ちょっと澪送ってくからお前先に帰ってな」
聡「え、じゃあ俺も行く。」
律「?なんだよ聡、一人で帰るの怖いのか?…まったくお前は甘えんぼ…」
聡「んなわけないだろっっ!!だって、そしたら姉ちゃん帰り一人になるじゃんか」
律「ああ、そうゆうこと。べっつに大丈夫だって、私体力あるし」
律はひらひらと手を振って笑う。
聡「よくないだろ、姉ちゃんだって女なんだから…――――――いちおう」
律「あ。今わざわざ一応って付け足したなぁっ」
聡「いててててっ」


二人の会話を黙って聞いていた澪だったが、
収集がつかなくなってきた事を悟り慌てて割って入った。

澪「まあまあまあ!律、ほんと私大丈夫だから。すぐそこまで出れば車も人通りもあるし、ありがとな」

律は聡の頬を掴んでいた手を放すと澪に向き直った。
聡が「あいたー」と頬をさすっている。

律「んーー…、分かった。じゃあ、気をつけてな」
澪「うん。じゃあまた明日な。聡も」
聡「うん、おやすみ澪ねーちゃん」


澪は二人に手を振って背を向けると歩き出した。
数メートル程進んでから、何となしに後ろを振り返った。

律と聡は何やらお互いを小突き合いながらゆったりとした歩調で歩いている。


澪(ほんと、仲いいなあの二人…)


その後ろ姿を眺めながら、どうしたものかと澪は溜め息をついた。

せっかく悩みがひとつ解決に向かったと思ったのに、またひとつ新たな悩みが増えた気がする。

澪はぶんぶんと頭を振った。


澪(…――――とりあえず今は文化祭に向けて新曲の歌詞考えなきゃな)

澪は両腕を持ち上げてぐっと伸びをすると、また歩き始めた。

空にはもう星が瞬いていた。



おしまい。
 
 
 
最終更新:2010年01月19日 16:28
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