どこにでもいる普通の男の子だ。ただ普通ではない事があるとすれば、それは・・・
『その女、凶暴につき(作:肉体)』
姉と僕は二人でカラオケボックスにいた、時間は既に午前2時だ。姉は相当酔っ払っていたがそれでも歌い続けていた
律「聡ぃ、お前も何か歌え~!」
聡「お姉ちゃんいい加減にしてよ、僕は浪人生なんだよ!それなのにこんな所に連れ回して」
律「いいじゃねえかよ~お姉ちゃんの事、嫌いなのか~?」
姉はつい先日恋人と別れたばかりだった。恋人は姉の大学の同級生だ。線が細く優しそうで、いかにも尻に敷かれそうな人だった
姉は失恋の悲しみを酒と歌で忘れようとしているのだ、弟も巻込んで
いつの間にか姉は泣いていた
律「何が“君はパワフルすぎて僕には合わない”だ、人をゴリラみたいに言いやがって!…グスン」
聡「お姉ちゃん…」
律「…zzz」
眠っていた…
僕は姉を連れてカラオケボックスを出た
帰り道、姉は目を覚ましそうになかったので僕がおぶっていた。家までは近いが結構な重労働だった
最近太ったんじゃないかな?
突然、姉の声が聞こえて来た
律「聡、ごめんな…」
聡「起きてたの?
…別に気にしてないよ」
この時僕は姉の事を愛しく感じた。姉はいつも強がっているけど、根は繊細で傷付き易い性格なのだ
しょうがないな…
しかしこの後、姉のせいで更なる災難に見舞われる事を、神ならぬ身の僕が知る由もなかった
季節は春
僕は現在予備校に通っていた。予備校と家を往復するだけの単調な日々が続いていた
ある夜の事、僕は部屋で小説を読んでいた。読書が僕の唯一の娯楽であった
今読んでいるのは『ラミー・ペーン推理短編集全5巻』だ
前から欲しかったが絶版だったので手に入らなかった。だが最近になって偶然古本屋で見つけたので購入した
時間は午後11時、寝る前にこの本を読む事が最近の僕の楽しみだ。読み進めて行くうちに物語に入り込んでいた
探偵《え~今回の事件の犯人は…》
律「聡いるか~?」
しかし、そこに闖入者が現われて僕は現実に引き戻された
律「聡、入るぞ!」
聡「わっ、ノック位してよ!」
律「ドンマイドンマイ!それよりも勉強は捗ってんのか?」
聡「うん順調だよ」
律「そうか~、それより今度…」
いつの間にか僕は本を読み出していた。続きが気になって仕方が無かったからだ
律「~なんだよ、でさぁ…聞いてんの?」
聡「うん…(犯人は被害者の妻だったのか!)」
律「で、どっちがいいと思う?」
聡「うん…(動機は恋人のかたき、妻なのに?)」
律「・・・」
聡「うん…、え?」
律「ふざけんな!聞いて無いじゃないか!!」
しまった!思わず生返事をしていた
姉は僕の手から本を取り上げて、更に机の上の残りの4冊も持って部屋から出て行ってしまった
僕は暫く呆然としていたが、我に返って姉を追いかけた
姉は応接間にいた、そして手元には目茶苦茶に破かれた本の残骸があった
聡「なんて事を…」
律「聡が悪いんだぞ!私の話を聞かないから…」
僕は残骸の一つを拾い上げて…
思いっ切り姉の近くに投げ付けてやった!
聡「お姉ちゃんのバカ野郎!!」
その勢いのまま自分の部屋に戻ったが、頭に血が登ってイライラするだけだったので外出する事にした。部屋を出て玄関で靴を履いていたら姉が近付いて来た
律「聡、ゴメ…」
バタン!!!!
姉を無視して僕は玄関の扉を、わざと大きな音を立てて閉めた。そしてコンビニで立ち読みした後に、公園に行きベンチでジュースを飲んでいた
所詮浪人生の僕が夜に遊びに行ける場所なんてない
そうだ鈴木から“合コンやるから来ないか”ってメールが来てたな
行ってみようかな
なんか虚しい…
いつの間にか涙が流れていた
僕は暫く泣いた
数日後、予備校から帰って部屋に戻ると机の上に紙袋が置いてあった。中を開けてみると、なんと『ラミー・ペーン推理短編集全5巻』だった!
…そういえば姉は最近やたらと帰りが遅くなっていたが、その理由がこれだったのか
よく見れば5冊は出版社もバラバラで、古さの度合いもそれぞれ違った。同じ本屋でまとめて買った訳では無く、色々な本屋を探し回って集めたんだ
暫く姉とは口を聞いてなかった
ちゃんとお礼を言わなきゃな…
だがまたしても僕の身に大変な事が起こるなんて、神ならぬ身の僕が知る由もなかった
季節は夏
夏なんか暑いだけで、浪人生にとっては苦痛以外の何物でも無い!
