思えば。
何処で間違えたのだろう。
充実はしていた筈だ、少なくとも昔は。
だけど何処かでその歯車が狂った。
それに気が付いた時にはもう戻らなくなっていた。
輝きに満ちた時間は覆しようのない過去へと変わり。
私はただ崇められるだけの偶像(クズ)に成り果てていた。
カミサマ、カミサマと。
現人神のように崇められ称賛され全てを肯定され。
生きている実感が無いのは私だけ。
まるで有り難い教えか砂漠のオアシスでも見つけたみたいに熱狂して、手を合わせる代わりにネットの海で声を吐くあいつらはさぞ幸せだろう。
そんなのは只の八つ当たり?
…あぁ、そうだろうな。
分かってんだよそんな事。
他でもないこの私が。
私自身が他の誰よりも、よく分かってんだよ。
なぁ。
いつからだったかな。
お前が私にとってそんなに大きな存在になったのは。
お前はいつでも意識が高くて、誰よりも努力してたっけ。
付いていけないと思った事も正直あるよ。
だけどそれもいつしか尊敬に変わってた。
お前は私みたいな木っ端じゃ信じられないくらい、輝く事に真摯だったから。
アイドルっていう生き方に誰よりも真面目だったから。
歌って踊る事以外は軒並み壊滅してんのに、アイドルの必修技能だけはその辺の奴より頭一つも二つも抜けてんだからさ。
凄い奴だと思ったし…今でも思ってるよ。
もう今となっちゃ、どうでもいい事だけど。
「…派手にやりやがって。お前が派手をやらかした尻拭いをするのは私なのだぞ」
「あァ? 知るかよンな事。チャチな魔術師がオレ様に意見してんじゃねぇ」
「黙れサーヴァント。貴様がどれだけ強かろうが、所詮は令呪を用いた命令一つ跳ね除けられない使い走りだろう。
貴様の方こそ舐めた口をあまり叩くなよ。その卑賤な願いを、本当に叶えたいのならばな」
「弱い犬程よく吠えんだよな」
「自虐か? よもや貴様にそんな謙虚な一面があったとはな」
仕事で訪れたとあるテレビ局に私は居て。
そして其処が何処の誰とも分からない連中に襲われた。
顔見知りの局員やAD。番組のスタッフにお偉方。
誰も彼もゴミみたいに殺された。
警察を呼ぶ暇すらない。
皆殺しだった。
最後には一人ひとり殺すのが面倒臭くなったのか、爆弾じみた激しく燃える光の塊をぶちかまして。
今やこのフロアに残っているのは私と。
生きているんだか死んでいるんだか分からない倒れ伏した人間の数人もとい数体だけ。
カミサマと褒めそやされる歌を紡いだ私の口から漏れるのは情けない喘鳴だけで。
それを一顧だにする事なく下手人の二人は自分達の世界に只浸ってる。
死んだ奴らも、生きている私も。
人間も「カミサマ」も。
誰も彼もが奴らにとっちゃ蚊帳の外だった。
只の路傍に転がるゴミに過ぎないんだと、嫌でも理解させられた。
「まぁ良いだろ。マスター一人は殺せたんだ。さっさと次に行こうぜ、虱潰しに探してこう」
「フン。単細胞が…次はもう少し小規模にこなせよ。派手さなど聖杯戦争では何の美点にもならぬのだからな」
隣で顔見知りの同業者(アイドル)が死んでいた。
首が変な方向に曲がってるし取り柄の顔も右半分が赤と黒の塊みたいになってる。
まぁ生きちゃいないだろう。
悲しくはなかった。
腐っても顔見知りなのに。
人間なんて所詮蓋開ければ血と臓物の詰まった袋でしかないんだなってこの期に及んで捻くれた感想しか湧いてこなくて。
思わず自虐の笑いがこぼれた。
此処まで来たら筋金入りだ、いよいよな。
見てるか? 見てないか。
「カミサマ」も化けの皮が一つ剥がれりゃこのザマだ。
この情けない負け犬もどきの死に体こそが、お前らが崇め奉ってた現人神の真実さ。
“体…痛った……”
痛いのは本当に体?
