少年は頭を垂れる敵手の首を刎ねた。
その手に握るのは血塗れの日本刀。
これまでにも幾人かの血を吸ってきたのだろう。
死の香りがする銀刃は血に塗れ、滴らせ。
それによって首と胴体を永遠に泣き別れにされた死体は跪いたまま事切れていた。
転がった生首は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたまま呆けたように口を開けている。
誇りも願いもかなぐり捨てて死の間際まで土下座して命乞いをしただろう…あらゆる意味で無残な死体。
女の生首をサッカーボールのようにつま先で弄びながら、少年はそれを鼻で笑った。
「無様な死体(スクラップ)だぜ。死ぬ時くらい潔くしろってんだ」
口元に傷のある少年だった。
桃色の頭髪は可愛らしい印象をさえ抱かせるがその表情と佇まいが放つ剣呑さが牧歌的なもの一切を消し飛ばしている。
日本刀を握る右腕には真紅の刻印。
令呪――聖杯戦争のマスター、外の世界から異界東京都へ招かれた客人の証。
少年…
三途春千夜は聖杯を求める権利を与えられている。
だからこそ彼は今宵人を殺したのだ。
見ず知らずの女だった。
サーヴァントを従え、自分自身に言い聞かせるように叶えねばならない願いとやらを叫んでいたのを覚えている。
死に別れた友人がどうこうとかそんな事を言っていたなぁと三途は漠然と思い出していたが。
彼が彼女にした事と言えば憐憫や理解を示すのとは全く真逆だ。
己の従僕に彼女の希望を殺させている傍ら執拗に斬り付けて心をへし折った。
嗜虐心のままに降伏した相手の四肢を斬り、戦意を霧散させて頭を垂れ跪いて許しを乞うその素っ首を叩き斬った。
それだけの事をしておいて。
三途の心には罪悪感はおろか感慨すら欠片も無かった。
むしろ己が殺した女の無様さをせせら笑う悪意が幅を利かせている程であった。
「ご苦労だったなガウェイン。次もその調子で頼むぜ」
三途春千夜は破綻者であり狂信者だ。
人を殺す事、傷付ける事、そして踏み躙る事。
その一切に微塵の感慨も抱かない男。
目的の為ならば…自分が生涯を懸けてもいいと思える相手の為ならば。
己の身がどれ程の罪に穢れる事も厭わず。
己の手がどれ程の血に塗れる事も厭わない。
倫理観という名の箍が常に外れている人間。
そんな彼の従える騎士はしかし、己が主君に隠し立てする事もなく軽蔑の視線を注いでいた。
「…貴様に言われるまでもない。務めは果たすと常々伝えているだろう」
「そう嫌うなよ。これでもオレはオマエのマスターなんだぜ?」
ガウェイン。
そう呼ばれた女の視線は三途の足元に注がれていた。
液体に濡れた生首を蹴転がして玩弄する主君。
その所業に対しセイバー、騎士ガウェインは明確な軽蔑の念を示している。
三途もそれを承知の上で憚りもなく文字通りの死体蹴りを続け。
最後には腰を入れた蹴りで吹き飛ばした。
処刑場となった廃工場の壁に衝突し、べっとりと壁を汚してから床に落ちる。
口と目を半開きにして濁った唾液を零している様に人間の尊厳などは欠片も無かった。
「従者は王を立てるもんだ。オレは王に対する一切の不忠を許さねえ」
「ならば折檻でもしてみるか? 貴様の意に添わない私に」
「勘違いすんな。オレはオマエのマスターだが、王じゃない」
…騎士ガウェインはこの男を嫌悪していた。
その嫌悪に叛意はない、
ガウェインが彼の背に刃を向ける事も恐らくない。
だが彼女が三途という主君に心からの敬愛を抱く事もまたあり得ない。
悪辣にして残忍な振る舞いと言動はかつての同僚を思わせる。
敗者を嬲り弄び、嬉々として死体を蹴り飛ばす狂人じみた少年。
口を開けば忠の何たるかを説く彼はしかし、ガウェインに自分へ跪く事は求めなかった。
「オレには忠誠を誓い全てを捧げた王が居る。だからオマエもオレに倣ってくれればそれでいい」
「似合わん殊勝さだ。貴様が誰かに跪くような柄には見えん」
「跪くし靴でも嘗めるさ。アイツがそう望むなら」