…しかしその考えは間違いだった。それは僕が今、女の子とデートをしていたからだ
二人で喫茶店にいた
純「今日は楽しかったね聡くん」
聡「僕もです、楽しかったです!」
純「受験生なのに付き合わせちゃって、申し訳ないな~」
聡「そんな、気にしないで下さいよ純さん!」
鈴木純さんは友達の鈴木イチローの姉で元々面識はあった
少し前に鈴木の家に遊びに行った時に、二人で会わないかと誘われたのだ。会うのは今回が三回目だ
純「ねえ聡くん」
聡「何ですか?」
純「敬語使わなくて、いいよ…」
聡「純さん、そんな…」
純「それと“純さん”もやめて!
“純”でいいから」
聡「分かりま…、分ったよ、純…」
照れ臭かったがそれ以上に嬉しかった。浪人生である僕にこんな幸せが訪れるなんて!
この人がいてくれるのなら、受験なんてどうでもいいとさえ思った…
しかしこの平和な楽園に突如悪魔が出現した
??「あれ、聡くん!何でこんな所にいんの?」
いきなり話しかけられた。そこには金髪のショートカットで、口紅とアイシャドウが紫の派手な女性が立女性が立っていた。服装もやたらと露出度が高く、目のやり場に困る
聡「誰、ですか…?」
??「やだ聡くん、冗談はやめてよ!」
純「聡、誰なのこの人?」
純さんが不安そうに聞いてきた。その瞬間、女は純さんに詰め寄って来た
??「あんたこそ誰だよ!何、聡くんの事を呼捨てにしてんのよ?」
聡「ちょっと、いい加減にして下さい!一体誰なんですか貴方は?」
??「いい加減にするのはそっちでしょう聡くん!私って恋人がいるのに、こんな女と会ってるなんて!」
純「この人、恋人なの…」
聡「違う、知らないよこんな人!」
純「ひ、酷い…」
純さんはその場から逃げるように立ち去ってしまった
一体なんでこんな事に…
そもそもこの女は誰なんだ
聡「あ、あ、あんたはだ、誰な、なんだよ?」
??「ちょっとは落着けよ、聡」
ん?さっきと声の感じ違っている。それによく見ればこの見慣れた顔は…
姉だった!
数日後
僕は純さんの家の前に来ていた。あの後僕は純さんにメールや電話をしたが、全く返事が来なかった。だから直接会いに来たのだ
まさかこの前喫茶店で、姉が言っていた事が事実である筈がない
暫く待っていると声が聞こえて来た。純さんの声だ
しかし隣には男がいた。なんと僕の親友の新庄だった
僕は咄嗟に二人から見えない場所に隠れて二人の様子を伺った。二人は暫く玄関先でお喋りした後、キスをした。そして新庄は帰って行った…
僕は自分の部屋にいた。とてもじゃないが純さんに会う気力は無く、帰って来ていたのだ
そうだ!あいつなら何か知ってるかも
僕はイチローに電話した
聡「久し振り、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
イチロー「唐突だな、で何?」
聡「この前たまたま見かけたんだけど、純さんと新庄が一緒にいたんだ…」
イチロー「今度は新庄か…」
聡「今度はって、どういう事?」
イチロー「身内の恥を晒す事になって気が引けるんだけど…、姉は病気なんだよ」
聡「病気!何、どんな病気なの?」
イチロー「心の病気だよ…
姉は男がいないと駄目なんだ」
聡「でもそれって、一応は普通な事じゃないかな?」
イチロー「姉は普通じゃないんだ、次から次に男を替えて、時には複数の男と付き合う事だってあるんだ。病気なんだよ…」
聡「・・・」
イチロー「お前も気を付けろよ、大丈夫だとは思うけど」
姉の言葉が蘇って来る
《あの女は色んな男と付き合ってるんだ、お前は遊ばれてんだよ!》
姉の言う通りだったなんて・・・
この後僕は意外な人物と再会するのだが、そんな先の事を、神ならぬ身の僕が知る由もなかった
季節は秋
純さんとの一件以来、僕は姉と余り話しをしていない。顔を合わせる事も少なくなった
姉とすれ違いの日々が続いた
…そういえば姉はバンドは続けているのかな?