自問する自分に冷笑が浮かぶ。
知るかそんな事。
最早今となっちゃどうでもいい。
何もかも終わったんだ。
私はこの紛い物の世界で死ぬ。
楽園には程遠く、渇きだけは一丁前な子羊共が集いに集った痰壺の底で。
頭の中に今更満ちる世界の真実が啓示なのか今際の妄想なのかすら今の私には分からなかった。
「私は…」
なぁ、何がしたかったんだろうな。
何処で狂ったのかは分かってる。
分かってるけど今更どうしようもない。
それも分かってる。
直に私は死ぬだろう。
この傷じゃ長く保たないのは素人でも分かる。
腹に突き刺さった瓦礫を見て。
それでもニヒルに笑うなんてウケのいいカミサマを演じ続けられる程私は上等な役者じゃなかったみたいで。
あぁ。
何だよ。
こんな終わりは…無いだろ。
終わるんだったら呑んでやる。
でも、だけどさ。
せめて最後に。
もう一回だけでいいから。
私の人生を締め括るに相応しい〆(デザート)を。
只楽しくて甘かったあの時間をもう一度だけでもと願う中で私の頬には一筋の雫が流れて落ちて。
腹の傷からどくどくと流れ出る他称・神の血を他人事のように見つめながら、私は血の腥さと苦さばかりが満たす口の中で舌を泳がせた。
「…なぁ……美琴。色々細かい事とか、譲れないもんとか…全部、抜きにしてさ……。
私は、ただ…」
聖杯戦争とか言ったっけ。
もう全部遅いけどさ。
もう少し早く私が気付けてたら、また違う未来もあったのかな。
どんな願いでも叶えてくれるありがたい願望器サマ。
私は…それに。
「お前と、ずっと――」
きっと願いたかった。
私が辿り着けなかった未来を。
永遠に失われてしまった幸せを。
だがそれももう全部終わった話だ。
私は死ぬ、此処でゴミみたいに朽ち果てる。
何がカミサマだ。
蓋を開けてみれば只のゴミじゃないかよ。
あぁ、笑える。
心底笑える。
涙が出るわ。
目を閉じる。
まぁ"らしい"死に様かと最後に自嘲を一つして。
体の力を抜き、私は目前の苦い死を受け入れて冥土へ旅立つ準備をした。
.
「グラニテブラスト」
轟音、破砕音、悲鳴、混乱。
熱と光に全てが呑み込まれて消えていく。
私もそれに食われて消える。
そのすんでの所で体は抱き上げられた。
そのまま空中へと私は躍り出る。
"そいつ"に抱かれたまま。
霞む視界で顔を見て落胆した。
私が望んでいた顔じゃなかったし、何よりそいつはあまりに論外だったから。
大砲のように突き出した髪型(リーゼント)。
口端には煙草を咥えて崩れ去るビルには脇目もくれない。
は、と声が出た。
「タイプじゃないんだけど」
「俺もだよ。現代の女は生意気でいけねぇや」
自由落下の気味悪い感覚に顔を顰めながら。
振り向けばそこでは慣れ親しんだテレビ局のビルが崩落していた。
こいつがやったんだろう。
でも責める気は起きなかった。
人殺しだとか色々思い浮かぶ言葉はあったけれど。
それを口にしていたら前に進めない。
どうにもならないという確信めいた何かが私の中にあったから。
「なんで助けたの」
「死なれちゃ困る。此処は羂索の野郎が仕込んだゲーム盤じゃ無ぇからな。
不完全な受肉しかできてねぇ身で要石を無碍にする程余裕は無いんだよ」
「…自分の知り合いを、相手も知ってる体で喋んなよ。コミュニケーション苦手か?」
「知らねぇなら知らねぇなりに想像しな。つーか"ありがとうございます"はまだか?」
そういうことか。
こいつが私のサーヴァント。
随分駆け付けるのが遅かったけど、頭の中には既に私の理解が追い付くのに先んじて知識が充填されていた。
クラスはアーチャー。
真名を
石流龍。
偉人とかじゃないのかよって心の中で文句を言う。
何処の誰なんだよこいつは一体。
そう考えてる間に地面へと着地した。
着地の衝撃で破けた腹の痛みが戻ってくる。
うぐ、と声を漏らせばサーヴァントは…石流は何処で調達したのか懐からスマホを取り出し。
そして素知らぬ顔で連絡し救助を呼び出した。