その目には確かな憧憬の念が宿っていた。
それはやはり、この男らしくない瞳だった。
しかしそれこそが彼の真実。
三途春千夜は狂犬である。
自分自身に首輪を填め王以外の全てに牙を剥く血塗れの狂犬。
誰もが恐れる東卍の猛犬…そしてなればこそ。
「オレの気はそう長くねぇぞ? ガウェイン」
三途も、そして騎士ガウェインも。
それぞれがそれぞれの巡り合わせを感じていた。
一人は福音を。
そして一人は…底の知れない凶兆を。
三途は己の従僕がどういう女であるかを知っている。
どういう"モノ"であるかを知っている。
知ったその上で喜び歓迎しているのだ、彼女を。
騎士――妖精騎士ガウェインという型に嵌められた忌まわしきイヌを。
「生贄は用意してやる。存分に味わって肥え太りやがれ」
ハッと嘲笑った三途の首に。
ガウェインの抜いた剣のその切っ先が突きつけられる。
静かに燃え上がる殺意が彼女の美顔には横溢していた。
これ以上の愚弄は容赦のない死を招く。
そう悟らせるに十分な気迫でありながら三途の笑みは崩れない。
分かっているからだ。
知っているからだ――此処で彼女が牙を剥き己を斬り裂けば。
それは彼の望む通りの黒犬(ブラックドッグ)に成り果てる事を意味するから。
彼が求める通りの厄災に歩みを進める事に他ならないから。
「…貴様が私の何を見たのかは知らん。
だが残念だったな。貴様の望むモノはもう二度と顕れん」
あの呪いを覚えている。
忘れる筈もない。
何故ならそれは今も己が肉体の内で脈を打ち続けているのだから。
この霊基が肥え太ればいずれ血は煮え立とう。
血管には稲妻が走り、触角は肥大化しあるべき姿へと迫っていくのだろう。
そう解った上で騎士ガウェインは。
その名を与えられた妖精はそれを否定する。
遥か過去ブリテンの國で己が成り果てた厄災を。
今もこの身を蝕む呪いを、否定する。
「我が名は
バーゲスト。妖精騎士バーゲスト――貴様の覗き見たあの地獄を超える者だ」
妖精騎士ガウェイン。
否…異聞帯ブリテンの妖精バーゲスト。
ブラックドッグの頭、黒犬公バーゲスト。
いずれ厄災となる獣ではなく正しき妖精騎士として。
彼女は今此処に立っている。
あまりに救われず呪わしい幕切れの果てに此処に居る。
そしてそんな彼女に災禍たれと願う少年は彼女の宣誓を鼻で笑った。
「いいやテメェは逃げられねえ。己の宿命、己の宿痾、そのどっちからも」
未だ刃を突き付けられたままでありながら。
三途の声は怯えるどころかむしろ嬉々としていた。
宴を前にした幼子のように純真な渇望がそこにはある。
「オレなんかに呼ばれちまったのがその証拠さ大食らいのガウェイン。
オマエは人を殺すしかない。オレはオマエにそれを願い続ける。
オマエの生む全ての血と虐と嘆きを歓迎し続ける! オレは――闇に染まったオマエをこそ必要としてるんだ」
かつて厄災に成り果てた彼女は天文台の魔術師とその一行により討たれた。
汎人類史と縁を持った事により英霊の座へ登録された彼女がよりによってこの男に召喚されてしまった事は不幸以外の何物でもないだろう。
彼女が目指し憧れる眩き騎士像。
妖精騎士バーゲストとしての未来を、三途春千夜は当然のように全否定する。
何故なら彼は光に興味など無いからだ。
彼が望むのは闇の中に進んでいく大きな力。
…黒い衝動。
「オマエはオレにとって最高のモデルケースだ」
彼の王はそれを抱えている。
バーゲストの背負う呪いとは根本的に異なる、しかし周囲の全てを不幸にするという点でだけは共通する闇の宿痾。
誰よりも王を崇め王に尽くす男だからこそ。
三途はバーゲストが秘める"衝動(それ)"を歓迎していた。
彼女の決心や覚悟などに興味はない。
その強さすら眼中にはない。
彼が望むのはただ一つ。
妖精國ブリテンの国土を焼き焦がした"獣の厄災"のみ。
「オレの望む未来を先んじてテメェが描いてくれ――魔犬バーゲスト!