涼しくなって来た秋のある日、僕は予備校の帰り道で意外な人物を見掛けた
やや寝癖の付いた髪、背中にはギターケース、手には肉まん、しかも変な歌を唄っている
唯「♪肉まん肉まんほっかほか~」
聡「唯さ~ん!」
唯「あ、久しぶり~・・・誰だっけ?」
聡「聡です、田井中聡」
唯「あぁ~澪ちゃんの弟の!」
田井中って言っているのに、相変わらずだなこの人は…
唯さんと僕は牛丼屋に入った。もっとお洒落な店に行きたかったのだが、唯さんの希望だ。理由は今なら特盛りが100円引きセールだからだそうな…
注文が来た。唯さんは夢中で食べていた
聡「聞きたい事があるんです、姉の事で」
唯「え、りっちゃんの事?」
最近姉が変わってしまったのでその理由を何か知らないか、口の周りにご飯粒を付けている唯さんに聞いてみた
唯「実は最近りっちゃんに会ってないんだよね~」
聡「やはり姉はバンドを辞めちゃったんですか?」
唯「そうなんだ、代わりのドラム中々決まらなくてさ~
りっちゃんいないと詰まんないよ!」
唯さん曰く、今年の3月頃にメンバーで正式にプロを目指すかどうかについて話し合いになった。そして意外な事に姉だけが反対したそうだ。プロなんて簡単になれる物では無い、もっと現実を見るべきだと言って
夢見がちな性格の姉なら“プロになりたい!”と真先に言いそうだが…
唯「りっちゃんに言っておいてよ、いつでも戻って来ていいんだよって!」
聡「唯さん…、ありがとうございます!あと、口の周りにご飯粒が付いてますよ」
そうだ、3月は僕の浪人が決った時期だ。まさか姉は親の心配や家計の事を気にして…
もし僕が大学に受かっていれば、姉は夢を捨てなかったのかも知れない…
元々仲のよい姉弟だったんだ。今度ゆっくり姉と話をしよう・・・
しかし姉の身に大変な事が起こるなんて、神ならぬ身の僕が知る由も無かった
季節は冬
姉と僕は家で炬燵を挟んで話しをしていた
律「梓が一番飲んでたかな、澪なんか顔真っ赤になってやんの!」
聡「あれ、梓さん未成年じゃないの?」
律「大丈夫!梓はもう20歳になった…っけ?」
聡「ちょっと!あんた…」
姉は久し振りにバンドのメンバーと会い、飲み会をして来たのだった。帰宅後、その事を上機嫌そうに話していた
聡「…前にも話したけどバンド辞めたの、本当に僕のせいじゃないの?」
律「違うって言ってんだろ!私が考えて決めたんだ!!
もうその話しはすんな!!!!」
聡「ゴ、ゴメン…」
律「…聡は受験の事だけ考えてなよ
それより勉強大丈夫か?」
聡「う、うん…ちょっと物理がヤバイかも」
律「澪に教えて貰うか?あいつ理系だし頭いいぞ~、しかも今は彼氏いないぞ~」
一時期に比べると姉は落着いて来たし、性格も前より明るくなった気がする。僕らの仲も以前通りに戻った
はっきりと教えてくれないが、恋人も出来たようだ
僕も受験に向けて頑張らなくては!年が明けたら直ぐにセンター試験が始まる
数日後、僕は予備校の自習室にいた。携帯が振動して珍しく父からの着信だった。僕は廊下に出て携帯電話に出た
聡「もしもし何か用、父さん?」
田井中父「聡、落着いて聞いてくれ…律が自殺未遂を起した」
その後の事は余り覚えていない、気が付いたら僕は姉が運び込まれた病院に来ていた
ベッドの上には姉が寝ていて、腕には点滴が刺さっていた
聡「お姉ちゃんは大丈夫なの?生きてるの!?」
田井中父「落着きなさい聡!」
姉は部屋で大量の睡眠薬を一度に飲んだらしい。部屋から出て来ない姉を不審に思った母が発見し、その後救急車で病院に運ばれた
父も母も気が動転していて、今まで僕への連絡を忘れてたようだ
医者の話しでは、直ぐに胃を洗浄して内容物は全て吐き出させたので、命に別条は無いそうだ。だが意識が戻らなかった
その晩僕は付き添いで病院に泊まる事にした。疲れきっている両親は家に帰した
夜、僕はずっと姉の手を握っていた。姉の右手の親指と人差し指にはマメがあった。ドラムの練習でできたのだろうか…
いつの間にか僕は眠っていた
夢を見た・・・
律《聡、私けいおん部に入ったんだ!》
聡《凄いじゃん!勿論ドラムでしょ?》
律《当ったり前!私がドラムで澪がベース、それにムギってかわいい娘がいて、その娘がキーボード》
聡《ギターは?》
律《ギターは今はいないけど、直ぐに入部してくるよきっと!聡、ライブには絶対来いよ!!》
聡《うん、絶対に行く!》
・・・夢から覚めた
姉が僕の手を強く握りし締めていたからだ
聡「お姉ちゃん?」
律「聡…」
聡「良かった~~~!
