その1・いつも通りの朝?
それはいつもと変わらない朝だった。
聡はいつも通り用意を済ませ、部屋を出た。
律「おっはよ、聡」
聡「おはよう」
律「ふぁ~あ、ねむ…」
聡「昨日また遅くまでゲームでもしてたんだろ」
律「ご名答ー」
そんなやり取りをしながら階段を降りはじめる。
いつも通りの朝―――になるはずだった。
聡「あっ!な、今週の日曜さ、『二十世紀梨少年』見に行かない?」
律「おっ、いいねいいねー。今回最終章だっけ…おわっ?!」
聡「えっ??」
振り返った聡の上に律が降ってきた。
ドダダダダダダダ……ゴン!
…………。
聡&律「あいたたた…」
うう、おでこ痛てぇ…。
いつの間にか聡が上で律が下になっていた
身体の下に姉の体温を感じる。
「わっ、ごめん姉ちゃん!大丈夫か??」
聡は慌てて身体をどかせる。
…―――――って、あれ???
「あいたたた…………。ゴメン、聡こそ大丈夫?―――って、ん?」
………………。
お互い目が点になる。
当たり前だ。
聡の目の前には聡がいた。
ドッベルゲンガー??
いや、違う…
ばばっと自分の身体を確認する。
スカートを履いている。
これは桜校の制服だ。
髪を触ると肩まで長さがあった。
……しかもカチューシャをしている。
………………。
え。
律(聡)「ええええええ~~~~~?!?!」
その2・いつもと違う朝
律(聡)「うそだろ…」
どうやら聡と律の身体は(正確には中身?)入れ替わってしまったらしい。
律も呆然としている。
「ちょっと、なに??今の音!」
尋常じゃない物音に母が駆付けた。
聡と律は困り果てて母を見た。
二人「か、母さぁ~ん…」
※※
二人「行って来ます…」
力なく玄関の戸を閉める。
二人で必死に母に説明してみたはものの、
「馬鹿なこと言ってないで早く支度なさい!」
と結局全く信じてもらえなかったのだ。
律(聡)「………姉ちゃん、どうする…?」
聡(律)「どうするっつっても……………」
2人でう~んと考える。
いくら考えても解決策など見つからない。
聡(律)「………しゃあない、とりあえず学校行こう」
律(聡)「ええっ、このまま?!」
聡(律)「だってそれしかないだろ?」
律(聡)「無理無理無理!姉ちゃん女子校だろ?!」
聡(律)「ええい、覚悟を決めろ!取りあえず戻る方法は帰って来てから相談!」
律(聡)「ちょおっ…」
聡(律)「何かあったら携帯で連絡とろ。分かった?」
律(聡)「………………」
ヤバい。
不安すぎる。
その3・唯様
※※
聡は教室の前に立っていた。
手には律と交換した身の回りの基本情報を書いたメモを握っていた。
けどこんな紙切れ一つで乗り切れるのか…?
紬「おはよう、りっちゃん」
律(聡)「うっわあ!!!」
紬「きゃッ、………ど、どうしたの??」
後ろには紬が立っていて、きょとんとこちらを見ていた。
一応聡は軽音部メンバーとは面識はある。
不幸中の幸いかもしれない。
律(聡)「あ、いや、おはよう紬さ………じゃなくてムギ」
聡はうふっと笑ってごまかした。
紬も笑い返してくれる。
紬「ね、教室入ろ?」
律(聡)「そ、そうだね…」
紬に促されてなんとか聡は教室に足を踏み入れた。
(確か姉ちゃんの席は一番後ろの左から2番目…
…………ここか。)
律(聡)「………ふぅーー…なんとかたどり着いた…」
しかし大変なのはここからだ。
気を引き締めていこう。
聡はふと前の席を見た。
(確か姉ちゃんの前の席って…)
キーン、コーン、カーン、コーン…
唯「わわわっ、遅刻遅刻…っ」
聡は声のした方を見た。
慌だしく教室に入って来たのは唯だ。
リボンはほどけているし、髪は所々寝癖ではねている。
唯はへろへろになりながら聡の前の席についた。
唯「ぜぇ、はぁ…、よよよ良かった~…、ぎりぎりセーフ…」
律(聡)「…………」
唯「あ、おはよぉりっちゃん」
律(聡)「お、おはよう、唯」
唯「む?」
律(聡)「え?」
唯「むむむむ??」
律(聡)「え?え?え?」
唯「むぅーーー……」
律(聡)「????」
な、なんだなんだ??