火事場を更なる地獄絵図に変えておきながら悪びれた様子の一つもない。
何なんだこいつは。
改めてそう思う私の前で石流は通話を切ると。
その冗談みたいな見た目とは裏腹の冷静な調子で声を発した。
「行方不明者扱いされるのも面倒臭ぇ。大人しく病院に搬送でもされて、奇跡の生還者とか呼ばれとけ」
「…、……お前さ、何してんの。自分が何したのか分かってんのかよ」
「あ?」
「――アレ。何百人死んだんだよ」
崩れるビルを指差す。
何百人ですら控えめかもしれない。
下手したら千人以上死んでいてもおかしくない。
しかし石流は私の問いに対して。
今思い出したとばかりに後ろを振り返り。
短くなった煙草を地面に投げ捨て靴底で揉み消しながら言った。
「知らね」
は、と私の口から声が漏れた。
そうか――あぁ、そういう事か。
こういう事なんだろう。
この世界は偽りの紛い物。
楽園には程遠い痰壺の底。
その中で只一つ、聖杯という奇跡だけが眩しく輝き続けている…そんなセカイ。
地獄より尚醜くておぞましい汚濁の底で。
そんな事の一つ一つを気にしている私こそが間違いなのだ、きっと。
叶えたい願いがあるにも関わらずそれ以外の有象無象に目を向けるなんて。
それは教科書で見た紙幣を燃やす成金にも勝るあるいは劣る、傲慢なのだろう。
「…石流。お前さ」
「アーチャーって呼べよ、一応な。伊達藩(なじみ)の知り合いが居ると行けねぇからよ」
「……アーチャー。お前は聖杯に何を願うつもりだ?」
「聖杯なぁ。正直な所俺はそれに固執し過ぎるつもりはねえんだよな」
「は?」
聖杯を求めないサーヴァント。
そんなもの、存在からして矛盾している。
抗議の目を向ける私に石流…アーチャーは一笑して言った。
「人生に不満はねえ。良い女とも巡り会えたし大概の良い思いはして来た。
大概の輩は俺に逆らえなかったし、敵だっていつも鎧袖一触に薙ぎ払って来た。
別段二度目の生を望む柄でもない。只、な。そんな俺の人生にも一つだけ足りない物があった」
「なんだよ」
「デザートだ。俺の人生にはたった一つそれだけが欠けていた」
最強、最優。
そんな言葉は数え切れない程浴びてきた。
満足の行く人生だった。
だが俺の人生にはデザートが無かった。
そう言って黄昏れたような目をする姿がおかしくて。
私は気付けば鼻を鳴らして笑っていた。
「ガキは気楽でいいよな」とふて腐れたように舌打ちするアーチャーに私は言う。
「デザートなら食べてたよ」
「そりゃ良かったな。美味かったか?」
「食べかけなのにさ、床に落としちゃった」
「馬鹿だな」
「あぁ、私もそう思う」
デザート。
デザート、か。
確かにそうかもしれない。
違ったとしても結論は同じだ。
私はアイツを…美琴を手放してしまった。
他の何にも代えがたい上等な幸せを捨ててしまった。
悔やんでも戻ることはない。
一回床に落としてしまったなら。
どんなに甘くて美味いケーキだって、もう二度と出されたその時の姿には戻ってくれないのだから。
「なぁ、アーチャー」
それでもと願う。
願ってしまうんだ、私は。
私はカミサマなんかじゃなくて。
所詮何処までも愚かでバカな小娘でしかないから。
自分の手ではたき落としてしまった甘い憧れを取り戻したいと願ってしまう。
「聖杯の力で拾い上げたケーキは…ちゃんと甘いかな」
「決まってんだろ」
救急車のサイレンの音。
消防車のサイレンの音。
群衆の悲鳴とシャッター音。
ヘリコプターの飛び交うプロペラ音。
あらゆる音、音、音、音。
それに囲まれながら私はそいつの答えを聞いた。
冗談みたいなリーゼントを素手で整えながら。
その片手間に紡がれたその言葉は。
酷くぶっきらぼうで粗雑だったけど。
「――甘くねえ奇跡なんざこの世には無ぇよ。どんな呪いでもな、願いが叶った時は蕩けるみたいに甘いんだ」
「…何を犠牲にしててもか?」
「当たり前だ。オマエは踏み潰した蟻の人生をいちいち想像すんのか?」