もう大丈夫?気分は悪く無い?」
律「大丈夫・・・
私がどうかしてたよ、本当にゴメン」
聡「二度とこんな事…、するなよ、約束だぞ…」
律「分った、約束な…」
涙が出そうになったその時、急に大きな音がした
ドンガラガッシャーン!
何かを倒した音だ、そして病室の扉が勢いよく開いた
唯「り、り、り、りっちゃん隊員!」
唯さんだ。髪型は爆発していてコートの下はパジャマ、今にも泣き出しそうな真っ赤な顔をしていた。そして何故かギターケースを背負っていた
りっちゃん隊員って何だ?
唯「き、き、き、昨日りっちゃんと会う約束してたのに来なくて何回も携帯に電話したのに出てくれなくて、それでそれでそれでメールしたら返信がなくて今日家に電話したら病気で入院したって聞いて急いでき、き、き…」
聡「ちょっと唯さん落着いて!」
唯「りっちゃんに何かあったら私、う、うぇ~ん!」
律「泣くなよ唯、私は大丈夫だから」
面会時間では無かったから悪いが唯さんには帰って貰った、姉の事が大分心配そうだったが
因みにギターは慌てていたので持って来てしまったとの事
その数日後には姉は退院した
後で姉は話してくれたが、自殺(未遂)の一番の原因は最近できた恋人の事で、相手は妻子持ちの大学の准教授だそうだ
関係を続けるかどうかで悩んだらしい
恋人の事、バンドの事、将来の事、一度に色々な悩みが重った結果突発的に自殺を考えたらしい
急に明るくなったのも実は無理に明るく振る舞っていただけかも知れない…
だが姉は二度とこんな事は起さないだろう
僕と約束したんだから
年が明けた。入試本番まで後僅かだ
そして、もう少しでこの物語も終了する事を、神ならぬ身の僕が知る由も無かった
季節は春
僕はめでたく第一志望の大学に合格した
今日は大学の入学式、姉が買ってくれたスーツを着て鏡の前にいた
聡「ん~、中々かっこいいかも(これならカノジョもすぐに…)」
ゴツン!頭を叩かれた
律「何ニヤニヤしてんだよ、遅刻するぞ!」
聡「痛いな~お姉ちゃん!それより、そのドラム全部持って行くの?」
律「ああ、これ全部でドラムセット一式なんだ」
聡「これ全部車に入るの?」
律「ムギが大きな車持って来てくれるから大丈夫、ドンマイドンマイ!」
ドンマイの使い方が間違ってる…
結局姉はバンドに戻った。プロを目指すかどうかは決めて無いようだが、音楽なしの生活は考えられないのだろう
そして急遽バンドはムギさんの別荘で合宿をする事になったそうだ(姉が強引に決めた)
聡「でも待ち合わせは駅でしょう?」
律「そうだよ、一人じゃ大変だから運ぶの手伝え!」
聡「え、それこそ遅刻しちゃうよ!ご勘弁を~」
僕の名前は田井中聡19才、どこにでもいる普通の男の子だ。ただ普通ではない事があるとすればそれは…
田井中律という名前の、ちょっと凶暴だけど明るくて元気で素敵な姉がいる事だ
律「聡、バスドラ持ってくれ!一番デカくて重いやつ!!」
『その女、凶暴につき―完』
(オマケ)
私と弟は駅に到着した。澪とムギと梓がすでに到着しており、側には大きなワンボックスカーが停めてあった
律「遅れてゴメ~ン」
澪「遅いぞ!お前が言い出しっぺなんだからな」
律「悪い悪い!」
澪「それに聡くんを荷物運びに使うなよ、なぁ聡くん」
聡「皆さんこんにちは!
澪さん、同じ大学に合格したんでこれからも宜しくお願いします!」
澪「ああ,宜しくね」
そして聡は辺りを見回した。こいつの目当ては分っている、それは…
聡「…唯さんはまだ来てないんですか?」
律「聡ちゅわ~ん、唯の事がそんなに気になんのか?」
聡「そ、そんなんじゃ無いよ!」
梓「唯先輩は今さっき起きたそうです(怒)」
紬「まぁまぁまぁまぁまぁまぁ」
結局、入学式があるので聡は唯を待たずに大学に行った。そして入れ替わるように唯がやって来た
もう出発の時間だ
律「みんな、ちょっと聞いて欲しいんだけど…」
唯「何、りっちゃん?」
律「今まで色々迷惑かけて悪かった、ゴメン!」
私は素直に頭を下げた
澪「…頭をあげなよ」
唯「みんなりっちゃんが大好きだよ!」
梓「そうですよ律先輩!」
紬「…さあ、出発しましょう!」
『オマケ―完』
最終更新:2010年01月19日 19:59