聡は緊張する
唯「君、だれ?りっちゃんじゃないでしょっ」
いきなりバレたーー!?!
その4・唯様様
律(聡)「あは、あはは。なに言ってんだよ、唯…」
唯「むぅ、間違いないよっ。何かねぇ、色が違う!君はニセ者さんだね!」
色ってなんの!?
……やばいぞ、唯さん天然に見えて意外に手強い。
聡は焦った。
律(聡)「え、いや、ちょ…」
唯「正体を現わすんだっ……むぐぐ!」
律(聡)「ちょ、お願い静かにして」
姉ちゃん助けて~~~~っ
聡はホームルームが終わるとすぐに唯を教室から連れ出した。
こうなったら事情を話して助けてもらおう。
唯「どうしたの??」
律(聡)「……………さっきの話なんだけど、どうして分かったんですか?」
唯「さっきの話…?」
律(聡)「さっき、俺の事ニセ者って」
唯「あっ。あれは昨日のドラマだよ~」
はい?ドラマ??
律(聡)「ドラマ…」
唯「双子の姉妹が入れ替わって生活するっていう話でね、さっきのはその中の台詞なんだぁ」
律(聡)「………」
唯「えへへ~」
律(聡)「あ、はは、なんだ…」
唯「あっ、でも今日のりっちゃん何か違うなぁって思ったのは本当だよ。何でか分かんないけど…」
律(聡)「…………………。
―――――――――あの、実は…っ」
とりあえず聡は事情を話してみた。
とはいえ階段から落ちただけなので二分ほどで説明できた。
律(聡)「――――という事なんです」
唯「えええ~!…そっかぁ、違和感あると思ったら中身は聡君だったのかぁ」
律(聡)「…信じてくれる?」
唯「びっくりしたけど、信じるよ?」
律(聡)「よ、良かった…」
はああ、と安堵の息をはく。
唯「聡君よっぽど困ってるんだね…」
律(聡)「既にいっぱいいっぱいです…」
唯「………よぉし決めた!今日一日聡君は私が守るよっ。」
唯は「ふんす!」と立ち上がった。
後光が射して見えた。
その5・ふんす
言葉通り唯は全力で聡を守った。
先生「おーい、田井中。この問題前出て解いてみろ」
唯「はいはいはいっ!!先生その問題私やりますっ」
もちろん解けなかった。
唯「聡君、角のロッカーとっといたからここで着替えるといいよっ」
律(聡)「あ、うん…」
唯「私壁になるから安心してねっ」
あの、そしたら唯さんの着替えが丸見えなんですが…
聡は姉の身体も見るわけにいかないので結局目を瞑って着替えた。
女子「ねー律、この間言ってた話なんだけどさー」
律(聡)「え?え??」
唯「あ!それって二日前の昼休みりっちゃんと南川遙ちゃんが盛り上がってた阿井ドル子の話かなっ??」
不自然すぎるがありがたかった。
そんなこんなでなんとか午前中は乗り切った。
で、ここで問題が発生。
ト、トイレに行きたい…
その6・人間だもの
できるだけ考えないようにしてたんだけど…
今は授業中。
聡は先生の目を盗んで鞄の中から携帯を取り出した。
『トイレ、どうしたらいい?』
律宛てに素早くメールを打つ。
ぽちっと送信。
返事を待つ。
ブブー、ブブー…
うわ、電話来たっ。
予想外の事態に聡は慌てた。
静かな教室にはバイブ音すらよく通る。
……やばい!
唯「…うっ、げほんげほん!うえっほん、えほげふん!!かふんちくしょーべらぼうっ」
ゆゆゆ唯さんあなたって人はーーー!!(涙)
クラスの女子達が「唯大丈夫?」「どうしたの?」とざわめき始める。
今しかない!