まるでカミサマの聖句みたいな救いになった。
そうか、そうだよな。
奇跡なら仕方ないよな。
甘くない奇跡なんて。
都合の良くない奇跡なんて、この世にはないんだから。
「…自分が甘い思いするために他人を踏み潰すとか。オマエも――私も。とんだ極悪人だな」
あぁ頼むよアーチャー。
私だけじゃ踏み出せなかったんだ。
でもオマエになら頼めるし任せられるよ。
命令(オーダー)は一つだ。
私を勝たせろ。
オマエは好きなだけ甘い汁を啜っていいから。
だから私に…最後の一口でいいから、一番美味い所を残しといてくれ。
「生きるってのはそんなもんさ」
倫理観もクソもないこいつの物言いは。
私の中にある余分な荷物を全部取り払ってくれた。軽くしてくれた。
土手っ腹から血を流しながら私は笑った。
乾いた笑いだった。
改めて実感する――私はカミサマなんかじゃない。
ただの人間だ。
吊り下げられた餌に惨めったらしく飛びつく、下らなくてつまらない…人間だ。
【クラス】
アーチャー
【パラメーター】
筋力A 耐久A 敏捷C 魔力A++ 幸運C 宝具B++
【属性】
混沌・中庸
【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
単独行動:A
マスター不在でも行動できる。
ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。
【保有スキル】
呪術師(古):A
呪力を操る人間の事。
呪術師と呪詛師の区別が無い時代の出自である石流のスキル名称は現代術師のそれとは異なる。
術式の行使は勿論、呪力による肉体強化等幅広い応用の幅を持つ。
魔力放出(呪):A++
武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させる。
石流の場合は正確には魔力ではなく呪力を媒介にこのスキルを用いる。
その出力は術師の中で上澄みの上澄み。
紛れもなく最高峰の火力を実現している。
戦闘続行:A
往生際が悪い。
瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。
【宝具】
『グラニテブラスト』
ランク:B++ 種別:対人・対軍・対城宝具 レンジ:1~1000 最大補足:100
自身の頭髪(リーゼント)の先端から呪力を放出し放つ砲撃攻撃。
基礎の呪力操作の極致とも呼ぶべき技であり、攻撃範囲と射程距離、そして威力の全てにおいて折り紙付き。
最大で対城級の火力を発揮可能だが石流の随意にホーミングや拡散の性質も与える事が可能。
更にこれは厳密には
石流龍という術師の術式ではなく、あくまで基礎の呪力操作の延長線上に留まるため、何らかの理由で彼が術式を使用できない状態に陥ったとしても平時と同等のパフォーマンスをする事ができる。
【weapon】
素手
【人物背景】
四百余年前の時代を生きていた術師。
肉体を転々とし悠久を生きる羂索によって現代へと受肉させられた存在。
だが今回英霊として召喚される際には、受肉後の肉体でありながら持つ記憶は死滅回游参戦前という特異な状態と化している。
この混線はそもそもからして死滅回游という儀式の発生が英霊の座にとってイレギュラーなものであった事が大きい。
【サーヴァントとしての願い】
生前見つけ得なかった最高のデザートの模索。
【マスター】
斑鳩ルカ@アイドルマスターシャイニーカラーズ
【マスターとしての願い】
自分の許を離れていった甘い時間を取り戻す
【能力・技能】
「カミサマ」と呼ばれカルト的な人気を博するある種のカリスマ。
だがそれは彼女の真に願う事、望む事を叶えてくれなどしない才能だった。
【人物背景】
カミサマ。
デザートのように甘く明るい日々を失ってしまった女。
【方針】
…聖杯に縋る事の意味は分かってる。
だけど……それでも。
最終更新:2022年08月23日 02:04