この東京を餌場にくれてやる。好きなだけ喰らえ! 好きなだけ殺せ!
オレがテメェの罪の全てを赦してやる! 草の根一つ残すんじゃねぇぞ!? ハハハハハッ!!」
「その名で…ッ、二度と私を呼ぶな……!」
三途が望み幻視する未来。
焦土と化した東京に君臨する魔犬が全てを食い尽くす結末。
しかしてそれだけに拘るつもりはない。
それ以上の結末があるのならば貪欲に飛びつこう。
もしもこの地に己が信奉する王が居るのなら変わらず全てを捧げよう。
妖精騎士の剣が首筋に触れる。
そこから滴る一滴の血を指先で掬い舐め取って三途は笑った。
「何度でも呼ぶさ」
歓迎しよう全ての呪いを。
受け入れようオマエの罪を。
それがアイツの為になるならば。
オレのマイキーの糧になるならば。
三途春千夜は狂犬であり狂信者だ。
狂っているのだから、当然手段は選ばない。
いつか辿り着くのだと誓い見据えた未来の為に。
他のあらゆるものを犠牲にしながら――彼は今日も今日とて殺し、壊すのだ。
【クラス】
セイバー
【真名】
バーゲスト@Fate/Grand Order
【属性】
混沌・善
【パラメーター】
筋力:B+ 耐久:A 敏捷:A 魔力:C 幸運:C 宝具:B+
【クラススキル】
狂化:A+
精神に異常は見られないバーゲストだが、定期的に■■を■■しなければならない。
この衝動に襲われた後、速やかに解決しなければ発狂し、見境なく殺戮を繰り返すバーサーカーとなる。
対魔力:C
詠唱が二節以下の魔術を無効化する。
大魔術・儀礼呪法のような大掛かりなものは防げない。
【保有スキル】
ワイルド
ルール:A
自然界の法則を守り、その恩恵に与るもの。
弱肉強食を旨とし、種として脆弱な人間は支配されて当然だと断言する。
聖者の数字:B
汎人類史の英霊、ガウェインから転写されたスキル。
日の当たる午前中において、その基本能力が大幅に増大する。
ファウル・ウェーザー:A
コーンウォールに伝わる、一夜にして大聖堂を作り上げた妖精の力。味方陣営を守る強力な妖精領域。
【宝具】
『捕食する日輪の角(ブラックドッグ・ガラティーン)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:100人
燃えさかる角、『妖精剣ガラティーン』を用いての巨大な一撃。
バーゲストの額にある角は自身の霊基成長を抑制する触覚であり、これを引き抜くとバーゲストの理性は死に、残った本能が肉体を駆動させる。
角を引き抜いたバーゲストは"先祖返り"を起こし、黒い炎をまとい妖精体を拡大させ、ガラティーンを相手の陣営に叩き降ろす。
地面から燃え立つ炎は敵陣をかみ砕いて捕食する牙のように見える。
【weapon】
ガラティーン
【人物背景】
妖精國ブリテンにおける円卓の騎士、その一角。
汎人類史における円卓の騎士・ガウェインの霊基を着名した妖精騎士。
妖精國ではもっとも恐れられた妖精騎士。
――『愛多きガウェイン』『大食らいのガウェイン』とも。
【サーヴァントとしての願い】
興味はある。だがそれに頼り叶える願いではないとも思っている。
【マスター】
三途春千夜@東京卍リベンジャーズ
【マスターとしての願い】
マイキーの為に聖杯を用いる。
元の世界に持ち帰るか、あるいは…。
【能力・技能】
喧嘩の強さと躊躇なく人間を殺傷できる精神性。
武器として日本刀を携帯している。
【人物背景】
黒い衝動を渦巻かせる無敵の男をただ追う男。
彼が生む血と虐の全てを歓迎する男。
彼の全てを知る男。
【方針】
鏖殺
最終更新:2022年08月16日 16:58