律(聡)「せ、先生、ちょっとトイレ行ってもいいですか……?」
先生「はい、いいですよ」
教室を出る際、唯の方を見た。
唯はぶいっ、とこっそりピースをした。
聡は急いでトイレの個室に駆け込むと通話ボタンを押した。
律(聡)「姉ちゃん今授業中…!」
聡(律)『ごめん!……で、さっきのメールの件なんだけど…
………………どうしても我慢できない…?』
律(聡)「我慢はできるけど帰るまでは無理…、かも」
聡(律)『………』
律(聡)「…どうしよう?」
聡(律)『………………………………………………………………………………
……………分かった。―――ぜ、絶対絶対見ちゃだめだからなっ!約束な!』
律(聡)「あ、当たり前だろっ」
聡(律)『してる間は水流しっぱなしにしてよ』
律(聡)「わ、分かった…」
聡(律)『絶対の絶対な!ほんとお願い…!』
律(聡)「う、うん」
姉弟でなんつー会話…。
何か恥ずかしくなってきた…
律(聡)「―――あ。と、ところで姉ちゃんの方は大丈夫、なの…?」
聡(律)『えっ…………………………………………………もうした…』
律(聡)「えっ?……あ、そ、そう…」
聡(律)『も、もちろん見てないぞ!?見てないからなっ』
律(聡)「う、うん……………」
聡(律)『………』
律(聡)「………」
―――――で、した。
もちろん聡は言われた事を守った。
だか聡は思った。
…俺、しばらく姉ちゃんの顔まともに見る自信ない……
その7・誰?
そして放課後。
律(聡)「今日は、ほんっとにありがとう唯さん!」
唯「えっ、いーよいーよぉ」
唯は「えへへ~」と照れている。
今日一日を聡が乗り切れたのは確実に彼女のおかげだった。
聡はもう一度お礼を言った。
すると紬が来た。
紬「唯ちゃんりっちゃん、私先に部室行ってるね?今日のケーキ、楽しみにしてて」
唯「わーいっ、ありがとうムギちゃん~!私もすぐ行くねっ」
紬「うんっ」
紬はケーキが入っているらしい紙袋を持ってルンルンと教室を出て行く。
聡と唯も鞄を持って教室を出た。
唯「う~ん、聡君はもう帰った方がいいよね…。私みんなに言っとこっか?」
律(聡)「そうしてもらえると有り難いっす…」
澪「律ー、唯ーっ」
後ろの方から澪の声がした。
唯「あっ、澪ちゃん」
澪「2人共こんなとこで何してるんだ?部室行かないのか?」
律(聡「あ、澪。今日私ちょっと帰るわ…」
澪「どうかしたのか?」
唯「えっとえっと…」
律(聡)「ちょ、ちょっと気分悪くて」
唯「ええっ?大丈夫!?」
……唯さん………。
澪「…………じぃ~~~~」
律(聡)「あ、えっと…」
澪「………顔色はいいしどう見ても気分悪そうには見えないけど。…さてはサボる気だな?」
律(聡)「いや、…その…」
澪「文化祭もうすぐなんだぞ?一番気合い入れてたの律じゃないか」
うう、これは素直に出た方がいいのか…
いやいや俺ドラムできないじゃん。
聡が迷ったその時、
女生徒「ちょっと待ってください田井中先輩っ!!」
太ぶちメガネにおさげの髪。
背も低い。
リボンがないので分からないが口振りから多分後輩だ。
澪「…?」
女生徒「先輩、約束忘れたんですか??」
律(聡)「え?え?」
女生徒「今日放課後私の相談にのってくれるって約束しました。ええ、しました!」
律(聡)「えええ??」
おさげの生徒はぐいぐいと詰め寄ってくる。
聡は助けを求めて唯を見た。
唯はぽへっと女生徒を見つめている。
駄目だ。
澪「……なんか事情があるみたいだな。分かった、その子の話聞いてあげなよ」
唯「うん、それがいいと思うよ~」
がーーーん、唯さん…!
女生徒「じゃあ、行きましょう!ええ、行きましょうとも!」
律(聡)「あ、ちょっ………ええええ~~~っ???」
女生徒に腕を組まれた聡はぐいぐい引っ張っていかれる。
唯が手を振っている。
さようなら…
人気の無い校舎の裏庭まで来るとやっと女生徒は足を止めた。
女生徒「ふう、ここまでくれば大丈夫か…」
律(聡)「……あ、あのー…」
女生徒「私だよ、私!」
律(聡)「え、誰?」
女生徒「わたし!り・つ!」
そう言って女生徒はカツラととメガネを取る。
――あ、俺だ。
聡が納得するのを見ると、律は再びそれらを装着した。
聡(律)「聡が文化祭で使ったやつ勝手に借りた。オカマバーだっけ?」
律(聡)「うっ、思い出したくないのに……」
聡(律)「あは、ゴメンゴメン。ちょっと、心配でさ。……………」
律(聡)「あ……………」
会話が途切れた。
何となく2人そわそわして視線を巡らせる。
その末にバチっと視線が合った。
2人「……………」
聡も律もゆでダコのように赤くなる。
しかしその事は決してツッコんではいけない。
暗黙のルール(?)だ。
律(聡)「…―――か、帰ろっか姉ちゃん…」
聡(律)「そ、そだな…」
律は意味もなくメガネをかけ直すのだった。
その8・再現作戦
聡は律の部屋にいた。
聡はベッドに、律は椅子に腰掛けている。
聡(律)「聡は何が原因だと思う?」
律(聡)「うーーん………やっぱ階段から落ちたことが原因じゃない?」
聡(律)「だよな。私もそう思う」
律(聡)「どうする?」
聡(律)「よし」
2人は部屋を出ると階段に移動した。
律(聡)「………」
聡(律)「…………………もうやるしかないな」
律(聡)「え?」
聡(律)「朝の状況をもう一度再現する」
律(聡)「ええぇえ??」
聡(律)「だって、聡だって一生このままは困るだろ?」
律(聡)「そうだけどさ…」
聡(律)「とりあえずそこに立って」
律(聡)「え、ああ。…うん」
聡(律)「私はこの辺だっけな…」
お互い朝の状況に合せてスタンバイする。
聡(律)「………じゃ、いくぞ?」
律(聡)「う、うん」
ごくりと唾を飲んで待つ聡。
律(聡)「…………」
聡(律)「い、いくぞ?」
律(聡)「ど、どうぞ」
聡(律)「いっちゃうぞ?」
律(聡)「いっちゃって」
聡(律)「いいい行くからな!」
律(聡)「いいい行きなさいよ!」
聡(律)「………」
聡(律)「………」
律(聡)「―――なあ、姉ちゃん」
聡(律)「なんだ、聡」
律(聡)「これ、戻る以前に死んじゃったら意味ないよな」
聡(律)「………私も今思った」
はああ~~~~…
聡と律は深いため息をついてその場に座り込んだ。
朝の再現作戦失敗。
その9・最後の難関
結局、特に解決策も見つからないまま夜になった。
そして母のこの一言から新たな問題が発覚したのだった。
母上「あんた達、どっちでもいいからお風呂沸いたから入りなさい」
テレビを観ていた聡と律は思わず顔を見合わせた。
律(聡)「ね、姉ちゃん…」
聡(律)「だだだ駄目だめダメ!」
ぶんぶんぶん!と律は頭を振る。
顔は真っ赤で必死な様子だった。
そりゃそうだ。
律(聡)「…………」
聡(律)「…………」
律(聡)「……ていうかまじな話、もし元に戻れなかったとしたら
こういうのこれからどうするの……?」
聡(律)「…………」
律(聡)「…………」
聡(律)「…………………………………………………………
………………………………………………………………
……………………分かった。」
律(聡)「え?」
聡(律)「―――私の身体は私が洗う!」
律(聡)「…――――えっ、は!?」
聡(律)「聡、おいで」
律(聡)「あっ、ちょっと…」
律は聡の手を引っ張って脱衣所へと入った。
なんか、おかしな流れになってきたぞ。
律(聡)「あ、あのさ、姉ちゃん?」
聡(律)「いいから目つぶって」
律(聡)「…ちょ、ちょっと、待ってよ」
聡(律)「絶対目開けちゃ駄目だからなっ。ほら早く!」
律(聡)「………………はい…」
聡(律)「…………」
言われた通りに目を閉じる。
律が服を脱がせにかかる。
………………。
あの、ええっと、うわっ。
………なんか、布の音が生々しいんですけど……
聡(律)「聡、手あげて」
言われた通りに手を上げる。
ん…?
考えてみれば。
これって外から見たらすごい状況なんじゃないのか……?
今、律(の身体)の服を脱がしてるのは聡(の身体)なのだ。
……………。
……………ッ。
かっと顔が燃え上がる。
こ、こここれは考えちゃだめだっ!
おかしくなる…!
聡はぶんぶんと頭を振った。
聡(律)「はい、入って」
全て服を取り払われた聡は風呂場へと連れていかれた。
人の身体とはいえ自分だけ裸なのは流石に正直恥ずかしい。
その10・聡の憂鬱
聡(律)「じゃあここ座って聡。身体、洗うから」
聡は言われた通りに湯船のふちに腰掛けた。
律は泡立てたスポンジで身体をこすりはじめた。
ごしごしごしごし…
律(聡)「…………あのさ、姉ちゃん」
聡(律)「なに?」
律(聡)「……こそばいっす」
聡(律)「馬鹿、ガマンしな」
律(聡)「………」
ごしごしごしごし…
(我慢、我慢…)
ごしごしごしごし…
(我慢、我慢、が、まん……)
ごしごしごしごしごし…
(~~~~~~~っ)
律(聡)「っっ、―――――――も、もう駄目!あはははっ」
聡(律)「あ、こら!暴れるな!…………と、わっ、きゃあ!」
ツルッ…―――ゴィン!
律(聡)「てッ」
聡(律)「たッ…」
ばっしゃ~~~~ん!!水柱が立つ。
…………。
「―――――あいててて…」
「いったぁ…」
額がじんじんと痛い。
湯船に落ちたらしく、服はびしょぬれだ。
ん?服?
…俺、服着てる……??
っていうかいつの間に俺が上に…
身体の下には柔らかい感触。
聡はおかしいなと目を開けた。
とすぐ目の前に律の顔。
聡「…――――あ。」
律「たたた……………、ん??」
至近距離で目が合う。
湯船の中で身体を密着させたまま二人は固まった。
見る見る、律の顔が赤くなる。
律「あ、ああ、あ……ッッ」
聡「わああゴメッ――」
律「ままま待て、動くな!動かないで聡っ!」
ぴたっと動きを止める。
律「わ、私がいいっていうまで動かないで…。目も絶対開けちゃ駄目だからな…っ」
聡「わ、分かった…」
律「……ちょっと、右手あげて聡…」
言われた通り右手を上げると律はゆっくりと器用に聡の下からすり抜けた。
一瞬ボディーシャンプーの香りが鼻先をかすめる。
さばっと湯船から上がる気配。
律「ま、まだだかんな!まだ開けちゃ駄目だぞ!」
ぺた、ぺた…
律の足音が脱衣所の戸の向こうへと消えた。
聡「…………」
どうしよう、俺。どうしよう。
心臓は尋常じゃなくバクバクいってる。
やばいよやばい、これはヤバい。
わああ、と聡は顔を覆った。
律「聡、もういいぞ…」
脱衣所から服を着た律が顔を出す。
目が合う。
あはは、とお互い笑ってすぐに逸らした。
律「…聡はそのままお風呂入んな」
聡「うん、そうする」
律「………………見てないよな?」
聡「みっ、見てないって!」
律「あ、そう。…じゃあゆっくりな」
聡「おー…」
律が去ると聡はとりあえず湯船から身体を起こした。
何はともあれ元に戻って良かった。
良かった良かった。
うん。
………………。
はあ。
今夜はとても眠れそうにない。
《終わり》
最終更新:2010年01月19日 17:14